Performing Magic (Tony Middleton, 2011)
鳴り物入りで登場した演技論の本。Paul Daniels、David Berglasが前書きを書いており、他にもKevin James、David Stoneなどなどそうそうたるメンツが推薦文を書いている。
演技におけるキャラクターの作り方から始まり、手品の採択の問題やステージング、リハーサルの仕方まで網羅している。内容は詳細で、どちらかというとクロースアップを想定している感じ。
うーん、長くなりそうだから結論から先に言おう。
決して悪い本とは思わないが、これ読むならこっちを読め、という上位版が厳然として存在するので、本書はあまり勧められない。
ちなみに、Robert Cohenの Acting One がそれ。
取り敢えず読め。
さて以下に評の詳細を書くが、長い上に独断に満ちているので、お急ぎの方は読まなくてもよろしおす。
さて、マジックには産業的な基準が無い、という著者の主張は確かにそのとおりと思う。実際、趣味や興味から初めてそのまま、って人がほとんどで、マジック養成所のような施設があるわけでもないし、格付けが成立するほどの市場も形成されていないのが現実。舞台での立ち方や喋り方なんて気にしたことも無い、というのがプロでもごろごろ居る(らしい)。
もちろん演技論の本は色々ある。Fitzkee、Brown、Weberくらいはうちにもあるし、演技論の本では無いがWonderなども素晴らしく面白い。しかしそれらは個人的な経験知に基づいたものであって、言うてもせいぜい数十年やそこらの知恵。作者と談話するような面白さはあっても、体系的な知とは違う。
ないものは余所から借りるしか有るまい。本書最大の眼目は、英米の長い演劇史で培われてきた”演技”の技術と理論をマジックに適用する事。理論やノウハウは、歴史と関わった人の数とである程度まで決まる。当たり前の話だが、演じることにかけてはマジックなど演劇の足元にも及ぶまいよ。
おまけに日本ときたら、その演劇さえつい先頃まで様式美の世界だったわけで、それはそれでいいとしても、現実に即した演技という意味ではインフラが全然整っていない。テレビでは素人目にも大根のアイドルが主演をやってたりするわけで、演技に対する意識も低いとくる。
演技の方法論を学ぶことの重要性はいや増すというもの。
少し話が逸れた。
本書だが、演じること、演技人格とは何か、演技人格の作り方、といったあたりは他のマジック理論書ではあまり見られない箇所であり、世評も高い。後述の理由で、個人的にはさほど感銘を受けなかったのだが、確かに有益な本であろう。
ただIan Keableは口を極めて酷評している。
(参考:http://iankeable.blogspot.co.uk/2012_04_01_archive.html)
Keableの書評は吐き気がしてくるくらい冗長だし、やり口もけっこう汚らしいのだけれど、決して的外れではない。Keableがねちねちと8000語もかけてあげつらったことを、僕が読んだ範囲で要約すると、
『例示が極端に少なく、理論の間にも齟齬がある』
例を多く上げよというのはKeableの好みの問題としても、その少ない例示がそれまでの理論とあまり合致しておらず、さほど良い手順とも思えなかったのは、確かにちょっと気にかかっていた。
これはたぶん、Middletonが演劇の学校で学んだことを、学んで、まだ体得してはいないことを、本にしたからではないかなと思う。外からの知識であるため、所々で断面が合わず、全体像が少しく歪んでしまっているのだと思う。
なので、芯が通っていない印象はある。”Middletonの演技論”ではなく、”Middletonによる既存の演技論紹介”という内容と思えば良いだろうか。
Keableの言うとおりの齟齬はあるにしろ、Middletonの目的は経験知に左右されない客観的な方法論の輸入なのだから、当人が部分的に消化し切れていなくても、まあそれはいいだろう。高校の数学教師が、科目範囲を完全に理解し相互関係を熟知できていなくても仕方ないのと同じ事だ。
本書の内容、それ自体は決して悪くはないと思う。
ただ、”方法論の輸入”という意味では、Middletonは決して上手くやれては居ない。
それはもう単純な話で、それこそ彼の経験不足。個人的な見解ではなく客観的な手法論である以上、ある程度の客観的な評価ができてしまう。
どういうことかっていうと。マジックの方法論、あるいは作品集であれば、けっきょくそれぞれが個人的な物なので、じゃあBannon読んだらHartmanは読まなくて良いよ、みたいな事にはならない。
しかし例えば、先の例のように数学で言えば、その本質が外部に体系として存在するが故に、良い教科書と悪い教科書というのが存在する。餅は餅屋。Middletonは確かに演劇で修士号を取ったインテリかも知れないが、しかし演劇学校で何十年も教鞭をとってきた、教えることを熟知している演劇指導の教授では無い。
僕も演劇の本なんて一冊しか読んでいないのだが、それでもRobert CohenのActing Oneは本当に面白く、有益であった。演技の基礎を築き、徐々に技術を組み立てていく。“教え方”それ自体が、当たり前の話だが、体系的であり洗練されている。
これにくらべれば、Middletonは、せいぜい面白そうな所を抜き書きしているだけ。体系も何もあったものではない。
そういう訳で、本書は勧められない。ちょっと悪口が過ぎた気もするが、Middletonが”体系化”された手法の導入を試みたのだから、その体系に則り、どうしても彼の本を高く評価する事はできない。
なおMiddltonが助手(たぶんディレクター兼任)として出ていたPen and Teller Fools usのChris Dugdale回は、ちょっと凄かったのでお勧め。今後のMiddletonには期待。
追:日本人は演技下手だという話だが、それは西洋の感情的な演技を真似しようとして、薄っぺらになっているだけかも、とは思わなくもない。たまにドラマや映画を見ると、そんな場面で、そういう反応するかなあ、みたいな感想を覚える事がしばしばある。
声を上げ身をよじるより、黙して語らない方が日本人らしい、というのは古い考えではあるかも知れないが。
ちょっとアルコールが入った振りをして、DaOrtizじみた演技をしたこともあるが、あれも自分には不自然だったかもなあ。
藤田まことの刑事役の演技とかも嫌いでは無いので、そういった方向性も考えていきたいなとか考えている。
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