2023年12月31日日曜日

"The Pages Are Blank" Michael Feldman

 The Pages Are Blank (Michael Feldman, 2023)


Michael Feldmanの待望の単著が出ました。これまでも多少のリリースはありましたが、特にRyan Plunkettとの共著A New Angle(2017)がストリッパーデックに素材を絞りながら、挑戦的な内容で抜群に面白かった。で、そのFeldmanが満を持してカードマジック作品集を出しました。挑戦的で現代的な12手順と、もろもろの技法が解説されています。

Ryan PlunkettのDistilled(2020)はお行儀のよいクラシック寄りの手順が多かったですが、The Pages Are Blankは期待通りに先進的でした。まずタイトルからも分かるように、演出が良くも悪くもめんどうくさい。自己言及的でおおむね自己否定から入り、メタ的です。最初にわざわざ「魔法じゃなくて技術を使っている」とか言い、プロットの構造的な欠点を喋りながら演じたりもする。

手順は大きく2つのパートに分かれており、前の8手順はクラシックの改案をはじめ雑多な内容。後の4つはサインドカードの複製原理を使った手順です。

スペリングやエースカッティング、トライアンフ、カラーチェンジング・デックなどについて、最近の議論を踏まえた上で、Feldman自身の挑戦的な回答が示されています。マニアックでありつつ、どれも実演で磨いた演出・ハンドリングで、完成度が高い。特にデックスイッチは、準備やギミックが必要ですが、非常に素晴らしいものでした。ただその使用方法がカラーチェンジング・デックな点については疑問もあります。手法は確かに完璧に近いが、それでも現象が強すぎて、結局は「どうやったか」が分かってしまうのではないか。

後半のサインドカード複製手順はよりその傾向が顕著です。サインを複製する原理を活用し、観客のサインしたカードがカラーチェンジする(サインはそのまま)など、強烈すぎる現象が収録されています。この強烈さがなかなか危険で、もともと観客のサインって、現象が強すぎてデュプリケートがすぐ疑われるようなときに使う手段なわけですが、ここまで現象を強めてしまうと、サインがあってなおデュプリケートが疑われるのではないか。とはいえ確かに、サインされた2枚のカードをはっきり示した後に1枚になってしまうアニバーサリー・ワルツや、まったくすり替えの余地の無いSigned Card/Mystery Cardは夢ではあります。

すごく面白い本でした。プロのレパートリーでありつつ、演出や現象の許容限界ギリギリをさぐる、悩める現代カードマジックの最前線といえるでしょう(とはいえ、本になる情報は現場から10年くらい遅れるとは言いますが……)。

2023年11月16日木曜日

"I was kidnapped" Tony Chang

I was kidnapped, Left in Taiwan, And all I got were those notes (Tony Chang, 2013, 2023)


現代トップクラスのカード・テクニシャンTony Changの数少ない文献。「誘拐されて、気付いたら台湾に置き去り。所持品はこのレクチャーノートの束だけ」とうタイトルからすると、たぶん2013年に台湾でレクチャーしたときのものなんでしょう。Ben EarlのStudio 52から、Cards and Coffeeというイベントに合わせて10周年記念版として再版されました(が、また売り切れてしまったようです)。

Tony Changといえば、気配の無い超絶テクニックに根ざした、カメラトリックと見まごうビジュアルな現象で著名です。その作品を『文章』で読むことに果たして意味はあるのか……というのがまず浮かぶ疑問でしょうが、本書はこれまた現代トップクラスの手品マニアであるTyler Wilsonが筆を執っており、そのために最高の仕上がりになっています。技法の気配を消すための細やかな工夫から、観客の意識を誤誘導するための手順構築、底に流れる哲学まで、それが知りたかったのだという秘密が子細に言語化されています。

カードの技法2つ、カードの現象3つに、インビジブルスレッドを使った手順が1つ解説されています。技法はコントロール関係2つ、現象は、カード当てに擬態した複数枚の変化、デックバニッシュ、挑戦的なオフバランス・トランスポ。どれも『やり方』だけを読んだらイマイチに感じそうなところ、狙いや企みがしっかり記述されていることで、真意がよくわかります。インビジブルスレッドの手順は『ストローが念動で飛び上がる』という、え、Tony Changこういう手順もやるの?ってヤツなのですが、素材が単純な分、気配を消すための理論や、細やかな伏線の貼り方がより顕著に表れていて、大変タメになりました。

非常に良く書かれたノートです。Tony Changというと、どうしても技法のうまさに目が行きますが、見えない技法も、『目を疑うような鮮やかな現象』も、観客の意表を突くからこそ成立するのであり、そのために観客の意識のコントロールに心を砕いていることも改めて認識できました。トップカーディシャンの技巧も思考も追える傑作ノートなので、機会があったら是非とも入手してください。

あとTyler WilsonはもっとTonyの手順を解説してくれ。あとこの辺の超絶技巧マン達の解説も全部やってくれ。お願いだから。

2023年10月31日火曜日

"White Wand Chronicles Volume One"

White Wand Chronicles Volume One (2022)


本に著者名が無かった為にこのような表記になったが、JerxブログのAndyの本である。ハードカバーを年に1冊(今は18ヶ月に1冊だったかも)出すという中々に狂ったことをしており、その2022年号で、シリーズとしては5冊目になる。月25ドルを謎の人物に払い続けるという少なからず金銭感覚の狂っている人間に限定配本されるもので、他で買うことはもちろん、会員でさえ前の号を買うことはできない。そんな入手手段の限られた本をレビューするのもどうかと思うが、まあ一度くらいはJerxの話をしてもいいでしょう。


非常に話題になった人だが、どういう人かというとまあ、『アマチュア・マジック』を高らかに歌い上げた人間である。ここで言うアマチュア・マジックというのは、愛好家によるプロマジシャンの劣化コピーではない。アマチュアならではの現象、アマチュアならではのアプローチであり、私生活の中の、私的な人間関係の中でのマジックである。

そういった手順ならこれまでも散発的に世に出ていたが、あくまでオマケあつかいだった。Andyは正にそれを主軸に置いているのが特徴だ。プロの現場では成立しない手順どころか、職業マジシャンがやったら(たとえプライベート時間であっても)良さが損なわれる手順さえある。正にアマチュアにしかできない手品だ。

長い時間軸で行われる手順が多いのも他には無い特徴。たとえば本書のHide & Sneakという手順では、女性を家まで迎えに行って、そのときYoutubeを連続再生しておいてもらう。ディナーの後に女性を家まで送り、そのとき偶々かかっていた曲や動画を使う、といった具合。


ところで手品の質はというと、そこまで高いとは思わない。当たり前になってしまっている手品的手続きを疑うこと、現象を再解釈したり、私的空間に展開したりすることについては非常にセンスがある一方で、手法の賢さであるとか、構築などはそこまで。肝心の演出もときどき滑ってる感じもする。

だがまあ、ひとつのジャンルを確立させたという意味で凄い人物ではある。現状はフォロワーも居ないし、手品に触れる人間なら必ず役に立つだろうジャンルであるので、何か一冊、借りてでも触れておくのは良いと思う。氏の提唱する『アマチュア』のスタイルは、実際に読んでみないと中々つかめないだろう。

なおこれまでの4冊はテーマがあったが、ここでひと区切りだそうで本巻は雑多な内容。ブログの整理&再編というイメージで、良い感じに雑駁、意外と文字が大きかったりで、するする読めます。初期に比べると文章もかなりこなれている。読みやすさで言うなら結構お薦めの巻。

2023年10月5日木曜日

“The Plot Thickens” Oliver Meech

The Plot Thickens (Oliver Meech, 2009)


「マジックには3本の柱がある。手法、演出、そして現象(プロット)だ。手法は皆がやってるし、演出もOrtizとBergerに任せておこう。だから、俺がやるべきはプロットだ。」と著者Meechは前書きで書いており、本書は現象/プロットの新規性にこだわった内容とのこと。内容はクロースアップで、カード5つ、コイン5つ、メンタル6つ、その他6つで計22のちょっと普通ではないトリックが収録されています。

 さてプロットとは何か。この辺りの言葉遣いは難しいところです。著者自身、3本目の柱としては現象(Effect)を挙げながら、途中からプロットの語にすり替わっている。プロットというと一般には「物語の筋立て」であり、手品の新たなプロットと言われたら、現象そのものより、そこにいく過程をイメージするだろう。リセットを例にとろう。まず位置交換というかなり範囲の広い現象がある。それが4枚ずつのパケットで1枚ずつ交換されていくとなると、だいぶプロットになる。最後に一瞬で元に戻るという「ひねり」があれば、これはもうプロットと言及して間違いない気持ちになる。

 で。本書が「プロット」の本かというと、特にそういうことはないんだよな。素材を変えたり、演出(アスカニオ的な意味での演出ではなくて、カバーストーリーという意味での演出)を変えたりというのが多いので、どちらかといえば新しい「現象」を探る本だろう。

 で。新規な現象と言ってもピンキリだ。単に素材を変えただけでも新しい現象と言うことはできるが、それではつまらない。その素材が特別に意外であるとか、素材変更によって裏側の負担が減ったりとか、あるいは新しい手法が見出されたりしていて欲しいわけです。

 で。本書にそれができているかというと出来はまちまちである。例えばOut to Lunchの原理を使って名刺の間違いを修正する“Correctional Facility”なんかは新規性からして相当に怪しい。ハンドリングも雑。一方で、コインと角砂糖のトランスポジション“Touching Transposition”なんかは、この構想でしか出て来ないだろう面白い手法が取られており、また観客の感じるだろう現象も単なるトランスポジションとは一線を画したものとなっている。

 全体を通して見ると、新規性もクオリティも高いわけではない。しかしこのアプローチでしか生まれないだろう作品が含まれており、また傑作としか言いようのない手順もある(自然発火現象“Flaming Voodoo”は、これは最大級の褒め言葉なのだが、Life Saversに収録されていてもおかしくない作品だ)。なんのかんの言っていろんな素材に触れられて刺激的であったし、非常に応援したくなる作者だった。


 ……ところで、Meechは前書きで演出についてはOrtizとBergerの本があるから、と言っていたけれども、プロットにも大天才がいるわけです。そうPaul Harrisです。プロットが新規で面白く、直感的で、さらに裏側の新規性にもつながっています。本当にすごい。もし現象やプロットに飢えているならまずはThe Art of Astonishmentを買いましょう。話はそれから。


※なおこれは第2版で、収録作が一個変わっており、“Free Money In Every Pack”が“Dripping Coin”になっています。

2023年9月30日土曜日

“The Close-Up Magic of Daniel Cros” Daniel Cros

The Close-Up Magic of Daniel Cros (Daniel Cros, 1983)


Daniel CrosはラスベガスのDesert Innで仕事をしていたプロマジシャン。あまり知名度はないと思うのですが※、知らずに彼の技法を使っている人は非常に多く、その非対称性では随一かもしれません。というのもHarrisのBizarre Twistのなかで一般的に行われている手法(片手でツイストする技法)が、実は彼の名を冠したCors Twistなのです。

Paul Harrisとは仲が良かったようで、Twilightを演じている動画が残っていたり、この小冊子の最初のトリックもHarrisとの共作だったりします。わずか16ページの中で7手順が解説されていて、かなり削ぎ落とされていて読みにくいですが、すべて非カードのうえ、Crosのプロっぽさが感じられて面白かったです。特に最初の3手順は、その流れからも、実際によく演じていたことが伝わる良手順。


Paper Chase

 Harrisとの共作。テーブルから紙ナプキンを借り、4つに裂いて紙玉を作って行うチンカチンクで、最後にナプキンが復活する。手順への導入、現象のわかりやすさ、インパクト、準備のし易さと文句なし。


Thimble Routine

 クロースアップのシンブル手順。途中で挟まれる、シンブルをつけた指を立てて、そこにシルクをかけるが、そのままノーカバーでシンブル“だけ”がシルクを貫通する現象はとても面白かった。最後はシンブルが3つに増える。


The Three Shell Game

 3つのシンブルを使ってスリー・シェル・ゲーム。


Silver Dollar and Penny Exchange

 銀銅トランスポを異サイズのコインで行う。……のだが、いつの間にか観客の手の中でペニーがハーフダラーサイズに変化してたりする謎の手順。どう演じたのかもう少し情報が欲しいところ。


Three Coins Pass Thru Bottom Of Large Glass

 シェルを使った、グラスからのコインの貫通。今となってはスタンダードな使い方だが、1983年としてはかなり強そう。


Half Dollars Pass Under Hands On The Table

 伏せた手の中へのコインの移動。と見せかけてオープントラベラーみたいな手順。このあたりの手順はTwilightから続けて演じていた気配がある。


Silk To Egg Routine

 シルクが卵になった後、卵シェルの種明かしをして、最後に本物の卵になる定番手順。ただ(卵シルクは詳しくないけれど)最後がちょっと変則的な構成になっていると思う。ロードやディッチの忙しなさや不自然さを排除するためなのかなと想像しています。


以上。ほとんど余計なことをしていないので、今でも使えそうなプロ手順でした。実際、自分のテーブルにやってきたマジシャンがこの手品してくれたら楽しいだろうな。全手順が非カードなのもいいですね。


※:勝手に無名と思っていたけど、二川先生によるノートの訳があったり、サイコロ使ったマトリックスが売られたりしてるので、実は著名マジシャンだったのかもしれません。

2023年8月27日日曜日

"Notes From A Fellow Traveller" Derren Brown

Notes From A Fellow Traveller -Mentalism, Meaning and Thirty Years of Mistakes (Derren Brown, 2023)


Derren Brownが20年ぶりにマジシャンを対象とした本を出しました。ファンなのでもちろん買ったがしかし、かなり難儀な本であった。

まずなによりも英語が難しい。単語も文体も難しいので読むのが大変。そして肝心の内容なのだが、マジシャン対象とは言っても、残念ながら手品のタネ・仕掛けの話ではないのだ。では理論の話かと言うとそれも微妙で、本書の30~40%くらいは氏のShowmanツアーの紀行文である。これはまあ、面白いと言えば面白い。ショーは生き物と言われる通り、Brownほどの人物であっても、毎度、多かれ少なかれ失敗するわけで、失敗談やその対策がここまで赤裸々に語られることもあまりないだろう。でもそれはまあ、我々のような手品マニアが心から求めている物かというと違う。

手品理論(というか各種の心構えや考え方)の話ももちろんある。だがこれも、2つの点で我々からは距離がある。ひとつ、Brownはここ数年、クロースアップやTVショーからは離れており、もっぱらシアターでのショーに注力している。この演技環境が直接マッチする人はかなり少なかろう。そしてもうひとつ、Brownは大人物になってしまった。実際のイギリスでの空気感を知ってるわけではないが、単なる「成功したマジシャン」を超えた、立場ある文化人の雰囲気だ。そんなわけでちょっとばかり住む世界が違う。おまけに今は2020年代なので、そういった人間が当然備えていなくてはならない倫理観は非常に強固だ。

歳を取ったせいもあるかもしれない。Brownは言う。『正直なところ、手品はもうそんなに好きではない』『手品は簡単だ』。読みながら私は、一抹の寂しさを覚える。……ところで本書には、具体的な手品の話も僅かにだが出てくる。そこで解説されたある演出が非常にくせ者で、BrownはJerxなんか目じゃないくらい、さらりとスマートに、相手の現実に揺さぶりをかけてみせるのだ。なお、文句なしに凄い手品ではあるが、Brown以外の人間がやったらたぶん警察沙汰である。そんなものを何食わぬ顔で解説するところまで含めて邪悪だ。なんか色々言ってたけど、やっぱりあなた今でも手品が大好きだし、悪い手品も滅茶苦茶好きでしょう。俺には分かってるんだからな。


そんな往年のファンに対する一瞬の目配せはあったが、やはり本書は遠い。読み物としてはいいだろうし、もしあなたがスタッフを引き連れ、各地の劇場を巡るようなマジシャンなら、本書から学ぶところは大いにあるのではないかと思う(英語がそれなり以上に堪能なら、という前提付きにはなるが)。でもそうじゃないのなら、まず買うべきはDevil’s Picturebookだし、その次は多少のプレミア価格で済むならAbsolute Magicだろう※。そうこうしているうちに絶版になってもつまらないので、本書を買っておくこと自体は反対しないけれども。

※一般向きの書籍(Happyとか)は読んでないので知らんです。Pure Effectについては、内容はおおむねDevil's Picturebookでカバーされてるので、こちらもあまり優先度は高くないと思います。

2023年7月24日月曜日

"Handsome Jack, etc." John Lovick

 Handsome Jack, etc. (John Lovick, 2016)


John Lovickの作品集。表紙ではより長い名称になっていて、The Performance Pieces & Divertissements of The Famous Handsome Jack, etc. written by Handsome Jack, annotated by John Lovick(『かの有名なハンサム・ジャックのレパートリー手順および余興。著ハンサム・ジャック 註ジョン・ロヴィック』)となっています。

この著と註が本書の大きな趣向で、本書はロヴィックの演技キャラクターである『ハンサム・ジャック』氏が書いていることになっています。彼はかなり戯画的な造形の人物で、自身を世界一ハンサムと信じて疑わず、ナルシシストで尊大で、何でも自分に都合のいいように受けとり、頭が軽くて好色という面倒なヤツなのですが、彼が傍若無人に筆を振るい、それを註のロヴィックが汗をかきかき補足・修正してまわるというコメディが本書全編にわたっています。ロヴィックがブレインとしてジャックに手順を提供しているという設定なのですが、ジャックはあまりに自己中心的なのでそれをすっかり自分の創作と思い込んでおり、自画自賛を交えながら解説。ロヴィックが正しい創作経緯やクレジットを補ったり、ジャックへのツッコミを交えたり。時にジャックは売りネタまで解説しようとして、註のロヴィックがその部分を黒塗りにしてしのぐというネジの外れた一幕まであります。さらに本書をパラパラめくると、古今の名画をハンサムジャックに置き換えたイラストがこれでもかと飛び込んできます。サービス精神たっぷりのなんとも笑える本で




というのが一般的な感想なのだろうけれども、果たして本当にそうだろうか。なるほど、「著者が武勇伝を語り、それが註で某映画の引き写しだと暴露される」とか、「著者が堂々と売りネタを解説しようとして黒塗りを食らう」とか、あるいは「種々の名画のパロディイラスト」だとかは、間違いなく面白い趣向だ。けれど面白い趣向が、常に面白く機能するわけではない。誰かが言って大受けしたギャグをそのまま真似したって、同じような笑いが取れるわけではない。私のような人間はそれを痛いほど知っているし、たぶんあなたもそうではないか? ロヴィックの趣向に対する選球眼も、その趣向にそって書き通した努力も称賛に値するが、面白いかどうかとは別の話だ。そして少なくとも私には、ロヴィックはずっと滑っているように見える。

……改めて本書を眺める。戯画化された愚かなジャックと、彼に呆れ、彼をたしなめる、常に『知的』で『倫理的』なロヴィック。その構図に延々と付き合わされるうちに、戯画化され露悪的に書かれたジャックにも増して、筆者のエゴが露わになってくる。そういう意味で、本書は笑えはしないが、滑稽ではある。狙って書いたのなら凄いことだが……恐らくそうではないだろう。


手品の本なので手品の話もしておく。本書で扱われるのはパーラーからステージの手品だ。ただしクロースアップに根差したものがほとんどで、大仰な道具は使わないからアプローチはしやすい。かなり凝り性のようで、いろいろな工夫が盛り込まれており、別案や類似例を含めてクレジットも手厚い。そのまま演じないにしても(というかハンサムジャックという奇矯な人間用の手品になっているので、そのまま演じるのは厳しい)、勉強になることは間違いない。

また手順以外のコンテンツとして、ロヴィックはキャラクタ造形についてエッセイを書いている。これはおおむね正しいことを言っていると思うが、しかし肝心の彼の演技人格ハンサムジャックは戯画化の程度が強い非現実的な造形で、そのうえ「観客を笑わせる」というより「観客に笑われる」ものとなっており、正直なところ私にとっては魅力的に映らない。それは私の趣味の問題ではあるのだが、ハンサム・ジャック氏が底にある以上、ロヴィックの言葉はあまり私には響かなかった。

おおむね正しいことを言っており、手順も(そのままは使えないが)勉強になることは確実だから、気になるプロットがあれば買って損はない。それに、飾ると最高にかっこいい。

そう、色々内容について文句を言ったが、それを覆して余りあるほど本書の造本は最高なのである。特に、背継ぎの布装丁と、太い帯とを組み合わせた表紙デザインは秀逸の一言だ。……なのだが、本書には実は日本語版があり、そこでは素材とパーツ構成を活かした原著のデザインを、あろうことかそのままソフトカバーに印刷している。なんとも滑稽なことであるが、内容にはより合致しているかもしれない。


追記:私は以前からあまりロヴィックが好きではないので、この文にも多少の(あるいは多大な)バイアスがかかっているだろう。また本書も通読はしたが、精読したとまでは言えない。そのうえであえて言うが、愚かで軽薄なジャックは、その軽さゆえに幾度かはロヴィックを出し抜かなくてはならなかった。ロヴィックは冷静さを失って地団太を踏んだり、みっともなく取り乱したりして、一度や二度でいい、笑われる立場にならなくてはならなかったのではないだろうか。そもそもの疑問だが、ロヴィックはジャックのことを、少しくらいは好きなのだろうか?

2023年6月30日金曜日

"5 for £5: Coffee" Oliver Meech

5 for £5: Coffee (Oliver Meech, 2009)

5ポンドで5トリック紹介する、Oliver Meechの少額電子ノートシリーズの一冊で、テーマはコーヒーショップ。他に子供向きの5 for £5: Kids、ステージ向きの5 for £5: Stageが出ているようです。Luluで買えます。

コーヒーショップやコーヒーに関連する手順が5つ紹介されており、Linking Coffee Ringsという手順が白眉。Coffee Ringというのは、コーヒーカップの底によってできたコーヒーの丸い染み。あれがリンクします。

もともと著者は、「マジック界は新メソッドであふれているが、新プロットはほとんどない」という問題意識をもとにThe Plot ThickensThe Plot Twistsという本を出していた人です。しかし、ちょっとしたアイディアや手順を発表するには、しっかりした単著では都合が悪く、よりラフに発表できるシリーズとして本シリーズを立ち上げたとのこと。手順の出来映えはそこそこですが、安くて流し読みができ、たまにイメージの膨らむアイディアやプロットがある本冊子は、著者のねらいがしっかり実現できています。

そんな著者が「新しいプロット」にしっかり取り組んで書いたThe Plot Thickensと続刊もLuluで買えるようなので近く買います。

2023年5月31日水曜日

“The Esoterist” Allan Ackerman

The Esoterist (Allan Ackerman, 1971)

 Allan Ackermanの最初期の作品集。私が買ったのはLybraryのe-book版ですが、元々はページ数42、著者は当時24歳で、おまけに20ほどある収録作は1つをのぞいて1970年3月〜12月の短期間に作られたとのことで、それがハードカバーで出ていたのだから時代を感じます。

 実はこれが初Ackermanです。Ackermanというと緊密に構成された手順のイメージがあったのですが、本書は作成期間が短かったからか、それとも単に若かったからか、シンプルなアイディアや改変に基づく手順が多いです。古い本ですし、ことさら変なアイディアがあるという訳でもないのですが、一方で非常に切れ味がよく、とても楽しく読みました。

 この「切れ味の良さ」は手順もですが、個人的には解説にこそ感銘を受けました。解説は短く、写真やイラストも少ないのに、説明が不足することは殆どなく、淡々とした記述ながら著者の狙いが鋭く伝わってきて刺激的です。名作や迷作が眠っているというよりは、狙いの定まった改案が読者を刺激し、だったら自分はこうしたい、と思わず吊られて改案を考えてしまうような本でした。

 いちおう作品にも触れておくと、お気に入りは、テンポよくいつの間にかデックが消えるMinuscule Deckで、これは最近の作品と言われても信じてしまいそうでした。また趣味からは外れるものの、著者がすっきり演じたら追いきれなさそうなトラベラーズMass Transit、言語の問題がなかったら演じてみたかった21セントギミックを使った軽妙なSmall Changeがよかったです。カードでも結構ギミック使うのも意外でした。しかし、やはり個人的には、この読み味が一番のおすすめポイントです。Ackermanこんなに面白かったんだ。Las Vegas Kardmaも絶対読みます。


 ところでこの本、Paul DiamondによるGem of Magic Bookというシリーズの一冊らしく、他の巻も気になってきました。4冊ぐらい出たらしく、本巻がこれだけ面白いならDiamondが名伯楽なのでは、と思う一方で、なんか4冊中2冊がマグネチック・コイン本らしく、ずいぶん尖ってるシリーズだな……。

2023年5月7日日曜日

"Symmetry, Parity and the Chimera Deck" Ben Harris

Symmetry, Parity and the Chimera Deck (Ben Harris, 2023)


Ben Harrisというクリエイターに対する私の評価はあまり高くない。アイディア自体は面白いものもあるが、詰めが甘かったり、ちょっと実演には耐えられなさそうだったりと、作品として見たときの完成度が低い印象がある。氏は古くから精力的に作品を発表しており、私がいちばん手品をしていた時期にもSilent Runningが話題をさらっていた。あまりに評判だったので私も買ったが、正直なところ実用できるようには思えなかった。少なくとも、観客から見て、著者の言うような現象になるようには思えなかった。

本作はスベンガリ・デックの可能性を拡張するという触れ込みで、Vanishing Inc.と組み、100ページ程度のハードカバー本に3種類のギミックデックが付属し、美しい箱に収められた豪華なセットである。主眼は二つで、ひとつは「観客がスベンガリ・デックを混ぜる」、もうひとつが「スベンガリ・デックの拡張」である。

第一の点「観客がスベンガリ・デックを混ぜる」だが、これがまずイマイチだ。先例がありそうな手法だが、それはまあ、私もこの場ですぐ名前を挙げられないから不問にするとしても、演出との食い合わせが微妙に悪い。「観客がスベンガリ・デックを混ぜる」以上、完全に自由とはいかず、そういった場合は不自由さをどのように不可視化するかが重要だ。演出が不適切だと「自由に混ぜる」と言いながらもその不自由さが際立ってしまう。残念ながらHarrisがこの点に気を使っているようには見えない。

もう一つはデックの拡張性である。付属の三つのデックParity Deck、Chimera Deck、Imagination Deckはこちらに属する。Chimera Deckを使った手順が特によく、観客が気を抜いた一瞬のうちに、畳みかけるようにデックとカードの色が変わっていくデックスイッチ・デモンストレーションは現象も演出も楽しい。しかしデックの拡張性を探ると言いながらも、その範囲はスベンガリ・デックにとどまっていて、ディスプレイにはしばしば無理があり、とてもそのまま演じる気にはなれない。ストリッパーやラフ&スムースなど他の原理を組み合わせれば、いくらでも改善できたろうに。

悪い本ではないが、本の造りや著者・編者の言葉と実態がかみ合っていない。著者がそういう人なのは仕方ないにしても、編者はもう少しフィードバックのしようがあったのではないか。近年、意欲的なストリッパー・デック研究本A New Angleや、Multi-effect Deckを再考するBerhの手順や(未読ではあるが)Hedanの著作があるなかで、本書の完成度はどうしても見劣りする。

悪い本ではない。アイディアは面白く、付属のギャフ・デックも触って楽しい。しかしアイディアにしろ手順にしろ、考え抜かれているとは言えず、非常に物足りなさを覚える。そこを理解した上で、アイディアとギミックデックのセットとして手に取るのなら、悪い本ではない。個人的にChimera Deckの手順はぜひブラッシュアップして演じたいくらい魅力的だったし、Parity Deckも頭のいい人なら色々と悪用ができそうに思う。

なお箱に書かれてあるタイトルがSymmetry, Parity and the Chimera Deckで、入ってる本のタイトルはSymmetry and Parityで、入ってるデックはParity Deck、Chimera Deck、Imagination Deckで、なんかそのへんもチグハグである。

2023年4月30日日曜日

"Instructions for Miracles" Friedrich Roitzsch

Instructions for Miracles (Friedrich Roitzsch, 2023)

ドイツのベテラン・マジシャンFriedrich Roitzschによるカードマジック作品集。100ページ程度の小ぶりで小粋なハードカバーで、10作品が解説されています。Conjuring Archiveのニュースレターで宣伝されていたのでノータイムで購入。

プロの手順ということで実用性が高く、ギミック使用も多い一方、高難度の技法をうまく紛れ込ませたり、特殊な現象をレギュラーに落とし込むといった企みもあり、技法マニアのアマチュアから見ても満足度が高い。既存手順の改案や組み合わせが多いので目新しさはやや弱いが、これはまあ博覧強記のDenis Behrが友人なら結果的にそうもなろう。それからもうひとつ面白かったのが、タイトルから気付いた方も居るかも知れませんが、Pepe Carrollのプロットが収録されていることです。それも2つも。Carrollはスペインでは超有名でしたが、その影響が徐々に他国にも及んできているのかも知れません。

プロット自体は既存のものが多く、過去作を踏まえた改案や修正が肝というタイプなので、今回は各トリックの概要も書きます。当然ですがクレジットもしっかりしてるので、気になるプロットがあったら購入お勧め。

Switch'em
 観客がハンド・マッキングをしてしまう現象。マッキング・デモを堂々と見せられるので技法マニアも満足。

Luminous Readers
 観客が『特別な眼鏡』をかけると、マーキングが見えるようになる。

Robin Hood
 ブーメランカードに素晴らしい奇想を加えたPaul Harrisの手順を、観客のサイン入りカードで行う企み。

The Fastest Card Trick in the World
 A4枚とK4枚の瞬間交換現象とポケットインターチェンジ。

Power Matcha
 観客の選んだ枚数目だけカードがメイトになるPower of Thought系手順で、最後に全てメイトになるもの。最後の前の改め(の準備)に面白い原理を使っている。

Nine Card Monte Revisited
 ガフを使ったNine Card Monte。

Far Out
 3人の観客がそれぞれパケットを取り、フェイスのカードを覚える。それを遠くから当てていく。かなり頭を使う。

Out of this Card Box
 混ぜてもらった状態から行うOut of this World。これも頭使う。

Magic Squared
 0~52の数字が書かれたトランプで行う魔方陣。こんないかにも数理原理な手順に、こんな技法とギミックを入れ込むとか思わんて……。

Instructions for a Miracle
 手順の段取りが書かれたメモ帳の中に、観客のサインされたカードが綴じられている。

2023年3月31日金曜日

”Letters from Juan vol.1”

Letters from Juan Volume 1 (Juan Tamariz, 2023)


タマリッツに対する思いは単純ではない。私が手品を始めた頃、タマリッツは既に生ける伝説だったし、初めて氏の手品を動画で見たときは頭をぶん殴られたような衝撃があった。実際、不思議すぎて頭が痛くなり、しばらく横になったくらいである。

一方で、それから手品を続けていくうちに違和感を抱きもした。他の人が言うほどには不思議ではない手順も散見されるように思えたのだ。私は幸いにも、タマリッツの演技を生で、至近距離で見る機会にも恵まれたが、そのうえでこういった認識を持っている。

どうにもタマリッツの手品の『凄さ』が良く分からなくなってきたのだ。他の著名マジシャンなら分かりやすい『十八番』がある。スライディーニならあの独特のラッピングだし、アスカニオなら『途中の動作(in transit action)』に代表される理論とその実践だ。バーノンやエルムズレイのような地味なタイプでも、やはり底に通ずる作風のようなものがある。しかしタマリッツはどうだろう。すぐ頭に浮かぶのはエアバイオリンであったり、客に混ぜさせようとして叫ぶアレだが、それは手品そのものからは外れる。

結局のところ、私は演技における『タマリッツらしさ』に目がくらんで、手品における『タマリッツらしさ』を掴みかねているのだ。タマリッツとは言語の壁も大きいし、長くテレビに出演していたこともあって実に雑多な手品を演じるのも、芯を捉えにくくする要因ではある。しかし一番の困難は、発表された作品の少なさだろう。もちろんSonataMagic Wayなどの著作はあるが、手順は理論の作例として示されている場合も多く、タマリッツが本当に好んでいる要素、タマリッツの手品を、タマリッツの手品たらしめているものを掴むには、まだ足りてない。少なくとも私にとってはそうだったのだ。

……なので、タマリッツの手順を集成した作品集Flamencoが出版されるのを心待ちにしていたのだが、急に割り込んできたのがこのLetters from Juanである。44ページの薄い冊子で、なんでもこれまでずっと秘密にしてきたとっておきの手順たちを公開していくシリーズなのだと。

今回収録されているのは以下4手順。

・The Shovel

・Color Separation Finale

・The Rainbow Knife

・Pure Olive Oil and Water

正直に言って手順はそこまで良くない。というか巻頭のThe Shovelがイマイチで、それが全体の印象を悪くしている。この手順は、観客の選んだカードがデックの中に戻された後、観客がカードを見つけるというものなのだが、言ってしまうとメキシカン・ターンノーバーでスイッチするだけなのだ。もちろん色々な工夫はあるけれども、伝説のマジシャンが遂に公開した秘蔵手順としてはどうしても肩透かしである。

だけれど、タマリッツがこの手順をシリーズの巻頭にもって来たこと自体が、タマリッツらしさを理解する助けにはなるだろう。そして他の手順にも手がかりは散らばっている。それはOil and Waterで最初に混ぜるところを全て観客にやらせてしまうことであり、カラーチェンジング・ナイフで「魔法の粉を掛けると~」という時代遅れも極まった演出でぞんざいにポケットに手を突っ込んでしまうことである。

「レパートリーを増やしたい」とか「特別な秘密を知りたい」といった需要にはマッチしないが、タマリッツの手品を少し理解できた気がする。次も出たらすぐ買います。

2023年2月28日火曜日

"The Wonderous World of Pickpocketing" Héctor Mancha

The Wonderous World of Pickpocketing (Héctor Mancha, 2022)

マジックを趣味とするような人種であれば、概ねピックポケットにも興味を抱いたことはあるだろう。だがピックポケットは、実際に試すまでに大きなハードルがある。その最初の一歩にとても良い本が出た(と思う)。

本書はFISMグランプリウィナーHéctor Manchaによるピックポケット本。Héctor Manchaはピックポケットの専門家ではなく、本書もピックポケットの専門書というには少し趣が異なる。どちらかといえばマジシャンHéctor Manchaによるピックポケットのガイドブックと言った感じだ。解説は全体的に簡素だが、練習方法に始まり、観客の選び方、台本からノウハウまで含めた、『マジシャンがステージで演じるピックポケット』のための全体像が提供されている。解説文はわかりやすく簡潔で、著者らしいおふざけはありつつも、このジャンルに何より不可欠な倫理が底に通じている。

元々100ページ程度の薄い本だが、純粋なピックポケットに関しては50ページほどしか無い。残り約50ページはピックポケットと合わせて演じるマジックの手順が9つ解説されている。どれもスリの演出を用いたもので、手順の中に実際のピックポケットのタイミングが組み込まれたもの。ただこれらは単体で演じても面白そうなものの、やや手品感が勝つように感じた。純粋なピックポケットと組み合わせたときにこそ真価を発揮しそうだ。

巧妙な原理や奇想といったものはないが、わずか50ページ程度でしっかりピックポケットの全体像が解説されており、FISMグランプリウィナーはこういう面も凄いのだなと感じた。このジャンルにおいて、最初に目を通す1冊目としてよく、また時々確認のために読み返すにもいい。別のジャンルでもこういう本が出ないかな。

2023年1月31日火曜日

"ルビアレスのやさしいコインマジック" Juan Luis Rubiales

ルビアレスのやさしいコインマジック (Juan Luis Rubiales, 2019)


Rubialesが箱根のゲストだったときに、マジックランドが作成した日本語のレクチャーノート。taller de iniciacion a la magia con monedas(コインマジックの初級ワークショップ)と表紙に書かれているので、Rubialesのワークショップで使っているノートの翻訳だと思うんですがちゃんとは調べていません。

初心者向けの本を書くのは大変に難しく、考えを要します。個人的にRubialesは好きなんですが、この点で適性があるかというと怪しいなと思いながら読みました。それでまあ、本冊子が「まえがき」にあるような「知識ゼロの初心者に向けた、安心して演じられて自信が付けられるセルフ/準セルフワーキングのコインマジックの本」かというと、やはりちょっと無理がある。いっぽうでRubialesらしさは非常によく出ていて、現象の種類やコインの使い方はなかなかバラエティに富んでいます。カードマジックの翻案や、コインに予言を書くような物から、代表作のアンビシャスコインなどなど。

また読み物(理論)部分が、かなりしっかりした内容でした。技法を個人化すること、無意識にやってしまいがちなコインの位置の微修正、体全体の使い方等々。読者が知識ゼロの初心者なら、もっと前に伝えるべきことがあるんではとは思いますが。

知識ゼロの初心者向け、と言われると大いに疑問ですが、もともとワークショップの資料だったようなので、Rubialesの実演や指導付きでなら成立するのではないでしょうか。冊子だけで読むのなら、型どおりの基礎的なコイン技法をなぞった後、コインの素材としての可能性を広げたり、技法の精度を上げたりするために読むのがちょうどよさそう。

"Offbeat" Nick Diffatte

Offbeat (Nick Diffatte, 2022)


若干26歳ながら芸歴11年を数え、かのMac Kingをして「コメディマジックの未来は明るい」と言わしめたコメディマジシャン。その作品集である本著は、なるほど実用性が高くてしっかり笑いの取れる手順が載ってるんだろう、これは使えそうだぞと手に取った私のような考えの甘い者の横っ面を、思いっきり張り飛ばして目を覚まさせるような快作です。

Diffatteは十代の頃からマジックショップにクルーザーにと現場に出まくり、「マジック無しでコメディクラブを沸かせることができる、あるいは笑いなしのマジックで十分観客を魅了できる、その上で両者を合わせられる者しか『コメディマジシャン』とは呼べない」という信念を持った超硬派なのです。そして本書は彼の『マジック』の本なので、具体的なコメディには殆ど触れられていない。手順は主にクラシカルなパーラーで、いくつかコメディ寄りの物もあるが、解説はあくまでマジックとして側面からのものであるから、そのままやってもまあ笑いは取れません。あたりまえだ、笑いはそんな甘いもんではないんである。

手順はさすが現場主義と言うべきで、既存手順の細部を詰めたり、不格好な部分を直したりという方向。よくブラッシュアップされており、マニアも騙せそうなものも少なくない。特に三本ロープは事前知識無しで見てみたかった。他にもビルチェンジやメダリオン、ダイチューブに、破ったマッチが変にくっついて不可能物体になる小品など15手順+1アイディア。全体的に質は極めて高い。ただ現象も手法も、あまり奇想は無いかな。

それで、手順も硬派で悪くないのだが、なによりも合間に挟まれるショートエッセイである。「面白さとは」から始まり、「オープナー」「失敗について」「創作方法」などなど。言ってしまえば正論ど真ん中の内容で、目新しさはないかもしれないが、ここまで真摯な筆致で克明に書かれると私などはただひたすらに背筋が伸びる思いである。

タイトルと著者経歴から望むようなものが得られる本ではないが、正にそういう期待を抱く甘っちょろいマニアこそ読むべきであろう。トップ・プロの片鱗に触れ、大いに感じ入りまた恥じ入りました。まあそれはそれとして、すぐ使えて笑いの取れるサイコーな手順はどこかにないかなあとやっぱり思ってしまうのだけれども。