2018年7月25日水曜日
"The Top Change" Magic Christian
The Top Change ~Monarch of Card Sleights
(Magic Christian, 2017)
トップ・チェンジの達人の、点睛を欠いた小ぶりな技法書。
本書はHofzinserの研究家でも知られるMagic ChristianがTop Changeとその類例の技法を解説する本。たいへんによい内容でありつつ、読む価値のほとんどない文章も多分に含み、是非とも読みたかった情報が欠けている、残念な一冊。
本書は七章立てになっている。
1 A Sleight History
2 The General Concept
3 The Basic Changes
4 My Top and Bottom Change Variations
5 New Ideas for the Exchange of Four Aces
6 Other Techniques
7 The Literature
歴史の章は、レジナルド・スコットの記述したグライドから始まり、トップ・チェンジが広まるまでを要領よくまとめている。また同時に、Hofziner研究家である著者が、『正統な』トップ・チェンジの使い手であることも匂わせている。
2章では「トップチェンジ」とその周辺に位置する技法について、そしてこれら技法をうまく行うための理論的な事が手短に語られる。3章、トップチェンジとその周辺技法について、丁寧に解説する。この類いの技法で重要になる視線や注意の誘導に関しても、簡素にではあるが、非常に参考になる内容が解説される。
ここまでこの本は素晴らしい。
ここ以降は斜め読みで構わない。
4章、バリエーション技法集なのだが、これは実際のところ3章で行った技法の組み合わせである。デックを表向きに持っているか裏向きにもっているかの違いだけで別項目を立て、まったく変わらないハンドリングをなんども解説する。そんなの「同じ事はデックを表向きに持っていてもできる。」の一行ですむのに。
ありがたいことに、これらの技法にはとても直接的な命名法が適用されているので、技法名を見ればおおよその内容はわかる。あとは写真を流し見れば十分だ。
5章、エースのスイッチへの応用。6章、なぜ章分けしたのか分からないが、7章のための扉文である。7章、文献一覧だが、Behrのfileから絞り込み検索した結果を貼ったもの。
そしてトリックの解説はなく、終わる。
悪い本ではないし、序盤は特に素晴らしいのだが、さてこの技法をどんな文脈で用いれば良いのか、どう手順に適用するといいのか、タイミングや観客のコントロールには基本の他にどういったものがあり得るのか。そういった事には殆ど触れられていない。デックスイッチなんかとは違って、手順の『中』でどう使うかがとりわけ重要な技法であるのに。いい手順や導入手順が5つぐらい、いや3つでも、なんならPat PageのThe Unknown Soldier’s Card Trickが載っているだけでも、全然違ったと思うのだが。
DVDを作っていると書かれていたので、そちらに期待すれば良いのだろうか?
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Hermetic Press,
書評
2018年6月29日金曜日
"Handcrafted Card Magic, Vol. 3" Denis Behr
Handcrafted Card Magic―Volume 3(Denis Behr, 2018)
Denis Behrのシリーズ、最新巻です。
シリーズを読んだことのある人は先刻承知と思いますが、この薄いハードカバー本の内容は非常に偏っており、尖っています。
非常に簡素な書きぶりの93ページ、技法も含めたカードオンリー9作品は、世界最高峰の研究家である筆者のレパートリーであり、著者の研究成果であり、ために、読者のための配慮というものが最小限です。基本技法の解説はありませんし、求められる技量は物理的にも観念的にも高く、スプレッド・カルやパーム、ボトム・ディールは当然で、メモライズド・スタックも使います。フルデックのギミックも使います。そういうことを承知で買う必要があります。
だから本書は、初心者には絶対に向いていません。しかし内容は折り紙付きですし、特にMnemonicaを使っている人は必読です。仮に本書の手順を演じないとしてもです。
本書では、これまでの2冊と異なり、メモライズド・デックそのものは使いません。しかし二つの手順、徐々に不可能性を増す(ように演出された)3段のメイト一致現象Routined Arith-Mate-ic、それからメイトを配るギャンブリング・デモンストレーションから始まる素晴らしいメイト手順Mating Seasonの二つが、それぞれ異なった一般的スタックを必要としており、これがMnemonicaから、それも非常に少ない手順で遷移可能なのです。トリック自体も素晴らしいですが、Mnemonicaからこれらのスタックへの遷移手法だけでも本書の値段以上の価値があります。これらのスタックにはさまざまな研究があり、この遷移手法はこれらのトリックにのみ留まるものではありません。
またMating SeasonはPit Hartlingの未発表アイディアが使われており、これがすごい。カードをテーブルに広げ、ばらばらであることを示した後、すべてがメイトになります。セットアップのためのハンドリングがちょっと難しいですが、非常に不思議。
Fulvesの原理を、これもHartlingと検討したというPhotographic Memoryも素晴らしい手順です。よく混ぜた後のデックを記憶し、さらに混ぜた後で元の並びに戻す。観客に混ぜさせられない事だけが瑕疵といえば瑕疵ですが、しっかりと混ぜたこと自体には偽りは無く、それでいてこの現象が達成できる。現象の不思議さも原理の巧妙さも、やはりこれ一作で本書の値段以上の価値があるでしょう。
そういったスタックの特性を非常に上手く利用した手順がある一方、パーム、ホールドアウト、ボトムディール、パームスイッチだけで成立しているようなゴリゴリのギャンブリングデモもありますが……。
さておき、これまでの2冊以上に、スタックや原理の賢さが光る本であり、思わず膝を打つ、手品の面白さがありました。また、かのHarbert君も帰ってきます。手段を選ばないマルチプル・セレクション・ルーチンは、そのものが非常にフェア(観客が自由にカードを戻し、混ぜられる)うえに、他の手順への発展性もあり、なんというか、すごい本であり、楽しい本です。非常に洗練された手品の楽しみがあります。
クレジットがしっかりしており、かつBehrの書きぶりが控えめなので、オリジナリティがどこにあるのかちょっとわかりにくいのが難と言えば難。またこの巻含め、シリーズの多くの手順がDVD Magic On Tapに収録されました。本でのBehrの書きぶりは簡素なので、手順によっては、未見ですがDVDの方が良いかもしれませんが……。でもまあ本書での一番のおすすめPhotographic MemoryはDVDでは演技のみ、解説が読めるのは本書だけのようですから、やっぱりマスト・バイですよ。
2018年5月31日木曜日
"Turnantula" Bob Farmer
Turnantula(Bob Farmer, 2018)
作品自体はそこまで高く評価しないのだけれど、なぜか惹かれる著者というのがいて、たとえば僕の場合はBob Farmerがそうです。このTurnantulaという冊子は、Turnantulaというターンノーバー技法とそれを使ったさまざまな手順を解説した72ppの冊子で、先に言ってしまうけれど、手順自体はあんまり面白くありません。ただ本の構成は非常によかった。
本書は技法とその使用例の解説書なのですが、販売ページに行くと、技法の実演動画が置いてあります。しかもこの動画、解説までします。つまり最初に裏を明かした上で、本書を売っているわけです。単体技法にフィーチャーした本として、非常に誠実な売り方でしょう。
まあ……残念なことに肝心の技法は、動画で見てもそこまで魅力的ではありません。ハーフパスの亜種なんですが、自然な動作に擬態している割には、どうやっても気配が出そうというか……。ただ商品の売り方としては非常にいいと思いましたし、どういう現象に仕立てるのかという興味もあり買いました。
まあ……残念なことに、技法自体がちょっといまいちなので、どの手順にもいまひとつ食指が伸びなかったです。ただパケットからフルデック、即席からガフ、有名プロットから特殊なものまで、かなりいろいろな方向性を示しています。ハーフパス技法なのにデックがケースになる変化現象までありました。他の人の作例も載せており、これも非常によいアクセントになっています。
気に入ったのはDavid OestreicherのSympathetic Turnantulaで、赤4枚黒4枚で行う奇妙な同調現象。あとおまけで載っているRemraf Reversalという技法は、Turnantulaより用途は狭そうながら、非常に使えるやつではと思います。こちらはBraue Reversalの親戚みたいな技法です。上ではいろいろ言いましたが、Turnantulaそのものも、注視下でなければかなり使えるように思います。
そんなわけで「単一技法をあつかった冊子」としては非常によいものでした。動画で見て技法が気に入った人はマストバイですし、そうでなくとも、単に読んだり研究したりするのにとてもいい内容です。
2018年4月30日月曜日
"Secrets" Anthony Owen
Secrets(Anthony Owen, 2017)
Anthony Owenはこれまでカードやメンタルでノートを出していますが、有名なのはDVDにもなったUltimate Oil and Waterでしょう。ただ私個人としては、英国のメンタル寄りTVマジックのプロデューサーとして気になっていました。Darren Brownのショーの多くに参加していたとのこと。
本書は彼の初めてのまとまった作品集です。裏に数字を書いたトランプを使うなど、どうにも一点物の手順(※)が多く、そこは好みが分かれそうです。一方、そういった手順を演じられる方でしたら、通して楽しめるでしょう。
※一点物の手順:道具や手続きがその手順のためのものである事が、観客からも明白であるもののことを言いたかった。またOwenの場合は、現象がいっかいこっきりである事が多くて、それがこの感じを助長していると思う。
マジック番組の裏方として番組のために手順を考案していたこともあってか、全体的にプロブレム解決型の手順が多いです。Oil and Waterでの「揃えて広げるだけで分離」や、Out of this Worldの「ガイドカードの交換なし」、Premonitionの「観客が自由に思っただけのカードが消え、かつ、消えたことを観客が確かめても不整合が無い」など。ただ確かに公約は見事に解決しているんですが、大きなドローバックがあるものもあります。
手順はカードやカードのメンタルが多いですが、2作品だけですがコインなんかもあって幅広い(マトリックスは面白い趣向で、できれば先に生で見たかった……)。ギミックや準ギミックをつかう手順がほとんどですが、何かしら「この手を使うのか」というポイントがあり、演じる演じないは別として面白かったです。
とりわけ特殊状況下での手品や、TV用の手品などは、プロブレム解決型の手腕がよく合致しています。飲んだコーヒーを素材ごとに分離させて吐き出すという純TV向きの手品や、英国のTV番組を下敷きにしたものなど。後者は文化に依存しているため、残念ながら直接は演じられませんが、クイズ・ミリオネア(の元ネタ)を下敷きにしたものなんかは日本でも楽しく演じられるでしょう。
面白いですが、一点物手品やギミック手品が苦手な人は、そのままレパートリーにできる手品は少ないでしょう。もちろんそれぞれ面白くはあるのですけれど。一点物ができる人なら、非常によい作品集と思います。
Anthony Owenはこれまでカードやメンタルでノートを出していますが、有名なのはDVDにもなったUltimate Oil and Waterでしょう。ただ私個人としては、英国のメンタル寄りTVマジックのプロデューサーとして気になっていました。Darren Brownのショーの多くに参加していたとのこと。
本書は彼の初めてのまとまった作品集です。裏に数字を書いたトランプを使うなど、どうにも一点物の手順(※)が多く、そこは好みが分かれそうです。一方、そういった手順を演じられる方でしたら、通して楽しめるでしょう。
※一点物の手順:道具や手続きがその手順のためのものである事が、観客からも明白であるもののことを言いたかった。またOwenの場合は、現象がいっかいこっきりである事が多くて、それがこの感じを助長していると思う。
マジック番組の裏方として番組のために手順を考案していたこともあってか、全体的にプロブレム解決型の手順が多いです。Oil and Waterでの「揃えて広げるだけで分離」や、Out of this Worldの「ガイドカードの交換なし」、Premonitionの「観客が自由に思っただけのカードが消え、かつ、消えたことを観客が確かめても不整合が無い」など。ただ確かに公約は見事に解決しているんですが、大きなドローバックがあるものもあります。
手順はカードやカードのメンタルが多いですが、2作品だけですがコインなんかもあって幅広い(マトリックスは面白い趣向で、できれば先に生で見たかった……)。ギミックや準ギミックをつかう手順がほとんどですが、何かしら「この手を使うのか」というポイントがあり、演じる演じないは別として面白かったです。
とりわけ特殊状況下での手品や、TV用の手品などは、プロブレム解決型の手腕がよく合致しています。飲んだコーヒーを素材ごとに分離させて吐き出すという純TV向きの手品や、英国のTV番組を下敷きにしたものなど。後者は文化に依存しているため、残念ながら直接は演じられませんが、クイズ・ミリオネア(の元ネタ)を下敷きにしたものなんかは日本でも楽しく演じられるでしょう。
面白いですが、一点物手品やギミック手品が苦手な人は、そのままレパートリーにできる手品は少ないでしょう。もちろんそれぞれ面白くはあるのですけれど。一点物ができる人なら、非常によい作品集と思います。
2018年3月31日土曜日
”Torn and Restored” John Carney
Torn and Restored (John Carney, 1995)
タイトル通り、John CarneyによるTorn and Restoredの作品集。4手順+おまけで15頁の小振りなもの。私が買ったのは最近出たe-book版です。
Torn and Restoredにも色々なタイプがあるけれども、本冊子のものは全て、デュプリケートを使用したもので、かつ一括復活。そういう意味ではやはりちょっと古い感じはあります。演出や演技の流れはあまり解説されておらず、そこは残念なのですが、スライトのみのシンプルなものから、ギミックによるビジュアルなものまで、いろいろなアプローチがあります。デュプリケートの使用やギミックの存在など、他手順との接続はちょっと一工夫いりそうですが。
テーマ縛りということで、どうしてもDaOrtizのCementario de Cartasと比べてしまいますし、そうすると少し見劣りする感じはありますが、短いなかにいろいろなアイディアがぎゅっとつまった冊子です。
個人的には、ボーナス・エフェクトとして解説されている『複数枚のカードの復活』がたいへん気に入り、これだけで元が取れた感じです。アクトの締めなんかにぴったりです。
タイトル通り、John CarneyによるTorn and Restoredの作品集。4手順+おまけで15頁の小振りなもの。私が買ったのは最近出たe-book版です。
Torn and Restoredにも色々なタイプがあるけれども、本冊子のものは全て、デュプリケートを使用したもので、かつ一括復活。そういう意味ではやはりちょっと古い感じはあります。演出や演技の流れはあまり解説されておらず、そこは残念なのですが、スライトのみのシンプルなものから、ギミックによるビジュアルなものまで、いろいろなアプローチがあります。デュプリケートの使用やギミックの存在など、他手順との接続はちょっと一工夫いりそうですが。
テーマ縛りということで、どうしてもDaOrtizのCementario de Cartasと比べてしまいますし、そうすると少し見劣りする感じはありますが、短いなかにいろいろなアイディアがぎゅっとつまった冊子です。
個人的には、ボーナス・エフェクトとして解説されている『複数枚のカードの復活』がたいへん気に入り、これだけで元が取れた感じです。アクトの締めなんかにぴったりです。
2018年2月27日火曜日
"Totally Out of Control: Supreme MME Edition" Chris Kenner
Totally Out of Control: Supreme MME Edition(Chris Kenner, 2018)
歴史的な名著Totally Out of Control(1992)に、その前身とも言える雑誌Magic Man Examiner(1991-1992)を加えた決定版。
Chris Kennerについては、紹介するまでもないでしょう。KennerのTotally Out of Controlは、Paul HarrisやJay Sankeyの流れを汲みつつ、スタンドアップを基調とした独特の『軽さ』、見た目のシンプルさ、鮮やかなどんでん返し、そしてフラリッシュと、今のクロースアップ・マジックに多大な影響を与えました。代表作のThree FlyやSybil Cutは、その名を知らないマジシャンは居ないでしょう。
Totally Out of Controlには、いま見てもなお鮮やかで不思議な、いい手順が満載です。またKennerは超絶スライトよりも、ギミック・コインや両面テープなどでクリーンさを達成している所があり、そのアプローチは再び検討してみるべきかもしれません。
また本書はユーモアあふれる解説のスタイル、造本でもたいへんに有名で、所有して損のない本です。
それで今回の新版ですが、Magic Man Examinerが収録されているのが売りです。こちらはTotally Out of Controlの出版の前年に開始されたChris KennerとHomer Liwagの主催する季刊の個人雑誌です。結局Volume 1の全4号しか発行されなかったのですが、手に入りにくい冊子でした。
収録されている作品はKennerのものが多いですが、他に
Homer Liwag
Troy Hooser
Jay Inglee
Roger Klause
Richard Kaufman
John Carney
Michael Close
Michael Weber
Mark Brandyberry
Mac King
Phil Goldstein
による手順や技法、Tipsが収録されています。
Totally Out of Controlに比べると作品にはムラが多く、またKenner作品はTotally Out of Controlとの重複も多いですが、2006年にCoin Oneの名で発売され、一斉を風靡した手順の原型Four Coins and a Filipinoや、Troy Hooserのコイン手順など、当時の最前線の手順が散見されます。Chink-a-Chinkの、いまや定番になっている一瞬で集まるハンドリング、あれもHomer Liwagだったんですね。先例も有るのかもしれませんが、意外でした。
またこちらもTotally Out of Controlのようなユーモアあふれる紙面作りで、あのスタイルのファンとしては嬉しい限り。本全体で見ると、MMEが本編の間に挟まる形になってしまい、造本の美しさはやや損なわれてしまいましたが……。
歴史的名著、Totally Out of Controlをもし持っていないのなら、是非この機会に買いましょう。MMEの方はすこし劣りますが、資料的価値も高く、持っていて損はないでしょう。あとこれはわざと最後に書くのですが、Michael Weberの501 Derfulは、小さな工夫ではありますが、Card To Pocket好きなら一読の価値があります。
2018年1月31日水曜日
"Card College Light" Roberto Giobbi

Card College Light(Roberto Giobbi, 2006)
ロベルト・ジョビーのセルフ・ワーキング・カードマジック解説本。
カード・カレッジと付いていますが、それは英訳の際に(おそらくは)売れやすい様にタイトルを変えただけで、本来はカレッジとは関係有りません。本書の方が出版は先です。元々は1988年の手品イベントで配布されたものだそうです。
で、これの内容が大変すばらしい。惹句には「これは君の親父さんが持っているカンタン手品の本(セルフ・ワーキング・カードマジック本)とは違うぜ」とあるんですが、まさにその通りで、セルフ・ワーキングの本と聞いて想像するようなものとはひと味もふた味も違います。なお、今回の雑文は、ほとんどGiobbiが前書きで書いていることそのままになってしまいましたが、それだけ自覚的に書かれ、その狙い通りに完成した本ということでしょう。
本書の手順は全てセルフ・ワーキングですが、Giobbiが厳選し、また実際に演じているというのがポイントです。トップ・バッターがTamarizのT.N.T.(Neither Blind nor Silly)という時点で、本書の本気度合いがうかがえます。
しかし本書のなによりの特徴は、収録されている手順の質ではなく、その効果的な『演じ方』です。おもえばカード当てやセルフ・ワーキングほど、演じ方が重要なカード・マジックもありません。派手なカラーチェンジやバニッシュなんかと違い、指示の出し方ひとつ、操作のタイミングひとつで、まったく不思議ではなくなってしまいます。
本書はそれを、とても丁寧に解説します。……といっても、『演じ方』そのものが理論立てられて解説されるわけではありませんが、Giobbi流の綿密な手順解説を通じて、みっちりと仕込まれます。書かれていることを丁寧になぞれば、それだけで『演じ方』の大枠が身に付くでしょう。
Giobbiの解説は重すぎることも多いのですが、本書は手順が簡潔であるためちょうどよいバランスになっています。
また本の構成も、『演じ方』について、とても面白い企みを持っています。トリックは合計21作品収められているのですが、ただ順番に解説していくのではなく、3つずつを1セットのルーチンとして構成されています。演出的に連続性があるものもあれば、あるトリックの中で次のトリックのセットアップをしたりするような、裏側的に連続しているものもあります。セットとして演じることで見えてくるものも多くあるでしょう。
いやまあとかくおすすめです。初心者であれ中級者であれ、こじらせたマニアであれ、カード・マジックを実際に人に見せるというのならば誰にでも。
上の方で「本書は本来カレッジとは関係ない」と書きましたが、作例不足のきらいがあるカレッジと手順と演出オンリーの本書とは、うまいかたちで補い合うでしょう。
なお続刊にLighter、Lightestがあり、それらもまあ面白いは面白いのですが、さすがにセルフ・ワークしばりのせいで食傷気味にはなります。ローテクのデック・バニッシュとか、タネも仕掛けもないカード当ては一見の価値有りですが。
繰り返しになりますが本書の見所は『演じ方』であり、それはLightで十分に示されているので、後の巻は別に無理して買う必要はないかな……。実演向きのセルフ・ワークや原理ものがお好きであればもちろん買うとよいですが。
日本語版が出ると聞きました。ほんとうか……?!
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書評
2017年12月31日日曜日
"A New Angle" Ryan Plunkett & Michael Feldman
A New Angle(Ryan Plunkett & Michael Feldman, 2017)
とある『角度』に新しい角度から切り込んだ、という洒落たタイトルのストリッパー・デック研究本です。
古い原理やギミックを、改めて最新の技法や原理、現象と組み合わせるのは近年のブームと言えるでしょう。この本ではストリッパー・デックにスポットを当て、その新たな使用方法を検討しています。研究と言うにはちょっと散漫ではありますが、いろいろの可能性を示したいい内容だと思います。
約160ページの小ぶりなハードカバーで、まずストリッパーの種類や作り方についての丁寧な解説から始まります。この本で推奨されるストリッパーは市場には(おそらく)無いもので、これは小さな工夫なのですが言われてみればその通りで、蒙を啓かれた思いでした。とはいえ基本的には通常のストリッパー・デックで可能です。手順は13作品、そしてアイディアが9つ(たぶん)。そのうち別色が必要になるのが1作品あり、またエンドのストリッパーが必要なものが1作品あります。
手順は多彩で、まず最初がコレクターです。他にもIncomplete Falo Controlへの適用、カラー・チェンジング・デック、HofzinserのSuit Selectionなど、ストリッパーらしからぬ手順がいろいろと。アンシャッフルやトライアンフなど、ストリッパーと親和性の高い手順についても、安直でない、現代的な手順ばかりで読み応えがあります。
個人的に面白かったのは、他のワンウェイにも使える巧妙な「ひっくり返し」のシーケンス A Satisfying Sequence、鮮やかさと検めのフェアさを両立させるカラー・チェンジング・デック Color Shift、観客と演者でデックを混ぜるほどに並びが揃っていく Shuffleupagus、普通に混ぜているだけで表裏が混ざっていく逆転したトライアンフ The Hullucinogenic Shuffleなど。それからMirror Stackのとある特性も、ここで初めて読んだ気がします。
ひとつふたつ、ちゃんと機能するのかしらという手順もありましたが、ストリッパー・デックの魅力を十分に伝え、またそれを通じて、著者が言うように、その他のないがしろにされがちなギミックにも光を投げる面白い本でした。
本書の手順は上述の二人以外に、
Syd Segal
Nathan Colwell
Frank Fogg
Edward Boswell
Brian O'Neill
Lance Pierce
Harapan Ong
の作品・アイディアが寄せられています。Tony Chanの手順の(氏の許可の元での)改案もあります。
そういやちょっと前(だいぶ前)にBill GoldmanもMy Week With A Stripperという研究本を出していましたね。そちらは読んでおらんのですが、ページ数が10倍くらい違うし作家的にも毛色はだいぶ違いそう。
とある『角度』に新しい角度から切り込んだ、という洒落たタイトルのストリッパー・デック研究本です。
古い原理やギミックを、改めて最新の技法や原理、現象と組み合わせるのは近年のブームと言えるでしょう。この本ではストリッパー・デックにスポットを当て、その新たな使用方法を検討しています。研究と言うにはちょっと散漫ではありますが、いろいろの可能性を示したいい内容だと思います。
約160ページの小ぶりなハードカバーで、まずストリッパーの種類や作り方についての丁寧な解説から始まります。この本で推奨されるストリッパーは市場には(おそらく)無いもので、これは小さな工夫なのですが言われてみればその通りで、蒙を啓かれた思いでした。とはいえ基本的には通常のストリッパー・デックで可能です。手順は13作品、そしてアイディアが9つ(たぶん)。そのうち別色が必要になるのが1作品あり、またエンドのストリッパーが必要なものが1作品あります。
手順は多彩で、まず最初がコレクターです。他にもIncomplete Falo Controlへの適用、カラー・チェンジング・デック、HofzinserのSuit Selectionなど、ストリッパーらしからぬ手順がいろいろと。アンシャッフルやトライアンフなど、ストリッパーと親和性の高い手順についても、安直でない、現代的な手順ばかりで読み応えがあります。
個人的に面白かったのは、他のワンウェイにも使える巧妙な「ひっくり返し」のシーケンス A Satisfying Sequence、鮮やかさと検めのフェアさを両立させるカラー・チェンジング・デック Color Shift、観客と演者でデックを混ぜるほどに並びが揃っていく Shuffleupagus、普通に混ぜているだけで表裏が混ざっていく逆転したトライアンフ The Hullucinogenic Shuffleなど。それからMirror Stackのとある特性も、ここで初めて読んだ気がします。
ひとつふたつ、ちゃんと機能するのかしらという手順もありましたが、ストリッパー・デックの魅力を十分に伝え、またそれを通じて、著者が言うように、その他のないがしろにされがちなギミックにも光を投げる面白い本でした。
本書の手順は上述の二人以外に、
Syd Segal
Nathan Colwell
Frank Fogg
Edward Boswell
Brian O'Neill
Lance Pierce
Harapan Ong
の作品・アイディアが寄せられています。Tony Chanの手順の(氏の許可の元での)改案もあります。
そういやちょっと前(だいぶ前)にBill GoldmanもMy Week With A Stripperという研究本を出していましたね。そちらは読んでおらんのですが、ページ数が10倍くらい違うし作家的にも毛色はだいぶ違いそう。
2017年11月29日水曜日
"Artful Deceptions" Allan Zola Kronzek

Artful Deceptions (Allan Zola Kronzek, 2017)
Allan Zola Kronzekの、演出に重きを置いた即席カード手品8作と、おまけでビル・チェンジの演出を納めた計9作の小ぶりな作品集。
納められている作品は主に有名作の流用で、その選球眼は確かであり、とても強力なよい手順ばかりであるのだが、一方で作者が本書の主眼に据えているであろうところの、いわゆる『演出』については不十分な内容になっていると言わざるを得ない。
手順については、殆どが有名作の変奏で、たとえばGemini Twins、Do as I Do、Visitorといったところ。新しめで言うと、カード・カレッジに入っているThe Lucky Coin。そのままでも非常に強力なこれらの手順に、Kronzek流の演出が加わる。
Kronzekの演出は観客にフォーカスし、また不思議さを重視したもので、これもかなり効果的であることはわかる。恋人同士にカードを当てさせたり、観客から観客へとメッセージを移動させたり、方位磁針の示すとおりに移動してカードを当てたり。これらの手順で、筆者が大きな成功を得ていることは間違いない。
しかし実際の所、こういった演出重視の手順が軽視されているのは、それが機能しないからである。多くの解説書(特に初心者向けのもの)が演出を重視せよと言っているが、その通りにやって気持ちよくウケることは稀だろう。
鏡写しの操作が同じ結果を生むとか、ジョーカーが仕事をしてくれるとか、方位磁針と宝の地図でカードを当てるとか、そういった一笑に付されかねない馬鹿馬鹿しい話を、ファンタジーとして観客と共有し、また共感するのは簡単な事ではない。
2017年のいま、演出の重要性を説くのであれば、その点の橋渡しを含まなければならないだろう。Kronzekも前書きの中で、観客との間でplay(劇)を共有するのだ、といった事は言っているが、踏み込みは足らないように思う。
たとえば、台詞をどれだけの真実らしさで語るのか、リアリティのラインは、間の取り方は、といった細かい話が読者に了解されないでは、本書の手順はうまく機能しないだろうし、改宗者はあまり望めないだろう。たとえばおとぎ話めいた演出でも、ユージン・バーガーが語るのと、そこいらの若人がやるのとでは全然ちがうだろう※。そこで何が違うのか、若人はどうすればいいのかについて、本書は語れていない。
Kronzekは前書きで、Ambitious CardとかTwisting Acesは強力だけれども、本当に心からの反応・感動といったものは、そういったただ見せるだけの手順よりも、本書で紹介するような手順からこそ得られる、と言っていて、その主張には私も賛同する側なのだが、本書がその手引きを十分にできているとは思えない。強力な手順・演出は納められているが、すでに演出型の手順について勘所のある人にしか有効活用できないのではないか。
アラカザールの方だそうで、未読なのですがそっちでは詳しく話していたりするのかしら?
※写真を見る限りでは、Kronzekもまた髭を蓄えた魅力的な老人で、その容貌が彼の『演出型』の手順に大きく利していることは想像に難くない。
2017年10月29日日曜日
52 Lovers 日本語版:発売
José Carroll(ホセ・キャロル)の著作52 Amantes(52 Lovers)の和訳本となります。
2巻ある原著を1冊にまとめ、収録順を変更しました。翻訳はできる限り誠実に行い、省略や改変は最小限に留めたつもりです。翻訳は英語版からの重訳で、不明箇所については西語版にあたりました。他、一部の誤っている図を修正し、またクレジットなどの情報を脚註のかたちで加えました。
リンク先のBASEサイトにてご購入下さい。
当サイト以外で発売する予定はありません。
B5ハードカバー:232頁 6,000円
版権交渉済み
Dai VernonはコラムVernon Touchの中で、スペインの偉大なカードマジシャンとしてAscanio、Tamarizと並べてCarrollの名前を挙げています。しかし若くで亡くなってしまったこと、書籍52 Loversの英語版があまり出回らなかったらしいこと(そして手順がやたら難しかったこと)から、本邦におけるCarrollの知名度は他二人にくらべて不当と言っていいほど低いものでした。
個人的な見解になりますが、Vernonが挙げた3人のうち、Ascanioが理論、Tamarizが演技とすると、Carrollはその現象が秀でています。本書に収められた手順は技術的にも道具の準備的にもハードルが高く、属人性の強いものですが、そのプロットは鮮やかで魔法的なセンスに優れ、現在のスペイン・マジシャンに受け継がれているものも少なくありません。
また本書の冒頭で解説されるサスペンスの理論は、いかに観客を巻き込み、スリリングな体験を提供するかといった観点で非常に優れた内容です(Tamarizも、ここを読まなければ本書の価値は半分になってしまう、と序文の中で激賞しています)。
この理論は実際に、本書で解説されている手順のなかに見ることができます。またサスペンス理論のみならず、TamarizやAscanioの理論(途中の動作、視線の交差、減コントラスト区、プレゼンテーションとカバー)などの、いわゆる『スペインのツール』が随所で用いられており、精読に値するものと思います。
*宣伝のためにしばらく未来の日付にします。
元の公開日時は2017/10/29 。
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