2022年12月30日金曜日

"Queen Spirit" John Bannon

(Smells Like) Queen Spirit (John Bannon, 2021)


John Bannonの最新作は、7カードアセンブリに取り組んだ小冊子。

個人的にBannonの一番好きな作品群は、イロジカルな手法を最大限利用した結果、奇妙な現象が生み出されたパターンのものたちだ。それがパケットのFractalシリーズや、冊子Six Impossible Thingsだった。そこからすると最近の、技法無しだったり、メンタルよりだったりする本はどうにも面白くなかった。

今回、プロットは既存であるが、イロジカルな手法を上手く使い、しっかり物理的な現象が起こるので、かなり好み感じに戻ってきた。いくつか問題もあるので傑作とまでは行かないが、良い本と思う。

A4枚と余分のカード3枚の、計7枚だけを使ったAアセンブリに取り組んだ本。そればかり6手順で、一瞬で集まる物がメインだが、スローモーションもあり、変則的なものもある。おまけとして一般的な枚数(16枚)のアセンブリと、Aアセンブリの前段と言えばの4 of a kind productionがそれぞれ1手順。

シンプルなプロットなので、裏側も技法1回だけだったりして、そういう面白みは薄い。しかしながらBannonの十八番であるイロジカルな手法を、一般的プロットにどう適用するかというサンプルとしては大変優れており勉強になる。またイロジカルな手法を採用した恩恵として、ハンドリングの全体像は非常にスリム。

一方問題点としては、ほぼ全編にわたってQを使い、ガールズバンドの離合集散になぞらえる演出がある。Bannonはずっと、カードを何かに喩える物語演出は子供だましで馬鹿馬鹿しいと厳しく批判してきたのにだ。もちろんBannonの中ではセーフな匙加減であり、その辺の説明もあるのだが、でもまあちょっと言い訳がましさはある。

Bannonの創作ノート的な面白さがあり、これまでのイロジカルな技法を、既存プロットでどう使うかの作例として、とても良かった。Bannon先生におかれましては、こういった本をもっと出てほしいですね。ただ本の作りはちょっとアレなので、そこは外注してほしいですね。


あとオマケ手順の1つである通常枚数のAアセンブリは、Bannon技法を使ってJohn Careyが作った手順のさらにAlbart Chouによる改案なのだが、非常に出来が良くてこれだけのために買ってもいいくらいです。

2022年11月30日水曜日

"Jack Parker's 52 Explorations" Andi Gladwin

Jack Parker's 52 Explorations (Andi Gladwin, 2022)


愛すべきマニア、故Jack Parkerの第2作品集。カードマジックと技法が、タイトルに掛けて52作品収録されています。正直なところ作品そのものの出来はそこまで良くないのだけれども、なんというかいい意味で笑えるマニアの手品なんです。居るじゃないですか、集まりでちょっと変わった手品や技法をやってくれて、現象としては矛盾してたり、手法が厳しかったり、なんなら成立してるのか微妙だったりするんだけれど、目新しくはあるし、個性的だし、笑いを誘うというか、突っ込みどころのあるタイプの人が。そしてたまにだけど、ホントに不思議な手品や奇想を見せてくる人が。そういう人です。その愛されっぷりは、没後15年も経ってなおハードカバー250ページの第2追悼作品集が出版されることからも分かるでしょう。

Jack Parkerは市井の手品マニアで、TSD(The Second Deal)という会員制・紹介制の手品掲示板のメンバー。作品発表は同掲示板や、電子書籍の個人出版が主だったようです。同じTSDメンバーであるAndi GladwinやTomas Blombergと親交が深く、本書も執筆がGladwin、前書きがBlombergです。本書自体がそういった人と人のつながりの産物であり、作品においてもBlonbergとの共作で、氏の一流の数理原理を用いたものなどがあります。

……と、書くと、身内向けの本のように思えるかもしれませんが、Parkerの手品はそれに留まるものではありません。完成度は高くないながら不思議な愛嬌があり、それはJ.C. Wagnerがレパートリーにした作品があったり、John Bannonが改案を発表していたりすることからも分かるでしょう。

みんなが愛したマニアとテジナ・セッションしたい人、買いましょう。……とは言え、買うなら第一作品集の52 Memoriesの方がオススメではあります。実を言うとWagnerやBannonが採用した手品も載ってるのはそっちですしね。それで前著が気に入ったならこちらもどうぞ。

2022年10月31日月曜日

"The Ron Bauer 2008 Lecture Revised Edition" Ron Bauer

 The Ron Bauer 2008 Lecture Revised Edition (Ron Bauer, 2009)


Ron Bauerが2008年に行ったレクチャーのノート(メモ)に、参加者でなくても意味が追えるよう多少の改定を加えたもの。Ron Bauerはちょっと古めの人で、38年の生まれでMarloとかVernonとも親しく、あとKortと仲良かったようです。この冊子の図もKortの奥さんが描いてる。あまり露出がない人なのですが、98年くらいからPrivate Studiesという小冊子のシリーズを出しています。各冊子1トリックを扱い、ちゃんと観客の興味を引くPremiseを提示しろ、技法はうまく演出の中に溶け込ませろ、みたいな内容で全24巻(私は1冊しか読んでないので趣旨については半分憶測)。

レクチャーの前半はその冊子シリーズに近い方向性で、ちゃんとした『アクト』をもっているか、と言った内容。ここでいう『アクト』とは、3つぐらいのトリックをうまくまとめた小さなショーみたいなものです。アクトの必要性、アクトの要素、なにがアクトをアクトたらしめるか、といった内容とともに、極めて汎用性の高い一例が示されています。私自身これに近い「汎用」アクトで場をしのいだことがあり、良い内容だと思いつつも、ちょっと筆が追いついていない感じがある。Private Studiesもそうなんですが、説明の段取りがやや歪で読みにくい。

後半は打って変わって技法2つ。それもド直球でダブルリフトとパーム。私がそもそもBauerを知り、この冊子を買ったのは、youtubeも黎明期に氏のこのパーム動画を見たからでした。これが上手かった。流石にいま見ると……ではあるんですが、当時最高峰のひとりであったのは間違いないと思います。ダブルリフトはCharlie Millerが「疑いを抱きすらしなかった」と言っており、パームはMarlo, Vernon, Miller等に「いまからちょっとした事をやるから」と言ってから見せて(さすがにパームするとまでは言わなかったらしいが)露見しなかったというもの。こういう逸話は盛られがちですが、どちらも実際そうだったのだろうと思わせる確かな内容です。

それはたとえば、裏から表にする方法は1通りなのに対して、表から裏にするには4通りが解説されていたり、パームした感が出てしまう2つの要因について分析したりといった、技法細部の検討や、言語化がとても丁寧であることからもうかがえます。この2つの技法に関しては今でもベスト……とはいかなくても、かなり良い解説であり手法なんじゃないでしょうか。

というわけでやや読みにくいものの、いい冊子だと思いました。惜しむらくはもう少しだけ文章が良ければ。そしてPrivate Studiesと共に清書され合本ハードカバーになってくれれば……。まあ望み薄なので、気になるトリックを扱っている巻をもう1つ2つぐらい買ってみたいと思います。しかしPremiseの重要性を説き、演出重視でありつつ、技法マニアでもあり、なにより不思議を重視していた人のように読めるので、全盛期を生で見てみたかったですね。

氏の座右の銘は、“If you're a magician, you must FOOL‘EM in order to ENTERTAIN ‘EM.(マジシャンであるならば、観客を楽しませるために、まずなによりも彼らを騙さなくてはならない)” とのこと。

2022年9月30日金曜日

"Paul Curry Presents" Paul Curry

Paul Curry Presents (Paul Curry, 1974)

Out of This Worldで高名なPaul Curryの作品集。のちにPaul Curry's Worlds Beyondという全集が出ていて、多くはそちらにも収録されているのですが、いくつか取りこぼされている作品もあります。それらを目当てに本書を買ったものの、Worlds Beyondの記憶も大分薄れていたので通読することにしました。

Out of this worldとA Swindle of Sortsあたりが有名ですが、他の手順もすさまじく巧妙です。いや、巧妙を通り越して悪辣といっていいほど。原理ベースの手順が多いのですが、根本の原理を上手く使い、また隠すだけでなく、相手の予断を誘う、ミスを装う、途中で別の原理に切り替える、ギミック等々、ありとあらゆる手が尽くされています。

たとえばCard Acrossの手順では、2人の観客がそれぞれカードを見て覚え、演者はそれが何か全く知るよしもないのですが、それらが消えて移動します。しかも凄いのはこれ、2段階で移動するのです。まず1枚だけが消えて、それからもう1枚も消える。演者は選ばれたカードが何か全く知らないにもかかわらず、もう1枚がまだあることを観客に示し、さらにそれを消せるのです。上手く伝わっているだろうかこの不可能性が。

Worlds Beyondに収録されていない手順たちは、手順としてはやはり見劣りします。しかし同じ原理の応用であったり、後にもっと別の手順に改良されているものだったりするので、本書の方がWorlds Beyondよりも、Curryの狡猾さ、また原理をどう活用するかの妙がより感じられたように思います。Worlds Beyond未収録作にはOut of this worldの原理をギャンブル現象に転じた作品もあります。そんなこと考えもしなかった。

ただし本書の手順には欠点もあります。とにかく長い。52枚を1枚ずつじっくりより分けていったり、カードを何十枚もコールしていったりと、ひたすらに長く、さすがに今そのまま演じるのは難しいでしょう。ただ手順の構築は折り紙付きなので、素材を変えたり、枚数を合理的に減らすなどの工夫ができれば、まだいくらでも人を騙せます。それから古い本なので、文章もいささか読みづらかったかな。

ともかく本当に、これ以上無いくらい悪辣な企みに満ち満ちています。原理系、メンタル系、セミオートマチック系に興味がある方、是非読みましょう。

2022年8月24日水曜日

"Lorem Ipsum" Nathan Colwell

Lorem Ipsum (Nathan Colwell, 2021)


TheseusのNathan Colwellによる小ぶりのレクチャーノート。前著ではプロブレムへの取り組み方や緊密な考察と文章など、とても面白いながら肝心のテーマが謎過ぎたわけですが、今回は一般的な手順と技法です。手順が4つと技法(アイディア的なものも含む)が7つ。とても面白かったです。

手順4つは次のようなもの。

Ramon Riobooの某手順を応用したトライアンフっぽいもの

Greg Wilsonの免許証の入れ替わり

Tommy Wonderのお札を折るやつ

Royal Roadに載ってる数理寄りの4Aプロダクション

どれもやりたいことがはっきり示されており、完成度も高く、また面白い考察が含まれています。特にRiobooが用いる『記憶の操作』の説明とその実践は、簡潔でとてもよい言語化でした。なにせRioboo本人は実作で示すことしかしてくれなかったので。また観客に特別な才能があるという演出に対する葛藤なども読みごたえがありました。

技法の方はプロダクション、Optical Revolve、Convincing Control、謎カウント、ダブルリフト。何に使うのか良く分からない物もありつつ、Convincing Controlは久々に使用技法が更新されそうな出来。


革新的な原理とか超不思議だとかいったことではなく、また紹介されてる手品を実際に演じるかと言ったら微妙なところですが、組み立てや考察がとてもよく、読む手品としては久々に当たり。語彙はちょっと難しいが全体的に簡潔で、ボリュームもちょうどよかった。次回作も楽しみです。

2022年7月31日日曜日

"The Ten Count Force" Bob Farmer

 The Ten Count Force (Bob Farmer, 2022)


一般販売されてないようで、さらに良い手順でもないものを紹介するのもどうかと思うが、それはそれとして冊子としては悪くないです。Bob Farmerはどうにも憎みきれない。

原理は古くからあるもの。ここでは予言になっていて、観客がデックを混ぜた後、演者が予言を書き、観客の携帯番号の下四桁に『合わせて』カードを配る。そうすると予言されたカードが出てくる……のだが、原理の使い方がストレートすぎる。さすがにこれはちょっと無いのではないか。

だがここで終わらないのがFarmerで、この原理の初出や発展を簡単にまとめてくれている。それを読むと、原理の弱点をうまく隠蔽するため様々な工夫がされていてとても面白い。というかこれら先行作を読んだ上で何でこれを出しちゃったんだFarmer。

なので、メインの手順は正直よくないと思うんだけれど、過去の作例が手短にまとまっていて、冊子としてはよくできています。Farmer氏にメールしたら多分喜んで送ってくれると思うので興味ある人は是非。なおこの冊子には載ってないが、個人的にはTomas Blombergの"Lucky 14"がこの系統だとベスト。

2022年6月30日木曜日

"Mr. Jennings Takes It Easy" Richard Kaufman

 Mr. Jennings Takes It Easy (Richard Kaufman, 2020)


本を作るのは簡単で、畢竟、文字さえ書ければ誰にでもできる。とりわけ個人の作品集であれば、作品解説を束ねるだけで形になる。一方で、そこに何かしら特別の効果を持たせるとなると、話はまったく変わってくる。KaufmanはThe Berglas Effectsの時、それができていた。では本書はどうか。

The Royal Road to Card Magicは最高の本なのであのような構成にしたい、と言ったのはJennings本人とのことだが、それを採用した時点で雲行きが怪しくなる。Kaufmanはこの点について最大限の努力を払い、おかげで本書はRoyal Roadのような形式の本にはなっている。しかしRoyal Roadのような効果の本になったかというと否で、ああいった本の魅力は、技法にしろ手順にしろ、様々な人の異なった考えが載っていることから来ているのだから、Jenningsがどれだけ多作だったとしても、一人の技法・手順で編んだのでは本質から全く外れてしまう。

ではKaufmanのほうはどういった意図を持って本書を編んだのか。まえがきには「ジェニングス流カードマジックへようこそ!("Welcome to the Larry Jennings School of Card Magic")」とあり、また「ラリージェニングスのカードマジック入門という、日本でだけ発売された本があるが、それの英語版と言える」とある。しかしこれも、読んだ時点で眉をひそめてしまう。ラリージェニングスのカードマジック入門が成功したのは、凝った技法と手順とを、当時としては詳細に、それでいて簡潔にまとめた小ぶりの本だったからというのがあるだろう。もちろんKaufman自身も、先の引用に続けて「とはいえ、本書は全く異なったアプローチを取っている」と言っている。しかし上巻だけで大判580ページにもなる『カードマジック入門』は、その時点で破綻している。

だから本書は、歪で読みにくい、うすらでかい本になってしまっている。はっきり言って読み通すのはそれなりの苦行だ。おまけにKaufumanの筆はまったく定まっていない。本書は上下巻の予定で、Easyを冠する上巻は簡単な技法を扱うという話なのだが、「Jenningsにとって簡単という意味だから」とダブルカードをずらさずテーブルに放らせたりする。「この技法はよくあるXXという問題点を解消している」と、それ自体は実に納得のいく技法を紹介して、しかし次の技法では問題点XXを平然と許容してしまう。「Jenningsは演出もよかった。一般の人に見せるときはいつも楽しい演出にしていた」と言いながらまったく具体的な記述がないばかりか、「ブラザーハーマンのアンダーグラウンド・トランポジションって手順があったよね?」で始まる手順が載っている。なにもかもがちぐはぐだ。数々の手順も、作品として載っているのか、教材として載っているものなのか……。

だがKaufmanはこうも言っている。「Vernonが『花のように優雅』と評したように、Jenningsのカードさばきはとかく素晴らしかった」。Jenningsがそのように言われているのは知っていたが、私個人は全くそう感じておらず、Vernonの評にしても、晩年の氏は何を見ても「いいね!」と褒めてたというのと同じ話かと思っていた。だけれど、この点に限って言えば、本書を読んで認識が改まったところがある。

いくつかの技法は確かに、既存の問題点を美しく解消している。こういった細かな試行錯誤が他にも無数に盛り込まれていたのだったら、確かにJenningsのカードさばきは美しく、マジシャンも引っかけるようなものだったのかもしれない。私はJenningsのことをあまり高く買っていなかったのだが、少なくともこの点に関していえば、認識を改めた。580ページの分量に見合っているかと言えば疑問で、もっといい提示の仕方はいくらでもあったろうが。

ともかくKaufmanのJennings愛だけは痛いほど伝わったし、圧倒された。ここまで来たら後半も付き合いますから、はやいところTakes It Hardも出してくださいよ。また20年以上かかると、さすがにお互い寿命も怪しいからさ。

2022年5月31日火曜日

"7 Deceptions" Luke Jermay

 7 Deceptions (Luke Jermay, 2002)


現代メンタリズムを確立したと言っていいLuke Jermay。本書はそのデビュー作で、クロースアップ・メンタリズム作品が、なぜかタイトルに反して9作収められています。

メンタリズムとは何か、メンタルマジックとの違いは何か、という設問にはまだ定まった答えは無いように思いますが、テレパシーや超能力と口先で言っているだけだった過去のそれらや、いわゆる手品的な手法によって無理に組み上げていた過去のそれらと、2000年以降のメンタリズムはやはり決定的に違っているでしょう。2000年というのはDarren BrownがTVデビューした年であり、メンタリズムの代名詞といえば間違いなく氏ではあるのですが、Brownは結局あまり作品を発表しなかったし、その手法も(発表されたものに限れば)マジック的な要素が強かった。Jermayが本書を上梓したのはBrownのデビューから2年後ですが、以降Jermayはきわどい手法も含め、精力的に作品を発表し続け、業界内では間違いなく現代メンタリズムの旗手でした。

そのJermayがどこから来たのかが、まだ粗削りな本書を読むとよく分かるように思います。Kenton Knepperが出版および作中の(ときにJermayより紙面を食う)コメンタリをしており、Banacheckが序文を書いている構成そのものが答えではあるのですが、仮にそれが無かったとしても、収録されている作品群からはJermayのルーツが十分に感じられます。

しかしそれだけではないのです。Jermayの手順はKnepperやBanacheckの流れを汲みながらも、明らかにどこか質感が違っている。うまく言語化できないのですが、読んでみたらば、2000年以降のメンタリズムの萌芽、あるいは節目のようなものが、感じられるのではないかと思います。

収録されている手順は暗示・刷り込み系のテクニックを使ったものも少なくないですが、多くの手順で現象の最低ラインは保証されているので挑戦しやすいでしょう。そのうえで、うまくいけば観客の(観客の!)脈拍を止めたり、観客の『恐怖症』を克服させたりと凄まじい効果があります。手品的にも、当時マイナーなはずの原理がうまく拾われていたりして、センスの良さがうかがえます。

……と、Jermayについて色々と書いたものの、実をいうと本書でいちばん感銘を受けたのはBanachekによる序文です。そこでは氏が、どのような問題意識を持ち、どのような目論見をもって作品を発表してきたかが短く綴られています。20年が経ったいま、答えは我々の前にあり、Banachekの『序文』はほとんど預言のようです。

もちろんBanachek独りの力ではないでしょうが、氏の代表作がこのジャンルに及ぼした影響は計り知れません。Banachek自身は新しい時代のメンタリストにはなれなかった(と私は思っています)けれど、明確な意思のもとに、業界そのものを己の志向する方向へと捻じ曲げたと言えるのですから凄いものです。Psychological Subtletiesは1巻だけ読んで、あんまり面白くねえなぁと思ったのですが、それがJermayを生んだのであれば「感服しました」以外に言うことがありません。

2022年4月30日土曜日

"Freedom of Expression" Dani DaOrtiz

 Freedom of Expression (Dani DaOrtiz, 2022)


Dani DaOrtizのサイコロジカル・フォース本がやっと英訳されました。原著Libertad de Expresiónが出たのが2010年頃だったはずで、そのころ「英語に翻訳はされないんですか?」とメールして「近々出るよ」という返事を貰ってから、実に10年以上かかりましたね……。

本書は薄めの本ながらかなりよく書かれていて、Daniのあのスタイルが極めて意図的・自覚的に構成されている(あるいは分析されている)ことが分かります。序盤のクラシック・フォースや7th フォースについてはレクチャーなどでもよく喋っていたように思いますが、中盤以降のフィッシングや情報を歪ませるPM Methodといった独自色が強くて複雑な内容は、やはり文章で読めると理解がしやすい。また翻訳のせいでちょっとクセのある文章ではあるものの、全体的に簡潔であり、とても適切に実例が挟まれます。精神論や『理論』みたいな方向には行かず、あくまで実践的・実用的なスタイルでまとめられている印象。個別のフォースやフィッシングの実例とは別に、これらの手法を駆使した手順も最後に10作ほど収録されています。

ただしっかり書かれている分、この手法の問題も強く感じられる。Daniは要するに、観客との間にわざとコミュニケーション不全を作っているのですが、これはDaniを見ている時のあのなんとも言えないストレスの元になっているわけです。私にとってDaniは異国人なので、彼と多少すれ違いがあっても文化・言語の壁によるものだろうと割り引いて考えますが、たとえば同じ手法を同じ文化圏の人間が使ってきたら(彼・彼女がその手法を十分に内面化していたとしても)さてどう感じるものだろうか。

本書はよく出来た本で、現代マジックの巨人Dani DaOrtizのスタイルが、ここまでしっかり文章で解説されていることは素晴らしいことです。ではあるものの、実使用においては問題も大きいと思うので、用法用量には気をつけてください。

2022年3月25日金曜日

"Top Secrets" Terri Rogers

Top Secrets (Terri Rogers, 1998) 

Terri RogersのSecretsトリロジー最終巻。

最終巻にふさわしく、かなり限定的な内容。というのも収録されている11作品のうち、かなりの部分を、単品販売されていた売りネタが占めるからだ。Paul HarrisのCardboard Connectionにトポロジカルなパズルを組み合わせて観客を煙に巻くBoromian Link、巧緻なブックテスト(実際には本ではなく半ぺらの紙を使う)Word of Mind、張り合わされた2枚の穴あきカードを折りたたむと表裏が入れ替わるStarGate、それから木製のブロックに通された紐をリングが貫通するBlockBuster*まで解説されている。もちろんその分、加工などの手間は増えるのだが、実に最終巻にふさわしい内容だ。

*ざっくり言うと、Tenyoのリングミステリーみたいな現象。

これら売りネタ以外にも、本当に長さの変わってしまう『錯覚定規』があったり、氏の創作をステップごとに追っていく内容があったりして、非常によかった。個人的なヒットは、切れ目のないベルトに通されたバックルが、表裏ひっくり返ってしまう現象。いかにもパズル的な解法と、それでは説明のつかない(しかしタネを知ってしまえば思わず脱力しちゃうほどシンプルな)解法の組み合わせは、これこそマジックの醍醐味ではないだろうか。

……ここまで書いて思ったが、SecretsMore Secretsが気に入った人であれば、俺が何を書こうが本書を買うだろうし、逆にそれらが肌に合わなかった人は俺がここで何を書いても買わないだろうし、……このエントリの意味とは?

……まあともかく、個人的にはたいへん満足。欲を言うなら、これに限らずもっともっと、さらに多くのRogersの作品が読みたかった。それほど面白かったです。

2022年3月23日水曜日

"More Secrets" Terri Rogers

More Secrets (Terri Rogers, 1988)


腹話術師でトランスセクシャルTerri Rogersの第二作品集。Lybrary.comのA4組み直し版で57ページ、15作品程度の小ぶりな本。第一集Secretsをかなり以前に読み、ずっと記憶に残っていたのだが、このたびふと続刊を手に取った。感想は第一集と大きく変わらないのだが、これがいま、とてつもなく面白かった。

いやだってそうだろう。観客が桁を自由に入れ替えた複数の数の合計が、あらかじめ堂々と書かれていた数と一致したり、消えた観客の指輪が砂時計の中から見つかったり、カット&リストアード・ロープをやろうとしたらハサミが見つからず、なんやかんやあってロープの真ん中にハサミが出現しロープは元より長くなったり、同じ物体を見ているはずなのに観客Aと観客Bの証言が食い違い、それが客席のその他の観客とも食い違ったり、そんなのみんなやりたいに決まってるのだ。

雑だったり大胆すぎたりする手順もあるし、コメディアンゆえか台詞のクセが強かったり、そもそもどう演じれば良いんだコレというものもある。けれどこんな愉快な手順がならび、それでいて時には、恐ろしく不思議な現象もぬけぬけと演じてみせる。ああ、僕の好きな手品ってこういう事なんだなあと心洗われる思いでした。

最近は出版が盛んで、出る本の質も本当に高く、それ自体は間違いなく良いことなのだが、どこか閉塞感のようなものも感じていた。それを、この底が抜けたような本は吹き飛ばしてくれた。

Terriの第三集Top Secretsも買って、もったいないけどもう読んでしまいました。かわり屏風や錯覚定規のようなカラクリ玩具が好きな人には特におすすめのシリーズ。

2022年2月28日月曜日

“Pure Imagination” Andi Gladwin & John Campbell

Scott Robinson’s Pure Imagination (Andi Gladwin & John Campbell, 2018)


待ちに待ったScott Robinsonの大部の書籍。その割には結構な期間積んでしまったが、それはそれとしていい本でした。

クロースアップでカードとコインの47エントリ。ただしカードについては、紙幣とカードの貫通や、カード同士の貫通といった現象も含まれます。Paul Harrisほどの型破りではないものの、カードを物体として扱うことがうまい印象で、プロットも少し捻ったものが多い。一方では非常に洗練された怪しさのないハンドリングも特徴で、それが現象の鮮やかさ・ビジュアルさにつながっているという、こちらはEarl Nelsonも彷彿とさせます。……などと贅言を費やすまでもなく、動画作品が出てるのでとりあえずそのデモを見てよかったら買うのがいいです。

いや、というのも、解説の文章がRobinson自身のものではないためか、動機や背景といった部分の記述が薄めで、動画デモでは伝わらないようなおススメポイントというのがあまりないのです。解説が薄いといっても、手順は非常に良く練られ、作者の思想をよく体現しているので、操作の意図が測れないというような事は全くないのですが、少しもったいなくは感じるところ。そういう意味では、ノートVaried Methodsには今なお読む価値があると思うんだが、どうやらもう手に入らない? 内容は本書がカバーしてるとはいえ残念である。

これでは締まらないので、最後に備忘も兼ねて、面白かった作品でも書いておくか。

Bizarre Twistのようにカードを差し込むと、そのままカードが消えていくという氏の代名詞Willy Wonka Card Trick。Slap Exchangeをパームなし、難しい技法なしにデチューンしたのに、もたつかず現象も鮮やかなTrading Spaces。ワイルドコインで、最後に全て戻るところが、その戻る理由も、瞬間も観客に体感させられる、センスオブワンダーに満ちたDa Vince Coins。センスオブワンダーと言えば、3枚のコインが音もなくグラスに移動していくThe Sound of Silence。スプレッドを利用したカード・コントロールはどれも面白く、特にTotally Under ControlはVeeser-DingleのMultiple Bluff Shiftを明確に一歩押し進めています。他にも他にもあげればキリがないくらい佳作揃い。

2022年1月31日月曜日

“Mayhew -What Women Want” John Lovick

Mayhew -What Women Want (John Lovick, 2014)


Hermetic Pressから出た、Steve Mayhewのカードマジック作品集。読みやすくはなく、演じやすくもなく、相当に癖があるが、原石がたっぷり眠っている。はず。

ちょっと偏った作品が多くて、こうしてまとまった本になったのも珍事ではあろう。Jack CarpenterやStephen Hobbsのグループと親しく、本書も90年代以降にLabyrinthに載った手順なり当時のノートなりからの収録が多いらしい。約50エントリの全7章で、①Cutting the Aces系 ②ギャンブルデモ ③センターディールデモ ④技法 ⑤マニア騙し ⑥その他手順 ⑦ビルチェンジのアクト(1作品)となっている。かなりラフだったり、癖があったりして、例えばランニング・カットでタイミング・フォースするだけのSpectator Cuts the Acesなんかもあったりする。DaOrtizに親しむ前の僕だったら、これ作品って言っていいのかよと本を投げていたかもしれない。その他にも、技法面でも演出面でも、Mayhew自身にはフィットしているのだろうが、他の人にはおいそれと手が出せない作品がしばしばある。

本書で一番面白く感じたのは②③のギャンブルデモ系列。③は氏の代表作であるセンターディール・デモ “Freedom”(Mayhew Poker Deal)とそのバリエーションなのだが、原案の素晴らしい着想と、微妙にズレたオチ、それを周囲の人がブラッシュアップしたり改案したりしていく様子が伺える。このパターンは⑥に収録されている“Progressive Triumph”でも見られる。そう、Mayhewは間違いなく天才なのだけれど、天才ゆえかどこかズレているのだ。

だから本書には、上記の2手順以外にもまだまだ原石が眠っているはずだ。特にギャンブル関連の②には、一風変わったプロットや原理のものが多いので、そう言った方面が好きな人にはおすすめである。他にもDan & Daveがやるようなビジュアル手順があったり、Card under the glassを移動やミスディレクションではないかたちに演出して見せたりと、面白い手順がちらほらある。変な本だが、ハマる人にとっては鉱脈だろう。

……それで、最後に触れておかなければならないんだけど文章があまり良くない。John Lovickによる『ユーモアたっぷり』な解説がとにかく読みづらいのだ。Mayhewはどうやらかなりギャグを言うタイプの人のようで、Lovickはそれを反映しようとしているのだろうが、散りばめられたLovickのユーモアはひたすらに滑っているし、解説をわかりにくくさえしている。ギャグが滑っていても、本人の筆であればまあそれは人柄として納得するしかないところではあるが、解説者が滑り倒したうえに解説まで疎かになっている箇所があるのは全くいただけない。