2014年3月17日月曜日

"Now I don't have a piece of thumbs in my pocket." 堂本秋次







Now I don't have a piece of thumbs in my pocket. (堂本秋次, 2014)




Gumroadで購入。使用中の混ぜられた一組の準備のないデック、いわゆるFASDIU条件から出来る5+1手順のカードマジック作品集。

収録はオープナー、2・2の水と油、Visitor、予言が2つ、そしてCollector。

FASDIUで出来るっていうのは、やはり素人にはうれしい。また全体的に面白いアイディアがちりばめられている。作者個人のアイディアもあるだろうが、クレジットを見るに、色々な映像媒体から最近の作風が取り込まれているのかなという感じ。
技法を分割したり見えないタイミングで堂々と行ったりなど、なかなかひねくれたやり口は大変好みである。

白眉はやはりDoppelgangerだろうか。非常によいオープナーであると同時に、かなり面白いロードのアイディアがとられている。ごく大まかなプロットで言うとDenis BehrのBrute Force Openingに似ているのだが、あちらはかなり強引で正面突破、僕にはちょっとできない感じだった。一方Doppelgangerはミステリーカードの要素による『不思議さ』があり、そして目の前で堂々とずるをするあの暗い喜びの感じが好みである。僕ではどこまで通用させられるものか判らないが、ちょっと練習してみたい。



難易度は全体的に高め。パームとか臆せず出来ること、技法名がある程度通じることが必須条件か。

本そのものとしては、まあ自費出版でもあるし仕方ないが、ちょっと残念なところもある。図無しの文章のみだし、誤字や文法的に変な箇所も散見される。手順解説自体は読みやすく、十分意味がとれるが、何ヶ所かは図で補助がほしい気もする。


またクレジットがやや曖昧。クレジットがあるのは素晴らしい事だが、作品名や人名のみの表記にとどまっており、どこでどの程度参照したのかが判然とせずに、もやっとした。もうちょっと具体的なレベルで、元にしたアイディアや経緯なども書いてくれたほうが、より狙いや工夫がわかりよくなると思うのだが。


とはいえ、全体的に巧妙さと技量とのバランスがとれており、大変面白い作品であった。裏で割とひねくれた事をしつつも、現象はすっきりしており、マニアックな楽しみと実用性とが上手く両立していると思う。値段も安め。次もあるそうなので、発売され次第買おう。

2014年3月10日月曜日

"Japan Ingenious" Steve Cohen & Richard Kaufman




Japan Ingenious (Steve Cohen & Richard Kaufman, 2013)



Five times Five JapanNew Magic of Japanに続く、Kaufman社による、3冊目の日本人コンピレーション。

和書Winners 厚川昌夫賞8人の受賞者 を底本としているが、訳しにくい作品は省略されているとか。Winnersではカズ片山によるコミカルな似顔絵などもあったそうなのだがそれもない。ちょっと残念。一方で雑誌などに散らばっていた日本人による傑作を集め再録している。
底本からの訳がSteve Cohen、それ以外がKaufmanおよびMax Mavenの筆。なおSteve Cohenのサイトから注文すると、サインをお願いできるようだ。


この本のレビューが載った号のGenii をたまたま購入していたのだが、David Britlandが大いに誉めている。曰く、「日本人ってどこか別の惑星から来たんじゃないの?」まあそういう定型文なのだが、それぐらい発想の特異さを強調していたという事。

若干のナショナリズムを自らの内に自覚しないでもないが、いや、やはりすごい内容であるよ、面白い。紹介されている手順は基本的にクロースアップ。カードやコインもちらほらあるが、それ以外の小物の方が多い。破いて復活する紙幣や、切っても復活するリボン、ドル札に書かれた建物が消える、紙に書かれたスプーンが曲がるなどなどヴァラエティに富んでいる。
準備が必要なものや、それなりに変わった道具を使うものも多いから、即戦力という点ではあまり望めないだろうが、読むだけでも大変楽しい。個人的には靴ひもの結び目が取れて、別の場所にくっつくSneaky Sneakerが好きだ。くっつけた後がすごいのですよこれ。演じるかとなると演じないだろうが、そんな事はどうでもよいくらいの素敵な解法である。解法と言えば、Cups and Ballsのオープニングでよく演じられるCupの貫通を、液体の入ったカップでやってしまうPhantom Drink Penetrationもすごかった。いや是非読んでみてほしい。

前述のように全体的に切ったり貫通したりが多く、なんかそういうフェティッシュなのだろうかとちょっと思えてきたりもするのだが、一方でAutomatic Ace Triumphのような即席でできるカードの傑作手順、Jet Coinsのような変態手順も、数こそ多くはないが含まれており、結局の所、読んで損になる層はちょっと思い当たらない。一応ステージ物まであるものな。

そして高木重朗のSlop-Shuffle Acesがきて、とどめに澤浩セクション(技法1、手順6)である。いやもうすごい。



褒めてるレビューを見つけたら、逆にアラを探す性分なのだが今回は歯が立たなかった。ともかく面白かったです。

ある種のマニア文化、大学の奇術部文化のようなものが根っこにあるのかどうなのか、実に手段を選ばず工作を厭わず、面白い創作群となっている。見た目にもシンプルで、現象がわかりやすいのも好い。

国でまとめたコンピレーションは他にもイギリス(スコットランド)のFive times Five Scotland やドイツのConcertos for Pasteboard などがあるが、巻を重ねているのは日本ぐらいの印象。Kaufmanが親日家というのを含めても、やはり相応の反響があるのだろう。実際ここまで多岐にわたり、工作含めてあの手この手している本って他にはなかなか思いつかない。
ダスト・ジャケットの下には、日本の独創性 と大書されており、誇らしい一方で、後続の我々としては身が引き締まる思いである。……いや、まあ私は別に手品創作屋ではないのだけれども。

2014年3月7日金曜日

"Diplopia" Paul Vigil




Diplopia (Paul Vigil, 2007)



Paul CumminsのTap a Lackの改案。
Cumminsの手順が雑誌発表(MAGIC Magazine, 2005, July)でちょっと買いにくかった事、またCummins手順のある制約を排除しているという触れ込みだったので購入したのだが、結局の所は台詞を一部を変えているだけと思われる。なので、これをオリジナルとして単売するのはなかなかすごいなと。いやすばらしい改良点だし、他にも色々と工夫はあるようなのだけれどもしかし。

というわけで、Tap a Lackは未所持なので正確には比較できていないが、そのレビューと思って読んでもおそらく問題はない。


なお現在はDiplopiaは販売中止だし、Tap a Lackはこの前のCumminsレクチャーのノートで日本語でも読めるしで、今となってはこの本を探求する必要は殆どないだろう。なお僕が勝手に萎縮していただけで、当時でも雑誌のバックナンバー購入は実は難しい事ではなかったはずだし、またCummins氏にメールすればTap a Lackのpdfをくれていたとかいないとか。
なおTap a LackはTalk About Tricks DVDで演技が見られるが何故か解説はない。


現象:
①:観客が一枚のカードを思い浮かべる。
②:演者も一枚のカードを思い浮かべる。
③:観客が演者のカードと思うカードをデックから取り出す。
④:演者も観客のカードと思うカードを抜き出す。
⑤:どちらも当たっている。

①②の後にそれぞれ若干の省略があるがまあこんな感じ。
演者が観客のカードを当てるだけなら、よくあるカード当てだが、加えて観客が演者のカードを当ててしまうというのが特色。しかも変な選ばせ方とかはなく実にフェア。これは知っていないと判らないタイプの手法で、結構練習いるけれど確実であるし、すごい。
この手法自体はわりと昔からあるのだが、それ単体ではどうしても怪しくなってしまうある要素が、このフレームに組み込まれる事によって見事に解消されている。Cumminsによるこの工夫は実に素晴らしい。


1組の、なんの準備もないトランプで出来る手品としては最高ランクに不思議であり、美しい構成。



……ただし、すごい手順ではある事は間違いないのだが、演じるのは、技術的にも演出的にも、ちょっと難易度高めだろうか。

まず物事の順序がいささか不整合で、シンプルな構造の割になんだかすっきりしない。
本来、③と④は逆であるべきではないかとか。現象の見せ方も若干半端というか、観客があてた様にはあんまり見えない。ここは演じ方でもう少し何とかなりそうではあるが。

それからまた報われない手順でもある。
この手順はあくまでDo as I doであり、カード当ては部品だ。マニアをもだますカード当てを行っていながら、それを最前面に押し出す事はできない。むしろ、そこに拘泥すると現象の全体像が歪んでしまうだろう。

近年まれに見る傑作である事は間違いないが、いろいろと注意して演じたい。




なおVigil氏は、僕の知る限りで他に2冊のe-bookを出しているがどちらも所有していない。
ICON コインのメンタル手順。読みたかったが販売中止してしまった。
H.C.E. カードのメンタル手順。10万円するので流石に買わない。