2013年2月25日月曜日

"Seeking the Bridge" John Born






Seeking the Bridge (John Born, 2012)


John Born on Memorized Deck。


前説

COINvention DVDで初めてJohn Bornを目撃したのですが、ひとりだけ半身に構え、不思議な手つきでくねくねと手品をしている変な兄ちゃんという印象がまず一番にあります。いま思うと「動作の美しさ」を重視し、それ自体を技法化しているような当世流コインマジックのはしりだったのかも知れません。
あと、なんかこう、うらなり、という単語も思い浮かびますが。

この人は一点集中型のクリエイターで、特定のプロット・プロブレムを追求し、非常にマニアックながらよく考えられた解法を提示してくれます。マニアック+物量を惜しまないので、なかなか手元に残る作品は少ないのですが、その現象はいつも極めて印象的です。

COINventionの時に彼が取り組んでいたプロブレムは Bare Handed Matrix、つまりチンカ・チンクのように手でのみ覆うマトリクスで、これはMatrix God's Way という冊子にまとめられています(実は未読)。極めて鮮やかながら、大量のシェルとフラッシュパテ(ここでのフラッシュは人肌色のという意味で決して燃えるわけではない)を使用するMatrix ReBornなど、運用が難しい作品が多いのですが、表題作のMatrix God's Wayはシェル有のベアハンドマトリクスとして完成度が高く、一つの里程標になった感があります。

次のプロブレムはACAANで、その成果は Meant To Be... という本にまとめられており、評判も高いようです(これも未読)。次はカードギャンブルの総覧としてCheating at Texas Hold'emを出版しました。これは読んだのですが、ギャンブルに明るくないのでやや退屈でした。

基本的に自費出版のようで、Matrix God's Way こそスパイラルバウンドですが、他は半革装の非常にかっこいい装丁。Cheating at Texas Hold'emの時点では内部レイアウトが追いついていませんでしたが、本作では内部もまずまず見栄え良く、かっこいい本に仕上がっています。私のPCからでは写真が青緑っぽいですが、実際は明るい青色です。



内容

本書はカードマジックオンリーで、その半分がメモライズド・デックを使った手順です。先にも行ったとおりで、Bornは現象の助けになるならいくらでも手を加えていく創作法であり、特にコインではそれが実用上の大きな枷になっていました。
本作でも、「全てのカードの裏に数字を書いていく×4デック」や、「メモライズ+特定条件のカードにパンチ(針で小さくマーキング)」、そのほかにも種々のグリンプスや、Born考案による巧妙だが使いづらいディレイド・クリンプを組み合わせるなど、複雑な物も多いです。
ただし幸いにして現象が複雑になっていくタイプではないので、それが大きな救い。今回はカードなので、手間さえ掛ければ自作可能ということもあり、敷居はそこまで高くない。いっこだけ、Aaron FisherのPanic使う手順があるけど、それくらい。
あとはMonte Cristo Deck(Master mind deck?)を使ったアイディア、ソリッドデックのアイディアくらいでしょうか。

スタック自体は限定ではなく、どのメモライズドでも可。カード当てが多く、特にピークからあてるものが主。表題になっているBridgeテクニックは、複数枚ピーク用の手法です。表題にはなっているものの、あまり目新しくはない。たしかMoeあたりが似たような趣向はやっていた気がします。
ただ全体的な洗練度と、そこからの発展具合ではやはりJohn Bornとった所でしょうか。種々のピークや、原理の利用が実に巧みです。

それよりも、初っぱなのThe Perfect Pickで使われている原理が非常に気に入りました。嘘を暴いてカードを当てる趣向なんですが、怪しいところの一切無い手順で気持ち悪い。演者は部屋の反対まで離れているし、カードを選ぶに際して、フォースも何もない。これで当てるんだから気持ち悪いです。Derren Brownあたりがやりそう。
これを利用したHammer 3 Card Monteもあるのですが、なるほどこんな使い道がと驚かされました。


後ろ半分はメモライズドではない、普通のカードトリック。がっつり準備が必要な物から、カードを真ん中に戻す時のフラリッシュ、腕時計に差し込んだカードのトランスポジション、有名手順の演出案など様々。なかでもCard in Spectator's Pocketはアウトも完備しており、メモライズドとか使わないカード屋にもおすすめです。


作品は、徹底して”技法”を排する姿勢を貫いており、個人的には非常に好感が持てました。ただ文章だったので、もともと地味なのがさらに5割り増し、といった感じでしたが。
実際にコントロールなどの気配が無い構成なので、生で見たらさぞ気持ち悪いだろうなあ。



メモライズド・デックで、さらにジャズ要素も多く、かなり敷居は高いと思います。ほとんどの手順が、畢竟、ただのカード当てなので地味でもある。一方で、いままで読んだメモライズド本では間違いなく一番おもしろかったです。まあ、肝心のAronsonがまだ未読なのですけれど……。

あと、この本は著作権ががっちがちで、TVでの演技はおろか、マニア相手のコンベンションアクトもNGみたく書いてありましたので、直接にレパートリーを探してるという方や、取り敢えず内容だけ読もうって方はお気を付けください。
映像に取られてもNGらしいんで。

2013年2月13日水曜日

"Cy Endfield's Entertaining Card Magic" Lewis Ganson




Cy Endfield's Entertaining Card Magic (Lewis Ganson, nodate)



失われたクラシックの系譜。
エンターテイメントな高難度作品集。


ちょっと変わった版を手に入れたのでまずそのあたりの話から。
興味のない方は飛ばしてください。

ここから ↓

元々はSupreme Magicから三分冊で1955-58年にかけて出版された物。著者、出版社、出版形態とも、その翌年から出るVernonのInner Card Secrets 3部作そっくりです。というか、Inner以前だった事にちょっとびっくり。絶版ですが、古本はよく出回っています。
日本でも、金沢文庫から高木重郎による訳 サイ・エンドフィールドのカードマジック があります。こちらは豪華判と普及判の二種がある模様。図版をかのTon Onosakaが書き直しているとの事です。絶版高騰となって久しいようですが、私よりひと回りくらい上の世代になると、この本に強い思い入れのある方も少なくないようで、いろいろなところで熱のこもった記事を見かけます。また、いわゆる松田道弘のリストにて最高度の三ッ星で紹介されていることもあり、知名度は低くないでしょう。
いま手に入れるなら、Lybrary.comでe-book判が最も手軽。ただLybraryなので版組は恐らくプレーンテキスト、また写真が撮り直されているとのことで、ちょっと買うのが怖いですね。

さて、私が今回入手した洋書はこれらとは別の版です。
元の三冊を合本にしたハードカバーで、同じくSupremeから出ています。Vernonで言うところのInner Card Trilogyですね。本当に三冊分をまとめただけなので、この本固有のページという物がなく、発行年すら定かではありません。別段レアという程でもなさそうですが、なぜかあまり話に上らないようで、私も実際に届くまでは単なるまとめ売りかもと疑っていました。また私のは黒のクロス装ですが、どうも青クロス装のもあるらしい、とか。

まあ洋書でいいから読みたい、ただし実体に限る、という奇特な方がいたら、バラで揃えるよりも手っ取り早いかもしれませんよーという程度の話で御座います。








ダストジャケット。青いです。

文字のフチがぼけっとしているのは、アルコールで拭いたかなにかで、青のインクが白地に滲んでいるせいで、本来の物ではないようです。












黒の布装。
背にのみ「CY ENDFIELD'S ENTERTAINING MAGIC SUPREME」と金色の箔押しが。

タイトルがちょっと変わってますが、マジック本では珍しいことではありません。
表紙のComplete Worksが、めくった扉ではAlmost Complete Worksになったりする世界です。








例の組版。文字のかすれ具合なんかも、VernonのInner Card Trilogy とおんなじです。

Gansonは名解説と言われていますが、ちょっと持って回ったようなところと、この上下ぴっちりのあまり美しくない組版のせいで、あまり良い印象がありません。

今回の買い物、Endfieldは実は抱き合わせで、本命は後ろに写っているSawa's Library of Magic vol.1 でした。ちらりとめくった感じ非常におぞましい(褒め言葉)内容でしたが、順番はしばらくまわって来そうにないです。








↑ ここまで



さてどういう本かというと、アマチュアマジシャン Cy Endfieldによるカードマジック作品集です。本職は映画監督(ただしB級)だとか。

驚いたのは、VernonのInner Secretsシリーズよりも前の発行だったことです。時間的には僅かな差ですが、物によってはInnerの収録作よりも洗練されており、現象も鮮やかと思います。当時のマジックについての認識がちょっと改まりました。

総じてクラシックの力強さにあふれており、またマレにですが実に巧妙なサトルティを混ぜてきます。ただそれらよりも特筆すべきはその難易度でしょう。あと演出とのコンビネーションも気になりました。

その極端な例として、Vol.1に収録の Blackie is with us! を紹介しましょう。

Blackie is with us!
 4枚のJを悪漢に、スペードのAを老いぼれの(けれども老練の)騎馬警官Blackieに見立てます。
「どうやらBlackieに目を付けられているらしい。ともかくやつを巻かなきゃいけない」という事で、悪漢J達は、あとで落ち合うことにしてひとまず散開。J、Aをばらばらにデックに差し込みます。しばらくしてからデックを広げてみると、Jが一カ所に集まっています、が、間にAも居ます。
くそ、もう一回だ、とデックの中に混ぜ込んでから、再び広げると今度はJだけが集まっており、 どうやらAの追跡を振り切ったようです。

やれやれ、と4人のJは一息、ところが数えてみると5枚、5人居ます。おかしい、と点呼を取ると、やはり4人しかいない。気のせいだったのか? とJは強盗の相談に戻りますが、実はAは床下に潜んで、聞き耳を立てています(Jの間に裏向きで現れる)。


まず第一の特徴は演出、ストーリーでしょう。しかも「Jが探偵で選ばれたカードを見付ける」程度のものではなく、二つ三つ異なった現象を貫いた物語になっています。

そしてもう一つ、技法です。

やりかたを書いてしまうと、前半はVernonのMultiple Shift、後半はBuckle Countという実にシンプルな技法によって成り立っています。実際には、とある巧妙なサトルティの、そのまた少し変わった使用などもされているのですが、骨子としては上述の2技法のみといっていいでしょう。

なのでこれ、マニアが見ると肝心の部分は殆どわかってしまうのですよね。だから読んでもやろうとは思わないし、そもそもこういう手順を思いつかない。特に後段は、手に持っているカードの増減繰り返しをバックルカウントのみで表現しなくてはならず、実にしんどいです。


が、そういうことを完全に無視して現象を見直すと、けっこう面白い手順じゃありませんか?

演出のおもしろさ、そして”難易度”を無視しきった構成は極めて観客本位のもの、特に一般の観客に重きを置いたものであり、それがエンターテイメントの名を冠した所以ではないかと思います。


演出については、Blackie is with us!はあくまで極端な例であり、本全体としては演出無しの手順の方が多かったりもするのですが、後者の難易度という点については、ほぼ全編を通してこの調子です。

難しいとは言いましたが、使用技法それ自体は非常にベーシックなもので、手順をなぞるだけならそうそう苦もありません。だから感触としては、そこまで高難度ではない。ただ技法を真っ正面から使うので、実際に不思議に見えるレベルに達するのは相当に困難ではないかと思います。

オールド・クラシックは概してそうですが、カードマジックの技法がまだ未分化というか、「トランプを扱う」普通の動作からあまり逸脱しないので、非常にすっきりしている反面、難易度は高いといったところでしょうか。
Cards to pocketはその最たるもの。クラシックとして名高いEndfieldのバージョンは、松田・高木の両巨頭が揃ってベストトリック選に入れる名手順です。確かに、11枚のカードが次々とポケットに移動していくこの現象、十二分な技術力で演じられたら素晴らしいとは思いますがしかしこれ難しいよ!

やってる事は単純なのですが、単純と簡単は違いますね。
良い意味で直接的で、なるほど、これはエキスパート向きだなと思いました。


なお、本全体の話をしますと、Ambitious Card、Three Cards Monteについて、かなりしっかりした記述がある一方、Aが5枚でてくる小品や、カードブーメラン、およびそれを特定の枚数目でキャッチするといったスタント色の強い物もあります。
Paragon Moveのレビューでは糞味噌に貶した”カードを使ったBook test”もありますが、Endfieldは非常に上手い形で使用しており、これなら文句もつけられません。
技法解説もSide Steal、Diagonal Palm Shift、Top Change、Double Lift、Curry Turn Overと豪華です。おまけにEndfieldタッチというのか、普遍的な手法とは少し異なったやり方が丁寧に解説されていて、ああ、これは高い支持を受けるのも納得だなと。


一方で。
かように充実した内容ではありますが、構成に難があるというか、せっかく物が良いのに、脈絡無く詰め合わせみたくなっているのが少し勿体ないです。まあ本書の成立として、雑誌に発表された作品をまとめ、技法解説を加えたという事なので、仕方ないのかも知れません。
VernonのInner Secretsでも似たような感想を覚えたので、単純に私とGansonの相性がわるいだけかも。


Endfieldのまとまった作品集は本書だけのようですし、古い映画にも食指が伸びませんから、もう本ブログでふれる事も無かろうと思いますが、しかしこれ(http://www.lybrary.com/cy-endfields-chess-set-a-19.html)はちょっと欲しいですね。

2013年2月1日金曜日

"Parallax" David Britland





Parallax  (David Britland, ? )


トポロジカルなカードマジック。およびおまけ数題。



収録は4つ。
・Parallax トラップドアカード
・Hatch22 トラップドアカードのギミック版
・Twisted Sisters カードの貫通。
・Lady notes Tearing a Lady in Twoのハンドリング改案(部分的)



またまたBritlandの単品小冊子。発行年は表記されておらず、調べてもよくわかりませんでした。たぶん85~86年くらい? Lybraryにはお世話になっていますが、発行年しかりレイアウトしかり、もうちょっとしっかりして欲しいところです。


今回のお題はトラップドア・カード。誰でも出来るかんたんマジック的な本でも良く取り上げられるので、わりと馴染みがあるのではないでしょうか。僕が持ってるのだとMichael Weber LifeSavers にA Better Mousetrapが載っています。あと氣賀 康夫 ビギナーズマジック にも素敵なのが載っていましたな。

カードの真ん中を四角く切って、一辺だけ残し、ちょうど開き戸のようにしてある。そこをつかんでもらっている状態で、カードの表裏がひっくり返る、とそういう手品。マジックというよりパズルの要素が強いですねえ。

原理としてはこれだけで、ほとんど付け足すような要素もなく、うえに上げたのも基本的にはプレゼンテーションや道具立ての違いだけで、現象面でのヴァリエーションはあまり知りません。このParallaxでもそこは同じです。

とはいえ、いまになってから改めてやり方を読むと、なるほど不思議だなあと。「表裏、どっちを持っているっけ?」と、各段階で執拗に聞くのは、現象がはっきりするだけでなく、折る時間をカバーできて良いなと思います。
追加手順Hatch 22は、本当に不可能物体になってしまう(戸のところだけ裏返らない)というもので、通常のトラップドアからスイッチして行うべきもの。

あともう一つ、Twisted Sisters。これがなんとも気持ち悪くてよかったのです。表と表が向き合うようにした2枚のQを、別のカードに挟み、押し込むと、反対から裏と裏になって出てくるという物。KrenzelのTunnelとかJenningsのClose-up Illusion、HarrisのBushwackerに似てるね。即席じゃないのが残念ですが、ブリッジサイズであればこの後Card Warpにも繋げられるし、面白いと思います。視覚的にとても鮮明で不思議です。
マジックってどうしても、「前の状態を覚えていないといけない」時間をまたいだものが多く、ストレスなので、これみたく、今まさに明らかに目に見えておかしい、という手品をもっと仕入れたい。ただどうしても仕掛け物になってしまうのだよなあ。
処理のためにもCard Warp等につなげたい所ですが、あまり資料を持っていません。Card Warp Tour を買うか……いやしかし。


改めてトラップドアというのも何ですが、7ドルの価値はありでした。良い刺激になって、面白かったです。
Lady Through and Throughの記事で当たりが無いとか言ってごめんなさい。カード作品集が実験的なだけで、単品ノートは基本的にどれも面白かったよ。


なお、読んでいて人称であれ?となって調べたのですが、Terri Rogersはトランスセクシャルだったのですね。知りませんでした。どうもMilo & Rogersとごっちゃになってたみたい。
そしてついでに調べた、そのTerri RogersによるStar Gateは一般的なTrap Doorを発展させた素晴らしい物でした。
Trap Doorに発展性ないとか言ってごめんよ。あのときTop SecretsMore Secretsを買っておけば良かったよ。