2100年4月25日日曜日

とびら

BASEにて、以下の本を翻訳販売しています。

Thinking the Impossible by Ramón Riobóo

52 Lovers, Adventures in Wonderland by Pepe Carroll

ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険 フロリアン・ズィヴァリン

2024年2月26日月曜日

"A Florin Spun" Hector Chadwick

A Florin Spun (Hector Chadwick, 2023)


Hector Chadwickの新刊が出ました!

ここまでの情報で既に『買い』確定なので、あとは何を書こうが贅言でしょうが、いちおう付記しておくと装丁も梱包も最高にかっこいいです。買いです。

おわり。



まあその、Chadwickは作家で、本書もそういった性格が非常に強く、あんまり書くと読む楽しみを奪ってしまう。内容の大枠だけ書いておくと、コイントスのコントロールのみを扱った150ページの小ぶりなハードカバーです。大きく3部構成になっており、技法40%、用途30%、歴史20%くらいの配分。

読みものとして非常に面白いし、手法の解説も詳細で実用的です。『用途』のセクションがあるもののトリックの解説はないので、そこだけは注意。でもいい本なので買いましょう。










以下は備忘録。








前書きで非常に興味深い問が提示されており、曰く「コイントス・コントロールはほぼ完璧な技法であるのに、なぜ広く使われていないのか?」。それを受けて、「本書では技法だけではなく、そもそも何故コイントスの結果をコントロールしたいのかも探っていく」と続きます。しびれますね。

前半は技法の解説。人によっては知ってる内容かも知れませんが、周辺技法まで含めて、Chadwick一流の文章と視点で詳しく解説されます。そして後半は、これこそ作家である著者の本領発揮。詳細は控えますが、マジックの場でコイントスが使われる3つの『場面』が描かれます。繰り返しになりますが、手順の解説はないのでそこは注意。

原理や手法から、この行為のそもそもの意味、そしてクレジットまで、ひとつのテーマの探求を一冊に収めた素晴らしい本です。Héctor ManchaのThe Wonderous World of Pickpocketingとも近いですね。これを読んだら、あなたのテジナ人生にもコイントスという選択肢が入ってくること間違いありません。

2024年1月31日水曜日

"Letters From Juan Volume 1-6" Juan Tamariz

Letters From Juan Volume 1-6 (Juan Tamariz, 2023)


タマリッツが秘蔵トリックを公開するノートが全6巻で完結しました。1巻のレビューで「トリックはイマイチだが、細部からタマリッツらしさが読み取れるいいノートだ」的なことを書いており、それは偽らざる本心だったが、白状すると良いところ探しの面もあった。やっぱり私も『秘蔵トリック』のうたい文句に期待して買った身ではあったのでね。そしてシリーズが完結したわけですが、終わってみると本当にいいシリーズだった。思うところが色々あって、うまく纏められるか分からないが書いていこう。


まず肝心のトリックの質だが、正直なところを言うと、出来はマチマチだ。おまけにどれも極めてタマリッツ的で、そのまま借用するのは難しかろう。誰にでも使えて、誰でも騙せる『聖杯』は無い。しかし自分の代表作を即興化する野心的なものや、クラシック・プロットを別角度から解決してみせるもの、いびつでぎこちない複数の現象のキメラのようなもの、奇想天外なネモニカスタックの用法まで、良くも悪くもタマリッツにしか作れない手順ばかりだ。私自身、実際に手を動かしてみて、その鮮やかさに息をのんだ手順もあれば、巧妙さに啞然とするしかなかった手順もある。どれがその手順かは秘密だが、読んで得るものは絶対にある。

収録作にはいくつかの系統があって、それがタマリッツに対する理解を深めてもくれる。具体的に言うとタマリッツは、メキシカン・ターンノーバー、フラットパーム、ギャンブリング・デモ、ネモニカといった手法やテーマに愛着があるようで、それぞれが冊子を貫いて流れる支流となっている。

また解説には濃淡があり、台詞から身振りや意図まで綴られる濃い解説があるかと思えば、ほとんど概要のような薄い解説もある。これも結果的には良い読書体験に繋がった。シリーズを通して読んでいるうちに段々と、簡素な解説であっても、そこにタマリッツの意図や構築上の工夫が見えてくるようになるし、実演にあたってタマリッツがどのように肉付けしているかも想像が働くようになってくるのだ。そのためこのシリーズは、タマリッツ流手品の練習帳としても機能している。

確かに傑作ばかりではない。でもよく考えたら、秘蔵であることは傑作であることを意味していない。馬鹿な子ほどかわいい、みたいなことは手品にもあろう。少なくとも、タマリッツがこれらの手順すべてを深く愛していることは読んでいて痛いほどに伝わってくる。


それから、ノート形式で分冊、という特殊な形態による効果についても書いておきたい。ひとつは刊行ごとに絶妙な間が開き、咀嚼の時間ができたことだ。1巻のトリックを、大きな本の一部として読んでいたら、これはまあハズレのトリックかなと流して読んでしまったろうし、「秘蔵のトリック」と言って出してくるのがこれなのか?という疑問も抱かなかったと思う。

また冊子単位でトリックが編まれていることも独特だ。一冊の本であれば、スタックならネスタック、ギャンブルならギャンブルで一つの章にまとめられるところだが、このシリーズは巻ごとのアラカルト形式だ。そのため通して読むと、ざっくり4トリックごとの周期で、ちょっとずつ違うギャンブル手順を読むようなことが起こる。

これらの時間的な特徴――インターバルとリフレインと――が、タマリッツがそれらのテーマに人生を通じて取り組み、折々に創作し、改案してきたことに重なっていく――ように感じられる。


素敵な手紙たちだった。直接的な『聖杯』は無かったけれど、今まで読んだタマリッツの著作の中で一番楽しかったし、自分なりに演じてみたくなる手順や、いつか再読したい手順も多くあった。タマリッツその人への理解も深まったと思う。これがFlamencoだったことにしてくれない?って言われても許せちゃうかもしれないよ。

2023年12月31日日曜日

"The Pages Are Blank" Michael Feldman

 The Pages Are Blank (Michael Feldman, 2023)


Michael Feldmanの待望の単著が出ました。これまでも多少のリリースはありましたが、特にRyan Plunkettとの共著A New Angle(2017)がストリッパーデックに素材を絞りながら、挑戦的な内容で抜群に面白かった。で、そのFeldmanが満を持してカードマジック作品集を出しました。挑戦的で現代的な12手順と、もろもろの技法が解説されています。

Ryan PlunkettのDistilled(2020)はお行儀のよいクラシック寄りの手順が多かったですが、The Pages Are Blankは期待通りに先進的でした。まずタイトルからも分かるように、演出が良くも悪くもめんどうくさい。自己言及的でおおむね自己否定から入り、メタ的です。最初にわざわざ「魔法じゃなくて技術を使っている」とか言い、プロットの構造的な欠点を喋りながら演じたりもする。

手順は大きく2つのパートに分かれており、前の8手順はクラシックの改案をはじめ雑多な内容。後の4つはサインドカードの複製原理を使った手順です。

スペリングやエースカッティング、トライアンフ、カラーチェンジング・デックなどについて、最近の議論を踏まえた上で、Feldman自身の挑戦的な回答が示されています。マニアックでありつつ、どれも実演で磨いた演出・ハンドリングで、完成度が高い。特にデックスイッチは、準備やギミックが必要ですが、非常に素晴らしいものでした。ただその使用方法がカラーチェンジング・デックな点については疑問もあります。手法は確かに完璧に近いが、それでも現象が強すぎて、結局は「どうやったか」が分かってしまうのではないか。

後半のサインドカード複製手順はよりその傾向が顕著です。サインを複製する原理を活用し、観客のサインしたカードがカラーチェンジする(サインはそのまま)など、強烈すぎる現象が収録されています。この強烈さがなかなか危険で、もともと観客のサインって、現象が強すぎてデュプリケートがすぐ疑われるようなときに使う手段なわけですが、ここまで現象を強めてしまうと、サインがあってなおデュプリケートが疑われるのではないか。とはいえ確かに、サインされた2枚のカードをはっきり示した後に1枚になってしまうアニバーサリー・ワルツや、まったくすり替えの余地の無いSigned Card/Mystery Cardは夢ではあります。

すごく面白い本でした。プロのレパートリーでありつつ、演出や現象の許容限界ギリギリをさぐる、悩める現代カードマジックの最前線といえるでしょう(とはいえ、本になる情報は現場から10年くらい遅れるとは言いますが……)。

2023年11月16日木曜日

"I was kidnapped" Tony Chang

I was kidnapped, Left in Taiwan, And all I got were those notes (Tony Chang, 2013, 2023)


現代トップクラスのカード・テクニシャンTony Changの数少ない文献。「誘拐されて、気付いたら台湾に置き去り。所持品はこのレクチャーノートの束だけ」とうタイトルからすると、たぶん2013年に台湾でレクチャーしたときのものなんでしょう。Ben EarlのStudio 52から、Cards and Coffeeというイベントに合わせて10周年記念版として再版されました(が、また売り切れてしまったようです)。

Tony Changといえば、気配の無い超絶テクニックに根ざした、カメラトリックと見まごうビジュアルな現象で著名です。その作品を『文章』で読むことに果たして意味はあるのか……というのがまず浮かぶ疑問でしょうが、本書はこれまた現代トップクラスの手品マニアであるTyler Wilsonが筆を執っており、そのために最高の仕上がりになっています。技法の気配を消すための細やかな工夫から、観客の意識を誤誘導するための手順構築、底に流れる哲学まで、それが知りたかったのだという秘密が子細に言語化されています。

カードの技法2つ、カードの現象3つに、インビジブルスレッドを使った手順が1つ解説されています。技法はコントロール関係2つ、現象は、カード当てに擬態した複数枚の変化、デックバニッシュ、挑戦的なオフバランス・トランスポ。どれも『やり方』だけを読んだらイマイチに感じそうなところ、狙いや企みがしっかり記述されていることで、真意がよくわかります。インビジブルスレッドの手順は『ストローが念動で飛び上がる』という、え、Tony Changこういう手順もやるの?ってヤツなのですが、素材が単純な分、気配を消すための理論や、細やかな伏線の貼り方がより顕著に表れていて、大変タメになりました。

非常に良く書かれたノートです。Tony Changというと、どうしても技法のうまさに目が行きますが、見えない技法も、『目を疑うような鮮やかな現象』も、観客の意表を突くからこそ成立するのであり、そのために観客の意識のコントロールに心を砕いていることも改めて認識できました。トップカーディシャンの技巧も思考も追える傑作ノートなので、機会があったら是非とも入手してください。

あとTyler WilsonはもっとTonyの手順を解説してくれ。あとこの辺の超絶技巧マン達の解説も全部やってくれ。お願いだから。

2023年10月31日火曜日

"White Wand Chronicles Volume One"

White Wand Chronicles Volume One (2022)


本に著者名が無かった為にこのような表記になったが、JerxブログのAndyの本である。ハードカバーを年に1冊(今は18ヶ月に1冊だったかも)出すという中々に狂ったことをしており、その2022年号で、シリーズとしては5冊目になる。月25ドルを謎の人物に払い続けるという少なからず金銭感覚の狂っている人間に限定配本されるもので、他で買うことはもちろん、会員でさえ前の号を買うことはできない。そんな入手手段の限られた本をレビューするのもどうかと思うが、まあ一度くらいはJerxの話をしてもいいでしょう。


非常に話題になった人だが、どういう人かというとまあ、『アマチュア・マジック』を高らかに歌い上げた人間である。ここで言うアマチュア・マジックというのは、愛好家によるプロマジシャンの劣化コピーではない。アマチュアならではの現象、アマチュアならではのアプローチであり、私生活の中の、私的な人間関係の中でのマジックである。

そういった手順ならこれまでも散発的に世に出ていたが、あくまでオマケあつかいだった。Andyは正にそれを主軸に置いているのが特徴だ。プロの現場では成立しない手順どころか、職業マジシャンがやったら(たとえプライベート時間であっても)良さが損なわれる手順さえある。正にアマチュアにしかできない手品だ。

長い時間軸で行われる手順が多いのも他には無い特徴。たとえば本書のHide & Sneakという手順では、女性を家まで迎えに行って、そのときYoutubeを連続再生しておいてもらう。ディナーの後に女性を家まで送り、そのとき偶々かかっていた曲や動画を使う、といった具合。


ところで手品の質はというと、そこまで高いとは思わない。当たり前になってしまっている手品的手続きを疑うこと、現象を再解釈したり、私的空間に展開したりすることについては非常にセンスがある一方で、手法の賢さであるとか、構築などはそこまで。肝心の演出もときどき滑ってる感じもする。

だがまあ、ひとつのジャンルを確立させたという意味で凄い人物ではある。現状はフォロワーも居ないし、手品に触れる人間なら必ず役に立つだろうジャンルであるので、何か一冊、借りてでも触れておくのは良いと思う。氏の提唱する『アマチュア』のスタイルは、実際に読んでみないと中々つかめないだろう。

なおこれまでの4冊はテーマがあったが、ここでひと区切りだそうで本巻は雑多な内容。ブログの整理&再編というイメージで、良い感じに雑駁、意外と文字が大きかったりで、するする読めます。初期に比べると文章もかなりこなれている。読みやすさで言うなら結構お薦めの巻。

2023年10月5日木曜日

“The Plot Thickens” Oliver Meech

The Plot Thickens (Oliver Meech, 2009)


「マジックには3本の柱がある。手法、演出、そして現象(プロット)だ。手法は皆がやってるし、演出もOrtizとBergerに任せておこう。だから、俺がやるべきはプロットだ。」と著者Meechは前書きで書いており、本書は現象/プロットの新規性にこだわった内容とのこと。内容はクロースアップで、カード5つ、コイン5つ、メンタル6つ、その他6つで計22のちょっと普通ではないトリックが収録されています。

 さてプロットとは何か。この辺りの言葉遣いは難しいところです。著者自身、3本目の柱としては現象(Effect)を挙げながら、途中からプロットの語にすり替わっている。プロットというと一般には「物語の筋立て」であり、手品の新たなプロットと言われたら、現象そのものより、そこにいく過程をイメージするだろう。リセットを例にとろう。まず位置交換というかなり範囲の広い現象がある。それが4枚ずつのパケットで1枚ずつ交換されていくとなると、だいぶプロットになる。最後に一瞬で元に戻るという「ひねり」があれば、これはもうプロットと言及して間違いない気持ちになる。

 で。本書が「プロット」の本かというと、特にそういうことはないんだよな。素材を変えたり、演出(アスカニオ的な意味での演出ではなくて、カバーストーリーという意味での演出)を変えたりというのが多いので、どちらかといえば新しい「現象」を探る本だろう。

 で。新規な現象と言ってもピンキリだ。単に素材を変えただけでも新しい現象と言うことはできるが、それではつまらない。その素材が特別に意外であるとか、素材変更によって裏側の負担が減ったりとか、あるいは新しい手法が見出されたりしていて欲しいわけです。

 で。本書にそれができているかというと出来はまちまちである。例えばOut to Lunchの原理を使って名刺の間違いを修正する“Correctional Facility”なんかは新規性からして相当に怪しい。ハンドリングも雑。一方で、コインと角砂糖のトランスポジション“Touching Transposition”なんかは、この構想でしか出て来ないだろう面白い手法が取られており、また観客の感じるだろう現象も単なるトランスポジションとは一線を画したものとなっている。

 全体を通して見ると、新規性もクオリティも高いわけではない。しかしこのアプローチでしか生まれないだろう作品が含まれており、また傑作としか言いようのない手順もある(自然発火現象“Flaming Voodoo”は、これは最大級の褒め言葉なのだが、Life Saversに収録されていてもおかしくない作品だ)。なんのかんの言っていろんな素材に触れられて刺激的であったし、非常に応援したくなる作者だった。


 ……ところで、Meechは前書きで演出についてはOrtizとBergerの本があるから、と言っていたけれども、プロットにも大天才がいるわけです。そうPaul Harrisです。プロットが新規で面白く、直感的で、さらに裏側の新規性にもつながっています。本当にすごい。もし現象やプロットに飢えているならまずはThe Art of Astonishmentを買いましょう。話はそれから。


※なおこれは第2版で、収録作が一個変わっており、“Free Money In Every Pack”が“Dripping Coin”になっています。

2023年9月30日土曜日

“The Close-Up Magic of Daniel Cros” Daniel Cros

The Close-Up Magic of Daniel Cros (Daniel Cros, 1983)


Daniel CrosはラスベガスのDesert Innで仕事をしていたプロマジシャン。あまり知名度はないと思うのですが※、知らずに彼の技法を使っている人は非常に多く、その非対称性では随一かもしれません。というのもHarrisのBizarre Twistのなかで一般的に行われている手法(片手でツイストする技法)が、実は彼の名を冠したCors Twistなのです。

Paul Harrisとは仲が良かったようで、Twilightを演じている動画が残っていたり、この小冊子の最初のトリックもHarrisとの共作だったりします。わずか16ページの中で7手順が解説されていて、かなり削ぎ落とされていて読みにくいですが、すべて非カードのうえ、Crosのプロっぽさが感じられて面白かったです。特に最初の3手順は、その流れからも、実際によく演じていたことが伝わる良手順。


Paper Chase

 Harrisとの共作。テーブルから紙ナプキンを借り、4つに裂いて紙玉を作って行うチンカチンクで、最後にナプキンが復活する。手順への導入、現象のわかりやすさ、インパクト、準備のし易さと文句なし。


Thimble Routine

 クロースアップのシンブル手順。途中で挟まれる、シンブルをつけた指を立てて、そこにシルクをかけるが、そのままノーカバーでシンブル“だけ”がシルクを貫通する現象はとても面白かった。最後はシンブルが3つに増える。


The Three Shell Game

 3つのシンブルを使ってスリー・シェル・ゲーム。


Silver Dollar and Penny Exchange

 銀銅トランスポを異サイズのコインで行う。……のだが、いつの間にか観客の手の中でペニーがハーフダラーサイズに変化してたりする謎の手順。どう演じたのかもう少し情報が欲しいところ。


Three Coins Pass Thru Bottom Of Large Glass

 シェルを使った、グラスからのコインの貫通。今となってはスタンダードな使い方だが、1983年としてはかなり強そう。


Half Dollars Pass Under Hands On The Table

 伏せた手の中へのコインの移動。と見せかけてオープントラベラーみたいな手順。このあたりの手順はTwilightから続けて演じていた気配がある。


Silk To Egg Routine

 シルクが卵になった後、卵シェルの種明かしをして、最後に本物の卵になる定番手順。ただ(卵シルクは詳しくないけれど)最後がちょっと変則的な構成になっていると思う。ロードやディッチの忙しなさや不自然さを排除するためなのかなと想像しています。


以上。ほとんど余計なことをしていないので、今でも使えそうなプロ手順でした。実際、自分のテーブルにやってきたマジシャンがこの手品してくれたら楽しいだろうな。全手順が非カードなのもいいですね。


※:勝手に無名と思っていたけど、二川先生によるノートの訳があったり、サイコロ使ったマトリックスが売られたりしてるので、実は著名マジシャンだったのかもしれません。

2023年8月27日日曜日

"Notes From A Fellow Traveller" Derren Brown

Notes From A Fellow Traveller -Mentalism, Meaning and Thirty Years of Mistakes (Derren Brown, 2023)


Derren Brownが20年ぶりにマジシャンを対象とした本を出しました。ファンなのでもちろん買ったがしかし、かなり難儀な本であった。

まずなによりも英語が難しい。単語も文体も難しいので読むのが大変。そして肝心の内容なのだが、マジシャン対象とは言っても、残念ながら手品のタネ・仕掛けの話ではないのだ。では理論の話かと言うとそれも微妙で、本書の30~40%くらいは氏のShowmanツアーの紀行文である。これはまあ、面白いと言えば面白い。ショーは生き物と言われる通り、Brownほどの人物であっても、毎度、多かれ少なかれ失敗するわけで、失敗談やその対策がここまで赤裸々に語られることもあまりないだろう。でもそれはまあ、我々のような手品マニアが心から求めている物かというと違う。

手品理論(というか各種の心構えや考え方)の話ももちろんある。だがこれも、2つの点で我々からは距離がある。ひとつ、Brownはここ数年、クロースアップやTVショーからは離れており、もっぱらシアターでのショーに注力している。この演技環境が直接マッチする人はかなり少なかろう。そしてもうひとつ、Brownは大人物になってしまった。実際のイギリスでの空気感を知ってるわけではないが、単なる「成功したマジシャン」を超えた、立場ある文化人の雰囲気だ。そんなわけでちょっとばかり住む世界が違う。おまけに今は2020年代なので、そういった人間が当然備えていなくてはならない倫理観は非常に強固だ。

歳を取ったせいもあるかもしれない。Brownは言う。『正直なところ、手品はもうそんなに好きではない』『手品は簡単だ』。読みながら私は、一抹の寂しさを覚える。……ところで本書には、具体的な手品の話も僅かにだが出てくる。そこで解説されたある演出が非常にくせ者で、BrownはJerxなんか目じゃないくらい、さらりとスマートに、相手の現実に揺さぶりをかけてみせるのだ。なお、文句なしに凄い手品ではあるが、Brown以外の人間がやったらたぶん警察沙汰である。そんなものを何食わぬ顔で解説するところまで含めて邪悪だ。なんか色々言ってたけど、やっぱりあなた今でも手品が大好きだし、悪い手品も滅茶苦茶好きでしょう。俺には分かってるんだからな。


そんな往年のファンに対する一瞬の目配せはあったが、やはり本書は遠い。読み物としてはいいだろうし、もしあなたがスタッフを引き連れ、各地の劇場を巡るようなマジシャンなら、本書から学ぶところは大いにあるのではないかと思う(英語がそれなり以上に堪能なら、という前提付きにはなるが)。でもそうじゃないのなら、まず買うべきはDevil’s Picturebookだし、その次は多少のプレミア価格で済むならAbsolute Magicだろう※。そうこうしているうちに絶版になってもつまらないので、本書を買っておくこと自体は反対しないけれども。

※一般向きの書籍(Happyとか)は読んでないので知らんです。Pure Effectについては、内容はおおむねDevil's Picturebookでカバーされてるので、こちらもあまり優先度は高くないと思います。

2023年7月24日月曜日

"Handsome Jack, etc." John Lovick

 Handsome Jack, etc. (John Lovick, 2016)


John Lovickの作品集。表紙ではより長い名称になっていて、The Performance Pieces & Divertissements of The Famous Handsome Jack, etc. written by Handsome Jack, annotated by John Lovick(『かの有名なハンサム・ジャックのレパートリー手順および余興。著ハンサム・ジャック 註ジョン・ロヴィック』)となっています。

この著と註が本書の大きな趣向で、本書はロヴィックの演技キャラクターである『ハンサム・ジャック』氏が書いていることになっています。彼はかなり戯画的な造形の人物で、自身を世界一ハンサムと信じて疑わず、ナルシシストで尊大で、何でも自分に都合のいいように受けとり、頭が軽くて好色という面倒なヤツなのですが、彼が傍若無人に筆を振るい、それを註のロヴィックが汗をかきかき補足・修正してまわるというコメディが本書全編にわたっています。ロヴィックがブレインとしてジャックに手順を提供しているという設定なのですが、ジャックはあまりに自己中心的なのでそれをすっかり自分の創作と思い込んでおり、自画自賛を交えながら解説。ロヴィックが正しい創作経緯やクレジットを補ったり、ジャックへのツッコミを交えたり。時にジャックは売りネタまで解説しようとして、註のロヴィックがその部分を黒塗りにしてしのぐというネジの外れた一幕まであります。さらに本書をパラパラめくると、古今の名画をハンサムジャックに置き換えたイラストがこれでもかと飛び込んできます。サービス精神たっぷりのなんとも笑える本で




というのが一般的な感想なのだろうけれども、果たして本当にそうだろうか。なるほど、「著者が武勇伝を語り、それが註で某映画の引き写しだと暴露される」とか、「著者が堂々と売りネタを解説しようとして黒塗りを食らう」とか、あるいは「種々の名画のパロディイラスト」だとかは、間違いなく面白い趣向だ。けれど面白い趣向が、常に面白く機能するわけではない。誰かが言って大受けしたギャグをそのまま真似したって、同じような笑いが取れるわけではない。私のような人間はそれを痛いほど知っているし、たぶんあなたもそうではないか? ロヴィックの趣向に対する選球眼も、その趣向にそって書き通した努力も称賛に値するが、面白いかどうかとは別の話だ。そして少なくとも私には、ロヴィックはずっと滑っているように見える。

……改めて本書を眺める。戯画化された愚かなジャックと、彼に呆れ、彼をたしなめる、常に『知的』で『倫理的』なロヴィック。その構図に延々と付き合わされるうちに、戯画化され露悪的に書かれたジャックにも増して、筆者のエゴが露わになってくる。そういう意味で、本書は笑えはしないが、滑稽ではある。狙って書いたのなら凄いことだが……恐らくそうではないだろう。


手品の本なので手品の話もしておく。本書で扱われるのはパーラーからステージの手品だ。ただしクロースアップに根差したものがほとんどで、大仰な道具は使わないからアプローチはしやすい。かなり凝り性のようで、いろいろな工夫が盛り込まれており、別案や類似例を含めてクレジットも手厚い。そのまま演じないにしても(というかハンサムジャックという奇矯な人間用の手品になっているので、そのまま演じるのは厳しい)、勉強になることは間違いない。

また手順以外のコンテンツとして、ロヴィックはキャラクタ造形についてエッセイを書いている。これはおおむね正しいことを言っていると思うが、しかし肝心の彼の演技人格ハンサムジャックは戯画化の程度が強い非現実的な造形で、そのうえ「観客を笑わせる」というより「観客に笑われる」ものとなっており、正直なところ私にとっては魅力的に映らない。それは私の趣味の問題ではあるのだが、ハンサム・ジャック氏が底にある以上、ロヴィックの言葉はあまり私には響かなかった。

おおむね正しいことを言っており、手順も(そのままは使えないが)勉強になることは確実だから、気になるプロットがあれば買って損はない。それに、飾ると最高にかっこいい。

そう、色々内容について文句を言ったが、それを覆して余りあるほど本書の造本は最高なのである。特に、背継ぎの布装丁と、太い帯とを組み合わせた表紙デザインは秀逸の一言だ。……なのだが、本書には実は日本語版があり、そこでは素材とパーツ構成を活かした原著のデザインを、あろうことかそのままソフトカバーに印刷している。なんとも滑稽なことであるが、内容にはより合致しているかもしれない。


追記:私は以前からあまりロヴィックが好きではないので、この文にも多少の(あるいは多大な)バイアスがかかっているだろう。また本書も通読はしたが、精読したとまでは言えない。そのうえであえて言うが、愚かで軽薄なジャックは、その軽さゆえに幾度かはロヴィックを出し抜かなくてはならなかった。ロヴィックは冷静さを失って地団太を踏んだり、みっともなく取り乱したりして、一度や二度でいい、笑われる立場にならなくてはならなかったのではないだろうか。そもそもの疑問だが、ロヴィックはジャックのことを、少しくらいは好きなのだろうか?