2012年5月31日木曜日

"More Power to You" David Acer





More Power to You (David Acer, 2011)




こういう慣用句のタイトルは、意味を取るのがなかなか難しい。
慣用句としての『健闘を祈る』と、直訳の『より一層の力(マジック)をあなたに』と、ないまぜの印象だろうか。表紙絵はPCのPowerボタンだし、色々意味をかけてあるのだと思うが、英語が得意でない身としては、その辺のギャグなりこだわりなりが上手く汲み取れずに悔しい。

それはさておき。クリエイターとしても有名な、カナダのDavid Acerのベスト盤。といっても、『David Acerベスト選集 *ただし科学的な統計にあらず』とか書いてあるあたりに、この本の基調が見て取れようというもの。
コメディマジシャンでもあるAcerのお遊びが随所に仕込まれていて、そういう意味でも面白い一冊。


作品内容はカード、コイン、指輪などクロースアップが殆どだが、中にはステージ上での入れ替わりとかもあり、非常にヴァラエティに富んでいる。

過去の著作から選び、内容を書き直しているらしいが、以前の物を知らないのでその点の評価はできない。



作品はマジックというよりトリック、あるいはギャグ。軽い雰囲気で行う物が多い。特にカード物では、カードに書いた棒人間が選ばれたカードを探してきたり、デックにどんどん穴が空いていったり、などなど、あまり”真剣”に見せられるタイプの物ではなく、その辺、個人的な好みには合わなかった。

一方で、アイディアには実に独創的な物があり、そちらは非常に楽しめた。
といっても解法やアプローチ、技法はごく一般的で、直線的。ただ現象や、道具立てが他で見ないくらい独特。たとえば自動販売機にカードを差し込むと、違うカードになって出てくるなど。自販機つかったカラーチェンジって、おい。

特に面白かったのは、
メガネのつると指輪のリンク現象、ぺったんこの封筒から着信音がして携帯電話が出てくる、など。今回の書き下ろし新ネタであるMoving HoleのヴァリエーションWorm Holeは、カードに開けた穴をつまみ取ってコーヒーの紙コップに押しつけると、そこからコーヒーがあふれ出すという劇的な現象。セロやBlaineがやってもおかしくない。

ただ、繰り返しになるが、解法は直線的。マジシャン相手には向かない。そういう意味ではプロットを書くこと自体がネタバレかも知れない。このへんで止めておこう。


しかし一番面白かったのは、随所に盛り込まれたお遊び。解説の書き方であったり、差し込まれる図や写真であったり、表紙から裏表紙まで貫いて、なにからなにまで下らない悪戯だらけ。実際、声を出して笑ってしまったマジック解説書なんて、今の所これ位のものである。



アイディアは面白いが、それをマジックにまで練り上げることはせずに、ぽんとそのまま放り出している感じ。また手法にはこれといって特別な物は感じなかった。終始まじめで執拗、独特な解法のTom Stoneとは好対照。

好みではなかったものの、本としては実に面白く、発想力には驚かされた。

今のところ他の本に手を出す気はないが、小物のばかばかしいトリックを集めた本が出たら考えなくはない。

2012年5月30日水曜日

"Triple Intuition plus" Dani DaOrtiz








Triple Intuition plus (Dani DaOrtiz, 2012)





Dani DaOrtizのミニノート。
Triple Intuitionという手順と、そこから発展させた2トリックの計3トリックを解説。

『演技・解説映像』版、『演技映像+解説ノート』版の二種があったのだが、安かったのと、原案のTriple Intuitionは別所で知っていたので、ノート版を購入。

どうやら英語版も出たみたい。まあいいんだけどさ。



どちらにせよ演技動画がみられるのは嬉しい。っていうのも、DaOrtizの手順って、文章では今ひとつ魅力が伝わらないのが多いから。手品全般がそうだろうが、DaOrtizのは特に。
手順構成自体は、けっこう弱点欠点がぼろぼろある感じなのだ。それが演技力で完璧にカバーされているために、これだけ不可能に見えるんではなかろうか。



La Triple Intuicion
 3人の観客にカードを選んでもらい、デックに戻す。
 観客がカードを配りながら、Intuition(霊感)に従って止めると、そこから選んだカードが出てくる。

これは生で見た事があるのだが、本当に背筋が震えるくらいに気持ち悪い。
まあDVD Utopiaでも解説されているので、これのために買おうって人はいないだろう。


La Intuicion Pensada
 デックを全員に混ぜてもらう。観客の一人に、心の中でカードを一枚、決めてもらう。
 その後、観客の選択によってカードをどんどん減らしていく。捨てたカードは表向きにして、そこに心で決めたカードがない事を確かめながら。
 最後に残った一枚が、心で思ったカードと一致する。

このノートの目玉だろう。サイトに演技動画が上がっていたが、あいかわらずハンドリングが途轍もなくフェアに見える。カードを決めてもらうプロセスや、カードを減らしていく手順には、DaOrtiz流のけっこう卑怯な、そして聞いたり読んだりしただけだと、なかなかやろうとは思わない類の策略が使われている。
こういう手順が構成できるのが、DaOrtizの魅力だなと改めて思った。


Intuicion al Numero
 ACAANへの応用。心の中で数字を決めてもらう。次にみんなでカードを混ぜながら、カードを一枚決めてもらう。それが、選ばれた枚数目から出てくる。

これも例によってDaOrtizの策略が横溢しており、あんまり詳しく書けない。Utopiaで解説されたACAANを、Triple Intuitionの核になっているある策略と組み合わせたといった所。なにせ全員でぐっちゃぐっちゃにカード混ぜた後でこの現象なのだから、すごい。
難しい計算とかはないのだが、ある部分でけっこう頭を使う。大したことではないのだが、ラフなキャラクタと動作を保ったままでこなすのは自分には荷が重い。Utopia版とくらべても、一長一短というところ。



Triple IntuicionとIntuicion el NumeroはほとんどUtopiaでカバーされているので、買うならLa Intuicion Pensada(Thought Intuition)目当てだろう。これもTriple Intuicionの変奏ではあるのだが、個人的にはとても満足。

やっぱりDaOrtizはすげえなあ。

2012年5月28日月曜日

"Vortex" Tom Stone





Vortex (Tom Stone, 2010)




スウェーデンの奇才、Tom Stoneの創作集。



元々e-bookで冊子を個人出版していたのだが、そちらの頒布を停止して、本としてHermeticから出版。個人的に、幾つかかぶってしまったのもありちょっと悔しい。
そんな経緯で、紙を横に使う変わった装丁。読みづらさとかはなく、むしろ図の列びとかは見やすくて良いくらいなのだが、本棚にどう仕舞えばいいのかだけが問題。



どうにも、Tom Stoneというのはこだわりが強く、人にも自分にも厳しい人のようだ。だが彼自身、それをちゃんと認識している。自らのエゴが満足するまで追い求め、しかし同時に、客観的な視点からも検討を重ねた手順は、癖が強いものの独特で面白い。

その最たる例は、Ambidextrous Travelerの理想型を追い求めるTracking Mr.Fogg だろう。スタート地点であるJennings手順からの試行錯誤、他の人に求めた意見、その時々の正直な感想(「Travelerにデュプリケートを使う? Stephen Minchはなに馬鹿な事を言ってるんだ!」とか)、途中経過の手順について実戦と失敗などなど、そして終にMr.Foggに辿り着く。

個人的には、Mr.Foggはけっこうしんどい手順だと思う、というか、Travelerがいまいちなのだけれど、そういう事は関係無しに、その創作過程は非常に面白く、勉強にもなる。



扱う範囲は広く、クロースアップ、パーラー、ステージの区別なく、カード、コイン、ロープ、靴、スポンジボール、指輪、ボールとコーンと多岐にわたっている。
手順はどれも創作の狙いが明確にされているし、実演していないアイディアや、ノートからの抜き書き、プロブレムの提示などが随所にちりばめられ、ほんとうにどこを読んでも面白い。解説は視線の向け方や、演者の心理などもきっちり説明。


一番すごかったのはBenson Burner。
Roy Bensonの有名な手順のTom StoneによるStage版なのだが、いやはや、あの写真 http://shop.tomstone.se/、僕はてっきり宣材写真と思っていたのだが、ほんとうにこんな事になってしまうのだからたまらない。


最後にもう一つ、考えさせられたのがクレジット。
各手順のクレジットを明記するだけではなく、可能な限り原案者や権利者に連絡を取り、プロットに対してまで解説の許可を取っている。
こんなの、この本以外では見た事ない。ここまでやる必要はあるのか、と思ってしまうが、すでにそれが毒されているっていう事なのかも。



気むずかしそうな人ではあるが、こと創作においてはこだわりとエゴは大切だ。解法に癖があるので、実用する手順はそうないかも知れないが、考え方はとても勉強になった。読み物としても面白い。
オリジナルマジックを創作する人は絶対に読むべき。
ただ、直ぐにレパートリーを、って人には向かない。


Maelstromも近々手に入れようっと。


余談: Vortexも続刊のMaelstromもだが、ジャケットがどうにもイングウェイを彷彿とさせる。そういやイングウェイもスウェーデンだっけか。(参考: http://blog.livedoor.jp/ringotomomin/archives/51146198.html

2012年5月27日日曜日

"The Commercial Magic of J.C. Wagner" Mike Maxwell








The Commercial Magic of J.C. Wagner (Mike Maxwell, 1987)



バーマジシャン、J.C Wagnerの実戦的なマジックを集めた作品集。



傑作の誉れ高く、松田道弘のリストにも載っているんだが、入手困難本。
正確に言うと、入手困難だった本。


某日、某マジック古書サイトで発見し、舞い上がる。
メールしたところハードカバーの他に、お安くソフトカバー版も在庫あるよ。送料は船便でこれこれ、空輸でこれこれ、と言われて、財布と相談の結果ソフトカバー版を空輸で購入。およそ$50。いい買い物だと満悦至極。

本が到着した翌日、L&L 公式サイトにて電子書籍版が発売される。
お値段$9.99。

e-book化するのはまだいい。L&L-e の存在を知ったときから覚悟はしていた。
でも安すぎる! SkinnerやBannonはもうちょっと高いじゃない。
なにそれ千円って。あああああああああああ。

まあいいんです、$50の価値はあったと思うし。それにやっぱり紙媒体が好きだ。
でも自宅製本の可能性をちょっと真剣に検討していこうかと思った今日この頃。



さて中身の話。

バーマジシャン、J.C Wagnerの実用的なマジックを集めた作品集。
不思議でインパクトが強く、ハンドリングがクリーン、そして殆どがセットアップやギミック無し、というなかなかに非の打ち所のない内容。

似た傾向としてPaul CumminsのFASDIUというノートを思い出したが、あちらがかなりハードな技法と、マニアックな現象、そして読みにくいレイアウトであったのに比べると、こちらは技術的にも現象的にも文章的にもだいぶ楽。


現象はクラシックな物を一通り取りそろえている。有名な天井に着くカード、ジャンボカードでのトーンアンドリストアード、A アセンブリ、コリンズAs、Twisting コレクター、Underground Transposition、トライアンフ等々。Coin MatrixやCoin Through Tableもある。
輪ゴムを掛けたデックからカードが飛び出してくる現象と、Estimationの章が個人的には気に入っている。特に後者は、単純にEstimationだけを用いるダイレクトなトリックから始まり、失敗したときに移行できる別トリックまで解説されていて、Jazzマジック素材集としても優良。
あとGambler's Copのハンドウォッシングも、パーム好きには嬉しかった。


Twistした後にコレクターみたいな複合技や、ギミックなしワイルドカードなんかは、ちょっとどうかとも思うのだが、まあこの辺は好みの問題だろう。

あと4Aアセンブリの章では、AXXX→XXXXではなく、AXXX→XXXになるなど、他ではあまり見ない表現方法が多く、好みではなかったものの、なかなか新鮮で練習のしがいがあった。


マジック、特にカードマジックの本には、技法や現象の組み合わせから可能性を探っているような研究書というのが結構ある。JenningsやWalton、Hartmanあたりが特にそうだろうか。作品点数が多く、読んでいて面白くはあるのだが、多くの場合、個々のトリックはマジックとして見せるには足りず、レパートリーに組み入れるには相当の苦労を要する。

一方、本書の作品はどれも、確かな実戦経験を通じて磨かれてきた作品であり、現象のテンポ、ハンドリングなどの洗練度がとても高い。勿論それはWagnerのテンポなので、修正は必要であるものの、レパートリーに組み込むのは比較的容易だろう。

本人解説ではなく、作品構成の詳細な意図などは語られないのだが、それぞれ実戦を通じて取捨選択とブラッシュアップを繰り返してきた作品、背後にあるWagnerの意図や思想、経験を十分に内包している。それを考えてみるのも面白い。



おもしろかった。おすすめの一冊。
特に、レパートリーを増やしたいって人。

2012年5月22日火曜日

"Telepathy in Action" Orville Meyer









Telepathy in Action (Orville Meyer, 1961)



ある”秘密”に基づいたフルアクト。
合わせた手が離れなくなる、椅子から立てなくなる、手のひらの上のコインが見えなくなる、飴の味が変わる。これらが”催眠術”無しで、ギミックも何も無しで行える。


んんんん。難しい一冊。


確かに言っている通りのことは出来る。
しかも催眠術どころか、いわゆるタネも仕掛けも無く、たった一つの”秘密”だけで。
でもこれを成立させられるのは、相当、メンタリストとして、あるいは演技者としての適正が必要だろう。
またいわゆる”仕掛け”に頼らないって事は、それだけ演技者への負担が大きいという事でもある。

一発で成功できるたぐいのネタではない、とは冊子中にもあるのだが、一方でステージ系というか、ちゃんとした場でないと出来ないネタでもある。お客さん60人以上が目安で、前に呼ぶのも20名近くが良いとか。

つまり失敗できない場でしか(ほとんど)成立しないのだが、しかしはじめは失敗しやすいという、とっつきにくさ。
部分的に手順に組み込む方法とか、バックアップやアウトを解説してくれたらば、かなり敷居は下がったろうが。仕方ないのでこの辺は自分で考えることとする。


かなり難しく(英語もやや読みにくい)冊子だった。
この手順の実効性にもちょっと疑問は感じる。少なくとも、万人に出来る物ではない。

いわゆる催眠術アクトと外形上同一ながら、被験者を嗤い者にする構造をうまく避けているところは好感が持てた。




しまったLybraryでも売ってた。
どうせBookletならe-bookで買えば良かった。

2012年5月15日火曜日

"Bold and Subtle Miracles of Dr.Faust" David Hoy





Bold and Subtle Miracles of Dr.Faust (David Hoy, 1963)




伝説のMentalist、David Hoyのあまりに大胆な手順を解説した小冊子。


David Hoyという人はメンタルマジックの世界で名声高く、伝説的な逸話がいくつもある。最近読んだところでも、Barrie RichardsonのAct Twoで、ほとんど奇跡としか思えないBill Readingでコンベンションを静まりかえらせる場面が描写されていた。


その割に、Hoyの手順を伝える本というのは少ないようだ。ネットでざっと書誌を見た限りでは、本書の他にMagic with a MassageThe Meaning of TarotThe E.S.P. Lecture CD(LP盤のESP According to Hoyと同じくLP盤のESPecially Yoursの復刻)があるが、どれも『いわゆるマジック』からは外れる内容らしい。

Magic with a Massageはマジック集ではあるが、メインテーマは”キリストの教え”を伝える事。ゴスペル・マジックというジャンルになるのだが、日本人にはビザー・マジック以上になじみがなく、食指が動かない。
The Meaning of Tarotは単なるタロット読本(解読書?)らしい。
The E.S.P. Lecture CDも、一般に向けての”超能力”の講演。


ラインナップの謎は、Hoyの経歴を見て解けた。
元々はバプテスト教会のエヴァンジェリスト(伝道者)で、その後マジシャン、メンタリストを経て、最後は超能力者をしていたようだ。なるほどなあ。

Super-psychic:The Incredible Dr.hoyという本も出ているみたいだがこれは伝記。



そんなわけで、本書はHoyの殆ど唯一の作品集。
(他の本を知ってる人が居たら教えて欲しい)

36頁、収録作10で印刷もかなり劣悪な小冊子だが、内容は今読んで尚、あまりある衝撃を持っている。

実は寡聞にして、Hoyの高名なThe Bold Book Testの秘密を知らなかったのだ。
読んで納得、これ以上なにかを削る事も、これ以上何かを付け加える事も出来ない、このアプローチでの完成形。ヴァリエーションを目にする機会もなかろうというもの。

似たようなアプローチで、もっと手の込んだ物に、Chan CanastaのBook testがあるが、あちらが大胆さと思考能力を同時に駆使するのに比べ、Hoyの物はほとんど大胆さだけで成り立っており、演者への負担が極めて少ない。
殆ど究極のBookTestと言って過言ではないなと。
Canastaのものは、3人の観客を使う代わりに、1冊の本で、心の中で決めて貰った頁の、指定された行数目、指定された箇所の単語を読み取るというとんでもない物なのだが、いかんせん難易度が高い。

他の何作かは、いろいろなところで改案を見たせいもあって、さすがにそこまでの感銘は受けなかったが、どの手順も極めて単純化されているのが特徴であり長所と思う。
あれもこれもと詰め込まれがちなBlind Fold Actも、手の間にかざされた品物を3回あてるだけで終えるというシンプルさ。
一致するESPカードは、カードを山に重ねたりはしない。Booktestも、相手が選んだ言葉が封筒の中に収められていたりもしない。



総括、

大胆な、ずうずうしい手段、というような意味合いのBold Approachに基づいた手順は、どれも薄氷を踏むような危うさと隣り合わせだが、鮮やか。
現象もストレートなら、ハンドリングもストレートで、よどむところがない。


特に2種類のBook testと、Tossed out deckには今読んでも衝撃を受ける。極めて大胆だが、しかしかろうじて万人が演じられるぎりぎりのライン。


うん、すごい本だった。


もっとHoyの奇計を読んでみたいところであるのだが、前述の通り、本書以外にはめぼしいものがない。
確認できた限りでは、Hoy’s Bill Switchという技法と、Voodoo Dollという手順があるらしいのだが、どこに発表されたのかまでは判らなかった。

2012年5月11日金曜日

"カードマジック THE WAY OF THINKING" 松田道弘





カードマジック THE WAY OF THINKING (松田道弘, 2011)




いつもの通り、である。
それ以外はあまり言う事が見付からなかった。


いつも通り、とは

・文章が読みやすい
・紹介されるエピソードが面白い
・手品がマニアックすぎる

である。



松田道弘のカードマジックのシリーズは、特にここ最近、新刊と言うよりもアップデート版という感じがする。個人的なテーマへの飽くなき研究の過程は、面白いが、読み物としての面白さが強い。



The Way of Thinkingと名打ち、帯には「近代の優れたカードマジックを、創作や改案の根底にあった考え方によって分類し、」とあるがそんな事は全然無い。いつも通りの内容だ。

個々の作品について、改案の狙いや動機などは詳しく書いてあり、実にためになるが、いつもちゃんとしてあるので特別な感じはしない。

あえていうなら、Slydiniのヘリコプターカードにおいて、動作だけが書かれて意味が解説されなかった部分の意味解析だろうか。これは実に面白かった。だが以前にVernonのアンビシャスカードで同じような事をしていたし、新趣向でもないだろう。



作品だが、これもいつも通り。
『いくら「また同じ絵かいな」と言われても、画家が執拗に同じモチーフの絵を描き続けることがあるように(p.87)』だ。

技術的には確かにどんどん洗練されている印象。
一方で、”長い手順が嫌だ”という意見には同感できるものの、ここまでそぎ落として良いものかと思う作品も多い。特にTwist系。
こんな感じ。

4枚の赤裏のカードを見せる。一枚を表向きにすると全部表向きに。
裏を見せると全部違う色になっている。

Twist部分を限界までそぎ落とし、2段目のオチに重点を置いたため、もうTwistじゃなくてカラーチェンジ(?)に近い。


We'll Twistの裏色変化やMaxi Twistの1-5はどんでんがえしのオチとして発展したが、確かにそれが独立していけない理由はない。新奇な所、鮮やかな所だけを抽出した手際は鮮やかだ。

しかしオチをショッキングにしていた”文脈”は失われてしまったように思う。


演技や演出、現象の意味について全く触れられていないせいで、余計にそう感じるのかも知れない。




新刊だがいつも通りの内容でマニアック。
このシリーズを一冊も読んでいない人にはお勧めできない。

間違いなく面白くはあったのだが、文句ばかりになってしまった。期待した分だけどうしても。
勝手な勘違いの逆恨みじゃないかと言われればそうなのだが、あの惹句はやっぱり期待してしまうって。あと誤字もちょこちょこあって混乱したし。


全著作を読んだわけではないが、個人的には松田道弘のクロースアップ・カードマジックが一番おすすめ。
って、絶版になってやがる。しかも古書価格がルポールより高い。

2012年5月9日水曜日

"Act Two" Barrie Richardson






Act Two (Barrie Richardson, 2005)




Theater of the Mindの続刊。最近さらにCurtain Callという続刊が出版されて三部作になった。


メンタルマジックの本という分類ではあるが、三本ロープのプレゼンテーションや、ほどける結び目なども収録されており、中にはかなり難度の高いカードマジックなどもあるので、メンタリスト以外が読んでも楽しめるだろう。
パーラー系で、複数の観客を必要とする物が多い。


方法的には、常にシンプルで大胆。
いくつかキーとなる手法があり、様々なプロブレムの解法として繰り返し使用されている。この巻ではDr.Daleyのスイッチ(フォローザリーダーのラストに使われるアレ)と、二人の観客を使ったFishingが使用される事が多かった。
前巻同様、Hellis Switchも出番が多い。

前巻はACAANの特集があったが、この巻ではThink A Cardにスポットが当たっている。即席のPrincess Trickなど中々面白いのだが、考える事がけっこうあって僕の頭では処理が追いつかなさそう。

また純メンタリズムは個人的な体験であるほど効果的と思っているので、複数の人にカードを覚えてもらう解法が多かったのが、今ひとつぴんと来なかった原因だろうか。


カードと言えば、Fred RobinsonのDiagonal Palm Shift(のバリエーションらしきもの)も解説されており、うれしかった。
簡単な解説なので、残念ながらRobinsonのオリジナルタッチがどこなのかはわからないし、どこが重点だったのかもわからないのだが、それでもありがたい。Magic of Fred Robinsonでは、Barrie Richardsonのエッセイ内で言及されるのみで解説がなく、ずっとモヤモヤしていたのだ。
エッセイと読み比べ、どこがRobinsonのオリジナルタッチなのか考えてみるのも楽しい。

この技法を使ったCard to Pocketの手順は、スチールもポケットへのロードも、観客の視点が集中している中でゆっくり堂々と行うもので、技量と度胸とが相当必要な上級カードマジック。





演出には常に重きを置いており、詳細に解説されている。Richardsonがマジシャンではなく、マジックも使う講演者、という立場の人であるためだろう、やや話が長く、人によっては退屈な演出という印象を受けるかも知れない。

個人的には、有名なパズル(バネとリング)を使った、複数段におよぶ「ひっかけ」と人間の思考の盲点についての手順が特に面白かった。



Barrie Richardsonの手品は、面白く、シンプル。
発表者が書いている本というのは少なく、それがゆえに目新しいのかもしれない。

一方で、絶対的な不可能性や、悪魔的に巧緻な仕掛けはない。
あえて不可能性を下げている側面もある。
そういった事を考えるきっかけとしても良書。

うむ、Curtain Callも読むのが楽しみだ。


2012年5月3日木曜日

"大原のこころみ Birth" 大原正樹







大原のこころみ (大原正樹,2012)




おすすめ、たくらみ、とはちょっと趣向の異なったワントリック解説のレクチャーebook。



カードあての最中、突如、手の中にカードケースが出現。何事かと思うと、その中から選んだカードが出てくる。

意外性が高く、難易度はそこまで高くなく、そして観客の目の前で堂々と”いかさま”をする快感があり、というなかなかの良トリック。現象もユニーク。


セオリーとしては、技法の習得に関するコツをいくつか解説。自明のような話もあるが、明文化されることは少ない気もする。またいわゆるJazz Magicに通ずる”あいまいさ”も含まれており、勉強になるだろう。
深い解析だが、非常に簡潔な文章で、さくっと読める。

トリックもセオリーも含め、初級→中級のステップアップ段階に非常に有効。といった所か。



ただ、本現象の解析に Tommy WonderのCup and Ball、およびDoc Easonに代表されるCard Under the Glass/Case との比較があるのだが、これはちょっと筋が違う気がした。

『いつの間にか現象』にこだわりがある自分の誤読かもしれないが、これでは本作品全体を『いつのまにか現象』の文脈で捉えてしまいかねない。よくないレッドへリングと思う。

上述の現象とは『出現の瞬間がヴィジュアルにアピールされる』という点で決定的に異なっており、直接に同一の文脈には置けない。
比較するのならせめてTom Stoneの、手の中に靴が出現するChanpagneであろう。David Stoneの演技で見知っている方も多いと思う。このStoneの現象が『いつの間にか現象』として成立するのはロード元の不可能性の高さゆえである。

本作品はロード元の位置的な不可能性はあまり高くなく、むしろテーブルに出ていた事を記憶されていた場合現象が減ずる可能性すらありうる。


また全体の構成が完成するまでの経緯の章で、「マジシャンはカードケースを出現させて、どう言うのだろうか?」という問いを立てているのだが、少なくとも演技側面からは明確な答が出されていないように思う。
この現象に対して演者の立ち位置はどこにあるのか。



色々言ったが、ユニークな現象、簡潔な構成、簡潔な文章、細かい考察と、良い冊子であった。
ただしロジックが簡明で無個性化されている分、ミスリードが起こりうる。しっかりと疑いを持って読むべき。気付かぬ間に説得されぬよう、ちゃんと考え上で吸収したい。