2020年12月29日火曜日

“Distilled” Ryan Plunkett

Distilled (Ryan Plunkett, 2020)


Ryan Plunkettのプロフェッショナルなクロースアップ作品集。10作品。

最近Vanishing Inc.が凄まじい勢いで本格的な内容のハードカバーを出していて、ありがたい反面、ちょっと重いなーと思うところもありまして、本書もおっかなびっくり買ったのですが、紙が厚く文字が大きく、堅苦しい理論もなくって、良い意味でサクサク読める本でした。恐れず買ってください。

PlunkettはNew Angleという本で、かなり挑戦的で、しかし上手くまとまった手順を発表していて動向を気にしていました。あちらが実験的だったのに対し、本書はプロ向き手順。しっかりしたハンドリングと演出があり、見栄えが良く、難所がない。一方でしかし、カードに複数種類のマーキングを施したり、カンニングペーパーを用意したりと、頭の古いマニア(私)からすると解決にちょっと楽しみが少ないです。あくまで例えですが、ブレイクひとつを省いてフェアさを上げるために、ギミックデックを導入する感じ。またギミックも、派手さのためではなく、あくまで既存プロットの粗や気配を殺すために使う。このあたりは何というか現代的な感じもしますね。

収録作は10で、カードの他にコインの手順とお札の手順があります。個人的に面白かったのはOut of sight, out of mindの改案と、ハンカチを貫通するカードの改案で、クラシックなプロットそのままに、どれだけフェアさを上げられるかという面白い内容でした。確かに本格的なショーで演じるならこうするかもしれません。それから有名(?)な錯覚を利用したバニシング・デックの手順があり、これは非常に面白いです。3つのケースのうちひとつにだけデックが入っているのですが、空きケースと重ねていくごとに観客の手の中でどんどん軽くなっていき、見ると全てのケースが空になっている。そのあと再びデックが出現する。これだけのために本書を買ってもいいくらいですね。私はこの錯覚をちゃんと読んだことがなかったので、これだけで十分に元が取れました。

ともかく。ほとんど全ての手順でギミックやそれに類するものを使うので、そういうのが駄目だったら全く駄目です。プロフェッショナルな細部へのこだわり、手順をパフォーマンス・ピースに近づけるための工夫や気配の消し方を学びたければ本書、いやもっと挑戦的で刺激になるアイディアが読みたいのだ、というのであれば題材は限定されますがNew Angleがおすすめです。

2020年11月29日日曜日

"The Trojan Horse Project" Manos Kartsakis, Michael Murray, Ian 'Rasp' Cheetham

The Trojan Horse Project(Manos Kartsakis, Michael Murray, Ian 'Rasp' Cheetham, 2020)


Manosの新作なら買うしかないぜ、って事で買った100p程度の小冊子です。

ちょっと落胆して、大いに興奮して、やっぱりちょっと落胆したけど、たいへん面白い本でした。

V2UnVeilですっかりManos Kartsakisのファンになったので、新作が出ると聞いて早速買いました。今回はMichael Murrayとの共著というかコラボというかで、あるプロットでそれぞれ1手順ずつ解説しています。いやまあ正確にはManosが1手順、Murrayが3手順ですが、実質合わせて2つです。ebookと実体本の抱き合わせで、買った時点でebookが読めるようになりました。本はまだ届いてません。

今回のテーマは、正式なプロット名を知らないのですが、「3つの小物を観客が左右ポケットと手に自由に配置し、演者がそれを当てる」というものです。最近、日本語でyuniaという手順も発表されましたね。あれです。

まずManosの手順ですが、これは面白いものの、期待を超えるものではありませんでした。自由な選択をこれでもかと繰り返させ、その中にそっとフォースを紛れ込ませる手腕はすばらしいのですが、最後のキーポイントで使う手法が、前著とかなり似通っているのです。更なる引き出しを期待してたので残念。またUnVeilの時は、その手法が演出の中にほとんど完璧に溶け込んでいましたが、今回はやや取って付けたように感じます。そういったわけで、ちょっとばかり期待外れではありました。

が、続くMichael Murrayの手順Guess Workが非常に面白かった。Manosに触発され、まったく別の方法を考えたというこの手順、現象解説で「演者が見る必要はなく、リモートでもできるし、だから今から読者の君もやってみてくれ」と言われてそんな馬鹿なと思いながら3つの小物を自由にポケットに隠したら、ズバリ言い当てられて思わず声が出ました。もちろん本当に自由にやって当たる訳はなくて、上の文章にはいろいろ省略がありますが、体感としてはまったく上記の通り。

手法もまた大変面白くて、直感に反する原理を重ね、さらに必要となる操作・指示を非常にさりげなく滑り込ませてきます。段階を追って説明されると「確かにそうだ」と分かるのですが、あらためて全体を見るとやっぱり「それはあり得ないでしょ」と感じられる。最後の一手だけがちょっと残念なのですが、原理も手順構築も素晴らしく、解説を追うのもたいへん面白かった。ともすれば露骨な数理トリックになりそうなところ、極めて自然に仕上がっています。

Murrayはアイディア濫造の人という認識があったのですが、ここまでしっかり手順を組めるということで認識を改めました。ただ、その後に続く2手順がいまいちというか、プロット、原理が基本的に同じなので、あんまり読んでいて面白くありませんでした。むしろ繰り返しによって最後の手法の残念さが際立ってしまったような。フルの手順としてではなく、演出案や応用案として切り詰めて紹介されてればよかったかも。

総じて大変面白かったです。またMurrayらしく、たくさんの断片的なアイディアの紹介もあり、そこではこれをジャンケンに応用したり、サイコメトリーにしてみたりと、この原理の発展の裾野を感じさせられました。

2020年10月31日土曜日

“Art Decko” Simon Aronson



 Art Decko (Simon Aronson, 2014)


Simon Aronsonの最新作で、最大作で、残念なことに最終作になってしまった。Bannon以外のシカゴセッションのメンバーも読まなきゃなということで手を出しまして、面白くはあったが、色々な要素が相まってなかなか辛い読書にもなってしまった。

内容はカードで、技法、即席、セット、メモライズ、ギミックと一通りをカバーしている。一方で決まったテーマやプロットはあまりなくて、セルフ改案集の趣きが強い。

Bannonとの比較にならざるをえないので、かなりハードルが上がっている前提で聞いて欲しいのだが、Aronsonの手順はたしかに上手く、巧妙ではある。しかし原理と原理がきれいにつながる気持ちよさはあるものの、いささか直線的で、また演出も手法に従属しているきらいがある。Aronsonの代名詞メモライズドも、今回はメモライズドそのものではなく、スタックを崩さない通常手順やデックスイッチを組み込んだ手順といった周辺的なものが多く、いささか精彩を欠いた。

その上で、解説の文体がどうにも肌に合わなかったのだ。例えばなんだが、フォースをする必要があるとして、あるフォースの説明の後、「とはいえこのフォースでなければならないというわけではなく他にXXが使える。またXXでも」みたいな話が挟まる。それだけならいいのだけどそれがフォースが出てくるたびに繰り返される。しかも提案されるのが毎回同じ、基本的な選択肢なのだ。うんざりもする。細かいバリエーションや別案の言及も幾度となく(本当に幾度となく)挟まれる。トリック単体の解説ならいいだろうが、これは一冊の本であるのだから、すでに扱っている内容/観念を不要に繰り返す必要はないのだ。

一方では、そうやって可能性をしゃぶり尽くそうとするのは、原理の研究やトリックの創作においては重要であろう。単に私があんまり楽しめなかったというだけではある。でもまあ、そこまで重要な指摘はされていない感じだったので、面倒だったら飛ばし読みしてもいいと思います。


面白かったけど、多分この本から読むものではなかった。Two by twoという手順が素晴らしく良かったのですが、ここで使われているUnDo Influenceという原理はTry the impossibleが初出とのことで、そこでは90ページにわたって検討されているようです。結局のところトリック未満、バリエーション未満の枝葉ばかり繰り返されたのが辛かったので、原理や問題が定まっていたら、この文体ももっと楽しめたんじゃないかと思う。それから予言についての論考があったのですが、それを受けてのShuffle-Boredの最新版は、検討されていた問題点がかなりクリアーされていて素晴らしかった。やはり卓越したクリエイターではあるのだな。

2020年9月26日土曜日

“Applesauce” Patrick G. Redford

Applesauce (Patrick G. Redford, 2014)


メンタリストPatrick G. Redfordのカードマジック作品集。

この人はメンタルがメインでありつつ、技巧的なカードやったり漫画描いてたりと、まあ色々やっている人なんですが、そのカードマジックをまとめた150ページのハードカバー本です。主にACAANやOpen Prediction、記憶術デモンストレーションなどのメンタル系手順を11作品解説。これまで図形シリーズというコミック形式のレクチャーノート(SquareHexagonなど)で発表してた作品からの(改めて文章化した上での)再録が多いようです。

さてこの本ですが大変出来が良くない。せっかくハードカバーなのに紙はコピー紙みたいな質の低いものだし、印刷のクオリティも良くない。トリックごとに扉絵があるんですがそれも低クオリティで、マンガ形式のノートを出したりしている人とはとても思えません。断ち切りに失敗して、全面黒ベタページの下部に白い線が入ってしまっている始末です。

そして肝心の作品ですが、これも私は多くを許容できません。例えば表題作ApplesauceはACAANの親戚なんですが、『思った枚数』が観客がカットして数えた枚数、『思ったカード』がカットの後のトップカードです。そのあと軽く混ぜたり何だりはありますが、結局演者が手の中で表を広げて見る。その後で枚数目からカードが出てきても、これはちょっと、練習する気にもなりません。Applesauceには俗語で戯れ言とかくだらないものという意味があり、著者も大した事ないと思って演じたら思ってた以上にウケた、ということらしいのですが、そのエクスキューズがあってもなお食指が動きません。Open Predictionも直接的に技法で解決するもので、構造的なカバーもないし、技法の使い方に面白みがあるわけでもない。

というわけでACAANとOPについては個人的には見るものがないと思うのですが、記憶術系統はなかなか面白いです。カウンティング・デモについては、フォースやピークで成立させちゃう手抜き手法からEpitome Locationまで、一通りまとめられています。STORMという手順は本書で唯一、かっちりしたカードマジックとして成立しており、単純で、面白く、巧妙で、ほとんど記憶なしで、観客が覚えたカードが何枚目にあるかを言い当て、前後のカードも諳んじてみせます。それからこれも即興能力が高くないと使えないのですが、観客自身に記憶術やカウンティングをさせてしまうという手法があります。GiobbiのCardstaltの変種も出てきてこれはファンにはたまらないでしょう(私はCardstaltファンなのでだいぶ嬉しかったです)。

そういうわけで不可能性の高いメンタル手品を期待すると大いに落胆しますが、即興能力や実際の暗記力を駆使した上での記憶術デモとしてはなかなか参考になると思います。あんまりいい本とは思わないが、記憶術デモ系統に興味があってかつ現場力が高い人にとっては有用でしょう。あとCardstaltのファンの人。


と、結ぼうと思ったのですが最後に収録されてた作品で評価がひっくり返りました。Fishing in Oneです。Fishingというのは、カマをかけて相手が思ったものを絞っていく手法ですが、ここではその構図をうまくズラした見事なアイディアが解説されています。本書の他作品と同様、即興能力であったり演者のキャラといった制約はあるのですが、それでもなお良いアイディア……と思います。やっぱり時々刺さる球を投げてきますねRedford。

2020年8月31日月曜日

"Casual (Looking) Magic" Mere Practice

Casual (Looking) Magic (Mere Practice, 2020)


マニアックでハードコアな小冊子。洋書ですがamazonオンデマンドなので1日くらいで届きます。https://www.amazon.co.jp/Casual-Looking-Magic-Mere-Practice/dp/1654375144

作者はMere Practice。まあ露骨な偽名で、日本語にするなら只野練習さんみたいな感じでしょうか。まえがきによれば本業は文筆家で、手品はどっちかっていうと、練習が瞑想的な役割を果たすんじゃないかってはじめたんだ、だけど文章は1語も進まずにスライトの練習ばっかりしちゃってるぜ、というなにやら親近感のわく方です。

130ページの薄めの冊子で、オリジナル技法、手順、既存技法バリエーション、理論の4つのパートからなっています。

オリジナル技法は片手パス、片手パーム、フォールスカット、フォース、空中パス。特に片手パスはすごい。書籍に対するレビューでこんなこと言うのよくないのですが、本書を買ったのも、動画を見てすっかり騙されたからです。https://www.thejerx.com/blog/2020/6/17/second-helpings-1。ただ、オリジナル技法はどれも面白いですが、本書のハイライトってわけではありません。

先に引いたエピソードや偽名からも察せられると思いますが、クラシカル寄りの高難度技法を主軸にした、かなり尖った内容です。手順なんかは酷いもので、例えば4x4の水油は赤黒交互にした後、トップ、セカンド、サード、グリーク、完了! ACAAN(的なやつ)ではClip Shift使ったりと、だいたい全部そんな感じ。これらの手順をそのまま採用する人はまずいないでしょうが、しかし手順に添えられた分析や考察はどれも独特で、示唆に富んでいます。

技法練習マニアって、ひとり家に篭もって練習ばかりになりがちですが、Practice氏はそうではないようです。だから前述のような馬鹿げた手順でも、実演に裏打ちされた分析がされている。理論の章では、こういったぶっ飛んだ手順をなぜ他人に見せるべきか、どう見せるべきか、といった話もあつかわれています。こちらも非常にためになりました。

かなり読者を選ぶと思いますが、練習マニアで高難度技法が好きで、そういった技法を使った手順が好きで、かつそれをカフェやバーで人に見せたいなあと思っている人にはおすすめです。また技法バリエーションの章では、フォールスディールやクラシックパス、ホフツィンザー・トスなど多くの技法で、独自タッチや使い方が解説されていてます。こちらはより多くの人が楽しめるでしょう。

良くも悪くもアマチュア的な本でした。なお解説はかなり不親切です。下手な解説ではないですが、扱おうとしている内容に対しては不足しているというか。また他の人の手順や技法は(当然ですが)解説がありません。とはいえ博覧強記タイプではないため引用される範囲はかなり狭く、Dan & Dave、Chad Nelson、Daniel Madison、Guy Hollingworthあたりを押さえておけば何とかなると思います。

2020年7月31日金曜日

"False Anchors" Ryan Schlutz

False Anchors (Ryan Schlutz, 2020)

Ryan Schlutzの最新・限定作品集。ギミック付き。

セルフワーク系のDVDを相次いで発表し大評判のRyan Schlutzの最新作。昔読んだ初期の作品集がイマイチだったのだが、本書はハンズオフ系統の本のようだったので買いました。あと限定商法にのまんまと載せられました。

で、やっぱり私はこの人あまり好きではないですね。本書も、手順自体の出来は別として、構成や売り方に大きな問題があると思います。

本書のまえがきで、False Anchorsという語について説明があります。かつては直線的な手順作りをしていたけれど、より「何もしていない」手順を好むようになり、そのなかでFalse Anchorsというコンセプトに至ったと。本書を通じてFalse Anchorsを使った手順を議論していくぜと。

けれど本の中で、結局False Anchorとは何なのか、どのように使うべきか、具体的に論じられる事はありません。時折思い出したように、ここがFalse Anchorだという言及はあるけれども、ほとんど掘り下げられてはいない。もちろん実例を多数提示することで、コンセプトの輪郭を描くという方法もあるけれども、数としてそれにも不十分と思います。というか収録作には、本当に「ただの技法」としか言い様のないものや、「実はこれ二枚でも出来る」程度の既存手法の改案などもあり、False Anchorというコンセプトが通底しているとはちょっと思えません。もっというと、わざわざFalse Anchorって名付けるほどの、特異なモノだったのかも僕はまだよくわかっていません。

本書は氏が出していた同名冊子3冊の合本・再編集版ってことなので、雑駁になるのはしょうがないかも知れない。でもそれならかっこつけたイントロダクションは誤解を生むだけなのでやめて欲しかったな。また比較するのも酷かもしれませんが、つい最近、Ben Earlが同じようにノートを再編集してLess is Moreという思想が具現化したような一冊をものしているので……。

かっこつけでいうと、なんかかっこいい写真/イラスト+なんかかっこいい名言のページがたびたび挟まれます。これがマジシャンからソクラテス、ウォルト・ディズニーまで節操がなく、さらに悪いことに前後の内容とも関係が無い。しかも130ページという薄い本なのに、これが20ページもあるんですよ。誰か止めなかったのか。

本の構成と解説の文脈が悪いだけで、収録されている手順は悪くないです。ハンズオフと言うからセルフワークかと思ったのですが、原理や何やというより、サトルティやタイミング、ペンシルドットなんかを組み合わせて操作感を減らしているという方向性。特に、演者と観客がそれぞれエンドグリップでカード1枚だけ持っている状態で、単にお互い手を返すだけでカードが入れ替わったように見えるIn-Air Transpoはマジシャン騙しではないものの著者の言うハンズオフ感が良く出ています。また借りたカードで、かつカードをテーブルの下にいれていても行える色の判別Strange Gift、奇道ではあるが非常に不可能性の高いカード当てI Love Youあたりは素直に感心。

怪しさの無いハンドリングという意味での「ハンズオフ」としては良策揃いでしょう。私自身はエルムズレイ・カウントなどが醸す外連味も好きなので、このスタンスに全面的賛同はしませんけれども。

2020年6月24日水曜日

"Dirty Work" Ryan Matney

Dirty Work (Ryan Matney, 2020)


Ryan Matneyのカードマジック10作品のノート。途中まで読んだところでようやく気づいたのですが、KaufmanのところからSpoiler Alertを出している方でした。Kaufmanから出ている一方、他では名前を聞いたことがなかったので、どうにも手を出しかねていた人です。

基本的にはシンプルな技法の組み合わせで、あんまり狙いもわからない。それに現象の種類が私好みではない。たとえばカードとかカードケースにサインペンで何かを書く/書いておくという行為はあまり好きではないし、七つの大罪の「傲慢(自愛)」をフォースするのだけれど、その示し方がカードに鏡が貼ってあって……とかまあそういう。

ところが二つ三つあるんですよ。そのまま使おうとは思いませんが、きらりと光るパーツが。私の場合は特にセルフワーク、セミ・オートマティックな手順で当たりました。そもそもこの本を買った理由が、ある収録作の宣伝文句を読んだからで、曰く「セルフワークのミステリーカード」。それでタイトルがMacGuffinと来たら、それはもう読んでみるしかないわけです。

これが期待にたがわず、……いや、期待とはちょっと違ったし、そのまま演じようとも思いませんが、それでもいろいろいじってみたくなる面白い手順でした。他、ものすごく単純な操作ながら、観客がカットしたパケットの枚数や、その箇所のカードを予言したようにみえる手順などがあり、これもよかったです。

手順の完成度はあまり高くないと感じるのですが、どれもちょっと面白いパーツがあって、なんだか手を加えてみたくなるノートでした。気楽に読めたのも良かった。Spoiler Alert買おうとは思いませんが、また変な手順が入ってそうな冊子が出たら買おうかな。

2020年5月31日日曜日

“Versatile Card Magic Revisited” Frank Simon



Versatile Card Magic Revisited (Frank Simon, 2002)


Mike CaveneyのMagic WordsからEarl NelsonのVariationsとセットで再刊されました。正方形っぽい少し変わった判型も同じなら、ジャケットのデザインも同じ人です。そもそも元の本もEarl Nelsonの手引きで出たそうですし、再刊にあたって一緒に出たDVDでも実演はNelsonが務めています。まあともかく、ようやく読んだNelson本が大変面白かったので、セットのこちらも読まねばと購入しました。

正直なところ、そこまで面白くはありませんでした。Nelsonが洗練されたプロの手順だったのに対し、こちらはいかにもアマチュア的。そうであるが故に、どうしても古臭くなっています。Versatile Controlという技法が主軸にあり、これはいわゆるMarloのConvincing Controlの親戚です。この技法自体は非常によいし、解説も1983年とは思えないほどの丁寧さす。こんなところにまで気を使っているのか、という発見さえありました。

しかしConvincing Controlはあまりにも便利だったため、この40年ほどで大いに広まり、研究されてきました(むしろ広まり過ぎて、忌避される技法にすらなってしまいました)。そのため本書の、いかにもマニア的トリックは、見せる相手を想定しづらいものになってしまっています。

この本がカードマジック史に多大な影響を及ぼしただろうことは想像に難くないのですが、Nelson本のような不朽の名作というよりは、歴史的な意義のある史料という方が近いでしょう。特にトリック部分については、いまあらためて精読することはあまり無いかなと思います。ただVersatile Controlとその派生技法については大変興味深く、いまなおよい内容でした。

2020年4月27日月曜日

"Variations Revisited" Earl Nelson



Variations Revisited (Earl Nelson, 2003)


1978年に出た本の増補改訂版。なんと40年以上前の本です。改訂が出たのも2003年なので、これまた20年近く前です。それでいながら内容はとてもビビッドでモダン。40年前の本にモダンと言うのもおかしな話ですが、とても洗練されたよい手順が載っています。

章分けはカード、コイン、指輪と紐、おまけ、新規収録となっています。本編部分に関していえば、非常に洗練されているのが特徴。突飛な動作や不要な改めがほとんどないため、カードでは特に、現象がたいへん映えます。一方コインでは、同じ動機がちょっと違った結果を生んでいて、シェルを駆使したりカードと組み合わせたりと、全体的に難易度が高くなっています。この辺は素材の差がそのまま出ているのでしょう。いずれにせよ今見ても古びない、非常に洗練された手順です。指輪と紐は、もはやこれがスタンダードですね。

カードもコインもプロットが豊富で、被りが少ないのも特徴です。薄い本で、収録作品数は少ないながら、カードではリセット、アニメーテッドカード、消失、サンドイッチなどなど。コインもベーシックなアクロスのほかに、マイザーズ・ミラクルや1枚のカードを使った3枚のコイン消しなどがあります。

一方で洗練の弊害もなくはない。リセットのバリエーションでは、もう一方のパケットの改めを捨ててしまったりしていて、これは松田道弘なんかが苦言を呈していたような記憶があります(ただNelsonも思うところがあったのか、そこをクリアしたBill Taylorの追加ハンドリングも載っています)。またコインズ・アクロスも、著者の狙い通りに「シークレット・トランスファーのために何度も何度も両手のコインの枚数を確認する」ことを大幅に排除できているのですが、いざやってみるとなんかこう味気なくも感じます。

オマケ部分では打って変わって結構荒いこともやっていたり、技法先行であんまり演じる気にはなれない手順もあります。本編がレパートリーで、オマケは研究中の内容といった感じでしょう。

いずれにせよ大変面白い本でした。とりわけ、落ち着いていながら実践的なカードのレパートリーが欲しい人、コインのいろんなプロットや工夫が読みたい人、指輪と紐を文章で抑えておきたい人、おすすめです。

2020年4月1日水曜日

Coming In 2020

三つ並んだカエルの死体。
ステージ上で自殺する演者。
デートクラブ詐欺。
開頭手術。えぐられる脳ミソ。
ステージに転がる観客の死体。
無音の音楽。
存在しない檸檬。

ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険


2020年発売予定

2020年3月27日金曜日

"Cards Against Reality" Lorenz Schär



Cards Against Reality (Lorenz Schär, 2020)

大変お世話になっているサイトConjuring Archiveは元々Denis Behrの個人プロジェクトなのだが、いつ頃から協力者の方がふたり入って、ひとりがHarapan Ongで、もうひとりがこのLorenz Schärです。となれば買わないわけにはいかないのである。

とても小ぶりなハードカバーで、収録作品は基本的にカード。技法およびコンセプト3つ、手順5つ、オマケでカード以外が3つ。それとエッセイがいくつか。

膨大な資料に裏打ちされたスマートなカードマジックで、方向性はBehrに近いのだが、あそこまで手は込んでおらず、一方でもうちょっとハンドリングや演出への目配せがある感じです。読んだ限りでは新規性などは感じないものの、過去の良い原理やプロットを持ち出し、それをよりリアリスティックなかたちで仕上げるというスタイル。

それは例えばTotal Coincidenceを1デックで、かつ演者がTamarizでなくとも演じられるようにしたCoincidencia Banalもそうだし、Steve Mayhewの大変面白いながら「表裏混ぜる」というよく考えたら意味の分からないCenter Dealデモを、よりギャンブルさのある妥当な現象に落とし込んだOne for Mr. Mayhewに顕著である。一方で、オマケではノーカバー、ハンズオフで色が変わるナイフや、手を叩くと消えるコインなど、ネタ技法のような成立するなら大変面白いようなネタも紹介されております。

ひとつふたつ、退屈な作品もあったけれども、総じて落ち着いた手順が好きな人であれば楽しめるでしょう。よいパフォーマンス・ピースになるのではないか。あと造本装丁はかなり素敵です。

2020年2月26日水曜日

"Band of the Hand" Docc Hilford



Band of the Hand(Docc Hilford, 2002)

名前は知っていたけれども多作すぎることもあり手を出していなかったメンタリストDocc Hilfordの冊子です。これは『犯罪/怪奇』がテーマで、演出集といった感じでした。収録作は5作品。

Yours Truly, Jack the Ripper
 切り裂きジャックを呼び出す交霊会(Seance)
A Study in Scarlet
 暗闇の中でマッチの明かりを頼りに切り裂きジャックが誰かを当てる。
Swamp Water
 沼の水。怪奇小説か幻想小説で似た話を読んだことがある気がするので、向こうではそれなりに知られたテーマなのかもしれない。瓶の中のうっすら濁った水に悪魔が宿っており、観客の質問に答えてくれる。
Nightmare Coins
 悪夢とコインの具現化。
Murder by Mail
 演者が『殺人犯』であることがわかる逆ヘッドライン・プレディクション。

 手法としての目新しさはあまりないながら、手法選択と構築はまずまず。とはいえ注視熟考に耐えるほど巧妙というわけでもなくて、演出の空気感にのせて成立させる感じでしょうか。主眼は演出ですね。5つ中2つが切り裂きジャックなのはちょっと残念と言うか、A Study In Scarletのタイトルならホームズにしてほしかったよ……。

そのなかでSwamp Waterは現象/演劇面は地味なものの、道具立てによって手法(センターテア)のあやしさが大きく軽減されており、どころかメンタルマジックに不足しがちな『視覚的現象』にまで絡められていて感心しました。

また演出が強い手順でありながら、一方では実用性にもかなり注意が払われていて、巻頭のJack the Ripperも、酔ってる人もいて、十分な暗室でもない雑な環境でも成立する『交霊会』となっています。こちらもナイフがひとりでに動いて、次なる犠牲者を指し示すという視覚的な現象込み。

初のDocc Hilfordだったこともあって、それなりに楽しんで読めましたが、この冊子をわざわざ探して買う必要があるかと言うとどうかなあ……。

2020年1月28日火曜日

"Second Thoughts" Ramón Riobóo


Second Thoughts(Ramón Riobóo, 2020)


Ramón Riobóoの二冊目の作品集Más Magia Pensadaの英訳です。前回に輪をかけてひどい本です。いちおう書いておきますが訳す予定もありません。












いや、すごい本なんです。それは間違いありません。でも正直なところ、この本を勧めていいのだろうかという迷いがあります。前作Thinking the Impossibleも、不可能性の高い、マジシャン殺しの手順を多数とりそろえていましたが、そのだましにはどこか愛嬌のようなものがありました。たとえば有名な数理手順をたどりつつ、なぜか一段階以上早い段階で現象が成立してしまうとか、儀式めいたスペリングがあるとか、そういうところです。演出があり、手法の『気配』があり、これはマジックであるという了解がありました。

しかし本書の手順はもっと容赦がない。演出もなく、手続きも雑駁で、それでいてカードが当たる。前作と比べると、観客の自由度をさらに増やし、それを演者の負担で補っているという感じです。乱雑さの演出や観客の記憶の操作、忘却の誘導、それから複数の可能性に対する即興などがより強力に導入され、読んでいて「ここまでやるのか」と怖くなるくらい。

いや本当に、手品本を読んで怖かったのは初めてです。

もちろんそれがすべてではなく、前作のような、あるいはさらにそれをレベルアップさせたような、原理と演出で強力に組み上げられた手順もあります。特にSemi Automatic Card Magicでも発表され、AragonのACAANにも援用された(らしい)"The Roulette Deck"、そしてBlack-Hole Principleという非常に巧妙な原理を用いたカード当て"I Always Miss, So Never Miss"です。これらは解説を読んで言葉を失うほど素晴らしかった。

他には、ややこしい現象に演出がおもしろくハマった小品"Nuclear Weapons"や、デュプリケートを使ったサンドイッチで可能な限り『不可能感』を高めようと試みている"Black Widow"あたりが、私にも手の届く感じで気に入っております。

ついでに技法とDVDのことにも触れておきます。本書には技法を使った手順がいくつかあります。スペイン語版にはDVDが付いていて実演が見られたのですが、これは英語版には付いていません。ただ、正直なところあんまり成立しているようには見えませんでした。Riobooは生でこそ成立するタイプの演者ではあるので、実際に見たら手ひどく騙されるのかもしれず、そうなると英語版にDVDがついてないのはむしろプラスかもしれないのですが……。まあいずれにせよ、技法を直接的に使う手順は少ないので、大きな欠点ではありません。

すごい本です。しかし前作と違って、演じたくなる手順はあまりありませんでした。いや、私の手に余るというか、ちゃんと理解しきれていないと言った方がいいのかもしれません。訳す予定はないと最初に言いましたけれども、ちょっとだけ気持ちが揺らいでいます。この衝撃をちゃんと消化するためにも、訳すかどうかはともかく、もういちど精読した方がいいかもしれません。

Thinking The Impossibleの続編ですが、単なる追加の作品集ではなく、明確なステップアップです。購入される際は十分に注意してください。

2020年1月18日土曜日

"Totally Free Will" Mark Chandaue



Totally Free Will (Mark Chandaue, 2019)


Free Willの『究極』を求めるという小ぶりのハードカバー。その試みは確かに達成されていると言えなくもないが、一方であんまりにも夢が無い。

Deddy CorbuzierのFree Willは一世を風靡したエフェクトで、私もたいへん気に入って、一時期よく演じていた。現象はこうだ。3つのオブジェクトがあり、観客が自由にその配置を決め、しかしそれが予言されている。これはエキヴォクと、ある古典的な原理、そしてFree Will Principleとして知られるようになる原理(実際にはこの手順より前からあるが)が奇跡的にかみ合って達成されている。それぞれの原理は単体では弱いのだが、合わさることで不思議な魅力が生まれている。ただ正直に言えば、観客に対する現象の強力さというよりも、演じる側の楽しさ、仕掛けとしての気持ちよさの側面が強かった。だからこそ多くのマジシャンが魅了され、演じ、バリエーションを考えたのであろう。

……であるから、本書の冒頭で著者が『XX原理のあいまいさが気に入らなかった(伏字引用者)』と言ったときに嫌な予感を覚えた。そしてそれは的中した。

なるほどたしかにFree Willは弱いし、特にXXは弱い。そしてコストを度外視した力技を用いれば、その『弱さ』は克服できるだろう。ただ元の手順にあった、弱い原理の奇跡的な組み合わせとしての魅力はまったく無くなってしまう。Effect is Everythingの考えからいえば著者は正しいともいえるのだが、それでも、ある原理についてまわる『あいまいさ』を消すために力技を導入するのはあんまりにも夢が無い。というわけで、私にとって著者の方向性はあまり楽しめるものではなかった。それに結局のところ、一番うたがわれる箇所にタネシカケを持ち込むことになるので、本当に手順としてよくなっているかにも疑問がある。

ところで本書の約半分は寄稿であり、著者の方向性が合わなかった私はここに救われた。Free Willの原案がある意味で『瑕疵』だらけなので、それを改善せんと試みる各人のアプローチもそれぞれ異なっており面白い。特に(既読ではあったが)元の原理のひとつを別のフレキシブルな原理に置き換えたDrew Backenstossの手順、またFree Willを電話越しに演じられるようになるMichael Murrayのアイディアがとびきり刺激的だった。Murrayのは例によって確実性が不安のある原理で、別言語への適応も難しそうだが、それでもFree Willを電話越しに演じられるのは面白い。

著者の『聖杯』は、私にとっては承服しがたいものではあるが、たしかにひとつ突き詰めたかたちではあろう。さらに色々なバリエーションも紹介され、総体としては面白い本ではある。