2017年5月31日水曜日

"en route" John Guastaferro




en route(John Guastaferro, 2017)


ガスタフェロの新しいノート。よい出来です。

私の思っているガスタフェロの特徴はこんな感じ。

・比較的簡単
・既存のメソッドの流用やコンビネーション
・日常的なテーマを盛り込んだ演出
・軽いエンタメとしての手品
・実用的
・セルフ改案多
・たまにいっぷう変わったギミックを持ち込み、容赦ない現象を作る

上の方の項目に関しては、正直なところあまり私の好みではないのだけれど、とても繊細な工夫やレタッチがなされていて勉強になるし、堅苦しくないので何だかんだ演じやすい。そしてそういった手順群のなかに、最後の項目に該当する変なトリックが紛れ込んでおり、ぶったまげる(One DegreeでいうSoloとかだ)。

そしてこのノートは、そういったガスタフェローの特徴を余すところ無くパッケージしてある。たとえば一作目の"Virus"は非常によいセルフ改案であり、日常的な演出によってギミック・カードを堂々と処理できるようになった。「デックがウイルスに感染して~」という演出も、よい意味で馬鹿々々しくて説得力がない。このあたりはガスタフェローの語り口のよさでもあろう。彼の演出は多くの場合くだらないが、「手順と乖離した意味のない軽口」でもなければ「とんちんかんな内容の強弁」でもない。

演出と言えば"The Box Whisperer"だ。私はWhispering Queenという演出が大嫌いだったのだが、ここでガスタフェローは「観客がカード・ボックスの中に秘密を囁く。演者はフタを開けてそれを聞き取る」というものに変えている。論理的には明白な嘘でありつつ、感覚的には納得・共感してしまうところがあり、なんというかセンスオブワンダー(※)である。しかも、あえてその筋立てを台無しにするような現象をクライマックスに加えることで、メンタリズムやエセ科学、ナンセンスの類ではなく、『ただのマジック』に落ち着けている。

※筆者はこのフレーズを雰囲気で使っておりあまり意味は分かっていない。

目玉となるトリックとしては、Soloに似て、ささやかな工作と欺瞞が光っているBoxing Dayをあげるべきだろうが、ここではMini-Mentalの話をしたい。
Mini-MentalはDiscoveries & Deceptionsに入っているMulti-Mentalという手順の短縮版で、私はこの手順のことを褒めまくった文章を書いたつもりでいたのだがDiscoveries & Deceptionsのレビューはそういえば書いていなかったのです。いわゆるマルチプル・セレクション手順で、両者の差異は選ばれるカードが7枚か4枚かというだけなので、ここでは一緒のものとして扱います。
これはちょっとガスタフェローくらいにしか発表できなさそうな手順だ。メンタル風にカード当てをして、その後それをリベレーション、つまりフラリッシュなどで出現させてみせる、という構成で、普通に考えたらどう考えても悪い組み合わせである。メンタル寄りであれカーディシャン寄りであれ、多少の心得がある人ならば、こういった構成は避けるだろう。
でもそれを構成し、発表するのがガスタフェロー(だし、なんなら7枚を4枚に変えたものを改案として発表してしまうのもガスタフェロー※)だ。そしてこれは実際、うまく機能している。読心術とフラリッシュ(ないし器用さ)を掛け合わせて、結果「マジック」らしく仕上がっている。是非読んでみて欲しい。

※セルフ改案じゃなきゃ許されないところではある。なおD&Dでの手順は後半に行くに従ってぐだぐだになっており、本書の手順の方がいい。

そんなわけでとても面白かった。
私自身の好みとはいささか外れはするが、「何か手品見せて」と言われたときに演じるのに適した、ライト(かつ十分に巧妙で不思議)な、マジックらしいマジックが詰まっている。それは必ずしもマニアやピュアリストの求める所では無いが、オーディエンスがアマチュア・マジシャンに対して求める所ではあろう。

ただしベスト・セレクションでは無いので、あんまり面白くない手順も、それはまあ1つ2つはある。それからエッセイは、いつもそうだけど、何が言いたいのか今ひとつよくわかりませんでした。

……日本語版が出るって風の噂で聞いた気がしてたのですが、本稿を放置している間に出てしまっていた。ちょっとお高いように思う。