2018年10月31日水曜日

"repertoire" Asi Wind





repertoire (Asi Wind, 2018)


待望のAsi Wind作品集。


まず何よりも造本が豪華で、本好きとしては大変うれしかった。革装、箔押し、カラーのカード貼り、本文墨に、イラストはフルカラー刷りの水彩画。

すべてのイラストがAsi自身の手になる水彩画という点は、他の本ではまず見ない趣向である。正直なところ、ややファジーで粗めのタッチなので、解説図に適しているかというと疑問ではある。しかし手品にかこつけて別の趣味を披瀝しているという事では決してない。冒頭のエッセイでこの水彩画について扱われ、手品作品とは別の側面から、彼という人物を描写するものとなっている。そしてまた、造本、スタイル、文体、レパートリーである手品の解説、本書を書くという試みそのもの、そういったすべてが必要不可欠なピースなのだ。

本書はタイトルの通り、Asi Windのレパートリーを解説した本である。これまで発表された作品が、売りネタも含めてほぼすべて収録されている。タイトルが変わっているものもあるし、すべて追いかけていた訳ではないので確実ではないが、初のDVDのTime is money、ノートChapter ONEの内容、動画DL作品Three Card Routines、単品販売していた本のスイッチギミックSwitcher、同じく単品販売のチェアテストcatch 23はすべて解説されている。……Gypsy Queenはない。また残念ながらエッセイなども再録されていないようだ。

全21作品。お札、本、メンタルがひとつずつあり、残り18作品がカード。うち2つは技法である。カードの手順はなかなか難しい。レギュラーで出来るものもあるが、メモライズド・デックやちょっとした加工、そして連続のクラシックフォースを必要とするものや、フルのギミックデックまで手段は選ばない。しかし観客からは完全レギュラーに見えるよう、見た目もハンドリングも慎重に作られている。そのためどの手順も、しっかり身につけさえすれば、非常に真に迫ったインパクトがあるだろう。

A.W.A.C.A.A.N.やDouble Exposureの実演動画を先に見たせいか、マニアも唸らせる賢い創作家の印象があったのだが、どちらかというと既存作品をチューンナップするスタイルのようだ。本書ではビドルトリックやカラーチェンジ(Moving Pips系)のような、マニア相手だと道具立てだけで察されてしまうような手順もある。これらはなじみ深い古典作品であるだけ余計に、Asi流のチューンナップが味わえる。

さて解説は丁寧だが、いくつか足りていないと思うところもある。解説に濃淡があり、トリックの全体像をつかむのがやや難しい。トリック自体の難易度は別にしても、読んですぐ演じられるようにはなっていないのだ。ただそれも、どこまでかは知らないが、意図されたものであるようだ。

本書は非常によくできた本である。手品を学ぶには、映像で見たり、本人から直接教わったりといった方法もあるけれども、本書は本書にしかできないかたちで、Asi Windのレパートリーを解説している。そしてそれを通じて、Asi Windその人を描き出している。テキストだけでなく、造本へのこだわりや水彩画のイラスト、そして書物にはつきものの愛すべき不自由さも含めて、たいへんに立派な、一冊の本である。


なお本書で使われた水彩画はご本人のショップから購入可能。各3万円くらい。