2013年1月23日水曜日

"オーディエンス・マネジメント" Gay Ljungberg 訳・米津健一





オーディエンス・マネジメント(Gay Ljungberg 訳・米津健一、2012)



日本では初(?)な一般流通の本格マジック理論書。


「株式会社 リアライズ・ユア・マジック」という胡散臭い社名に一瞬たじろいだが、マジックDVDの日本語字幕化などを手がけるスクリプト・マヌーヴァの元締めであるらしい。もう少し他に名前無かったのだろうかと思う。

同社によるTamarizのFive Points in Magic の邦訳と同時出版。Five Points はマジック・パフォーマンスにおける身体の使い方についての理論書。おそらく対として相補になるよう狙っているのであろう。こちらは演技それ自体、そして演技に臨む姿勢についての本である。
そこで大売れしたKen Weberとか持ってこないあたりが、まずなかなかおもしろい選択と思う。和訳されるまで存在知らなかったよ。理論本としてはどちらも良書なので、単純にページ数の問題かもしれない。本書は170頁程度の小冊子、理論書ではあるが他に比べればとっつき易い。

内容だが、前半は演技の作り方。演技技術とかではなく、ショー内容についてどうテーマ設計するかという話がメイン。具体的な話というよりも、ショーについての根本的な考え方、発想のスタートの仕方、発想の評価の仕方についてである。

後半は演者のあり方。演者自身のキャラクターの話もあるが、それよりも観客の選び方、問題のある客の扱い方、リハーサルの重要性などの実際的な話がしっかりしていた。

いちおうマジック全般にも通用する内容ではあるが、ステージの、特にキッズショーの多い人らしく、具体例はどうしても偏りがちなので少しぴんと来ないところもあったり。ただ内容はマジックにかかわらず広範なパフォーマンスに通ずるものであり、かの池田洋介さんが高く評価していらしたのも納得の内容。


オーディエンス・マネジメントということで観客に対する心理操作的な話かと思ったが、子供を走り回らせないとか、もっともっと実際的な話であった。理論部分では、いかに観客が楽しめる演技をつくるかという演技構築の根幹部分の話が多め。それ自体はよく出来ていると思うが、そこから実際までの間を埋める話は少なかったように思う。
楽しい演技とかそれ以前の問題として、Ken Weberが指摘したように”そもそも現象がよく見えない”マジシャンも、プロでさえ多数いる(らしい)ので、実践の内容が少ないのはちょっと残念ではある。


クロースアップがメインの趣味人にとってはやや乖離した内容だったが、実際に人前(特にパーラー以上)で演技をする人にとっては、マジックに限らず非常に面白いと思う。特に”お金を払っていない客”、”目的をもって見に来たわけではない客”、それらを含んだ環境で演技する人であれば一読の価値はある。
一方で、あくまでクロースアップがメインの趣味人にとっては、こう、かゆいところに手が届かない感じは否めなかった。マジック”そのもの”についての話は無い、と言ったらいいのだろうか。

あと、さすがに一般出版ということで、翻訳は流暢で、読みづらいとかそういう事は一切無いのだが、どうしても、英語での演出・やりとりを日本語訳した箇所は奇妙な感じがする。例題が精彩を欠いているのはそのせいも大きいのではないか。言語の壁はやはり大きいと思った。


最後に、これは書評ではなく単にちょっと面白かった箇所なのだけど、訳注が非常に詳細でありがたい本書、ゲーテにまで注釈を付けていたのはさすがに丁寧すぎるだろうよと思わなくもなかった。

2013年1月20日日曜日

"A Lady Through and Through" David Britland




A Lady Through and Through (David Britland, 1984)


David Britlandの小冊子。Lybraryで購入。
もうなかんべと思っていたが、最近また何冊か現れた。まとまった作品集ではない、例えばこれのようなのとか、ホーンテッドデックとか、そういう単品ノートはまだまだ結構あったみたい。


この冊子は貫通現象×2。
いずれもカードがカードを貫通するもので、作品はそれぞれApril、Juneと月名でありつつ女性名というちょいとセンスのいいタイトル。ついでに表紙もセクシー。

April:Qを、別のカードがするりと貫通する。折ったりなどせずノーカバー。Qの表面に溶け込むようにして貫通。一応、検めも可能。

June:スリットの空いたカード2枚で、カードを挟む。スリットに別のカードを差し込むと反対側から抜けてくる。もちろん、挟まれたカードは無傷。


どちらもギミック自作。うーん、今ひとつであるなあ。前者はきわどい。ノーカバーなので当たり前だが、限りなくぎりぎり。後者は貫通がわかりにくい。一般的な貫通物はペンなどを”直角に”突き立てるけれど、Juneでは全て同じ平面になってしまうので、今ひとつ貫通したっぽさに欠けるように思う。反対側も見せられないしなあ。

というわけで今ひとつでした。ふいと思い出したが、貫通2連続、しかも一つはノーカバー、もう一つは挟み物といえば、泡坂妻夫魔術館の一夜 所収の「影のごとく」「ジャンボペネトレーション」だなあ。ペネトレーション物は殆どしらないので何とも言えないけど、Britlandと泡坂妻夫なら泡坂先生の作品の方が断然おすすめです。魔術館の一夜は絶版だけど、まだまだ中古がお安く買えるので、未読の人は買っておいてもいいと思うよ。小ネタばっかりだし記述も癖があるけど、個人的には東京堂の泡坂妻夫 マジックの世界よりも好きだったり。

しかしBritland、思い返すとコレ!というアタリ作品は無いような。それでもついつい買ってしまうのが自分でも不思議。実験的でありつつも、品の良い洒落た感じが好きなんでしょうか。

2013年1月19日土曜日

"Secret Agenda" Roberto Giobbi





Secret Agenda (Roberto Giobbi, 2010) 


Giobbiといっしょに一年間。


カードカレッジ でおなじみ、碩学Giobbi先生のちょっと変わった御本。
各タイトル毎に日付が振られていて、それが365+1タイトル、つまり日めくり式みたいになっている。一日1タイトル、一年掛けて読破せよって事らしい。

それでまあ去年の1月から読み始めて、途中までは、ほぼ正確なペースで読んできました。10月くらいで一度中断、積みに入ったものの、先頃まとめ読みして何とか1年+数日で了。
いやーしかし1年も経つと、最初の方の話とかすっかり忘れてますね。


あらためてざっと読み直した上でレビュー。
内容は、エッセイ、技法、手順、逸話、クイズ、アイディア、ギャグ、記念写真などなど何でもあり。古くなったコニャックの飲み方とか、将来自分のお墓を作ったときの碑銘案とかそんなのまである。
各タイトル1~2頁という事で、基本的には小物。トリックも小品メインです。ビジネス的なアドバイスとか、テーブルへのアプローチの仕方とか、そういう読み物系統が多かった印象。マジックそのものの話はあまりしていないような……。実際に道具を持って手を動かすような記事は30%あったかなぁという感じ。ちなみに僕が「ああコレは覚えておこう」と思ったネタ物は30タイトル未満、10%以下でした。

カードはあんまり得る物がなかったというか、Card Colledge 5 のレビューでも書いたけれどGiobbi先生けっこう独特なのです。トップスタック・コントロールなど、シャッフル組み合わせの記事が複数あったので余計に今ひとつの印象。個人的な好みとして、シャッフルのコンビネーションにはあまりそそられない。
特に単枚数コントロールではそうですが、どれだけDeceptiveにシャッフル・コントロールできたとしても、マジシャンが触っている時点で「コントロールしているかも」という可能性は生じると思うのです。だからといって、おざなりで良いかと言えばそういう訳では無論ないのですが、それぞれの手法の違いとか利点が見えにくいので、いまいち入れ込めません。

閑話休題。

で、駄目な本だったかと言えば一概にそうも言えない。
テーブルに置いたデックを綺麗に取り上げる方法、とか、たくさんあるデックの整理方、など普通のマジック本ではお目にかかれないような、些末だけれど面白いTipsがあったり、マジシャンにしか通じない超内輪ジョークがあったり。

『ヘイ! スティーブ。エルムズレイの新しい4巻組DVDはもう見たかい?』
『もちろんさ。だけど、3巻だけ見れてないんだ。代わりに1巻を2回見てしまったよ!』
『HAHAHA!』 (Feb.18)

みたいなのとか。あ、訳は適当です。

中でも僕は、Aug.16のワイングラス・ベンディングが非常に気に入りまして、さっそく持ちネタに取り入れました。使いどころは限定されるし、実を言うとマジックでも何でもない小ネタですが、これだけで一冊読んだ時間は報われたかなあと思っています。
また以前、Lennart GreenがTEDでのパフォーマンスで使っていたネタを、個人的に盗用していましたが、本書のOct.15にてめでたく文書化されたので、誰を憚ることもなく使用できるようになりました。うれしい。
それから。Jun.29のBreast Pocket Ployは、出来ない服もありそうなものの、胸ポケットの口を開けておく手法としてはコロンブスの卵のような出色の方法でした。ただあまりに良い手法なので、ひょっとしたら僕が知らないだけで、割と一般的なのかも知れません。John Carneyの案だそうです。


そんなわけで、当たりは少なく、実用的な物となるとさらに少ないのですが、一方で必ずひとつふたつは大当たりが出てくるんじゃないかなーと思います。それが技法か、ギャグか、格言なのかは人それぞれになるでしょうけれども。


平均を取ると、どうにも退屈という評価になってしまいますが、益体もない(と思えてしまう)文章をだらだら読みながら、たまに判る話に出くわすとこれがはっとするほど面白い、そんな本でした。まあ言ってしまえばブログであるな。紙ブログ。


なお、本自体はやや四角に近い変形版、ダストジャケット無しの布装、箔押しも金と白の2色というとても素敵なもので、背も美しく、デザイン的には言うこと無しです。

最近出たConfidences も気にはなるんだけど……、やっぱりGiobbi先生とは相性が良くないみたいだし、しばらく見送りかなあ。

2013年1月6日日曜日

わたしの好きな本




色々と積んだままに新年を迎えてしまいました。明けましておめでとう御座います。



ただ積んでいるだけで無く、読みかけで放置しているのがかなり有るのが、我ながらたちが悪い。読んだけど記事が書けていなくて放置というのも何冊かあります。やれやれ。


それらについて読んだり書いたり練習したりすべきではありましょうが、ここでは全力で現実から逃避し、あまり頭を使わないまま私の好きな本Best 5を短評と共に挙げてみます。いちおう完読済みの「本」体裁の物のみ。なおBest 5ですがその中での順位はありません。



"Card Fictions" Pit Hartling
 拙ブログでも取り上げましたし、最近になって和訳もされてしまいましたが、最高度のカードマジック本。それ以上、言うことがありません。


"Mysteries In My Life" René Lavand/Richard Kaufman
 ひとつのアクトを完全に描写しきった希代の書。片腕のマジシャンにして詩人、René Lavandの演技に触れられる数少ない機会です。氏は演出がすごいのですが、スペイン語話者なので中々わからないのです。最近、DVD MAESTROが出たので迷うところではありますが、トリネタは本の手順の方が好きです。


"52 Lovers 1,2" Jose Carroll
 スペインのJose Carrollのカードマジック本。もし魔法が使えたら、かくもあろう、という奔放で夢溢れる現象にうっとりとなります。カラーチェンジひとつとっても、ピンに串刺しにしたカードが変化する、グラスの中に入っているカードが変化する、といった具合。Dai Vernonに"スペインのマドリッドにはとんでもないカードマジシャンが3人もいる、Tamariz、Ascanio、そしてCarrollだ"と言われながらも、現在、その作品があまり知られていないらしいのが残念です。
 ただ西語圏ではやはり有名なようで、近年のスペイン勢の台頭とともに、氏の代表的な作品Reflectionの現代的なハンドリングが見られたのは嬉しい限りでした。これなら!がんばれば できる!かも!


"Life Savers" Michael Weber
 現代のほんとうの魔法使いが身につけておくべき魔法の本。身の回りの物をつかった、シンプルでクリアな不可能。こういった即席(風味)マジックの本はもっとあってしかるべきと思うのですがなかなか。即席、とは言っても、破った雑誌を元に戻したり、指を弾くと火の玉がとんだり、あげく時間を巻き戻したりと、本当に魔法のようです。
 なお、先のコミケで配布された冊子「週末マジシャンまいけるウェーバーZ」はWeber氏とは一片たりとも関係なかったのが残念でした。まあ告知ページで氏の未見の動画が見られたからよいか。


以上。
あれ、4冊だ。
次点としてはいくつかあるのですが、あと一歩抜きん出るものがなかった感じです。
特にメンタルは、数を収録する本だとどうしても重複して退屈になりがちで損をしているような。
名前だけ挙げておくと、

"The Magic of Ascanio" Etcheberry/Artudo de Ascanio
"The Mental Mysteries of Hector Chadwick" Hector Chadwick
"Absolute Magic" Derren Brown
"Cards on the Table" Jerry Sadowitz
"Relfections" Helder Guimaraes

といった所でしょうか。
なお、影響を受けたという所で言うと、

"Mind Myth and Magick" T.A. Waters

が非常に忘れがたい本です。この本の話もまたいずれできればと思っています。