2012年7月30日月曜日

"Thinking the Impossible" Ramón Riobóo





Thinking the Impossible (Ramón Riobóo, 2012)



先頃発売されたスペインのマニア Ramón Riobóoの初英語作品集。


いや、これは酷い本だ。
よくもまあHermeticはこれを出したものと思う。


皆さん、本書は読まなくていい。









だって本当に酷いんだ。
酷いんだよ。
こんな手品されたら、追えるわけがなかろうよ。


『ひっかけられるのが怖いなら、Ramónには会わない方がいい』とHermeticの惹句にもあるが、ここまでとは思わなかった。生で見たら、不思議も度を過ぎて怖いレベル。


残念なことに本書への興味を失わなかった人のために、改めて。


Ramón Riobóoはスペインのマニア。
単発ではSteve BeamのSemi Automatic Card Tricksにちらほら出ていたらしいが、あの分厚くていつまでも新刊が出続けるシリーズを追ってる人は、あまりいないだろうから、無名の新人といってもいいだろう。
(一応、TamarizのMnemonicaにも作品があるが、あの分量の中からピンポイントでこの人の名前が引っかかっている人もそうそういるまい。)

さて新人というのは、決して比喩表現ではない。写真で見るとなかなかご高齢だが、前書きなどから察するに、この本の刊行時(西語版2002年)のマジック歴は10年かそこらのはず。本を出すレベルのマジシャンとしては本当に若手の部類である。
元のお仕事を50歳で退職した後にマジックを始めたらしく、その経歴が、本書を形成する一種独特なトリックの構成にも深く関わってくる。


本書の収録作品は、いわゆるセミ・オートマティックなカードマジック。
セルフワーキングとは違って、いくつかの技法や操作を必要とするものの、トリックの骨子は”原理”によって成り立っている作品群である。

Riobóoの作品は、セルフワークと聞いて思い浮かべるような煩雑さは皆無で、トリックの外観は非常に簡潔にまとめられている。まあスペリングこそ多用されるものの、そこには意味がちゃんと感じられる。ひたすらダウンアンダーをしたり、配りなおしたりという、現象の要請のために延々と操作させられるあの嫌な感じは全くない。

あまり意味のないような動作や、最初に言った約束・制限を破るような干渉もあるが、それは全体像をシンプルにする方向に働いており、客側から見ても違和感はないだろう。


基調として、観客がシャッフルした状態から行うものが多く、場合によっては殆どを観客が操作する。現象はカードあてが殆どになってしまうが、いわゆるロケーションからマインドリードまで、いろいろ。スペリング、および複数の観客(2~5)が必要なトリックが多く、その点では自分の環境には合わなかった。
プレゼンや動作の意味について詳述しているのも特徴で、デュプリケートを使ったCard to the Boxという、マニア的には”逃げ”にしか思えない解法も、ここまで構成や狙いが書いてあると、やってみたい気になる。

作品は、要求事項によって大きく5つに別れており、以下の通り。
『完全な即席:21』
『ちょっとしたセットアップ:2』
『メモライズドおよびフルスタック:5』
『デュプリケートやギミック:7』
『Treated Card:4』
Treatedっていうのは、粘着性のしかけを施したカードを指している。


ともかく、演者が”必要なこと”以外何もしていないように見えるのが、実に好み。

Finnelly Found
 カードを広げていって、観客Aに1枚を覚えてもらう。
 覚えたカードが含まれているだろうブロックをAに渡し、
 覚えたカードを抜き出して他の人にも見せてもらう。
 演者は手元に残ったカードを、別の観客Bに渡し、混ぜてもらう。
 Bが適当な枚数をカットして出した上に、Aは覚えたカードを戻す。
 Aは手元の残りのカードを混ぜ、適当な枚数をカットして覚えたカードの上に載せる。
 A,Bの手元に残っているカードを集め、それも重ねてしまう。

これで、Aの覚えたカードが任意の枚数目にコントロールできると言ったら、君は信じるかね?
DaOrtizの数字のフォースを使ったCAANに繋げてもいいな。


Cardini Plus
 5枚ずつの手を3つ配り、1つ選んで、好きなカードを覚えてもらう。
 そのカードを、観客自身がデックに戻して混ぜる。
 その後、演者も簡単に混ぜ、観客に渡す。
 観客が自分の"心の中だけで決めたカード"のスペル分、配ると、
 その枚数目から覚えたカードが出てくる。

 これ、観客は、ほんとうに心の中で決めただけなんだ……。
 スペリングが難しい言語なのが悔しい。




ともかくすごい本だった。
わざわざ洋書など読むくらいになると、好みも狭くなり、一冊に1~2個も当たりがあればいい方だが、本書ではすぐにレパートリーに入れたいものだけで3~4個、機会があったら演じてみたいと思う物を含めれば8~10個もあった。
できれば、みんな買わないで欲しいんだけどなあ。

なお、どれも演技はとても難しいと思う。こんな不可能状況でもってカードを当てたら、絶対どや顔してしまいそう。演じ方によってはめちゃくちゃ鼻持ちならないマジシャンになって、またぞろ『マジックを見ると腹が立つ』人口を増加させてしまいかねないので取り扱いには細心の注意を要するだろう。


しかし。Ascanio、Carroll、Tamariz、DaOrtiz、Piedrahita、そしてRamón Riobóo。スペインってのは、いったいどんな人外魔境なのか。あな怖ろしや。

2012年7月19日木曜日

"The Lost Cheesy Notebooks 1" Chad Long





The Lost Cheesy Notebooks Volume One (Chad Long, 1994)



Chad Longのレクチャーノートその1。
4 Coins 1 Hand というトンデモなMatrixをやりたいがためにDVD3を購入し、ついでにノートもまとめ買いした。



内容は、トランプ、ペン、コイン、コインボックス、マッチ、指輪と実にヴァラエティに富んでいる。

Back & Forthは、売りネタのNow Look Hereとたぶん同一。カードを選んで戻した後、トップをめくると「ポケットの中を見ろ」と書かれたカード。ポケットの中を見るとカードが一枚あり、そこには「テーブルの上のカードを見ろ」。そしてテーブルの上のカードをめくると……。


Card Under Drink。一人目のカードがコップの下に現れ、二人目のカードはさらに一人目のカードの下から現れるという物。ただし正確を期すと、一人目二人目と連続して出来るわけじゃなく、1回目の後、別のトリックをいくつかはさみ、それから2回目を行う構成。


トランプ二種はどちらも前準備が必要だが、視覚的にわかりやすく面白い。


X-tracting 4はコインボックス手順。この人は本当にコインボックスが好きらしく、DVDでもコインボックスを絡めたMatrixなど色々奇体な事をやっている。
X-tracting 4では、コイン4枚をボックスに入れた後で1枚ずつ抜き出していくのだが、たとえばRothがやりそうな、1枚抜いた後ボックスを開けて中が3枚になっているのを見せる、というような事はしない。ボックスは一度フタが閉じられたら、あとは最後に空になっているのを見せるまでそのままである。



マッチが箱側面に触れた瞬間に発火するInsta-Matchは、ある有名な技法の応用で実に感心したのだが、元の技法がどうしてかできなかった。おかしい、昔は出来たはずなのに。マッチなど使う機会はないと判っていても、面白いので練習中。


雑多な現象が詰め込まれている。どれも視覚効果が高く、現象が早くて、実用向きと思う。ゲットレディが組み込まれておらず、ある意味で構成は雑。それを十二分に隠せる技量やスピードを持ったエキスパート向きという印象。具体的に言うと、トリプルリフトのゲットレディや、4枚のコインのうち2枚をクラシックパームし、残りを反対の手に渡す、といった事がさらっと出来る人向き。

Cheesyっていうのは、趣味が悪い、よれよれの、つまらない、という意味だが内容は全然そんなことはない。うん、内容『は』ね。
外見、つまりノートとしては粗悪の部類。レイアウトは良いのだけれど、印刷が悪く、紙が柔らかいせいでとても読みづらい。せめて表紙だけでも厚紙にしてくれたらと思うのだが……。

2012年7月17日火曜日

"Equinox" David Britland






Equinox (David Britland, 1984)



David Britlandの個人作品集第三弾(たぶん)。


カードマジックメインの作品集ではこれが最後の一冊(たぶん)。




アイディア勝負で、未完成作品さえ載っけていた前二冊Dackade Cardopolis から較べると、良くも悪くもずいぶんと落ち着いた印象。


前半はいまひとつ面白くなかったのだが、Mexican Turnoverからおもしろくなってきた。実際にはMexican Turnoverというか、BoTop Changeに近い技法。以前、別の名前で見た気もするんだが思い出せないなあ。
作例の手順が3つあり、3つとも使用技法は同じながら、表現される現象・効果が異なっていて、改めてBritlandの頭の良さを感じた。


特に、Hofzinser AcesのヴァリエーションAustrian Acesは、実用手順としても十二分に通じる完成度。ちょっと解説が粗く、アディションの手法やカードの順番を整える手法は読者にお任せ、だったりするが、Aの並びは気にしなくてよいし、デックとの接触もなく綺麗。Twist現象は省かれているが、個人的にはすっきりしていてよいと思う。


あとこの巻はギャンブルものが多め。日本では文化的コンテクストがないこともあり、あまり好みのジャンルでもないのだが、この巻で一番面白かったのはこの章のTwo Stepというギャンブルもの。K4枚A1枚が、一瞬でA4枚K1枚に変わるクライマックスも派手でよいが、それよりなにより自分の手にだけ1枚多く配る策略がとびぬけて卑怯。
盲点とか凄い発想というわけでは全然ないのだが、自分でやってても騙されて気持ち悪い。


珍しくコインも2種類入ってる。カードはギミック使わないのに、こちらは基本ギミック。コインズアクロスと、銅銀トランスポ。後者は最後に2枚ともチャイニーズになるクライマックス付き。
ギミックを有効に使い、手順を簡易化するのはすごく良いと思うのだが、簡易化の果てに残った”唯一使う技法”っていうのがPalm Changeで、個人的にこれ凄く苦手なのだよ。構造的欠陥のある技法というか、少なくとも自分はいくら練習しても上達する気がしない。そんなわけで、この章の作品は読むだけで、実物では追っておりません。


総論。
やっぱり面白かったなBritlandは。技法の効果を引き出すのがうまい。いつかまとめ本が出たら嬉しいのだが、これ以降はPsycho-mancy があるくらいで殆ど作品は世に出ていないみたい。
マジック界隈にはずっと居て、Chan CanastaやDavid Berglasの本を書いたり、EMCに参加したり、たまにブログで作品発表したりはしているみたいだが、なんとなく作品集は出なさそうだなあ。残念。

ともあれBritlandはこれにて終了。
ライジングカードとホーンテッドデックの単品解説冊子があるが、今のところ手に取る予定は無い。

本書は実体本を買ったのだが、60頁ながらハードカバー。裸に剥く、もといダストジャケットを取ると、布装箔押しでとてもかっちょいい。

2012年7月12日木曜日

"Close-up Illusions" Gary Ouellet






Close-up Illusions (Gary Ouellet,1990)


Silver Passageなどの冊子で有名なGary Ouelletの、唯一まとまった本。本書の最後では、次の本にも触れているのだが、それが形になることはなかった。
Silver Passageの別エンディング、Finger on the Cardのバージョンアップ版、詩的なワンコイン手順Silver Dustなどを収録。また数々のカード・コイン・スポンジ・シンブルの技法や、マジック理論、ちょっとしたヒント集などが納められている。

さて、世評も高く、また演技動画が実にすばらしかったので、とても期待していたのだが、うーんいまひとつ。


おもしろい本だが良い本ではないなぁ。


いろいろと悪い所はあるのだが、順番にいこう。

1・手順がほとんど無い。
2・あまり情報価値のない記述が多い。
3・過去作への言及が多い。
4・記述が前後する。
5・マイクって誰だよ。


1・手順がほとんど無い。
のは実に残念。解説内容のほとんどは技法で、しかも改案形が多い。
Krenzelのような、これ何処に使うねんってオリジナル技法も、それはそれで困るのだけれど、フレンチドロップのヴァリエーション、各種カウントのビドルグリップ版、など地味すぎるのばかりでもなあ。しかも改良か個人的な好み(Personal Touch)か微妙なラインの物も多い。
手順もいくつかあるにはあるが、かなり肉を削ぎ落としたタイプがほとんど。
シンプルなのは悪くないが、事前に知っていた手順がSilver Dust、Silver Passageと、魔法的な意味づけに凝った作品ばかりで、そういうのを非常に期待して手に取ったので余計に残念だった。


2・あまり情報価値のない記述が多い。
この技法はいい技法だとか、単売するべきとも言われたがここで発表するとか、誰々とどこどこに居るときに思いついて云々、というのは背景としては面白いのだけれどあんまり多いとちょっと退屈。同じ成立背景なら、技法の狙いや目的にも、もう少し紙を割いて欲しかったなあ。


3・過去作への言及が多い。
単品冊子として発売されているSilver Passage、Finger on the Cardの追加や別手法が書かれてるのだが、変更部分だけで肝心の手順は一切解説されてない。つまり単売冊子を持っていることが前提、という本。なのでこれ一冊だけではいかんともしがたい。うーん。気持ちはわかるのだが不親切。


4・記述が前後する。
解説などにおいて『ここでxxx Change(この章の最初で解説した)を使い、次にyyy Switch(この章の最後で解説する)を使う』みたいな事をよくする。
前者はともかく後者はちょっといただけない。


5・マイクって誰だよ。
『この技法はマイケル・ギャロが父ルー・ギャロと共に開発した物でアポカリプスの××号に掲載された(マイケル・アマーその他が実にうまく演じる)。初めてマイケルがこの技法を見せてくれたのはFFFFの会場で』
 うん、見せてくれたのはどっちのマイケル?
まあこれはあえて章立てするほどでもないのだが、ちょっと面白かったので。


なお、既存技法の自己流版、過去の発表作への追加、だけでなく、ヒント集、マジック理論、演技論なども書かれている。いままで見た中でよくなかったレクチャーの例や、レクチャーをする際の方法論、オリジナルやクレジット問題(でのいざこざ)などの章では、その筆致ににじみ出る怒りを感じた。


 またClassic Palmは一部の選ばれた人だけのもので、たいてい不格好。本書では使わない。代わりにFinger Palmだけ使う。French Dropは全然不思議に見えない。アードネスは面白いが古文だから初級者に勧めるとかやめろ、とかいろいろ過激っぽい発言もある。

また、ないがしろにされやすいが超難しいんだぞ、とフェイクパスの解説を詳細にしたりするあたり、ちゃんとしたコンセプトの入門書とか書いて欲しかったなあ。


 上記1~5 の通りマジック本としては今ひとつだったのだが、等身大のOuelletが現れているという意味で、非常に魅力のある、読み物として面白い本だった。




 Ouellet唯一のハードカバー本なので、これがあればOuelletはカバーできる、Ouelletの集大成、と思ったのだが、違うみたい。
 完成した手順なんかは冊子で発表されており、そのバックグラウンドに存在するOuelletのパーソナリティであり、技術的なタッチなりを補うのが本書なんだろうなあ。つまりハードカバーの外見だが、実は出版済みの各作品を繋ぐ、壮大な補遺に近い。そういう意味で、これ単体じゃあマジック本としての成立度は低いと思う。Ouelletと夜中に技法や議論を戦わせたり愚痴を聞かされたりするようなおもしろさはあったが。



あーしゃあないし、他冊子も買おうかなあ。


どうでもいいが途中の版で形状と表紙が変わったらしい。
昔のやつの方が好みだなあ。

今のやつは謎の人物と目があって怖い。あれ誰なんだろう。