2020年2月26日水曜日
"Band of the Hand" Docc Hilford
Band of the Hand(Docc Hilford, 2002)
名前は知っていたけれども多作すぎることもあり手を出していなかったメンタリストDocc Hilfordの冊子です。これは『犯罪/怪奇』がテーマで、演出集といった感じでした。収録作は5作品。
Yours Truly, Jack the Ripper
切り裂きジャックを呼び出す交霊会(Seance)
A Study in Scarlet
暗闇の中でマッチの明かりを頼りに切り裂きジャックが誰かを当てる。
Swamp Water
沼の水。怪奇小説か幻想小説で似た話を読んだことがある気がするので、向こうではそれなりに知られたテーマなのかもしれない。瓶の中のうっすら濁った水に悪魔が宿っており、観客の質問に答えてくれる。
Nightmare Coins
悪夢とコインの具現化。
Murder by Mail
演者が『殺人犯』であることがわかる逆ヘッドライン・プレディクション。
手法としての目新しさはあまりないながら、手法選択と構築はまずまず。とはいえ注視熟考に耐えるほど巧妙というわけでもなくて、演出の空気感にのせて成立させる感じでしょうか。主眼は演出ですね。5つ中2つが切り裂きジャックなのはちょっと残念と言うか、A Study In Scarletのタイトルならホームズにしてほしかったよ……。
そのなかでSwamp Waterは現象/演劇面は地味なものの、道具立てによって手法(センターテア)のあやしさが大きく軽減されており、どころかメンタルマジックに不足しがちな『視覚的現象』にまで絡められていて感心しました。
また演出が強い手順でありながら、一方では実用性にもかなり注意が払われていて、巻頭のJack the Ripperも、酔ってる人もいて、十分な暗室でもない雑な環境でも成立する『交霊会』となっています。こちらもナイフがひとりでに動いて、次なる犠牲者を指し示すという視覚的な現象込み。
初のDocc Hilfordだったこともあって、それなりに楽しんで読めましたが、この冊子をわざわざ探して買う必要があるかと言うとどうかなあ……。
2020年1月28日火曜日
"Second Thoughts" Ramón Riobóo
Second Thoughts(Ramón Riobóo, 2020)
Ramón Riobóoの二冊目の作品集Más Magia Pensadaの英訳です。前回に輪をかけてひどい本です。いちおう書いておきますが訳す予定もありません。
いや、すごい本なんです。それは間違いありません。でも正直なところ、この本を勧めていいのだろうかという迷いがあります。前作Thinking the Impossibleも、不可能性の高い、マジシャン殺しの手順を多数とりそろえていましたが、そのだましにはどこか愛嬌のようなものがありました。たとえば有名な数理手順をたどりつつ、なぜか一段階以上早い段階で現象が成立してしまうとか、儀式めいたスペリングがあるとか、そういうところです。演出があり、手法の『気配』があり、これはマジックであるという了解がありました。
しかし本書の手順はもっと容赦がない。演出もなく、手続きも雑駁で、それでいてカードが当たる。前作と比べると、観客の自由度をさらに増やし、それを演者の負担で補っているという感じです。乱雑さの演出や観客の記憶の操作、忘却の誘導、それから複数の可能性に対する即興などがより強力に導入され、読んでいて「ここまでやるのか」と怖くなるくらい。
いや本当に、手品本を読んで怖かったのは初めてです。
もちろんそれがすべてではなく、前作のような、あるいはさらにそれをレベルアップさせたような、原理と演出で強力に組み上げられた手順もあります。特にSemi Automatic Card Magicでも発表され、AragonのACAANにも援用された(らしい)"The Roulette Deck"、そしてBlack-Hole Principleという非常に巧妙な原理を用いたカード当て"I Always Miss, So Never Miss"です。これらは解説を読んで言葉を失うほど素晴らしかった。
他には、ややこしい現象に演出がおもしろくハマった小品"Nuclear Weapons"や、デュプリケートを使ったサンドイッチで可能な限り『不可能感』を高めようと試みている"Black Widow"あたりが、私にも手の届く感じで気に入っております。
ついでに技法とDVDのことにも触れておきます。本書には技法を使った手順がいくつかあります。スペイン語版にはDVDが付いていて実演が見られたのですが、これは英語版には付いていません。ただ、正直なところあんまり成立しているようには見えませんでした。Riobooは生でこそ成立するタイプの演者ではあるので、実際に見たら手ひどく騙されるのかもしれず、そうなると英語版にDVDがついてないのはむしろプラスかもしれないのですが……。まあいずれにせよ、技法を直接的に使う手順は少ないので、大きな欠点ではありません。
すごい本です。しかし前作と違って、演じたくなる手順はあまりありませんでした。いや、私の手に余るというか、ちゃんと理解しきれていないと言った方がいいのかもしれません。訳す予定はないと最初に言いましたけれども、ちょっとだけ気持ちが揺らいでいます。この衝撃をちゃんと消化するためにも、訳すかどうかはともかく、もういちど精読した方がいいかもしれません。
Thinking The Impossibleの続編ですが、単なる追加の作品集ではなく、明確なステップアップです。購入される際は十分に注意してください。
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書評
2020年1月18日土曜日
"Totally Free Will" Mark Chandaue
Totally Free Will (Mark Chandaue, 2019)
Free Willの『究極』を求めるという小ぶりのハードカバー。その試みは確かに達成されていると言えなくもないが、一方であんまりにも夢が無い。
Deddy CorbuzierのFree Willは一世を風靡したエフェクトで、私もたいへん気に入って、一時期よく演じていた。現象はこうだ。3つのオブジェクトがあり、観客が自由にその配置を決め、しかしそれが予言されている。これはエキヴォクと、ある古典的な原理、そしてFree Will Principleとして知られるようになる原理(実際にはこの手順より前からあるが)が奇跡的にかみ合って達成されている。それぞれの原理は単体では弱いのだが、合わさることで不思議な魅力が生まれている。ただ正直に言えば、観客に対する現象の強力さというよりも、演じる側の楽しさ、仕掛けとしての気持ちよさの側面が強かった。だからこそ多くのマジシャンが魅了され、演じ、バリエーションを考えたのであろう。
……であるから、本書の冒頭で著者が『XX原理のあいまいさが気に入らなかった(伏字引用者)』と言ったときに嫌な予感を覚えた。そしてそれは的中した。
なるほどたしかにFree Willは弱いし、特にXXは弱い。そしてコストを度外視した力技を用いれば、その『弱さ』は克服できるだろう。ただ元の手順にあった、弱い原理の奇跡的な組み合わせとしての魅力はまったく無くなってしまう。Effect is Everythingの考えからいえば著者は正しいともいえるのだが、それでも、ある原理についてまわる『あいまいさ』を消すために力技を導入するのはあんまりにも夢が無い。というわけで、私にとって著者の方向性はあまり楽しめるものではなかった。それに結局のところ、一番うたがわれる箇所にタネシカケを持ち込むことになるので、本当に手順としてよくなっているかにも疑問がある。
ところで本書の約半分は寄稿であり、著者の方向性が合わなかった私はここに救われた。Free Willの原案がある意味で『瑕疵』だらけなので、それを改善せんと試みる各人のアプローチもそれぞれ異なっており面白い。特に(既読ではあったが)元の原理のひとつを別のフレキシブルな原理に置き換えたDrew Backenstossの手順、またFree Willを電話越しに演じられるようになるMichael Murrayのアイディアがとびきり刺激的だった。Murrayのは例によって確実性が不安のある原理で、別言語への適応も難しそうだが、それでもFree Willを電話越しに演じられるのは面白い。
著者の『聖杯』は、私にとっては承服しがたいものではあるが、たしかにひとつ突き詰めたかたちではあろう。さらに色々なバリエーションも紹介され、総体としては面白い本ではある。
2019年12月27日金曜日
"8 Effects and a Sleight" Michał Kociołek

8 Effects and a Sleight (Michał Kociołek, 2012)
Plots and Methodsが非常に面白かったので、前作であるこちらも早速購入しました。結論から言うと、片鱗こそ伺えるものの、Plots and Methodsほどでなかった。
トリック8つに技法1つの9作品が解説されています。原理に技法や他の原理を組み合わせるというのは変わっていないけれども、完成度はあまり高くない。
手順は以下の通り。
・Gemini Twinsの親戚。3組のメイトが揃う。
・センターディールデモ
・Two Cards At Any Number的な
・大胆で特殊なコレクター
・サカートリック系のカードの移動
・思っただけのカードのサンドイッチ
・水と油
・ミラスキル
内容は悪くない。特に原理の選球眼と現象への応用はやはり素晴らしいし、ハンドリングにも光るものがある。しかし前述の通り完成度がそこまで高くなくて、たとえばXXをフォースする、みたいなことが書いてあるけれども、その手法が解説されていない。フォースの説得力が重要な手順であるというのにだ。演出も弱く、全体的にパフォーマンス・ピースとまではいかない。
Plots and Methodsのレベルを期待したので、ちょっとがっかりしてしまった。しかしこっちを先に買ってたらPlots and Methodsは買ってなかったかもしれないんで、そういう意味ではよかった。またPlots and Methodsを離れて単体としてみると、やはり原理の選球眼やハンドリングの巧妙さは素晴らしく、これを踏み石にいろいろな手順が作れそう。ネタ元としては大変にレベルの高い冊子である。個人的にはどこにあるか分からないはずのカードが挟まるサンドイッチIn Between、特殊なコレクターのBold Collectionが面白かったが、上で列記したプロットに興味があるならどれも読んで損は無いと思うし、原理系が好きならよいインスピレーション源になるだろう。
なおタイトルの"a slight"部分はSimple Shiftのバリエーションでしたが、これはわざわざ収録した意味はあんまりわからなかった。
2019年12月26日木曜日
"Plots & Methods" Michał Kociołek
Plots & Methods (Michał Kociołek, 2019)
Michal Kociolekの作品集。収録作品は4+オマケ1で全5作の薄い本です。これがまあ大変に面白かった。
前書きで「自分は原理が好きで、何時間もデックを山に配り分けたり、ダウン・アンダーの代替になる複雑な配り方を考えたりしてた。さすがに大人になったので、もうしてないけど……以前の半分程度にしか」と言い出して不安をあおるのですが、これがどうして、複数の原理、技法、ガフ、演出が高度にかみ合った極めて高レベルの作品群でした。
All In
観客の『思ったカード』がサンドイッチされる。実際には「思ったカード」ではなく「見たカード」ではあるのだが、それがどこにあるのか演者にも観客にも正確にはわからない状態なのに、見事に挟まる。大変かしこい原理の組み合わせ。
実は100%ではないんだが、全体的にラフでとてもいい。氏にはIn Betweenという同じプロブレムの作品があり、それとの比較も楽しい。
Lucky You
表裏に別々の数が書かれた紙きれ6つ。それを観客に混ぜてもらい、さらに何枚かをひっくり返してもらう。もちろんそれによって合計数は変わるのだが、その枚数目から観客の選んだカードが出てくる。原理だけなら予言モノにしそうなところ、観客が混ぜたデックからのカードあてにすることで不可能さがいや増している。シゲオ・フタガワの作品が元になっているとか。
R. M.
密室殺人をテーマにしたトリック。不可能殺人がみごとに再現され、大変おもしろい。やや恣意的なフォースだが、演出とマッチして全く違和感がない。なんて独創的なんだと思いましたが、ブラザー・ジョン・ハーマンのトリック(既読)を改案したもの。原案も読み直しましたが、Kociołekの改案はやや演者の負担を増すかわりに、選択プロセスを非常にすっきりとさせている。見事。
Three + One
ご本人はクレジットに上げていないが、現象としてはJenningsのPrefigurationのようなもの。Lie Detectorのように、観客ふたりが質問に合わせてそれぞれスペリング、というのを何度も行うが、にもかかわらず、最後に4オブ・ア・カインドがそろう。こう書くと面白くなさそうだが、いや、非常に賢いし不思議。
Polish Poker Stacking
オマケ。同氏の売りネタPolish Pokerの別ハンドリング。これは該当のトリックを持っていないのであまり書くことはない。なんでもハンドを配った「後で」、好きな役をたずね、それを示すことができるトリックなのだとか。ここではそれをスタッキング・デモのハンドリングと組み合わせている。Polish Pokerに大変興味がでてきました。
というわけで大変面白かった。観客の数がそれぞれ5、5、1、2、1ということでやや多人数向きというのはあるが、原理を組み合わせ、手段を選ばず、不思議で、そして楽しい。原理の選択眼がよいうえに、その欠点を別の原理やガフ、演出で補う手腕がすばらしい。誰にでも見せられるし、マジシャンも殺せる、磨き上げられた原理系作品群。いやー傑作ですよ。
2019年11月25日月曜日
"The Holistic Approach to Magic" James Hope
The Holistic Approach to Magic: 7 Possible Ways to Perform the Impossible!(James Hope, 1982)
古いが面白い、本格的な入門書。
500部限定。
Holisticは全体的、全体論的、包括的という意味。この本では完全な初心者を対象に、7つの手順を通じて、クロースアップ・マジックを多面的に解説していきます。つまり単なるやり方(メソッド)だけでなく、手順の狙いやセリフ、ミスディレクションなども含めた内容です。特に、誘導的なセリフ、現象が起こる場所と技法を行う場所を離すディスタンスの考え、タイム・ミスディレクション、技法と同じ操作を先に行うことで観客を慣れさせること、基本技法からどう自分らしいエフェクトを作るかなど、とても高度な内容も含みます。
重要な理論や考えが詰め込まれた前半が特に秀逸です。前半手順はグラススルー・ザ・テーブル、紐への指輪の貫通、コイン技法を援用したクラッカーの消失。後ろ半分はカードですが、ミニ・カードが出てきたり、カードが半分に切れたりなど。全体を通してほぼ技法を使わない代わりに、全体的に現象のバリエーションが豊富で、また少人数からかなりの大人数まで通じるプロっぽい高い実用性の手順です。一方で、ちょっとサカー風味が多かったり、ネタか本気かわからなかったり、という欠点はあります。セリフも大事なものしか抑えていないので、本当に初心者向きだとしたら、ちょっと不親切ではある。
1982年としては出色のできでしょう。流石にいま、わざわざ洋書で取り寄せてまで読む意味があるかとまでは思いませんが、入門書などを書こうと思っている方がいるなら大いに参考になると思います。
古いが面白い、本格的な入門書。
500部限定。
Holisticは全体的、全体論的、包括的という意味。この本では完全な初心者を対象に、7つの手順を通じて、クロースアップ・マジックを多面的に解説していきます。つまり単なるやり方(メソッド)だけでなく、手順の狙いやセリフ、ミスディレクションなども含めた内容です。特に、誘導的なセリフ、現象が起こる場所と技法を行う場所を離すディスタンスの考え、タイム・ミスディレクション、技法と同じ操作を先に行うことで観客を慣れさせること、基本技法からどう自分らしいエフェクトを作るかなど、とても高度な内容も含みます。
重要な理論や考えが詰め込まれた前半が特に秀逸です。前半手順はグラススルー・ザ・テーブル、紐への指輪の貫通、コイン技法を援用したクラッカーの消失。後ろ半分はカードですが、ミニ・カードが出てきたり、カードが半分に切れたりなど。全体を通してほぼ技法を使わない代わりに、全体的に現象のバリエーションが豊富で、また少人数からかなりの大人数まで通じるプロっぽい高い実用性の手順です。一方で、ちょっとサカー風味が多かったり、ネタか本気かわからなかったり、という欠点はあります。セリフも大事なものしか抑えていないので、本当に初心者向きだとしたら、ちょっと不親切ではある。
1982年としては出色のできでしょう。流石にいま、わざわざ洋書で取り寄せてまで読む意味があるかとまでは思いませんが、入門書などを書こうと思っている方がいるなら大いに参考になると思います。
2019年10月31日木曜日
"Principia" Harapan Ong
Principia (Harapan Ong, 2018)
Harapan Ongのカードマジック作品集。個人作品集と言うにはちょっと趣が違い、研究成果報告のような内容。形式と内容が合致した、非常に面白い本である。
今回はまず造本の話からしなくてはならない。私の趣味の話ではなく、それが本書の特徴であり、利点でもあるからだ。本書のタイトルはもちろんニュートンだが、内容も論文集の形をとっている。各作品のことをPaper(論文)と呼び、それぞれAbstract(概要)から始まり、Introduction(はじめに)、Methodology(手法)、Results(結果)、Analysis & Discussion(分析と考察)、Conclusion(まとめ)、References(参考文献)と項目立てられている(私自身は英語論文にそこまで親しみはないので、文体まで真似しているかは判断できない)。
著者はイギリスに留学し、物理学を勉強していたという。なので論文風の紙面も、タイトル同様に著者のそういった背景をにおわせる遊びの一種か、と思いきや、これがマジックの解説書として非常によい働きをしている。改案の目的がはっきりと示されるし、また自作の欠点、さらなる改善を要する点にも率直に触れている。全ての手品解説に適用すべきフォーマットでは当然ないが、今回のような内容には非常に適している。
なおこちらは完全に趣味の話だが、表紙が中にクッション材でも入っているのかふかふかしているという、他でちょっと見たことのない造本だった。
そして作品だが、いわゆる研究家タイプの作品群である。過去の手順や現象、プロットに対して、あるいはよくある状況に対しての、新しい解決手段の研究や提案がされている。特に、著者の特色はあえて抑えられているようで、誰にとっても得るものがある。科学の分野では、自分の発見が先人の多大なる業績のうえにあることを、『巨人の肩の上』と言い回したりするが(これもニュートンが使ったことで有名だ)、本書はまさにそういった内容だ。個人作品集というと、良かれ悪しかれその著者のキャラクターに焦点が当たるが、本書はある意味ではより無個性に、カードマジックというジャンルそのものの、過去から地続きの新たな一歩というものが感じられた。たいへんお薦めである。
ただ、いくつか引っ掛かった点もあるにはある。たとえば本書は、『新規性』を掲げることで手順自体の完成度を不問にしている。それはいいのだが、中には私でもちょっと知っている感じの(つまり新規性のない)アイディアがあったように思う。まあ、ほんとうにひとつかふたつではあるけれども。
また最後にThe Trick That Cannot To Be Explainedに関するエッセイとアイディアの章があるのだが、ここで使われている手品と科学のアナロジーにはあまり感心しない。深入りはしないが、私の基準では、よくない科学アナロジーの典型に思える。
ただこれらの欠点はトリビアルなもので、この本の価値を著しく貶めている真の欠点は別にある。大変遺憾なことに、本書はこれだけ紙面を論文っぽくしているにも関わらず、数式がビットマップ画像なのだ。しかもjpegボケしているのだ。これはあきらかに画竜点睛を欠いている。
たぶん著者も刷り上がりを見て、ちょっと悲しい目をしたのではないかと思っています。再版するときはなんとしても直して欲しい。
2019年9月30日月曜日
"Card College Lightest" Roberto Giobbi

Card College Lightest (Roberto Giobbi, 2010)
ロベルト・ジョビーのセルフ・ワーキング・カードマジック解説本第3弾。
ライト・シリーズ最終巻。セルフ・ワークとルーティン構成が素晴らしかった1巻、ヴァラエティに富んだ傑作補完としての2巻ときて、さあ最後はどうなるか。
まず構成の話から。正直なところ、明確な構成のあった1巻と比べるとかなり弱く、単にいろいろ紹介しているだけになってしまっている。2巻もそういった傾向にはあったが、それ以上に。2巻ではいちおうトリックを3つの章に分け、それぞれオープナー向き、中継ぎ向き、クローザー向きとして、最後にアクトの組み立て方を解説してまとめていた。
でもライテストではそういうことは無く、トリックが章分けなしにただ連続で解説されている。全体を貫くテーマのようなものはない。いちおう最後に、セルフ・ワークと組み合わせれば効果絶大な『技術のいらない技法』が解説されている。フォールス・カットやフォールス・シャッフル、デックスイッチなど。それらは単にセルフワークと組み合わせて強力なだけでなく、セミ・オートマティックや普通のカード手品などへの橋渡しとしても大変に素晴らしいものになりうる。のだけど――――Giobbiの書きぶりはいささか散漫というか、あくまでオマケとして書いているような感じ。
トリックはというと、これもちょっと変わっている。これまでと違って手順構成に配慮する必要が無くなったこともあり、セットが重めだったりパケットだったりの名作、たとえばNumerologyやSwindle of Thoughtのような大傑作、Ramasee Principleを使ったパケットもの、またサイステビンスを使った巧妙なカード当てCheers, Mr. Galasso!などが収められていて、これらは本当に素晴らしい。一方で、実質『気合で当てる』としか言いようのない手品や、これをセルフワークと言い張るのかというデックバニッシュなどの怪作も入っており、だいぶGiobbiの趣味の感じが強い。手品とは言えないような単なるギャグ(しかも面白くない)まで1作品として入っており、それでこれまでより少ない18作品。うーむ。
悪い本というわけではないが、どうしてもトリロジーのための数合わせに感じる。特に1巻の素晴らしさからするとだいぶ尻すぼみ。あと手順の癖もちょっと強い。重ねて言うが、悪い本ではない。ただもっと素晴らしい一冊になれた可能性がちらつくだけに、とてももったいなく思うのだ。
これも翻訳出るんですか……? 乗りかかった船ということではあろうが、えらいな。
(急いで書いたので、あとで直すかも 9/30→表現を直しました 10/1)
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書評
2019年8月27日火曜日
"Facing the Truth" Rick Maue
Facing the Truth (Rick Maue, 2019)
Ricu Maueの久しぶりのレクチャーノート。
再録とエッセイ多し。
Rick Maueは特にマルティプル・アウトで有名で、代表作Terasabosでは『伏せられた4つのカップのどれにアイテムが隠されたかをマルチプルアウトのみによって当てる』ということを(実効性はともかく理論的には)確立しました。本書でも、いわゆる「タネ仕掛け」よりも、演出やアウトによって成立する手順が多いです。
イベントにはそれなりに登場していたみたいなんですが、だれでも買えるノートのリリースは本当に久しぶりです。再録とエッセイが多いですけれど、前者については、ほとんどがそういったイベントなどでの限定ノートからの再録なのであまり問題はありません。ただトリックの数が4~5個と少ないのと、それ以外を埋めるエッセイの内容は、うーん。
Compass
4人の観客が、それぞれ紙片にイラストを描き、演者が封筒にそれを入れる。封筒も紙片も観客が全く自由に選べるし、さらに集めた封筒も全く完全に混ぜられる。演者は①封筒を開けてイラストを見て、描いた人を当てる。②封筒を開けず、意識を集中させるだけで当てる。③④封筒に一切触らず、視界にも入れずに当てる。
たいへんフェアで面白い原理ですが、ある肝心の部分でフェアさが薄れている気はします。また③④でのサトルティはこの手法に限らず用いることのできるもので、非常に巧妙。
Silent Q&A(未発表)
Compassの原理を応用した、質問に答えないQ&A。
かなり演者を選びます。メンタルマジシャンの中には、純エンタメとしてではなく、自己啓発セミナーみたいな形でショーを行う人がいるんですが、そういう方面の演出。
A Matter of Trust
こちらも同様、非常に演者を選ぶスパイク・テストの演出。Maue自身、スパイク・テストは嫌いだったそうで、それを自分でも演じられる形に改修したというもの。確かに面白い演出の転換なのですが、やはりちょっと、かなり、自己啓発セミナー感。
Group Dynamic
たいへん巧妙なチェア・テスト。The Roadというノートからの再録で、これは普通に買えるやつであり、なんなら既読でしたが、まあすっかり忘れていたので構いません。
Terasabosに近いマルティプル・アウトもので、4人の内の誰がある色のボールを隠し持っているか当てる、というもの。せりふ回しにどうしても多少の不自然さが出ますが、それ以外では非常にフェアで不思議です。
NPCTP
No Palm Card To Pocket。
メンタリスト的な『策略』を使うことで、非常に負担の少なくフェアなCard to Pocket。リセットも不要で、ストローリングにも向いてる。俺は12歳の頃にはもうこういった問題意識を持ちこういった創作をしていた、などとやや説教くさい。
で、残りはエッセイ。これは全体的に面倒くさいです。訃報に接してが2本、あと格好良さとは、とか、手品創作とは、気分の切り替えをどうするか、などですけれども、手品そのものからはやや距離が遠く、本当にエッセイという感じ。またなんか全体的にとげとげしいのですよね……。
手順は相変わらず賢いのですけれど、さすがに数が少ないし、エッセイはほんとにエッセイだし、このノート買うよりも、他のノート買ったほうがいいんじゃないかな。それこそThe Roadとか、もっと手順も多くて面白かったように思います。よく覚えてないけども。
ただ新刊の告知が入っていてそれはうれしかった。楽しみです。
2019年7月28日日曜日
"Architect of the Mind" Drew Backenstoss
Architect of the Mind (Drew Backenstoss, 2019)
メンタリストScott Andrewsの作品集。300ページちょっとあり、内容含めて、著者がもてるすべてをつぎ込んだという感じ。
Derren Brownの薫陶を受けた世代らしい、ドラマチックな手順が集まっています。ステージを想定した大人数用のものが多いですが、カクテル・パーティ的なグループにアプローチして演じる手品や、3人くらい居ればできる手品もあり、何かしら引っかかるでしょう。メソッドは割とクラシカルで、アネマンの某日付フォースやSwindle Switchなど、マニア的にはちょっと見え透いているものもありますが、いちおう他のメソッドとの組み合わせなので、そこまで問題ではない。
また本当にすべてつぎ込んだ一冊という感じで、ショーの時に取り交わす契約書のひな形とか、打ち合わせで演じるのによい手品なども解説されています。
クロースアップ系としては、Triptychという章の手順がとても面白かった。マセマティカル・スリーカード・モンテの原理を用いた3手順なのですが、どれも非常に面白い演出になっています。その中のいち手順、"The Usual Suspects"が試し読みとして丸々フリーで提供されているので、気になる方は読んでみるとよいと思います。これは観客に持ち物を交換してもらったうえで、誰が「本当の凶器」を隠している殺人犯かを当てる、というミステリ仕立てのもの。他二つの演出もよく、たいした道具も要らないので、覚えていて損は無いかも。
ステージ物は、それこそDerren Brown風の、催眠のような心理学のような演出のものです。多くの手順で、最初に紙球を投げて観客を選び、手順のクライマックスのあと、紙玉を開くと結果が予言されている、といったパターンを採用しており、確かに決まれば最高に気持ちいいだろうな……。私はなかなか、そういう演技環境には巡り会いそうにないですが。
全体的に演出が上手く、長手順ですがちゃんと段階を踏んだドラマになっていて、あまり気になりません。ただ複数の現象を組み合わせる事が多く、面白いことは面白いですが、結局何を見たのか印象がぼやけるところはあるかも。メソッド的には比較的手堅く、遊びや野心は薄め。また英語が割とかなり読みにくく感じました。
そういうわけで新世代のメンタリストらしい、なかなかよい一冊でした。ステージをされる方なら大いに参考になるのでは。クロースアップとしても、前述のTriptychがかなり面白かったので、無料サンプルの"The Usual Suspects"をまず読んでみるといいのではないかなと思います。
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