2013年8月30日金曜日

"Smoke and Mirrors" John Bannon







Smoke and Mirrors(John Bannon, 1991)



John Bannonのいや実にまったくクレバーなカードマジック作品集。



啓蒙されたので、引き続きJohn Bannonです。同書はどうも絶版ぎみのようで、版元にはありません。いくつかのお店ではまだ在庫があるようなのですので、見付けたら買うべきです。

買うべきです。


ぼくはこれ今までのBannon本のなかで一番好きです。一番好きって毎回のように言ってる気もしますが、人に勧めるなら、これかSix Impossible Things かなあと。

Kaufmanから出ていたようで、本の構成もKaufman社のあの感じ。だらだらと章立てなく改ページなく続いていて、それだけちょっと残念です。


んでまあそういう事はどうでもよい。

本書はBannonの他の本に較べると、かなりまっとうでおとなしい内容です。Impossibilia なんかは意外にコインその他の手順が多かったりもしたのですが、本書は75%がカード。しかも特殊なプロットやセルフワーキング、サトルティの限界を試すような手順はほとんど見られません。

どちらかというと既存のクラシック手順に対するBannonのバリエーションと言った感じ。僕は既存手順の自己流のハンドリングばかりを解説する本*はあんまり好きではないのですが、そこはBannon、ひと味もふた味も違いました。

*だってCard Dupery とか正直半分くらいに刈り込めない?

自己流ハンドリングって、既存の手順における主観的なひっかかりを主観的に解消しているだけだったり、適当な現象をくっつけたり、加えたり、というものが多く、それは粗製濫造にもなろうというもの。
しかしBannonは違いました。

なんというか目の付け所が凄いのです。よくある駄目改案って、手を加えた箇所も、置き換えた技法にも既視感を覚えることが多い。熱を込めて解説されても、「ここを変えます」「ああ、確かにそこ引っかかるよね」「この技法にします」「へー、そう」という感じ。

一方で今回のBannon先生だと、「ここを変えます」「え?そこを?」「するとこうなります」「え? な、なんで」。読み返すと、ああ確かになるほど、とは思うのですが、なかなか見付けられないよそんな箇所。
あからさまに”つまる箇所”っていうのは、実際にはそのはるか以前に問題がある場合が多いのだけれど、それは見えないのですよね。構成上のミスディレクションというか、目立つ傷にばかり気を取られて。

これは本当に凄い才能であるなあと思います。
ほんの小さな違いなのに、全体像が大きく変わって、びっくりするぐらい洗練されるのですよね。たとえば巻頭を飾るHeart of the Cityは、下手をするとHammanのSigned CardをベースにしたBannon流のハンドリング、といった程度と受け止められかねない作品。
しかしその構成、たとえばカードを示すタイミングの違いといった些細な変更が、手順全体の意味を変えてしまう。もちろんBannonのそれは自覚的に行われています。

そうした洗練、再構成が行き過ぎた例として、サインの移動 Tattoo you、カラーチェンジングデック Stranger's Gallery、カードスタブ (ナイフ、中空) Steel Convergenceなどは、一般的なプロットのはずなのに、初めからこの形であったかのような異常な完成度です。


もうひとつ、本書を人に勧めたい理由として、あつかう手順にクラシックが多いことを改めて強調しておきましょう。最近のBannon先生は、どちらかというと正道からはずれた、何が起こるか読めないサカー風味プロット*の研究に熱心です。

*Unorthodox "Garden Path" とご自身では定義されていました。

なので、Bannonがレタッチしたクラシックを存分に楽しめるのは、たぶん本書くらいです。
物によっては、マジシャンに見せると途中で見透かされるかも知れない。しかしやはりクラシックとして残っただけある、魅力的なプロットなのです。

奇を衒うよりも先に、こういうのをちゃんと練習し、人に見せられるようになるべきなのです。ぼくは。



改案と言いながら改悪になっている例は星の数ほどありますが、本書は間違いなく意味のある改案集です。ほんとうに、これくらいしてから”改案”を名乗るべきだなと思いました。
もちろん手順自体には主観的な好みもありましょうが、それを差っ引いても、純粋に手品読み物として面白い本です。

作品自体の洗練度と、その背後にあるたくらみに言及する筆致とが相まって、とても良い本になっています。おすすめです。個人的にはBannon先生によるCard under the Glassが読めて満足です。



そうこうしている内に、High Caliber が出ましたね!
Six Impossible Things とかMega' Wave とかの合本らしいですね! しまったって感じですね!
Triabolical とかは未読だったので、ダメージは少ない方ですか。

High Caliberまで読んだら、Bannon先生の単行本はいちおう全部目を通した事になります。それぞれの本ごとに特色があり、それも面白かったので、一度Bannon本をまとめた記事もつくってみようかと思います。

2013年8月27日火曜日

"The Best of Benzais" John Benzais





The Best of Benzais (John Benzais, 1967?)



エレガントさにかけては右に出る者のいないJean Pierre Vallarino先生がFISM ACTで用いて有名になった(と勝手に思っている)Benzais Spin Cut。そのBenzaisである。
Slip ShotとかSpin Outとかいろいろと変名・変種もあるが、手軽でビジュアルで、プロダクションとしては一つ確固たる地位を築いていると思う。
似たような見た目のプロダクションにPop-out Moveがあり、昔はよく見た気もするのだが、あれなかなか安定しないし、それに比べると非常に使いやすいのでほんとにもうお世話になっています。
Pop-outが出現”する”のに比べて、こちらは出現”させる”というニュアンスが強く、ギャンブルデモなんかとも相性がよい。


まあこれだけお世話になっている技法の創始者、他の作品も読んでみたくなる。しかし25歳という若さで死んでしまったらしく、作品集とてもこの自費出版の小冊子ひとつ。

内容はカードだけでなくコイン、ロープ、ボールと多彩。時代的な物もあるだろうが、あまり特殊なプロットはなく、特にカードはスタントよりの印象。コインはかなり挑戦的な事もしている。

・The Coin Through the Table(Complete)
どんどん使用枚数を増やしていくコイン・スルー・ザ・テーブル。
本来シークレットムーブとして有名なものをオープンにやってしまったり、非常にマニアックな”音”の技法があったり、空中で行うHPCがあったりとなかなか凄い。
Benzais Gripを使ったIt Doesn't Belong Hereは、片手に握った5枚のコインが、怪しい動作全く無しで、そのまま反対の手に移動するというもので上手く決まれば凄いが難しいです。

・Just a Few More "Coin Tricks"
章題ままに、もうあといくつかのコイントリック。
ものすごく難しいスリービングとかあって、これ非実在手品技法ではないかとたいへん疑わしい。や、僕ができなかったというだけですが。
全体的に単発現象だけれどインパクト重視。Coin through Cellophaneなどもある。

・Different Types of Card Tricks
スタント寄り? カードの剥がし方や、カードスリービングなど変な技術も解説。全体的にあまりぴんときませんでした。
なお例の技法が解説されているのはBewildermentという手順です。

・Stabbed in the Pack
カードスタブ。とだけ言っても多々あるが、カードをデックに投げ込むタイプのそれ。
雑誌掲載の順に沿って、お便りや改案寄稿なども載せられている。
ロレインとクレジット論争的な事になっていたようだが、あんま細かいニュアンスは私にはわからんです。
ただロレインの解説は大仰でめんどくさいなあ、とだけ。

・Mess-Cellaneous Tricks
その他のトリック。切ったロープの復活、3ボール(ScarneのClassc Ball Routine的なやつ)、結ばれるロープ。
この最後のがKaufmanもおすすめという逸品。結べるはずの無い状態で、結び目ができたり消えたりを繰り返す。テーブル使用を前提とした、その点でも面白いロープ手順。



いつぞやのMoeでも書いたように、このBenzaisの手順はほとんどが"死んでいる"。つまり現在では誰もやっていない、もとい、これをベースにした改案があまり発表されていないもので、だからこそ再読の価値はあると思う。特にコインはいろいろ面白いです。