2012年4月24日火曜日

レパートリー・ゼロの呪い。あるいは、Tommy Wonderの手品は簡単。

唐突に、手品がしたいという熱がわき上がり、しかし出来る手品をリストアップしようとして1,2個しか浮かばず、一気に熱が冷める。反動で厭世的な気分になる。


マジックを初めてかれこれ7年近くにはなると思うのだが、最初の半年ほどを除けばずっとこんな状態。レパートリーは一向に増えない。


手順を追える、技術的に問題なく、なめらかに行える、ばれずに行える、
という事と、
演じられる、人に提供できる、人を楽しませられる、人に伝わる、
という事の間には天地ほどの開きがあり、自分にはそれを埋める才覚が少ない、努力が足りない。
あるいは、実際以上に”開き”を大きく見てしまっているのだろうか。


実際、手品が不思議かどうかがよくわからん。
なぜ自分がそういう動作をしなければいけないのだったか、すぐに判らなくなる。

ただ不可能性があるだけで、そこに演者としてどう関与すればいいのか、難しい手順が多い。
というか、殆どの手順は、とりつく島もないほどだと、自分にはそう見える。


Tommy Wonderの手品は技術的にも演技的にも難しいのだが、しかし各動作について”マジシャンがどう感じているべきか”という点まで細かく設計されていて、共有できる楽しい不思議としてしっかりと完成している。

だからWonderの演技をまねするのは楽しい。
各動作にちゃんと、動機がある。体がいとも簡単に動く。


ただし、Wonderの通りに行ったら、自分は楽しくとも、コピーキャットのそしりは免れまいし、なによりただただWonderとの格の差を思い知らされるばかりでもある。


パフォーマーとしてのペルソナを形成せい、という話なのだろうが。
ああ、マジックできるようになりたいなあ。

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