2020年1月28日火曜日

"Second Thoughts" Ramón Riobóo


Second Thoughts(Ramón Riobóo, 2020)


Ramón Riobóoの二冊目の作品集Más Magia Pensadaの英訳です。前回に輪をかけてひどい本です。いちおう書いておきますが訳す予定もありません。












いや、すごい本なんです。それは間違いありません。でも正直なところ、この本を勧めていいのだろうかという迷いがあります。前作Thinking the Impossibleも、不可能性の高い、マジシャン殺しの手順を多数とりそろえていましたが、そのだましにはどこか愛嬌のようなものがありました。たとえば有名な数理手順をたどりつつ、なぜか一段階以上早い段階で現象が成立してしまうとか、儀式めいたスペリングがあるとか、そういうところです。演出があり、手法の『気配』があり、これはマジックであるという了解がありました。

しかし本書の手順はもっと容赦がない。演出もなく、手続きも雑駁で、それでいてカードが当たる。前作と比べると、観客の自由度をさらに増やし、それを演者の負担で補っているという感じです。乱雑さの演出や観客の記憶の操作、忘却の誘導、それから複数の可能性に対する即興などがより強力に導入され、読んでいて「ここまでやるのか」と怖くなるくらい。

いや本当に、手品本を読んで怖かったのは初めてです。

もちろんそれがすべてではなく、前作のような、あるいはさらにそれをレベルアップさせたような、原理と演出で強力に組み上げられた手順もあります。特にSemi Automatic Card Magicでも発表され、AragonのACAANにも援用された(らしい)"The Roulette Deck"、そしてBlack-Hole Principleという非常に巧妙な原理を用いたカード当て"I Always Miss, So Never Miss"です。これらは解説を読んで言葉を失うほど素晴らしかった。

他には、ややこしい現象に演出がおもしろくハマった小品"Nuclear Weapons"や、デュプリケートを使ったサンドイッチで可能な限り『不可能感』を高めようと試みている"Black Widow"あたりが、私にも手の届く感じで気に入っております。

ついでに技法とDVDのことにも触れておきます。本書には技法を使った手順がいくつかあります。スペイン語版にはDVDが付いていて実演が見られたのですが、これは英語版には付いていません。ただ、正直なところあんまり成立しているようには見えませんでした。Riobooは生でこそ成立するタイプの演者ではあるので、実際に見たら手ひどく騙されるのかもしれず、そうなると英語版にDVDがついてないのはむしろプラスかもしれないのですが……。まあいずれにせよ、技法を直接的に使う手順は少ないので、大きな欠点ではありません。

すごい本です。しかし前作と違って、演じたくなる手順はあまりありませんでした。いや、私の手に余るというか、ちゃんと理解しきれていないと言った方がいいのかもしれません。訳す予定はないと最初に言いましたけれども、ちょっとだけ気持ちが揺らいでいます。この衝撃をちゃんと消化するためにも、訳すかどうかはともかく、もういちど精読した方がいいかもしれません。

Thinking The Impossibleの続編ですが、単なる追加の作品集ではなく、明確なステップアップです。購入される際は十分に注意してください。

2020年1月18日土曜日

"Totally Free Will" Mark Chandaue



Totally Free Will (Mark Chandaue, 2019)


Free Willの『究極』を求めるという小ぶりのハードカバー。その試みは確かに達成されていると言えなくもないが、一方であんまりにも夢が無い。

Deddy CorbuzierのFree Willは一世を風靡したエフェクトで、私もたいへん気に入って、一時期よく演じていた。現象はこうだ。3つのオブジェクトがあり、観客が自由にその配置を決め、しかしそれが予言されている。これはエキヴォクと、ある古典的な原理、そしてFree Will Principleとして知られるようになる原理(実際にはこの手順より前からあるが)が奇跡的にかみ合って達成されている。それぞれの原理は単体では弱いのだが、合わさることで不思議な魅力が生まれている。ただ正直に言えば、観客に対する現象の強力さというよりも、演じる側の楽しさ、仕掛けとしての気持ちよさの側面が強かった。だからこそ多くのマジシャンが魅了され、演じ、バリエーションを考えたのであろう。

……であるから、本書の冒頭で著者が『XX原理のあいまいさが気に入らなかった(伏字引用者)』と言ったときに嫌な予感を覚えた。そしてそれは的中した。

なるほどたしかにFree Willは弱いし、特にXXは弱い。そしてコストを度外視した力技を用いれば、その『弱さ』は克服できるだろう。ただ元の手順にあった、弱い原理の奇跡的な組み合わせとしての魅力はまったく無くなってしまう。Effect is Everythingの考えからいえば著者は正しいともいえるのだが、それでも、ある原理についてまわる『あいまいさ』を消すために力技を導入するのはあんまりにも夢が無い。というわけで、私にとって著者の方向性はあまり楽しめるものではなかった。それに結局のところ、一番うたがわれる箇所にタネシカケを持ち込むことになるので、本当に手順としてよくなっているかにも疑問がある。

ところで本書の約半分は寄稿であり、著者の方向性が合わなかった私はここに救われた。Free Willの原案がある意味で『瑕疵』だらけなので、それを改善せんと試みる各人のアプローチもそれぞれ異なっており面白い。特に(既読ではあったが)元の原理のひとつを別のフレキシブルな原理に置き換えたDrew Backenstossの手順、またFree Willを電話越しに演じられるようになるMichael Murrayのアイディアがとびきり刺激的だった。Murrayのは例によって確実性が不安のある原理で、別言語への適応も難しそうだが、それでもFree Willを電話越しに演じられるのは面白い。

著者の『聖杯』は、私にとっては承服しがたいものではあるが、たしかにひとつ突き詰めたかたちではあろう。さらに色々なバリエーションも紹介され、総体としては面白い本ではある。