Impossibilia (John Bannon, 1990)
巧妙なカードトリックで有名なJohn Bannonの作品集。
Bannonといえばカードの印象だが、本書ではコインやロープとリング、カップアンドボールも解説している。またBob Kohlerなど他の人の作品もあり、内容の幅は広い。
恥ずかしながら、これが初Bannon。
いや面白かった。今まで手を着けていなかったのが勿体ない。もっと早くに知っていたら、自分の嗜好も変わっていたかも知れない。
特徴は何よりオフビートなその構成。
オフビートとは”拍子を外した”とか”あえてタイミングをずらした”という意味で用いています。調べたところ色々な意味があるようなので。
実に巧妙に、観客の注意が集まらないタイミングで技法や秘密が織り込まれる。見えないところでもぞもぞやるのとも違って、見えているんだけれど気にならない。
絶対に見破れない不思議、ではないが、初見では絶対にびびるだろう。怪しいことを一切していないのに、予想外に不思議なことが起こるんだから。そのためにセットアップが必要な物もあるのだが、あらかじめカードを抜いておくとかで、スタック系やギミックはほとんど用いない。そういう意味でも実用度は高い。
いや、実は読んだだけでは今ひとつ魅力に欠けるなあと思ったりもするのだが、実際にハンドリングを追ったり、人に見せてみたりすると、びっくりするほど手になじむし、負担が少なくてやっていて楽、そして現象が綺麗なんだな。
個人的にはA Little T,T,&Aが好みだった。Tenkai Reverseを使った実に単純なTopsy-Turvy Ace(トライアンフとAプロダクションの混合)なんだが、どうした事かとても綺麗。
いろんな技法が使えるようになった上で、あえて難易度は低い(が綺麗)な手順を組める、こんなマニアになりたい。
さてBannonと言えば、のPlay It Straightが解説されているのも本書。
Play it Straightは思いついたのも凄いが、「あ、これいけるわ」という判断こそがBannonのセンスなのだろうな。
WaltonのOli & Queenが毀誉褒貶あるように、Play it Straightもその大胆さとシンプルさゆえ、傑作とみるか駄作とみるか意見が分かれそうな作品ではある。つまんねーという人の意見も判らいではない、というか僕もそっち寄りでしたが、実際に解説を読んでみると実に細かい配慮が成されており、正直見直した。
ところで、Bannonはカードの印象しか無かったのだが、本書ではカード作品はむしろ少なく、半分以上がコインやカップアンドボール、シガレット紙の復活などのクロースアップ物になっている。
カード以外の素材でも手順構成は冴え渡っており、中でも、サインされた三枚のコインが消えてポケットの中の封筒から出てくるCoins Across The Waterや、演者が一切手を触れなかった両面白の紙片に選ばれたカードの絵が現れるPhotologicはやってみたい。
Bannonは作品ごとにしっかりと演出があり、そこも好きなのだが、特にCoins Across the Water(大洋を越えるコイン?)の演出は面白い。コインは消えたんじゃ無くって、日本まで飛んでいったんだ、証拠を見せよう、と言った後の”日本にいる友人が、この手品の成否を手紙で教えてくれることになっているんだけれど、日本は日付変更線を跨いで向こうになるから、手紙が投函れる今日は日本の昨日で、手紙を出したのが昨日だから付くのは明日で、明日っていうのはアメリカで言う今日なんだからつまり、……もう今朝には届いてたんだ”というロジックには奇妙な味も極まれりの感がある。
またBob Kohlerのトリックや、Harvey Rosenthalのコイン技法も解説されていて、これまたどれも良い。特にKohlerのBoston Boxは、普通とはちょっと違ったコンテクストで使用されていて、面白い。いや、面白いばっかり言ってるがホントに面白かったんだから仕方ない。
総論、面白い。
オフビートで、難易度が低く、現象が鮮やかで、構成の綺麗な作品ばかり。
Bannonは後書きでトリックを詩に例え、どんな細部に至るまでも考察されてなければいけない、というようなことを言っている。いわゆるクリエイターには、粗雑な品や、実験作も多かったりするが、Bannonはその信条通りに、一貫して洗練されつくした作品を書き上げているように思う。良い本だった。
ただ序盤のカードですっかりうっとりしてしまい、もうこの人のカード作品で溺れたいくらいのテンションになってしまったため、カードが最初の50頁しかないのを非常に物足りなく感じてしまった。
Bannon=カードの頭で読みにかかると、面白いけどコレジャナイというもやもやに包まれるやもしれぬ。
また、オフビートであるが故に、前提を暗黙の内にしか示せない物も多く、演じるタイミングによってはちょっと危うい印象もある。手法につられてか現象までオフビートよりになっていて、気がついたら現象は起こった後で、まあそれはそれで良いとしても、もっと魔法の瞬間を示せる物も欲しかった。
まあこれは高望みかも知れないし、まだ本書しか読んでいないので自分の早計かもしれない。積んである山が何とかなったら、他のも読もう。
実はシカゴ三人組、Bannon、Aronson、Solomonって全然手を着けていなかったのだが、他の人のも読むべきなんだろうか。
しかしBannonといいHollingworthといい、AscanioにOuelletに、確かAronsonもだが、法律関係の人が多いなあ。弁護士の適性と、マジッククリエイターの適性って近いのだろうか。