Letters from Juan Volume 1 (Juan Tamariz, 2023)
タマリッツに対する思いは単純ではない。私が手品を始めた頃、タマリッツは既に生ける伝説だったし、初めて氏の手品を動画で見たときは頭をぶん殴られたような衝撃があった。実際、不思議すぎて頭が痛くなり、しばらく横になったくらいである。
一方で、それから手品を続けていくうちに違和感を抱きもした。他の人が言うほどには不思議ではない手順も散見されるように思えたのだ。私は幸いにも、タマリッツの演技を生で、至近距離で見る機会にも恵まれたが、そのうえでこういった認識を持っている。
どうにもタマリッツの手品の『凄さ』が良く分からなくなってきたのだ。他の著名マジシャンなら分かりやすい『十八番』がある。スライディーニならあの独特のラッピングだし、アスカニオなら『途中の動作(in transit action)』に代表される理論とその実践だ。バーノンやエルムズレイのような地味なタイプでも、やはり底に通ずる作風のようなものがある。しかしタマリッツはどうだろう。すぐ頭に浮かぶのはエアバイオリンであったり、客に混ぜさせようとして叫ぶアレだが、それは手品そのものからは外れる。
結局のところ、私は演技における『タマリッツらしさ』に目がくらんで、手品における『タマリッツらしさ』を掴みかねているのだ。タマリッツとは言語の壁も大きいし、長くテレビに出演していたこともあって実に雑多な手品を演じるのも、芯を捉えにくくする要因ではある。しかし一番の困難は、発表された作品の少なさだろう。もちろんSonataやMagic Wayなどの著作はあるが、手順は理論の作例として示されている場合も多く、タマリッツが本当に好んでいる要素、タマリッツの手品を、タマリッツの手品たらしめているものを掴むには、まだ足りてない。少なくとも私にとってはそうだったのだ。
……なので、タマリッツの手順を集成した作品集Flamencoが出版されるのを心待ちにしていたのだが、急に割り込んできたのがこのLetters from Juanである。44ページの薄い冊子で、なんでもこれまでずっと秘密にしてきたとっておきの手順たちを公開していくシリーズなのだと。
今回収録されているのは以下4手順。
・The Shovel
・Color Separation Finale
・The Rainbow Knife
・Pure Olive Oil and Water
正直に言って手順はそこまで良くない。というか巻頭のThe Shovelがイマイチで、それが全体の印象を悪くしている。この手順は、観客の選んだカードがデックの中に戻された後、観客がカードを見つけるというものなのだが、言ってしまうとメキシカン・ターンノーバーでスイッチするだけなのだ。もちろん色々な工夫はあるけれども、伝説のマジシャンが遂に公開した秘蔵手順としてはどうしても肩透かしである。
だけれど、タマリッツがこの手順をシリーズの巻頭にもって来たこと自体が、タマリッツらしさを理解する助けにはなるだろう。そして他の手順にも手がかりは散らばっている。それはOil and Waterで最初に混ぜるところを全て観客にやらせてしまうことであり、カラーチェンジング・ナイフで「魔法の粉を掛けると~」という時代遅れも極まった演出でぞんざいにポケットに手を突っ込んでしまうことである。
「レパートリーを増やしたい」とか「特別な秘密を知りたい」といった需要にはマッチしないが、タマリッツの手品を少し理解できた気がする。次も出たらすぐ買います。