Symmetry, Parity and the Chimera Deck (Ben Harris, 2023)
Ben Harrisというクリエイターに対する私の評価はあまり高くない。アイディア自体は面白いものもあるが、詰めが甘かったり、ちょっと実演には耐えられなさそうだったりと、作品として見たときの完成度が低い印象がある。氏は古くから精力的に作品を発表しており、私がいちばん手品をしていた時期にもSilent Runningが話題をさらっていた。あまりに評判だったので私も買ったが、正直なところ実用できるようには思えなかった。少なくとも、観客から見て、著者の言うような現象になるようには思えなかった。
本作はスベンガリ・デックの可能性を拡張するという触れ込みで、Vanishing Inc.と組み、100ページ程度のハードカバー本に3種類のギミックデックが付属し、美しい箱に収められた豪華なセットである。主眼は二つで、ひとつは「観客がスベンガリ・デックを混ぜる」、もうひとつが「スベンガリ・デックの拡張」である。
第一の点「観客がスベンガリ・デックを混ぜる」だが、これがまずイマイチだ。先例がありそうな手法だが、それはまあ、私もこの場ですぐ名前を挙げられないから不問にするとしても、演出との食い合わせが微妙に悪い。「観客がスベンガリ・デックを混ぜる」以上、完全に自由とはいかず、そういった場合は不自由さをどのように不可視化するかが重要だ。演出が不適切だと「自由に混ぜる」と言いながらもその不自由さが際立ってしまう。残念ながらHarrisがこの点に気を使っているようには見えない。
もう一つはデックの拡張性である。付属の三つのデックParity Deck、Chimera Deck、Imagination Deckはこちらに属する。Chimera Deckを使った手順が特によく、観客が気を抜いた一瞬のうちに、畳みかけるようにデックとカードの色が変わっていくデックスイッチ・デモンストレーションは現象も演出も楽しい。しかしデックの拡張性を探ると言いながらも、その範囲はスベンガリ・デックにとどまっていて、ディスプレイにはしばしば無理があり、とてもそのまま演じる気にはなれない。ストリッパーやラフ&スムースなど他の原理を組み合わせれば、いくらでも改善できたろうに。
悪い本ではないが、本の造りや著者・編者の言葉と実態がかみ合っていない。著者がそういう人なのは仕方ないにしても、編者はもう少しフィードバックのしようがあったのではないか。近年、意欲的なストリッパー・デック研究本A New Angleや、Multi-effect Deckを再考するBerhの手順や(未読ではあるが)Hedanの著作があるなかで、本書の完成度はどうしても見劣りする。
悪い本ではない。アイディアは面白く、付属のギャフ・デックも触って楽しい。しかしアイディアにしろ手順にしろ、考え抜かれているとは言えず、非常に物足りなさを覚える。そこを理解した上で、アイディアとギミックデックのセットとして手に取るのなら、悪い本ではない。個人的にChimera Deckの手順はぜひブラッシュアップして演じたいくらい魅力的だったし、Parity Deckも頭のいい人なら色々と悪用ができそうに思う。
なお箱に書かれてあるタイトルがSymmetry, Parity and the Chimera Deckで、入ってる本のタイトルはSymmetry and Parityで、入ってるデックはParity Deck、Chimera Deck、Imagination Deckで、なんかそのへんもチグハグである。
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