2013年12月13日金曜日

"Missing" 新沼研




Missing (新沼研, no date)




"観客にトランプをよく混ぜてもらった後、自由に1枚のカードを選んでもらいます。


観客自身の手で、カードをデックの中に紛れ込ませてもらいます。

一見、観客のカードを探し出すことは、全く不可能に思われる状況の中、
マジシャンは確実に観客のカードを見つけ出します。

(観客から借りたトランプで即席に演じることができ、即座に繰り返し演技することができます。)"

マニアも騙す新原理、MKCLの発見!
そして思いも寄らぬ発展系までも解説。

MAGIC誌の名コラムTalk About Tricksでも特集が組まれた、新進気鋭のクリエイター新沼研の不可能すぎるカード当て。


観客が混ぜたにもかかわらず、というのがこのシリーズのコンセプトらしいです。前作は持っていないのですが、今回は対一人でしかも新原理を謳います。


これがちょっとすごい原理で






なんて。

言うとでも思ったかぁああああ!!!




何が!!
新原理だ!!!!


これは!! ただの!! Distant Keyじゃねえか!!!!!!!!





たたくと決めたのでコレは徹底的にたたきますけど、お粗末も良いところ。


今でこそ、ショップでは”古典原理の再発見”と唄ってますが、これ販売予約開始した時点では”新沼研の頭脳が産んだ新原理!マニアをも騙す!”みたいに唄ってましたからね。

いやさ確かに、これを独自に発見したこと自体は凄いと思います。それは並々ならぬマジックのセンスであろうと。そしてマジックにおいて、過去の発表作全てをチェックするというのもまた不可能です。特にこれなどは、あまり人気が無く使われない原理でもあります。仮にIbidemの××号とか、New Pentagramの△△号に載ってる、とかなら仕方ないですよチェック漏れは。でもこの原理の手近な参照元って、カードマジック事典セルフワーキング・マジック事典 レベルですからね。


そして発覚の経緯もお粗末きわまりない。
クイズに正解した人に先行プレゼント!とやって当たった5人だか7人だか誰かにつっこまれて、発売の本当の直前、というか実質的にはリリースしてから判ったという次第。

つまり全国のマニアから7人をランダムピックアップした程度で、元ネタ重複が判るレベルによく知られた原理という事です。先例をあまり知らないように情報を絞った環境で創作する、というのは発想を柔軟にするためであれば、有りかも知れない。でもなんですか、発表前にまともに人に見せてもいなかったんですか新沼氏は。それで”新原理”なんて広告を大々的に打ったのですか?仮にもマニアを相手に商売している人ではなかったのですかあなたは。


本の内容自体は、そんな言うほど悪くはないです。
ただ発表までのプロセス、内部でのスクリーニングがあまりにお粗末であることが露呈しました。はっきり言ってこれは信用をなくすと思う。というか、僕は信用を完全になくした。3 Secrets とかは割と好きで好意的な印象も持っていたのですが、よほどの事がない限り、もう新沼研の関連作品は、”新沼”というだけで購入検討さえしないでしょう。

修正後の売り文句でさえ、"この原理を知らない方にとっては、この原理を知るだけでもこの解説書を読む価値は十分にあるでしょう。"と宣う始末だものなあ。それならセルフワーキング・マジック事典ジョン・バノン カードマジックCard College Light Seriesとか読めばいいですよ。コスパ的にも内容的にも。


書いているうちに当時の怒りが再燃してしまいましたが、改めて公正に言っておくと、経緯が酷いだけで内容自体はそんな悪くもないです。


Missing:新原理MKCL Distant Keyによるロケーション。ハンドリングはあまり好きではない。繰り返しの工夫などは良。

Missing Effective:上記現象の舞那遊による演出案。典型的な「理由を後付けしている感じ」で、マジシャン側の都合が見え隠れしてあまり好きではない。文化的下地がない我国ではやはり難しいな、カット。

Hunter:Jokerが選ばれたカードをじわじわと追いつめていく。延々と配る必要があるが、配る理由はあるし、配りながら事態が進行していくのが見えるのであまり苦にならなそう。現象も面白い。

Mirror:相手が持っているファン(裏向き)の中から、相手のカードを見事に当てる。相当無意味にごちゃごちゃやるけど、それでも当たる瞬間は気持ち悪いだろう。

Distance(初回限定):Missingとは関係なし。相手がカードを混ぜ、選び、もう一度混ぜた状態からあてる。セット面倒だけど優秀な不可能パズル型マジック。


MirrorとHunterは、どちらも現象としてかなり気持ち悪いし、原理の応用としても面白く、出来は悪くない。というか良い。とても作業っぽいけど、作業っぽいけども、悪くない。ふつうDistant Keyから想定しないような現象で、こういう展開案を出せるのは凄い事です。
文章直して、Distant Keyの応用現象集 冊子として売れば良かったのにね。それだったらとても評価されたとおも


あーそれでも、この作品点数で2500円は、ちょっと、ないかな。





追記。

ところで、このタイプの手法を”観客に混ぜさせた”と謳うのは、すごく違和感有ります。
Six Impossible Thingsの時にも似たようなことを書きましたが、多くの手順は、どうにも制限がありすぎて堅苦しく、「私があれだけ混ぜたんだからもうどこにあるか本当に判らない」と観客に思わせるに至らないような気がします。

というか観客に混ぜさせてなお当たる、って書かれていたら、普通「選んで戻した後、混ぜる」と思いますよね。Missing 予約しちゃったのは、それを可能にする新原理を期待してたのです。大変に残念でした。

まあ、よく見たらそこは「紛れ込ませて」としか書いてないので、それは私の迂闊であり、逆恨みに過ぎないのですが。

2013年12月3日火曜日

Red Light: "Cards on the Table"



ほんとうならば、
ブログタイトルにも掛けて盛大に、

We Are Officially Greenlit!!

とでも叫びたかったところです。


しかし翻訳許可を求めたところ、
残念ながら、Sadowitz氏の答はNOでした。


というわけで、こっそりと8割方 訳してはいたのですが
Cards on the Tableの翻訳はストップです。

いや、一応最後まで訳しますが、これが世に出ることはありません。

法の抜け道的な物も考えなくは無かったのですが、
これが原作者の確固たる意思なのですから、
やはり私はそれを尊重しなければと思います。



気になる方は、是非、ご自身でお手にとって確かめてみて下さい。

非常に面白い作品が詰まっています。
ページ数も少なく、英語も平易です。

本書と、あとCard Zonesに納められた作品だけしか、
今は容易に手に入りませんが、
それらが後世に与えた影響は絶大です。


あるいは、もしどこかでお会いする機会があれば、
一つ二つ、演じれなくもないよう研鑽しておきますので、
お声かけください。


では。

2013年11月14日木曜日

"Small World" Patrick G. Redford







Small World  (Patrick G. Redford, 2013)




引き続き、Out of This Worldのe-book。



そういやPrevaricatorは面白かったよなあ、と思い出してP G. Redfordのサイトを再訪したら、彼もOut of This Worldの冊子を出していたので購入。

こちらも少枚数&複数段だが、大分イメージは異なる。章題が凝っているので、とりあえずそれを引き写すところから始めてみよう。


Contents
The Man Who Sold The World (Introduction)

Tiny World (6 Cards)
Small World (10 Cards)
Mad World (10 Card variation)
Perfect World (10 Card Number Match)
Unexpected World (Prediction with 10 cards)
Full Routine

Bonus
Opposites (still) Attract
Wild World
Practical Applications

Addendum
Charlier Shuffle
Afterthoughts
It's the End of World

ホントーにこんな具合で二色刷になっているのだ。解説図のカードも赤黒表記。まあグレースケールで印刷して読んでたので、あまり関係ないけど。

少枚数で特徴的、とSeparation Anxietyで書いたが、後で調べると思ったよりは作例があった。Henderson/Armstrongの他に、Alex Elmsley、Michael Skinner、J.K. Hartmanなど。

しかし、ここまで刈り込んだ物は珍しいのではないだろうか(*)?初段は3+3のたった6枚、次も5+5の10枚で本当にTiny で Small。
3段からなる、相手にじっくりと"選択"させる手順。先のSeparation Anxiety内で、Out of this Blah Blah Blahの欠点として、10枚ずつに分けるのは直観的に困難、という話をしたがここでは何せ3枚or 5枚なのでその問題はクリア。

またスイッチのぎこちなさも、相当程度クリアになっている。手順の中間というか、比較的半端なところで唐突に”急ぐ”必要がある他の作例に較べ、3枚では中間が存在しない。そして3枚で既に一度現象を見せているため、5枚時にやや急いでも不自然は減じている。

さらに3段目では、観客が自由にカードを入れ替えた後、見ると数字の並びが一致しているというクライマックス。

元来、複層化された手順が好きなもので、これはかなり好み。


最終段に"Perfect"で畳みかける所もよい。が、ここの手法がいまいち。元々4枚用の策略を無理矢理5枚に当てはめているため、かなりごちゃついている。コンセプトは良いのですがね。Swindle Moveもちょっと違うしどうしたものか。


総じて面白く、"選択させる"演出が行ける人なら買って損無し。僕は断然好き。
ただし最終段はそのまま行うのはきついと思う。演者の負担も急に増加する。



variation手順はスイッチがちょっと違う程度の改悪で特筆することなし。
おまけ手順も少枚数Out of this WorldをQKで行うもので、さらにJを増やして同性のペアができてしまったりとかあるがこれも特筆するほどの事はないだろう。


*Behr Fileにあたったところ、どうも4+4の8枚は有るらしい。

2013年11月13日水曜日

"Separation Anxiety" Bruce Bernstein







Separation Anxiety (Bruce Bernstein, 2013)



Bruce BernsteinによるOut of This Worldのバリエーション単品ノート。実体版もあるらしいのですが、送料が嵩みそうだったので僕はe-book版で購入。

Out of This World、好きなんですがなかなか良い”答え”が見付からない。素晴らしい現象なんですが、ハンドリングもプレゼンも、あと一歩、消化しきれないところが有ります(*)。それで面白そうなのを見付けるとついっと手が伸びる。

ましてや、Bruce Bernsteinの作ですからね! 氏のUNREAL は、色々あって途中で置いてしまってますが、とても凄い本でしたのでこのSA も結構期待です。


ということで2段からなるOut of this World。現象の説明は今更でしょう。特徴的なのは、2回繰り返すこと、使用枚数が少ないことでしょうか。10+10で20枚。

カード構成はJon Armstrong/Brad HendersonのOut of This Blah Blah Blahと同じで、実際に相当意識しているらしく本文中で何度も言及されています。BBBは良い手順だけどここが難しい!その点SAは、みたいに仰られるのですがまあどっちもどっちかなと思う次第。正直大差ない。

BBBは、観客がちゃんと10枚ずつに配り分けるように、じっくり選択させていく手順。カードは演者が配ります。一方のSAは、完全に観客に渡してしまい、適当に配ってもらえます(適当に分けたはずなのに10枚ずつになってる!というちょっとしたおまけ現象あり)。


意識的なBBB、無意識的なSAという感じでしょうか。
スイッチ段を除けば、構成はSAの方が洗練されているような気もしますが、絶対的な優位性という程ではなく、どちらの演出が自分に合っているかという問題に集約されると思います。あとSAはちょっとした細工が必要です。逃げる必要のない細工なので個人的には許容ですが、人によっては嫌うかも。

ただBBBの20枚のカードを等分に分ける、という作業はなかなか面倒に思います。1つ2つ3つ、たくさん、と言いますかマジカルナンバー7的なそれと言いますか、非直観的な数量かなと。なので個人的にはSAの方がやや好み。



Out of this Worldの宿痾たるスイッチのぎこちなさは残るものの、前後段で編み込まれた構成の巧みさであったり、ハンズフリーな感じであったりが中々よい手順でした。演技時間も短めで済みますし、これはちょっと試してみたいです。特に構成によって生じる微妙なサトルティは、読んだだけだと、どれほどの効き目があるかちょっとピンときませんし。

ただ単品作品冊子・細工必要ということだけ留意した方がよいかもです。 またe-book版は動画埋込されているのですがBernstein氏は残念ながら下手です。動画では全く通用するように見えません。




*BBB対SAでも主眼になりましたが、誰が現象の主体なのか、その原理は?といったところが今ひとつ、僕の中で安定しません。透視?コントロール? うーん。
なお、手法はともかく現象としてはDerren BrownのUndertakerが最高峰であり異論は認めない。しかしながらDerrenレベルのオーラがないと、ただのチープなトリックに堕してしまうのでどうにも。いつか地下墓所で手品をする機会が巡ってきたら、トライしてみたいと思います。

2013年10月30日水曜日

"One In The Hand" Paul Brook



     




One in the Hand (Paul Brook, 2009)





UKのメンタリストPaul Brookによるコイン・メンタリズム。


(現実ではあんまり名前聞かないように思うんだけどネット上では)有名なメンタリストに多いのだけれど、たとえばJerome FinleyとかSean Watersとかね、このBrookもおまえそれ値段付け間違えてね?勢の一人。いやまあ自費出版の手品本なんて、価格は付ける側の自由だけれども、さすがに正体不明の方による80ドル700ページの本は手を出せないですよ。それも何冊もあるし。

ですが、まあ気にはなりますわな。

そんな中でこの単品作品は$30とお求めやすいです。まあ十分高いですが単品DVDでそれぐらいはするのでまあ許容範囲かなと。あと僕、この類のプロブレム好きなんですよね*。


現象:観客の前に、握った拳が出されている。相手に想像上のコインから一枚、好きなコインを言ってもらい、さらに片方の面に×印を書いてもらう。
演者が手を開くと、相手が選んだのと同じコインがそこに有り、ひっくり返すと正しい面に×印が付いている。


ってまあそんなことできるわけ無いんですよね。
少なくとも100%は。


色々なところから巧く組み合わせてきた感じで、各所にちょっとした工夫があり面白いです。解説も非常に詳細で、ドル、ポンド、ユーロの三種類を取り扱う丁寧さ。ただこの現象、確度は100%では無く、アウトがあります。そちらも詳細に解説されているのですが、問題はそのアウトありきのスタンスで始める必要があること。アウトと本現象で、現象が全然違うのです。つまり不可能性の高い予言(?)として十分に演出できない。

もちろんそういう後出しをうまくドレスアップするのがメンタリストの技術なのでしょうが。


アウトはいわゆるリーディング(占い)的な物。必ずウケるように、Reading+Factという構成を取っておりこの工夫も非常によい。

でも僕、Readingできません。
あなたが選んだ○円硬貨は~で、だからあなたは~みたいなトークが十分に必然でかつエンターテイニングなキャラクタしてないです。

そういう訳でお蔵入りです残念。
アウトを上手く変えれば、何とかなるかなあ。


原理はまあ想像の範囲を出ることはありませんでしたが、各所のちょっとした工夫は面白かったです。ただ円への適用、それから演出的な工夫について、けっこういじらないと演じるのは無理と思います。メンタル度が高い方向けです。
アウトのReadingが苦にならない人や、既にそういう手順を運用している方は、いろいろと面白い箇所があるでしょう。

でもまあ、他の本はいいかな……。



*Which Handエフェクトとその派生系。
Silver Swindle(Gerti 2.0) DVD、The Safran Papers(Boht)、Prevaricatorとか。
Prevaricatorは面白かったです。誰か面白いの知ってたら教えて下さい。

2013年10月25日金曜日

"BEBEL レクチャーノート" 二川滋夫








BEBEL レクチャーノート (二川滋夫,1996)




フランスの変態、Bebelの数少ない資料の一つ。

Bebel単体での作品集というと、手に入るのはこれと、あとDVD Enfin le(仏語)だけではないでしょうか?(*)

内容はああいかにもというbebel節全開で、DVDとの重複もReset (Retro Repro)くらいしかなく、大変楽しめました。パームやVernon Transferを濫用する感じがたまらないです。

全体的に高い難度。収録数は10とDVDより断然多いです。意外にセルフワークっぽいものも有りますが、それですら「二人で配りながら自分はずっとセカンドディールしろ」とかけっこうきつい事を要求されます。Kings Nightなど、現象が入り組んでて、何がやりたいのかさっぱり不明のものもあり。しかしハンドリングのせいか、あんまりややこしい印象がないのが不思議です。

Collectorはどちらにも収録されてますが、全然ハンドリングが違っていて別物。タイトルも違う。
DVD版はデックの中にAをいれて、もぬもぬしまくった後、何故か挟まれて現れるというもの。
こちらはよけておいたAを広げると、その瞬間、間に現れるパターンです。かなりダイレクト。

同じプロットと言えば繰り返しのサンドイッチもあります。DVD収録のものが二回連続のサンドイッチなのに対して、こちらは四回繰り返して、しかも最後はサンドカードが消えるというしつこいもの。全体としては、ノート版の方が好きなんですが、DVD版は初段がすばらしく、見比べたり組み合わせたりして楽しんでいます。


あとDVDではさっぱりわからなかったBebelの台詞ですが、同書ではなんと「フランス語で判らないので、つじつまが合うように想像で書きました」とか書いてあって、二川先生そりゃないですよ。いや、手順読めるだけで十二分に有り難いのではありますが少し残念。


というわけで、全体的にむずかしいし、イロジカル、しかし不思議な魅力があります。
Bebelのパフォーマンス環境などを加味すると、構成の利点なり狙いなり、色々判ってくるのかなあとは思いますが、それにしても独特で、そうとう無茶です。文章だけだったらちょっと敬遠するレベル。しかし氏のタッチを知った上で読み直すと、それらを成立させるだけの技量の裏打ちや呼吸を感じられます。
つくづく面白いマジシャンです。


*:他はVallarinoとのセッションを納めたInspiration DVD 1&2程度でしょうか。単品なら、DL作品や、Fat Brothersでの出演もあったかな。仏語ではノートとか本とか出しているのでしょうか。
とはいえ同工異曲というか同工同曲というか、作風にはあまり幅が無い気もします。や、Inspirationとかとても見たいんですけどね。

2013年9月29日日曜日

"Coins on Edge" Kainoa Harbottle





Coins on Edge (Kainoa Harbottle, 2003) 




Kainoa Harbottleによるエッジグリップに焦点を当てた作品・技法集。


111頁にわたってみっちりコインの技法が詰まった作品集。はっきりいって尋常じゃ無いくらい難しい。確かにわたしゃコインマンではないのですが、そこまで不器用でも無いはず。なのに、なぞるのさえ困難な作品が幾つも。


Kainoa氏の作品、実はあまり好きでもないんですよ。なんか手付きが不自然に思えて。特に本書の集大成的手順Pendulum Hanging Coinsは、動画で見たけど労力の割にそこまで不思議にも見えないのだよなあ。

なのになんでこれを買ったか? だってKainoa氏、確実にヘンタイじゃないですか。

McClintockのおかしさが「なんでそういう発想に至ったのか判らない」だとすると、Kainoa氏は「何を考えたかは解るけど、なんで実行できた」という感じ。基本的には既存技法なのだが数がおかしかったり両手でやったり、とにかくとにかく難易度が高い。



本書は(ディープ)エッジグリップをメインに扱った技法・作品集。Soft Coin×4を推奨。

前半はずっと技法のみの解説。「本来の用途を知らないまま技法だけ読んで、自分のいま抱えている問題にどう組み込めるかを考えるとワクワクして溜まらないよね!」みたいな事が書いてあり、なるほどなあ。僕はそういう純粋な技法マニア的心を最近失いつつありますが、コインだと技法の解説自体が大変長くなるので、別個の解説は良い判断と思います。

Edgy Work:1枚のコインの消失、出現およびファン様にコインを持った状態からの消失など基本的な技法。Edge Flip Stealは非常に使い勝手が好さそうです。

Even Edgier:複数枚スタックのエッジグリップ、および複数枚のPalm Transfer。私は持っていないのですが、Soft Coinだとコインがスタックでまとまるので、だいぶ難度が下がるはず。この章は本書で一番有用性が高そうです。

Foreign Edges:六人部パームの章。Kainoa氏、ムトベパームが好きらしいです。技術のみでレイヴン現象(手をかざしただけでコインが消える)を起こすFlying Wombatは必見です。純粋な技法ごり押しの他に、こういうとんでもない手法を開拓することがKainoa氏の面白いところ。

Kainoaと言えば個人的には、このFlying Wombatと、ムトベパームを使った複数枚の消失(NYCMS DVD)が一番好きでした。残念ながら後者の手法は、同書では解説されてませんでしたが。

Down the Edge:複数枚のコインを隠した状態でのコインロール。むずかしい。

Edgy Transpositions:エッジグリップを用いた、CSトランスポの例。

Odd Edges:サトルティ他。

Over the Edge:手順集。ここまでの技法が全て、かなりの精度で、両手で、できている必要有り。
難しいです。難しいです……。

コインの出現、ハンギングコイン、コインズアクロス、3 Fly と言ったところで作品数自体は少なめ。


内容が難しい上に、ページ数も多く、Kainoa氏の文章も私程度の語学力ではやや厳しく、となかなかしんどい本でした。作品にしても技法ごり押しというか、あまりマジック的なひらめきを感られず、そういう点ではGarret TomasのDVDとか買った方が間違いなく楽しめると思います。Hanging Coinも、Garretのは不思議でしたし、そんな難しくも無かったし。

ただ、純粋にこれだけコインが操れるようになると、見える物が変わるだろうなあとは思いました。実は全然懲りて無くて、他の巻も読んでみたいです。自分にはなかなか出来ないレベルですが、こういう頭おかしい(褒め言葉)人の作品は大好きです。まだけっこうな量の本があるので楽しみ。

2013年8月30日金曜日

"Smoke and Mirrors" John Bannon







Smoke and Mirrors(John Bannon, 1991)



John Bannonのいや実にまったくクレバーなカードマジック作品集。



啓蒙されたので、引き続きJohn Bannonです。同書はどうも絶版ぎみのようで、版元にはありません。いくつかのお店ではまだ在庫があるようなのですので、見付けたら買うべきです。

買うべきです。


ぼくはこれ今までのBannon本のなかで一番好きです。一番好きって毎回のように言ってる気もしますが、人に勧めるなら、これかSix Impossible Things かなあと。

Kaufmanから出ていたようで、本の構成もKaufman社のあの感じ。だらだらと章立てなく改ページなく続いていて、それだけちょっと残念です。


んでまあそういう事はどうでもよい。

本書はBannonの他の本に較べると、かなりまっとうでおとなしい内容です。Impossibilia なんかは意外にコインその他の手順が多かったりもしたのですが、本書は75%がカード。しかも特殊なプロットやセルフワーキング、サトルティの限界を試すような手順はほとんど見られません。

どちらかというと既存のクラシック手順に対するBannonのバリエーションと言った感じ。僕は既存手順の自己流のハンドリングばかりを解説する本*はあんまり好きではないのですが、そこはBannon、ひと味もふた味も違いました。

*だってCard Dupery とか正直半分くらいに刈り込めない?

自己流ハンドリングって、既存の手順における主観的なひっかかりを主観的に解消しているだけだったり、適当な現象をくっつけたり、加えたり、というものが多く、それは粗製濫造にもなろうというもの。
しかしBannonは違いました。

なんというか目の付け所が凄いのです。よくある駄目改案って、手を加えた箇所も、置き換えた技法にも既視感を覚えることが多い。熱を込めて解説されても、「ここを変えます」「ああ、確かにそこ引っかかるよね」「この技法にします」「へー、そう」という感じ。

一方で今回のBannon先生だと、「ここを変えます」「え?そこを?」「するとこうなります」「え? な、なんで」。読み返すと、ああ確かになるほど、とは思うのですが、なかなか見付けられないよそんな箇所。
あからさまに”つまる箇所”っていうのは、実際にはそのはるか以前に問題がある場合が多いのだけれど、それは見えないのですよね。構成上のミスディレクションというか、目立つ傷にばかり気を取られて。

これは本当に凄い才能であるなあと思います。
ほんの小さな違いなのに、全体像が大きく変わって、びっくりするぐらい洗練されるのですよね。たとえば巻頭を飾るHeart of the Cityは、下手をするとHammanのSigned CardをベースにしたBannon流のハンドリング、といった程度と受け止められかねない作品。
しかしその構成、たとえばカードを示すタイミングの違いといった些細な変更が、手順全体の意味を変えてしまう。もちろんBannonのそれは自覚的に行われています。

そうした洗練、再構成が行き過ぎた例として、サインの移動 Tattoo you、カラーチェンジングデック Stranger's Gallery、カードスタブ (ナイフ、中空) Steel Convergenceなどは、一般的なプロットのはずなのに、初めからこの形であったかのような異常な完成度です。


もうひとつ、本書を人に勧めたい理由として、あつかう手順にクラシックが多いことを改めて強調しておきましょう。最近のBannon先生は、どちらかというと正道からはずれた、何が起こるか読めないサカー風味プロット*の研究に熱心です。

*Unorthodox "Garden Path" とご自身では定義されていました。

なので、Bannonがレタッチしたクラシックを存分に楽しめるのは、たぶん本書くらいです。
物によっては、マジシャンに見せると途中で見透かされるかも知れない。しかしやはりクラシックとして残っただけある、魅力的なプロットなのです。

奇を衒うよりも先に、こういうのをちゃんと練習し、人に見せられるようになるべきなのです。ぼくは。



改案と言いながら改悪になっている例は星の数ほどありますが、本書は間違いなく意味のある改案集です。ほんとうに、これくらいしてから”改案”を名乗るべきだなと思いました。
もちろん手順自体には主観的な好みもありましょうが、それを差っ引いても、純粋に手品読み物として面白い本です。

作品自体の洗練度と、その背後にあるたくらみに言及する筆致とが相まって、とても良い本になっています。おすすめです。個人的にはBannon先生によるCard under the Glassが読めて満足です。



そうこうしている内に、High Caliber が出ましたね!
Six Impossible Things とかMega' Wave とかの合本らしいですね! しまったって感じですね!
Triabolical とかは未読だったので、ダメージは少ない方ですか。

High Caliberまで読んだら、Bannon先生の単行本はいちおう全部目を通した事になります。それぞれの本ごとに特色があり、それも面白かったので、一度Bannon本をまとめた記事もつくってみようかと思います。

2013年8月27日火曜日

"The Best of Benzais" John Benzais





The Best of Benzais (John Benzais, 1967?)



エレガントさにかけては右に出る者のいないJean Pierre Vallarino先生がFISM ACTで用いて有名になった(と勝手に思っている)Benzais Spin Cut。そのBenzaisである。
Slip ShotとかSpin Outとかいろいろと変名・変種もあるが、手軽でビジュアルで、プロダクションとしては一つ確固たる地位を築いていると思う。
似たような見た目のプロダクションにPop-out Moveがあり、昔はよく見た気もするのだが、あれなかなか安定しないし、それに比べると非常に使いやすいのでほんとにもうお世話になっています。
Pop-outが出現”する”のに比べて、こちらは出現”させる”というニュアンスが強く、ギャンブルデモなんかとも相性がよい。


まあこれだけお世話になっている技法の創始者、他の作品も読んでみたくなる。しかし25歳という若さで死んでしまったらしく、作品集とてもこの自費出版の小冊子ひとつ。

内容はカードだけでなくコイン、ロープ、ボールと多彩。時代的な物もあるだろうが、あまり特殊なプロットはなく、特にカードはスタントよりの印象。コインはかなり挑戦的な事もしている。

・The Coin Through the Table(Complete)
どんどん使用枚数を増やしていくコイン・スルー・ザ・テーブル。
本来シークレットムーブとして有名なものをオープンにやってしまったり、非常にマニアックな”音”の技法があったり、空中で行うHPCがあったりとなかなか凄い。
Benzais Gripを使ったIt Doesn't Belong Hereは、片手に握った5枚のコインが、怪しい動作全く無しで、そのまま反対の手に移動するというもので上手く決まれば凄いが難しいです。

・Just a Few More "Coin Tricks"
章題ままに、もうあといくつかのコイントリック。
ものすごく難しいスリービングとかあって、これ非実在手品技法ではないかとたいへん疑わしい。や、僕ができなかったというだけですが。
全体的に単発現象だけれどインパクト重視。Coin through Cellophaneなどもある。

・Different Types of Card Tricks
スタント寄り? カードの剥がし方や、カードスリービングなど変な技術も解説。全体的にあまりぴんときませんでした。
なお例の技法が解説されているのはBewildermentという手順です。

・Stabbed in the Pack
カードスタブ。とだけ言っても多々あるが、カードをデックに投げ込むタイプのそれ。
雑誌掲載の順に沿って、お便りや改案寄稿なども載せられている。
ロレインとクレジット論争的な事になっていたようだが、あんま細かいニュアンスは私にはわからんです。
ただロレインの解説は大仰でめんどくさいなあ、とだけ。

・Mess-Cellaneous Tricks
その他のトリック。切ったロープの復活、3ボール(ScarneのClassc Ball Routine的なやつ)、結ばれるロープ。
この最後のがKaufmanもおすすめという逸品。結べるはずの無い状態で、結び目ができたり消えたりを繰り返す。テーブル使用を前提とした、その点でも面白いロープ手順。



いつぞやのMoeでも書いたように、このBenzaisの手順はほとんどが"死んでいる"。つまり現在では誰もやっていない、もとい、これをベースにした改案があまり発表されていないもので、だからこそ再読の価値はあると思う。特にコインはいろいろ面白いです。

2013年7月31日水曜日

"Varied Methods" Scott Robinson







Varied Methods (Scott Robinson, 2012)




Scott Robinsonのレクチャーノート。風変わりな3技法と、洗練された8手順。


Vanishing Incからダウンロード・ビデオ Pure Imaginationが出ていて、それがとても面白そうだったのでe-bookを買いました。
いえ、ビデオの目玉であるWilly Wonka Card Trickこそ入っていませんが、他の2手順、Loose Change、Differenceは収録されていますし、Willy Wonka Card Trickにしても、そのヴァリエーションであるWillie in your Pocketは解説されていてそれでお値段$5しか違わないので、それはもうこちらを買いますですよ。実体版もあるようですが、それだと$25+S&Hなのでさすがにまあそこまでは。


技法3種:Lee AsherのPulp Frictionが大変お好きだそうで、それをベースにしたカード技法2種と、コインの技法1種。このうちの1つが特につまらなくて、正直ぜんぜん役に立たなそうだなあと思っていたのですが、後の手順で実に美しい使い方をされており、良質のミステリで伏線が繋がったような快感を覚えました。やられた、と。


手順:ややマイナーなプロットが多いですが、非常に洗練されています。銅貨1枚と銀貨3枚の瞬間的な交換現象Difference、Digital DissolveのGaffless版 Loose Changeについては動画プロモにあるとおりですが、カード作品も実に素敵でした。ギミックやデュプリケートを使用することも多いですが、総じてセットに複雑さはなく、演じやすそうです。特に以下の2つが印象的。

Who's Counting:相手が言った枚数のパケットをカットするCounting on It現象。KennerなどはSybilカットして出してましたが、そういうフラリッシュ的なカットを行なわず、というかカットを行わず、デックの真ん中あたりから指定された枚数をそのままつかみ取った様に見える。
現象はマイナーで、あまり華もないですが、これは見事な構成でした。きっとたぶんとても不思議。

Willie in your Pocket:動画にあるWilly Wonka Card Trickのギミック版。角度はすこしきついですが、Bizarre Vanish的に消えたカードがポケットから現れ、そして……。こちらはギミックの使い方がとても素敵で、やはり良質のミステリを読んだような喜び。裏仕事の巧みさを褒めるのは、ちょっと本末転倒かもしれないですが、でも面白かったんだもの。あ、現象自体も大変美しいですよ。ただし、2段目が1段目の消失を食ってしまう可能性はあります。


Card、Coinの他にもCard Through the Billなどもあり、とても面白いノートでした。全体的に力が抜けていて、怪しい気配がなく、それでいて現象は鮮やか。裏の仕事も実に面白いです。また新作が出たときは入手したい所存。
なおSteve Beam編のSemi-Automatic Card TricksおよびTrapdoorの常連だそうで、本書の作品にもそこからの再録が散見されます。Semi-Automatic Card tricksTrapdoor、興味が出てきましたがさすがにページ数が莫大なのでなかなか……。

2013年7月21日日曜日

"Knuckle Busters Vol.2" Reed McClintock





 

Knuckle Busters Vol.2 (Reed McClintock, 2002)




指を痛めそうな作品の詰まったコイン小冊子。


収録は3作。現象はTrio in Three、Open Coins Across~Production、そしてProductionとばらばらだが、一貫してMcClintockらしい無茶さと、鮮やかさが発揮されている。


・Three with CSB
Gary KurtzのTrio in ThreeをCSBギミックで行えるようにした物。現象もやや簡素化されており淀みないが、一部、とても気を遣うハンドリングを用いている。McClintockは、まるで「自分は出来てるから問題ない」とでも言うかのように、こういう危うい箇所をそのまま放置するのでタチが悪いが、一方でそれがこのシリーズの読み所でもあるだろう。

元となっているKurtzの手順はとかく有名であるにも関わらず、氏のまとまった作品集Unexplainable Actsには収録されていないので、まともに練習したのはこれが始めて。コインが1枚ずつカードの下に移動した後、再び手に握ったコインが全て消え、よけておいたカードの下から現れる。あまり作例を見ないが非常に面白い手順と思う。
日本語ではマジックハウス刊行のレクチャーノート ギャリー・カーツのコインマジック に解説があり、持ってもいるのだが、訳が悪いのか元の文が悪いのか、私には中間部が判読不能だった。たしかビデオには収録されているのだったかな?


・Ninth Dynasty
Open Coins Across。見えている状態で、では無いが、手を開いた状態でコインが移動していく。特に手の甲から移動する所は、本当によくやるなあMcClintock。
上手く出来たら気持ち悪そうだがこれも難しい。
そしてCoins Acrossの最後、何故かコインが9枚に増える。

なぜだ……?


・Seven the Hard Way
7枚コインのプロダクション。McClintockの代表的な作品で、Geniiにも発表されていたように思う。7枚パームから始めてしばらくOne Coinの手順をやるなど、非常にパーム筋を要する流石の構成だが、なににも増してディスプレイがキモい。
手遊びのカエルみたいな形状で、むにゅむにゅと指の間からコインが出てくるのだけれど、こんなの他に誰が考えつくかと。


というわけで、以降の巻にあるようなテーマ統一は無いが、技法的にも現象的にも、そして独特の美意識においても実にMcClintockといった作品集。このまま演じるのは、どうしてもためらわれるけれども、練習はしておきます。

2013年7月18日木曜日

"Close-up Framework" Lawrence Frame






Close-up Framework (Lawrence Frame, 1986)



クライマックスに重点を置いた、イギリスのマジシャン、Lawrence Frameの小冊子。


この人については経歴も消息もよく分からない。8手順中、演出のみが1つ、Sadowitzの寄稿作品が1つ。


うん、まあSadowitz作品を探していて見付けた本だ。ただそれだけなら買わなかったろうが、惹句に興味をそそられた。

”例を一つあげよう。Spellbound Climaxでは、2ペンス硬貨が10ペンス硬貨に変化し、また戻りを繰り返した後、いつのまにかコインがボタンになっている!.見下ろすと、ジャケットのボタンがあるべき場所に、コインがくっついている。”

これいいなあ、と思ったのだ。買って読んでみると、他のもなかなか好み。
”クライマックス”と言うと、どうにも手順が終わった後にもうひと山を加える(ツイスト)ものが多いけれども、これは手順の最終段をより派手に、あるいは豪華にしたといった所か。

クライマックスを付けるために無理をしたり、あまりそぐわないクライマックスだったり、ということは多いが、Frameのはあまり大変な仕込みも無く、現象としても違和感なく繋がっていて好きだ。
スペルバウンド、Twisting the Aces、Coin Cut、Card Acrossといったクラシックが、ちょっと予定調和的だったり、ラストがはっきりしないなあと思う人なんかにはおすすめ。ただしクライマックス部分のみの解説で、手順が載っていない物もあるので、ある程度知識は必要。またCoin ThroughTableは演出のみで、おまけにアイルランド人がうんぬんという話で正直これは流し読み。


全体として、特殊な技法をつかうわけでもないし、素材というか現象のつなぎが上手い感じで、もう少し別の作品も見てみたいのだが、他には露出がなさそうで残念である。




なおSadowitzの手順は、4つに分けたパケットに、1枚ずつAを配ってから重ねるが、Aは4枚とも一番上に上がってくる。それを相手にもやってもらうが、おなじように上がってくる。というもの。
うむ、これもなかなか。

2013年7月10日水曜日

"Penumbra issue 9" 編・Bill Goodwin & Gordon Bean





Penumbra issue 9  (編・Bill Goodwin & Gordon Bean)




Bill goodwin編集のマニアック・マガジン第9号。
技法多めのためか、作品点数はいつもより一個多いです。



Muy Bueno Shuffle:BJ Bueno
最近流行りの某フォールス・シャッフルをテーブル上で行う。非常によいと思いますので、あえてあまり踏み込まない。内緒です。上手く行うのは難しいですが練習。

Simulated Slip Cut:Allan Ackerman
スリップカットって正直あからさますぎるよね、って事で、ランニングカットに紛れ込ませた物。確固たる技法というよりも、Ackerman流のハンドリングといった程度の印象。上のMuy Bueno Shuffleとも相性がよいです。

Covered, Up!:J.K. Hartman
これはトリックですが、ほとんど単一技法に依っているので技法扱いでもいいくらい。コントロールなどの説明は大幅に省かれているからなおさら。
ハンカチでデックをくるみ、もう一度開けると、相手のカードかトップに表向きで現れている。
見覚え有るなあと思ったらCard Dupery にも収録されてました p.144。

Bertram, Braue and Ben:David Ben
我が身の浅学、技量のつたなさ、計算力のなさに打ちのめされるギャンブル・デモ。スタッドポーカー(4ハンド)、スタッドポーカー(6ハンド)、テキサス・ホールデムの3段からなる。Second Deal、Table Hop、Table Faroを駆使した4 of a Kind コントロール。構造はシンプルで無駄が無く、まさに”見えない超絶技術”のデモといった感じ。
特にBertramによるマルチプル・シフトから始まる最初のスタッキングは、相当にディセプティブ。

ただ少々問題があり「私はBertramの未発表のFaroを使っている(解説無し)」とか、「ここではFinlayのTable Shiftを使う。C.ジョーダンの本の5頁に解説がある」など、使用技法が解説されない事が多い。「良い技法だよ!」とだけ言われて歯がみすることしきり。あんまり古典もってない私の勉強不足が露呈する。
技術的にかなり難しいし、覚えなくてはならない事もちょっと有る、そのうえで現象と呼べるような物は特にない純たるギャンブル・デモなので、ある種のつまらなさはあるかもしれない。

でもこれ、一段目だけでも出来たらかっこいいなあ。


The Maddox Stack:Michael Maddox
David Benのとは対照的に、全く技法の要らないAny Hand Called for。
相手が役を選んだあと、一切のハンドリングが必要ない。それを達成するためのちょっとした工夫は、ささやかな発想の転換が良くできたミステリのようで非常に面白かった。ショーアップ次第でシグネチャー・ピースになりうる手順と思う。


技法多めだった第9号。Bueno ShuffleもBertramのShiftも、さすがはPenumbraといったクオリティ。いやでも個人的にPenumbraに求めているのは、洗練された”手順”なのですよ。そういう意味ではちょっと物足りなくもあった。


2013年7月8日月曜日

"奇術探究 創刊号" 編・ゆうきとも





奇術探究 創刊号(編・ゆうきとも、2008)



現代的で刺激的な表題作とあと何か。


福田庸太による変わり種のO&W「水漏れと油漏れ」にフューチャーしたノート。

このプロットがとても面白い。
赤4、黒4で水と油を始め、徐々に枚数を減らして3・3、2・2としていく。
ところが最後になって、赤黒赤黒とかみ合わせたはずのカードが4枚とも黒になり、捨てたカードが赤4になっているというオチ。意外ではあるが合理的というか、うまく意識からハズされている感じがたまらなく素敵だ。


というわけでこれは凄く良いのですがその後がちょっとついて行けない。
殆どずっと、ゆうきとものゆうきともによる(ゆうきとものための?)バリエーション。

原案がカウントを排することで”ごまかし”の気配を消し、ラストを引き立てていたのに対し、ゆうきとも案は基本的にクラシックな技法の組み合わせで、プロブレムの解としては成立していますが、どうなんだろうねえ。特に遺漏での「各段階の説得力はやや弱くなったけれど、手順の目的は最後のオチなので、これくらいのほうがバランス良いのでは」という点については、個人的には全く逆の理解。

まあ他のO&Wと組み合わせたいという人も居るでしょうし、そのためにハンドリングの毛色が違うのも1手順くらいは有ってもいいとは思う、と擁護できなくはないか。けれどもね、漏水は記憶を頼りに3時間で再構成した手順と言うし、このノートの原稿自体、原案を見てから2週間しか経っていないそうな。
それは作品では無くただの習作ではないですか?


いやしかし、水漏れと油漏れはすごく面白いです。これのためだけに買っても損はない。

ただ、今やトリックサウルス(未見だけど)出てしまったし、あれ安いしなあ。「水漏れと油漏れ」に対してどう試行錯誤するかを愉しみたいという奇特な人にも、いろんな寄稿者を迎えた奇術探究5号が出ているようだし。とりあえず奇術探究 そろえたいって人か、あくまで文章で水漏れ油漏れ読みたいという人以外には、あまりメリットのない冊子になってしまった。

とはいえ文章で情報をストックできるのは個人的に非常にありがたく、映像よりも見直しが楽ですし、実際、表題作はよく読み直している。レイアウトもとてもよく、読みやすいです。


追記・スイッチ無しで変則オチのO&Wというと、同書では名前上がってなかったけど、SkinnerのOil and Water Rides Againとかも良いですね。

2013年6月25日火曜日

"Penumbra issue 8" 編・Bill Goodwin & Gordon Bean







Penumbra issue 8 (編・Bill Goodwin, Gordon Bean, 2004)





碩学Bill Goodwinの発行するマニアック・マガジン Penumbra。その第8号。


と言うことで、引き続きPenumbraのレビュー。
今回も18頁で4作品を収録。


Constellation Prize:Justin Hanes
相手に夜空の星座をなぞってもらい、行き着いた星を予言している。
非常に古典的な原理を、怖ろしくロマンチックで壮大な現象に仕立てている。条件はそれなりに多いが(北半球、晴れ、光害小、相手方に視力とある程度の星座の知識などなど)、この発想はとても面白いですね。壮大と言えばGarden of the Strange という気宇壮大な本もあったが、あれよりも品があり、まだアマチュアでも出来る感じ。ただ最大の必要条件として、心・技・体の少なくとも一つが並はずれて男前じゃないと無理と思うので僕はちょっと出来ません。
予言マジックの筈がギップル召喚になりかねない。


A.M.:Norman Gilbreath
前号の Harrison KaplanによるMirrorskillのヴァリエーション。構成、現象はほとんど同じだが、第二段での補正手法が異なる。One Way Deck使用。個人的には前号ので十分。
なおMirror Skillでのペア生成原理、およびNG状態の発生条件と処理方法を解説しているのだがこれは読み飛ばしてしまいました。しかしGilbrethって存命だったのですね。氏の名を冠した原理が有名すぎて、なんだか100年くらいは昔の人だと思ってた。


The Card of Fortune:Andrew Galloway
相手にカードを混ぜてもらった後、1枚のカードを抜き出し、後ろ手にそれを差し込む。差し込んだところから、相手のクリスチャンネームを綴り、そこのカードを裏向きのまま出す。もう一度繰り返した後、今度は相手にも同じような事をやってもらい、最終的に出てきた4枚のカードが、同一値になっている。
序盤の原理と、ちょっとしたサトルティは面白いが、「同じ事」ではなく「同じような事」なのがネックで、これはちょっと美しくない。


The Queens:Bill Goodwin
4枚のQが1枚ずつ消え、また1枚ずつ現れる。
Goodwinのペット・トリックなのだろう。全18頁のPenumbra、実にその半分を使ってみっちりと解説されている。技法の度に詳細なクレジットが挿入されるのが、さすが学究派といった所か。難しいが、実に美しい手順。Buckの双子が改案を出していますが、よりゆっくりと行われるGoodwinの方が好みです。ただ出現に関しては、ペースアップして一気に出した方がテンポ良いかもですね。

Penumbraは個人発行の雑誌にしては珍しく、筆者自身はほとんど作品を発表していません。いま手元にある4冊の中で、Goodwinの手順はこのThe Queensのみ(Gordon Beanに至ってはゼロ)。そういう所からも、本手順に込められたGoodwinの自信がうかがわれます。


4作中、2作はちょっと今ひとつでしたが、それら補ってなお、Constellation PrizeとThe Queensは凄い手順でした。

2013年6月21日金曜日

"Penumbra issue 7" 編・Bill Goodwin & Gordon Bean






Penumbra issue 7 (編・Bill Goodwin, Gordon Bean, 2004)



Magic Castleの司書を務める碩学Bill Goodwinが編集するマニアック・マガジン、Penumbra。



Goodwinについては、少し前にReflectionというDVDを見て以来、ちょっと興味があった。加えて先頃、Penumbra の9号に掲載されたというMuy Bueno Shuffleの動画を見る機会があって、それがまあ考えなくは無かったけど実行できるとは思ってなかった技法で、うわスゴイやと。こういうのが他にも載ってるなら、読んでみたいなあ。

そんなわけで、いまからでは揃わないだろうが買ってみた。
まあマニアックでしたよ。


Acorn's Progress:Roy Walton
Walton先生の小品。技法の用途と効率は素晴らしいのだが、現象にはさっぱり魅力を感じない。
手の中でカードを広げ、1枚表にする(スペードの10)。カードを閉じ、再び広げるとスペードのロイヤル・ストレート・フラッシュが表向きになっている。それらをテーブル上に出すが、よく見ると4枚しかない。デックを弾いて再び広げると、最後のスペードのAが表向きで出てくる。

Mirrorskill:Harrison Kaplan
通常のミラスキル(枚数の差を予言)→アキュレイト・ミラスキル(それぞれの枚数を予言)→さらに半分のカードだけで繰り返すが……
フルデック配らせるトリックを3回連続でやります。
ただし現象は面白いので、これが許される雰囲気でさえ有れば使えそう。それにペアで全部配り通して、色を判別するだけなので、そこまで負担でもないかな。セットもほとんど要らず、そういう意味では以外と手軽。Stewart Jamesの未解決プロブレムに対する解だそうです。


The Gypsy Foretells Further Than Father:Cushing Strout
Lie Detectorから、プロダクションへ続く長手順。
タロット的な占いが一緒に書かれたカードを使い、相手にカードを1枚選んでもらう。演者には見えないが、幸運の星が書かれたスペードの2。これを戻して混ぜる。相手の返答に合わせて、色、マーク、絵札か数か、の3つの山を作る。相手は嘘を言っても良いが、それぞれ選ばれたカードと同じパラメータのカードが現れる。
さらにTwo、Spade、と配ると、それぞれ3枚の2、5枚のスペードである。
ところで星に先端は幾つあった?と聞き、その数に合わせて配ると、そこからスペードの2が出てくる。 これは最高に運が良いぜ、こういうときはポーカーをやんな、と言ってpokerと配ると、その5枚がロイヤルストレートフラッシュ。

長いぜ。しかしよく考えましたねこんなの。これもベースはStewart Jamesとか。


Ear Candy:Nathan Kranzo
口にグミを含み、耳から指を突っ込んで取り出す。
指が口を内側からまさぐっている感じを再現しており、ハマると相当気持ち悪そうです。


Déjà Vu Cut:Chris Randall
三角を2つ作るフラリッシュ・カット。実はフォールス。
文章+写真の解説ですが、十分わかりやすいです。


Slap!:Shahin Zarkesh, Bill Goodwin
Aの間に挟んだ相手のカードが消え、ポケットから出てくる――、と思いきや。
正式名称をよく知らないですが、Off Balance Transpoとか、Imbalance Transpoとか言うのでしょうか。Bebelがよくやっている、4枚と1枚のトランスポジション。
トランスポが派手なのでそこに観客も読者も創作者も目が行きがちですが、この作品はその前の段階がとても丁寧に作られています。最初のディスプレイだけ、やや弱いと思うのですが、そこさえ上手くこなせたら、相手の手の中で選ばれたカードが消える箇所はとても効果的。
私などだったらElmsleyを使うような所で、ことごとく違うカウントを持ってくるあたり、マニアだなあと。こういうのをさらっとやられると、追えなさそうです。最後のトランスポジションも何通りか解説されていて面白い。


うむ、文句なくマニアック。ページ数はたった18頁ですが重い内容です。特にセルフワーク系のは、マジシャンでも追えない感じで、たいそう嫌らしい。とっておきのFoolerを探している方とか、こっそり手に取ってみてはいかがでしょうか。あと何冊か買いましたので、またおいおい紹介していきたいと思います。

2013年6月20日木曜日

Six. Impossible. Things.のおまけ


よくトップから2枚目とかにリバースカードがあって、それをデックの真ん中から出現させたいシチュエーションがありますが、そこでCharlier Cutするの嫌なんですね。S.I.T.だとCounterpunchの状況がまさにそれ。

特にHead Over Heelsとか、かなり効率的な技法なので、ここから余分な動作をしたくないなと。で、ここは以下のように変えています。

技法としては基本的な物で、この用法もどこで読んだか思い出せないです。


2013年6月18日火曜日

"Six. Impossible. Things." John Bannon





Six. Impossible. Things. (John Bannon, 2009)




John Bannonによる、極めて良く出来たカードマジック・レクチャーノート。


はい、すっかり啓蒙されたので買いました読みました素晴らしかった。いくつか既読のがあり、個人的にややインパクトが薄れてしまいましたが、それでもコスパ含めて過去読んだBannon本で最高の一冊。



『数個のカードマジックからなるルーティン』『セルフワーク作品集』『おまけ』と大まかに3部構成になっている。とすれば同じBannonのDear Mr. Fantasyに似ているが、DMFでは主にクラシック・トリックをつないだルーティンだったのに対し、こちらはフルBannonというのが大きな違い。

Counterpunch-Four Faces North
Watching the Detectives-New Jax-Full Circle

前半は既読でした。思い出せないけど昔とってたMAGIC誌かと。
サカートリック風味に観客の予想を裏切る手順から始まり、そこで残ったダーティな部分を解消するトリックへと続く。
後半はサンドイッチ・カードがテーマ。こちらも予想を裏切るスタート。2枚のJ、及び4枚のAから選ばれた1枚をばらばらにデックに差し込み、今からJがAを捕まえるぜ、と言うのだが、関係ない残りのAと思っていた3枚が、いつのまにかJ A Jになっている。
Wesley Jamesの原案は知らないのですが、最近Tom StoneのVortexで改案を読んでおり対比としても面白かった。Stoneが相手の見ているかもしれない状況で大胆すぎる事をして、大幅なスリムアップを図ったのに対し、Bannonは同じ”相手の見ている前で堂々と”ではあるものの、決して大胆ではなく、じっと見られていても大丈夫。
いや大胆ではある。ですが、まず気付かれない。どうやったらこんな事を思いつき、実行してしまえるのか。いやはや凄い。
この、相手の目の前でぬけぬけと、明らかにおかしい事をしかし露見せずやってしまう、というのはBannonの特色であり、また演じる者にとっては非常な快感でしょう。

なんかBannonの玄人受けの一因を再確認したように思います。
っていうか、こういうちょっと奇矯なプロットって、作例の絶対数が少なくて叩き台が無いためでしょうけど、どうにもぎこちない、不自然な構成になりがちなところ、まあBannon先生のうまいことうまいこと。

全体を通すと、4枚のAから始まり、4枚のAで終わる、美しい構成。
この一連の流れは、少しマジック囓ってるぜって人とかを相手に見せたい。
ただプレゼンはあまり解説していないので、ちょっと考えないといけません。ヘンな現象ばかりなのでけっこう大変かもしれない。


Four-Fold Foresight
Origami Poker Revisited

Bannonのお気に入り、Origami Foldの原理を使った2手順。この前者がとても良かった。観客が表裏ぐちゃぐちゃに混ぜたパケットの状態が予言してあるというもの。
原理がOrigami Fold、現象がShuffleBored。どちらも好きな手順では無かったのですが、この組み合わせがそれぞれの(個人的に感じていた)欠点を補い合っている感じで、これは凄くよいです。

Riverboat Poker
ポーカーデモンストレーション。やりやすいし、見やすい、良い手品です。格式張らない自然さで、あくまで「話の種に」という感じがとても受け入れやすい。ロイヤル・フラッシュのオチまで付いている癖にセットアップが殆どいらないという親切設計。
ここだけ、解説が小説風です。

Play It Straight (The Bannon Triumph)
あえて説明も要らないだろう傑作。これを駄作とみる向きもおられますし、前は僕もそっち寄りでしたがやはり凄い手順です。ただ解説は簡潔で、Impossibiliaで感心した細かいタッチが抜けてしまっておりちょっと残念。

Einstein Overkill
Trick That fooled Einsteinの改案。そもそも原案があまり好きでは無いのですが、このアイディアはすごく面白い。Bannonは4 of a Kindの出現に仕上げていますが、純粋な形態であればメンタル度が格段に上がって、好みかも。

というわけで長々と書きました。本当はもっと簡潔に書ければ良かったのですけれどもまあとにかく面白かったよーと。これが15ドルやもんね、すごいね。
個々の収録作品も良いのですが、それ以上に『オフビートなトリック』『ルーティンとしての構成』『セルフワーク』『小説風の解説』『Play It Straight』と、Bannonのエッセンスを抜き出して煮詰めたような、小ボリュームながら極めて充実した内容が素晴らしかったです。

サイトではLecture noteと書かれており、いやなんかそれだと適当なトリックを適当な体裁の紙束に適当にぶちこんだみたく聞こえてしまいますけど、実際には造本も内容も構成も、とてつもなくもハイレベルなカードマジック教本でございました。



余談ですが、↓にShuffle Boredの嫌いな点の話をちょこっと。

2013年5月24日金曜日

"MEGA 'WAVE 日本語版" John Bannon 訳・富山達也






MEGA 'WAVE 日本語版(John Bannon、訳・富山達也、2011)



John Bannonによるエンドクリーンな7つの改案集。



唐突にBannonが(手頃な値段で)読みたい、精緻なカードトリックがいじりたい、ともかくカウントしたいという欲望がこみ上げたので、今更ながら購入。テクニカラー・パケットとか作るの面倒ですが、訳者様ご本人から購入すれば無料で付いて来るというお話だったので、おそるおそる連絡してみました。

パケットは直接購入の特典、との事だったのでつまり直接手渡しオンリーかと思っていたのですが、伺ったところ、いや普通にメール便で送りますし今までも通販が主でしたよとの事。

そうなのか。きょうじゅさんがブックレットをファンにしてかざしたらば、都下県下のバノンに飢えたマニアどもが亡者がごとくにむらがって、瞬く間に跡形もなくなるかと思っていた。なんとなく。




さておき内容。エンドクリーンと書いたが、正確には少し異なったコンセプト。パケット化が可能で、全てのカードが能動的に現象に寄与し、何かを足したり除いたりせず、最後に改めも可能というこの構成を、Bannon自身はフラクタルと名付けている。

作品数は7と少なめで、また現象に偏りはあるものの、内容としては非常に充実していた。


せっかくなので全作品に言及してみるが、あまり中身無いので飛ばしても良いです。


ここから↓


MEGA 'WAVE:
BannonというとTwisted Sistersが有名だが、あれに類縁の2組での4 Card Brainwave。Twisted Sistersに引けを取らない現象でありつつ、検め可能。個人的には、このプロット自体にちょっと煮え切らない物を感じるのだが、Bannonのは狙いが定まっており、実用してみたくなります。

Fractal Re-Call:
自身のCall of the Wildの改案。Wildとはいうが、持ってるハンドが全て変化するというギャンブル系の現象。原案と遜色ないながらギミックが排されており、凄いです。変化現象にAsher Action Reverseを使う箇所の考察が、個人的にはとても面白かったです。

Short Attention Scam:
これも御自身の単品作品Royal Scamの改案で、序盤のTwist現象を省いた物。これは原案も含め、あまり現象に起伏が感じられず、どうにもピンときませんでした。しかしRoyal Scamはお客さんが(反応含めて)可愛いくていいですね。

Mag-7:
これまた過去作Return of the Magnificent Sevenの改案。鮮やかでスピーディな、ギミック無しのワイルドカード。個人的なベストWildは、まあお察しの通りWonder演ずるTamed Cardなのですが、このMag-7くらい軽やかに畳みかけるのも良いなと。

Poker Paradox:
いわゆるRoyal Marriages系作品。つい先頃まで退屈なプロットという認識でいたのですが、Juan Manuel Marcosがある特別なタッチを加え、非常に鮮やかな現象に変貌させており、気に入って演じておりました。ただ唯一、観客が参与しない点だけ気になっていました。
一方こちらのPoker Paradoxは、手法はオーソドックスなものの、非常に狡猾な組み合わせによって実に不思議に仕上がっている。正直、自分でもやってて不思議。
なによりお客さんが関与するのがよいですね。MarcosのLa Claridadと、どちらを取るか非常に悩ましいです。

Fractal Jacks:
デックの一番上にJackが4枚置かれた後、交互に手を配ったはずなのに、なぜか何度やっても手元にJackが集まっている。という妙な不条理感のある現象が元。これを8枚のパケットでやってしまう。
あえてクライマックスを殺す構成になっており、SolomonやAronsonからは賛同を得られなかったらしいですが、僕はこちらの方が好きです。ただし、借りたデックや自分のデックでも出来ますが、パケット化しないと効果を十全に発揮できない気がします。

Wicked:
Jack ParkerによるI know Kung Fuの、見る影も無いほどスマートな改案。原案の無茶な感じはけっこう好きでしたが、Bannonが触るとこういうふうになるのですね。
2段からなる、シンプルなサンドイッチ。


↑ ここまで


またコンセプトとして、フラクタルの他にスラッグというものを要所要所で使用。
これはセットしたカードを導入するやり方についてのアイディアで、Play It Straightの作者ならではというか、既存のやりかたからあえて後退することによって見えてくる有用性という所でしょうか。賛否両論ありそう。


さて作品そのものもよかったけれど、Bannonの解説がなにより素晴らしかった。改案の動機から現象のたくらみまで、細やかに解説しており、それが一番面白く、また実演してみたいという動機にも繋がりました。

特にStephen Tuckerに対する駄目出しは、始めこそ柔らかく切り出したものの、徐々に舌鋒が鋭さを増していくあたりが大層面白い。と同時に、非常に的を得た論評であり、世にはびこるマジック・クリエーターのなかにおいて、Bannon作品の極めて高い練度がどこから来るのかを垣間見るようでもありました。


一方で、現象の偏りというか、フレーバーとしてポーカーを好む点だけはちょっと苦手です。ただこれは適当なテーマに置換してしまえばよいのでしょう。特に本書の手順は全てフラクタル、独立した構造になってます。スラッグ・コンセプト含めて、このフラクタルというやつ、特殊柄のパケットトリックとも相性が良いと思います。もっといえば、いわゆる痛手品とかバカ手品とかの改案作り放題な気がしなくも無いので誰か作って下さい頭悪い手品。


ともかく、とても満足しました。Bannonやっぱり面白いぜ。

直ぐに読み返せるのも想像以上にありがたく、日本語訳の、それもこなれた文章であることの利点でありましょう。ときおり中の人が漏れ出てましたが、とても読みやすく面白かったです。
Dear Mr.Fantasyも翻訳中とのことですが、いや適任と思いますきょうじゅさま。あの小説っぽいところとか。

唯一、値段が高くなってしまうのがちょっと残念というか、おまけパケット無かったら本家で買ってしまうよなあと。発行部数とか考えると仕方ないのでしょうし、本家が安すぎるだけという話もありますが。


初期目的の一つであったカウントはあまり無く、残念でしたが、これはどうも過去のフラクタルシリーズ、およびLiam Montierとの共著Triabolical と混同していたようでした。

ともあれすっかり啓蒙されました。他の著作も早急に集める所存です。

2013年5月17日金曜日

"Making the Cut" Ryan Schlutz






Making the Cut (Ryan Schlutz, 2011)





若手Ryan Schlutzの初作品集。

映像ダウンロード作品が2つくらいあるものの、初作品集をハードカバー本で、という時点で好感が持てる。

そのダウンロード作品、Sense-Sational、Pivotal Peekはどちらも不可能性の高いロケーション。だが本書はClub SandwitchやSignature transpoなど普通の題材が主で、そういう意味では期待と違った。

理論よりの人らしく、本書も観客へのアプローチ手順(Making the CutはBreaking the Iceと同じ意味で使用されている)から、より複雑かつ感情に訴えかける手順、相手に記念品を残せる手順、と章立てされている。

ただし作品には、John Guastaferroを筆頭に、Caleb WilisなどVanishing Incを中心に活動している面々に似通った、中庸というか、よく出来てはいるが、個性には乏しい点がある。


不可能ロケーションの人という印象、また第一章は大きなプロブレムである"アプローチ"の手順ということで期待していたが、これが面白くなく大いに落胆した(*)。
プレゼンテーションも理屈で作っている気味で、個人的にはあまり好まないタイプ。Club Sandwichなぞは、黒い渦模様のサンドカードを使い、ブラックホールだから選ばれたカードが吸い寄せられ云々言い出して、正直どうでもよい。

だがMisfit Queenでのシンプルかつ大胆なパームがなかなか良く、サイン移動の複合現象INSIGNIAもよく練られていた。最初の作例がつまらなかったPivotal Peekも、Treasure Huntという非常に良い手順が紹介されて救われた感じ。また特殊印刷のカードについては、自家プリント方法も載せてくれるなど丁寧で助かる。

終わってみれば、なかなかに良い本だった。
色々なプロットをそつなくこなすといった印象。



(*)When It Doubt, Read a Palmでは、自分は手相占い師なのだと言ってアプローチし、しかし手相を見る手を間違えたりジョークを言ったりと適当な対応をし続けたあげく、やっといや実はマジシャンなので今からカード当てする、と来る。
好みの問題ではあろうが、マジシャンの名乗りを上げるまでの間、手相占い師と自称する正体不明の男が場に存在しているわけで、これはだいぶ気色悪いと思う。

2013年5月12日日曜日

"The Art of Astonishment Volume.1" Paul Harris






The Art of Astonishment Volume.1  (Paul Harris, 1996)




天才 Paul Harris の三巻組全集、巻の一。





もう大変に素晴らしく、面白かったです。


特に、これは書籍で読むのがベストと思います。
原案者の演技もDVD Stars of Magicで見ていましたが、Harris自身はパフォーマーとして決して卓越してはいなかった事、及び、やはり”タネ”を探してみてしまい驚きが減ずる事から、そこまで感銘を受けなかったように記憶しています。

しかし書籍で読むと、彼の目論んだ現象が、ほとんどそのままに頭の中で展開されて、さすがに”驚き”はできないものの、プロットのツイストに、現象の鮮やかさに、感嘆しきりでした。


この頭に鮮やかに浮かぶ、という点がHarris作品の特徴と思います。
奇矯なプロットというイメージが強いですが、これまでのプロットや手法から外れているというだけで、現象そのものは実にダイレクト。予想はできないかもしれないけど、起こった時にはほとんど直観的に受け止められる、だからこそのAstonishmentなのだと思います。

そういった現象は、そのものが魅惑的でもあります。
例えばCard Split現象のLas Vegas Split。昔はそこまで好きでもなかったのですが、いま改めて、ビデオのような遠視点ではなく間近にカードを持って試してみると、これがとても良い。ゆっくりと曲げていくと、たわんだカードはやがて限界を迎え、ぱりっと音を立てて分裂する。もうそれだけで十分に楽しい。


手法も実にダイレクトです。ただし決して強引と言うのでなく、既存の技法にまったく縛られず、その現象のためだけの最適解であるかのような解決方法です。また多くの手順はシンプルなクライマックスを持っており、長々とはしていません。
この巻ではおまけでGreg Wilsonの章があり、かのReCapの解説もあったのですが、これは実に対照的でした。
もちろんWilsonの手順はよいものなのですが、Harrisの後ではとにかく長く、また現象の組み立て方がどうにも「既に出来ること」の組み合わせの延長上にあり、手法も「出来る事」の組み合わせにしか思えませんでした。それはテクニカルなコントロールを駆使したAmbitious Cardの改案とOmni Deckの対比と言っても良く、やはりHarrisの"驚き"に対するセンスは凄いなと思った次第です。





ともかく、本当に素晴らしい内容でした。
現代マジックを作ったのは誰か、という問いに、今の私なら迷わずHarrisと答えます。
 


買うなら三巻組みで……、と思っていたがために、手を付けるのが遅くなってしまいましたが、たとえ一巻づつでも、早く買って読むべきでした。
分厚い本ですが、文章はおふざけを多々交えながらも簡明で、さらに面倒になって文を読み飛ばしても内容が判ってしまうくらいのピンポイントさで図が入っているので、さくさく読めます。おすすめというか必読と言っても良いです。


あと2冊ありますが、このクオリティが続いてくれたら嬉しいなあ。



いまのマジックの礎であると同時に、今なお損なわれない新しさ--驚きのある素晴らしい作品群でした。


(※例としてわかりやすいのでOmni Deckを挙げましたが、同作品はHarrisのSolid Deceptionの正当な進化形ではあるものの、創案はJerry Andrus、実現はDanny Korem だったように記憶しています)

2013年5月9日木曜日

”脳はすすんでだまされたがる” S.L.マクニック, S.M.コンデ, S.ブレイクスリー






脳はすすんでだまされたがる -マジックが解き明かす錯覚の不思議  (スティーヴン・L・マクニック, スサナ・マルティネス・コンデ, サンドラ・ブレイクスリー 鍛原多惠子/訳, 2012)



Sleights of Mind の邦訳。
サブタイ詐欺。


新進気鋭の脳神経科学者が、マジックと”心”を結びつけるべく、マジック界に飛び込んで実体験・実学習を通じて両分野の橋渡しを試みる。
とくれば、好みにどストライクの筈なのだがあんまり面白くなかった。


たぶん"解き明かされていない"のが、私的に駄目だったんだろうな。サブタイが「心理学者の見たマジック」とか、そんなんだったら別に気にならなかったのだろうが。

著者達の第一目的であった、奇術と心理学会の結びつけ、には成功しているだろう。そういうシンポジウムも開かれるようになったというし。しかしマジック屋として本書を読む動機は、やはり新しい知見、それも実用的な知見を求めてではないだろうか。

であれば、マジックから帰納法的に公式を導きだすか、心理学に既存の論理を持ち込み、その式を用いた演繹で新しいマジックを作るか既存原理の強化・純化までしないと、有用性はわからない。


ところが、この本ではまずマジックを紹介し、それが心理学(神経科学)のこういうトピックスと関係が”ありそう”、という提示をするに留まるのが殆どだ。結果として、心理学の紹介書としても、筋道の立たない散漫な内容になってしまっている印象。



マジックと心理学が関係している事自体は、マジシャンは既に知ってはいるわけで、それが学会で具体的なムーブメントになったのは大いに喜ぶべき事ではあるが、どちらにとってもまだまとまった成果とはなっていないようだ。

ただ滑動性運動とミスディレクション(Apollo Robbins)については、ちゃんと裏打ちが有り、非常に良い内容と思う。側聞したポン太・The・スミスさんのリテンションの話とかとも繋がるのであろう面白い話。


結局、期待していた物との食い違いであり、心理学者がマジック界に飛び込んで、いろんな発見をしていく紀行文としては面白い。特に所々で出てくる協賛マジシャンは豪華すぎて笑っちゃう程。
ただ心理・神経科学関係の本としては、一般科学書としても手品用ネタ本としても、V.S.ラマチャンドランの脳の中の幽霊 知覚は幻 などの方が格段に面白いと思う。

2013年4月26日金曜日

"C10" Dani DaOrtiz






C10 (Dani DaOrtiz, 2013)





"例えばDaOrtizが怖ろしく不格好な原理をとびきりの不思議に仕立て上げ、マニアを煙に巻いているように、この本は完全に『時代遅れ』で『死んでしまった枝』だからこそ、再読の意味はあるやもしれぬ。"

とMoeの冊子の時に書いたけれど、本書、C10 は、まさにDaOrtizがMoeのトリックから研究・発展させた成果物だ。
無論、とても難しい。

スタックというかキーカードというか、Utopia DVDでも解説があったアレだが、さらに詳細に解説している。

まず40ppのうち半分を使って種々のスタッキング方法を、残り20ppで6つのトリックを解説。Moeはロケーションに使った原理だが、ここではフルデック・メモライズデモ、ACAAN、予言、透視とかなり多彩になっている。

ただこのトリック群はあまりにもDaOrtiz的で、ずうずうし過ぎる。もちろん手品が見せるものは、あくまで嘘で、架空の出来事だ。その代わり、マジシャンは手を尽くして偽の『物証』をちりばめ、観客に実在しない現象を錯覚させる。だがDaOrtizはそれすら放棄して、何も起こっていないのに、起こったという証拠を提示することさえせずに、それでも不思議なことがあったのだと押しつけようとする。

Moeの10枚からフィッシングで絞る、とかが可愛く思えてくるぐらいの、唖然とする手法。
ちろんそれをマジックとして成立させてしまうのがDaOrtizのすごさなのだが、正直、当人以外がまともに出来るとは思われぬし、Utopiaを見る限りでは当人の演技であってさえ、場合によっては苦しい。



具体的な手法には言及できないので、ぼんやりした文章になってしまったが、Utopia見た人なら判ってくれるんじゃあないかなあ。まあ、それらの手法はあくまでもC10 をさまざまな現象に拡張するために使われているのであり、基本原理やそのためのスタッキングはそれ単体でも非常に強力な武器。DaOrtizとは異なった発展のさせ方もまだまだあろう。
またPrediction with Two Deckは何とか出来る範囲の手順だが、これがもう本当にすげえ一致現象で、解説読んだ後での動画鑑賞にもかかわらず、気持ち悪くて声が出てしまった。

Moeの手順をこんな風に開拓し、ここまで発展させるのかという、現代の天才の凄みが感じられる素晴らしい資料でもある。ただし内容は相当に人を選ぶ。UtopiaのACAANを見て、いけると思った人だけがさらなる研究のために買うべき。

しかしそれにしても難しい。生で見た時も、むごいことをしてるなあと思ったThe Memorization Routineだが、改めて解説を読んで、心が折れた。素敵な現象なので出来るようになりたかったが、僕の脳味噌でこれは処理できない。

2013年4月23日火曜日

"Cutting Remarks" David Britland




Cutting Remarks (David Britland, 1990)


Britlandのホーンテッドパック。


ホーンテッドパックを1手順のみを解説した小冊子。元々はCard Kineticsに入る予定だったらしいのですが、ゆえあって単売。

というのもCard Kineticsとは使用ギミックが完全に別系統だから。
これ、応用範囲ひろくなさそうだけど、わりと優秀なギミックと思う。セット後の自由度がめちゃくちゃ高くって、手の中でスプレットして両面を見せた後、カードを揃えてそのままホーンテッド出来る。エンドクリーンでは無いけど、それを補うに足るだけラフな扱いができる。
動きが一般的なモノとはちょっち違うのも面白そう。

ただ想像以上に素材に左右されるようで、今、家で手に入る適当なモノを3~4種試してみたけど、どれももうひとつといった感じ。これこそセットで付けてくれても良かったのになぁ。


自動系ではなく、自分の手の中でしか起こせないけど割と良いと思います。
やはりBritland先生は趣味が良い。特にハンドリングのフェアさ、楽さが非常に好ましかった。
まあ、まだ良い材料が見付からないのだけれど。

2013年4月19日金曜日

"My Personal Stack" Dani DaOrtiz






My Personal Stack (Dani DaOrtiz, nodate)




Dani DaOrtizによるスタックデックの解説書。


Daniが12歳の頃から取り組み始めたというスタックデックの研究をまとめた西語の本 Mi Baraja Personal、その初版から6年後に書き直され、内容拡充とスリムアップが行われたのが本書の底本である。冗長な部分や、TamarizのMnemonicaと重複する部分が削除されたと聞き及んでいる。


まず、これがDaOrtizスタック。


ちょっと前に組んだやつだから、一枚くらいずれてるかも知れませんがご容赦ください。
そんで以下の特性を持っている。

①New Deck Orderに戻せる。
②前後のカードが簡単にわかる。
③一枚移動された場合も即座に判る。(Moe's Move a Card)
④飛んだ位置のカードもわかる。特定枚数目へのコントロールもできる。
⑤ミラースタックやサイクリックスタックに変化可能。
 またパリンドロミック・ミラースタックという変わり種にもなる。 

まだまだ挙げればキリがないくらい。
ただしいくつかは、正確には嘘。DaOrtiz流のずうずうしい策略でもって、「実用上はほぼ真」となっている項目がある。



実はこれ、流行のメモライズドではないし、特別なスタックでさえない。既存の某有名数理スタックに、ランダムさを演出するための例外ルールを2つ加えた変則スタック。
なので上記①~⑤を読んですげー何このスタック!と思ったら、そも基本スタックの性能をちゃんと掘り下げられていなかったと言うことだ。ちなみに僕は非常に驚いたくちで、こんな使い方もあるのかーと全編通して感心しきりであった。


あるトリックのためにスタックを使う、という場面はよく目にするが、スタックを常用するための解説というのは少ない。
スタック(特に数理)は初心者向きと思われがちだけれども、ギミックと一緒で、自由度を大幅に制限するため運用が難しい。結局、目的のトリックの前にデックスイッチするのが一番負担が少ないという結論に至り、けれどスイッチが面倒なのでスタックやっぱやめるわ、となったのは僕個人の話だが、似たような経緯の人は少なくないと思う。

私見だが、スタック常用には、カード位置の修正やミスしたときのフォローなど、Jazz Magicの技能がどうしても必要になる。そこで登場するのがJazz Magicの大家DaOrtiz。これ以上の適役は居るまい。

詳細なデック特性の研究から、基本的なカード当て、コントロール、枚数当て、4 of A Kindプロダクションの他、ポーカーデモ、スペリング、一致現象などがかなりの数、解説されている。またスタック変換で邪魔になる例外配列を解消するためのトリックも収録されており、いたれりつくせり充実の内容。

ただしもちろん、非常にDaOrtiz流であり、DVDなり生で見るなりしてあのスタンスを少しなりと感得していなければきついかもしれない。解説は丁寧だが、それでも「適当な理由を付けてカードを入れ替える」とか「スペードのKのところでカットする」「ハートのJとクラブの3をまずフォース」など、しれっと要求されたりするので注意。また抜け道が用意されているとは言え、例外ルールのせいで計算はちょっとややこしい。



幾度か書いたようにAronson読んでいないので確定的な事は言えないけれど、個人的にはこれ一冊でスタックデックのほとんどが、しかも効率良く学べると思う。
あとは MnemonicaのAppendix Ⅱ,About Order and Disorder があればスタックは十二分じゃないかな。

というわけで、非常に優れたスタックデック教本でありJazz教本。文章が散文的というか、全体にやや雑駁とした読み心地ではあったが、デック片手に本書の内容を5回くらい通せば、Jazz系の能力もかなり付くと思うよ。
ここから固めてゆけば、ゆくゆくはDaOrtizみたく、Evansの10 Exact Cutをレギュラーカード即興でやれる変態になれるかもしれない。今まで読んだDaOrtiz書籍の中ではもっともDaOrtizらしさが出ており、DaOrtizファンにもお勧めである。Utopiaとの重複もない。



Jazzyなハンドリングとは無縁、という人にはあまりお勧めしないが、数理スタックからサイクリックやミラーへの変換が割と容易に出来るので、これ1つセットしておけば実質3種のスタックとして働く。CurryのPower of ThoughtやRoy ShottのClanissh(発展版のTon Onosaka 偶然の一致にしては)などがかなり手近くなるので、そういう点でも非常に強力な武器と思う。

自分にとってかなり高度な内容だったのと、けっこうだらだら分割して読んでしまったのとで、また改めて再読したい所存。

2013年4月13日土曜日

Waters先生なにやってんすか。




私淑するT.A. Waters 先生の新作DVDが出るとの報を受け、良い機会と大著Mind Myth and Magickの評を書きがてら、そういえば先生の本職はライターで、SFとかも書いておられた筈だよなあと思い出して調べてみたところ、こんな著作を見つけました。








そのスパイを愛せ

色事はシーン・パトリックの
あまり自重しない武器ではあるが
時として彼の方が
ヤられちまう事もある

(※訳は適当)





先生なにやってんすか!?

表紙が実にセンスがあってアレですが、内容もたがわず、ハニートラップ満載のスパイ物だそうです。敵のKGBハニートラップ要員に逆ハニトラを仕掛けろとかいう話。




……まあ実際は、John A Keelという人が書いたみたいで、Watersの名前も勝手に借用したようではあります。以下を参照。
http://permissiontokill.com/blog/2010/07/18/love-that-spy/

しかしただのパルプ本かと思ったら、パルプではあるけども意外と評価が高くって、読んでみたくなりました。私の英語力だと小説は到底無理なのですが、しかし表紙と筆者名だけでもネタとして所持しておくのはありか。



DVDの話に戻ると、WatersはMaven並みにスゴ味のある人だと思うていますので、動く先生にも期待です。EMCで放送されたという雰囲気たっぷりな映像は、さすがにL&Lに求めるのは無理が有りましょうが。

まじかっこいい。(http://img.skitch.com/20100716-1u7e47dss2wjqt5wg1gqkrjf1b.png)
怖いですよ。(http://littleegyptmagic.com/emc_ta1.jpg)
またひとつEMCを買わねばいかん理由ができてしまった。そしてビデオ提供者がBritlandだ。

しかし没後15年たって新作DVDかぁ。
没後DVDといえばWonder先生のレクチャーDVDが権利関係でなにやらややこしい事になっていましたが、そこは天下のL&Lですし、収録スタジオもまんまL&Lのようなので安心しててよいかな。

2013年4月12日金曜日

"Knuckle Busters Vol.6" Reed McClintock





Knuckle Busters Vol.6 (Reed McClintock, 2004)



指だけじゃなく、心も折りに来るコイン作品集 第6巻。


とはいえこの巻はそんなに難しくなかった。
テーマはVCA(Visual Coins Across)で、つまりはThree FlyというかFingertip Coins Acrossというか。


Hatfields & McCoys
ノーエキストラのVCA。野暮ったくてNGと思う。移動するコインを毎回、反対の手で取って元の手の中に握り直すというのは、手法が透けて見える気しかしない。
McClintockはこの点について、効率主義者のアメリカ人には奇妙にねじくれて見えるだろうけどヨーロピアンには気にならないよ、ただ、そのままやっちゃ駄目だからね、ちゃんと演出しなね、と仰っておられますが、うーん。


Freedom Flight
1エキストラVCA。移動してきたコインは毎回テーブルに置いてしまうので、好き嫌いあると思うが、ビジュアルさのコントラストではむしろこの方が良いかも。

ハンドリング的にはほとんどEric JonesのMirage et Troisと同じ。JonesのDVDを見たときはまったく感ずるところがなかったのですが、今回、本書で読んでみると非常に面白く、これは是非とも習得したいです。

演じるペースの違いが大きいようで、DVDでのJonesの演技やはり性急すぎだなと(*)。
そういえばMirage et TroisのクレジットにMcClintockは無かったですね。


Searched & Destroyed VAC Conquered
今度はギミックもの。ほとんど冗談のような大胆なギミックで、ユニバーサルVCAを解決する。ギミック処理方法も大胆すぎる。ちょっと僕には無理な感じ。


難易度も高くなく、比較的とっつきやすい一冊。またエキストラ0、1、ギミックと、アプローチもバラエティがあってよかったです。普段のMcClintockは変態技量ばかりが目に付くけれども、実際には技法もギミックも原理も最大限に使っていく、現象全ての人なのだなと再認識。

手持ちはこの巻で終わりですが、是非他も読みたいです。


(*) Mirage et Troisはあまりおすすめしませんが、最近見たMetal2ではずいぶんとパフォーマンス上手くなっていて、元々の変態的コイン技量とかみ合って凄まじかったです。なにより、Metal2は演じているJones自身が楽しそう。

2013年4月8日月曜日

"Knuckle Busters Vol.5" Reed McClintock




Knuckle Busters Vol.5 (Reed McClintock, 2004)



拳を粉砕する激ムズ コイン作品集。第5巻。


3作品解説。今回のテーマはイロジカル?


Men Without Hats
RamsayのThree coins in the Hatの現代版。これは出会いが悪かったというか、COINvention DVDでのDavid Neighborsによる演技が何をやってるのかさっぱりわかんなかったんだよ。悪い意味で。

これについてはDan Watkinsも、Neighborsに非はないし他のRamsay作品は愛しているが、と断りつつも、古くさい繰り返しで、レビューしようと現象を辿って書いているうちに意味がわからなくなってくる、おまけに改善の余地すら見あたらない、といった旨の事を言っている。

全く同意。本当に面倒なので現象は書きません。


Grenoble Coin Production
Vol.4のNeverland Coin Productionのバリエーション。前者が、指先で持ったコインを引っ張ると2つに分裂する現象だったのに対し、これは指先に1枚ずつ持ってたコインが2枚ずつになる現象。やっぱりむずい。


Twilight Zen
よくわからない現象。相手に銀貨を3枚持っていてもらい、もう3枚、銀貨を取り出して右手から左手へ移動現象。
観客が手を空けると銅貨が3枚になってて、演者はいつの間にか6枚の銅貨を持ってる。

まあ、されたら不思議というか、えもいわれぬ煙に巻かれた感があるとは思う。
ハンドリングは例によって豪快だが、まあ出来ないではないかな。

何かに似ているなあと思っていたのだが、思い出した。Gary KurtzのFour Fistedだ。
あちらの方がマジックとしての筋は通っているが、物量ではMcClintockといったところか。やっぱり枚数が枚数なんで、小手先の細工ではどうしようもないぜって感じは出ると思う。あとMcClintockのは、エンドクリーンとは言わないまでも、かなりオープンな状態で終われるので、不思議さは勝るかも。


今回、買ったVol.4~6の中で1番パッとしない印象で、たぶんHatの影響が大きい。1作品がVol.4のヴァリエーションなんで、実質2作品しかないというのもあろう。

ただ、最後のTwilight Zenは、始めいまいちと思っていたのだけど、書いている内にわりと好意的な評価を付けたくなってきた。意味不明だが奇妙な魅力がある。一度見てみたい現象かも。

2013年4月3日水曜日

"Knuckle Busters Vol.4" Reed McClintock







Knuckle Busters Vol.4 (Reed McClintock, 2003)



貴様の拳を粉砕してくれようか!


Reed McClintockによるコイン作品を納めた小冊子。

いやーコインの良い手順ないかなぁとか軽い気持ちで手を出して、いま、わりと後悔してる。とにかくキ○ガイじみて難しい。この巻はメインテーマ”プロダクション”で4作品を解説。

Neverland Coin Production
 両手マッスルパス必須のフィンガーチップ・プロダクション。
New World Chink-a-Chink
 手のひらの上でマトリックス。Mcclintock Twistのビデオで実演が見られるらしいが……。
No One to Four
 Curtis Kam。4枚同時に開けるロールダウンが一瞬で出来なくてはならない。
 さらに「それ両手で同時にやれば?」と言われたそうで、やったらしい。
 8枚も出して何をするのだ。
The American Dream
 まず20枚もハーフダラー持ってないです先生。


と、こんな具合。
(数で押さない時の)Mcclintockの手順は、実に素晴らしいとそれはわかっている。Trans Zeroや4 Co Proなんて、初めて見たときは度肝を抜かれたもんねえ。フラリッシュ的なハンドリングに頼らない、確固たる不可能性がある。

のだが、むずいんだよ。
2万回くらい練習すれば出来るようになる、のかなぁ……。こういうヘビィなのこそ、時間有る時にトライしておくべきであった。いまからマッスルパス位置矯正とかしんどいです。


Trans Zero :Fantasmaのダウンロード販売だったが、もう見れない。現象自体はたぶん冊子Trans-Euro Express で解説してる。誰かプロモ動画持ってたりしませんか。

4 Co Pro:Knuckle Busters Vol.1 収録らしい。Curtis KamのDVD Silveradoにて実演あり。

2013年4月1日月曜日

緑の蔵書票の一年目。分類が緑ではない話も

当ブログを開始して丁度一年なので、
総括とマジック以外の話をつらつら。


●手品本

書評55冊分あり我ながらどうかと思いました。
実際はパンフも多いのでそう大した量ではないはずですが、
そこからどれくらいレパートリーになったかと聞かれたら、
聞かなかったふりをしたくなるような費用対効果です。

まあ読み物として読んでる側面もあるので、よいのです。
ええ、よいのです。
ランキング的なモノにするとまあ以下のような感じ。

洋書:"Thinking the Impossible" Ramón Riobóo
和書:"The Amazing Sally vol.1 佐藤喜義作品集" 佐藤大輔 
冊子:"Tearing A Lady in Two" David Britland、"ブランク" タナカヒロキ

グランプリ:"Cards on the Table" Jerry Sadowitz



●ブログ的にふりかえって

もともと文章力をどうにかしたいというのが始めた動機のひとつだったわけで、
Ramón Riobóoあたりはまずまずですが、最近は長文化したり構成が定型化したりして、
それが故に筆が滞ることも多いので、本末転倒の様相を呈しはじめています。
なんで今年度はもっとざっくりとした短評指向にしたいと思います。

開設後、私の好きなマジックブログの筆者であられるきょうじゅさんからコメント頂戴したものの、
とんちんかんなツッコミをしてしまったことがしっかりログとして残ったり、
1度お会いしただけの大先輩に一瞬で身元特定されたりして、
ああ、ネットって怖いなと思いました。


マジック的に

Dani DaOrtizを生で見まして大変感銘を受けました。
あのスタンスの問題点なり、限界も同時に感じるところではありましたが、
それらさっ引いてもレベルが段違いの化物で、しかもまだ30歳ということで、
え、ほんとにそんなに若いの、
とか思ったのですがよく考えたらこれは2011年のことであり誰だ時間を吹き飛ばしたのは。

以来、外には出ておりませぬので、マジックイベント的なもので人と目を合わさず
ひたすら書を愛でている人がいてもそれは辛うじてぼくではないです。


その他

小説:
皆川博子の初期作品再選集が刊行されてしかも今後隔月で5巻を数えるとか、
短編集も文庫化に際して収録数増えるとか聞きまして、
私はいまうっかり解脱しそうなほどの法悦の極みにいます。

その皆川博子からみで西條八十の「砂金」を読みまして非常にたんびーで良かったです。
西條先生の自重しない女性遍歴「女妖」も楽しく読みました。
ファインマン先生とは別の方向で、
どう足掻いても埋まらないだろう経験値の差を感じました。

あとはディヴァインの新訳がやはり素晴らしい出来だったり、
マクロイ女史のサスペンスが面白かったりといった所でしょうか。
特に後半戦は、手品本ふくめあまり本読みに時間を割けない
読む体力が残ってない、で歯がゆいです。
読みたい本、山ほどあるんだけどなあ。


漫画:
八十八良「ウワガキ」がSFでラブコメで素敵でした。
この作者、長期連載は初と思われるのですが、
しっかり当初の予定通り(と思われる)巻数で完成していて、
アレなネタかと思ったのが実は伏線だったりなど構成も巧みでありましたが、
なによりそれら小難しいこと考えずとも、
ただただニヤニヤできるラブコメ度の高さがよかったです。
次回作にも期待。

あとは、九井諒子「竜のかわいい七つの子」の「犬谷家の一族」がミステリ好きとしては
笑い無しに読めない素敵な短編だったり、石黒正数の元アシさんだったという
つばな「第七女子会彷徨」もよかったり。二宮ひかるもちゃんと単行本が出て安心したり。



今年一番おもしろかった文章はコレ

clavisさんの時をかける少女(アニメ)評
http://clavis.info/wiki/The_Girl_Who_Leapt_Through_Time

同氏のアマガミインプレッション、アマガミssレビューもたいへん素敵でした。
文章が面白く、衒学も調査もぶち込み、んで、内容がアイオープニングであり、
もうすっかり憧れの人です。

またそれに絡んで、というわけでもないですが、
こんな映画は見ちゃいけない! の「けいおん!」評
http://d.hatena.ne.jp/otello/20120104
を読みまして、いままでぴんと来なかった「けいおん」の魅力というか、
けいおんと前述の時かけにおいて、ある種、共通な現代的キャラ造形に対して、
少しく理解が深まった気がします。


その他

4/1なので
「雑誌出します !」
「DVD撮りました !」
「Sadowitz訳したYO !」
とか考えないではなかったですが、気が付いたら、とき既に4/1で間に合うはずもなく、
特に最後のなどは自分がやられる側だったらぬか喜びも良いところであり、
場合によっては殺意すら湧くと思われたので自重しました。

来年までには何かしらユーモアも身につけておきたいところです。


どっとはらい。

2013年3月21日木曜日

"Secrets" Terri Rogers






Secrets (Terri Rogers, 1986)



マジシャンで腹話術師でトランスセクシャルのTerri Rogers初作品集。この後 More SecretsTop Secretsが出ているみたい。

Trap Door Cardの改案、Star gateに惹かれたのがそもそもRogersに興味を持ったきっかけ。
Rogersの名前は知らなくても、ブロックに通した紐にリングが貫通するBlockbusterは、そのものでなくても、親戚筋を見たことある人は多いだろうと思う。テンヨーのリングミステリーなんかも似てるね。

ああこれぞマジックと思わせる、面白い作品が多かった。マジック、っても技巧、原理、など色々あるが、Rogersは、こう、いかにもな”タネ”のあるマジック。


初っぱながカミソリ呑みだったので、パーラーメインかと思ったが、意外にカードマジックが多かった。

技法的にはTip Over Change(Switch)によるフォースだけでつまらないが、選ばれたカード以外の表が真っ白というラストが鮮やかなBlank Amazement。
Bizarre Twistのバリエーションで、2枚と1枚のアンバランス交換現象Chinese Twist。
スプレッドするたびにカードが小さくなっていく、Smaller'n That。

などなど、シンプルでわかりやすい。ギミック多いし検めNGが多いし、解法としても、必ずしも美しくはないから、個人的にはそりの合わない方向性ではある。また、いささか盛りすぎというか、「消えて、別の場所から現れて、オマケに裏の色が変わって」いたら、そりゃもう移動じゃ無くて別のカードやんっていうね。
ただ、アイディアを見るだけでも楽しいし、不要は削げば良い。Chinese Twistは、肝の原理はギミックいらないし、なによりシュリンク、ストレッチ、バニッシュと既にHarris自身によって開拓され尽くしたかと思っていたBizarreに、こんな手口もあったのねーと感心。

あと、流行だったのか、 Pop out Move系の技法が2つ解説されて、技法的な手応えもある。


カード以外では、からくり屏風を利用したウォレットや、一瞬で向きが変わる矢印など、パズルちっくな原理をマジックに仕立て上げる手際が素晴らしかった。

この後者のパターンの創作群を期待していたのだけれど、思ったより数がなくて残念。向きが変わる矢印、Pirish Compassは、他のオブジェクトと組み合わせても面白そうなので、なんとか形にしてみたいねえ。


文章はあんまり読みやすくなかったけれど、いかにもマジックまじっくしていて、好もしい創作群。目当てだったトポロジ系、パズル系が少なくって不完全燃焼だが、次への期待は薄れていない。後の巻では、BlockbusterやStar gateも解説されているらしいしー。

2013年3月19日火曜日

"Card Kinetics" David Britland





Card Kinetics (David Britland, 1988)



Britland の エラスティック関連小冊子。


タイトルは嘘で、マッチ箱やハンカチの手順も含む。
ホーンテッドデック、ライジングカード数種、飛び出るカード、飛び出す煙草、閉じる~開くマッチ箱、シルクの出現、ダンシング・ハンカチーフを収録。
ライジングは氏の別冊子Angel Card Riseからのバージョンアップも含むらしいが、そちらは持っていないのでよくわからない。
Britland氏が左利きなのか、たまに図と内容が合っていないことがあるが、まあ問題ないレベル。

使用するのは 輪ゴム、Loops(Loop elastic、自作する)、通常のエラスティックの三種。

輪ゴムを使う手順がなかなか良い。
観客にはわからない、といくらBritlandさんが仰いましょうが、動力源が丸見えなので、まじめに演じるのは無理だと思う。が、BehrのHarbert君(https://www.facebook.com/herbertrubberband)みたいなプレゼンテーションであれば問題なし。
特にホーンテッドは、手軽で、ハンドリングもシンプルであり、なかなか楽しい。

Loopsについては、Finn Jonとはいちおう別個に考案したらしい。こちらは輪ゴムものと違い、ふつーに不可思議な現象だが、そこまでぶっ飛んだ発想や構成では無く、Loopsという発明からすぐに出てくるものばかりと思う。
ただ、昨今出たLoops系のDVDやNestor HatoのDVD(のデモ)と比べても内容に遜色はない。


シンプルで使いやすい現象が、小さくパッケージングされた良冊子。
このあたりの入門用には最適と思う。

シルクについては全く知らない世界なので、へー、こんなのもあるのかという感じ。


これでエラスティック・スレッド同封だったら、文句なかったのになあ。
あいや、入ってはいたんですが、、、、、







なんか滲んでるしっ?!










まあ、仕方ないよね。怖くて開けてません。

2013年3月6日水曜日

"Card Zones" Jerry Sadowitz and Peter Duffie





 
Card Zones (Jerry Sadowitz and Peter Duffie, 2001)



イギリスのカーディシャン、Peter DuffieとJerry Sadowitzの若き情熱と妄執が詰まった初期作品集。

Alternative Card Magic (Duffie,Sadowitz,1982)
Contemporary Card Magic (Duffie,Sadowitz,1984)
Cards Hit (Sadowitz,1984)
Close-up to the Point (Duffie1984)
Inspirations (Duffie,Sadowitz,1987)

上記冊子の合本。なぜかSadowitzパートとDuffieパートに分割されている。SadowitzのCards on the Tableがたいそう素晴らしかったので期待していたがこれは駄目本。元々の作品がいまいちな上に、合本の仕方が最悪という駄目コンピレーションの見本。

まず文中で示されている図がない。
おまけに解説も間違ってる。
といった問題が散見され、本としての機能がまず十全でない。
おまけに組版が(個人的に)大不評だったMagic of Fred Robinsonと同じであり、おまけにインク滲みなどもあっていらいら。


それでも内容が面白ければ、解読の労苦も報われるのだが、作品はおよそ雑誌投稿レベル。十分に練られ、構築され、対人で試されたとは思えない。対人性能が全てとは言わないまでも、目的の見えない改案が怒濤のように押し寄せてくるとさすがに辟易する。
手順は既存現象の複合が多く、また現象を先に書かない記述スタイルが主であるため、何が起こっているのかが致命的にわかりにくかった。

特にDuffieが酷い。

Change of Departure
1枚カードをピークして覚えてもらう。$を2枚取り出す。
さらに2枚カードを選んで、抜き出してもらう。選ばれたカードを$の間に入れると消える。これを2回繰り返した後、今度は$の間に最初に覚えてもらったカードが現れる。最後に$2枚が、消えたはずのカード2枚に変化している。

もうね、書いてても意味が判らない。 いったい何がやりたいんだよ。
これの意味を通そうとすれば、演出をかなり頑張らねばいけないだろう。Duffieがそこを書いていれば、それは非常に勉強になるかもしれないのだが、残念ながら演出についての記述は殆どない。(※)


「よくわからないが不思議」なトリックも、演技時間の埋め草としては有用ではあろう。
あるいは、きちんと演じれば素晴らしい手順もあるのかも知れない。けれど比率の判らぬ玉石混淆の全てに、演出付与の労力を傾けるのはさすがに骨が折れる。 


一方のSadowitzは、Alternative Card Magic にてWhisperers、Come Togetherなどオリジナルな現象を提示するものの、全体としてはDuffieと大同小異。ただInspirations では、Double Dealという高難度の技法が頻出するかわりに、後のCards on the Tableを彷彿とさせるような、観客を心理的にも引っかける手順が散見される。

なお、Alternative Card MagicInspirationsではDuffieもなかなか面白いアイディアを出している。

なんで、「原本では図版も解説も正しいのでは」という一縷の望みと共に、Alternative Card Magic Inspirations だけ買えば良いんじゃないかな。それでハマって、さらにと言うのであれば同書を買っても良いけれど、要注意の本ということは書いておく。
演出なんていくらでも湧いてくるけど、現象は全然思いつかないという人だったら、普通に買えばよいですが。


しかしこの二人のWalton信者ぶりにはすさまじいものがある。Waltonに言及できる機会があれば決して逃さないし、Walton手順の改案では「オリジナルより優れていると思っているわけでは決してなく、あくまで個人的なハンドリングである」と断りを入れる始末。

編年体の本なので、Walton信者のカードマニアSadowitzが、Inspirationsを経て、Cards on the Tableでパフォーマーとして開花するまでの足跡とも見れるだろうか。
一方のDuffieはといえば、彼のサイトを見ればわかるが、いまも大して変わっていないようである。ノーガフ Wild Cardの構築力などは素直に脱帽ものだが、私はあまり好きなクリエイターではない。


(※)例えば2枚のカードを消す際に、1枚目のカードを探しに行く、とでも言っておけばひとまず筋は通りそうである。一文でもよい、もう少しでも演じるための記述があれば、本書の評価もがらりと変わるだろうに。

2013年2月25日月曜日

"Seeking the Bridge" John Born






Seeking the Bridge (John Born, 2012)


John Born on Memorized Deck。


前説

COINvention DVDで初めてJohn Bornを目撃したのですが、ひとりだけ半身に構え、不思議な手つきでくねくねと手品をしている変な兄ちゃんという印象がまず一番にあります。いま思うと「動作の美しさ」を重視し、それ自体を技法化しているような当世流コインマジックのはしりだったのかも知れません。
あと、なんかこう、うらなり、という単語も思い浮かびますが。

この人は一点集中型のクリエイターで、特定のプロット・プロブレムを追求し、非常にマニアックながらよく考えられた解法を提示してくれます。マニアック+物量を惜しまないので、なかなか手元に残る作品は少ないのですが、その現象はいつも極めて印象的です。

COINventionの時に彼が取り組んでいたプロブレムは Bare Handed Matrix、つまりチンカ・チンクのように手でのみ覆うマトリクスで、これはMatrix God's Way という冊子にまとめられています(実は未読)。極めて鮮やかながら、大量のシェルとフラッシュパテ(ここでのフラッシュは人肌色のという意味で決して燃えるわけではない)を使用するMatrix ReBornなど、運用が難しい作品が多いのですが、表題作のMatrix God's Wayはシェル有のベアハンドマトリクスとして完成度が高く、一つの里程標になった感があります。

次のプロブレムはACAANで、その成果は Meant To Be... という本にまとめられており、評判も高いようです(これも未読)。次はカードギャンブルの総覧としてCheating at Texas Hold'emを出版しました。これは読んだのですが、ギャンブルに明るくないのでやや退屈でした。

基本的に自費出版のようで、Matrix God's Way こそスパイラルバウンドですが、他は半革装の非常にかっこいい装丁。Cheating at Texas Hold'emの時点では内部レイアウトが追いついていませんでしたが、本作では内部もまずまず見栄え良く、かっこいい本に仕上がっています。私のPCからでは写真が青緑っぽいですが、実際は明るい青色です。



内容

本書はカードマジックオンリーで、その半分がメモライズド・デックを使った手順です。先にも行ったとおりで、Bornは現象の助けになるならいくらでも手を加えていく創作法であり、特にコインではそれが実用上の大きな枷になっていました。
本作でも、「全てのカードの裏に数字を書いていく×4デック」や、「メモライズ+特定条件のカードにパンチ(針で小さくマーキング)」、そのほかにも種々のグリンプスや、Born考案による巧妙だが使いづらいディレイド・クリンプを組み合わせるなど、複雑な物も多いです。
ただし幸いにして現象が複雑になっていくタイプではないので、それが大きな救い。今回はカードなので、手間さえ掛ければ自作可能ということもあり、敷居はそこまで高くない。いっこだけ、Aaron FisherのPanic使う手順があるけど、それくらい。
あとはMonte Cristo Deck(Master mind deck?)を使ったアイディア、ソリッドデックのアイディアくらいでしょうか。

スタック自体は限定ではなく、どのメモライズドでも可。カード当てが多く、特にピークからあてるものが主。表題になっているBridgeテクニックは、複数枚ピーク用の手法です。表題にはなっているものの、あまり目新しくはない。たしかMoeあたりが似たような趣向はやっていた気がします。
ただ全体的な洗練度と、そこからの発展具合ではやはりJohn Bornとった所でしょうか。種々のピークや、原理の利用が実に巧みです。

それよりも、初っぱなのThe Perfect Pickで使われている原理が非常に気に入りました。嘘を暴いてカードを当てる趣向なんですが、怪しいところの一切無い手順で気持ち悪い。演者は部屋の反対まで離れているし、カードを選ぶに際して、フォースも何もない。これで当てるんだから気持ち悪いです。Derren Brownあたりがやりそう。
これを利用したHammer 3 Card Monteもあるのですが、なるほどこんな使い道がと驚かされました。


後ろ半分はメモライズドではない、普通のカードトリック。がっつり準備が必要な物から、カードを真ん中に戻す時のフラリッシュ、腕時計に差し込んだカードのトランスポジション、有名手順の演出案など様々。なかでもCard in Spectator's Pocketはアウトも完備しており、メモライズドとか使わないカード屋にもおすすめです。


作品は、徹底して”技法”を排する姿勢を貫いており、個人的には非常に好感が持てました。ただ文章だったので、もともと地味なのがさらに5割り増し、といった感じでしたが。
実際にコントロールなどの気配が無い構成なので、生で見たらさぞ気持ち悪いだろうなあ。



メモライズド・デックで、さらにジャズ要素も多く、かなり敷居は高いと思います。ほとんどの手順が、畢竟、ただのカード当てなので地味でもある。一方で、いままで読んだメモライズド本では間違いなく一番おもしろかったです。まあ、肝心のAronsonがまだ未読なのですけれど……。

あと、この本は著作権ががっちがちで、TVでの演技はおろか、マニア相手のコンベンションアクトもNGみたく書いてありましたので、直接にレパートリーを探してるという方や、取り敢えず内容だけ読もうって方はお気を付けください。
映像に取られてもNGらしいんで。

2013年2月13日水曜日

"Cy Endfield's Entertaining Card Magic" Lewis Ganson




Cy Endfield's Entertaining Card Magic (Lewis Ganson, nodate)



失われたクラシックの系譜。
エンターテイメントな高難度作品集。


ちょっと変わった版を手に入れたのでまずそのあたりの話から。
興味のない方は飛ばしてください。

ここから ↓

元々はSupreme Magicから三分冊で1955-58年にかけて出版された物。著者、出版社、出版形態とも、その翌年から出るVernonのInner Card Secrets 3部作そっくりです。というか、Inner以前だった事にちょっとびっくり。絶版ですが、古本はよく出回っています。
日本でも、金沢文庫から高木重郎による訳 サイ・エンドフィールドのカードマジック があります。こちらは豪華判と普及判の二種がある模様。図版をかのTon Onosakaが書き直しているとの事です。絶版高騰となって久しいようですが、私よりひと回りくらい上の世代になると、この本に強い思い入れのある方も少なくないようで、いろいろなところで熱のこもった記事を見かけます。また、いわゆる松田道弘のリストにて最高度の三ッ星で紹介されていることもあり、知名度は低くないでしょう。
いま手に入れるなら、Lybrary.comでe-book判が最も手軽。ただLybraryなので版組は恐らくプレーンテキスト、また写真が撮り直されているとのことで、ちょっと買うのが怖いですね。

さて、私が今回入手した洋書はこれらとは別の版です。
元の三冊を合本にしたハードカバーで、同じくSupremeから出ています。Vernonで言うところのInner Card Trilogyですね。本当に三冊分をまとめただけなので、この本固有のページという物がなく、発行年すら定かではありません。別段レアという程でもなさそうですが、なぜかあまり話に上らないようで、私も実際に届くまでは単なるまとめ売りかもと疑っていました。また私のは黒のクロス装ですが、どうも青クロス装のもあるらしい、とか。

まあ洋書でいいから読みたい、ただし実体に限る、という奇特な方がいたら、バラで揃えるよりも手っ取り早いかもしれませんよーという程度の話で御座います。








ダストジャケット。青いです。

文字のフチがぼけっとしているのは、アルコールで拭いたかなにかで、青のインクが白地に滲んでいるせいで、本来の物ではないようです。












黒の布装。
背にのみ「CY ENDFIELD'S ENTERTAINING MAGIC SUPREME」と金色の箔押しが。

タイトルがちょっと変わってますが、マジック本では珍しいことではありません。
表紙のComplete Worksが、めくった扉ではAlmost Complete Worksになったりする世界です。








例の組版。文字のかすれ具合なんかも、VernonのInner Card Trilogy とおんなじです。

Gansonは名解説と言われていますが、ちょっと持って回ったようなところと、この上下ぴっちりのあまり美しくない組版のせいで、あまり良い印象がありません。

今回の買い物、Endfieldは実は抱き合わせで、本命は後ろに写っているSawa's Library of Magic vol.1 でした。ちらりとめくった感じ非常におぞましい(褒め言葉)内容でしたが、順番はしばらくまわって来そうにないです。








↑ ここまで



さてどういう本かというと、アマチュアマジシャン Cy Endfieldによるカードマジック作品集です。本職は映画監督(ただしB級)だとか。

驚いたのは、VernonのInner Secretsシリーズよりも前の発行だったことです。時間的には僅かな差ですが、物によってはInnerの収録作よりも洗練されており、現象も鮮やかと思います。当時のマジックについての認識がちょっと改まりました。

総じてクラシックの力強さにあふれており、またマレにですが実に巧妙なサトルティを混ぜてきます。ただそれらよりも特筆すべきはその難易度でしょう。あと演出とのコンビネーションも気になりました。

その極端な例として、Vol.1に収録の Blackie is with us! を紹介しましょう。

Blackie is with us!
 4枚のJを悪漢に、スペードのAを老いぼれの(けれども老練の)騎馬警官Blackieに見立てます。
「どうやらBlackieに目を付けられているらしい。ともかくやつを巻かなきゃいけない」という事で、悪漢J達は、あとで落ち合うことにしてひとまず散開。J、Aをばらばらにデックに差し込みます。しばらくしてからデックを広げてみると、Jが一カ所に集まっています、が、間にAも居ます。
くそ、もう一回だ、とデックの中に混ぜ込んでから、再び広げると今度はJだけが集まっており、 どうやらAの追跡を振り切ったようです。

やれやれ、と4人のJは一息、ところが数えてみると5枚、5人居ます。おかしい、と点呼を取ると、やはり4人しかいない。気のせいだったのか? とJは強盗の相談に戻りますが、実はAは床下に潜んで、聞き耳を立てています(Jの間に裏向きで現れる)。


まず第一の特徴は演出、ストーリーでしょう。しかも「Jが探偵で選ばれたカードを見付ける」程度のものではなく、二つ三つ異なった現象を貫いた物語になっています。

そしてもう一つ、技法です。

やりかたを書いてしまうと、前半はVernonのMultiple Shift、後半はBuckle Countという実にシンプルな技法によって成り立っています。実際には、とある巧妙なサトルティの、そのまた少し変わった使用などもされているのですが、骨子としては上述の2技法のみといっていいでしょう。

なのでこれ、マニアが見ると肝心の部分は殆どわかってしまうのですよね。だから読んでもやろうとは思わないし、そもそもこういう手順を思いつかない。特に後段は、手に持っているカードの増減繰り返しをバックルカウントのみで表現しなくてはならず、実にしんどいです。


が、そういうことを完全に無視して現象を見直すと、けっこう面白い手順じゃありませんか?

演出のおもしろさ、そして”難易度”を無視しきった構成は極めて観客本位のもの、特に一般の観客に重きを置いたものであり、それがエンターテイメントの名を冠した所以ではないかと思います。


演出については、Blackie is with us!はあくまで極端な例であり、本全体としては演出無しの手順の方が多かったりもするのですが、後者の難易度という点については、ほぼ全編を通してこの調子です。

難しいとは言いましたが、使用技法それ自体は非常にベーシックなもので、手順をなぞるだけならそうそう苦もありません。だから感触としては、そこまで高難度ではない。ただ技法を真っ正面から使うので、実際に不思議に見えるレベルに達するのは相当に困難ではないかと思います。

オールド・クラシックは概してそうですが、カードマジックの技法がまだ未分化というか、「トランプを扱う」普通の動作からあまり逸脱しないので、非常にすっきりしている反面、難易度は高いといったところでしょうか。
Cards to pocketはその最たるもの。クラシックとして名高いEndfieldのバージョンは、松田・高木の両巨頭が揃ってベストトリック選に入れる名手順です。確かに、11枚のカードが次々とポケットに移動していくこの現象、十二分な技術力で演じられたら素晴らしいとは思いますがしかしこれ難しいよ!

やってる事は単純なのですが、単純と簡単は違いますね。
良い意味で直接的で、なるほど、これはエキスパート向きだなと思いました。


なお、本全体の話をしますと、Ambitious Card、Three Cards Monteについて、かなりしっかりした記述がある一方、Aが5枚でてくる小品や、カードブーメラン、およびそれを特定の枚数目でキャッチするといったスタント色の強い物もあります。
Paragon Moveのレビューでは糞味噌に貶した”カードを使ったBook test”もありますが、Endfieldは非常に上手い形で使用しており、これなら文句もつけられません。
技法解説もSide Steal、Diagonal Palm Shift、Top Change、Double Lift、Curry Turn Overと豪華です。おまけにEndfieldタッチというのか、普遍的な手法とは少し異なったやり方が丁寧に解説されていて、ああ、これは高い支持を受けるのも納得だなと。


一方で。
かように充実した内容ではありますが、構成に難があるというか、せっかく物が良いのに、脈絡無く詰め合わせみたくなっているのが少し勿体ないです。まあ本書の成立として、雑誌に発表された作品をまとめ、技法解説を加えたという事なので、仕方ないのかも知れません。
VernonのInner Secretsでも似たような感想を覚えたので、単純に私とGansonの相性がわるいだけかも。


Endfieldのまとまった作品集は本書だけのようですし、古い映画にも食指が伸びませんから、もう本ブログでふれる事も無かろうと思いますが、しかしこれ(http://www.lybrary.com/cy-endfields-chess-set-a-19.html)はちょっと欲しいですね。