2017年6月30日金曜日

"Less is More" Benjamin Earl



Less is More(Benjamin Earl, 2017)


久々にBenjamin Earlが正式なリリースをしたので買いました。全142頁、小振りなハードカバーの本です。同タイトルでレクチャーノート・シリーズが出ていますが、どうやらその単純な総集編ということではなく、取捨選択や追加を行っているようです。

本書の最終的な目的地は、いわゆるScarne Acesと呼ばれる4A出しです。マジックの、ないしギャンブリング・デモのひとつの理想で、つまり観客がシャッフルしたデックからAを4枚取り出してみせる、というもの。EarlはどうしてかScaren Acesには触れず、Henry ChristのFabulous 4 Aces Routineを出発点とし、それを純粋化していくというかたちで話は進みます。

1章ではChrist AcesのEarl流の改案をいくつか示し、2章では関連する技法、3章ではEarlによって組まれた4A出し、4章ではこの理論にそって再編したクラシック手順、そして5章にてEarlの用いている最終手順"Real Ace Cutting"。

さてしかし――最近のEarlの例に漏れず――これは完全なこけおどしです。技法にも手法にも、基本的には特別なタネ・仕掛けはありません※。途中でこそ少しばかり模索がありますが、最終的には極めて単純でひねりのないものです。Scarne Acesをプロブレムとして見た場合、重要な条件がひとつならず満たされていません。

その張り子の虎を、いかに『本物』らしく見せるか。それが本書の、本当の目的です。

This is not a boxSwitchなどで顕著ですが、最近のEarlは非常に基本的な手法に立ち戻り、演じる姿勢によってそのインパクトを高める、といったような方向性をとっています。また演技の目的も、魔法や不思議さではなく、演者自身の技術力を暗に(実際以上に)アピールするといった趣向で、本書もまたその例に漏れません。

しかしこれまでの本が、ノートという制約も合ってか、極度に単純化された手順とエッセイから成っていたのに対し、本書はひとつのトリックの成立を段階的に示したものになります。

その過程で、我々は元々のChrist Aces(的なもの)からさまざまな要素がそぎ落とされていくのを目の当たりにします。最終的にはなんと手法すら残りません。目的地のはずのReal Cutting Acesの章で、Earlは手法や操作にはついて枝葉として触れる程度で、主眼は演技のスタイル・心構えとなります。

ただし、あまり詳しく言えませんが、このオチにはいちおう理由があります。同時に、ほとんど詐欺じゃねえかとも思いますが。ただまあ、ここでEarlが示している「本物らしさ」を生むための工夫は悪いものではありません。特にギャンブリング・ルーティンを演じる人で、それをライトなエンタメとしてではなく、本物のギャンブル手法の開示のように演じる人(かつ、その手法が実は嘘っぱちでも構わないという人)には非常に価値があるでしょう。そうでなくとも、うまく「本物らしさ」を導入すると、レパートリーのよいアクセントになると思います。

ただし、本書の結論となる「本物らしさ」のテクニックそれ自体には、新規性はあまりないと思います。Earl自身いわゆる××に近いけれども、というような事は言っています。ただ一冊まるまる使い、こういった角度から詳細に説いたことで、はじめて見えてくるものはありました(ただDavid Britlandが指摘している通り、観念的です)。

面白かったし勉強になりましたが、壁に叩きつけたくなる人もいるでしょう。結局の所、手法や技法の話ではなく、それらを具とした理論書(ないし、あるスタイルの布教の書)です。彼なりの『マジックの再定義』は面白いとはいえ、安くて短いThis is not a boxSwitchを読んでから判断しても遅くはないでしょう。Real Ace CuttingのタイトルでDVDも近々出るはずですし、また、Geniiに私のなんぞより具体的で詳細で的確なDavid Britlandの書評も出ています(書評担当なのに、本書と一緒に出たEarlのDVDのレビューについても筆をとられています)。

(※ただし特殊な原理やトリッキーな技法がないだけで、基本的な操作ながら非常に効果的なものも一部あります。Henry in Isolationで用いられるIsolation Procedureや、No-Motion Four AcesでのUnconsidered Switchなど。特に後者は、Braue Additionに近い効果のものですが遙かに簡易で自然です。また偽のMuckingデモは、単純な技法の組み合わせで少しでも心得のある人には通じませんが、手品をやらない方に対するデモ目的としては非常によいものと思いました)