2012年11月29日木曜日

"Card College volume 5" Roberto Giobbi





Card College volume 5 (Roberto Giobbi, 2003)



碩学 Giobbi の開催するカードカレッジ最終巻。



このシリーズ、邦語版も4巻までは出ているのだが、最後の1冊は現在でも未訳のままである。日本語版の4巻刊行が2007年、これだけ待っても出ないのだから、たぶんもう出ることはないのだろう。リファレンスなどにも良く使用され、読み返す事の多いシリーズなので、できれば日本語がよかったのだが仕方ない。あきらめて英語版を購入した。

少々さかのぼって、カードカレッジそのものの紹介から始める。
著者のRoberto Giobbiはカードを得意とするプロのマジシャンであり、怖ろしいまでの勉強家としても有名である。多言語国家スイスの生まれ、マジシャンになる前は翻訳家をしていたというその技能を現職でも存分に活用し、有名無名の種々書籍はもちろんのこと、マジックの定期刊行誌も5~6ヶ国分は購読しているというからとんでもない。

そのGiobbiがカード大学の名で展開したのがこの一連のシリーズ。本編 全5巻と、セルフワーキングのみで構成されたライト・シリーズ全3巻の計8巻からなっている。
本編は、そもそものカードの持ち方、配り方、めくり方から始まり、シャッフル、ダブルリフト、パーム、カルから、果てはGreenのAngle Separationのようなマニアックな所まで押さえている。マニアックとはいえ、Krenzelの謎技法(Two Card Fan Lift Switch Reversal Palmとか)のようなものはなく、どれも使いどころは広い。ある一定区分の技法毎に章分けされており、章末にはその技法を使ったトリックがそれぞれ2、3品解説されているのが普通だ。
この本の内容をマスターすれば、それだけで世界のカードマジシャン上位20%に入れるというふれこみであり、その謳い文句がおそらく正しいという、とんでもないシリーズである。

かくも凄い本ではあるが、決して無条件に薦められる本ではない。目的が目的だから仕方ないのだが、殆どが技法の解説に費やされていてトリックはごく少なく、特に一巻のみだとその傾向は顕著である。カードカレッジだけからカードマジックが出来るようになるかというと、個人的には少しく疑問だ。比喩としてあまり適切でないかもしれないが、文法書だけでは外国語の小説が読めるようにならないのに似ている。
5巻を買ったのには、その間隙がこの巻をもって埋まるのかな、という興味もあった。

なにせ5巻は趣をがらりと変えて、その殆どがトリックの解説に費やされている。
解説されるのは34品のカードトリック。このために構成された物では無く、Giobbiのレパートリーからというのも期待が持てる。


結論から言うと非常に疲れた。
文字が小さいうえに、詳細なハンドリング解説も全手順でとなると流石に辛くなってくる。それぞれのトリックで焦点となる”コンセプト”だけを詳細に説明してくれれば、あとは勝手に応用するのだけれど。あるいは、単純な解説の後に、詳細な解説、という二段構えでもいい。全体像が見えないまま手順を微に入り細に入りやっていると、なにをやっていたのだか見失ってしまうし、手順を思い出したくても再読がしんどい。
ただしこれらについては、自分の語学力の問題もある。

もう少し本質的なところで問題と思うのは、トリックの全てがとんでもなくGiobbiタッチであり、かつそれぞれの完成度が高い点だ。Giobbiは一見するとクラシック主義、オーソドックスで美しいハンドリングなのだが、優等生のようにみえて実際は非常に個性的であると思った。
別所で読んだが「デックは可能な限り手から放しておく」というのが氏のルールとしてあり、同様に演技中に使う個別のカードもテーブル上に置くのを好む。スイッチはトップチェンジが多く、カウントよりもフォールスディール。
ここまでくれば判ると思うが、いまどき流行のマジックとはハンドリングの基底にある概念がかなり異なるし、難しい。単純に技術的な面もそうだが、これを平然と行うタイミングを作り出すのが大変だろう。
また微に入り細をうがつ説明によって、かえって手順に手の加えようが無く、息苦しい。

むろん、内容自体は一級品だ。
即席からしっかりした4A手順、メンタルにギャンブル、また最終章ではカラーチェンジングデックやルポール封筒も扱う。プロダクションやキッカーエンディングとして4Aの出現頻度がけっこう高いので、できれば4Aメインの手順がもう少し欲しい所ではあるが、総合的には実にヴァラエティに富んでいるし、スライト物から数理ものまでアプローチも幅広い。
ただしどれもGiobbiタッチ。

特に面白かった物を挙げよう。
・Knowledgeble Card, Coalaces Hofzinser Problemに基づいた2手順。どちらもあまり見かけない解法。一つはAがテーブルからほとんど離れない。もう一つはA4枚が1枚の選ばれたカードに変化する。
・Study for Four Aces 松田道弘べた褒めのChrist's Aces。確かに美しい。ただこれやGemini Twinsの改案なんかは、Bannonの方がより面白かった印象。
・The History of Playing Cards これは何というかちょっと凄い秘密だった。Giobbiならではというか、残念ながら日本語では出来ないが、うんちくとしても面白い。
・Fantasist at the Card Table 壮大なギャンブルデモ。さまざまなゲームでデモを行い、かつわかりやすい。手順が統一されていて簡単なのも良い。
・Happy Birthday Card Trick ハッピーバースデーを唄うとカードが出てくる。手法だけ見ると単なるスペリングトリックだが、こういうのを咄嗟に使えたらかっこいいだろうなあ。
・A Cardman's Humor 最終章が咄嗟の台詞やジョーク集になっている。文化に依存しない物を選考したとのこと。さすがに文法から違うとなかなか難しいが、"The cards are normal, but the magician is not"とか格好良すぎる。使う場所が無いが(笑


さてつまるところ、Giobbi個人の作品集なのだ、これは。
カードマジック事典後半のような、これまで学んだ技巧の発揮の場としての傑作集・素材集ではない。講義はまだ続いていて、いやむしろ基礎講座が終わってようやく、今度こそGiobbi先生の独演会が始まった感がある。
Giobbiの手順や構成に興味のある人は、買えばよいけれども、単純にカードマジックを、というのであればもっともっと刺激的な選択肢は他にある。Giobbiは比類無き知識の人であり、熟達した技巧と構築の人ではあるが、奇想の人では無い。
東京堂がこれを訳さなかった気持ちも、わからないではない。

また(一応)5巻で完結のはずなので、最後にひとつ結びの文句でもほしかったが、そういうのもなかったのでなあ。ざんねん。

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