オーディエンス・マネジメント(Gay Ljungberg 訳・米津健一、2012)
日本では初(?)な一般流通の本格マジック理論書。
「株式会社 リアライズ・ユア・マジック」という胡散臭い社名に一瞬たじろいだが、マジックDVDの日本語字幕化などを手がけるスクリプト・マヌーヴァの元締めであるらしい。もう少し他に名前無かったのだろうかと思う。
同社によるTamarizのFive Points in Magic の邦訳と同時出版。Five Points はマジック・パフォーマンスにおける身体の使い方についての理論書。おそらく対として相補になるよう狙っているのであろう。こちらは演技それ自体、そして演技に臨む姿勢についての本である。
そこで大売れしたKen Weberとか持ってこないあたりが、まずなかなかおもしろい選択と思う。和訳されるまで存在知らなかったよ。理論本としてはどちらも良書なので、単純にページ数の問題かもしれない。本書は170頁程度の小冊子、理論書ではあるが他に比べればとっつき易い。
内容だが、前半は演技の作り方。演技技術とかではなく、ショー内容についてどうテーマ設計するかという話がメイン。具体的な話というよりも、ショーについての根本的な考え方、発想のスタートの仕方、発想の評価の仕方についてである。
後半は演者のあり方。演者自身のキャラクターの話もあるが、それよりも観客の選び方、問題のある客の扱い方、リハーサルの重要性などの実際的な話がしっかりしていた。
いちおうマジック全般にも通用する内容ではあるが、ステージの、特にキッズショーの多い人らしく、具体例はどうしても偏りがちなので少しぴんと来ないところもあったり。ただ内容はマジックにかかわらず広範なパフォーマンスに通ずるものであり、かの池田洋介さんが高く評価していらしたのも納得の内容。
オーディエンス・マネジメントということで観客に対する心理操作的な話かと思ったが、子供を走り回らせないとか、もっともっと実際的な話であった。理論部分では、いかに観客が楽しめる演技をつくるかという演技構築の根幹部分の話が多め。それ自体はよく出来ていると思うが、そこから実際までの間を埋める話は少なかったように思う。
楽しい演技とかそれ以前の問題として、Ken Weberが指摘したように”そもそも現象がよく見えない”マジシャンも、プロでさえ多数いる(らしい)ので、実践の内容が少ないのはちょっと残念ではある。
一方で、あくまでクロースアップがメインの趣味人にとっては、こう、かゆいところに手が届かない感じは否めなかった。マジック”そのもの”についての話は無い、と言ったらいいのだろうか。
あと、さすがに一般出版ということで、翻訳は流暢で、読みづらいとかそういう事は一切無いのだが、どうしても、英語での演出・やりとりを日本語訳した箇所は奇妙な感じがする。例題が精彩を欠いているのはそのせいも大きいのではないか。言語の壁はやはり大きいと思った。
最後に、これは書評ではなく単にちょっと面白かった箇所なのだけど、訳注が非常に詳細でありがたい本書、ゲーテにまで注釈を付けていたのはさすがに丁寧すぎるだろうよと思わなくもなかった。