2016年12月31日土曜日

"The Aretalogy of Vanni Bossi" Stephen Minch




The Aretalogy of Vanni Bossi (Stephen Minch, 2016)


Hermetic Pressの新刊、イタリアのアマチュアVanni Bossiの作品集。
装幀は昨今まれに見るほど気合いが入っていながら、詰めが甘く、ちょっと残念なのですが、内容は独特で非常に充実しています。


まず装幀の話。Hermeticはこれまでも、背が布、表紙が紙という装幀をたびたび使っていましたが、今回は背が革、表紙が布という古書めいた半革装です。すげえ! かっこいい! おまけに背バンドまで! 腹は敢えて紙を整えず、閉じたままの段差が付いています。こんなん初めて見ましたよ。
本文のレイアウトも古書を意識したのか独特(ついでに文体も凝っていて少々読みにくいです)。

本文中にちりばめられたアイコンは、Giochi di carte bellissimi di regola, e di memoriaという本から来ているそう。これは1593年のHoratio Galassoによる極めて古いメモライズド・デックの本で、Vanni Bossiはこの本を見出し、研究成果をGibecièreに寄稿したりもしたそうです。


……と、すごい装幀なんですが、気合い入ってる分、ちょっとした残念箇所が手痛い。
表紙タイトルと本文中の図がなぜかカラー刷りになっていて、よく見ると印刷のドットが見えてしまい、安っぽい。単色刷りにすればよかったのに……。もったいない。ほんとにもったいない。

それから背バンドも、詳しくはないのですが、本来の用途は補強なので、均等か上下対称に配置されるべきなのでは……?

というわけで、近年まれに見る豪華装幀なのですが詰めが甘くもったいないです。しかし今後も凝った本を作ってくれるでしょうし非常に楽しみ。


内容の話。
作品は主にクロースアップ・マジック。カードとコインが主ですが、他の素材と組み合わせた作品が多いです。カードでは、カードインフレーム、カード・イン・リングボックスや、ビニール袋に包んだ状態でのチェンジ、折りたたんだカードの変化など。観客が後ろ手に保持している指輪の中に選んだカードが移動するといったぶっ飛んだものもあります。
このパートで一番面白かったのはStraight Up with a Twistというライジングで、カードが半分程せり上がった後、その状態でくるりと半回転します。現象はもちろんのこと、仕掛けやその処理まで含めて非常に面白い。

他、技法ではカードを折る手法がふたつ載っており、どちらも面白いです。スチールやダブルカードハンドリングも独特で気になるのですが、これらは実用例がなく少し物足りない。

コインも、コインボックスやコインフォールドなど、他素材との組み合わせたものがやはり光ります。最後にボックスから水が出てくるのはフーマンチュー・ボックスだったかと思いますが、Vanniの手順ではボックスに入れた水が掌を貫通して出てきます。コインフォールドも、紙を観客が折るというもので、にもかかわらずコインが消せます。どちらも天才的な発想。一番感服したのはHigh Strung and Laplessで、技法もギミックも駆使して完璧なカンガルーコインをつくろうとした逸品。


ただ、読んでいると微妙なものたりなさもあります。こんなものを考える人なら、もっと他にも弾があるだろうという感じ。
Vanniの本職はクラフトマンだそうで、本来は凝った仕掛けを使った手順が多いのだそうです。ただ今回の編集方針として、自作困難なギミックや時代遅れになった素材を使う作品は省いたそうで。例えば火を付けたロウソクで行うChink-a-Flameや、電球の中に移動する指輪などは、タイトルが言及されているだけです。もっとそういうのを読みたかった。

しかしそれは、逆に言うとまだまだ弾が残っているという事でしょう。最後に2作品だけ、おまけとしてだと思うのですが、実に手段を選ばないトンデモ手順が載っていて最高です。


他の素材と組み合わせた手順ばかりなので、カード単体、コイン単体でのスライトや原理が好きな人にはあまり響かないかもしれませんが、イラストだけで笑ってしまうようなぶっとんだアイディアが多く、非常に刺激的です。もっとぶっとんだ続刊も期待。

2016年12月29日木曜日

”Food for Thought” Ted Karmilovich





Food for Thought (Ted Karmilovich, 2011)




名前は耳にしていて、特に巧妙な仕掛けで評判が高いのだけれど、触れる機会がほとんどなかったメンタリストTed Karmilovichのレクチャーノート。仕掛けが完全に言語依存してそうなので買ってはないのですが、あのMother of All Book Testの考案者です。

このレクチャーノートでは氏のペット・トリック4作品を解説。


My Red / Black Test:Out of This Worldだが、観客が配るのではなく演者が判別していく形なので、厳密にはタイトルの通り『色当て』現象です。借りたデックで、観客が混ぜて、さらにガイドカードのスイッチなど不要で行えます。前段として同じ事を一度やらなきゃいけないのだけ冗長ですが、少人数相手なら問題なく場を持たせることができるでしょう。

The Dime and Penny:演者が持っているコインの種類を観客達が当てようとする。演者はその結果を予言している。仕掛けは単純ですが現象の焦点を変える事で、うまく隠匿しています。

Sensations:観客が直観によって事故現場の写真を当てる。すこし変わったアウトで、説得力がやや弱いように思うが、直接的でないので露見もしにくいか。

Murder, He Wrote:昔、パーティの余興で探偵ゲームというのが流行ったんですって。それを材に取った手順。観客の中から被害者と犯人が決められ、演者がそれを当てる。
演出が面白くて、演者が部屋の外に出ている間に、実際に犯行現場を演じて貰う。


手法は極めてシンプルで最小限、現象はすっきり、そして演出がしっかり、といった端正な作品群で、見る人にストレスがかからなさそうです。解決方法それ自体の派手さ/面白さは物足りないですが、焦点のずらし方が非常にうまい。現象の見た目にほとんど瑕疵がなく見事でした。

できればこの人の、手の込んだ作品も読んでみたい。


※最近Penguin Liveに出ておられました。演技は未試聴。

”You and Me and the Devli Makes Three, Volume 1” John Wilson




You and Me and the Devli Makes Three, Volume 1 (John Wilson, 2016)


手順3つとエッセイ3つ。

30ppで6作品なのでけっこう詳細な解説なのかと思いますが、ここの出版社(Dark Art Press)が出す本は紙面に対する文字の割合が少なめで、また改ページや空白ページも結構あったりで、情報量はそこまで多くありません。さくっと読めます。



※Dark Art Pressの典型的な紙面。1行10語くらい。


自身の手品歴を語ったエッセイThe Path of Broken Heartの中で、Derren BrownのAbsolute Magicから大きな影響を受けたと書いており、手順の演出もそんな感じです。このスタイルを指し示すいい語がないのですが、言うなら『真に迫った』手品です。

収録されている3つの手順に、新奇性や技術的な工夫は特にありません。ただ演出というか、演じる際の『シリアスさ』だけが、この人の加えたものです。最近のBenjamin Earlの冊子に似ていると言えば伝わるでしょうか。またひとつはマジックではないので、手順は実質2つです。


・The Parabola
観客が自由にカードを口にする。観客自身が、見事その場所でデックをカットしてしまう。
重大な省略がありますが、おおむねこの通りの現象が起こります。この本の中では唯一手品らしい手品で、特に代数にまつわる導入は(別の所で読んだ気もしますが)とても面白かったです。

しかし「最後に代数をやったのはいつ?放物線の式を出したら解ける?」という演者の問いに、観客が「無理だわ」と答える流れ……。いやそんなものかもしれませんが、手品の前振りで「誤り訂正符号ってのがあって、これこれの理屈で~」と言ったら「シャノンね。君の説明はちょっと間違ってるけど。ああいや、続けて?」とか言われて死にたくなった事のある私としては、この演出を使うにしても、もう少し気をつけて言葉を選びたいと思います。


・Euler and Water
めちゃくちゃOil and Waterっぽい響きですが、関係なくて、五乗根を一瞬で導き出す暗算デモンストレーションです。面白いのですが、手法的にも演出的にも、手品というよりスタントです。


・The Hypnotic Coin Bend
コイン・ベンディング。未見ですが、Benjamin EarlのSkin DVDからの引用が多く、手法やサトルティはほぼそこから来ているようです。手法的にはまったく一切面白くありません。それで演出ですが、Wilsonはこれをある種のセラピーのように演じます。現象描写のパートでは、観客の目に涙がにじむ様子を描いています。

しかし私は、マジックにこういった類の説得力はいらないし、むしろ避けるべきだと(少なくとも今は)思っています。Wilsonは、マジックの持つポテンシャルを全て引き出すのなら、リアルで意味のある事をすべきだし、それを人のために使うべきだ、と言いますが、これは非常に危うい考えで、心霊手術まであと一歩の所にあります。
(それに多くの場合、このアプローチは単純に滑稽な結果に終わると思います。それこそDerren Brownでもない限り)

読み物としては面白かったのですが、いまの私には特に役には立ちませんでした。多くのアマチュアにとってもそうだと思います。しかし色々考えをまとめる切っ掛けにはなりました。バンドルで買ったので2も手元にあり、近く読みます。