2013年5月24日金曜日

"MEGA 'WAVE 日本語版" John Bannon 訳・富山達也






MEGA 'WAVE 日本語版(John Bannon、訳・富山達也、2011)



John Bannonによるエンドクリーンな7つの改案集。



唐突にBannonが(手頃な値段で)読みたい、精緻なカードトリックがいじりたい、ともかくカウントしたいという欲望がこみ上げたので、今更ながら購入。テクニカラー・パケットとか作るの面倒ですが、訳者様ご本人から購入すれば無料で付いて来るというお話だったので、おそるおそる連絡してみました。

パケットは直接購入の特典、との事だったのでつまり直接手渡しオンリーかと思っていたのですが、伺ったところ、いや普通にメール便で送りますし今までも通販が主でしたよとの事。

そうなのか。きょうじゅさんがブックレットをファンにしてかざしたらば、都下県下のバノンに飢えたマニアどもが亡者がごとくにむらがって、瞬く間に跡形もなくなるかと思っていた。なんとなく。




さておき内容。エンドクリーンと書いたが、正確には少し異なったコンセプト。パケット化が可能で、全てのカードが能動的に現象に寄与し、何かを足したり除いたりせず、最後に改めも可能というこの構成を、Bannon自身はフラクタルと名付けている。

作品数は7と少なめで、また現象に偏りはあるものの、内容としては非常に充実していた。


せっかくなので全作品に言及してみるが、あまり中身無いので飛ばしても良いです。


ここから↓


MEGA 'WAVE:
BannonというとTwisted Sistersが有名だが、あれに類縁の2組での4 Card Brainwave。Twisted Sistersに引けを取らない現象でありつつ、検め可能。個人的には、このプロット自体にちょっと煮え切らない物を感じるのだが、Bannonのは狙いが定まっており、実用してみたくなります。

Fractal Re-Call:
自身のCall of the Wildの改案。Wildとはいうが、持ってるハンドが全て変化するというギャンブル系の現象。原案と遜色ないながらギミックが排されており、凄いです。変化現象にAsher Action Reverseを使う箇所の考察が、個人的にはとても面白かったです。

Short Attention Scam:
これも御自身の単品作品Royal Scamの改案で、序盤のTwist現象を省いた物。これは原案も含め、あまり現象に起伏が感じられず、どうにもピンときませんでした。しかしRoyal Scamはお客さんが(反応含めて)可愛いくていいですね。

Mag-7:
これまた過去作Return of the Magnificent Sevenの改案。鮮やかでスピーディな、ギミック無しのワイルドカード。個人的なベストWildは、まあお察しの通りWonder演ずるTamed Cardなのですが、このMag-7くらい軽やかに畳みかけるのも良いなと。

Poker Paradox:
いわゆるRoyal Marriages系作品。つい先頃まで退屈なプロットという認識でいたのですが、Juan Manuel Marcosがある特別なタッチを加え、非常に鮮やかな現象に変貌させており、気に入って演じておりました。ただ唯一、観客が参与しない点だけ気になっていました。
一方こちらのPoker Paradoxは、手法はオーソドックスなものの、非常に狡猾な組み合わせによって実に不思議に仕上がっている。正直、自分でもやってて不思議。
なによりお客さんが関与するのがよいですね。MarcosのLa Claridadと、どちらを取るか非常に悩ましいです。

Fractal Jacks:
デックの一番上にJackが4枚置かれた後、交互に手を配ったはずなのに、なぜか何度やっても手元にJackが集まっている。という妙な不条理感のある現象が元。これを8枚のパケットでやってしまう。
あえてクライマックスを殺す構成になっており、SolomonやAronsonからは賛同を得られなかったらしいですが、僕はこちらの方が好きです。ただし、借りたデックや自分のデックでも出来ますが、パケット化しないと効果を十全に発揮できない気がします。

Wicked:
Jack ParkerによるI know Kung Fuの、見る影も無いほどスマートな改案。原案の無茶な感じはけっこう好きでしたが、Bannonが触るとこういうふうになるのですね。
2段からなる、シンプルなサンドイッチ。


↑ ここまで


またコンセプトとして、フラクタルの他にスラッグというものを要所要所で使用。
これはセットしたカードを導入するやり方についてのアイディアで、Play It Straightの作者ならではというか、既存のやりかたからあえて後退することによって見えてくる有用性という所でしょうか。賛否両論ありそう。


さて作品そのものもよかったけれど、Bannonの解説がなにより素晴らしかった。改案の動機から現象のたくらみまで、細やかに解説しており、それが一番面白く、また実演してみたいという動機にも繋がりました。

特にStephen Tuckerに対する駄目出しは、始めこそ柔らかく切り出したものの、徐々に舌鋒が鋭さを増していくあたりが大層面白い。と同時に、非常に的を得た論評であり、世にはびこるマジック・クリエーターのなかにおいて、Bannon作品の極めて高い練度がどこから来るのかを垣間見るようでもありました。


一方で、現象の偏りというか、フレーバーとしてポーカーを好む点だけはちょっと苦手です。ただこれは適当なテーマに置換してしまえばよいのでしょう。特に本書の手順は全てフラクタル、独立した構造になってます。スラッグ・コンセプト含めて、このフラクタルというやつ、特殊柄のパケットトリックとも相性が良いと思います。もっといえば、いわゆる痛手品とかバカ手品とかの改案作り放題な気がしなくも無いので誰か作って下さい頭悪い手品。


ともかく、とても満足しました。Bannonやっぱり面白いぜ。

直ぐに読み返せるのも想像以上にありがたく、日本語訳の、それもこなれた文章であることの利点でありましょう。ときおり中の人が漏れ出てましたが、とても読みやすく面白かったです。
Dear Mr.Fantasyも翻訳中とのことですが、いや適任と思いますきょうじゅさま。あの小説っぽいところとか。

唯一、値段が高くなってしまうのがちょっと残念というか、おまけパケット無かったら本家で買ってしまうよなあと。発行部数とか考えると仕方ないのでしょうし、本家が安すぎるだけという話もありますが。


初期目的の一つであったカウントはあまり無く、残念でしたが、これはどうも過去のフラクタルシリーズ、およびLiam Montierとの共著Triabolical と混同していたようでした。

ともあれすっかり啓蒙されました。他の著作も早急に集める所存です。

2013年5月17日金曜日

"Making the Cut" Ryan Schlutz






Making the Cut (Ryan Schlutz, 2011)





若手Ryan Schlutzの初作品集。

映像ダウンロード作品が2つくらいあるものの、初作品集をハードカバー本で、という時点で好感が持てる。

そのダウンロード作品、Sense-Sational、Pivotal Peekはどちらも不可能性の高いロケーション。だが本書はClub SandwitchやSignature transpoなど普通の題材が主で、そういう意味では期待と違った。

理論よりの人らしく、本書も観客へのアプローチ手順(Making the CutはBreaking the Iceと同じ意味で使用されている)から、より複雑かつ感情に訴えかける手順、相手に記念品を残せる手順、と章立てされている。

ただし作品には、John Guastaferroを筆頭に、Caleb WilisなどVanishing Incを中心に活動している面々に似通った、中庸というか、よく出来てはいるが、個性には乏しい点がある。


不可能ロケーションの人という印象、また第一章は大きなプロブレムである"アプローチ"の手順ということで期待していたが、これが面白くなく大いに落胆した(*)。
プレゼンテーションも理屈で作っている気味で、個人的にはあまり好まないタイプ。Club Sandwichなぞは、黒い渦模様のサンドカードを使い、ブラックホールだから選ばれたカードが吸い寄せられ云々言い出して、正直どうでもよい。

だがMisfit Queenでのシンプルかつ大胆なパームがなかなか良く、サイン移動の複合現象INSIGNIAもよく練られていた。最初の作例がつまらなかったPivotal Peekも、Treasure Huntという非常に良い手順が紹介されて救われた感じ。また特殊印刷のカードについては、自家プリント方法も載せてくれるなど丁寧で助かる。

終わってみれば、なかなかに良い本だった。
色々なプロットをそつなくこなすといった印象。



(*)When It Doubt, Read a Palmでは、自分は手相占い師なのだと言ってアプローチし、しかし手相を見る手を間違えたりジョークを言ったりと適当な対応をし続けたあげく、やっといや実はマジシャンなので今からカード当てする、と来る。
好みの問題ではあろうが、マジシャンの名乗りを上げるまでの間、手相占い師と自称する正体不明の男が場に存在しているわけで、これはだいぶ気色悪いと思う。

2013年5月12日日曜日

"The Art of Astonishment Volume.1" Paul Harris






The Art of Astonishment Volume.1  (Paul Harris, 1996)




天才 Paul Harris の三巻組全集、巻の一。





もう大変に素晴らしく、面白かったです。


特に、これは書籍で読むのがベストと思います。
原案者の演技もDVD Stars of Magicで見ていましたが、Harris自身はパフォーマーとして決して卓越してはいなかった事、及び、やはり”タネ”を探してみてしまい驚きが減ずる事から、そこまで感銘を受けなかったように記憶しています。

しかし書籍で読むと、彼の目論んだ現象が、ほとんどそのままに頭の中で展開されて、さすがに”驚き”はできないものの、プロットのツイストに、現象の鮮やかさに、感嘆しきりでした。


この頭に鮮やかに浮かぶ、という点がHarris作品の特徴と思います。
奇矯なプロットというイメージが強いですが、これまでのプロットや手法から外れているというだけで、現象そのものは実にダイレクト。予想はできないかもしれないけど、起こった時にはほとんど直観的に受け止められる、だからこそのAstonishmentなのだと思います。

そういった現象は、そのものが魅惑的でもあります。
例えばCard Split現象のLas Vegas Split。昔はそこまで好きでもなかったのですが、いま改めて、ビデオのような遠視点ではなく間近にカードを持って試してみると、これがとても良い。ゆっくりと曲げていくと、たわんだカードはやがて限界を迎え、ぱりっと音を立てて分裂する。もうそれだけで十分に楽しい。


手法も実にダイレクトです。ただし決して強引と言うのでなく、既存の技法にまったく縛られず、その現象のためだけの最適解であるかのような解決方法です。また多くの手順はシンプルなクライマックスを持っており、長々とはしていません。
この巻ではおまけでGreg Wilsonの章があり、かのReCapの解説もあったのですが、これは実に対照的でした。
もちろんWilsonの手順はよいものなのですが、Harrisの後ではとにかく長く、また現象の組み立て方がどうにも「既に出来ること」の組み合わせの延長上にあり、手法も「出来る事」の組み合わせにしか思えませんでした。それはテクニカルなコントロールを駆使したAmbitious Cardの改案とOmni Deckの対比と言っても良く、やはりHarrisの"驚き"に対するセンスは凄いなと思った次第です。





ともかく、本当に素晴らしい内容でした。
現代マジックを作ったのは誰か、という問いに、今の私なら迷わずHarrisと答えます。
 


買うなら三巻組みで……、と思っていたがために、手を付けるのが遅くなってしまいましたが、たとえ一巻づつでも、早く買って読むべきでした。
分厚い本ですが、文章はおふざけを多々交えながらも簡明で、さらに面倒になって文を読み飛ばしても内容が判ってしまうくらいのピンポイントさで図が入っているので、さくさく読めます。おすすめというか必読と言っても良いです。


あと2冊ありますが、このクオリティが続いてくれたら嬉しいなあ。



いまのマジックの礎であると同時に、今なお損なわれない新しさ--驚きのある素晴らしい作品群でした。


(※例としてわかりやすいのでOmni Deckを挙げましたが、同作品はHarrisのSolid Deceptionの正当な進化形ではあるものの、創案はJerry Andrus、実現はDanny Korem だったように記憶しています)

2013年5月9日木曜日

”脳はすすんでだまされたがる” S.L.マクニック, S.M.コンデ, S.ブレイクスリー






脳はすすんでだまされたがる -マジックが解き明かす錯覚の不思議  (スティーヴン・L・マクニック, スサナ・マルティネス・コンデ, サンドラ・ブレイクスリー 鍛原多惠子/訳, 2012)



Sleights of Mind の邦訳。
サブタイ詐欺。


新進気鋭の脳神経科学者が、マジックと”心”を結びつけるべく、マジック界に飛び込んで実体験・実学習を通じて両分野の橋渡しを試みる。
とくれば、好みにどストライクの筈なのだがあんまり面白くなかった。


たぶん"解き明かされていない"のが、私的に駄目だったんだろうな。サブタイが「心理学者の見たマジック」とか、そんなんだったら別に気にならなかったのだろうが。

著者達の第一目的であった、奇術と心理学会の結びつけ、には成功しているだろう。そういうシンポジウムも開かれるようになったというし。しかしマジック屋として本書を読む動機は、やはり新しい知見、それも実用的な知見を求めてではないだろうか。

であれば、マジックから帰納法的に公式を導きだすか、心理学に既存の論理を持ち込み、その式を用いた演繹で新しいマジックを作るか既存原理の強化・純化までしないと、有用性はわからない。


ところが、この本ではまずマジックを紹介し、それが心理学(神経科学)のこういうトピックスと関係が”ありそう”、という提示をするに留まるのが殆どだ。結果として、心理学の紹介書としても、筋道の立たない散漫な内容になってしまっている印象。



マジックと心理学が関係している事自体は、マジシャンは既に知ってはいるわけで、それが学会で具体的なムーブメントになったのは大いに喜ぶべき事ではあるが、どちらにとってもまだまとまった成果とはなっていないようだ。

ただ滑動性運動とミスディレクション(Apollo Robbins)については、ちゃんと裏打ちが有り、非常に良い内容と思う。側聞したポン太・The・スミスさんのリテンションの話とかとも繋がるのであろう面白い話。


結局、期待していた物との食い違いであり、心理学者がマジック界に飛び込んで、いろんな発見をしていく紀行文としては面白い。特に所々で出てくる協賛マジシャンは豪華すぎて笑っちゃう程。
ただ心理・神経科学関係の本としては、一般科学書としても手品用ネタ本としても、V.S.ラマチャンドランの脳の中の幽霊 知覚は幻 などの方が格段に面白いと思う。