2023年7月24日月曜日

"Handsome Jack, etc." John Lovick

 Handsome Jack, etc. (John Lovick, 2016)


John Lovickの作品集。表紙ではより長い名称になっていて、The Performance Pieces & Divertissements of The Famous Handsome Jack, etc. written by Handsome Jack, annotated by John Lovick(『かの有名なハンサム・ジャックのレパートリー手順および余興。著ハンサム・ジャック 註ジョン・ロヴィック』)となっています。

この著と註が本書の大きな趣向で、本書はロヴィックの演技キャラクターである『ハンサム・ジャック』氏が書いていることになっています。彼はかなり戯画的な造形の人物で、自身を世界一ハンサムと信じて疑わず、ナルシシストで尊大で、何でも自分に都合のいいように受けとり、頭が軽くて好色という面倒なヤツなのですが、彼が傍若無人に筆を振るい、それを註のロヴィックが汗をかきかき補足・修正してまわるというコメディが本書全編にわたっています。ロヴィックがブレインとしてジャックに手順を提供しているという設定なのですが、ジャックはあまりに自己中心的なのでそれをすっかり自分の創作と思い込んでおり、自画自賛を交えながら解説。ロヴィックが正しい創作経緯やクレジットを補ったり、ジャックへのツッコミを交えたり。時にジャックは売りネタまで解説しようとして、註のロヴィックがその部分を黒塗りにしてしのぐというネジの外れた一幕まであります。さらに本書をパラパラめくると、古今の名画をハンサムジャックに置き換えたイラストがこれでもかと飛び込んできます。サービス精神たっぷりのなんとも笑える本で




というのが一般的な感想なのだろうけれども、果たして本当にそうだろうか。なるほど、「著者が武勇伝を語り、それが註で某映画の引き写しだと暴露される」とか、「著者が堂々と売りネタを解説しようとして黒塗りを食らう」とか、あるいは「種々の名画のパロディイラスト」だとかは、間違いなく面白い趣向だ。けれど面白い趣向が、常に面白く機能するわけではない。誰かが言って大受けしたギャグをそのまま真似したって、同じような笑いが取れるわけではない。私のような人間はそれを痛いほど知っているし、たぶんあなたもそうではないか? ロヴィックの趣向に対する選球眼も、その趣向にそって書き通した努力も称賛に値するが、面白いかどうかとは別の話だ。そして少なくとも私には、ロヴィックはずっと滑っているように見える。

……改めて本書を眺める。戯画化された愚かなジャックと、彼に呆れ、彼をたしなめる、常に『知的』で『倫理的』なロヴィック。その構図に延々と付き合わされるうちに、戯画化され露悪的に書かれたジャックにも増して、筆者のエゴが露わになってくる。そういう意味で、本書は笑えはしないが、滑稽ではある。狙って書いたのなら凄いことだが……恐らくそうではないだろう。


手品の本なので手品の話もしておく。本書で扱われるのはパーラーからステージの手品だ。ただしクロースアップに根差したものがほとんどで、大仰な道具は使わないからアプローチはしやすい。かなり凝り性のようで、いろいろな工夫が盛り込まれており、別案や類似例を含めてクレジットも手厚い。そのまま演じないにしても(というかハンサムジャックという奇矯な人間用の手品になっているので、そのまま演じるのは厳しい)、勉強になることは間違いない。

また手順以外のコンテンツとして、ロヴィックはキャラクタ造形についてエッセイを書いている。これはおおむね正しいことを言っていると思うが、しかし肝心の彼の演技人格ハンサムジャックは戯画化の程度が強い非現実的な造形で、そのうえ「観客を笑わせる」というより「観客に笑われる」ものとなっており、正直なところ私にとっては魅力的に映らない。それは私の趣味の問題ではあるのだが、ハンサム・ジャック氏が底にある以上、ロヴィックの言葉はあまり私には響かなかった。

おおむね正しいことを言っており、手順も(そのままは使えないが)勉強になることは確実だから、気になるプロットがあれば買って損はない。それに、飾ると最高にかっこいい。

そう、色々内容について文句を言ったが、それを覆して余りあるほど本書の造本は最高なのである。特に、背継ぎの布装丁と、太い帯とを組み合わせた表紙デザインは秀逸の一言だ。……なのだが、本書には実は日本語版があり、そこでは素材とパーツ構成を活かした原著のデザインを、あろうことかそのままソフトカバーに印刷している。なんとも滑稽なことであるが、内容にはより合致しているかもしれない。


追記:私は以前からあまりロヴィックが好きではないので、この文にも多少の(あるいは多大な)バイアスがかかっているだろう。また本書も通読はしたが、精読したとまでは言えない。そのうえであえて言うが、愚かで軽薄なジャックは、その軽さゆえに幾度かはロヴィックを出し抜かなくてはならなかった。ロヴィックは冷静さを失って地団太を踏んだり、みっともなく取り乱したりして、一度や二度でいい、笑われる立場にならなくてはならなかったのではないだろうか。そもそもの疑問だが、ロヴィックはジャックのことを、少しくらいは好きなのだろうか?