2024年3月30日土曜日

“Magical Adventures and Fairy Tales” Punx

Magical Adventures and Fairy Tales (Punx, 1977, 1988, 2000, 2013)


みなさまご存知、かのPunxの本です!
え、知らない? まさかそんな。
ほんとに?

いや、そうかもしれない。なんかすみません。出直します。


Punx三部作の一冊目、表紙が超かっこいいです。一昔前のドイツ手品界では有名人だったらしく、たとえばTed LesleyのParamiraclesでも大きく写真が掲載されていて、私も名前だけは知ってました(いま読み直したら、Lesleyは「Punxは我々の時代のHofzinserだ」とまで言っています)。一方でトリックのクレジットで名前を見た記憶は無く、どんな人なんだろうと思ってe-bookを買いました。正確に言うと、10年くらい前にウィッシュリストに入れて、6年前くらいに購入して、先日やっと読みました。
どういう人かというと、パフォーマーとして有名で、特にTVで活躍していたようです。特徴的なのはそのスタイル。手順や技法の新奇性は無いが、とにかく物語仕立てで演じるのがすごい、とのことで、トリックのクレジットで出てこないのも宜なるかな。
そのスタイルについては翻訳時点の前書き(1988)で既に「マジック的に新しいところはごくわずかしか無い」と言われてるのですが、e-book版の前書き(2013)ともなると「演出はそのまま通用すると著者は言っていて、当時はそれに同意したものの、ここ十数年で状況は変わってしまった。現代の子供の注意持続力に、古いお伽話はもう通用しない。50年前とは時代が違うのだ」とまで言われる始末。
こう書かれると、まあ大抵の人は読む気にならんでしょう。けれども、この人はドイツのTVスターなんですよ。それもTVが今よりはるかに力を持ち、その国の文化に影響を与えていた頃の。タマリッツが、ダグ・ヘニングやカッパーフィールドが、それぞれの国の手品文化に及ぼした有形無形の影響は計り知れないでしょう。であるならばPunxの手品も、きっと現代ドイツ手品の底に流れているのです。ハートリングやフロリアンの手品を理解するのに、Punxを読むのは必須と言っても過言ではないでしょう。

というのはまあ、後から組み立てた理屈ではあるんですが、読んでみると結構面白かったですし、実際の事実関係はともかく、ドイツ手品にPunxの影があるような気はしてきます。なにより「物語仕立て」の程度が、私の想定をはるかに上回っていました。
たとえば――昔々、貧乏だが満ち足りて幸福な羊飼いの少年がいた。しかしあるとき、貴族が近くを通りかかって、それを見た彼は贅を知ってしまい、己を不幸と思うようになる。「なぜ僕は貧乏で、きれいなお嫁さんも居ないんだ」。ある夜、夢の中に妖精が現れ、望みを1つだけ叶えてあげようと申し出る――これが4 Ace Assemblyの演出なんですよ。手品に物語仕立ての演出を加えている、という範疇をすっかり超えて、物語の中で手品をしている。時代が古いのもあって、訓話的な童話が多く、他にも妖精が王様に不可視の衣を与えたが、後妻の女王がならずものを雇ってそれを奪おうとする、といういかにもな童話を、ほんとに小さな人形を使って演じるものまであります。
古い本ですが、著者の狙いがしっかり書かれているのもよい。Punxは演出にも道具にもこだわりますが、それは物語の力によって観客から手品の裏側に対する疑いを取り除き、もって手品をアートとして成立させるためなのだそうです。手順や道具の解説はかなりおざなりで、これだけ読んでわかるものではないですが、物語手品の意図から、その構築の仕方、練習の仕方まで解説されているので、一冊読んでみるのはいいのではないでしょうか。個人的にはとても楽しかったです。


ちなみに書誌の補足ですが、ドイツ語版Setzt Euch zu meinen Füßen...が1977年、英訳版Magical Adventures and Fairy Talesが1988年、その第二版がOnce Upon a Time…とタイトルを変えて2000年、そしてLybraryからでた電子版が2013年です。奥付けと実際の刊行とで一年ぐらいズレはあるかもですがそこは許して。

2024年2月26日月曜日

"A Florin Spun" Hector Chadwick

A Florin Spun (Hector Chadwick, 2023)


Hector Chadwickの新刊が出ました!

ここまでの情報で既に『買い』確定なので、あとは何を書こうが贅言でしょうが、いちおう付記しておくと装丁も梱包も最高にかっこいいです。買いです。

おわり。



まあその、Chadwickは作家で、本書もそういった性格が非常に強く、あんまり書くと読む楽しみを奪ってしまう。内容の大枠だけ書いておくと、コイントスのコントロールのみを扱った150ページの小ぶりなハードカバーです。大きく3部構成になっており、技法40%、用途30%、歴史20%くらいの配分。

読みものとして非常に面白いし、手法の解説も詳細で実用的です。『用途』のセクションがあるもののトリックの解説はないので、そこだけは注意。でもいい本なので買いましょう。










以下は備忘録。








前書きで非常に興味深い問が提示されており、曰く「コイントス・コントロールはほぼ完璧な技法であるのに、なぜ広く使われていないのか?」。それを受けて、「本書では技法だけではなく、そもそも何故コイントスの結果をコントロールしたいのかも探っていく」と続きます。しびれますね。

前半は技法の解説。人によっては知ってる内容かも知れませんが、周辺技法まで含めて、Chadwick一流の文章と視点で詳しく解説されます。そして後半は、これこそ作家である著者の本領発揮。詳細は控えますが、マジックの場でコイントスが使われる3つの『場面』が描かれます。繰り返しになりますが、手順の解説はないのでそこは注意。

原理や手法から、この行為のそもそもの意味、そしてクレジットまで、ひとつのテーマの探求を一冊に収めた素晴らしい本です。Héctor ManchaのThe Wonderous World of Pickpocketingとも近いですね。これを読んだら、あなたのテジナ人生にもコイントスという選択肢が入ってくること間違いありません。

2024年1月31日水曜日

"Letters From Juan Volume 1-6" Juan Tamariz

Letters From Juan Volume 1-6 (Juan Tamariz, 2023)


タマリッツが秘蔵トリックを公開するノートが全6巻で完結しました。1巻のレビューで「トリックはイマイチだが、細部からタマリッツらしさが読み取れるいいノートだ」的なことを書いており、それは偽らざる本心だったが、白状すると良いところ探しの面もあった。やっぱり私も『秘蔵トリック』のうたい文句に期待して買った身ではあったのでね。そしてシリーズが完結したわけですが、終わってみると本当にいいシリーズだった。思うところが色々あって、うまく纏められるか分からないが書いていこう。


まず肝心のトリックの質だが、正直なところを言うと、出来はマチマチだ。おまけにどれも極めてタマリッツ的で、そのまま借用するのは難しかろう。誰にでも使えて、誰でも騙せる『聖杯』は無い。しかし自分の代表作を即興化する野心的なものや、クラシック・プロットを別角度から解決してみせるもの、いびつでぎこちない複数の現象のキメラのようなもの、奇想天外なネモニカスタックの用法まで、良くも悪くもタマリッツにしか作れない手順ばかりだ。私自身、実際に手を動かしてみて、その鮮やかさに息をのんだ手順もあれば、巧妙さに啞然とするしかなかった手順もある。どれがその手順かは秘密だが、読んで得るものは絶対にある。

収録作にはいくつかの系統があって、それがタマリッツに対する理解を深めてもくれる。具体的に言うとタマリッツは、メキシカン・ターンノーバー、フラットパーム、ギャンブリング・デモ、ネモニカといった手法やテーマに愛着があるようで、それぞれが冊子を貫いて流れる支流となっている。

また解説には濃淡があり、台詞から身振りや意図まで綴られる濃い解説があるかと思えば、ほとんど概要のような薄い解説もある。これも結果的には良い読書体験に繋がった。シリーズを通して読んでいるうちに段々と、簡素な解説であっても、そこにタマリッツの意図や構築上の工夫が見えてくるようになるし、実演にあたってタマリッツがどのように肉付けしているかも想像が働くようになってくるのだ。そのためこのシリーズは、タマリッツ流手品の練習帳としても機能している。

確かに傑作ばかりではない。でもよく考えたら、秘蔵であることは傑作であることを意味していない。馬鹿な子ほどかわいい、みたいなことは手品にもあろう。少なくとも、タマリッツがこれらの手順すべてを深く愛していることは読んでいて痛いほどに伝わってくる。


それから、ノート形式で分冊、という特殊な形態による効果についても書いておきたい。ひとつは刊行ごとに絶妙な間が開き、咀嚼の時間ができたことだ。1巻のトリックを、大きな本の一部として読んでいたら、これはまあハズレのトリックかなと流して読んでしまったろうし、「秘蔵のトリック」と言って出してくるのがこれなのか?という疑問も抱かなかったと思う。

また冊子単位でトリックが編まれていることも独特だ。一冊の本であれば、スタックならネスタック、ギャンブルならギャンブルで一つの章にまとめられるところだが、このシリーズは巻ごとのアラカルト形式だ。そのため通して読むと、ざっくり4トリックごとの周期で、ちょっとずつ違うギャンブル手順を読むようなことが起こる。

これらの時間的な特徴――インターバルとリフレインと――が、タマリッツがそれらのテーマに人生を通じて取り組み、折々に創作し、改案してきたことに重なっていく――ように感じられる。


素敵な手紙たちだった。直接的な『聖杯』は無かったけれど、今まで読んだタマリッツの著作の中で一番楽しかったし、自分なりに演じてみたくなる手順や、いつか再読したい手順も多くあった。タマリッツその人への理解も深まったと思う。これがFlamencoだったことにしてくれない?って言われても許せちゃうかもしれないよ。