2021年12月30日木曜日

“The Illusioneer” Carlos Vaquera

The Illusioneer (Carlos Vaquera, 2019)


スペインの生まれでAscanioの薫陶を受け、その後ベルギーのマジック番組でスターになった人、らしい……。本書もC.C. Editions(*)から2014年にフランス語で出た本を英語に翻訳したもの。そう聞いてから読むと、バイアスかもしれませんが、なるほどそんな感じがします。Ascanioからの引用が多く、一方でトリックはフランスっぽい(?)。

*フランスの出版社。手品専門ではないみたいなのだが、手品部門も結構強そうで、GiobbiやHartlingといった有名どころ以外にもDerren BrownやHector Chadwick、Florian Severin、高木重朗の仏語訳を出している。すごい選球。

クロースアップのカード、コイン、エッセイが詰め込まれているのですが、コインは10%もないくらいだし内容的にも特に見るところがないので、カードとエッセイの本と思って感想を書きます。約300ページで50エントリ。手順もエッセイも、1つあたり5ページ程度にぎゅっと濃縮されています。どちらもかなり特徴的で面白いのですがまずはカード手順の話から。

かなり広範なプロットを扱っており、そのうえどれも一工夫があって非常に刺激的。著者オリジナルのものとは限らないですが、どこかで読んだが失念してしまったような工夫や、マイナーながら面白い技法が挟まれます。個人的なお気に入りはMarc SerinのものだというOptical Revolveと、誰のものだかわからないですがエルムズレイ・カウントの動作で並びが一切変わらない謎カウント。

一方で、かなりクセのある構築で、とにかくひと手順の中での現象の数が多い。例えばカニバル・カードでは、カニバルのカードが一枚ずつ、消えてデックの中程に移動するという現象が挟まれます。怪しくなる操作・作業を現象にしてしまうことで回避しているとも、また観客が手順をどのタイミングで見始めても楽しめるようにしているとも取れますが、いずれにせよ癖が強い。さらに、そういった複雑な現象にもかかわらず、演出への言及がほとんどありません。なので読んだまま演じると、全く意味不明になりかねない。

エッセイはというと、非常に濃密です。On Musicというエッセイでは、手品のおける音楽の役割を話すのかと思いきや、前半ずっと魔女狩り批判が繰り出されます(後半はちゃんと手品と音楽の話)。語彙もかなり難しく、引かれる文献も本格的で、かなり苦労しました。その他、練習について、緊張について、自然さについてなど、詳細に語られています。幸い5〜6ページ程度なので頑張れば読めないことはない。頑張りましょう。


そういったわけで、かなり難度の高い本です。初心者だと全く意味不明かも。しかし中級〜上級者であれば必ずや得るものがあるでしょう。とても楽しめました。

2021年11月30日火曜日

“Wabi-Sabi” Harapan Ong

 Wabi-Sabi (Harapan Ong, 日本語版2021)


Harapan Ongの小冊子。元々は2017年に、香港レクチャー用に作ったものらしいです。『侘寂』というそれっぽいタイトルなので何か含みがあるのかと思ったけれども別段そんなことはなかった。Principiaとも共通する、あの手この手を駆使した端正なカードマジックが7手順に、おまけが1つ収録されています。

カードマジック研究家としてのHarapanの特徴がよく現れた冊子で、どの手順も狙いがはっきりしています。射程も広く、DaleyやWaltonのプロットへの再訪といったものから、Alex Hansfordの技法の活用といったごく最近のものまで。数理トリックもやるし、ギミックの使用も躊躇いがありません。全体的にスマートでビジュアル。なかでもLast Trick、Follow the Leader、Oil and Waterは面白かったし、これらのプロットが好きなら、読んで何かしらの刺激になることは間違いないでしょう。

一方で、それぞれのトリックに対する執着をあまり感じないというか、演者がこれらをペットトリックにしているという感じはしません(文章化の際のアク抜きが上手いだけかもしれないけれど)。それでも嫌な感じがしないのは、よくある改案のための改案ではなく、個々に確かな狙いがあって、それがしっかり達成されているからでしょう。これは Principiaでもそうで、だからPrincipiaは気になるけど高いし分厚いし、と迷ってる人がいたら、このWabi-Sabiを手に取ってみればだいぶ雰囲気がわかると思います。

2021年10月31日日曜日

“More Plots and Methods” Michał Kociołek

 More Plots and Methods (Michał Kociołek, 2021)


Michał Kociołekの新刊。前著と同じく4作品+おまけ1の小冊子。相変わらずたいへん賢い、のではあるが……。

前著Plots and Methodsは素晴らしく面白く、なので本書もすぐに買いましたが、本書には前著と一つ違うところがあり、それはガフを用いないということ。どれもひと揃いのレギュラーデックがあれば演じられるし、中には(頑張れば)借りたデックや即席で出来るものもあります。ただそれが良い方に働いたか、というと個人的には疑問。

Synch
 えぐいDo as I Do。デックの半分ずつを使い、お互いがお互いのカードを当てるタイプのもの。前著でも使っていた某原理を活用して、とてもじゃないが追えないものになっている。

Mr. Liar
 カード当て。観客がカードを選び、自分で中に戻したあと、4人にポーカーの手札のように配る。それを読み上げる声を聞き、演者は選ばれたカードを当てる。

3H
 カード当て。3人の観客が密議して一つ時刻を決める。その枚数目のカードを覚える、というのを3度行い、そのあと演者は2枚を見つけ、1枚を言い当てる。グレイコード使用。

The Dreamer
 カード当て。自由な箇所からポーカーの手札のように5枚のカードを取ってもらい、そのうちハイカードを言い当て、さらに残りのカードも当ててしまう。

Esoteric
 おまけ。タロットカードを使ったカード当て。観客が自由に選んだパイルのカード(3枚)と、もっと自由に選んだカード1枚の計4枚を当てる。ちょっと変な選ばせ方ながら自由度は高く、タロットカードの特徴を原理面でも演出面でもフルに活用していて面白い。

全体的に、原理とフィッシングを組み合わせ、不確実な筋をうまく収拾していくタイプが多く、かなり演者に負担がかかるように感じました。筆者は繰り返し「一見複雑に思えるが分かれば簡単」と述べているものの、いや、僕の頭では厳しそうというのが正直なところ。また現象もカード当てに偏っていて、前著に比べて精彩に欠けました。

前著は『複数の原理、技法、ガフ、演出が高度に噛み合った』結果、素晴らしい一冊になっていました。本書ではそのうちのガフを捨てた皺寄せが、演者の負担と現象に利いてしまっており、かなり難しく、現象も狭まったのではないかと思います。著者自身、ガフ無しな点については「自分の作品としては珍しい」と言っており、本分ではないのかも。とはいえ、原理の組み合わせのうまさ、原理っぽさを感じさせない演出や工夫はやはり図抜けていますし、不確実性の扱いや、あえて遠回りするような構成、フィッシングの使い方などは、原理系手品の新たな地平といった感じ。その筋の方は買いましょう。

とはいえ僕には高度すぎた。もうちょっとズルをした手品が好きですね。またぜひ、全ての手段を投じた作品群で3巻目を出してほしいところ。

2021年9月27日月曜日

“Theseus” Nathan Colwell

 Theseus, A Magical Journey (Nathan Colwell, 2021)

有名な思考実験『テセウスの船』の話をしながら演じる謎プロブレムを研究した薄めの本。

『テセウスの船のパラドックス』とは、プルタルコスが記した、英雄テセウスの船にまつわる哲学的な議論のことです。テセウスの船の老朽化した部分を置き換えていくのだが、それはまだテセウスの船と言えるのか、さらに論を進めて、全ての部品が置き換わり、元の部品がひとつも無くなってもそう言えるのか、という『同一性』についての議論ですね。

それを話しながら演じるこの手品では、観客に赤裏のカードの表にサインをしてもらい、その後そのカードを破って、一片ずつ青裏の別のカードに置き換えていくのだが、最後に完全に置き換わったはずのカードを表にすると、なぜか元と同じカードで観客のサインもちゃんとある、というもの。

本書では著者による解No. 3, 5, 6, 10が提示され、また没になった解No. 7, 8, 1の反省点、寄稿としてHarapan OngとSimon  Aronsonの解が載っています。現象を読んだら想像できると思いますが、すっきり解決できるようなプロブレムではありません。この現象を妥協無く成立させようとするため、解はどれもなかなかに複雑で、ギミックを使ったり、加工をしたり、その全部だったりします。演出面で既に敷居が高いですが、演技面でも手軽にできる手順ではない。一方で、それぞれの解がどれも異なったアプローチをとっており、大同小異のバリエーション群で無いのは非常によいポイント。さらに、それぞれの手順はアスカニオやワンダーの理論に基づき、細かな身振りまで検討され、演技環境にも気を使って手法が選択されています。現象もちょっとずつ違っていて、カードを破らないものなどもある。また独特な現象を妥協なしで解決しようという試みのため、産み出された手法やサトルティも独特で面白いです。

また、こういう見立て手品は、往々にして元ネタの不思議を手品によって(不誠実に)再現したものになりがちで、自分はそういう手品はよくないと思っているのだが、テセウスの船は答えの定まらない問いであり、手品“Theseus”も何らかの答えを強制したりせず、また最終的に提示されるのが不可能物体であるためあまり気にならない。

このプロットが一般的なものになるとは思わないし、カードを破る系手順をやる人以外は直接参考になる場面も少なかろうが、一方で自分の好きなモティーフからシグネチャーエフェクトを作りたいという人にとっては非常によい記録(ログブック)だろう。なお語彙がなかなかに高尚で、注釈もかなりしつこいので読むのはちょっと大変でした。次に何か発表されたらそれも絶対買うけれど、もうちょっと削ってスマートにしてもいいと思う。

2021年8月30日月曜日

“Inside Out” Benjamin Earl

 Inside Out (Benjamin Earl, 2021)


Benjamin Earlの新刊。正直、読まんでいいと思うけど、氏の近著でどれかというならこれが一番いいと思う。

昨今のEarlは古典復興というか、原始的なトリックによる『現象』の再評価に力を入れている。ここで括弧付きで『現象』としたのは、トリックの構成要素である現象ではなくて、その受容のされた方、つまり観客の受けるセンセーションという意味での『現象』だ。なるほど我々マニアは往々にしてトリックを雑に演じるし、プロのパフォーマーだって立て板に水の口上とともに現象をつるべ打ちにしているのをまま見る。それは確かに、あまりよくないことであろう。また確かに、複雑なトリックはその構造からして現象も『現象』も蔑ろにしがちでもあろう。だからEarlの問題意識や解決手段は、全面的に同意はできないまでも、十分に理解しまた共感できる。

このスタイルが如実に現れたのがThis is not a boxで、そこではシンプルな現象でストレートに殴るぜ、といった感じだった。本書の取り組みはそこからさらに発展して、より多彩なトリックと、『演出』を備えている。ここでまた括弧付きで『演出』としたのも、やはりトリックの構成要素である演出というよりは、その外部にある『演出』を意味したいからだ。まあ適当な用語であるが、なんとなく伝わるのではないかと期待している。

この本の主題は『演出』である。収録されてるトリック・プロットはこれまでの著作に比べてかなりバリエーションに富んでおり、手法はシンプルながら構築も上手い。観客を巻き込んだり、観客にすべて自分が操作したかのように思わせる細かな工夫も巧みで勉強になる。それでも、本書の主題は『演出』なのだ。それは”The Universal Presentation”という収録作を見れば確かだ。内容は手順の枕だけであり、手順解説はなく、しかも続く手順を選ばない。具体的な現象は、言ってしまえばどうでもいいのである。それがオマケとしてではなく、本書のテーマに沿った一作品として収録されているのだから、本書の眼目がそれぞれの具体的な現象やハンドリングにないことは明白であろう。

『演出』を描写し切るためにEarlは筆を尽くしている。実際にその手順を演じた場面や、相手とのやりとり、場の空気といったものを小説風に書いていて、それは仲間内のパーティーで、ポリシーに反してふとマジックを見せてもいいなと思った時の、気の緩みのようなものであったり、ランニング中に手順を思いつき、帰宅してすぐ奥さんに試演したときの浮足だった気持ちなどを捉えていて、Earlが実際にそうしているところをありありと思い浮かべることができる。

それでまあ、本書はかなりいい本だ。マジシャン騙しではないけれど、色々なプロットのEarl流に洗練されたハンドリングが収録されているし、細かな工夫も良い。それらは『演出』のために選び抜かれた部品であり、筆致と組み合わさってEarlの主張をはっきりと伝えている。完成度の高い本である。

しかしそれ以上に良いのは、これだけ筆を尽くしてもなお、氏の『演出』の危うさが露呈していることだ。すべての手順でそうという訳じゃないが、たとえEarlが演じたとしてもなお「しゃらくせえな」と感じてしまうものが、誰が読んだって一つ二つはあるだろう。氏が誠実に書こうとすればするだけそれは露わになり、その不完全さのために本書の出来はかえって良く、氏の他の著作よりおすすめである。

2021年7月31日土曜日

“Natural Card Magic” Ryan Murray

Natural Card Magic (Ryan Murray, 2021)

これはすごい。この人はどこまでも本気だ。

謎ファロー本Curious Weavingに続くRyan Murrayの作品集というか研究本。今回取り上げられている原理は、公式サイトで“an old and rarely used principle”としか言及されていないので、ここでも詳述はしませんが、やっぱりまたマニアックで高度。ただこの人がすごいのは、これを高難度のネタとしてでなく、しっかりと具体的に、現実的に使っていこうとしていることです。それはCurious Weavingでもそうだったけど、さらに進化している。

例えば原理のためのセットアップ手法がいくつか紹介されるんですが、それが実際に後の手順で使われる。しかもその手順、説明用にでっち上げたものじゃなく、観客相手にちゃんと使っていることがよくわかるもの。机上の空論では決してない。

手順は9個あって、カード当てが多めですが、どれも十分に一般受けし、それでいてマニアも殺せるだろうもの。特にAce Cuttingは理想的。観客の混ぜたデックからAをカットできるという時点で最高なのに、最後の一枚の演出がとてもよい。またトリを飾るTopsy Turvy Acesは、ちょっと難しくて手元での再現すらおぼつかないのですが、うまくできたら魔法。カード当てみたいなタイプの不可能性ばかりでなく、こういう物理的な不可能現象(ここではトライアンフ系現象)もしっかりやっていくのがいい。またCurious Weavingの手法を使う手順もあり、やっぱりこの人、あれもこれも実用技法として使っているんだなという凄みがある。

ともすれば難しいばかりのマニアックな内容になりがちなところ、氏の「現実の観客に演じる」というスタンスによって、原理・準備・運用・手順がしっかりと結びつき、とてもいい本に仕上がっている。また原理自体はレアだが、ある一般的な原理のサブジャンルでもあるので、過去の蓄積がさまざまにあって、Ryan氏はそれらをしっかり取り込んでいる。だから前著よりも広がりがあり、より多くの読者にリーチするだろう。ただ、一般の観客を楽しませ、マニアも騙せる内容なのは確かだが、一方で相当に難しいのも事実で、やっぱり誰彼となくお勧めはできないかな。ギャンブル系統で腕に自信のある人とかなら、前著とセットで買うのが超おすすめ。

2021年7月6日火曜日

Thinking the Impossible再版に寄せて

Thinking the Impossibleの日本語版が再販されるとのことだ。かつて翻訳を手がけた者として何か一筆書いて然るべきだろうと思い、そのようにしているのだが、正直に言うとあまり実感がない。もう6年も経っているというのもあるが、そもそも当時から、いまひとつ自分事として感じられないところがあった。

それはひとつには、私が『たかが訳者』であり、本の根幹とは関わっていないからであろうが、もうひとつには本というものが、そもそも制作者から切り離されたものだからだろう。各種データの準備・入稿から紙の選定に至るまで、すべて私が手を尽くしたはずなのだが、いざ刷り上がって手元に届いた本は、まるでずっと前からその形でこの世に存在していたかのように、なんなら一度や二度、古本屋でお会いしたことがありますよねといったすまし顔をしているのだ。そういった、ある種の汎時的な性格が本にはある。

――観念的と言うのも憚られる妄言はここらで止めにして、実際的な話をするなら、まずは本書が売切れていた間に、再販の問い合わせをしてくれた各位にお詫びとお礼を言いたい。『絶版』の二文字を心の底から憎む私ではあるが、いざ自分が当事者になると、なるほど、事はそう簡単ではないのだ。それでもこうして再販に漕ぎ着けたのは、折々で再販の要望を投げてくれたあなた方のおかげだ。だいぶ遅れてしまったが、いまでもまだ興味が残っているなら、手に取って頂ければ幸いである。

再版にあたって内容はほとんどいじっていない。気づいた範囲の誤字脱字を直した他、どうしても看過できなかった訳語を1~2か所ばかり修正した程度だ。それとは別に、当時のつたない組版を無理のない範囲で直してもらったので、ほんの少しだけ見栄え良く、また読みやすくなっているのではないかと思う。表紙デザインその他については、造本が変わるのだから相応しく変えなくてはと強く主張したのだが、様々な現実的問題に直面し、おおよそ元のままとなった。第三版に期待している。

さて本文に大きな差違はないのだが、巻末に『解説』として麻鞍半一氏による文章がたっぷり16ページ加わっている。氏の文章はこういった場としては異例なほど鋭いものであり、私としては大いに蒙を啓かれる一方、異議を申し立てたい箇所もあるのだが、それは氏の文章が当たり障りのない阿諛追従などでは決してない真摯なものであることのあらわれだろう。確かな目と筆力を持った人が、本書について(ひいては手品について)文章を書き、それがしっかりと残るというのはとても良いことだと思っている。再版でしか読めないのはなんだかズルいので、どうにか別の入手経路も用意できないかと思っているが、まあ思っているだけで今のところ具体的な事は何も考えていない。

ともかく、再版となったのはめでたいことだ。世の中には本が山とあり、良い本もそれなりにあるが、残る本というのは本当に少ない。そういった、時間を越えて残るもののことを『時の試練を経た(Time Tested)』と言ったりする。本書がTime Testedとなるかは分からないが、少なくとも、重要な第二歩目を踏み出したことは間違いないだろう。

最後にひとつ残念なことがある。刷り上がったこの版を、原著者のRamón Riobóo氏にお見せできないことだ。氏は2021年の(おそらく)3月に亡くなった。甥御さんによる追悼記事があり、スペイン語ではあるが英語への自動翻訳でおおよそ支障なく読めるので、興味のある方は一読されたい。https://danirioboo.com/2021/03/15/ramon-rioboo-el-mago-de-la-curiosidad/

2021年6月29日火曜日

“Curious Weaving ” Ryan Murray

Curious Weaving (Ryan Murray,  2021)


謎ファローシャッフルに執着した約70ページの小冊子。元は2018年の発行で、私が買ったのは最近出た第二版です。内容がちょっとアップデートされている模様。

とにかく謎の情熱に突き動かされている本で、20ページほどかけて通常のファローをじっくり解説した後からが本領発揮。1:2の比率のファロー、2枚ずつのファロー、複数のパケットでのファローなどといった謎のファローシャッフルが連発されます。しかもテーブル版やワンハンド版まである。

さらに、とても偉いことに、これらのファローを使った手順も少しだけ解説されています。しかもライジングカード亜種や、記憶術など、ちょっとファローらしからぬ手順。特に記憶術のやつは、カードの選ばせ方の工夫や、最後にカードがデックから消えてケースから出てくるなど、妙に一般向けに練られていて、あ、この人ほんとにこれらの技法を人前でやってるんだな……と言う説得力になっています。

とはいえ、確かにこれらのファローでないと不可能なアプローチながら、これらのファローを身につけてまでやりたい魅力的な現象かと言うと、それはまあ、ちょっとね。


というわけで、謎ファロー開拓本でした。何か特別なコツや仕掛けがあると言うわけではないんで、読んだからってそうそう出来るようにはならず、どれも大変難しい。また用途もいまいちわかりません。でも夢がある。

また本書は、ファローそのものには詳しいが、それを使った原理や現象についてはほとんど扱っていない。なので、何かそういった領域をカバーした本と併せれば、ぐっと夢が広がるのではないか。私は持ってないが、なんかマジケで出てませんでしたっけそういうの。

2021年5月10日月曜日

"The Art of Switching Decks" Roberto Giobbi

The Art of Switching Decks (Roberto Giobbi, 2013)


ジョビー先生のデックスイッチ本。

と書けば、なんかもうそれで内容紹介は十分な気もしますが、一応続きも書きます。ジョビー先生が実用的なデックスイッチの数々をピックアップして、丁寧に教えてくれるハードカバー本。デックスイッチといえば、ちょっと前にBen EarlがすごいDVDを出しており、うろ覚えで書きますが、あれが自分で環境をかなりコントロールできる場合の方向性であったのに対し、こちらの本はもっと現場寄り。純クロースアップよりはパーラーとかステージに向いています。具体的にはジャケットのポケット周りを使うものが多いです。

ひとつだけ勘違いしてはいけないのは、デックスイッチ集ではあるが、デックスイッチ事典ではないということです。実用的であることは間違い無いんですが、あくまでジョビーのピックアップ。似たような手法が続いたりしますし、正気を疑うような怪作とか心躍る奇想といったものはありません。デックスイッチはかなり多様なアプローチの考えられるテーマなので、世にはいろいろ珍品が埋まっていると思うのですが、そういうものには触れられていません。そこが個人的には少し残念ではありました。環境が限定されたり技術的に難しすぎたりするギャンブル方面もほとんど扱われません。

また、例によって私は見てませんが、おまけでDVDがついてきます。これはGenii Bashでのジョビーのデックスイッチ・レクチャーを一発撮りしたものだそうで、画質や構成はあまり良くなく、あくまで参考程度とのこと。

……もう書くことなくなっちゃった。ツールとしてのデックスイッチについて非常によくまとまった教本です。観客のマネジメントからトリックとの組み合わせまでしっかり解説されており、実用という点からはこれ以上ないでしょう。

日本語に訳されると聞きました。本当かな……?

2021年4月30日金曜日

"The Ten Card Miracle" Ted Karmilovich

The Ten Card Miracle (Ted Karmilovich, 2016)


Karmilovichの限定単体トリック冊子をもうひとつ買っていました。こちらはステージ用カード手順。よく混ぜたデックから観客10人に1枚ずつカードを配り、それを演者は当てていく。

もともとTossed out deckをやっていたのだが、どうしても不満点があり、それらを解決するために作り上げた手順とのこと。確かにTossed out deckの問題は綺麗に解決されているし、実用性も高いだろうが、面白いかというとちょっと微妙であった。

Karmilovichのスタイルがだんだん分かってきて、原理や骨格は古いが、細部をじつに上手くサトルティで補強して、その上で実用性を高く仕上げている。そういう意味でこれも、こまかなサトルティはたいへん上手く、また実際に演じれば非常に効果的だろうと思うのだが、Three Pellet Testに比べるとポピュラーなプロットであるぶん、コアになっている原理がどうしても魅力に欠ける。言ってしまえば、現象説明を読んで、近いところまでは作れてしまうだろう。

というわけで本書の真価は、細かなサトルティとプロとしての仕上げにある。……のだが、多人数に演じる機会がまずない僕のようなマニアには宝の持ち腐れかなあ。このプロットが好きだったり、演じる機会があるのなら入手して損は無いと思いますが。

またオマケとして、このたぐいの手順を子供相手に演じるアイディアが載っている。この辺も実にプロっぽい。

2021年4月29日木曜日

”The Three Pellet Test” Ted Karmilovich

The Three Pellet Test (Ted Karmilovich, 2017)


Ted Karmilovichの伝説の手順。

こういう1手順だけの冊子の紹介は、どこまで書いていいのやらいつも迷う。ちょっとでも踏み込んだことを書けばそのままネタバレになりかねない。趣向そのものが肝要な場合もあるし、また「趣向が肝だ」と言及すること自体がネタバレに繋がる場合もある。困ったことではあるが、とりあえずショップの売り文句の範囲なら書いても許されるだろう。それによると、現象はこうだ。

3枚の紙切れにそれぞれ単語を書く。たとえば赤、白、青。それぞれ丸めて玉にし、手の中でよく混ぜ、それからテーブルに1列に並べる。観客も同じ事をする。まず演者が、観客の紙玉のなかから1つを選び、そのあと観客も演者の紙玉から1つを選ぶ。書かれている中身が一致する。もう一度、残り2つの中から演者が先に選び、そのあと観客が選び、やはり一致する。あたりまえだが残っている紙玉も一致する。さらに、書く単語を変えてこれを繰り返すが、やはり一致する。いくらやっても一致する。

ほんとうにそんなことができるのか?

ショップの売り文句は続く。30年以上秘密にされていた伝説の手順。準備無しの完全即席。いつでもどこでもできる。マーキングもスイッチも無し。フォース無しの完全なフリーチョイス。いやいやほんとうかよ。半信半疑で注文したのですが、ほんとうでした。恐ろしいことに。

いや、さすがにいくつかは勇み足かもしれない。特に「いつでもどこでも」について言えば、冊子の中でも言及があるが、多少の制限はある。やってやれないことはないが、基本クロースアップ向きで、もっと言うなら1対1向き。また、ほとんどの手順がそうであるように、オーディエンス・マネジメントは必要だ。非協力的な観客すら殴り殺せるというわけではないです。しかし留保がつくのはそれくらいで、あとはみんなほんとうだ。もう半歩だけ踏み込んだことを言うなら、30年以上前に作られた手順ではあります。また、雑誌や合本の一作として読んだら、読み飛ばしはしないまでも、ここまで感銘を受けはしなかった可能性はある。私は盆暗なので。

しかし嘘みたいな宣伝文句なのに看板に偽り無しのすごい手順でした。できるようになりたいもんです。クロースアップ・メンタルとしては1つの究極でしょう。なんかショップの売り文句を書いただけになってしまったが、実際それ以上に言うことがあんまりなかったのです。


なお、おまけとして同じ著者の”Target Number”という手順の追加アイディアと、古典トリックAsh on Palmの著者のハンドリングが解説されてますが、これはまあ別にといったところ。

2021年3月30日火曜日

"Thoughts from Vegas" Ted Karmilovich

 Thoughts from Vegas (Ted Karmilovich, 2011)


メンタリストTed Karmilovichのノート。A4リング綴じ、わずか8ページで、かつ売りネタの改案が多くてこれだけ読んでも正直あんまりわからない……のですが、わからないながらも織り込まれた工夫の鋭い切れ味は感じられます。


17

演者はある観客に「あなたは17だな」と言う。その観客はまったく自由にカードの名前を言い、演者はデックから言われたカードを取り出すが、裏を見るとまさに17と書かれている。むろん他のカードの裏は別の数字。

Charlie Bucknerの“11”の改案で、タネはPhil Deckの流用、らしい。この冊子ではどちらも解説がないので、この“17”だけ読んでも再現は難しい。とはいえ、細部は私も想像だけれど、「完全なフリーコール」「デックはあらかじめ出してある一つだけ」「かなり自由に表を見せられる」と、このプロットとしてはかなり理想に近いんじゃないか。ちょっと手に入れて演じてみたい。


Projection Epic

Mental Epicのかなり良い改案。大枠の原理はそのままではあるものの、問題になりがちな「すり替え」や「予言の紙と予言の順番の紐付け」がほぼ解消されている。ちゃんと紙に1と書いて、それを見せ、それから予言を書くことができるのだ。

解決方法もなかなか面白く、巧妙というか力技というか、込み入った物理トリックの推理小説みたいで面白い。ちょっと演じてみたい。


Director's Cut 3-D

Simon ShawのDirector’s Cutの改案で、これも元ネタをよく知らないからちゃんとは分からないんだが、3人相手に拡張したもの。映画のポスターが書かれたカードの束から、3人の観客がそれぞれパケットを取っていき、表のカードを見て混ぜる。それを連続で当てていく。

Riobooに似た原理のがありましたが、こっちはDirector’s Cutの原理を利用してるので演者側の負担がかなり少ない。これもちょっとやってみたくなる良い手順。Director’s Cutの日本語版があればなあ。


Horizontal Change Bag

透明チェンジバッグのアイディア。よくある「いくつか取り出して、それぞれ違う内容であることを見せる」よりも、かなり自然でフェアに見える改め方法。


こうして書き出して改めて気付いたのですが、どの手順も「これはちょっと演じてみたいなあ」と思わされる内容でした。巧妙でありつつ地に足がついていいて、現象もストレート。この冊子単体で成立してるものではないのが残念です。うーんやっぱりこの人のまとまった作品が読みたいぞ。

2021年2月28日日曜日

"Hypnohole & Other Absurdities (2nd Edition)" Dale Hildebrandt

 Hypnohole & Other Absurdities (2nd Edition)(Dale Hildebrandt, 2006)


組版と表題作がイマイチでずっと積んでたのですが、ダリアン・ヴォルフ本でやたら褒められてるのでちゃんと読み直したところ想像以上にキツかった。

まず何よりも組版が酷くて、極めて読みにくいです。特殊なことをしてるわけじゃなくて、ベタ打ちをそのまま印刷した感じの読みにくさ。つらい。第2版だろうお前。

それで肝心の内容ですが、最初の手順Hypnoholeがいわゆる駄目なDual Realityもの。ただDual Realityって難しいし、そういった実験作が沢山載ってるならまだいいかな、と思ったら残りの手順はぜんぜんDual Reality使わないんですよ。シェル2枚使ったコインズアクロスとか、カラーチェンジング・ライターとか、ほんとうにまとまりが無い。缶の下に置いたコインが消える手順がなんと4通りもの手法で解説されてて、しかも手法に目新しさはなにもなくて、かなり心が折れそうになりました。いちばん酷いなと思ったのは、霊によってハイヒールを「ローファー」と呼ぶように強いられ、何かと思ったらハイヒールからファー(毛皮)がプロダクションされて「だからローファーと言わされてたのか!」というギャグなのかマジなのか何もわからないやつです。何書いてるのか分からんと思うでしょうが私も何読んでるのか全然わかんなかった。(※日本語でギャグが成立するよう実際の手順からは少し変えてます)

ただ100ページ過ぎたあたりから、ちょっとだけ面白い演出案もちょこちょこ載ってたりはしました。ビザーマジック寄りのひとのようで、Jerxにも通じるような、都市伝説の再現や、ちょっとロマンチックな現象なんかは、悪くなかったかも知れない。

手順未満のアイディアをただただ詰め込んだメモ帳みたいなものかな。どうしても読むというなら止めはしないが、細かい工夫とかは皆無なので流し読みが推奨です。ただひとつふたつ、かなりよい演出案もなくはなかった。

ここから良いやつだけを5~10個選んだものを読んだらかなり評価変わったろうと思います。

2021年2月18日木曜日

ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険/フロリアン・ズィヴァリン

[販売ページ]

翻訳しました。3冊目の訳本になります。

フロリアン・ズィヴァリン(Florian Severin)はドイツのマジシャンで、本書は13 Steps to Vandalismという2004年の本の訳本です。Vanishing Incから出た英語版What Lies Insideを底本にし、さらにおまけ手順を4つ加えました(フランス語版Ultra Mentalよりも1つ多いです)。全20章で手順は15個、主にステージ系のメンタルマジックを扱っています。

ショップでは2/11から買えるようになっていました。ここでの告知が遅くなってしまったのは、ひたすらにこの紹介文を書きあぐねていたからです。ステージのメンタルというと、それだけで多くの人の興味対象から外れてしまいそうで、しかし訳者としてはメンタル系に限定せず、広く人に読んでもらいたいと思っている内容で、なんとかそれを具体的に、しかし読む楽しみを削がずに伝える紹介文を書けないかと呻吟していたのです。

結局、一週間粘ってもうまく書き表せませんでした。だからここで言えるのは、とても面白いので読んでほしいな、ということくらいです。

できましたら、何も知らずこのささやかな小劇場の椅子に身を沈め、怪人ダリアン・ヴォルフが繰り出す突拍子もない現象や、あきれるほど無礼なジョーク、鋭い考察や、真摯な言葉を、そういった涙あり笑いありの冒険を、そのまま楽しんでいただけたらと思います。

2021/2/18

2021年1月31日日曜日

"Find Yourself by Connecting the Dots" Tina Lenert

Find Yourself by Connecting the Dots (Tina Lenert, 2012)

かのTina Lenertによる創作論のレクチャーノートです。より正確には、マジック・キャッスルで2012年に催されたレクチャーのまとめというかスピーチ原稿みたいなもの。彼女自身、レクチャーという大層なものではなくお話(talk)とでも言いたい、みたいなことを書いています。

彼女がそのように言うのも無理からぬところで、まずかなり特殊で限定的な内容です。Tina Lenertは40年近い芸歴がありますが、アクトは4つだけ。また多くのパフォーマーは代名詞的なアクトの他にも色々と手順を持っていますが、どうやらそれもなさそうで、文字通りにアクトひとつで10年とか20年とか仕事をするタイプのパフォーマーなんですね。そしてまたこれも彼女が自ら書いているんですが、マジックの仕掛けや技量の部分が秀でているわけではありません。

しかし裏を返せば、それでいてなお、10年20年通じるアクトを作り上げたわけです。冊子のタイトルが示すとおり、それらは彼女の人生にさまざまにちらばった『点』がつなぎ合わさることによって形作られており、そのため4つのアクトの成立経緯を語るこのノートは、簡単な彼女自身の小史でもあります。

単純な創作論の本としてみると対象がやや特殊ですが、この冊子を買う人はもちろんTina Lenertの演技を見た上で買うでしょうし、そういった人にとってはとても需要にマッチしています。また人生をかけて、人生を反映したひとつのアクトを作るという姿勢は、我々の如きアマチュアにも響くものです。