2015年4月1日水曜日

"What Lies Inside" Florian Severin





What Lies Inside (Florian Severin, 2012)


 初めてかもしれません。
 こんなに面白い手品本を読んだのは。


 メンタルに限らずですが、多くの『バリエーション』はどうしようもなく閉ざされています。プロットとメソッドが既に決まっており、その手法や演出に少し手を入れただけ。既存の手続きから逸れることはありません。 しかし当然ながら、その『手続き』は最適な形とは限らないわけで、細部をいかに『怪しくなく』しようとしても、構造的な歪みは手つかずのまま。場合によってはさらにいびつさを増す事になります。
 特にメンタリズムはその傾向が強いように思います。意味も無く数字を足させたり、ぜんぜん筋の通らない選ばせ方をしたり、とりあえず当たりが筋立てがさっぱり分からない予言など。挙げれば切りがない。

 しかしFlorian Severinは全ての手順をよく吟味し、観客にどう受け止められるか、観客がどんな現象をそこに見るかをしっかりと構想した上で、手順を練り直しています。演出も面白く、メンタリストにありがちな重苦しさはありません。金持ちを引っかけるために偽の結婚相談所を開いたり、頭にチャックを貼り付け、観客がそれを開くと、スイッチが切れたようにぐでんと座り込んでしまったり。ほとんどコミックですが、しかしながら、不思議さは全く損なわれていない。
 素晴らしい手腕だと思います。

 また非常な勉強家です。本書は340ppで16章構成ですが、解説されている手順はたったの11。長いものではひとつの手順に30ppほども費やします。さらに参考文献が非常に充実しており、手順によってはそれだけで6ppも続きます。いや、ほんと、ちょっと凄い。有名メンタル本の他、普通のマジック本、名前も知らないアングラなメンタル本、メンタルマジックの雑誌、さらに一般書籍も多く出てきます。
 私がメンタルあまり詳しく無いのをさっ引いても、ここまで持ってない本の話ばかり上がるとアレですね、悔しいですね。面白そうな本が沢山あったので、追いかけたくなりました。


 しかし。
 この本の面白さはそこではありません。

 手順も演出も、理論も考察もすばらしい。けれど一番面白かったのは、そこではない。


 
 文章です。



 例えば?
 うーん例えを上げるのが難しいのですが。

『ここで私は観客に直接、乞うているわけです。私は広告業界出身で、しかも今やメンタリストなのですからね。恥じらいなんてものは、もはやカケラも持ち合わせていないのです』

『私の妻も言っているように、『大きさは大事』なんですよ! HAHAHA! ……さて、それでも、妻はまだ私のことを愛してくれています……フリかもしれませんが』

『ところでこの解説にはヒッチコックの映画タイトルが10個隠されていますが、あなたは幾つ見つける事ができましたか?』

『……そう、彼は新世界の神となったのです』

『これはどんなオタク野郎にも彼女ができる手品です。なにせメンタルマジックの本を読んでくらいですから、あなたのオタク度は計り知れないレベルでしょう。でも大丈夫』

『これは実際に、女友達に手書きしてもらってください。……いや、あなた方のために、ここに私の使っているサンプルを載せておくので、コピーして使ってください。うん、マジックマニアですからね。女友達がひとりも居なくたって、不思議ではないです』

『ひとつめは簡単、ビレット・スイッチです。ふたつめも簡単。演者(わたし)はいつだって、最前列のお姉さんのおっぱいの事を考えているんです。』

『これは本当に素晴らしい、ロマンティック・コメディ映画です。もし大人も子供も一緒に楽しめる映画があるとしたら、まさにこの一本がそれです。さあ、一家で揃って観てください!すばらしい思い出になりますよ!』(参考文献にて、映画『ハードキャンディ』のタイトルを挙げて)

『(女性の観客に、梯子を上ってもらいながら、心の中で)くそっ、なぜスカートの客を選ばなかったんだ俺は』


 さあどうですか! 私の下手な訳では面白さの1割も伝わっている気がしませんが、こんな感じでトチ狂ってたり、いちいち失礼だったりとおもしろおかしい文章なんですよ、全編通して!

 いやあ楽しかったです本当に。手品本を読んでこんなに笑ったのは初めてかもしれません。実に頭おかしい。さっきは触れませんでしたが、観客の頭を掴んで水を張ったボウルにぶち込んだり、婦警をつけねらって盗撮したり、演出もわりとかなり頭おかしいです。いや面白いし、何度も言いますが、この強烈な演出に負けず、反発することも無く、現象はしっかりと不思議なんですけれども。


 さて、話を戻しまして。
 どれもステージで演じられる事を前提とした、しっかりとしたパフォーマンス・ピースで、素人が演じられる機会はちょっと、かなり、少なめです。また現象の起因を『心理的な操作』においています(といっても実際に『サイコロジカルな手法』に依存した手順はありませんが)。一方、Greg Wilsonの某技法を使ったりと、割とテクニカルなものもあります。演出もアレですし、演じられる人は少なそう。

 一方で、単純に手順としての構成や、その狙い・考察が素晴らしく、読むだけでも(手品的にも)面白いでしょう。またPre-Show Workについて、かなりのページを割いて詳細な解説と考察がなされています。Pre-Showに興味がある方であれば、これだけでも読む価値があると思います。

 うん、素晴らしい本でした。面白かった。



 もともとは13 Steps to Vandalism(2004)というタイトルでドイツで出た本の、英訳+増補版ということのようです。 こちらは探しても書影すら出てこなくて……、私の検索能力が低いだけかな。どなたかご存じの方はおられませんか?

2 件のコメント:

  1. きょうじゅ2015年4月2日 2:23

    ああ、この本だったのですね。
    いわゆる手品本について調べていた際にあったと記憶しておりますが、
    発売後良い評判で割と早く品切れになり、特にドイツ語の原本は凄く含蓄があって良いとか。
    言葉遊びとかも多いようなのでさもありなんですね。
    結果、eBay的なところなどで数倍の値で取引されるようになった、というのは読みました。
    「ちくしょう、100ユーロ超えやがった」とかそんな感じで怨嗟の声が。
    ドイツのマジックショップでも引っかからなかったので原書は絶版かもですね。

    返信削除
  2. ええ、この本でした。

    英語版ですが、他人訳ではなくてご本人が書かれているという事もあって、ギャグや語調なんかもあまり劣化してないかなって感じです。内部イラストもご本人なのですが、カバーはVanishingデザインでして、そんなこんなで元本の書影が気になったのでした。

    面白かったですが、手術台と無影灯がいる手品とかもあるんで色々とかなり上級者向けですかね。

    返信削除