The Essential Sol Stone (Stephen Hobbs, 2012)
1995年あたりに企画され、1997年にはおよそ書き上がっていたものの、例によってKaufmanがGeniiを買い取って忙しくなった関係で塩漬けになっていたもの。権利があっちこっちに行った末ようやく出版されたかと思ったら、部数が少なかったのか割と早々に売り切れになってしまいました。私も買い逃していたのですが、先ごろ運良く入手できました。コピーライトの記載は2010になってますが、序文の日付からすると2012発行ですかね。
買って良かった。名著です。
副題はIntimate Magic with the Sol Stone Touch。Intimateは辞書によると親密な、個人的な、くつろげる、とかみたいです。Intimate Magicを適切に訳すのは私の手に余りますが、マジックを見せる側が商売人でない、極小規模のクロースアップで、バーで隣に座った人がふいに見せてくれるような、そんな『日常』と地続きの、しかしながら素人芸ではない非常にハイレベルの手品、といった印象を受けました。
カード、ペンと指輪、ロープなどがちょっとありますが、メインはコイン・マジックです。
しかしながら全体的に、2つの意味で現代的ではなく、『仕掛け』にのみ興味がある方は失望するかもしれません。
ひとつは自然な検め以上の検めが無い事。せいぜいが付随的なラムゼイ・サトルティ程度で、シャトルパスやユーテリティ・ムーブ、ディスプレイなど我々が心血を注いでいるような検めはほとんど存在しません。
もうひとつは基本的に現象を繰り返さない事。MyMagicから出ているDVDがQuick and Casualでしたが、そのタイトル通りに本書も非常にあっさりしています。いわゆる『マジック』を期待して見ると、拍子抜けかも。
ただしこれらは『古いから』とか『難易度を下げるため』では決してなく、非常に計算され洗練された結果としてこの形になっている事が、読むにつれて分かってきます。
解説するのはStephen Hobbsですが、この人の解説がとても上手い。
あまりくどくどと理屈を述べたりはしない淡々とした文章なのですが、これらの手順がどうしてこの形になったのか、Sol Stoneが演じるとどう見えるのか、といった手品の背景が自然と感じられます。描写や観察の細かさではなく、文体そのものによって、Sol Stoneのタッチを伝えていると言いましょうか。
また忘れてはならないのが、巻頭に10ppほどある略伝です。これが非常におもしろい。
1922年のお生まれで、大恐慌、WW2での従軍から戦後まで、正に激動の時代を生きてきた方。記述は極めて簡素ながら、エピソードの選び方と、各時代の物価への言及などによって、それぞれの時代の生活を彷彿とさせるものになっています。
そしてまた、単純に面白いだけでなく、氏がどのようなお人柄なのか、その理解も深まります。人物を描くことは、手品の解説本において必ずしも有用という訳ではないですが、本書の場合は非常によい効果を生んでいると思います。
難があるとすれば、せっかく文字媒体であるのに、演出や台詞の解説が少なかった事でしょうか。DVDで台詞が聞き取れなかったから本を買おう、という人はちょっとあてを外すかも。
また写真も不足しています。解説はイラストで、それは分かりやすくてよかったのですが、ポートレイトなんかも欲しかったなあ。ファン心理も多分にありますが、Sol Stoneの演技を想像するためにも、もうちょっと写真は欲しかったです。
ともかく。内容も、解説の文も素晴らしい、よい本でした。
世界のコインマジックの印象で敬遠される方もおられるかとは思いますが、いや実際に本書でもバック・クリップの章は異様な難度(しかも効果には疑問が残る)でしたが、全体としては落ち着いた、美しい手順ばかりであり、あの本からのイメージで避けるのはもったいないです。こういう手品を演じられる老人になりたいものです。
ほとんどのショップで売り切れの本書ですが、版元では通常版も特装版も若干数ながら在庫があるようなので、気になる方はお早めに。