2012年4月24日火曜日

レパートリー・ゼロの呪い。あるいは、Tommy Wonderの手品は簡単。

唐突に、手品がしたいという熱がわき上がり、しかし出来る手品をリストアップしようとして1,2個しか浮かばず、一気に熱が冷める。反動で厭世的な気分になる。


マジックを初めてかれこれ7年近くにはなると思うのだが、最初の半年ほどを除けばずっとこんな状態。レパートリーは一向に増えない。


手順を追える、技術的に問題なく、なめらかに行える、ばれずに行える、
という事と、
演じられる、人に提供できる、人を楽しませられる、人に伝わる、
という事の間には天地ほどの開きがあり、自分にはそれを埋める才覚が少ない、努力が足りない。
あるいは、実際以上に”開き”を大きく見てしまっているのだろうか。


実際、手品が不思議かどうかがよくわからん。
なぜ自分がそういう動作をしなければいけないのだったか、すぐに判らなくなる。

ただ不可能性があるだけで、そこに演者としてどう関与すればいいのか、難しい手順が多い。
というか、殆どの手順は、とりつく島もないほどだと、自分にはそう見える。


Tommy Wonderの手品は技術的にも演技的にも難しいのだが、しかし各動作について”マジシャンがどう感じているべきか”という点まで細かく設計されていて、共有できる楽しい不思議としてしっかりと完成している。

だからWonderの演技をまねするのは楽しい。
各動作にちゃんと、動機がある。体がいとも簡単に動く。


ただし、Wonderの通りに行ったら、自分は楽しくとも、コピーキャットのそしりは免れまいし、なによりただただWonderとの格の差を思い知らされるばかりでもある。


パフォーマーとしてのペルソナを形成せい、という話なのだろうが。
ああ、マジックできるようになりたいなあ。

2012年4月23日月曜日

"トランプの不思議 復刻版" 高木重朗






トランプの不思議 復刻版 (高木重朗, 2011. 原版 1956)




日本カードマジック黎明期を支えた、専門的なカード入門書の復刻版。

技法解説と技法を使った例題手順の解説があり、その後、”あらかると”として精選されたカードマジックが10解説されている。


どこかの書評で、”節度”という言葉が使われていたのだが、言い得て妙である。


技法の解説は簡明、説明不足になるぎりぎりまで削がれており、余計な記述もなくさらっと読める。ちょっと説明不足かなあとも思うのだが、直後の例題部で、前後の流れから丁寧に解説されており、問題なく習得できるようになっている。

また例題も、”あらかると”で選ばれた作品もなかなかの傑作揃い。カード技法に加えて、記憶法であったり、跳ねるマッチであったり、灰であったりと、ちょこちょこ違った要素を絡めてくるのがまた粋。

無理に自分のバリエーションを押しつける事もなく、初心者のために書かれた良い本。


むろん、初心者以外が読んでも楽しい。Harry Lorayneの無意識的読心術や、最後の一枚、など掘り出し物がごろごろ出てくる。



だが。

確かに、入門書としてわかりやすく、しかも(当時の)最先端技法も丁寧に組み込んだ、まさに最高の書であったろうが。
現在の視点からこの復刻版を見ると、結局、マニアの為のものになっているのが残念。

本の外形や段組、文字種まで再現したのは、オリジナルの尊重という意味では非常に共感でき、個人的な趣味からも大歓迎なのだが、”入門書”に求められることではない。どうしても読みにくい”感じ”がしてしまう。
また値段もやや高めと思う。

そんなこんなで、どうしても敷居が高くなってしまっているのが勿体なくもあり、しかし仕方ないなあと思う点でもある。
松田道弘の解説も、初心者のためというより、この本の思い出のために書かれている。出典を詳述してくれたのは非常にありがたいが、内容はおおよそ懐古的で、本書の解説ではあっても、初心者への補遺ではないなあ。帯の”歳月の経過を埋めるべく”ってのはそう言う意味だったのか。

シークレットアディションを初めて紹介したのが本書で、それまでは同様の効果のためにパームを使っていた、などの逸話は、カードマジックの目まぐるしい歴史的流動を感じさせて、マニアとしては非常に楽しめたので、文句を言うのも筋違いではあるのだが。



今、このレベルの入門書があればなあ、とつくづく思う。


2012年4月20日金曜日

"Psychomancy" David Britland





Psychomancy (David Britland, 1986)




カードマンだけど、メンタルも興味あるんだ。(序文より、意訳)



その気持ち、よくわかります。
生粋のカードマニアDavid Britlandが、カードの技法を用いて創作したメンタルマジック集。

幸いにBritlandは趣味が良い方のマニアなので、カードの技法や原理を使っているとはいえ、なるべく見えないよう控えめな使用法です。
総じて、メンタルとしても通じる作品になっているかと思います。


最初の方こそ、VernonのChallengeを名刺で行い、オチに予言を加えたものや、デックの裏に人の名前が書いてあって、というカードマジックの演出だけ変えたような物が続き、いささか退屈もしたのですが、後半は立て続けに面白い現象が飛び込んできて、目が覚めました。


ふたつほど紹介しましょう。


Royal Decree
著者はPrincess Card Trickの変型と書いていますが、B'waveの親戚と言った方が判りよいでしょう。B'waveと比すると、どうしても少し不格好なのですが、プレゼンテーションが素晴らしい。細かいところはタネに直結するので書けませんけれども、B'waveよりクリアーな現象になっていて、僕はこちらの方が好きです。

B'waveは確かに傑作ですが、”あまりに確信が強かったから、この一枚だけ裏色が~”というくだりで、どうしても、じゃあ初めからその一枚だけを封筒に入れとけよ、と思ってしまい、演じる事ができませんでした。追い打ちもやりすぎな気がしますし。
その点、Royal Decreeは予言ではなく、リアルタイムでのテレパシーという演出で、最後にカードを見せる瞬間がクライマックスになるように上手く構成してあり、演出の点ではこちらに軍配を上げたい。

B'waveよりも負担は大きいのですが、これは演じてみたいです。


The Four Bit Machine
もう一つ、特に気に入った作品です。
4×4に並べた数字から一点選んでもらい、その縦横のラインにあたる物を消して、残りからまた選んでもらい、最終的な合計が予言されている、という有名な原理を使った現象なのですが、最後の予言の隠し方、現し方が非常にしゃれています。
ずっと目の前に置いてあった物が、実は予言だった、というものなんですが、その隠し方は――、ま、これも気になった方は、買って読んでみてください。

僕はWonderのCup and Ballみたいな”いつの間にか”現象が非常に好きなのですが、それに似た感覚でした。
これも演じてみたいですねー。


最初は外れかと思いましたが、どうして、なかなか楽しめました。




これで手元にあるBritlandの作品集は全てです。本棚にはBritland著のChan Canasta本とかもありますが、それはまたいずれ別枠ということで。





ところで魔法陣から十字に消していくフォース(Mel Stover Calender Forceとかいうらしい)ですが、どなたかこれをボンバーマンの演出でコミカルに演じて下さる方はいらっしゃいませんでしょうか?

日本でなら、このやや理不尽なフォースが非常に合理的に出来るんです。今がチャンスです。逃すと次はないですよ。さあ。

2012年4月17日火曜日

"ConCam Coins To Glass" R. Paul Wilson





ConCam Coins To Glass (R. Paul Wilson, no date)



Paul WilsonのCoins to Glass。


これは非常に面白かったです。
売り文句は”グラスはフチが指先でつままれているだけ。手は決してグラスの上にかざされない。”で、自分にしては珍しく、今風なビジュアル系現象のレクチャーノート。


カバーなしのCoins to Glass自体はDavid StoneやそもそもDavid Rossなんかもやっていた気がしますが、それらとは別物、よりカジュアルでオープンな形です。
ほんとに人差し指、親指でつまむだけ。

その状態でグラスの中にコインが移動する。

何でもかんでもビジュアルが良いというわけじゃないですが、コインマジックってなかなか新規な技法や改案がないので、こういう新しさは非常に嬉しい所。色々と考えるきっかけにもなります。


一方で、難点を上げるとすれば。

Coin Oneに代表されるようなビジュアル・オープン系コインマジックの宿命として、ラストの一枚がなかなかしんどい。本作も、良い解決とはやはり言えない気がします。
また本手順の核になるTitan Dropですが、難易度は決して高くないはずなのに、意外と安定しないのですよね。手のコンディションのせいかもしれません。


総論。
提示された限定的な条件の下に考えれば、独力でも似たような解には至るとは思います。まあそれはそれとして、答合わせ的な意味で読んでも損はないと思いますよ?

2012年4月16日月曜日

”Deckade” David Britland






Deckade (David Britland, 1983?)




David Britlandのカードマジック作品集。7つの手順を解説。


年号がないんですが、Cardopolisより前の発表のようです。
うーん、これは完全にアイディア集、しかもマニアックでなかなか有効な使い道が思いつきません。

「使い道はたくさんあるが基本原理だけ紹介するよ」とばかり言われて、かなり消化不良です。もちろん、これを作者からの挑戦と見て、いろいろといじくりまわしてみるのも良いでしょうけれど、Cardopolisのようなひねった手順を期待していたので残念でした。


例えば。
Sandswitch
サンドイッチでカードが間に現れると同時に、デックのトップのカードがカラーチェンジする。
With 4
一枚余分を隠した状態でのBizarre Twist。Twist後、真ん中のカードが実はDouble。


ううん……。前者は意味がよくわからない。後者は、何度か読んでみたんですが、どう考えても物理的に不可能というもの。



ちゃんと完成した作品もありますが、エレベーターカードの最後の一枚が、上に上がらず、先の二枚の間から出てくる、とか、それってどうなんだろう、という感じです。


ひとつ、非常に良かった事があるとすれば、クレジットです。
以前、Bizarre Twistに凝っていた時期に開発したオリジナル技法について、ちゃんとした先例が判明しました。掌Palm vol.21(2000)で金沢Cullこと山崎真孝がほぼ同一の技法を発表されていますが、さらに遡って初出はMarc Russellだったようです。
BritlandとStephen Tuckerが編集していた雑誌TALON(1978-1981)のIssue7に発表されたとか。Issue 7の発行が何年なのか、までは記載されてませんでしたが、積年のもやもやが晴れてすっきりしました。


総論、マニアックなアイディア自体は大歓迎なのですが、その調理例を見せてもらえなかったのが至極残念です。Cardopolisが面白かっただけに、内容的にもコスト的にも、どうしてもがっかり感がぬぐえません。



DeckadeCardopolisの後、Equinoxという作品集が出ているようです。Deckadeは、このとおり、今ひとつでしたが、しかし総合的に面白い作者と思うので、Equinoxも機会があれば手に入れてみたいと思います。

まあ何のかんの行って、Bizarre Twistの色々なアイディアとか、けっこう楽しめたのです。




Russellの技法はある問題さえクリアできれば、理論的には完璧なのですが、どうにもDaniel CrosのCros Twistや両手でやる原案に較べ、絶対的によい、というほどでもないのですよね。不思議なものです。


2012年4月14日土曜日

”Cardopolis” David Britland & Marc Russell






CARDOPOLIS (David Britland and Marc Russell, 1984)



David Britlandのカードマジック作品集。
非常にヴァラエティに富んだ内容で、かつそれぞれ、普通とはちょっと変わったアプローチを用いているので面白い。


いくつかご紹介。

Tunnel Sandwich
Card Tunnelを使ったサンドイッチ。カードがゆっくりと、目に見えて現れていくのが気持ち悪くてよい。ハンドリングがややテクニカル。

Flesh Eater
カニバルカード。4枚のKに裏向きのカード3枚を挟み込むが、一瞬で消えてしまう。Paul HarrisのInterlaced Vanishの系譜と見る事もできる。基本手順をベースに、3種類のバリエーションが考案順に記載されているあたり、Britlandのマニアさが伺える。



他にも、トライアンフ+Hofzinser Ace、Point of Departure、All Backなどなど多種多様。Flip Over Cutという技法を色々な箇所で使っていおり、創作法のセッションみたいで面白い。

もちろん、中にはどうだろうと頭をひねるような物もある。パケット毎の枚数が1、2、3、4で行うSlow motion Acesなどは、毎回デックを中継点に使うので、正直プロット倒れの印象。しかし実用云々は別として、カード好きとしては読んでいて参考になる作品ばかり。あまり見かけないマイナー技法が的確に使用されているのもためになる。


総合的に、いい意味でマニアっぽい。作品集でありアイディア集、カードマニアとのセッションが楽しめる。難易度は中級くらいでまとめてあるけれど、たまに平然と難しい事要求されたりして少し戸惑う。



Tunnel Sandwichは、加藤英夫がCard Magic Library Vol4でわりと簡単にできるハンドリングを解説している。ただ別の不自然さが出てしまうかも知れない。

ちょっとしたギミックを厭わないのなら、ヒロ・サカイのE-Z Tunnelが簡単でビジュアルでいい。A1のSecret Session DVDに解説されている。


Flesh Eaterのコンセプトは、Randy WakemanがRandy Wakeman Presents 中で使用し、それを読んだ松田道弘が刺激を受けて松田道弘のクロースアップ・カードマジックにて自作を発表している。
Britlandのアイディアは面白いが、なかなか危うく実用が難しい。そこを的確に指摘、改作した松田道弘の手順が、個人的には一番好み。

2012年4月11日水曜日

"Redoubling the Double Cut" Gene Castillon





Gene Castillon's Redoubling the Double Cut (Jon Racherbaumer, 2006)


Double Under Cutだけを使って、多種多様な現象を盛り込んだ手順を構成。
なんか面白そうだし、初心者に教える機会がないでもないので、教材としても良いかなーと思って買いましたが……。


読みづらいんだよっ。


ハンドリングを逐一追って書き、そのセクションの目的なり現象なりはほとんど最後に載せるRacherbaumerのスタイルは非常につらい。眠い。
特に、本手順はハーフスタックを使用していて、順番崩したりとか出来ないため、そのセクションなりブロックなりの目的をもうちょっと明確にしていて欲しかった。
欲を言えば、各段階でのシチュエーションチェックももう少し欲しかった。


さて、改めて内容ですが、Gene Castillonが70年代に、主にレクチャーで用いていた手順を再発掘、加筆したようです。

赤のAの出現、サンドイッチ、黒のAの出現、Aアセンブリ、四枚の7の出現、Aの出現(スペル)ポーカーデモンストレーション。
ここで、見逃した方のために最初から、と言ってハイペースで、Aの出現(スペル)、四枚の2の出現、Kの出現、7の出現、Qの出現、Jの出現、と立て続けに起こります。


Double Under Cutだけ、というのは厳密ではなく、Braue Reversalやフォールスカットも使いますが、基本的にカットだけで構成されています。そういう意味では凄い。なお最後をトライアンフでしめるバージョンも解説されています。途中から×××をロケーターにする構成も巧み。


しかし、単品の現象で言うと、いまひとつ。
とくにアセンブリは、正直なところ何一つDeceptiveではないように思えます。子供もだませないのではないか。
しかし最後にカードが揃っていくところは、自分でやっていてもけっこう不思議。

だからといって、気にくわないパーツをすげ替えようとすると、スタックを再構成しなくちゃいけないので相当に手間です。たぶんいちから構成し直した方が早い。

いわゆるDelayed Stackという物の威力は感じられたものの、それ以外にはあまり見るところはないと思います。Delayed Stackであれば、Denis BehrのHandcrafted Card Magic(vol.1 2007)に構成法が詳解してあるので、そちらを参考に、自分の好きな手順で構成すればいいでしょう。


しかしホントに読みづらかった。
どうやらただタイプしただけのようで、表題がちょうどページの最後、切れ目に来ていたりと紙面構成もなにもあったものではない。
Racherbaumerに手を出す事はもうないかも。
面白そうな本もあるだけに残念だが、ともかく読みづらくてかなわない。


追記 2012/4/12
Gene Castillon、知らない名前だなあと思っていたんですが、Spirit Countの考案者でしたね。Phil GoldsteinのFocus、もといパケットトリックを読んでいたら名前が出てきて吃驚しました。シンプルだが手の込んだややこしさ、という点ではなるほど、らしいなと思います。

2012年4月10日火曜日

"Master of the Game" David Britland

Master of the Game (David Britland,1988)

せっかくなのでしばらくBritland特集にします。
Lybrary.comで$5でした。

Poker Demoの一種です。
お客さん自身のデックを用い、お客さんがシャッフルし、両者が交互にカットしてカードを選んでいく。
この条件でなお、演者が勝ち、勝ち手も予言できる。
というものですが……。

宣伝文句にはふたつ、重大な抜けがあります。


お客さんがシャッフルした後、演技者はカードのフェイスを見る必要があります。
ただし順番を入れ替えたりする必要はありません。
これを致命的な欠陥とみるか、カバー可能なものとみるかで、本書の評価は大きく分かれるでしょう。
また予言も、実を言うと勝敗は扱えません。


配られるカードをコントロールする、ということは、当然ですがスタッキングが必要になります。
カルやスタッキングは、本来は非常に高度な技ですが、本書の眼目は、それを極度に簡易化できる、とある原理にあります。

言われてみれば大して不思議な原理ではないのですが、指摘されるまでは気付かない人、漠然と思っていてもその有用性に気付かない(僕のような)人は多いと思うので、Poker Demoに興味のある方は一読してみても良いんじゃないでしょうか。お値段もお安いですしね。

作例では互いにカットしてカードを選んでいますが、これはこの原理に必須の手法ではなく、原理自体はもっといろいろ応用が利くと思います。

また互いにカットしていく部分も、『言われれば当たり前だけど、あまり使われていない』たぐいの手法で、これ自体でも応用範囲が広そうです。

どちらも極めて単純ですが、その分だけ派生が考えられ、おもしろい冊子でした。
この記事を書いている今も、いくつか手順を思いついたので、練ってみたいところです。


Poker Demo、Jazz、Mentalが好きな方にはおススメです。
使える使えないは別としてもいい刺激になるでしょう。
テクニック系の方は肩透かしを食らうと思いますが……。

2012年4月5日木曜日

”The Berglas Effects” Richard Kaufman / あるいは聖杯の虚像



”完璧な手法が存在したとしても、'ACAAN'は聖杯ではないということです。すなわち、手法を求めるマジシャンから見たら聖杯であるかもしれないが、現象から見る観客にとっては、聖杯と呼ぶほどの現象ではないと、私は信じているということです。”
加藤英夫 Cardician's Journal No.225


本書、The Berglas Effects (Richard Kaufman, 2011)はACAANという現象の伝説を作った男David Berglasの、カードの手順に焦点を当てた本になります。
伝説のACAAN / Berglas Effectの解説を含む、400頁にも及ぼうという大冊で、さらにDVDが3枚、赤青フィルムを張ったいわゆる3Dメガネが付いてくる豪華本です。


ACAANはAny Card At Any Numberのアクロニム。
相手の自由に言ったカードが、相手の自由に言った枚数目から出てくる、という不可能極まりない現象で、ここ最近ブームになっているようです。

さらに本書では、
『カード、数字の選択に一切の制限が無く』
『演者は最初からデックに全く触れない』
という限定条件を持って、Berglas Effectと区分しています。

ACAANは実に毀誉褒貶激しく、究極の不思議と言われる一方で、マニアのためのトリックでしかないと糾弾されてもいるようです。
後者の代表として、冒頭に加藤英夫の文章を引かせてもらいました。


また本書自体も非常に評価の分かれる本で、『退屈きわまりない』『Kaufmanは伝説を開示するというエサをちらつかせて、紙屑を高く売りつけた』などと、一部では酷い言われ様をしています。



本書を読了した上で、僕は、この本を傑作だと思いますし、
ACAANは究極の不可能の一つであると思いますが、
一方で、反対の立場の意見もよく理解できます。



Kaufmanは冒頭で次の様な事を述べています。
”70頁に及ぶ、Berglas Effectを解説した項はある。しかしそれ単品で読んでもきっと意味はないだろう。400頁ある本書全体を読んで初めて、Berglas Effectを理解できる可能性がある。”

タネを割ってしまうと、Berglasが用いたACAANの”仕掛け”は、おそらく誰もが一度は考えた解法ではないか思います。


他の手順、Think A Cardにしても、「相手が心の中で決めたカードを当てる」というのではなく、「相手が心の中でカードを決め、口にした後で、そのカードが現れる」という形です。
プロブレムへの解答としてみた場合、及第点はとても無理でしょう。
技法も手順構成も、洗練されているとは言い難く、はっきりと言えば原始的です。


だからトリックを、秘密を求めてこの本を手に取ったら、たくさんの方は失望されるでしょう。
実際、僕も失望感を覚えたのは確かで、本書を駄作と呼びたくなる気持ちもわからいではありません。






しかし、こんな原始的な手段が通用し、かつ世界でも有数の名声を獲得しているというのもまた真実です。ほんとうの”秘密”はそこにあるのだ、というのが本書の、本当のテーマでしょう。


『ない』を『ある』ように見せる、伝説の作り方です。


もちろん本書で解説されるのはDavid Berglasの個人的な手法であり、彼にしか実現できません。しかも明確な”手法”としては表記されず、読者はきれぎれのエピソードや、エッセイ、繰り返される古くさい手順の行間を読まなければいけません。


手品の解説を通じてBerglasの哲学を描写しようとした本書は、どちらかといえば伝記に近い一冊です。
だから、払った対価に見合った”機能”を求めるのは間違いでしょう。






僕は楽しめました。感じるところも多くありました。
あなたがどう感じるかは、残念ながら判りません。








本のレビューは以上ですが、「ACAANは聖杯ではない」「ACAANは魅力的な現象ではない」というような意見に対する現在の見解も述べておきます。


ACAANは聖杯ではない、というのは、警句としては正しいでしょう。現象だけをなぞった、昨今氾濫しているACAANには僕も辟易しています。


一方で、ACAAN以外にカードマジックの聖杯と言えば、あとはOpen Predictionか、Think A Cardくらいしか思い浮かびません。たとえばTriumphは、どれだけ魅力的な現象で、どれだけ不思議でも、相手の知性によっては露見し得えます。
考えたら解る、というのでは、伝説としては弱い。
仮にTriumphに究極の手法があったとしても、観客にとっては他人事の現象にとどまってしまうでしょう。


Berglas Effectは、絶対に見抜けず、それでいて、あのとき違う数字を言っていたら、違うカードの名を口にしていたら、と観客を思考させ続け、決して解けない謎を相手の人生に刻みつけます。


こう言うと、今度は「パズルはマジックじゃない」という声が聞こえてきそうです。
なるほど、マジックではないかも知れない。
だったらどうしたと言うのでしょうか。
Berglasは伝説を演出したかったのであって、マジックは手段に過ぎません。




「現象から見る観客にとっては、聖杯と呼ぶほどの現象ではない。」
「ACAANは魅力的な現象ではない」
これについては、なんというか、ここまでの伝説になっているという実例がある以上、それだけのポテンシャルを秘めた現象であるのは自明ではないのか、としか言えません。


現象が魅力的ではない。それは正しいかもしれません。
しかし、プレゼンテーションと手法次第によっては、たとえ現象の本質がつまらなかろうと、伝説として語られるほどの『体験』を残せる。
それがBerglasの伝説だと、僕は思っています。








追記
Think A Cardの手法について、確かに原始的と言いましたが、
その分、信じられないくらいに柔軟です。
カードあての最も単純で、理想的な形かも知れません。
練習中です。

Berglasのメンタル手順を解説した The Mind and Magic of David Berglas (David Britland, 2002)という本も出ていますが、
こちらは既に稀覯本になり、オークションで5~10万円に跳ね上がっていて、とても手が出ません。

2012年4月4日水曜日

”Tearing a Lady in Two” David Britland




Tearing a Lady in Two (David Britland, 1989)


http://www.youtube.com/watch?v=gACD0tZ7ewM
動画はCharlie Fryによるヴァリエーション、Ripped and Fryedです。



人体切断のステージイリュージョンに見立てたQueenの切断と復活。

嫌みがない、無駄がない、不自然がない、
そして不可能性が高く不思議で、かつ面白い。


これは買いだっ!



と思ったんですけど、
ただこれ、Paul HarrisのTrue Astonishment Boxに入っていて、
セットで3万近くするので流石に衝動買いは無理でした。


一方、原案のTearing A Lady In TwoならLybrary.comで$6。
多少ハンドリングや構成が違いましたが、内容は基本的に同じです。


なかなかこじゃれた演出で、現象と演出の齟齬もなく、
色々な機会におもしろおかしく演じられそうです。


即席系ですが、ちょっとだけ前準備が必要になります
前もって折り目を付けるのは、即席っぽくなくて嫌、という僕のような方は、
Helder GuimarãesのReflectionsにいい解法があるのでそちらも読んでみてはいかがでしょうか。

元々はStephen Tuckerが、Roy WaltonのCard Warpの後にカードを復活させたい、
ということでプロブレムを発信し、Britlandはそこから着想を得たようです。
といっても、直接の解答ではないので、Card Warpからは続けられません。


Card Warpからの復活は、未見ですが、
Stephen Tuckerがそのテーマで冊子を出している他、
Michael CloseがDVDで発表していたように記憶しています。


余談になりますが、
Fryの演技は見ていて楽しいですね。

その後に続くWayne Houchinの演技は、David Blaine派というのか、
不可能をそのままぽんと放り出すようで、それはそれでいいのですけれど、
どうしても演技者の印象が薄くなってしまう気がします。

2012年4月2日月曜日

はじめに / 水と油だって?

この頃あまりに文章を書かざれば、
構成力の落ちたる事、目を覆わんばかり。

というわけで、じゃあ頭使わずになんか書こう、
取り敢えず書こう、という見切り発車ブログです。



趣味である奇術書のレビューをメインに据えるつもりです。
洋書のレビューってあんまり見ないし需要があるんちゃうかな、
という目論見だったのですが、需要がないからあまり見ないのかもしれません。
まあいいや。



あと奇術の雑感もつらつら書こうかと思います。
好みが非常に偏っており、また創作型ではなく改案型である以上、
特定の作風に対して辛辣な事を書くかも知れません。



例えば、僕は水と油という手品が嫌いです。


赤より黒のインクの方が重いとか、
いい歳して馬鹿馬鹿しい事を言わないでくれません?


無論の事、ユーモアとしてちゃんと成立させられていれば、
大変楽しいトリックでしょう。
でも、それが出来ていない事例もかなり多いように感じます。


だから、
「単なる赤と黒の分離ではただのトリック、
『水と油』というプロットがあって初めて、意味を持ったマジックになる」

という実に画一的なプレゼンテーション論も嫌いですし、
くだらない思考停止的な『プレゼンテーション』を量産するという意味では、
害悪ですらあると思っています。





そもそも、Oil And Waterの名手として知られるRene Lavandは、
水と油のプレゼンテーションを使用してないですしね。





さて、早速口が汚くなってしまいましたが、
僕はこんな感じの人間です。

何かしら、あなたの刺激になれたらば、
これ以上ない幸いです。