2012年7月30日月曜日

"Thinking the Impossible" Ramón Riobóo





Thinking the Impossible (Ramón Riobóo, 2012)



先頃発売されたスペインのマニア Ramón Riobóoの初英語作品集。


いや、これは酷い本だ。
よくもまあHermeticはこれを出したものと思う。


皆さん、本書は読まなくていい。









だって本当に酷いんだ。
酷いんだよ。
こんな手品されたら、追えるわけがなかろうよ。


『ひっかけられるのが怖いなら、Ramónには会わない方がいい』とHermeticの惹句にもあるが、ここまでとは思わなかった。生で見たら、不思議も度を過ぎて怖いレベル。


残念なことに本書への興味を失わなかった人のために、改めて。


Ramón Riobóoはスペインのマニア。
単発ではSteve BeamのSemi Automatic Card Tricksにちらほら出ていたらしいが、あの分厚くていつまでも新刊が出続けるシリーズを追ってる人は、あまりいないだろうから、無名の新人といってもいいだろう。
(一応、TamarizのMnemonicaにも作品があるが、あの分量の中からピンポイントでこの人の名前が引っかかっている人もそうそういるまい。)

さて新人というのは、決して比喩表現ではない。写真で見るとなかなかご高齢だが、前書きなどから察するに、この本の刊行時(西語版2002年)のマジック歴は10年かそこらのはず。本を出すレベルのマジシャンとしては本当に若手の部類である。
元のお仕事を50歳で退職した後にマジックを始めたらしく、その経歴が、本書を形成する一種独特なトリックの構成にも深く関わってくる。


本書の収録作品は、いわゆるセミ・オートマティックなカードマジック。
セルフワーキングとは違って、いくつかの技法や操作を必要とするものの、トリックの骨子は”原理”によって成り立っている作品群である。

Riobóoの作品は、セルフワークと聞いて思い浮かべるような煩雑さは皆無で、トリックの外観は非常に簡潔にまとめられている。まあスペリングこそ多用されるものの、そこには意味がちゃんと感じられる。ひたすらダウンアンダーをしたり、配りなおしたりという、現象の要請のために延々と操作させられるあの嫌な感じは全くない。

あまり意味のないような動作や、最初に言った約束・制限を破るような干渉もあるが、それは全体像をシンプルにする方向に働いており、客側から見ても違和感はないだろう。


基調として、観客がシャッフルした状態から行うものが多く、場合によっては殆どを観客が操作する。現象はカードあてが殆どになってしまうが、いわゆるロケーションからマインドリードまで、いろいろ。スペリング、および複数の観客(2~5)が必要なトリックが多く、その点では自分の環境には合わなかった。
プレゼンや動作の意味について詳述しているのも特徴で、デュプリケートを使ったCard to the Boxという、マニア的には”逃げ”にしか思えない解法も、ここまで構成や狙いが書いてあると、やってみたい気になる。

作品は、要求事項によって大きく5つに別れており、以下の通り。
『完全な即席:21』
『ちょっとしたセットアップ:2』
『メモライズドおよびフルスタック:5』
『デュプリケートやギミック:7』
『Treated Card:4』
Treatedっていうのは、粘着性のしかけを施したカードを指している。


ともかく、演者が”必要なこと”以外何もしていないように見えるのが、実に好み。

Finnelly Found
 カードを広げていって、観客Aに1枚を覚えてもらう。
 覚えたカードが含まれているだろうブロックをAに渡し、
 覚えたカードを抜き出して他の人にも見せてもらう。
 演者は手元に残ったカードを、別の観客Bに渡し、混ぜてもらう。
 Bが適当な枚数をカットして出した上に、Aは覚えたカードを戻す。
 Aは手元の残りのカードを混ぜ、適当な枚数をカットして覚えたカードの上に載せる。
 A,Bの手元に残っているカードを集め、それも重ねてしまう。

これで、Aの覚えたカードが任意の枚数目にコントロールできると言ったら、君は信じるかね?
DaOrtizの数字のフォースを使ったCAANに繋げてもいいな。


Cardini Plus
 5枚ずつの手を3つ配り、1つ選んで、好きなカードを覚えてもらう。
 そのカードを、観客自身がデックに戻して混ぜる。
 その後、演者も簡単に混ぜ、観客に渡す。
 観客が自分の"心の中だけで決めたカード"のスペル分、配ると、
 その枚数目から覚えたカードが出てくる。

 これ、観客は、ほんとうに心の中で決めただけなんだ……。
 スペリングが難しい言語なのが悔しい。




ともかくすごい本だった。
わざわざ洋書など読むくらいになると、好みも狭くなり、一冊に1~2個も当たりがあればいい方だが、本書ではすぐにレパートリーに入れたいものだけで3~4個、機会があったら演じてみたいと思う物を含めれば8~10個もあった。
できれば、みんな買わないで欲しいんだけどなあ。

なお、どれも演技はとても難しいと思う。こんな不可能状況でもってカードを当てたら、絶対どや顔してしまいそう。演じ方によってはめちゃくちゃ鼻持ちならないマジシャンになって、またぞろ『マジックを見ると腹が立つ』人口を増加させてしまいかねないので取り扱いには細心の注意を要するだろう。


しかし。Ascanio、Carroll、Tamariz、DaOrtiz、Piedrahita、そしてRamón Riobóo。スペインってのは、いったいどんな人外魔境なのか。あな怖ろしや。

2012年7月19日木曜日

"The Lost Cheesy Notebooks 1" Chad Long





The Lost Cheesy Notebooks Volume One (Chad Long, 1994)



Chad Longのレクチャーノートその1。
4 Coins 1 Hand というトンデモなMatrixをやりたいがためにDVD3を購入し、ついでにノートもまとめ買いした。



内容は、トランプ、ペン、コイン、コインボックス、マッチ、指輪と実にヴァラエティに富んでいる。

Back & Forthは、売りネタのNow Look Hereとたぶん同一。カードを選んで戻した後、トップをめくると「ポケットの中を見ろ」と書かれたカード。ポケットの中を見るとカードが一枚あり、そこには「テーブルの上のカードを見ろ」。そしてテーブルの上のカードをめくると……。


Card Under Drink。一人目のカードがコップの下に現れ、二人目のカードはさらに一人目のカードの下から現れるという物。ただし正確を期すと、一人目二人目と連続して出来るわけじゃなく、1回目の後、別のトリックをいくつかはさみ、それから2回目を行う構成。


トランプ二種はどちらも前準備が必要だが、視覚的にわかりやすく面白い。


X-tracting 4はコインボックス手順。この人は本当にコインボックスが好きらしく、DVDでもコインボックスを絡めたMatrixなど色々奇体な事をやっている。
X-tracting 4では、コイン4枚をボックスに入れた後で1枚ずつ抜き出していくのだが、たとえばRothがやりそうな、1枚抜いた後ボックスを開けて中が3枚になっているのを見せる、というような事はしない。ボックスは一度フタが閉じられたら、あとは最後に空になっているのを見せるまでそのままである。



マッチが箱側面に触れた瞬間に発火するInsta-Matchは、ある有名な技法の応用で実に感心したのだが、元の技法がどうしてかできなかった。おかしい、昔は出来たはずなのに。マッチなど使う機会はないと判っていても、面白いので練習中。


雑多な現象が詰め込まれている。どれも視覚効果が高く、現象が早くて、実用向きと思う。ゲットレディが組み込まれておらず、ある意味で構成は雑。それを十二分に隠せる技量やスピードを持ったエキスパート向きという印象。具体的に言うと、トリプルリフトのゲットレディや、4枚のコインのうち2枚をクラシックパームし、残りを反対の手に渡す、といった事がさらっと出来る人向き。

Cheesyっていうのは、趣味が悪い、よれよれの、つまらない、という意味だが内容は全然そんなことはない。うん、内容『は』ね。
外見、つまりノートとしては粗悪の部類。レイアウトは良いのだけれど、印刷が悪く、紙が柔らかいせいでとても読みづらい。せめて表紙だけでも厚紙にしてくれたらと思うのだが……。

2012年7月17日火曜日

"Equinox" David Britland






Equinox (David Britland, 1984)



David Britlandの個人作品集第三弾(たぶん)。


カードマジックメインの作品集ではこれが最後の一冊(たぶん)。




アイディア勝負で、未完成作品さえ載っけていた前二冊Dackade Cardopolis から較べると、良くも悪くもずいぶんと落ち着いた印象。


前半はいまひとつ面白くなかったのだが、Mexican Turnoverからおもしろくなってきた。実際にはMexican Turnoverというか、BoTop Changeに近い技法。以前、別の名前で見た気もするんだが思い出せないなあ。
作例の手順が3つあり、3つとも使用技法は同じながら、表現される現象・効果が異なっていて、改めてBritlandの頭の良さを感じた。


特に、Hofzinser AcesのヴァリエーションAustrian Acesは、実用手順としても十二分に通じる完成度。ちょっと解説が粗く、アディションの手法やカードの順番を整える手法は読者にお任せ、だったりするが、Aの並びは気にしなくてよいし、デックとの接触もなく綺麗。Twist現象は省かれているが、個人的にはすっきりしていてよいと思う。


あとこの巻はギャンブルものが多め。日本では文化的コンテクストがないこともあり、あまり好みのジャンルでもないのだが、この巻で一番面白かったのはこの章のTwo Stepというギャンブルもの。K4枚A1枚が、一瞬でA4枚K1枚に変わるクライマックスも派手でよいが、それよりなにより自分の手にだけ1枚多く配る策略がとびぬけて卑怯。
盲点とか凄い発想というわけでは全然ないのだが、自分でやってても騙されて気持ち悪い。


珍しくコインも2種類入ってる。カードはギミック使わないのに、こちらは基本ギミック。コインズアクロスと、銅銀トランスポ。後者は最後に2枚ともチャイニーズになるクライマックス付き。
ギミックを有効に使い、手順を簡易化するのはすごく良いと思うのだが、簡易化の果てに残った”唯一使う技法”っていうのがPalm Changeで、個人的にこれ凄く苦手なのだよ。構造的欠陥のある技法というか、少なくとも自分はいくら練習しても上達する気がしない。そんなわけで、この章の作品は読むだけで、実物では追っておりません。


総論。
やっぱり面白かったなBritlandは。技法の効果を引き出すのがうまい。いつかまとめ本が出たら嬉しいのだが、これ以降はPsycho-mancy があるくらいで殆ど作品は世に出ていないみたい。
マジック界隈にはずっと居て、Chan CanastaやDavid Berglasの本を書いたり、EMCに参加したり、たまにブログで作品発表したりはしているみたいだが、なんとなく作品集は出なさそうだなあ。残念。

ともあれBritlandはこれにて終了。
ライジングカードとホーンテッドデックの単品解説冊子があるが、今のところ手に取る予定は無い。

本書は実体本を買ったのだが、60頁ながらハードカバー。裸に剥く、もといダストジャケットを取ると、布装箔押しでとてもかっちょいい。

2012年7月12日木曜日

"Close-up Illusions" Gary Ouellet






Close-up Illusions (Gary Ouellet,1990)


Silver Passageなどの冊子で有名なGary Ouelletの、唯一まとまった本。本書の最後では、次の本にも触れているのだが、それが形になることはなかった。
Silver Passageの別エンディング、Finger on the Cardのバージョンアップ版、詩的なワンコイン手順Silver Dustなどを収録。また数々のカード・コイン・スポンジ・シンブルの技法や、マジック理論、ちょっとしたヒント集などが納められている。

さて、世評も高く、また演技動画が実にすばらしかったので、とても期待していたのだが、うーんいまひとつ。


おもしろい本だが良い本ではないなぁ。


いろいろと悪い所はあるのだが、順番にいこう。

1・手順がほとんど無い。
2・あまり情報価値のない記述が多い。
3・過去作への言及が多い。
4・記述が前後する。
5・マイクって誰だよ。


1・手順がほとんど無い。
のは実に残念。解説内容のほとんどは技法で、しかも改案形が多い。
Krenzelのような、これ何処に使うねんってオリジナル技法も、それはそれで困るのだけれど、フレンチドロップのヴァリエーション、各種カウントのビドルグリップ版、など地味すぎるのばかりでもなあ。しかも改良か個人的な好み(Personal Touch)か微妙なラインの物も多い。
手順もいくつかあるにはあるが、かなり肉を削ぎ落としたタイプがほとんど。
シンプルなのは悪くないが、事前に知っていた手順がSilver Dust、Silver Passageと、魔法的な意味づけに凝った作品ばかりで、そういうのを非常に期待して手に取ったので余計に残念だった。


2・あまり情報価値のない記述が多い。
この技法はいい技法だとか、単売するべきとも言われたがここで発表するとか、誰々とどこどこに居るときに思いついて云々、というのは背景としては面白いのだけれどあんまり多いとちょっと退屈。同じ成立背景なら、技法の狙いや目的にも、もう少し紙を割いて欲しかったなあ。


3・過去作への言及が多い。
単品冊子として発売されているSilver Passage、Finger on the Cardの追加や別手法が書かれてるのだが、変更部分だけで肝心の手順は一切解説されてない。つまり単売冊子を持っていることが前提、という本。なのでこれ一冊だけではいかんともしがたい。うーん。気持ちはわかるのだが不親切。


4・記述が前後する。
解説などにおいて『ここでxxx Change(この章の最初で解説した)を使い、次にyyy Switch(この章の最後で解説する)を使う』みたいな事をよくする。
前者はともかく後者はちょっといただけない。


5・マイクって誰だよ。
『この技法はマイケル・ギャロが父ルー・ギャロと共に開発した物でアポカリプスの××号に掲載された(マイケル・アマーその他が実にうまく演じる)。初めてマイケルがこの技法を見せてくれたのはFFFFの会場で』
 うん、見せてくれたのはどっちのマイケル?
まあこれはあえて章立てするほどでもないのだが、ちょっと面白かったので。


なお、既存技法の自己流版、過去の発表作への追加、だけでなく、ヒント集、マジック理論、演技論なども書かれている。いままで見た中でよくなかったレクチャーの例や、レクチャーをする際の方法論、オリジナルやクレジット問題(でのいざこざ)などの章では、その筆致ににじみ出る怒りを感じた。


 またClassic Palmは一部の選ばれた人だけのもので、たいてい不格好。本書では使わない。代わりにFinger Palmだけ使う。French Dropは全然不思議に見えない。アードネスは面白いが古文だから初級者に勧めるとかやめろ、とかいろいろ過激っぽい発言もある。

また、ないがしろにされやすいが超難しいんだぞ、とフェイクパスの解説を詳細にしたりするあたり、ちゃんとしたコンセプトの入門書とか書いて欲しかったなあ。


 上記1~5 の通りマジック本としては今ひとつだったのだが、等身大のOuelletが現れているという意味で、非常に魅力のある、読み物として面白い本だった。




 Ouellet唯一のハードカバー本なので、これがあればOuelletはカバーできる、Ouelletの集大成、と思ったのだが、違うみたい。
 完成した手順なんかは冊子で発表されており、そのバックグラウンドに存在するOuelletのパーソナリティであり、技術的なタッチなりを補うのが本書なんだろうなあ。つまりハードカバーの外見だが、実は出版済みの各作品を繋ぐ、壮大な補遺に近い。そういう意味で、これ単体じゃあマジック本としての成立度は低いと思う。Ouelletと夜中に技法や議論を戦わせたり愚痴を聞かされたりするようなおもしろさはあったが。



あーしゃあないし、他冊子も買おうかなあ。


どうでもいいが途中の版で形状と表紙が変わったらしい。
昔のやつの方が好みだなあ。

今のやつは謎の人物と目があって怖い。あれ誰なんだろう。

2012年6月30日土曜日

"Impossibilia" John Bannon









Impossibilia (John Bannon, 1990)






巧妙なカードトリックで有名なJohn Bannonの作品集。
Bannonといえばカードの印象だが、本書ではコインやロープとリング、カップアンドボールも解説している。またBob Kohlerなど他の人の作品もあり、内容の幅は広い。

恥ずかしながら、これが初Bannon。
いや面白かった。今まで手を着けていなかったのが勿体ない。もっと早くに知っていたら、自分の嗜好も変わっていたかも知れない。


特徴は何よりオフビートなその構成。
オフビートとは”拍子を外した”とか”あえてタイミングをずらした”という意味で用いています。調べたところ色々な意味があるようなので。


実に巧妙に、観客の注意が集まらないタイミングで技法や秘密が織り込まれる。見えないところでもぞもぞやるのとも違って、見えているんだけれど気にならない。


絶対に見破れない不思議、ではないが、初見では絶対にびびるだろう。怪しいことを一切していないのに、予想外に不思議なことが起こるんだから。そのためにセットアップが必要な物もあるのだが、あらかじめカードを抜いておくとかで、スタック系やギミックはほとんど用いない。そういう意味でも実用度は高い。


いや、実は読んだだけでは今ひとつ魅力に欠けるなあと思ったりもするのだが、実際にハンドリングを追ったり、人に見せてみたりすると、びっくりするほど手になじむし、負担が少なくてやっていて楽、そして現象が綺麗なんだな。

個人的にはA Little T,T,&Aが好みだった。Tenkai Reverseを使った実に単純なTopsy-Turvy Ace(トライアンフとAプロダクションの混合)なんだが、どうした事かとても綺麗。
いろんな技法が使えるようになった上で、あえて難易度は低い(が綺麗)な手順を組める、こんなマニアになりたい。


さてBannonと言えば、のPlay It Straightが解説されているのも本書。

Play it Straightは思いついたのも凄いが、「あ、これいけるわ」という判断こそがBannonのセンスなのだろうな。

WaltonのOli & Queenが毀誉褒貶あるように、Play it Straightもその大胆さとシンプルさゆえ、傑作とみるか駄作とみるか意見が分かれそうな作品ではある。つまんねーという人の意見も判らいではない、というか僕もそっち寄りでしたが、実際に解説を読んでみると実に細かい配慮が成されており、正直見直した。



ところで、Bannonはカードの印象しか無かったのだが、本書ではカード作品はむしろ少なく、半分以上がコインやカップアンドボール、シガレット紙の復活などのクロースアップ物になっている。
カード以外の素材でも手順構成は冴え渡っており、中でも、サインされた三枚のコインが消えてポケットの中の封筒から出てくるCoins Across The Waterや、演者が一切手を触れなかった両面白の紙片に選ばれたカードの絵が現れるPhotologicはやってみたい。

Bannonは作品ごとにしっかりと演出があり、そこも好きなのだが、特にCoins Across the Water(大洋を越えるコイン?)の演出は面白い。コインは消えたんじゃ無くって、日本まで飛んでいったんだ、証拠を見せよう、と言った後の”日本にいる友人が、この手品の成否を手紙で教えてくれることになっているんだけれど、日本は日付変更線を跨いで向こうになるから、手紙が投函れる今日は日本の昨日で、手紙を出したのが昨日だから付くのは明日で、明日っていうのはアメリカで言う今日なんだからつまり、……もう今朝には届いてたんだ”というロジックには奇妙な味も極まれりの感がある。


またBob Kohlerのトリックや、Harvey Rosenthalのコイン技法も解説されていて、これまたどれも良い。特にKohlerのBoston Boxは、普通とはちょっと違ったコンテクストで使用されていて、面白い。いや、面白いばっかり言ってるがホントに面白かったんだから仕方ない。





総論、面白い。
オフビートで、難易度が低く、現象が鮮やかで、構成の綺麗な作品ばかり。
Bannonは後書きでトリックを詩に例え、どんな細部に至るまでも考察されてなければいけない、というようなことを言っている。いわゆるクリエイターには、粗雑な品や、実験作も多かったりするが、Bannonはその信条通りに、一貫して洗練されつくした作品を書き上げているように思う。良い本だった。

ただ序盤のカードですっかりうっとりしてしまい、もうこの人のカード作品で溺れたいくらいのテンションになってしまったため、カードが最初の50頁しかないのを非常に物足りなく感じてしまった。

Bannon=カードの頭で読みにかかると、面白いけどコレジャナイというもやもやに包まれるやもしれぬ。



また、オフビートであるが故に、前提を暗黙の内にしか示せない物も多く、演じるタイミングによってはちょっと危うい印象もある。手法につられてか現象までオフビートよりになっていて、気がついたら現象は起こった後で、まあそれはそれで良いとしても、もっと魔法の瞬間を示せる物も欲しかった。

まあこれは高望みかも知れないし、まだ本書しか読んでいないので自分の早計かもしれない。積んである山が何とかなったら、他のも読もう。



実はシカゴ三人組、Bannon、Aronson、Solomonって全然手を着けていなかったのだが、他の人のも読むべきなんだろうか。

しかしBannonといいHollingworthといい、AscanioにOuelletに、確かAronsonもだが、法律関係の人が多いなあ。弁護士の適性と、マジッククリエイターの適性って近いのだろうか。

2012年6月29日金曜日

"Performing Magic" Tony Middleton







Performing Magic (Tony Middleton, 2011)





鳴り物入りで登場した演技論の本。Paul Daniels、David Berglasが前書きを書いており、他にもKevin James、David Stoneなどなどそうそうたるメンツが推薦文を書いている。

演技におけるキャラクターの作り方から始まり、手品の採択の問題やステージング、リハーサルの仕方まで網羅している。内容は詳細で、どちらかというとクロースアップを想定している感じ。



うーん、長くなりそうだから結論から先に言おう。
決して悪い本とは思わないが、これ読むならこっちを読め、という上位版が厳然として存在するので、本書はあまり勧められない。

ちなみに、Robert Cohenの Acting One がそれ。
取り敢えず読め。


さて以下に評の詳細を書くが、長い上に独断に満ちているので、お急ぎの方は読まなくてもよろしおす。








さて、マジックには産業的な基準が無い、という著者の主張は確かにそのとおりと思う。実際、趣味や興味から初めてそのまま、って人がほとんどで、マジック養成所のような施設があるわけでもないし、格付けが成立するほどの市場も形成されていないのが現実。舞台での立ち方や喋り方なんて気にしたことも無い、というのがプロでもごろごろ居る(らしい)。


もちろん演技論の本は色々ある。Fitzkee、Brown、Weberくらいはうちにもあるし、演技論の本では無いがWonderなども素晴らしく面白い。しかしそれらは個人的な経験知に基づいたものであって、言うてもせいぜい数十年やそこらの知恵。作者と談話するような面白さはあっても、体系的な知とは違う。

ないものは余所から借りるしか有るまい。本書最大の眼目は、英米の長い演劇史で培われてきた”演技”の技術と理論をマジックに適用する事。理論やノウハウは、歴史と関わった人の数とである程度まで決まる。当たり前の話だが、演じることにかけてはマジックなど演劇の足元にも及ぶまいよ。


おまけに日本ときたら、その演劇さえつい先頃まで様式美の世界だったわけで、それはそれでいいとしても、現実に即した演技という意味ではインフラが全然整っていない。テレビでは素人目にも大根のアイドルが主演をやってたりするわけで、演技に対する意識も低いとくる。
演技の方法論を学ぶことの重要性はいや増すというもの。


少し話が逸れた。
本書だが、演じること、演技人格とは何か、演技人格の作り方、といったあたりは他のマジック理論書ではあまり見られない箇所であり、世評も高い。後述の理由で、個人的にはさほど感銘を受けなかったのだが、確かに有益な本であろう。
ただIan Keableは口を極めて酷評している。
(参考:http://iankeable.blogspot.co.uk/2012_04_01_archive.html

Keableの書評は吐き気がしてくるくらい冗長だし、やり口もけっこう汚らしいのだけれど、決して的外れではない。Keableがねちねちと8000語もかけてあげつらったことを、僕が読んだ範囲で要約すると、
『例示が極端に少なく、理論の間にも齟齬がある』


例を多く上げよというのはKeableの好みの問題としても、その少ない例示がそれまでの理論とあまり合致しておらず、さほど良い手順とも思えなかったのは、確かにちょっと気にかかっていた。



これはたぶん、Middletonが演劇の学校で学んだことを、学んで、まだ体得してはいないことを、本にしたからではないかなと思う。外からの知識であるため、所々で断面が合わず、全体像が少しく歪んでしまっているのだと思う。

なので、芯が通っていない印象はある。”Middletonの演技論”ではなく、”Middletonによる既存の演技論紹介”という内容と思えば良いだろうか。

Keableの言うとおりの齟齬はあるにしろ、Middletonの目的は経験知に左右されない客観的な方法論の輸入なのだから、当人が部分的に消化し切れていなくても、まあそれはいいだろう。高校の数学教師が、科目範囲を完全に理解し相互関係を熟知できていなくても仕方ないのと同じ事だ。
本書の内容、それ自体は決して悪くはないと思う。




ただ、”方法論の輸入”という意味では、Middletonは決して上手くやれては居ない。
それはもう単純な話で、それこそ彼の経験不足。個人的な見解ではなく客観的な手法論である以上、ある程度の客観的な評価ができてしまう。

どういうことかっていうと。マジックの方法論、あるいは作品集であれば、けっきょくそれぞれが個人的な物なので、じゃあBannon読んだらHartmanは読まなくて良いよ、みたいな事にはならない。

しかし例えば、先の例のように数学で言えば、その本質が外部に体系として存在するが故に、良い教科書と悪い教科書というのが存在する。餅は餅屋。Middletonは確かに演劇で修士号を取ったインテリかも知れないが、しかし演劇学校で何十年も教鞭をとってきた、教えることを熟知している演劇指導の教授では無い。


僕も演劇の本なんて一冊しか読んでいないのだが、それでもRobert CohenのActing Oneは本当に面白く、有益であった。演技の基礎を築き、徐々に技術を組み立てていく。“教え方”それ自体が、当たり前の話だが、体系的であり洗練されている。


これにくらべれば、Middletonは、せいぜい面白そうな所を抜き書きしているだけ。体系も何もあったものではない。




そういう訳で、本書は勧められない。ちょっと悪口が過ぎた気もするが、Middletonが”体系化”された手法の導入を試みたのだから、その体系に則り、どうしても彼の本を高く評価する事はできない。


なおMiddltonが助手(たぶんディレクター兼任)として出ていたPen and Teller Fools usのChris Dugdale回は、ちょっと凄かったのでお勧め。今後のMiddletonには期待。




追:日本人は演技下手だという話だが、それは西洋の感情的な演技を真似しようとして、薄っぺらになっているだけかも、とは思わなくもない。たまにドラマや映画を見ると、そんな場面で、そういう反応するかなあ、みたいな感想を覚える事がしばしばある。
声を上げ身をよじるより、黙して語らない方が日本人らしい、というのは古い考えではあるかも知れないが。

ちょっとアルコールが入った振りをして、DaOrtizじみた演技をしたこともあるが、あれも自分には不自然だったかもなあ。
藤田まことの刑事役の演技とかも嫌いでは無いので、そういった方向性も考えていきたいなとか考えている。


2012年6月24日日曜日

製本しました。/あるいは電子化による時代逆行。


L&Lが電子出版部門サイトL&L e publishingを立ち上げており、$50以上かけて手に入れたJ.C.Wagnerの本が僅か$9.95で発売されてしまった事には、別記事でも触れました。(値段改定がされたのか、現在は$14程度)

実は$300近くかかったCollected Works of Alex Elmsley も併せて$40で販売されており、心の痛手は癒えるどころかますます深みを増しておりますが。


ともかく、送料が掛からず絶版本が手軽に手に入るというのなら、これを利用しない手はない。とはいえ数十頁のノートならともかく、百頁を越える本をディスプレイで読むのは中々たいへん。あと蒐集家としての欲望も満足されません。

ということで、自家製本に挑戦。
今回は簡単な無線綴じで。



まず初トライ、J.C.Wagnerの7 Secrets



外見。
表紙を作らなかったのでとても無愛想。













見開き。
工作用紙で、しかも色々あって裏面剥いだので汚い。

印刷はモノクロレーザー。
紙は普通のコピー紙。

まあ実用には問題有りませんです。

























2冊目。
John BannonのImpossibilia

これも一発作製ですが、前よりは材料にこだわっています。
元々はハードカバーの本ですが、今回は残念ながらソフトカバー。



ちゃんと表紙を作った。
元デザインを真似て、Power Pointで作製。

白黒しか印刷できないので、真ん中部分をシールに印刷、ぺたっと貼り付け。


水色の光沢のある厚紙は、Loftで購入。
全切りサイズで100円くらいした。







中身。

撮影の関係でグレーにしか見えませんが、クリームシフォン紙(72kg)で、いかにも本っぽい質感と色に。




中身拡大。


頁右余白の真ん中当たりに、うっすらゴミ。
これは元データに載ってました。

親指で紙の腹が黄ばんだのを、そのままスキャンしたのでしょうかね。










タイトル拡大。

元のデータで、スキャン後に白黒二値化しているらしい。
上のゴミ問題もそうだが、文字もエッジが荒い。









誰だお前!ってなった若いBannon。

写真に変な濃淡が乗っているのは、L&Lではなく、おそらくうちのプリンタのせい。

イラスト本ならいいですが、今後図版が写真の本で製本するときは問題になりそう。





いずれハードカバーや綴じ本にも挑戦したいが、そうなると、A3ノビのプリンタや寒冷紗などが必要になるわけで、どう考えても元は取れない。シフォン紙もそこそこ高く、材料費だけでも結構かかる。


オルファのカッターナイフを買ったら嘘みたいに良く切れて感動。
やはり高い物には高いだけの性能が付随するのだな。


あまり器用ではないので、その上でどう精度を上げるかが今後の課題。
今回は一発作製で、しかも材料の性質をちゃんとしらべないままやったので、Bannon本とかは背表紙が一度ふやけて波打った感じに。美しくない。



活版印刷が出来て本は超高級品では無くなったが、しかし産業革命が軌道に乗るまでは、やはりとても高価だった。
その頃の本屋は本を売るのでは無く本を作るお店だったそうな。

本屋に行くと、本の中身がばらの状態で置いてあって、立ち読みとかして買うか決める。
そしたら革や綴じ方の種類を決めて、製本をお願いする。というような流れだったとか。


いま、正に時を遡っている心地。


2012年6月22日金曜日

"The Underground Change" Jamie Badman & Colin Miller









The Underground Change (Jamie Badman, Colin Miller, 2002)



あーっ、疲れたぞ畜生。
数理マジックで解説が間違っていた時の再構成の労といったらもう。まあそれは後で書くとして、



技法Underground Changeと、Misdirection Monte他いくつかの手順を解説したe-book。

Underground ChangeはDVD Welcome to the Farmでも解説されているようだ。日本関西圏の某ショップでは、Misdirection Monte以外に特筆すべき事はない、とまで言いながら販売している。褒めているんだか貶しているのだか。

ともあれ。
もしこの本を知らない人が居たら、まずは紹介動画を見に行って欲しい。話はそれからだ。




昔から気になっていた本。Luceroの動画で衝撃を受け、Turnover Swith全般に惹かれた時期があったのだが、当時は英ポンドも強く見送ったのだった。
今回、またLuceroの動画を見て、やはり衝撃を受け、この本を思い出し、強い円にも後押しされて買ってみた。


最初の権利書きで、技法・手順を映像に撮ること、および技法を解説すること、が明確に禁止されているので、あまり踏み込んだことは書けないのだが、なかなか問題のある冊子。


もし見えないTurnover Switchを求めているのなら、これは違う。


Underground Switch自身は、実は過去の技法とほとんど大差ない。とある既存技法をベースに、その使用できるシチュエーションを増やした拡張版。応用範囲は広がったが、スイッチ自体のディセプティブさは変わらない。
だから他の方法より”スイッチが見えない”とか”スムーズ”とかそういう事はあんまり無いので注意されたい。例のMonteも、実のところその既存技法との併用であって、Underground Switch自体の出番はむしろ少ない。

ま、あんまり書くと、拉致されて言葉に出来ないような責め苦を受けるかも知れないのでこの辺で控えよう。(参考:http://www.youtube.com/watch?v=oQlOWHY57-I)。




その上で、やはりMisdirection Monteは凄い手順。Underground Switchの出番は少ないと言ったが、しかしこのスイッチ無くしては成立しないのも確か。このMonteなくしてUnderground Switchに価値は無く、Underground SwitchなくしてこのMonteは成立しないと言ってもいいぐらい。

一方、Monte以外の手順はどうにも今ひとつ。Badmanは様々な用途を見せてはくれるのだが、Monteのような美しいミスディレクションは無く、技術的に厳しい。読むほどにMisdirection Monteの奇跡的な完成度が浮かび上がってくる。
ま、技術的な点はおいても、カードの裏に書いた棒人間が性交を始め、あげく片方が妊娠するとかいう実にアンダーグラウンドな手順は、そうそうやれる人もいないだろうが。



むしろUnderground Switchを使わないオマケの2手順の方が面白かった。どちらもMisdirection Monteから繋がるように構築されているのだが、一つ目は、


『カードを選んでもらい、デックの中に戻す。4枚のパケットでAが一枚ずつ裏返り、全部裏向きになる。最後にまた一枚表向きになり、それがQに変わる。残りの3枚を見ると、Qに変わっている。デックをスプレットすると表向きのAが現れ、一枚のカードを間に挟んでいて、それが観客のカード』という、僕の描写力不足を加味しても、まあ意味不明な現象である。
Twisting AcesとTranspositionとSandwichをあわせたような感じ。
これが殺し屋にまつわるストーリーが加わることで、劇的にわかりやすく意味のある現象になるのが素敵だった。


もう一つはTomas Blombergの数理トリック。
DVD 21でもラストにとんでもない物を見せてくれたが、この人は数理ネタが実に上手い。数理もので、カードを数えてもらう動作も多いというのに、全体像が実にクリアーで現象が美しい。もう惚れてまいそう。この人が本出したら速攻で買うのになあ。

今回はNumerology(確かカードカレッジにも入ってたよね)みたいなトリックなのだが、別の原理を組み合わせた4 of a Kindの出現現象になっていて、すんごく不思議。セットも簡単で、レパートリーに入れたいと久しぶりに思った。

むしろMisdirection Monteより良いと思った。


ただし、冒頭で言ったようにこのトリックは解説が不足しており、かつ間違っている(たぶん)。
そこまで複雑では無いのだが、数理トリックの知識が少ないと、再構成がむずいかも。



かなり長くなったがまとめ。
Misdirection Monteだけを目当てに買えばいい。見えない汎用Turnover Switchを求めると間違い。
他の手順は今ひとつだが、可能性の羅列としては面白い。
Turnover Switchの系列全体に言えることだが、応用範囲が広そうでいて、実際に構築するとなるとなかなか難しいのだよな。まだまだ可能性が眠っている技法と思うので、クリエイティブな方にはがんばって欲しい。



あとTomas Blomberg目当てに買ってもいい。むしろこっちが本体で、Underground Switchがオマケと言っても過言では、
―――おや? こんな時間に誰だろう?





Blombergの手順、内容ミスについて。また単体で演じる場合について。
自分と、買った人のためにいちおうメモ。↓

2012年6月13日水曜日

"Sleightly Original" Tom Gagnon







Sleightly Original (Tom Gagnon, 1981)





最近 Avant-Cards  Card Magic of Tom Gagnonという本が出て、名前を知るようになった。Vernon Chroniclesのイラストを担当し、FFFFやNew Stars of Magicにも出ていたというのだから、古参であろう。
これはコインマジックの冊子。財布と相談した結果であるが、コインは資料が少ないし、Bertramが推薦文でアセンブリのムーブを褒めていたので、そこも気になったのである。


さて。長い、ながい戦いだった。100頁そこらなのだが、これが実に読みづらい。
耐えられないくらい冗長な文章に加えて、現象がマニアックすぎる。

まず前者。
今までで5本の指には入る読みづらさ。動きだけを解説しているはずなのだが、” 右手でコインを取り上げ、手前に引く。Refer to Figure #8。このとき左手の位置がコインの動きの直線上にある。again refer to Figure #8” とか、別に(fig.8)でええやん。っていうか一回絵を見たら判るし。
他にも色々と、注釈や補足の挟まり具合のせいなのか何なのか、何を読んでいるのかどうなっているのか判らなくなってくる文章。単語は簡単なので読んで読めなくはなく、解説として余剰であっても不足はないのが不幸中の幸いか。



そして後者。

内容がマニアックすぎる。
本書の半分以上を占める作品が、サムチップとフォールディングコインの組み合わせ。まったく興味が湧かない。正直どっちも持ってないし。
状況的にも、ハーフダラーが十分な視認性を持ってて、かつ結構大胆にサムチップも使えて、というのは、制限がきつすぎる。あげくそれをTwilightの1枚目のロードに使ったりとか、リスクに対する効果のほどもあやしい。

あげく、フォールディング カッパー&シルバーとかいうギミックまで飛び出す始末。

マニアックにも程がある。


マトリックスのムーブでも、ピックアップムーブから天海ピンチへ、とか面白いは面白いのだけれど、テーブルで天海ピンチはしんどい。こっちが立ってて、かつ相手も立ってて、それでいてテーブルとかでもない限りは。
ザローシャッフルもそうだが、ちょっとでも離れたら、モロ見えだものな。



まあ色々と鬱憤が溜まっているのだが、改めて見直してみると、ドマニアックかつ文章が判りづらい、という点はやはり揺るぎない事実であるものの、何も知らないで見せられたら仰天するかもなー、という手順もけっこうある。

サムチップの至近距離での有効性有用性を、ぼくはよく知らないのだが、サムチップが十分に使えて、かつ非効率でも徹底的な不思議にこだわったり、あるいは身内を手ひどく引っ掛けたい、という人には良いかも知れない。



今回は道具立てがとことん合わなかったが、このドマニアックさは、はまればハマるかも。
貶しておいてなんだが、他の本への興味もまだある。だって『ケースに仕舞った状態でのカードコントロール』だけを解説したノートもあるんですよ。実にマニア心をくすぐるじゃないか。
結局、力業でしかも非効率なのでは、という不安はありつつも気にはなる。



誰か突っ込んだ人が居たのか、幸いにも他の本はGagnonの筆ではなく、それぞれWesley JamesとJohn Luka。どちらの本も読んだことはないが、Gagnonほどの文章ではないだろう。きっと。

お金と心と時間に余裕があったら、もう一冊くらい読んでみたいかも。



2012年6月9日土曜日

自発性(観客)に関する小さな覚え書き




J.C. Wagnerの7 Secrets に収録されているAce-Two-Three-Fourという作品で気に入った箇所があったのだが、本記事の流れでは何となく書きづらかったので別枠で紹介。


この作品は小枚数でやるアンビシャスカード、いわゆるAmbitiou Classicというやつ。


個人的にはあまり好きなプロットではなく、(と言い出したら殆どのプロットは嫌いなのだが)特にアンビシャスクラシックはオチが今ひとつ整合が取れておらず、それをカバーする台詞も思い浮かばなくて、据わりが悪い。
自らを自明の窮地に追い込みつつ、効果的なエンディングがないという印象で、Wagnerの作品についてもその点は同じ。


じゃあ何が気に入ったかというと、3枚目。本記事の方ではそこで使われるMarloの技法について簡単に書いたが、ここではそれが使われる文脈に注目する。


というのは、それが実に効果的な”ひっかけ”だからだ。


2が上がってきた後、それをテーブルに捨てる。
次は3、と言いながらトップカードを”表を見せずに”ボトムに入れる。

『いや、ちゃんと3を底に入れたからね?』とここでMarloの技法を使ってボトムの3を見せるのだが、このタイミングと構成が妙。


というのも、このとき見ている人は”本当に3を底に入れたか?”という疑問をほとんど”自発的に”抱かざるを得ない。
しかもそれは演者がどうこう言ったり示したりするのよりも先行する。


そこに続く演者の動作、特にMarloの技法は、実にタイミング良く観客の疑問を解消する形になっていて、いわゆる”途中の動作”化していると同時に、緊張と緩和のコントロールにもなっている。



んで、これの逆が何かというと、例えばMaxi Twist系。

『こんな事が出来るのは実は5枚のカードを使っているから』

などと、別にこちらが疑問にも思っていない事を、マジシャンは突然言い出す。この台詞自体は観客にとって殆ど意味を持たない。マジシャンの都合だけで言われている台詞だ。

無論、ちゃんと演技に組み込めていればいいのだけれど、ただ台本を読むみたいに上記の台詞を言っちまうと、観客のメンタリティとしては置いてきぼりだなと思う。

こういう意味のない台詞の氾濫が、マジックのパフォーマンスとしての地位を貶めている。



そのへん、Wagnerのこの手順は実にうまいメンタル・フックが仕込んであると思う。
「現象のための動作」を、先にひっかけを掛ける事で、あたかも観客のリクエストで行った動作のように見せかける。

また、観客を食いつかせるという意味でも良い戦略。お客さんが”ただ見てるだけ”の客体としてしまうのはあまり好ましくないだろう



ちなみに、個人的にこの類のフックの最高峰はAscanio演じる、Ross BertramのAssembly。あれには気持ちよくだまされたなー。