2026年3月11日水曜日

"Starting Fires 1~3" Alexander Hansford

Starting Fires 1~3 (Alexander Hansford, 2025)


Neat ReviewのAlex Hansfordによる初心者向けカードマジック単品冊子シリーズ、その最初の3巻です。

 さて初心者向きをうたう本はたびたび出ますが、成功していることはあまり多くありません。実際に多くの初心者に読ませ、フィードバックを得るということをせず、著者の頭の中に居る架空の初心者を相手にしていることが多いからでしょう。本書はどうかというと、やはりうまくいっていないように感じます。とはいえこのレビューも私の頭の中に居る架空の初心者基準によるもので、現実の初心者からフィードバックを受けたものではありませんし、そもそもNeat Reviewから冊子を買うような奴はその時点で初心者では無いかもしれませんが……。

 1冊1トリックで、前半はエッセイ、後半はトリック。この前半エッセイですが、なんと各巻共通でまったく同じ内容です。なので2冊目以降は読む必要がありません。せっかくならそれぞれのトリックに紐付いた手品の重要な側面について語って欲しかった。

 そして手順ですが、技法こそ使いませんが、ラフな構築をラフな演出でごまかす必要があったり、現象が複雑だったりして、かつそれをフォローできるほど説明が丁寧なわけでもありません。総じてマニア向きに思います。それはそれとして造本は素晴らしくかっこよくて、この点は初心者からマニアまで万人向きです。棚に一冊は欲しい。


各巻の収録トリックは以下の通り。

1巻:A Studied Display of Real or Pretended Feeling (for two)

 観客ふたりがそれぞれデックを持ち、カードを選んだ後、2つのデックを混ぜ合わせる。その状態で、観客が互いのカードを当ててしまう。

 これが飛び抜けてよく感じました。古典的なセルフワークのフォース2つを直接的に使ってしまう所はいまいちなのですが、赤青のデックが互いに混ざっていく視覚効果がすばらしく、またこの趣向が面白いかたちで現象にも寄与しています。おすすめ!


2巻:Searching, Seeing, Guessing Star Signs.

 観客がカードを選んで戻す。演者はカードを配り、観客に選んだカードのあるパケットを聞く。そのパケットを配っていってもらうが、演者がとつぜん制止すると、次のカードが観客のカード。

 技法こそ使いませんが、操作のための言い訳であることが見え透いた演出をこなさなければならず、初心者向きとはあまり思えません。非常にフェアでヒントもほぼ無く、不可能性の高いマニア殺しのカード当てとしては佳作。


3巻:One Gestural Thought Reading

 観客に少枚数のカードを取って数えてもらい、それに基づいてカードを選んでもらう。その後、デックの上のカードを見ていくが、それによって観客のカードが徐々に明らかになっていく。最後にデックを広げると、選ばれたカードがひっくり返っている。

 パケットを取って秘密の数字を……という例のあれを使うのと、現象の構成がちょっとややこしいのとで一番いまいちに感じる。例によって演出もちょっと難しい。


 技法こそ使いませんが難易度は高く、解説も一面的で、あんまり初心者向きには感じません。また前述の通りトリック以外は共通の内容なので、通して読む意味もあまりないです。欲しいトリックの巻だけ買えばいいでしょう。私としては、某フォースが許容できるなら1、不可能性の高いストップトリックが欲しいなら2がおすすめです。

2026年2月22日日曜日

"Evidence of a Well Spent Life" Helge Thun

 Evidence of a Well Spent Life (Helge Thun, 2026)


Helge Thunはかつてのドイツ若手マジシャン・グループFlicking Fingersの一人。同グループが出したDVDThe Movieは遊び心にあふれた面白映像で超おすすめです。ただ同作中でのHelgeの影は薄く、私はあまり記憶にありませんでした。

本書はそのHelge Thunのカード・マジック作品集。とても面白い本でしたが、先に減点要素を書いておきましょう。氏の手順は古く、手順構成も洗練されていません。本書はシンプルな手順から始まるのですが、それは氏が30年以上前(1990頃)から用いてるもの。他の手順もおおむね似たような感じです。もちろん20年30年現場で使い続け、更新され続けてきた強みもあるものの、芯の古さがある。全体的に手順構築もよくなくて、なんの必然性もなくデックを持ち直してトップ・パームしたり、ダブル・アンダー・カットしたりします。そういう意味では完成度が低い。

問題点については言い終えたので、あとは褒めるだけです。本書は本当に面白く、おすすめの本です。Helge独自の趣向がふたつあり、どちらも本書を特別なものにしています。

まずは本書の目玉、サインの複製原理。これがもう目からうろこでした。使い方に制限は多いのですが、極めて自然な流れでサインカードのデュプリケートができてしまいます。90年代後半に思いついたとのことですが、そのときですら「何で誰も思いついてなかったんだろ?」と思ったそうです。そこから30年近く経った今でもThun本人しかやってなさそうな所を見ても、本当に盲点の発見でしょう。さらにおまけとして、もうひとつ別のサイン複製原理も解説されています。こちらはサインの複製方法として誰もが一度は考え、けれど無理すぎて放棄していたような手段を、現象構成によって実用に耐えうる物に仕上げています。こちらの手腕も素敵。

もうひとつの特徴が演技スタイルです。Helgeの演技環境は「観客席が演者を囲んでいる。客席は段になっていて徐々に高くなっていき、収容数は60~100人。雰囲気はステージ、距離はパーラー、現象はクロースも成立する」という小劇場。そういった環境で演じるプロとしての嗜好が、手順に強烈に反映されています。手順は主にマルチプル・セレクション、観客にサインしてもらい、何度もインポシブルロケーション現象が起こります。3枚カードを見つけたあと、戻して第2ラウンドが始まったりする。ご本人がいみじくも「カードでカップ&ボールのような手順をやりたい」と言語化していますが、こういった長手順はなかなか他で見ません。観客とのやりとりについてのアドバイスも非常によい。

面白い本でした。世にあふれる手品本とは一線を画す内容で、おすすめ。

2026年1月17日土曜日

"Discernment" Brandon Bell

Discernment (Brandon Bell, 2024)

元々はFun Ways to Pry Open Your Soul: And other assorted ways to pass the time(2006)という本に収録されていたそうです。収録作をアップデートして単売していくシリーズの一作とのことで、Secrets of Dr. Deeというところで売っていました。

販売サイトには現象の具体的記述もないんですが、「Open Prediction(公開予言)で、あまり使われてないカード技法を使っている」というのに惹かれ、安かったので買いました。あんまり良くはなかったです。「あまり使われてないカード技法(technique)」とあり、前書きにも「半ば忘れられたカード技法をユニークな方法で使ってるぜ」と書いてあってちょっと期待したのですが、これがまあ割と嘘。この手順はTed LesleyのKismit Connectionをトランプじゃない素材でやってて、そこらの転換はともかく、使い方はLesleyそのままなんで別にユニークではない。それにLesleyの作品を知ってる人には分かると思いますが、あの手法をtechniqueと言うかというと……。しっかりクレジットを書いてるのは偉いのですけれど。


現象も、どうにも説明のしにくいもの。過去の名作にオリジナル要素を入れ込もうとして、筋立てやテンポが変になっているように思います。単売にあたって追加アイディアとかも色々書いてくれてるんだが、それらも面白いはおもしろいんだが、やりたいことを詰め込もうとしてるだけで、かならずしも噛み合ってない。

ただオリジナル部分は悪くないです。観客に紙片を配って簡単な絵を書いてもらい、集めて、その中から1つを覚えてもらうのですが、これを当てることができる。Lesleyの原案から素材を変え、それ故に可能になるいくつかの策略によって、見た目のフェアさや現象の自然さがかなり変わっています。

「カード技法」に期待しちゃいけないし、現象全体もおすすめはしないけれども、それなりの人数の観客がいる場で、なるべくオーガニックな道具立てで、相手の思い浮かべた物を当てたい、ドローイング・デュプリケーションしたい、というような目的であれば悪くない選択肢だと思います。