2019年3月31日日曜日
"The A,B,Z's of Magic" Rob Zabrecky
The A,B,Z's of Magic (Rob Zabrecky, 2018)
Astonishing EssaysはVanishing Incの新企画で、全十巻を予定しているショートエッセイ冊子シリーズ。その第一回配本のうちの一冊がこれ、Rob ZabreckyのA,B,Z's of Magicです。65頁。
世には色々なマジックの演技論、創作論の本がありますが、本書はどちらかといえばプロ向けの内容。ショーやアクトを作る人向けの内容です。2016年にAcademy of Magical ArtsのBest Lecture賞を取ったThe Alphabet Talkというレクチャーを改めて冊子化したもの、らしいです。
解説のスタイルがちょっと面白く、アルファベットの26文字に沿って、それぞれトピックを立てて順に語っていきます。たとえばA=Acting、B=Balance、C=Collaborationといった具合に。このため本全体としてはやや流れが分断されていますが、短いエッセイの集合であるので読みやすいです。
手順そのものの解説はないですが、2つほど実際の手順のスクリプトも載っており、簡潔ながら幅広い話題をカバーしていてよい本でした。ただ目次を見る限り、このまえ日本語で出たノート、インターセクションと割に被っていそうで、あえて買う必要はないかもだ……。
2019年2月27日水曜日
"Out of Sight" Mr. E. OZO
Out of Sight (Mr. E. OZO, 1993)
比較的レアなノートですが、東京堂のとある本が無断で解説しているので日本では割に知られているかもしれません。私が購入したのは2004の第2版。初版との差違はわかりませんが、「第二版の前書き」が加えられているのと、あと末尾の2トリックは(second take)とついているので、ひょっとしたら追加の内容なのかも。
著者のMr. E. OZOというのは、まあその、Jerry Sadowitzのことのようです。よって紙面も例によって例のごとくのラフな手書き。また当然ながら限定リリースで、e-bayなどで買うしかないと思います。
このノートでは、ある原理を使った12のトリックが解説されています。この原理を使うと、演者が途中から遠くへ離れたり、両手を観客に触れたりしていても(つまりカードに触れない)、観客が押さえているカードが消えたり、別のカードに変わったり、消えて観客のポケットから出てきたり、といった現象が達成できます。
原理自体はSadowitzのオリジナルではありませんが、これをクロースアップのカードに応用し、しっかりした手順を複数作ってまとめたのは本書が初ではないかと思います。一方で、原理の孕む根本的な問題は手つかずであり、観客の扱いが難しいですし、間延びしがちですし、対一人でしか成立しません。さらに素材をカードにしたことで、現象がかなり弱くなっています。しかし他の手法では達成困難な現象であり、またなによりも、やっていてとても『楽しい』原理です。
12のトリックは、消失&移動、交換、アセンブリ(?)、説明が難しいですが「打ち消し」とでも言うべきものなど。いくつかは単なる演出バリエーションだったりします。ベストはやはり、某本で無断解説されている消失トリック"Out of sight(Second take)"で、そういう意味では本書を買っても大きな利益はないかもしれません。しかし現象や出来・不出来のまちまちな手順を読んでいるうちに、この原理に対するSadowitzの熱狂・苦闘・興奮が、紙面を通して伝わってくるかのように感じられます。
ノートというのはやはりこうあって欲しいですね。
また、Sadowitzは対マジシャンの目線があまりないのか、これだけ面白い原理や現象を展開していながら、肝心のカードのハンドリングはターンノーバー・パスやダブルリフトなどかなり直接的で、そのまま演じるにはちょっと抵抗があります。サトルティ系や錯覚系のアプローチをうまく適用できれば、まだまだ面白くなるのでは……? また氏が言っているように、他素材への発展も探る価値がありそうです。そういう意味でもよいノートです。
ひとつ残念なのは、知ってしまうとどうしても大いに効果が減じる原理なので、読む前に体験したかったということでしょうか。
2019年1月26日土曜日
"Coercion" Seamus Maguire

Coercion (Seamus Maguire, 2016)
Spectator as Mind Reader(観客が読心術をする)というプロットのためのある技術と、それを使った手順例。
ステージのメンタルマジックなんかでは、「あたかも観客が演者の心を読んだように見える」という趣向はそこそこ有りますけれども、それはよくて即席の共謀(Instant Stooge)とか現象の二面性(Dual Reality)によるものです。本書の狙いはもっと進んでいて、観客自身もほんとうに演者の心を読んだかのように『感じる』というものです。だから一対一でも成立する。
Essay:Spectator as Mind Reader
The Coercion Technique
The Pushy Book Test
Hands Free in France
Three Avenues
色々有りますけれども、どれも同じ原理(Coercion)を使っており、「選択の自由さ」と「誘導」の兼ね合いが違うだけです。フリーチョイスであるほど誘導が不要で、フォースに近いほど誘導が露骨。
なるほどなと思わなくはないですし、エッセイでの「観客が心を読んだとして、ではメンタリストの立場とは?」みたいな考察は面白かったのですが、肝心の手法はいまいち。というかいくらなんでも誘導が露骨すぎるように感じます。そういう意味では誘導の少ない基礎手順がいちばんよい。
またもう一つ欠点があって、そのまま日本語でやるのはちょっと難しいです。もっと別のもの(色とか触感とか)を「要素」として扱えばいける……と思う。全体として、あんまり面白くなかったかな。手法もそうですが、内容の掘り下げ具合や、本としての書きぶりが。
リアルなメンタリズムをしたい、観客に思考を読ませたい、というのであればひとつの手ですし、とっかかりとしてはお薦めです。上述の様にすれば言語依存もなくなると思う。確かにうまくいったとき観客に与えるセンセーションは、他の手法・現象では達成不可能な無二のものでしょう。
2018年12月28日金曜日
"prevaricator" Patrick G. Redford
prevaricator (Patrick G. Redford, 2005)
Patrick RedfordによるノーギミックのWhich Hand(の亜種)。
記事を書きかけてずっと放置してたのですが、UnVeilを読んで良い機会だったので発掘しました。
Redfordはメンタルがメインの人ですけれども、普通のカードもやってるしコインもやってる、何ならマンガも描いてるらしい、割と手広い人です。で、当たりはずれがけっこうあるんですけれども、これは非常に賢い大当たり手順。
2人の観客にコインを渡し、演者から見えないようどちらかに握って貰う。また嘘吐き/正直の役割のうち、どちらがどちらを担うかも秘かに取り決めて貰う。で、演者は尋ねます。
「コインを持っているのはあなたですか?」
答えは必ず
「はい」
「はい」
か
「いいえ」
「いいえ」
のどちらかです。
しかしこれで、演者は誰がコインを持っているのか見抜いてしまう。
実をいうと、ここには所謂『タネ』がない。文字通りに「嘘を見抜く」のです。と言ってもこう、目を合わせる合わせないとか、返答が遅れる遅れないとか、そういうのではない。もっと信頼性が高く、もっと盲点を突いた手法です。
こういう手法は敬遠する人は多いかと思いますし、僕もどちらかといえばそうです。でもprevaricatorは確実性は高めで、あまり大仰でもないので、心理的な手法への入門にはちょうどよいのでは。この原理は他にもいろいろ拡張できそうでもあり、知っていて損はないと思います。なにより単純に面白い。できのいい推理小説を読んだような気分になります。1トリックに対しては少々お高いですが。
後年、同タイトルのDVDが出ました。なんと対人練習のための練習モード付き。またそうそうたるメンツによる寄稿作品を集めたe-bookも付いていた模様。いまはほとんどどこも品切れですね。買っておけばよかった。
2018年12月25日火曜日
"UnVeil Part I" Manos Kartsakis

UnVeil Part I (Manos Kartsakis, 2018)
メンタリズム手順5作品を収めた小ぶりのハードカバー90頁。
このまえV2という本を買いまして、それが面白かったので著者Manosの他の作品も買いました。ただ収録作が5つで、うち3つはどうもV2で解説している手順のバリエーションっぽい、ということもあってそんなに期待はしていませんでした。
が、これが非常に面白かった。
Brick Opener
V2収録のVice Versaのアレンジ版で、Which Handのかわりにコイントスを使用。コイントス・コントロールの手法は誰でも思いつきそうなものだが、用いる文脈のお陰で成立している。それ以外は基本的にVece Versaと同じ。
Drawing a Blank
4枚の名刺サイズのカードのうち1枚に、観客が親しい人の名前を書いて、他3枚と混ぜる。この状態から観客自身が名前の書かれた名刺を当ててしまう。さらに演者は、観客がその名刺を押さえている状態のまま、書かれた名前を読み取ってしまう。
とても巧みに構成されており、演者は名前の書かれたカードに一切触っていないように見える。道具立てと現象からおよそ想像できる通りの手法なので、マニアをだませるかまでは微妙だけれど、こういった手法につきものの瑕疵を、ささやかな演出上の工夫でカバーしていてそこも見事。
Real Which Hand
Which Handは言ってしまえば1/2の確率なので、本当にこれに勝てる能力があるのだと示すには、複数回繰り返すしかありません。しかし十分に演出がなされれれば、あるいは別の要素が組み合わされれば、勝つのは1回だけでも十分になります。
なじみ深いところで、じゃんけんを思い浮かべればいいでしょうか。演者が観客をステージに呼び、単に一度じゃんけんに勝っても、なんだかなぁという感じです。だから5回勝負と宣言してから全勝するとか、あるいは「いまから僕はグーを出すけれど君はどうします?」などと揺さぶりを掛け、考える時間を適度に与えてから勝つとか、さらに『お互いどの手になるか』が予言されているとか、そういうかたちにする必要がある。
この方法は後者の、1回だけのパターンのものです。
観客がコインを好きな方の手に(演者から見えないように後ろ手で)握り、コインを入れ替えるチャンスが与えられ、さらに自由意志を念押しされたうえで一方の手を前に出す。その手が開かれるよりも前に予言が読まれ――――結果が当たっている。
余計な指示はない。恣意的な制限もない。変な質問もしない。それでも現実世界で成立する。信じられないがほんとうなのだ。この類の手順で究極と言ってもいいと思う。これ1作でこの本以上の価値があります。
ACAANやOpen Predictionでは理想の(そしてあり得ない)手順を探し求めることを、Holy Grailと言って聖杯探求に例えたりしますけれども、まさか、まさか本当に聖杯が見つかる場合があるとは思っていなかった。個人的にそれほどの衝撃です。できればV2も読んでから読んで欲しい。
著者はDerren Brownからの影響を、Brownへの憧れを、随所で書いていますが、この手順もまさにBrownがやりそうで、逆に言うとDerren的なパーソナリティじゃないと演じられないかも。
ProMetheus
こちらは対2人のWhich Hand。V2のVerbalist 2.0の改案というか、ステージ向きにアレンジしたもの。コインが隠されている手だけでなく、2人がそれぞれ思い浮かべている物を当て、さらに視覚的なクライマックス付き。
どうにも盛り込みすぎている感じで。個人的には元の手順の方が好きですけれども、確かにステージ上で4つの手から1つを当てても地味で、こういう拡張方法があるのかと感心しました。またこのクライマックスの作り方は、平易な流れから非常に特異な視覚的要素を作り出せる面白いものです。
Essay: Prop-less or More?
メンタリズム手順をよりオーガニックに見せるにはどうすればいいのか。単に「道具無し」にしたらオーガニックなのか。という問題について、理想の現象に対して現実の手順が持つ『妥協』の度合いから読み解く。やや難しいですが、自作を例に出し、実際の手順構築にどう役立てるかを含めて示してくれます。
私がこの人の手順に感じていた良さ、演出の自然な面白さが、こういったところに根ざしていたのかと。
Invisible Die
見えないサイコロを使ったステージ手順。様々な要素や工夫があって面白いのですけれど、現象としては1/6のフリーコールが予言されている、というだけのことなので、それに対してはやや盛り込みすぎに感じました。
というわけで素晴らしく面白い本でした。エッセイでも触れられている通り、可能な限り『理想の現象』に近づける努力をしており、しかもかなり高いレベルでそれを達成しています。すっかりファンになりました。ステージ物はちょっと盛り過ぎの感もあるけども。
終わってみれば、V2の4つのプロットのうち、3つは本書UnVeilでカバーされており、かつ本書の方が内容が多いので、だからまあ、V2は読まなくてもいいと言えばいい。しかしクロースからステージへの変化に対して、手順をどうアレンジするかという点だけでも十分に面白いですし、なによりWhich Handというプロットの難しさを感じ、『理想の現象』を目指すManosの苦闘を僅かなりとも追体験するためにも、是非V2から読んで欲しいです。ともかく私はこの順番で読んでたいへん幸福です。
2018年12月21日金曜日
"Rainman" Vincent Hedan
Rainman (Vincent Hedan, 2018)
2008年にフランスのコンベンションでHedanに1位もたらし、また彼をFFFFに連れて行くことになった手順Rainmanを限定公開。前身となった手順や、同テーマの手順も含めて4手順を収録。
どれも記憶術のデモンストレーション手順。限定本なのでどこまで書くか迷いましたが、ご本人が演技動画をフルで公開しているので、まあその範囲であればいいでしょう。
Before the Rain
Rainmanの前準備として、元になった手順を解説。記憶術デモンストレーションの定番現象(MoeのMove a Cardなど)をシャッフルしたデックで行う。基礎となっている原理はかなり古いもので、どうやら最近Tamariz(かその周辺)が発掘・再評価した模様。ここでの使い方はかなり単純で直接的であり、手順の使い勝手はいいものの、そういう意味ではいまひとつです。とはいえ、それはたまたま最近、別のところでこの原理を読む機会があったからで、2008年ごろに見てたら騙されたかもですが。
Rainman
赤青ふたつのデックをシャッフルし、104枚のデックで行う記憶術のデモンストレーション。この2デック混ぜる趣向が素晴らしくて、面白いし、記憶術デモとしてもよりリアリティが増す。前半はBefore the rainとほぼ同じ3現象、後半はさらに発展的な3現象の、全6段からなる手順。
普通のデックでもできなくはないのですが、104枚ならではのサトルティが利いていて、手法を上手くカバーしている。またHedanは地味な手順が多いのですが、コンテスト用という事もあってかクライマックスはビジュアルさも意識しており面白いです。
After the train
Rainmanのある要素をさらに発展させた単品現象。これは面白いし、研究の余地もありそう。本書で一番好きですが、多くは書きません。
Triple Rainman
上3作とは違った原理を使う記憶術デモンストレーション。普通のデックでもできるけれどもJermayのMarksman Deckを使うと簡単。これはなんかいまひとつでした。
Hedan氏の別の本Your mind is my playgroundも読みかけて放置しているのですが、氏はどうにも地味というか、典型的なメンタル手順が多い。演者が先にカードを言い、それから観客に確認してもらう――つまり、「あなたのカードはハートの3ですね。あってますか?」「はい」で終わるようなパターン。本書の手順もほとんどがそうで、どうにもクライマックスが弱いです。とはいえリアル寄りのメンタル手順なら、このスタイルもいいのかも知れません。
その点、Rainmanはちゃんと派手目なオチがあり、After the trainは現象こそ地味だけど出オチ感のあるインパクト十分な画が提供されてよいです。またRainmanはコンテスト手順であるためか、失敗時の軌道修正であるとか、終了後の再セットアップであるとかが、かなり細かく考えられ、道具立てに組み込まれておりそれも勉強になりました。コンテスト手順を読む事なんてあまりありませんからねー。
ずばぬけた秘密が隠されている、とは思いませんでしたし、無理して手に入れるほどでもないかと思いますが、総じて面白い一冊でした。
2018年11月29日木曜日
"V2 Expanded Edition" Manos Kartsakis
V2 Expanded Edition(Manos Kartsakis,2016)
メンタリズムにWhich Handという現象があって、観客が手に物を隠してそれがどっちにあるか当てる、というやつなのですが、本書はそれをテーマにした小冊子です。7作品解説の80頁です(図ほど分厚くはない)。
7作品ですが、手法が7通りということではなく、基本的にはある原理を使ったものとそのバリエーションです。それが5手順で、プラス、Which Handではないけれど、似ているテーマのオマケが2手順。
Which Handは単純なだけになかなか達成の難しい現象で、ギミックを使うのでなければ、つけいる隙を増やすため変に手続きを増やしたり、エキボクを使ったがために1/2程度の当てものなのに繰り返せなかったり、心理的な技術で当たるっちゃあたるが100%でなかったり……といった割と難儀なプロットです。
本書の手順はギミック無し、100%成立ということで、どんなものかなと思ってページを開いたのですけれど、最初の手順で大いに落胆しました。言ってしまうとこれは「正直村・嘘吐き村」の論理パズルを利用した手順です。ひとつめの手順Veritasは、相手にする質問こそひとつだけですが、相手に正直/嘘吐きの役割を決めさせたり、追加のややこしい指示があったりして、パズルの気配が非常に強い。あーあハズレを引いたかなと思ったんですが、そこからが面白かった。
次の手順Voxでは当てるために必要な質問をゼロにし、その次のVerbalistでは観客がふたりになるものの、パズルとしては明らかに足らないだろうという数の質問で当ててしまいます。このVerbalistが特によくて、現象描写を読んだときは、核となる原理は既に分かっているにも関わらず、どうやって成立させているのか頭を抱えました。Which Handをふたり相手にやるのはあまり好きでは無いんですが、ここでは演出にも裏の仕掛けにも上手くハマっているのであまり気になりません。
原理が発展していくさまが読めるのでとても楽しかったし、最終的な手順も十分にいいものでした。この収録順は、実は手順の創作順ではなくて、より原理に直結したものから、ということだったようですが、おかげで読み物としての面白さが増していました。
おまけの手順はWhich Handとはちょっとずれる内容ですが、どちらも「コインを手に隠す」ことにまつわるもの。両者とも予言がからむのですが、その示し方がうまい。こういった手順で最後に『予言』を出すと、最初から分かっていた感が出てアンチ・クライマックスになってしまいがちですが、彼は演出や言い回しによってうまくドラマに仕立てています。
そういうわけで面白かったです。特にDerren Brownが好きな人なら楽しめるのではないでしょうか(著者自身Brown好きとのこと)。他の著作も買おうと思うのですが、いま調べたところ新作でもWhich Handを2手順ほど解説しているようで……そちらが発展版だとしたら、本書は別にいらなかったのかも……。いやまあ面白かったのでいいのですけれど。
2018-12-25:Which HandがWitch Handになっていたので修正。
2018年10月31日水曜日
"repertoire" Asi Wind
repertoire (Asi Wind, 2018)
待望のAsi Wind作品集。
まず何よりも造本が豪華で、本好きとしては大変うれしかった。革装、箔押し、カラーのカード貼り、本文墨に、イラストはフルカラー刷りの水彩画。
すべてのイラストがAsi自身の手になる水彩画という点は、他の本ではまず見ない趣向である。正直なところ、ややファジーで粗めのタッチなので、解説図に適しているかというと疑問ではある。しかし手品にかこつけて別の趣味を披瀝しているという事では決してない。冒頭のエッセイでこの水彩画について扱われ、手品作品とは別の側面から、彼という人物を描写するものとなっている。そしてまた、造本、スタイル、文体、レパートリーである手品の解説、本書を書くという試みそのもの、そういったすべてが必要不可欠なピースなのだ。
本書はタイトルの通り、Asi Windのレパートリーを解説した本である。これまで発表された作品が、売りネタも含めてほぼすべて収録されている。タイトルが変わっているものもあるし、すべて追いかけていた訳ではないので確実ではないが、初のDVDのTime is money、ノートChapter ONEの内容、動画DL作品Three Card Routines、単品販売していた本のスイッチギミックSwitcher、同じく単品販売のチェアテストcatch 23はすべて解説されている。……Gypsy Queenはない。また残念ながらエッセイなども再録されていないようだ。
全21作品。お札、本、メンタルがひとつずつあり、残り18作品がカード。うち2つは技法である。カードの手順はなかなか難しい。レギュラーで出来るものもあるが、メモライズド・デックやちょっとした加工、そして連続のクラシックフォースを必要とするものや、フルのギミックデックまで手段は選ばない。しかし観客からは完全レギュラーに見えるよう、見た目もハンドリングも慎重に作られている。そのためどの手順も、しっかり身につけさえすれば、非常に真に迫ったインパクトがあるだろう。
A.W.A.C.A.A.N.やDouble Exposureの実演動画を先に見たせいか、マニアも唸らせる賢い創作家の印象があったのだが、どちらかというと既存作品をチューンナップするスタイルのようだ。本書ではビドルトリックやカラーチェンジ(Moving Pips系)のような、マニア相手だと道具立てだけで察されてしまうような手順もある。これらはなじみ深い古典作品であるだけ余計に、Asi流のチューンナップが味わえる。
さて解説は丁寧だが、いくつか足りていないと思うところもある。解説に濃淡があり、トリックの全体像をつかむのがやや難しい。トリック自体の難易度は別にしても、読んですぐ演じられるようにはなっていないのだ。ただそれも、どこまでかは知らないが、意図されたものであるようだ。
本書は非常によくできた本である。手品を学ぶには、映像で見たり、本人から直接教わったりといった方法もあるけれども、本書は本書にしかできないかたちで、Asi Windのレパートリーを解説している。そしてそれを通じて、Asi Windその人を描き出している。テキストだけでなく、造本へのこだわりや水彩画のイラスト、そして書物にはつきものの愛すべき不自由さも含めて、たいへんに立派な、一冊の本である。
なお本書で使われた水彩画はご本人のショップから購入可能。各3万円くらい。
2018年9月28日金曜日
"Card College Lighter" Roberto Giobbi
Card College Lighter (Roberto Giobbi, 2008)
ロベルト・ジョビーのセルフ・ワーキング・カードマジック解説本第2弾。
第一巻は、セルフ・ワークのトリックの解説を通じて、マジックを不思議に演じる上で重要な様々なテクニックを伝授してくれるという点で、比類のない素晴らしい本でした。ただその目的は、一巻でかなりの程度まで満足されています。巻を重ねることで実例は増えましょうが、テーマとして新しいことはありません。
そういうわけで、本書は言ってしまえば追加の作品集です。いちおう新たなるテーマとして、演目(プログラム)の構成という題材があるのですが、第一巻が打ち出したものに比べるとかなり弱いでしょう。
ただしこの『新たなテーマ』が、選ばれる作品の趣を変えています。そもそも前回の縛りが非常にきつかった。前回はすべての手順が3トリックずつのルーティンに組まれており、組み合わせによって威力を発揮するよう慎重に作品が選ばれていました。
一方、本書のテーマは『プログラムの組み方』です。オープナー・中継ぎ・クローザーの三つの章に分かれており、それぞれ7トリックが解説されています。言うならば、出来合いのプログラム(演目)7つを提供した前巻に対して、今回はプログラムの素材を提供するかたち。前巻とはちょうど『行・列』が逆というか、一段階構成をばらしたというわけです。そのため各トリックは、プログラムのどの辺りに使うのが良いかという大まかなクラス分けこそあるものの、前後に来るトリックについては特に想定されていません。ために、単独でも使いやすく、自分の手順に組み込むのもより容易でしょう。また前巻がややカード当てが多かったところ、よりバラエティに富んだ、単独で面白い手順が多いように思います。個人的には、Gemini Twinsをセルフ・ワークのままうまく4Aプロダクションに仕立てた"Fully Automatic Aces"や、巧妙かつバイプレイの楽しみがある思ったカード当て”The Thought-of Card”、これぞ数理といった"The Cards Knew"が好きです。
単なるセルフワークに留まらないような手順、デックをふたつ使うものや、ガフカードを使ったもの、運が悪いと失敗するものも、ちらほらと顔をのぞかせ始めます(これはLightestでさらに加速します)。
前巻とは少しだけ趣を変えた、より扱いやすいセルフ・ワーク作品集。『プログラムの組み方』というテーマについては、本書のみでは十分に解説できたとは思えません。しかしその方針のために、前巻とはやや趣の異なった傑作セルフ・ワーク・トリックが収録されています。初読時はちょっと食傷したんですが、それは3冊連続で読んだからというのも多分にあったのでしょう。今回、時間をおいて久しぶりに読みましたが、かなり面白かったです。
日本語版が出たと聞きました。ほんとうか……?!(ほんとうだった)
Labels:
Hermetic Press,
書評
2018年8月28日火曜日
"Blue Moon" Nicolaj Christensen

Blue Moon(Nicolaj Christensen, 2016)
タイトルと表紙がかっちょいいので買いました。著者の方、デンマークのセミプロ(?)の方だそうです。94年生まれで本が2016年刊行なので、22歳の時の本。内容も、いかにも若い人が書いた本だなあと言う感じがしますし、それは著者も自覚的にそうしているようです。巻頭にて、自らの若さについて言及した後、本書は教本ではなくて、議題を提供するものなんだと書いています。
カードのみで7手順、約160頁、それぞれテーマの異なった4つの章からなっています*。扱うのは『リアリズム』『アトモスフィア』『コミュニケーション』『マジック愛』。たとえば『リアリズム』では、マジックを本物らしく演じることについてのエッセイがあり、それから偽の記憶術やギャンブル・デモの手順が解説されます。
理論書と言う人もいるかもしれませんが、なんでもかんでも理論書と言うのはどうかと思いますし、これはまあマジック観の本でありましょう。著者自身もそのつもりのようです。漫然と『理論』を書くのでなく、ちゃんと実作を持って示すところは非常に誠実だと思います。
これで手順が面白かったよいのですが、特殊な技法や原理もなく、総じてあまりぱっとしないのは残念でした。細部まで気を遣っていることはわかりますし、実際に見たら不思議だろうとは思うのですが、それでもぱっとはしません。しかしこの解説そのものがまた、若さを感じる内容で、とても細かく注釈が入り、さらに別立てで『詳解(closer look)』が設けられています。章ごとに深遠な引用があったり、手当たり次第なクレジット註があったりします。なんだか心がむずがゆくなってきます。
著者の言うとおり、狙うとおりに、氏とセッションをしたような――あるいは過去の自分の一片を見たような――満足感があります。ただそこまで目新しいもの、こころ揺さぶるようなものはなかった。せっかくならエキゾチックなものが見たいじゃあないですか。
*1つだけ、トランプではなく名刺の束で演じているという手順がありますが、まあ同じようなものです。
登録:
投稿 (Atom)




