2015年12月31日木曜日

”Diverting Coin Magic” Andrew Galloway




Diverting Coin Magic (Andrew Galloway, 2006)



John Ramsayの直弟子として知られるAndrew Gallowayのコイン・マジック作品を集めた小冊子。本書と対になるDiverting Card Magicっていう本もあるのだけれどそちらは手に入ってない。読んでみたい。

GallowayはRamsayの弟子という事で、Ramsay作品を演じたDVDで有名。またミスディレクションについても名高い。この本についても、ミスディレクションの勉強になると聞いたので読んでみた次第。あとまあ単純に、コイン本は少ないので、いい物が無いかといろいろ探しているのですよ。

内容は2つに分かれていて、前半は基本的な技法を丁寧に解説。そして後半はそれを用いた現象。飛行、銀銅入れ替わり、パース、グラスなどなど、異なった7作品でおおよその範囲をカバーしている。曲芸的な難しさは無く、シンプルでよい手順が多い。またミスディレクションについてもそれぞれ言及されている。


さて、ミスディレクションと言えばマイルストーンであるBooks of WonderがVol. 2でも1996年だから、数字だけ見ればGalloway本の方が後ではあるんだが、でもこれは『古い』ミスディレクションの本だ。それは注意を発散させるミスディレクションであり、重要な箇所を『見せない』ミスディレクションでもある。

なのでこの本の手順は、面白んだけれども、どうにも決定力に欠けてしまう感じはある。現象を形作るために必須の瞬間がぼやけてしまうから。いやどうだろう。Gallowayが演じたら気にならないのかもしれないんだけれども……。

クラシック・パスやトップ・チェンジの瞬間に一瞬気をそらす、というのは有効で、それは直前と直後で状態と近いからだ。しかしフェイク・パスはそうはいかない。どうしても曖昧さが出る。

……かといって、その瞬間をはっきりと示すには非常に高い技量が必要になるわけで、コイン・マジックって難しいなあ。



本書のアプローチは、ひとつのツールとしては十分に強力なのだが、これをコイン・マジックの主柱に据えるのはちょっと違う気がする。面白い副読本といったところか。

2015年11月30日月曜日

"The Essential Sol Stone" Stephen Hobbs










The Essential Sol Stone (Stephen Hobbs, 2012)




1995年あたりに企画され、1997年にはおよそ書き上がっていたものの、例によってKaufmanがGeniiを買い取って忙しくなった関係で塩漬けになっていたもの。権利があっちこっちに行った末ようやく出版されたかと思ったら、部数が少なかったのか割と早々に売り切れになってしまいました。私も買い逃していたのですが、先ごろ運良く入手できました。コピーライトの記載は2010になってますが、序文の日付からすると2012発行ですかね。
買って良かった。名著です。


副題はIntimate Magic with the Sol Stone Touch。Intimateは辞書によると親密な、個人的な、くつろげる、とかみたいです。Intimate Magicを適切に訳すのは私の手に余りますが、マジックを見せる側が商売人でない、極小規模のクロースアップで、バーで隣に座った人がふいに見せてくれるような、そんな『日常』と地続きの、しかしながら素人芸ではない非常にハイレベルの手品、といった印象を受けました。


カード、ペンと指輪、ロープなどがちょっとありますが、メインはコイン・マジックです。
しかしながら全体的に、2つの意味で現代的ではなく、『仕掛け』にのみ興味がある方は失望するかもしれません。
ひとつは自然な検め以上の検めが無い事。せいぜいが付随的なラムゼイ・サトルティ程度で、シャトルパスやユーテリティ・ムーブ、ディスプレイなど我々が心血を注いでいるような検めはほとんど存在しません。
もうひとつは基本的に現象を繰り返さない事。MyMagicから出ているDVDがQuick and Casualでしたが、そのタイトル通りに本書も非常にあっさりしています。いわゆる『マジック』を期待して見ると、拍子抜けかも。
ただしこれらは『古いから』とか『難易度を下げるため』では決してなく、非常に計算され洗練された結果としてこの形になっている事が、読むにつれて分かってきます。

解説するのはStephen Hobbsですが、この人の解説がとても上手い。
あまりくどくどと理屈を述べたりはしない淡々とした文章なのですが、これらの手順がどうしてこの形になったのか、Sol Stoneが演じるとどう見えるのか、といった手品の背景が自然と感じられます。描写や観察の細かさではなく、文体そのものによって、Sol Stoneのタッチを伝えていると言いましょうか。

また忘れてはならないのが、巻頭に10ppほどある略伝です。これが非常におもしろい。
1922年のお生まれで、大恐慌、WW2での従軍から戦後まで、正に激動の時代を生きてきた方。記述は極めて簡素ながら、エピソードの選び方と、各時代の物価への言及などによって、それぞれの時代の生活を彷彿とさせるものになっています。
そしてまた、単純に面白いだけでなく、氏がどのようなお人柄なのか、その理解も深まります。人物を描くことは、手品の解説本において必ずしも有用という訳ではないですが、本書の場合は非常によい効果を生んでいると思います。



難があるとすれば、せっかく文字媒体であるのに、演出や台詞の解説が少なかった事でしょうか。DVDで台詞が聞き取れなかったから本を買おう、という人はちょっとあてを外すかも。

また写真も不足しています。解説はイラストで、それは分かりやすくてよかったのですが、ポートレイトなんかも欲しかったなあ。ファン心理も多分にありますが、Sol Stoneの演技を想像するためにも、もうちょっと写真は欲しかったです。



ともかく。内容も、解説の文も素晴らしい、よい本でした。

世界のコインマジックの印象で敬遠される方もおられるかとは思いますが、いや実際に本書でもバック・クリップの章は異様な難度(しかも効果には疑問が残る)でしたが、全体としては落ち着いた、美しい手順ばかりであり、あの本からのイメージで避けるのはもったいないです。こういう手品を演じられる老人になりたいものです。

ほとんどのショップで売り切れの本書ですが、版元では通常版も特装版も若干数ながら在庫があるようなので、気になる方はお早めに。


2015年10月29日木曜日

"Open Prediction Project" Thomas Baxter 編





Open Prediction Project (Thomas Baxter 編, 2008, 2010)



Magic Cafe発、Open Predictionのオムニバス。
私が読んだのは最初に出たe-book版だが、右写真のような単行本にもまとまっている。異同はしらない。

最近日本の某ショップがこれに和訳を付けて販売するとか聞いたので、途中で放り出していた記事をあわててまとめている。
悪い事は言わない。ここには(ほとんど)何もない。やめておきなさい。

なお公正のために先に言っておくと、この本には私がむかし考えた手順も入っており、だから私の発言にはいろいろのバイアスが掛かっているかもしれない。



Open Predictionは、ACAAN程ではないにしろ有名なプロブレムで、発案はPaul Curry。Berglasのそれと違ってプロブレムが先行している。つまり、

「予言を先に開示した状態で、相手が選んだカードが予言と一致する」

オープンな予言というのはそういう意味だ。なお本来のCurryのプロブレムでは、観客が裏向きデックからカードを1枚ずつ表向きに配っていき、好きなところで1枚だけ裏向きのまま別に配り、残りを最後まで表向きで配っていく。表向きの中に予言されたカードはなく、裏向きのカードを見てみると、……というものなのだが、本書ではそこまでプロブレムを限定してはいない。

またこのプロットの発展型として、Stewart Jamesによる51 Faces Northというのがある。
これはOpen Predictionの制限をより厳格化した18の条項から成るものだが、全部書き出すのは面倒だ。言ってしまえば、借りたデックで、相手が混ぜて、演者は触らないで……といったOPの究極版である。

これら『オープンな予言』というプロットは、直接的には「予言側のスイッチ」という解決策を制限しているのだが、先ほどのCurryの現象描写を見れば分かるとおり、それだけに留まらない。――はずなのだが……。



Thomas Baxterというカナダのメンタリストが発起人で、彼はこのプロブレム(しかも51 FNの方)に対する完璧と言っていい解を作り上げたらしい。しかしそのDianoetic Rageという手順は本書には納められていない(他でも発表もされていない)。その彼がMagic CafeにてOpen Predictionを、51 Faces Northに因んで51作品募って電子出版した。その後、同スレッドで投票が行われ、1位の作者には$1000払われた。

勝者のお遊びというか掌の上というかそういう気がしないでもない。


さて肝心の内容だがこれがまー酷い。本当に酷い。
それはそうだ、ネットを徘徊する名も無きアマチュア・マジシャンから幾ら募ったところでこの程度だろう。『オープンな予言』というプロブレムは、技術的には「予言をスイッチしない」という事でしかない。そしてそのような変更を許容する手順は、既存の予言トリックや一致トリックにもたくさんある。ただそれらの手順で予言を表向きにする事が効果的かどうかは別の話であり、考え無しに『オープン化』すればいいものではない。当たり前の話だ。

当たり前の話なのだが、しかし、本書の多くの作品は手法的・制約的な面にのみフォーカスしており、現象面を全く無視している。結果として、非常に浅く、不格好で、意味のない作品ばかりになってしまっている。

それでもまともなフィルタリングが出来ていれば話は別なのだろうが、今回は「51FNにかけて51作品」という趣向を打ち出し、それを優先したがために、作品の質は二次的なものになっている。もちろん50以上もあれば、面白い作品のひとつやふたつ、ないわけでもない。無名マニアばかりではなく、私の好きなQuinnやChadwickの提供した作品もある。だが全体的な質の低さはいかんともしがたい。


繰り返すがここには見るべきものはほとんどない。フィルタリングがほとんど機能していないのだから当然だ。マジックのイベントで、いきあたった全てのひとから『オリジナルの』Aアセンブリを見せられるようなものだ。もちろんひとりふたり上手い人や、非凡なアイディアをもった人はいるだろう。だが大半はうんざりするほど似通っているか、思慮の浅いものだ。


ただ、私自身について言うなら、この本を読んで非常に良かったと思っている。こうして書き連ねているように、絶望的にフラストレーションがたまった結果、違う、こんなものはOPじゃないという気持ちが高まり、自分の考えている『OPという現象』の輪郭が明確化された。その効果は非常に大きい。


よほどの物好きにしかお勧めしない。

2015年10月17日土曜日

”Crimp issue 2" ”Crimp issue 3” 編・Jerry Sadowitz



Sadowitzに殺されるんじゃないかと思いながら、あと手に入らない(極めて手に入りにくい)本を紹介するのもどうかと思いながらも備忘として書いておきます。今回はふたつまとめて。
Crimpそのものについてはissue 1についての記事などを見て頂ければ。



Cripm issue 2

・My professional routine for "SPOTTY"
 裏返したり戻したりすると色が変わる巾着的な売りネタを用いる手順。カード・マジックばかりかと思いきや、意外とそうでもないんですよねこの雑誌。

・Random Fashion
 ふたりの観客がピークしたカードを、ブレイク、グリンプス、クリンプなど一切なし、表も見ず、一度の質問だけで当てるカード当て。と書くと不思議そうだがあまりそうでもない。Cards on the Tableに載っている某手順と考え方が似ています。

・One Hand (Complete) Coin Vanish
 タイトルのまま。やや大ぶりな動きなのでパーラー以上向きか。

・Bottom Deal Colour Change
 なかなか難しいです。

・その他のジョーク

【読者からのお便り】
  前号のお勧め本でHofzinser's Card Conjuringを上げていましたよね。入手先として「良いマジックショップならどこでも扱っている」と書いてありましたが売っている所が見つかりませんでした。
【編集者の返事】
 それこそマジック業界のかかえている問題です。

 あとHam Shankerという人のCart At Any Numberが解説されていますが、すごいです。



Cripm issue 3

・A John Ramsay Pastiche
 なんとGallowayの寄稿。タバコの先からコインを出現させる×4→全部消える。
 タイミングの人なのでこの紙面だと読みづらいですがなかなか大人でかっこよい手順。

・Off-Beat Crimp
 手法自体はオーソドックスだが、意表を突いたタイミングで行うクリンプ。

・Everywhere & Underwear
 前田さんのに似ているパンツの予言。最高に酷い検めができる。

・Jerry Sadowitz is Shit
 Sadowitzを貶しながらカードを当てる。その他、Waltonを崇めたり、日本を嫌ったり、マーローの死を喜んだりしながらでも可能。

・The Weight Lifter
 こちらはJack Avisの寄稿。カード当てと枚数当ての複合なんですが、覚えさせたあとにいろいろ別の事をする手順はどうもあまり好きではない。


 あとHam Shankerという人のSecond Dealが解説されていますが、すごいです。


2,3はあまりぱっとしない感じでした。

2015年9月16日水曜日

"Joseph Barry 2015 Japan" Joseph Barry




Joseph Barry 2015 Japan (Joseph Barry, 2015)



2015年4月おこなわれたJoseph Barry日本レクチャーでの限定ノート。

酷い本です。

A5、実質13pp、3トリックで5000円というのも近頃あまり見ない値段設定ではありますが、まあ紙も印刷もおしゃれで上質ですし、いま問題にしている酷さはそこではありません。では内容かというと内容も悪くありません。3つしか解説がなく、さらにそのうちひとつがDVD手順の改案という点をさっ引きましても、最後のトリックだけで5000円(は言い過ぎにしてもそのくらい)の価値は有ろうと思います。

でも、とても酷い本なのです。


訳が。


「The Modusの全部の品物をデザインする友達とマジシャン同士であるジョン・コッテル氏」

「参加者に対してポーカーを遊んでいるような上演で参加者にデックの上半分を渡してその半分は参加者はカットした上で」

「テーブルにデックがちゃんとシャッフルされたようにフェイスアップにしてリボンスプレッドで観客に見せる」

うーんしんどい。
手順の再現が不可能であったり、意味が全く分からなかったりという事はありませんが、非常に体力を使います。また冊子本体がやたら格好いいだけに余計に残念さがあります。

おまけにレクチャーの主催者が、こちら方面を売りにしている方なのですよね。監修するタイミングを逃してしまったんだろうとは思うのですが、そのあたりは企画を持ちかけた段階でしっかりしておくべきだったのではないでしょうか。売りにしてるはずの分野でこれですと、やはりちょっとまずいんじゃないですかね。


あと細かいツッコミどころで言うと、レクチャーでのノートの売り方がちょっと狡かったり、嘘が入っていたり(この手順はこのノートでしか発表していません!→英語で単体ノートが売られている*)、レクチャーで駆使していた幾つかの補助的なサトルティが省かれていたり、といった問題もあるのですがまあそれはありがちな事ではあります。

*ただ、現在品切れのようではあります。絶版かどうかは不明


なおご本人の演技は目茶苦茶に不思議で、しかも面白く、ラフ・スタイルの現象とそれを演じるキャラクターについてはDaOrtizよりも好みでした。珍しくBarryはDVDも購入・視聴済みだったのですが、映像で見るよりずっとずっと素敵で、久しぶりの外出でしたが行ってよかったなと思いました。


【収録作】
STOCAN バージョン2
・DaOrtizの流れを汲んだ筋の通らないプロセスで、違和感なく演じるのはかなり難しいです。DVD収録作の改案。

初心者の運
・お互いデックを混ぜてから手札を配るが、観客がフラッシュで勝つ。繰り返すがやはり観客が勝つ。シャッフル部分、実際にはかなり制限があるのですが、とてもそうは見えません。実にフェアに見えます。

OOMW -Out of My World
・みんなが度肝を抜かれたOut of This World。実演を見ました。デックが何度も混ぜられ、自由な選択が繰り返されても、なお赤黒分かれるという途轍もなく不思議な手順ですが、一番凄かったのはカードを配るあいだ全く飽きさせなかった氏の演出かと思います。ショーなどでは必ず演じると書かれてますんで、OOTW好きの人はどうにか機会を得てご本人の実演を見るといいと思います。
 読んで済ますのはもったいないです。

2015年8月26日水曜日

”Renovations” Guy Hollingworth







Renovations (Guy Hollingworth, 2015)




 FISM2015で頒布されたGuy Hollingworthのレクチャーノート。ありがたい事に通販でも買えるという事で飛びつきました。新作2つと、旧作3つを解説。
 あの頃と変わらない俺たちのガイ様が堪能できます。


新作
Topless Change
 技法Topless Changeとそれを用いた Minimalist Ace Assembly。Aと3枚のカードだけを持った状態から、3枚が1枚ずつAになっていくという――Ace Assemblyと呼んでいいのかはともかく――面白い手順。理想的には実現できるものなので練習意欲が湧きます。なぞるのはそこまで難しくありませんが演じるのはとても難しいです。

Cards to Pocket
 Drawing Room Deceptionsでも用いられたギミックをさらに発展させたCards to Pocket。とにかくフェアで、消失もクリーンなら、ポケットから取り出すときも直前まで手が空である事を見せられる。もちろん例によってとても難しいです。なぞるのも難しければ演じるも難しいです。またスーツを着ていないような者はお断りという紳士向き手品でもあります。


再録
Waving the Aces
Universal Card Scam
Voodoo Card

 きっとたぶん皆様ご存じであろう著名な手順。うえ2つは過去のレクチャーノートからの再録。3つめは既刊Drawing Room Deceptionsから。基本的には全部DRD本で読めます。ノートのタイトルこそRenovations(修復,、刷新)ですが、特に大きく違う所はなかったと思います。隠しコンテンツだったVoodoo Cardにタイトルと図がついたぐらい。再読しましたがやはり凄いなこの人は。


 この前DVDがやっと出まして、その新規撮り下ろし分を見た時にも思ったのですが、Hollingworth氏がVHSやDRDの頃と変わっていなくて私はとても嬉しいです。本書の新作もDRDに載っていてもおかしくない、よい意味で、あのスタイルのままです。
 非常に難しいのですが、いわゆる『テクニカルなマジック』と異なり、きっちりと完璧に演じれば(理論上は)何もしていないように見える構成で、練習意欲が湧きます。手順全体としてはやや単調ですが、マニアックでテクニカルで上品で私は大好きです。

 文章は時折ユーモアを挟みつつも、独特の長い言い回しで、たぶん非常に洗練された高級な英語なんだろうと思いますがちょっと読みにくいやもしれません。そんな意味でもDRD買う前にこっちを試してみるのはよいかと思います。


 うん、良いものを読みました。

2015年7月31日金曜日

”Close-Up Elegance” David Costi










 


Close-Up Elegance (David Costi、2004)





 イタリアのマジシャン、David Costiの作品集。
 AscanioとRene Lavandが推薦文を書いているとかそれはもう買いだろう、という事で買ったのですが結果としてはいまいちでした。『マジックはアートである』派で、作品はちょっとした部分での改案がメイン。パターだけの解説というのもあります。それはもちろん、構わないのですけれど、その肝心の細かな部分があまりちゃんと記述できていないのです。特に収録されている某Double Liftなどは、この文章だけから正しく全体像が理解できる人がいるとはちょっと思えない代物。

 手順はクラシカルでシンプル。またワーキング・プロらしく極めてずるいものも有ります。
 たとえばCard Collegeにも採られているAmex(The Credit-Card Force)を用いたCard on Back。観客が自由に選んだカードが、デックの中から消え、演者の背中にピンで留められているというもの。これはToo Perfectに近い美しい手順です。
 上では『細部の描写が不十分』と書きましたが、それはあくまで徹底されていないという意味であって、たとえばこのCard on Backでは非常にさりげない検めが入っていたりなど、為になる箇所はそこそこあります。Amexも非常に微妙な細部にこだわっており面白い。

 その他、Reverse Matrixではいまやみんなが使っているタイミング差によるミスディレクションが明記されていて、Costiがオリジナルかは分かりませんが、かなり古い使用例と思います。特殊なClick PassやEmpty Dealなど面白い技法も出ていますが、出版が遅かったせいもあってちょっと新奇性はないですかね。クレジットマニアなら面白いかもしれませんが。あ、Charlie FlyeがDVD演じていた(気がする)指先にゆっくりコインが現れるやつも、どうも本書の技法のようです。

 そこそこ面白い技法、そこそこ面白い手順がありながら、解説がちょっとざっくりしすぎていて上手くまとまっていないと思いました。せめて内容がどれかに偏っていたら、筆者の考えも捉えやすくなっていたかもしれません。もったいない本でした。

2015年6月26日金曜日

"Destination Zero" John Bannon





Destination Zero(John Bannon, 2015)




 才人Bannonの新作。セルフ・ワークのカードマジック25作品。


 これまでのBannon本とはちょっと違う印象を受けた。Bannonといえば技術は比較的簡易に留めつつ、現象のためには手段を選ばない、洒脱で紳士で大人な、しかし極めてずるい人・作品というイメージだった。
 しかし今回は、いささか偏屈な印象を受ける。

 というのも本書では、ともすれば『現象』よりも手法上の『縛り』に重点が置かれているきらいがあるのだ。
 セルフワーク縛り。それもクリンプやフォールス・カットはおろか、ダブルアンダー・カットまでも排した純然たるセルフワーク。いかなBannon先生でも流石にちょっとつらいと言うか、目新しさや現象のバリエーションは、他の著作にくらべて見劣りする。
 個人的には「セミオートマティック」くらいが不思議さ的にも現象の自由度的にも好きなのだが「そういう作品は既にたくさんあるから、あえて私がやる必要もなかろう。Steve Beamの本でも買いなさい」との事。はい。Bannonの才能はそういう分野でこそ強いと思っていたのでいささか残念だ。「それに縛りがきつい方がたのしいだろ?」はい。そうかもしれません。

 しかし、やはり、そこはBannonである。
 クロス・カット・フォースやカット・ディーパーの使用は多いが、種々の策略が組み合わさって非常に不思議な仕上がりのものも多い。手法制限による閉塞感はどうしてもあるが、見せ方などにも工夫が凝らされている。


 またBannonはあまり理論だけを書く事をしない人だが、はしばしの文章と、作品の構成それ自体によって非常に多くの事が示されいてる。

 たとえばセルフ・ワークというと、かならず『意味のない動作』『作業感のある操作』という大きな問題にぶち当たる。それについてBannonはどう思っているのか、どう解決するのだろうか、といった興味が、本書を手に取った動機のひとつでもあった。見て見ぬふりをしてカウント手品を量産する作者も多いが、Bannonに限ってそんな事はあるまい。
 で、これについての氏の見解なのだが――これが非常にドライで大人な意見で、ある種、開き直りに近いものだった。ただし、それに準拠したBannonの手順を読むと、確かにこの手法はひとつの成功を見ている。
 セルフワーキングで往々にして感ずるような――もっと言えばマジック全般で感ずるような――嫌らしさ、そらぞらしさはかなり薄い。

 また後書きでは『なぜマジックをするのか?』、『マジックが提供すべきは不思議(Wonder)なのか? それとも不可能(Puzzle)なのか?』というありふれた――しかし重要な――問いにも答えているのだが、これも一見の価値有りと思う。
 魔法使いの仮面をかぶれず、生活人であり、ただの趣味人であり、そして大人の人間である『私』は、どう手品を演じるのか。手品界隈においてこれ以上はないアマチュアで、マニアで、大人の、Bannonの考えが示されている。



 作品についても少し触れておこう。

 観客が心の中で決めたカードが、演者のポケットに偶々はいっていた小銭の総額と同じ枚数目から出てくる"The Thirty-Second Sense"。Dear Mr. Fantasy(邦訳あり)でもひときわ光輝を放っていたある手法を用いるのだが、やはり凄い。

 観客がカットした場所から、演者があらかじめ予言していたカードが出てくる。古典的な技法だが、ちょっとしたひねりと、捻れた手順校正でうまくそれを隠匿している"Leverage"。

 退屈になりがちな某・数理原理を、演出でカバーした"Sort of Psychic"。『演出でカバー』というと、適当なお話をつけるとかそういうイメージになってしまうが、そんな単純なものではない*。

 はやくもクラシックになった感のあるDeddy Corbuzierの売りネタFree Will。これをカードで行うのだが、カードであるが故に、あるぎこちない箇所が美しく解決される。"Free Willy"。

 Bannon流のMindreader's Dream、"AK-47"。

 このあたりが特に印象に残っている。なおBannon氏のサイトで各現象を簡単に紹介しているが、かなりの省略があるので真に受けるとちょっとがっかりするかもしれない。

 全体的に手順は長くなりがち。一対一で、ゆっくりと演じられる人向けだと思う。またセルフワークだけどかなり難しいという気はします。特に"AK-47"は、かなりアドリブ能力が求められる。

 というわけで、やや人を選ぶがたいへん面白かった。これまでの本は手法・手順が抜群に面白かったわけだけれど、今回はどちらかというとBannonの主義に触れられて、それがよかった。
 でも、やはり「セミオートマティック」集が見たかったなあ。


*演出について少し書いておくと、多くの『いわゆる演出』は結局の所ただのお話であり、観客は聞いているだけになりがちだ。意味は付与されるかもしれないが、直接的な面白さには寄与しない。しかも往々にして冗長である。現在のBannonは、意味づけやお話作りにはあまり積極的ではないが、しかし"The Thirty-Second Sense"や"Leverage"などを読めば分かるとおり、手順全体を通して観客の『体験』はとても起伏に富んでいる。

2015年5月18日月曜日

"OiATER" Tom Dobrowolski & Jeremiah Zhang




OiATER (Tom Dobrowolski & Jeremiah Zhang, )



各氏絶賛、Tom Dobrowolskiによる多段Oil and Water手順。
3×3→2×2→2×2→1×1(ギャグ)→フルデックor Out of this Worldという構成。

あまり詳しくないのですが、繰り返しつつ枚数を減らしていく(増やしていく)O&Wって、これが初めてだったりするのでしょうか? でないにしても、かなり早い作例だったりするかな。だとしたら、各氏の絶賛っぷりにも頷けます。
カウントを用いず、クリーンにディスプレイされるよう構築されており、そこもモダン。またFull Deck Oil And Waterに使われる技法は、さらっと書いてありますが非常に強力なもの。

ただ……、今読んでおもしろいかというと、正直ちょっと微妙ではあります。

だってほら、我々、水漏れ油漏れに親しんでいますし。



本書の手順、主体が2×2というのがひっかかる。どうしても釈然としないものを感じます。また減らしてからフルデック現象へのつなぎ方もぎこちなく、洗練されておりません。

先述のFull Deck用の技法も、DaOrtizが(おそらく別個に発案して)Utopiaで解説してたしなあ。

捨てたカードと手元のカードでの分離現象などもあって、あれ、これは水漏れ油漏れの先行例?と思ったりもしましたがだいぶ毛色がちがいました。

それからちょっと解説で損してると思いました。手順原案がTom Dobrowolski、その後のブラッシュ・アップを二人で行い、解説の筆を執るのはJeremiah Zhangの方なんですが、露悪的という程でもありませんが文章がいまいち魅力を伝えられていない気がします。



徐々に減らす構成、そしてカウントではなくディスプレイを用いるクリアな現象、というとどうしても水漏れ油漏れと比べてしまい、しかもそれが非常に出来がよいので、本冊子についてはううん、今ひとつ。

ただ、おまえそれは絶対無理だろう系技法や、先述した捨てカードとの間のOWなど、実験的な要素が結構あり、刺激的でした。

O&W史の中では重要な冊子やもしれず、その辺は一度、識者の方の話を伺ってみたい所ではあります。

2015年5月1日金曜日

"Put Your Hands Up" Yoann Fontyn






Put Your Hands Up (Yoann Fontyn, 2011)


 スタイリッシュで華麗なハンドリングとモダンな構成で知られるフランスのカード・マジシャン、Yoann Fontynのレクチャーノート。

 面白かった。面白くはあったが、ほとんど何も覚えていない。


 技法5つと手順7つを解説しているのだが、解説がハンドリングの説明に留まっており、動画でみれば十分の内容。やはり動作の意味づけであるとか構成の動機であるとか、つまるところ"何を見せたいのか"が書かれてないと、あんまり文字でやる意味もないですね。

 あとはまあ私の怠慢ではあるんだけど、台詞のない手順(で特に現象が複数起こる、込み入ったもの)って、どう演じて良いものかよくわからないんですよ。

 実際にはYoannも何か喋りながらやってるのかもしれませんが、ならそれは書いて欲しいなあ。
 まあこれは私の最近の好みなので、Yoannに当たるのはちょっと違うかもしれませんが。




 全体として、評判通りのスタイリッシュさ。かなり難しい技法も使います。ただ『見えないように行う』技法ではあまりなく、常に何らかの観客から見える動作、それも『自然な動作』ではない動作に紐付けられているので、難しい系統の中では難しくもない部類かも。
 演出を切り離して見た場合、手順の構築も美しく、その技法と同じくスムーズでダイレクトです。

 演出なんかを気にしなくてよい一発ネタ手順ですと、このあたりが上手く噛み合って非常によいです。手に持った4が一瞬で4枚のAになるNitro Aceなんかは大変好みでした。


 演技動画が付いてきますがご本人はかなり上手いです。ノートについても読みづらいところや説明不足に思う所はありませんでした。

2015年4月1日水曜日

"What Lies Inside" Florian Severin





What Lies Inside (Florian Severin, 2012)


 初めてかもしれません。
 こんなに面白い手品本を読んだのは。


 メンタルに限らずですが、多くの『バリエーション』はどうしようもなく閉ざされています。プロットとメソッドが既に決まっており、その手法や演出に少し手を入れただけ。既存の手続きから逸れることはありません。 しかし当然ながら、その『手続き』は最適な形とは限らないわけで、細部をいかに『怪しくなく』しようとしても、構造的な歪みは手つかずのまま。場合によってはさらにいびつさを増す事になります。
 特にメンタリズムはその傾向が強いように思います。意味も無く数字を足させたり、ぜんぜん筋の通らない選ばせ方をしたり、とりあえず当たりが筋立てがさっぱり分からない予言など。挙げれば切りがない。

 しかしFlorian Severinは全ての手順をよく吟味し、観客にどう受け止められるか、観客がどんな現象をそこに見るかをしっかりと構想した上で、手順を練り直しています。演出も面白く、メンタリストにありがちな重苦しさはありません。金持ちを引っかけるために偽の結婚相談所を開いたり、頭にチャックを貼り付け、観客がそれを開くと、スイッチが切れたようにぐでんと座り込んでしまったり。ほとんどコミックですが、しかしながら、不思議さは全く損なわれていない。
 素晴らしい手腕だと思います。

 また非常な勉強家です。本書は340ppで16章構成ですが、解説されている手順はたったの11。長いものではひとつの手順に30ppほども費やします。さらに参考文献が非常に充実しており、手順によってはそれだけで6ppも続きます。いや、ほんと、ちょっと凄い。有名メンタル本の他、普通のマジック本、名前も知らないアングラなメンタル本、メンタルマジックの雑誌、さらに一般書籍も多く出てきます。
 私がメンタルあまり詳しく無いのをさっ引いても、ここまで持ってない本の話ばかり上がるとアレですね、悔しいですね。面白そうな本が沢山あったので、追いかけたくなりました。


 しかし。
 この本の面白さはそこではありません。

 手順も演出も、理論も考察もすばらしい。けれど一番面白かったのは、そこではない。


 
 文章です。



 例えば?
 うーん例えを上げるのが難しいのですが。

『ここで私は観客に直接、乞うているわけです。私は広告業界出身で、しかも今やメンタリストなのですからね。恥じらいなんてものは、もはやカケラも持ち合わせていないのです』

『私の妻も言っているように、『大きさは大事』なんですよ! HAHAHA! ……さて、それでも、妻はまだ私のことを愛してくれています……フリかもしれませんが』

『ところでこの解説にはヒッチコックの映画タイトルが10個隠されていますが、あなたは幾つ見つける事ができましたか?』

『……そう、彼は新世界の神となったのです』

『これはどんなオタク野郎にも彼女ができる手品です。なにせメンタルマジックの本を読んでくらいですから、あなたのオタク度は計り知れないレベルでしょう。でも大丈夫』

『これは実際に、女友達に手書きしてもらってください。……いや、あなた方のために、ここに私の使っているサンプルを載せておくので、コピーして使ってください。うん、マジックマニアですからね。女友達がひとりも居なくたって、不思議ではないです』

『ひとつめは簡単、ビレット・スイッチです。ふたつめも簡単。演者(わたし)はいつだって、最前列のお姉さんのおっぱいの事を考えているんです。』

『これは本当に素晴らしい、ロマンティック・コメディ映画です。もし大人も子供も一緒に楽しめる映画があるとしたら、まさにこの一本がそれです。さあ、一家で揃って観てください!すばらしい思い出になりますよ!』(参考文献にて、映画『ハードキャンディ』のタイトルを挙げて)

『(女性の観客に、梯子を上ってもらいながら、心の中で)くそっ、なぜスカートの客を選ばなかったんだ俺は』


 さあどうですか! 私の下手な訳では面白さの1割も伝わっている気がしませんが、こんな感じでトチ狂ってたり、いちいち失礼だったりとおもしろおかしい文章なんですよ、全編通して!

 いやあ楽しかったです本当に。手品本を読んでこんなに笑ったのは初めてかもしれません。実に頭おかしい。さっきは触れませんでしたが、観客の頭を掴んで水を張ったボウルにぶち込んだり、婦警をつけねらって盗撮したり、演出もわりとかなり頭おかしいです。いや面白いし、何度も言いますが、この強烈な演出に負けず、反発することも無く、現象はしっかりと不思議なんですけれども。


 さて、話を戻しまして。
 どれもステージで演じられる事を前提とした、しっかりとしたパフォーマンス・ピースで、素人が演じられる機会はちょっと、かなり、少なめです。また現象の起因を『心理的な操作』においています(といっても実際に『サイコロジカルな手法』に依存した手順はありませんが)。一方、Greg Wilsonの某技法を使ったりと、割とテクニカルなものもあります。演出もアレですし、演じられる人は少なそう。

 一方で、単純に手順としての構成や、その狙い・考察が素晴らしく、読むだけでも(手品的にも)面白いでしょう。またPre-Show Workについて、かなりのページを割いて詳細な解説と考察がなされています。Pre-Showに興味がある方であれば、これだけでも読む価値があると思います。

 うん、素晴らしい本でした。面白かった。



 もともとは13 Steps to Vandalism(2004)というタイトルでドイツで出た本の、英訳+増補版ということのようです。 こちらは探しても書影すら出てこなくて……、私の検索能力が低いだけかな。どなたかご存じの方はおられませんか?

2015年3月22日日曜日

"Card Men" Dan and Dave






Card Men (Dan and Dave Buck, Ricky Smith, 201)



 Buck双子によるカード冊子。



 なぜか執筆はRicky Smith。そしてそれ以上に不思議なのが、なぜこれを出版したのかという事。いやだってDVDでよかったでしょう。むしろその方が良かったでしょう。

 まず、彼らの技法と来たら、やたらに難しくコツがいる。こういう事を言うのは私の怠慢ではあるんだれども、意図している鮮やかさのレベルがあるのなら、それは提示してくれたほうが話が早いよなあ。それから彼らの既存技法を随所で使うのだけれど、これが解説なしの事がままある。一応写真があったり、まあyoutubeで探せば出てもくるだろうけど、やっぱりDVDの方が良かったんじゃないですか?

 動画で見れば演技2秒、解説10秒~1分で終わるようなちょっとしたフラリッシュには、明文化すべき要素もないと思うし、あと視覚的な錯覚に大きく依存した手順もあり、これもやはりDVDとかのほうが良いと思うし、というか実際、先日動画DL商品で出してたし。やはりなぜ本にしたのだ。ファッションか。

 まあファッションならそれはそれで良いんです、例のごとく物品としては非常に美しく仕上がっていています。その辺は流石です。


 内容についてはカードオンリー。技法、ちょっとしたフラリッシュ、クイックな手順。60ppで、基本的には小ネタ集です。ふたつの点から、ぼくは余り好きになれませんでした。

 ひとつは基本姿勢として、完全な技術アピール志向なのですよね。それも手品的な要素をすら技術アピールに寄与させるというもので。一例としてあげられているのが、Triumphでシャッフルが終わった後、Sybil Cutをしてからディスプレイをするというもの。表裏を素早くかっこよく選り分けた、という演出ですね(実際に収録されているTriumph手順ではこういう事はやっていないのですが)。

 もうひとつは技法に対する過信というか、Hank Miller Shuffleをトライアンフに使うんですよね。いやーいくらあなた方が上手いとはいっても、それはちょっと厳しくないですか。特にそれをトライアンフで使うのはどうなんだろう。僕は無理だと思います。少なくとも所謂Triumphとは別の現象というか表現になると思う。でもそこに関しての言及もないし。


というわけであんまり面白くなかったです。DVDか動画ダウンロードで出せば良かったんじゃないかな。

2015年2月10日火曜日

"One Degree" John Guastaferro








One Degree (John Guastaferro, 2010)





Brain Storm DVDでデビューした後も、精力的に創作・執筆活動を続けているJohn Guastaferro。今の時代に文書ベースでの活動がメインというのも珍しいですが、その初めてのまとまった作品集(※これまではレクチャーノートが主だった)。といっても140 ppでトリックも20くらいかな、というまあ比較的薄手の物です。

Brain Stormを見た時の感想は、古典トリックを複合するのがやたら上手い、でもちょっと長手順であるなあ、という感じ。あとあまり個性はないかなと。

それ以来、Guastaferroのイメージは更新が止まっていたのですが、今回久々に手を出してみました。


かつては古典の組み合わせだったところ、用いるパーツがより細かく咀嚼されているというか、新奇な手法や現象ではないながら、巧みな構築によってオリジナルな手順になっているように感じました。難易度はほどよく、また本業が広告屋という事もあってか演出も多彩で面白かったです。極めて実用的。
本書のタイトルでもあるOne-Degreeとは、『ほんのちょっとした差ながら絶大な違いを生む』ような改善のことで、確かに全体的に練度が高く、ささやかな工夫が光ります。追加のアイディアなんかは、結構とんちんかんに思う所もあったりはするのですが。

ただPalm Reader PlusやIntro-vertedに顕著ですが、現象がテンポよく起こる、ある現象が次の現象のセットアップになっている、という点で非常に優れている反面、現象がいささか簡単に起こりすぎるような気もします。少なくとも私は、しっかりと『ある現象』を見せる手品が好きなので、このあたりは本質的に相容れない感じがしました。

演出についても、現象が持ちうるインパクトを削いでいるきらいがあります。とはいえここは好みの問題でありますし、『観客を死なすほど不思議を突き詰めたい』という人ではなく、『みんなをマジックで楽しませたい』というタイプの方なのでしょう。そちらの方が健全ではあります。

そんな訳で根本的なベクトルに違いがあるようなのですが、それでも要所要所の工夫はたいへん面白く、またなんというか、ちくしょう認めざるを得ないぜ、みたいな作品も数作ありました。

SoloはOpen Travellers/Invisible Palmなのですが、ガフ・カードを使用する事を除けばほとんど完璧と言ってよいんじゃないかしら、という手順。一般的な手順では不可能なある"場面"が挟まれるのですが、これがまたほとんど不意打ちというかだまし討ちに近い感じでして、上手くするとマニアも殺れると思います。実際、生で見たらへんな声を上げてしまいそうだなと思いました。
ネタバレするともったいないので曖昧な言い方ですが、いやこれは凄いですよ。

Behind-the-Back Triumphはこれも非常によい、観客自身の手によって行われるTriumph手順。ただこの良さはおそらく映像だと完全にダメになってしまうと思うんですね。使ってる技法やなんかが簡単に追えてしまうから。だから文章の形で触れる事ができて本当に良かったと思います。
あまり合理性のない手続きというか技法というかを使うんですが、それが合わせ技によって互いの弱点を薄めており良い感じ。何より現象の演出が魅力的です。
この手順で用いられる演出手法についてはエッセイがひとつ設けられており、そこでも詳しく語られています。これを含めてですが、エッセイはどれもおおむね良い事を言っています。

あともう一個好きな手順がありますが、省きます。あんまり書きすぎても何ですし。


そんなわけで基本的には次々とテンポ良く起こる現象やしゃべりの面白さが全面に出てくるマジックですが、真にいやらしい手順もいくつかあり、どなたが読んで損無しと思います。原書は$50とページ数の割にややお高いんですが、上述のトリックだけでも十二分に価値があると思いました。


しかし表紙のタイトルデザイン、「One°Degree」って書いちゃうとワンデグリーデグリーじゃないですかね。



……あと、近く東京堂から日本語版が出るとか出ないとか。

2015年1月18日日曜日

まだ出ないんですか? あるいはいつまで経っても来ないものについて。




相済みません。




あ、明けましておめでとうございます。

更新履歴を見かえしてみますと、まあ年々、読む本が減っておりますね。
買う数はあんまり減ってないのにね。不思議だ。

しかしその一方で、今年は翻訳などというものに手を染めてみた次第。
まあその前にも1冊ありましたがあれは怒られて沙汰止みになったので、最後まで行けそうなのは今回が初でございます。



それでいつ出るのという話ですが、いやもうほんとあと少しで出ます。

まあマジック業界で言いますとGuy HollingworthがVHSのDVD化をComing soonと告知してから8年近く出なかったであるとか†、特装版$300予約完売!出版直前!通常版$150がいまなら予約特典で$100!と告知してかなりの金額を集めたと思しいMiracle FactoryのMartin Gardner's Impromptuがこっちはまた9年くらい出ていなかったりとか‡、ほんと色々あるわけですが、当方のあと少しは本当にあと少しです。

ほんとです。


いや実際、私の手を離れてもう印刷屋さんが作業中ですし、月末までには届いて、販売体制を築けるんじゃないですかね。うん。

どれくらいの方がここを見ておられるのか、Bloggerの解析ツールがしょぼいせいで僕は余りよく分かっていないのですが、どうか発売の折にはよろしくお願いいたします。



いつまでも来ないと言えば、手品の洋書って言うとまあ当然ですが海外に発注することになるわけで、わたしあまり、というか全然英語ができないものですから、最初の頃はそれはまー緊張したものです。

最近は自動化されたフォームの大手ショップが沢山あるので、大体のものはクリックだけで買えますし、surface便も見かけなくなってまあ遅くても2週間で届きます。日本のショップもたまに仕入れていたりして、そうすると大量仕入れのせいですか分かりませんが国内から買った方が安かったりするのでこれも便利です。

しかし特殊な本や古い本、あとページには上がっていないけど実はちょっと在庫がある、という場合もあったりしてそういうときは直にメールして色々尋ねて振り込んで、としなくてはならないわけです。まあ今は、これもおよそPaypalで済むので楽ですが。


そうして注文した本の中には未だに届いていない物があります。


ひとつはスペインの某ショップで買おうとした本で、なんかすったもんだあってお金だけ払って品物は発送すらされなかったような感じになりました。

もうひとつはまず郵便為替でお金を送って、と言われたので送ったところ「これ処理できないみたい」とだけ言われておしまいになったやつ。


ついでにいま正に3度目の事案に突入しそうでして、送ったよと言われてから一ヶ月、まだモノが届いていません。不安だ。



注文フォームでは国際発送を扱っていないショップでも、メールで聞いたら「大丈夫送れるよー」と言ってくれることは結構あって、非常に助かるんですが、同じだけ事故率も高いように思います。あとあれだ、スペイン。


ただそういう形式でさらにスペインであっても、いい思いをしたこともあって、「2巻組の本だけど1巻しか在庫が無い」と言われて「残念だー残念だー」と返したところ、2巻のゼロックス・コピーをおまけしてくれた事があります。
版元によるコピーなのでまあセーフでしょう。しかも只だったし。

すっげー信じられないオファーだよサンキューとか片言の英語で書いたっけなあ。


ちょっとだけスペイン株が持ち直したところでこのへんで。




† 正確な年数はちょっと忘れました。この間、やっとDan and Daveの所から出まして、見ましたがこれがまー素晴らしかったです。

‡ 楽しみにしてるんですがねぇ。なお何となく予約しなかったのですが大正解でした。