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2018年2月27日火曜日

"Totally Out of Control: Supreme MME Edition" Chris Kenner


Totally Out of Control: Supreme MME Edition(Chris Kenner, 2018)

歴史的な名著Totally Out of Control(1992)に、その前身とも言える雑誌Magic Man Examiner(1991-1992)を加えた決定版。

Chris Kennerについては、紹介するまでもないでしょう。KennerのTotally Out of Controlは、Paul HarrisやJay Sankeyの流れを汲みつつ、スタンドアップを基調とした独特の『軽さ』、見た目のシンプルさ、鮮やかなどんでん返し、そしてフラリッシュと、今のクロースアップ・マジックに多大な影響を与えました。代表作のThree FlyやSybil Cutは、その名を知らないマジシャンは居ないでしょう。

Totally Out of Controlには、いま見てもなお鮮やかで不思議な、いい手順が満載です。またKennerは超絶スライトよりも、ギミック・コインや両面テープなどでクリーンさを達成している所があり、そのアプローチは再び検討してみるべきかもしれません。

また本書はユーモアあふれる解説のスタイル、造本でもたいへんに有名で、所有して損のない本です。

それで今回の新版ですが、Magic Man Examinerが収録されているのが売りです。こちらはTotally Out of Controlの出版の前年に開始されたChris KennerとHomer Liwagの主催する季刊の個人雑誌です。結局Volume 1の全4号しか発行されなかったのですが、手に入りにくい冊子でした。

収録されている作品はKennerのものが多いですが、他に
Homer Liwag
Troy Hooser
Jay Inglee
Roger Klause
Richard Kaufman
John Carney
Michael Close
Michael Weber
Mark Brandyberry
Mac King
Phil Goldstein
による手順や技法、Tipsが収録されています。

Totally Out of Controlに比べると作品にはムラが多く、またKenner作品はTotally Out of Controlとの重複も多いですが、2006年にCoin Oneの名で発売され、一斉を風靡した手順の原型Four Coins and a Filipinoや、Troy Hooserのコイン手順など、当時の最前線の手順が散見されます。Chink-a-Chinkの、いまや定番になっている一瞬で集まるハンドリング、あれもHomer Liwagだったんですね。先例も有るのかもしれませんが、意外でした。

またこちらもTotally Out of Controlのようなユーモアあふれる紙面作りで、あのスタイルのファンとしては嬉しい限り。本全体で見ると、MMEが本編の間に挟まる形になってしまい、造本の美しさはやや損なわれてしまいましたが……。

歴史的名著、Totally Out of Controlをもし持っていないのなら、是非この機会に買いましょう。MMEの方はすこし劣りますが、資料的価値も高く、持っていて損はないでしょう。あとこれはわざと最後に書くのですが、Michael Weberの501 Derfulは、小さな工夫ではありますが、Card To Pocket好きなら一読の価値があります。

2016年10月31日月曜日

”The Secrets of So Sato 佐藤総カードマジック集成” Richard Kaufman




The Secrets of So Sato 佐藤総カードマジック集成(Richard Kaufman, 2016)



出て欲しくないなあと思っていた本が出てしまいました。Geniiのコンベンションでゲストパフォーマーに呼ばれたと聞いたときから嫌な予感はしていたんだ。山火事トライアンフやSo-lution(ACAAN)など、革新的なカード・マジックを発表してきた佐藤総の著作トランプと悪知恵Card Magic Designsの英訳・再編版です。

内容は基本的に日本語版の翻訳ですが、1点だけトリックが追加されています。またCard Magic Designsの初回限定おまけだったProfessor still fools usも収録。一方、エッセイ的な箇所は訳しにくかったのか省かれています。とはいえ基本的にはボリュームアップしており、収録作の大半の実演を収めた新規DVDが付き、しかもお値段$60。

日本の手品作家なのに、英語での方が情報が入手しやすいという状況は、高木重朗や澤浩がそうでしたが、うーん困ったものですな。



内容についてはいまさら言及するまでもないでしょうが非常に面白いです。改めて読みますと、原理は既存のもののリファインで、難しい技法も使わず、それでいて非常に新しくまた不思議な手品になっており、凄い。

新規の追加作品は、You Can Count on Dr. Daleyというラスト・トリックがひとつ。音に聞こえたO&Wが収録されないだろうかと願っていたのですが叶いませんでした。
それから、DVDにクロス・アセンブラの第2弾がしれっと収録されています。


こんなところでしょうか。
追加分は少ないですし、どちらかというとまあ小品です。解説の差異はあまりちゃんと見ていませんが、そこまで違いはなさそう。むしろ英語版の方が簡潔だと思います。そんなこんなで、日本語版を持っている人が改めて買う必要はあまりないかなあと思いました。



DVDは何故か日本語オンリーなので、外国の方は苦しめばいいと思いました。全ての手順で、ちゃんと観客が居るのが好印象。ただCard Magic Designsの時よりも精彩を欠いているように思いました。

2016年2月29日月曜日

"Gene Maze and The Art of Bottom Dealing" Stephen Hobbs





Gene Maze and The Art of Bottom Dealing (Stephen Hobbs, 1994)



 ボトム・ディール!!


 Gene Mazeによるボトム・ディール本。200ページ近くあるしっかりした本ですがなんと全部ボトム・ディールの話です。しかも色々なボトム・ディールを集めた事典とかそういう訳でもない。

 基本のボトム・ディールはErdnaseタイプを発展させた形。グリップが少し特殊になるので常用するにはややハードルがあるが、よく考えられ磨かれたことがわかるハンドリング。『カバーが利いている』『つまらず連続で行える』など多くの利点をもっている。解説も非常に詳細かつ丁寧。さらに片手ボトム・ディール、センター・ディールも解説。
 それからフォールスシャッフルのフィネスやコントロールもちょっと解説している。

 ここまでが技法編で60pp。残りはボトム・ディールを使った手順集。

 ボトム・ディール、たまにセカンド・ディール、時にはセンター・ディールを使った手順。しかもそれらを『見えない技法』として常用する。Daley's Last Trickにまでボトム・ディール使うんだから重症だ。ボトム・ディールの使い方は決して賢いわけではないが、そもそも賢く効率よく使おうという気が全く無い。
 たとえば世の中にはトップカードをフォースするのにセカンド・ディールを用いる手順が存在するけれど、Mazeの場合はボトム・ディールでこれを行う。ボトム・ディールし続ける。観客と演者がふたりでカードを配っていく手順でもそうだし、なんなら演者が両手に半分ずつ持っている状態でもこれを行う。ほんとうですか。

 ただ、賢くないとは言ったものの、手順の構築自体はよく考えられていて、ボトム・ディールが必要になるタイミングでは、必ずデック半分を持った状態になっている。本人はフルデックからでも全く問題ないとの事ではあるが、いちおう凡人のためにも配慮はされた創作。

 巻末にはボトム・ディールの参考文献が5ppほど載っている。筆者は、「全く網羅的な物ではない」と書いてはいるけれど、それぞれにコメントが付された詳細なもので、たいへん参考になる。


 そんなわけで一冊まるまるボトム・ディール。すばらしき力業の世界。いやあ、ちょっと無理でしょうとは思うのだけれど、これができたらかっこいいよなあ。ロマンだ。それから本書で解説されているセンターディールは、かなり大胆だけど他に比べると簡易で有用な方法と思う。フォールス・ディール好きなら是非手にとって欲しい一冊。

2014年3月10日月曜日

"Japan Ingenious" Steve Cohen & Richard Kaufman




Japan Ingenious (Steve Cohen & Richard Kaufman, 2013)



Five times Five JapanNew Magic of Japanに続く、Kaufman社による、3冊目の日本人コンピレーション。

和書Winners 厚川昌夫賞8人の受賞者 を底本としているが、訳しにくい作品は省略されているとか。Winnersではカズ片山によるコミカルな似顔絵などもあったそうなのだがそれもない。ちょっと残念。一方で雑誌などに散らばっていた日本人による傑作を集め再録している。
底本からの訳がSteve Cohen、それ以外がKaufmanおよびMax Mavenの筆。なおSteve Cohenのサイトから注文すると、サインをお願いできるようだ。


この本のレビューが載った号のGenii をたまたま購入していたのだが、David Britlandが大いに誉めている。曰く、「日本人ってどこか別の惑星から来たんじゃないの?」まあそういう定型文なのだが、それぐらい発想の特異さを強調していたという事。

若干のナショナリズムを自らの内に自覚しないでもないが、いや、やはりすごい内容であるよ、面白い。紹介されている手順は基本的にクロースアップ。カードやコインもちらほらあるが、それ以外の小物の方が多い。破いて復活する紙幣や、切っても復活するリボン、ドル札に書かれた建物が消える、紙に書かれたスプーンが曲がるなどなどヴァラエティに富んでいる。
準備が必要なものや、それなりに変わった道具を使うものも多いから、即戦力という点ではあまり望めないだろうが、読むだけでも大変楽しい。個人的には靴ひもの結び目が取れて、別の場所にくっつくSneaky Sneakerが好きだ。くっつけた後がすごいのですよこれ。演じるかとなると演じないだろうが、そんな事はどうでもよいくらいの素敵な解法である。解法と言えば、Cups and Ballsのオープニングでよく演じられるCupの貫通を、液体の入ったカップでやってしまうPhantom Drink Penetrationもすごかった。いや是非読んでみてほしい。

前述のように全体的に切ったり貫通したりが多く、なんかそういうフェティッシュなのだろうかとちょっと思えてきたりもするのだが、一方でAutomatic Ace Triumphのような即席でできるカードの傑作手順、Jet Coinsのような変態手順も、数こそ多くはないが含まれており、結局の所、読んで損になる層はちょっと思い当たらない。一応ステージ物まであるものな。

そして高木重朗のSlop-Shuffle Acesがきて、とどめに澤浩セクション(技法1、手順6)である。いやもうすごい。



褒めてるレビューを見つけたら、逆にアラを探す性分なのだが今回は歯が立たなかった。ともかく面白かったです。

ある種のマニア文化、大学の奇術部文化のようなものが根っこにあるのかどうなのか、実に手段を選ばず工作を厭わず、面白い創作群となっている。見た目にもシンプルで、現象がわかりやすいのも好い。

国でまとめたコンピレーションは他にもイギリス(スコットランド)のFive times Five Scotland やドイツのConcertos for Pasteboard などがあるが、巻を重ねているのは日本ぐらいの印象。Kaufmanが親日家というのを含めても、やはり相応の反響があるのだろう。実際ここまで多岐にわたり、工作含めてあの手この手している本って他にはなかなか思いつかない。
ダスト・ジャケットの下には、日本の独創性 と大書されており、誇らしい一方で、後続の我々としては身が引き締まる思いである。……いや、まあ私は別に手品創作屋ではないのだけれども。

2013年8月30日金曜日

"Smoke and Mirrors" John Bannon







Smoke and Mirrors(John Bannon, 1991)



John Bannonのいや実にまったくクレバーなカードマジック作品集。



啓蒙されたので、引き続きJohn Bannonです。同書はどうも絶版ぎみのようで、版元にはありません。いくつかのお店ではまだ在庫があるようなのですので、見付けたら買うべきです。

買うべきです。


ぼくはこれ今までのBannon本のなかで一番好きです。一番好きって毎回のように言ってる気もしますが、人に勧めるなら、これかSix Impossible Things かなあと。

Kaufmanから出ていたようで、本の構成もKaufman社のあの感じ。だらだらと章立てなく改ページなく続いていて、それだけちょっと残念です。


んでまあそういう事はどうでもよい。

本書はBannonの他の本に較べると、かなりまっとうでおとなしい内容です。Impossibilia なんかは意外にコインその他の手順が多かったりもしたのですが、本書は75%がカード。しかも特殊なプロットやセルフワーキング、サトルティの限界を試すような手順はほとんど見られません。

どちらかというと既存のクラシック手順に対するBannonのバリエーションと言った感じ。僕は既存手順の自己流のハンドリングばかりを解説する本*はあんまり好きではないのですが、そこはBannon、ひと味もふた味も違いました。

*だってCard Dupery とか正直半分くらいに刈り込めない?

自己流ハンドリングって、既存の手順における主観的なひっかかりを主観的に解消しているだけだったり、適当な現象をくっつけたり、加えたり、というものが多く、それは粗製濫造にもなろうというもの。
しかしBannonは違いました。

なんというか目の付け所が凄いのです。よくある駄目改案って、手を加えた箇所も、置き換えた技法にも既視感を覚えることが多い。熱を込めて解説されても、「ここを変えます」「ああ、確かにそこ引っかかるよね」「この技法にします」「へー、そう」という感じ。

一方で今回のBannon先生だと、「ここを変えます」「え?そこを?」「するとこうなります」「え? な、なんで」。読み返すと、ああ確かになるほど、とは思うのですが、なかなか見付けられないよそんな箇所。
あからさまに”つまる箇所”っていうのは、実際にはそのはるか以前に問題がある場合が多いのだけれど、それは見えないのですよね。構成上のミスディレクションというか、目立つ傷にばかり気を取られて。

これは本当に凄い才能であるなあと思います。
ほんの小さな違いなのに、全体像が大きく変わって、びっくりするぐらい洗練されるのですよね。たとえば巻頭を飾るHeart of the Cityは、下手をするとHammanのSigned CardをベースにしたBannon流のハンドリング、といった程度と受け止められかねない作品。
しかしその構成、たとえばカードを示すタイミングの違いといった些細な変更が、手順全体の意味を変えてしまう。もちろんBannonのそれは自覚的に行われています。

そうした洗練、再構成が行き過ぎた例として、サインの移動 Tattoo you、カラーチェンジングデック Stranger's Gallery、カードスタブ (ナイフ、中空) Steel Convergenceなどは、一般的なプロットのはずなのに、初めからこの形であったかのような異常な完成度です。


もうひとつ、本書を人に勧めたい理由として、あつかう手順にクラシックが多いことを改めて強調しておきましょう。最近のBannon先生は、どちらかというと正道からはずれた、何が起こるか読めないサカー風味プロット*の研究に熱心です。

*Unorthodox "Garden Path" とご自身では定義されていました。

なので、Bannonがレタッチしたクラシックを存分に楽しめるのは、たぶん本書くらいです。
物によっては、マジシャンに見せると途中で見透かされるかも知れない。しかしやはりクラシックとして残っただけある、魅力的なプロットなのです。

奇を衒うよりも先に、こういうのをちゃんと練習し、人に見せられるようになるべきなのです。ぼくは。



改案と言いながら改悪になっている例は星の数ほどありますが、本書は間違いなく意味のある改案集です。ほんとうに、これくらいしてから”改案”を名乗るべきだなと思いました。
もちろん手順自体には主観的な好みもありましょうが、それを差っ引いても、純粋に手品読み物として面白い本です。

作品自体の洗練度と、その背後にあるたくらみに言及する筆致とが相まって、とても良い本になっています。おすすめです。個人的にはBannon先生によるCard under the Glassが読めて満足です。



そうこうしている内に、High Caliber が出ましたね!
Six Impossible Things とかMega' Wave とかの合本らしいですね! しまったって感じですね!
Triabolical とかは未読だったので、ダメージは少ない方ですか。

High Caliberまで読んだら、Bannon先生の単行本はいちおう全部目を通した事になります。それぞれの本ごとに特色があり、それも面白かったので、一度Bannon本をまとめた記事もつくってみようかと思います。

2012年10月31日水曜日

"ジェイ・サンキー センセーショナルなクロースアップ・マジック" Richard Kaufman, 訳:角矢幸繁





ジェイ・サンキー センセーショナルなクロースアップ・マジック (Richard Kaufman, 2012, 角矢幸繁・訳)



Sankey Panky (Richard Kaufman, 1986)の邦訳。


やー面白かったです。

色々書こうと思ったのですが、困ったことに、僕が思ったこと、言いたかったことの殆ど全てが、すでに本の中で言及されてしまっていて書くことが無い。
無理に書こうとすれば、本文の引き写しに近くなってしまいそうですし。はてさて。


ともあれ、変人Jay Sankeyの初期作品集が、四半世紀を経て邦訳されたのです。


「何故いまSankeyなの? とよく言われたものです」と訳者後書きにもありましたが、僕もまたそのような最近の人間の一人でした。
Sankeyといえば乱脈なまでの多作とその玉石混淆具合、そして奇矯なキャラクターのせいでどうにも近寄りがたく、Revolutionary Coin Magic DVDは素直にすげえと感心しましたが、他方、カードものなどはもはや見る気さえ起こらなかったのが正直なところです。

何故いまSankeyなのか。
読んだら、解りました。それも最初の数ページで。


話は少し迂回をします。依井貴裕という推理作家に「歳時記」という作品があります。かなりの無理をしていて面白い作品なんですが、内容は今はどうでもよい。冒頭に奇術愛好家達が手品を見せ合うシーンがあり、そこで演じられる作品の一つにこんなのがあります。

カードケースに輪ゴムがかかっていて、その輪ゴムにサインをしてもらう(サインつきのシールを貼ってもらう)。輪ゴムをケースから外して揉むと消えてしまう。ケースからデックを出すと、デックには輪ゴムがかかっていて、その輪ゴムにはサインが……。

当たり前の道具立てで、取れる手法などごくごく限られているはずなのに、考えてもいっかな解法を思いつかない。類似の作品も見あたらず、当時の僕は、きっと手品の世界にはまだまだ不可思議な原理があるのだろう、と自分を納得させて解析を諦めたのですが、この手順のクリアさ、不可能さは実に印象的であり、正直に言うと小説そのものよりずっと心に残っていたのでした。


で、センセーショナルなクロースアップ・マジック ですが、はじめは買う気はなかったのですよ。たまたま友人と遊びに市内に出て、たまたま時間が余って大型書店に寄ったら、たまたま置いてあったので何気なく手に取ったのです。ページをめくって1作目の「溶け込む輪ゴム」。
思わず声を上げそうになりましたね。もう何年も前に読んで以来、ずっと引っかかっていた現象が目の前にあったんですから。
しかも作家の嘘も疑ったくらいの現象を、実に合理的に成立させていたのだから驚きました。

続く「輪ゴムにえさを与えないで」でも、当たり前の道具、輪ゴムとトランプが実にコミカルで不思議な姿を見せる。なんだよトランプの攻撃形態、防御形態って。あとはもうレジに直行です。


まあこれは多分に私的なケースですが、センセーショナルの題に偽り無し。今見ても、いや今だからこそ余計にセンセーショナルかもしれません。


これも訳者の方が指摘しておられますが、Sankeyの手順は、確かに奇矯で無茶もあるものの、同時にとても合理的で無理矢理なところがない。やたらアクロバティックな技法もあるんですが、フラリッシュ的な意味でのアクロバットとは違う。この感じは説明が難しいのですが、どうもSankeyの創作スタイルから来ているらしい。本人はこれを、後書きにてマテリアル・フィクションと名付けていました。

道具に命を吹き込む、という書き方もされていますが、それではただのアニメーションと混同してしまう。そうではなく、道具に命があると仮定して、その動きを想像する創作アプローチと僕は解釈しました。客側から見ると、道具それ自体が、その動きや現象に対して合理性を与えるという感じ。む、やはり難しい。同書を読んでもらえれば早いと思います。

この発想は本書全体を貫いており、他のアプローチでは決して世に生まれなかったであろう不思議な現象が目白押しです。
両手の間に透明のチューブを渡し、コインが手から手へ移っていく所が見える「見えない架け橋」、コインがゆっくりとお札を貫通していく「四次元コイン」、そしてかの名作エアタイトなどなど。実に独創的であり、また解法も美しい。
既存の技法を組み合わせた解決などでは決して無く、まさしくその手順・現象のための動作によって不可能が成立する。まるで初めからその形で存在していたかのような、完成されたものを感じます。



一方で、このアプローチには如何ともしがたい制限があるようにも感じました。
繰り返しますが、マテリアル・フィクションでは「属性を付与する」のではなく「属性が露わになる」。
つまり全般に道具自体が主役であり、主体なのです。マジシャンの意志なり魔力なりが介在する余地が無い。


たとえば、そうだなあ。
マトリックスであれば、カードとコインを使って瞬間移動を演出します。
そこではコイン・カードという静物、ただの物体であることが自明な物によって、不可能現象あるいは魔法の力がクロースアップされる。
しかしSankey流であれば、つついたコインが波打ちうねりだし、虫のようにごそごそと反対のカードまで移動していったような感覚といえば良いでしょうか。

もちろん全てがこうでは無いのですけれど、マテリアル・フィクションにのみ依って立つ作品には必然的にこのような側面が現れるのではないかと思いました。その自己完結性が、完成度の高さにもつながるのかも知れません。

うーん変な話になってきた。まあ演じる人次第ではあるでしょう。Sankeyの演技・プレゼンテーションが、こういった未知の属性の”デモンストレーション”といった感じが強いために、余計にそう思うのかも知れません。


ごちゃごちゃしたうえにあまり内容に触れてませんが、日本語文献ゆえ、まともな紹介は簡単に見付かるはずなんで、もういいやこれはこれで。

ともかく、見立てでも技術でもない、ましてや魔力でも無い、まったく異なったアプローチによる創作群は、わたし達の知っているマジックとはどこかかけ違っていて、非常なインパクトがありました。

革命的、の惹句に嘘はありません。

2012年4月5日木曜日

”The Berglas Effects” Richard Kaufman / あるいは聖杯の虚像



”完璧な手法が存在したとしても、'ACAAN'は聖杯ではないということです。すなわち、手法を求めるマジシャンから見たら聖杯であるかもしれないが、現象から見る観客にとっては、聖杯と呼ぶほどの現象ではないと、私は信じているということです。”
加藤英夫 Cardician's Journal No.225


本書、The Berglas Effects (Richard Kaufman, 2011)はACAANという現象の伝説を作った男David Berglasの、カードの手順に焦点を当てた本になります。
伝説のACAAN / Berglas Effectの解説を含む、400頁にも及ぼうという大冊で、さらにDVDが3枚、赤青フィルムを張ったいわゆる3Dメガネが付いてくる豪華本です。


ACAANはAny Card At Any Numberのアクロニム。
相手の自由に言ったカードが、相手の自由に言った枚数目から出てくる、という不可能極まりない現象で、ここ最近ブームになっているようです。

さらに本書では、
『カード、数字の選択に一切の制限が無く』
『演者は最初からデックに全く触れない』
という限定条件を持って、Berglas Effectと区分しています。

ACAANは実に毀誉褒貶激しく、究極の不思議と言われる一方で、マニアのためのトリックでしかないと糾弾されてもいるようです。
後者の代表として、冒頭に加藤英夫の文章を引かせてもらいました。


また本書自体も非常に評価の分かれる本で、『退屈きわまりない』『Kaufmanは伝説を開示するというエサをちらつかせて、紙屑を高く売りつけた』などと、一部では酷い言われ様をしています。



本書を読了した上で、僕は、この本を傑作だと思いますし、
ACAANは究極の不可能の一つであると思いますが、
一方で、反対の立場の意見もよく理解できます。



Kaufmanは冒頭で次の様な事を述べています。
”70頁に及ぶ、Berglas Effectを解説した項はある。しかしそれ単品で読んでもきっと意味はないだろう。400頁ある本書全体を読んで初めて、Berglas Effectを理解できる可能性がある。”

タネを割ってしまうと、Berglasが用いたACAANの”仕掛け”は、おそらく誰もが一度は考えた解法ではないか思います。


他の手順、Think A Cardにしても、「相手が心の中で決めたカードを当てる」というのではなく、「相手が心の中でカードを決め、口にした後で、そのカードが現れる」という形です。
プロブレムへの解答としてみた場合、及第点はとても無理でしょう。
技法も手順構成も、洗練されているとは言い難く、はっきりと言えば原始的です。


だからトリックを、秘密を求めてこの本を手に取ったら、たくさんの方は失望されるでしょう。
実際、僕も失望感を覚えたのは確かで、本書を駄作と呼びたくなる気持ちもわからいではありません。






しかし、こんな原始的な手段が通用し、かつ世界でも有数の名声を獲得しているというのもまた真実です。ほんとうの”秘密”はそこにあるのだ、というのが本書の、本当のテーマでしょう。


『ない』を『ある』ように見せる、伝説の作り方です。


もちろん本書で解説されるのはDavid Berglasの個人的な手法であり、彼にしか実現できません。しかも明確な”手法”としては表記されず、読者はきれぎれのエピソードや、エッセイ、繰り返される古くさい手順の行間を読まなければいけません。


手品の解説を通じてBerglasの哲学を描写しようとした本書は、どちらかといえば伝記に近い一冊です。
だから、払った対価に見合った”機能”を求めるのは間違いでしょう。






僕は楽しめました。感じるところも多くありました。
あなたがどう感じるかは、残念ながら判りません。








本のレビューは以上ですが、「ACAANは聖杯ではない」「ACAANは魅力的な現象ではない」というような意見に対する現在の見解も述べておきます。


ACAANは聖杯ではない、というのは、警句としては正しいでしょう。現象だけをなぞった、昨今氾濫しているACAANには僕も辟易しています。


一方で、ACAAN以外にカードマジックの聖杯と言えば、あとはOpen Predictionか、Think A Cardくらいしか思い浮かびません。たとえばTriumphは、どれだけ魅力的な現象で、どれだけ不思議でも、相手の知性によっては露見し得えます。
考えたら解る、というのでは、伝説としては弱い。
仮にTriumphに究極の手法があったとしても、観客にとっては他人事の現象にとどまってしまうでしょう。


Berglas Effectは、絶対に見抜けず、それでいて、あのとき違う数字を言っていたら、違うカードの名を口にしていたら、と観客を思考させ続け、決して解けない謎を相手の人生に刻みつけます。


こう言うと、今度は「パズルはマジックじゃない」という声が聞こえてきそうです。
なるほど、マジックではないかも知れない。
だったらどうしたと言うのでしょうか。
Berglasは伝説を演出したかったのであって、マジックは手段に過ぎません。




「現象から見る観客にとっては、聖杯と呼ぶほどの現象ではない。」
「ACAANは魅力的な現象ではない」
これについては、なんというか、ここまでの伝説になっているという実例がある以上、それだけのポテンシャルを秘めた現象であるのは自明ではないのか、としか言えません。


現象が魅力的ではない。それは正しいかもしれません。
しかし、プレゼンテーションと手法次第によっては、たとえ現象の本質がつまらなかろうと、伝説として語られるほどの『体験』を残せる。
それがBerglasの伝説だと、僕は思っています。








追記
Think A Cardの手法について、確かに原始的と言いましたが、
その分、信じられないくらいに柔軟です。
カードあての最も単純で、理想的な形かも知れません。
練習中です。

Berglasのメンタル手順を解説した The Mind and Magic of David Berglas (David Britland, 2002)という本も出ていますが、
こちらは既に稀覯本になり、オークションで5~10万円に跳ね上がっていて、とても手が出ません。