2018年11月29日木曜日

"V2 Expanded Edition" Manos Kartsakis



V2 Expanded Edition(Manos Kartsakis,2016)


メンタリズムにWhich Handという現象があって、観客が手に物を隠してそれがどっちにあるか当てる、というやつなのですが、本書はそれをテーマにした小冊子です。7作品解説の80頁です(図ほど分厚くはない)。

7作品ですが、手法が7通りということではなく、基本的にはある原理を使ったものとそのバリエーションです。それが5手順で、プラス、Which Handではないけれど、似ているテーマのオマケが2手順。

Which Handは単純なだけになかなか達成の難しい現象で、ギミックを使うのでなければ、つけいる隙を増やすため変に手続きを増やしたり、エキボクを使ったがために1/2程度の当てものなのに繰り返せなかったり、心理的な技術で当たるっちゃあたるが100%でなかったり……といった割と難儀なプロットです。

本書の手順はギミック無し、100%成立ということで、どんなものかなと思ってページを開いたのですけれど、最初の手順で大いに落胆しました。言ってしまうとこれは「正直村・嘘吐き村」の論理パズルを利用した手順です。ひとつめの手順Veritasは、相手にする質問こそひとつだけですが、相手に正直/嘘吐きの役割を決めさせたり、追加のややこしい指示があったりして、パズルの気配が非常に強い。あーあハズレを引いたかなと思ったんですが、そこからが面白かった。

次の手順Voxでは当てるために必要な質問をゼロにし、その次のVerbalistでは観客がふたりになるものの、パズルとしては明らかに足らないだろうという数の質問で当ててしまいます。このVerbalistが特によくて、現象描写を読んだときは、核となる原理は既に分かっているにも関わらず、どうやって成立させているのか頭を抱えました。Which Handをふたり相手にやるのはあまり好きでは無いんですが、ここでは演出にも裏の仕掛けにも上手くハマっているのであまり気になりません。

原理が発展していくさまが読めるのでとても楽しかったし、最終的な手順も十分にいいものでした。この収録順は、実は手順の創作順ではなくて、より原理に直結したものから、ということだったようですが、おかげで読み物としての面白さが増していました。

おまけの手順はWhich Handとはちょっとずれる内容ですが、どちらも「コインを手に隠す」ことにまつわるもの。両者とも予言がからむのですが、その示し方がうまい。こういった手順で最後に『予言』を出すと、最初から分かっていた感が出てアンチ・クライマックスになってしまいがちですが、彼は演出や言い回しによってうまくドラマに仕立てています。

そういうわけで面白かったです。特にDerren Brownが好きな人なら楽しめるのではないでしょうか(著者自身Brown好きとのこと)。他の著作も買おうと思うのですが、いま調べたところ新作でもWhich Handを2手順ほど解説しているようで……そちらが発展版だとしたら、本書は別にいらなかったのかも……。いやまあ面白かったのでいいのですけれど。

2018-12-25:Which HandがWitch Handになっていたので修正。

2018年10月31日水曜日

"repertoire" Asi Wind





repertoire (Asi Wind, 2018)


待望のAsi Wind作品集。


まず何よりも造本が豪華で、本好きとしては大変うれしかった。革装、箔押し、カラーのカード貼り、本文墨に、イラストはフルカラー刷りの水彩画。

すべてのイラストがAsi自身の手になる水彩画という点は、他の本ではまず見ない趣向である。正直なところ、ややファジーで粗めのタッチなので、解説図に適しているかというと疑問ではある。しかし手品にかこつけて別の趣味を披瀝しているという事では決してない。冒頭のエッセイでこの水彩画について扱われ、手品作品とは別の側面から、彼という人物を描写するものとなっている。そしてまた、造本、スタイル、文体、レパートリーである手品の解説、本書を書くという試みそのもの、そういったすべてが必要不可欠なピースなのだ。

本書はタイトルの通り、Asi Windのレパートリーを解説した本である。これまで発表された作品が、売りネタも含めてほぼすべて収録されている。タイトルが変わっているものもあるし、すべて追いかけていた訳ではないので確実ではないが、初のDVDのTime is money、ノートChapter ONEの内容、動画DL作品Three Card Routines、単品販売していた本のスイッチギミックSwitcher、同じく単品販売のチェアテストcatch 23はすべて解説されている。……Gypsy Queenはない。また残念ながらエッセイなども再録されていないようだ。

全21作品。お札、本、メンタルがひとつずつあり、残り18作品がカード。うち2つは技法である。カードの手順はなかなか難しい。レギュラーで出来るものもあるが、メモライズド・デックやちょっとした加工、そして連続のクラシックフォースを必要とするものや、フルのギミックデックまで手段は選ばない。しかし観客からは完全レギュラーに見えるよう、見た目もハンドリングも慎重に作られている。そのためどの手順も、しっかり身につけさえすれば、非常に真に迫ったインパクトがあるだろう。

A.W.A.C.A.A.N.やDouble Exposureの実演動画を先に見たせいか、マニアも唸らせる賢い創作家の印象があったのだが、どちらかというと既存作品をチューンナップするスタイルのようだ。本書ではビドルトリックやカラーチェンジ(Moving Pips系)のような、マニア相手だと道具立てだけで察されてしまうような手順もある。これらはなじみ深い古典作品であるだけ余計に、Asi流のチューンナップが味わえる。

さて解説は丁寧だが、いくつか足りていないと思うところもある。解説に濃淡があり、トリックの全体像をつかむのがやや難しい。トリック自体の難易度は別にしても、読んですぐ演じられるようにはなっていないのだ。ただそれも、どこまでかは知らないが、意図されたものであるようだ。

本書は非常によくできた本である。手品を学ぶには、映像で見たり、本人から直接教わったりといった方法もあるけれども、本書は本書にしかできないかたちで、Asi Windのレパートリーを解説している。そしてそれを通じて、Asi Windその人を描き出している。テキストだけでなく、造本へのこだわりや水彩画のイラスト、そして書物にはつきものの愛すべき不自由さも含めて、たいへんに立派な、一冊の本である。


なお本書で使われた水彩画はご本人のショップから購入可能。各3万円くらい。

2018年9月28日金曜日

"Card College Lighter" Roberto Giobbi




Card College Lighter (Roberto Giobbi, 2008)

ロベルト・ジョビーのセルフ・ワーキング・カードマジック解説本第2弾。

第一巻は、セルフ・ワークのトリックの解説を通じて、マジックを不思議に演じる上で重要な様々なテクニックを伝授してくれるという点で、比類のない素晴らしい本でした。ただその目的は、一巻でかなりの程度まで満足されています。巻を重ねることで実例は増えましょうが、テーマとして新しいことはありません。


そういうわけで、本書は言ってしまえば追加の作品集です。いちおう新たなるテーマとして、演目(プログラム)の構成という題材があるのですが、第一巻が
打ち出したものに比べるとかなり弱いでしょう。

ただしこの『新たなテーマ』が、選ばれる作品の趣を変えています。そもそも前回の縛りが非常にきつかった。前回はすべての手順が3トリックずつのルーティンに組まれており、組み合わせによって威力を発揮するよう慎重に作品が選ばれていました。

一方、本書のテーマは『プログラムの組み方です。オープナー・中継ぎ・クローザーの三つの章に分かれており、それぞれ7トリックが解説されています。言うならば、出来合いのプログラム(演目)7つを提供した前巻に対して、今回はプログラムの素材を提供するかたち。前巻とはちょうど『行・列』が逆というか、一段階構成をばらしたというわけです。そのため各トリックは、プログラムのどの辺りに使うのが良いかという大まかなクラス分けこそあるものの、前後に来るトリックについては特に想定されていません。ために、単独でも使いやすく、自分の手順に組み込むのもより容易でしょう。また前巻がややカード当てが多かったところ、よりバラエティに富んだ、単独で面白い手順が多いように思います。個人的には、Gemini Twinsをセルフ・ワークのままうまく4Aプロダクションに仕立てた"Fully Automatic Aces"や、巧妙かつバイプレイの楽しみがある思ったカード当て”The Thought-of Card”、これぞ数理といった"The Cards Knew"が好きです。

単なるセルフワークに留まらないような手順、デックをふたつ使うものや、ガフカードを使ったもの、運が悪いと失敗するものも、ちらほらと顔をのぞかせ始めます(これはLightestでさらに加速します)。



前巻とは少しだけ趣を変えた、より扱いやすいセルフ・ワーク作品集。『プログラムの組み方』というテーマについては、本書のみでは十分に解説できたとは思えません。しかしその方針のために、前巻とはやや趣の異なった傑作セルフ・ワーク・トリックが収録されています。初読時はちょっと食傷したんですが、それは3冊連続で読んだからというのも多分にあったのでしょう。今回、時間をおいて久しぶりに読みましたが、かなり面白かったです。

日本語版が出たと聞きました。ほんとうか……?!(ほんとうだった)

2018年8月28日火曜日

"Blue Moon" Nicolaj Christensen




Blue Moon(Nicolaj Christensen, 2016)


 タイトルと表紙がかっちょいいので買いました。著者の方、デンマークのセミプロ(?)の方だそうです。94年生まれで本が2016年刊行なので、22歳の時の本。内容も、いかにも若い人が書いた本だなあと言う感じがしますし、それは著者も自覚的にそうしているようです。巻頭にて、自らの若さについて言及した後、本書は教本ではなくて、議題を提供するものなんだと書いています。

 カードのみで7手順、約160頁、それぞれテーマの異なった4つの章からなっています*。扱うのは『リアリズム』『アトモスフィア』『コミュニケーション』『マジック愛』。たとえば『リアリズム』では、マジックを本物らしく演じることについてのエッセイがあり、それから偽の記憶術やギャンブル・デモの手順が解説されます。

 理論書と言う人もいるかもしれませんが、なんでもかんでも理論書と言うのはどうかと思いますし、これはまあマジック観の本でありましょう。著者自身もそのつもりのようです。漫然と『理論』を書くのでなく、ちゃんと実作を持って示すところは非常に誠実だと思います。

 これで手順が面白かったよいのですが、特殊な技法や原理もなく、総じてあまりぱっとしないのは残念でした。細部まで気を遣っていることはわかりますし、実際に見たら不思議だろうとは思うのですが、それでもぱっとはしません。しかしこの解説そのものがまた、若さを感じる内容で、とても細かく注釈が入り、さらに別立てで『詳解(closer look)』が設けられています。章ごとに深遠な引用があったり、手当たり次第なクレジット註があったりします。なんだか心がむずがゆくなってきます。

 著者の言うとおり、狙うとおりに、氏とセッションをしたような――あるいは過去の自分の一片を見たような――満足感があります。ただそこまで目新しいもの、こころ揺さぶるようなものはなかった。せっかくならエキゾチックなものが見たいじゃあないですか。


*1つだけ、トランプではなく名刺の束で演じているという手順がありますが、まあ同じようなものです。

2018年7月25日水曜日

"The Top Change" Magic Christian




The Top Change ~Monarch of Card Sleights
(Magic Christian, 2017)


 トップ・チェンジの達人の、点睛を欠いた小ぶりな技法書。

 本書はHofzinserの研究家でも知られるMagic ChristianがTop Changeとその類例の技法を解説する本。たいへんによい内容でありつつ、読む価値のほとんどない文章も多分に含み、是非とも読みたかった情報が欠けている、残念な一冊。

 本書は七章立てになっている。
1 A Sleight History
2 The General Concept
3 The Basic Changes
4 My Top and Bottom Change Variations
5 New Ideas for the Exchange of Four Aces
6 Other Techniques
7 The Literature

 歴史の章は、レジナルド・スコットの記述したグライドから始まり、トップ・チェンジが広まるまでを要領よくまとめている。また同時に、Hofziner研究家である著者が、『正統な』トップ・チェンジの使い手であることも匂わせている。

 2章では「トップチェンジ」とその周辺に位置する技法について、そしてこれら技法をうまく行うための理論的な事が手短に語られる。3章、トップチェンジとその周辺技法について、丁寧に解説する。この類いの技法で重要になる視線や注意の誘導に関しても、簡素にではあるが、非常に参考になる内容が解説される。

 ここまでこの本は素晴らしい。
 ここ以降は斜め読みで構わない。

 4章、バリエーション技法集なのだが、これは実際のところ3章で行った技法の組み合わせである。デックを表向きに持っているか裏向きにもっているかの違いだけで別項目を立て、まったく変わらないハンドリングをなんども解説する。そんなの「同じ事はデックを表向きに持っていてもできる。」の一行ですむのに。
 ありがたいことに、これらの技法にはとても直接的な命名法が適用されているので、技法名を見ればおおよその内容はわかる。あとは写真を流し見れば十分だ。

 5章、エースのスイッチへの応用。6章、なぜ章分けしたのか分からないが、7章のための扉文である。7章、文献一覧だが、Behrのfileから絞り込み検索した結果を貼ったもの。

 そしてトリックの解説はなく、終わる。

 悪い本ではないし、序盤は特に素晴らしいのだが、さてこの技法をどんな文脈で用いれば良いのか、どう手順に適用するといいのか、タイミングや観客のコントロールには基本の他にどういったものがあり得るのか。そういった事には殆ど触れられていない。デックスイッチなんかとは違って、手順の『中』でどう使うかがとりわけ重要な技法であるのに。いい手順や導入手順が5つぐらい、いや3つでも、なんならPat PageのThe Unknown Soldier’s Card Trickが載っているだけでも、全然違ったと思うのだが。

 DVDを作っていると書かれていたので、そちらに期待すれば良いのだろうか?

2018年6月29日金曜日

"Handcrafted Card Magic, Vol. 3" Denis Behr



Handcrafted Card Magic―Volume 3(Denis Behr, 2018)


Denis Behrのシリーズ、最新巻です。

シリーズを読んだことのある人は先刻承知と思いますが、この薄いハードカバー本の内容は非常に偏っており、尖っています。

非常に簡素な書きぶりの93ページ、技法も含めたカードオンリー9作品は、世界最高峰の研究家である筆者のレパートリーであり、著者の研究成果であり、ために、読者のための配慮というものが最小限です。基本技法の解説はありませんし、求められる技量は物理的にも観念的にも高く、スプレッド・カルやパーム、ボトム・ディールは当然で、メモライズド・スタックも使います。フルデックのギミックも使います。そういうことを承知で買う必要があります。

だから本書は、初心者には絶対に向いていません。しかし内容は折り紙付きですし、特にMnemonicaを使っている人は必読です。仮に本書の手順を演じないとしてもです。

本書では、これまでの2冊と異なり、メモライズド・デックそのものは使いません。しかし二つの手順、徐々に不可能性を増す(ように演出された)3段のメイト一致現象Routined Arith-Mate-ic、それからメイトを配るギャンブリング・デモンストレーションから始まる素晴らしいメイト手順Mating Seasonの二つが、それぞれ異なった一般的スタックを必要としており、これがMnemonicaから、それも非常に少ない手順で遷移可能なのです。トリック自体も素晴らしいですが、Mnemonicaからこれらのスタックへの遷移手法だけでも本書の値段以上の価値があります。これらのスタックにはさまざまな研究があり、この遷移手法はこれらのトリックにのみ留まるものではありません。

またMating SeasonはPit Hartlingの未発表アイディアが使われており、これがすごい。カードをテーブルに広げ、ばらばらであることを示した後、すべてがメイトになります。セットアップのためのハンドリングがちょっと難しいですが、非常に不思議。

Fulvesの原理を、これもHartlingと検討したというPhotographic Memoryも素晴らしい手順です。よく混ぜた後のデックを記憶し、さらに混ぜた後で元の並びに戻す。観客に混ぜさせられない事だけが瑕疵といえば瑕疵ですが、しっかりと混ぜたこと自体には偽りは無く、それでいてこの現象が達成できる。現象の不思議さも原理の巧妙さも、やはりこれ一作で本書の値段以上の価値があるでしょう。

そういったスタックの特性を非常に上手く利用した手順がある一方、パーム、ホールドアウト、ボトムディール、パームスイッチだけで成立しているようなゴリゴリのギャンブリングデモもありますが……。

さておき、これまでの2冊以上に、スタックや原理の賢さが光る本であり、思わず膝を打つ、手品の面白さがありました。また、かのHarbert君も帰ってきます。手段を選ばないマルチプル・セレクション・ルーチンは、そのものが非常にフェア(観客が自由にカードを戻し、混ぜられる)うえに、他の手順への発展性もあり、なんというか、すごい本であり、楽しい本です。非常に洗練された手品の楽しみがあります。

クレジットがしっかりしており、かつBehrの書きぶりが控えめなので、オリジナリティがどこにあるのかちょっとわかりにくいのが難と言えば難。またこの巻含め、シリーズの多くの手順がDVD Magic On Tapに収録されました。本でのBehrの書きぶりは簡素なので、手順によっては、未見ですがDVDの方が良いかもしれませんが……。でもまあ本書での一番のおすすめPhotographic MemoryはDVDでは演技のみ、解説が読めるのは本書だけのようですから、やっぱりマスト・バイですよ。

2018年5月31日木曜日

"Turnantula" Bob Farmer


Turnantula(Bob Farmer, 2018)

 作品自体はそこまで高く評価しないのだけれど、なぜか惹かれる著者というのがいて、たとえば僕の場合はBob Farmerがそうです。このTurnantulaという冊子は、Turnantulaというターンノーバー技法とそれを使ったさまざまな手順を解説した72ppの冊子で、先に言ってしまうけれど、手順自体はあんまり面白くありません。ただ本の構成は非常によかった。

 本書は技法とその使用例の解説書なのですが、販売ページに行くと、技法の実演動画が置いてあります。しかもこの動画、解説までします。つまり最初に裏を明かした上で、本書を売っているわけです。単体技法にフィーチャーした本として、非常に誠実な売り方でしょう。

 まあ……残念なことに肝心の技法は、動画で見てもそこまで魅力的ではありません。ハーフパスの亜種なんですが、自然な動作に擬態している割には、どうやっても気配が出そうというか……。ただ商品の売り方としては非常にいいと思いましたし、どういう現象に仕立てるのかという興味もあり買いました。

 まあ……残念なことに、技法自体がちょっといまいちなので、どの手順にもいまひとつ食指が伸びなかったです。ただパケットからフルデック、即席からガフ、有名プロットから特殊なものまで、かなりいろいろな方向性を示しています。ハーフパス技法なのにデックがケースになる変化現象までありました。他の人の作例も載せており、これも非常によいアクセントになっています。

 気に入ったのはDavid OestreicherのSympathetic Turnantulaで、赤4枚黒4枚で行う奇妙な同調現象。あとおまけで載っているRemraf Reversalという技法は、Turnantulaより用途は狭そうながら、非常に使えるやつではと思います。こちらはBraue Reversalの親戚みたいな技法です。上ではいろいろ言いましたが、Turnantulaそのものも、注視下でなければかなり使えるように思います。

 そんなわけで「単一技法をあつかった冊子」としては非常によいものでした。動画で見て技法が気に入った人はマストバイですし、そうでなくとも、単に読んだり研究したりするのにとてもいい内容です。

2018年4月30日月曜日

"Secrets" Anthony Owen

Secrets(Anthony Owen, 2017)

 Anthony Owenはこれまでカードやメンタルでノートを出していますが、有名なのはDVDにもなったUltimate Oil and Waterでしょう。ただ私個人としては、英国のメンタル寄りTVマジックのプロデューサーとして気になっていました。Darren Brownのショーの多くに参加していたとのこと。

 本書は彼の初めてのまとまった作品集です。裏に数字を書いたトランプを使うなど、どうにも一点物の手順(※)が多く、そこは好みが分かれそうです。一方、そういった手順を演じられる方でしたら、通して楽しめるでしょう。

※一点物の手順:道具や手続きがその手順のためのものである事が、観客からも明白であるもののことを言いたかった。またOwenの場合は、現象がいっかいこっきりである事が多くて、それがこの感じを助長していると思う。

 マジック番組の裏方として番組のために手順を考案していたこともあってか、全体的にプロブレム解決型の手順が多いです。Oil and Waterでの「揃えて広げるだけで分離」や、Out of this Worldの「ガイドカードの交換なし」、Premonitionの「観客が自由に思っただけのカードが消え、かつ、消えたことを観客が確かめても不整合が無い」など。ただ確かに公約は見事に解決しているんですが、大きなドローバックがあるものもあります。

 手順はカードやカードのメンタルが多いですが、2作品だけですがコインなんかもあって幅広い(マトリックスは面白い趣向で、できれば先に生で見たかった……)。ギミックや準ギミックをつかう手順がほとんどですが、何かしら「この手を使うのか」というポイントがあり、演じる演じないは別として面白かったです。

 とりわけ特殊状況下での手品や、TV用の手品などは、プロブレム解決型の手腕がよく合致しています。飲んだコーヒーを素材ごとに分離させて吐き出すという純TV向きの手品や、英国のTV番組を下敷きにしたものなど。後者は文化に依存しているため、残念ながら直接は演じられませんが、クイズ・ミリオネア(の元ネタ)を下敷きにしたものなんかは日本でも楽しく演じられるでしょう。

 面白いですが、一点物手品やギミック手品が苦手な人は、そのままレパートリーにできる手品は少ないでしょう。もちろんそれぞれ面白くはあるのですけれど。一点物ができる人なら、非常によい作品集と思います。

2018年3月31日土曜日

”Torn and Restored” John Carney

Torn and Restored (John Carney, 1995)

タイトル通り、John CarneyによるTorn and Restoredの作品集。4手順+おまけで15頁の小振りなもの。私が買ったのは最近出たe-book版です。

Torn and Restoredにも色々なタイプがあるけれども、本冊子のものは全て、デュプリケートを使用したもので、かつ一括復活。そういう意味ではやはりちょっと古い感じはあります。演出や演技の流れはあまり解説されておらず、そこは残念なのですが、スライトのみのシンプルなものから、ギミックによるビジュアルなものまで、いろいろなアプローチがあります。デュプリケートの使用やギミックの存在など、他手順との接続はちょっと一工夫いりそうですが。

テーマ縛りということで、どうしてもDaOrtizのCementario de Cartasと比べてしまいますし、そうすると少し見劣りする感じはありますが、短いなかにいろいろなアイディアがぎゅっとつまった冊子です。

個人的には、ボーナス・エフェクトとして解説されている『複数枚のカードの復活』がたいへん気に入り、これだけで元が取れた感じです。アクトの締めなんかにぴったりです。

2018年2月27日火曜日

"Totally Out of Control: Supreme MME Edition" Chris Kenner


Totally Out of Control: Supreme MME Edition(Chris Kenner, 2018)

歴史的な名著Totally Out of Control(1992)に、その前身とも言える雑誌Magic Man Examiner(1991-1992)を加えた決定版。

Chris Kennerについては、紹介するまでもないでしょう。KennerのTotally Out of Controlは、Paul HarrisやJay Sankeyの流れを汲みつつ、スタンドアップを基調とした独特の『軽さ』、見た目のシンプルさ、鮮やかなどんでん返し、そしてフラリッシュと、今のクロースアップ・マジックに多大な影響を与えました。代表作のThree FlyやSybil Cutは、その名を知らないマジシャンは居ないでしょう。

Totally Out of Controlには、いま見てもなお鮮やかで不思議な、いい手順が満載です。またKennerは超絶スライトよりも、ギミック・コインや両面テープなどでクリーンさを達成している所があり、そのアプローチは再び検討してみるべきかもしれません。

また本書はユーモアあふれる解説のスタイル、造本でもたいへんに有名で、所有して損のない本です。

それで今回の新版ですが、Magic Man Examinerが収録されているのが売りです。こちらはTotally Out of Controlの出版の前年に開始されたChris KennerとHomer Liwagの主催する季刊の個人雑誌です。結局Volume 1の全4号しか発行されなかったのですが、手に入りにくい冊子でした。

収録されている作品はKennerのものが多いですが、他に
Homer Liwag
Troy Hooser
Jay Inglee
Roger Klause
Richard Kaufman
John Carney
Michael Close
Michael Weber
Mark Brandyberry
Mac King
Phil Goldstein
による手順や技法、Tipsが収録されています。

Totally Out of Controlに比べると作品にはムラが多く、またKenner作品はTotally Out of Controlとの重複も多いですが、2006年にCoin Oneの名で発売され、一斉を風靡した手順の原型Four Coins and a Filipinoや、Troy Hooserのコイン手順など、当時の最前線の手順が散見されます。Chink-a-Chinkの、いまや定番になっている一瞬で集まるハンドリング、あれもHomer Liwagだったんですね。先例も有るのかもしれませんが、意外でした。

またこちらもTotally Out of Controlのようなユーモアあふれる紙面作りで、あのスタイルのファンとしては嬉しい限り。本全体で見ると、MMEが本編の間に挟まる形になってしまい、造本の美しさはやや損なわれてしまいましたが……。

歴史的名著、Totally Out of Controlをもし持っていないのなら、是非この機会に買いましょう。MMEの方はすこし劣りますが、資料的価値も高く、持っていて損はないでしょう。あとこれはわざと最後に書くのですが、Michael Weberの501 Derfulは、小さな工夫ではありますが、Card To Pocket好きなら一読の価値があります。