2012年9月30日日曜日

"ブランク" タナカヒロキ






ブランク (タナカヒロキ、2011)



ダブルブランクカードを使った4手順。必要なダブルブランク5枚、パケットケース(これも実は必要)、演技動画のURL入り。



収録作品は、ビジター、トランスポジション、カニバルカード、リセットの4つのクラシカルな手順のダブルブランク版。どうでもいいけどDBって書いてあるとダブルバックかダブルブランクかわからんのだな。両方とも使用する手順とかあったら困るな。

ダブルブランクを使い、技法難易度を低めのままに、かつ構成を複雑にしない、というマニアックな企みを、しかしかなりのレベルで達成しているよい冊子でした。各部、各動作の考察、ダブルブランク版の長所と短所なども詳しく解説されていて為になります。
やや解説が細かすぎてリーダビリティが損なわれている気もするが、まあそれは手品的な部分とは関係ありません。

企図はマニアックながら、出来た作品は非常に見栄えもよく、一般向きにも良いと思います。ブランクカードという時点で、とても特別な雰囲気が出ますしね。
ただ、ブランクの中に現れるたぐいの現象は、思ったより視覚効果が良くなかった気もします。Beeをスプレットしたときのような感じ、あまり枚数や、カード間の境界がはっきりしないせいでしょうか。

そういう意味で一番良かったのは”夜霧の中へ”(カニバルカード)。ブランクの中に消える、というのは上手く演じると非常にミステリアスで美しい。
またブランクならではのサトルティが横溢しており、これは生で見たら手ひどく騙されたんちゃうかな。出現部分だけ、前述の理由で余り見栄えが良く感じられなかったので、なにかしら別の方法を個人的に考えてみたいなと思いました。

他三作も、どれも面白いだけでなく、色々と自分でも考えたくなります。
*Lithopone:最初に置くカードを3枚から2枚にすると、一動作減らせる。
*Lithopone:ブランク4枚で構成すると、GHWのOptical Alignment Moveが使える。
とか前出の、カニバルでの出現段などなど。


面白いコンセプトで、出来た作品も面白く、また自分でも手を加えたくなるようないい冊子でした。こういう作品集がもっともっと国内から出てくれると非常に嬉しいです。この冊子の唯一の欠点と言えば、クレジットが不十分ということでしょうか。”夜霧の中へ”の1段目のサトルティは寡聞にして知らなかった(あるいは覚えていなかった)ので、原典があるなら知りたかったのですが。

とまれ、面白かった。おすすめです。

2012年9月25日火曜日

"Moe's Miracles" Dodson(?)




Moe's Miracles (Dodson?, 1950?)


Moeと言えば、スタック系が好きな人だとMove A Card Trickで名前を知っていると思う。逆にそれ以外では名前を全く見たことが無かったので、Lybraryで本書をみつけて興味を引かれついつい購入してしまった。


後で判ったのだが、これがなかなか問題のある冊子であった。Moeのウェブページ(http://www.moesmagic.com/)によれば、この$5 冊子は1932年にFrank Laneと話が持ち上がったものの、結局発表を拒んだものらしい。その後、何人かの手によって勝手に出版され、いくつかのバージョンが海賊版的に出回ったとかで、当人は手に取ったこともないのだそうだ。なお、Lybrary版もどこから引っ張ってきたのか書かれていない。Dodsonなる人物の追加手順が載っているので、1950頃に発行されたらしいDodson版であろうと思われる。


で、内容だがこれがまたいろいろな意味で酷い。
11の手順が解説されているのだが、表紙以外はTextで打ち直したらしくて味も素っ気もなく、1ページあたりA4で8~10行程度、下2/3は完全に余白×11pという構成で、電子書籍じゃなかったらあまりの余白量に訴えても良いレベル。

トリックの方はというとこれはもう完全にマニア殺しであり、手品の歴史の中で完全に『死んでしまった』手法を用いたロケーション・オンリー。というかあまりにも無茶で、解説まちがっとるんちゃうかと疑心が生ずる。
というか、実際、間違ってるかもしれない。
Moe自身が書いた物の他に、同じタイトル同じ収録作ながら方法はFrank Lane が創作した物があるとかなんとか。しかしその証言をするMoeはもう92歳だし信憑性はどこまであるのか。僕の英語力ではちゃんと読み切れないので詳細は前掲URL内の記事を参照してください。誰か簡単にまとめて教えてくれ。


それでまあ一応読みましたが、理屈としてはぎりぎり理解できなくはないのだが、実現できるかというと……。ただ、前述のMoeが手順の発表を拒んだ理由が『自分にしか出来ないような手順を発表して、非難されても嫌』というのだから、この解説も当たらずとも遠からずなのかも。

手法についてキーワードを上げると、シークレットカウント、エスティメーション、複数枚キーカード、直感、借りたデック、演技者はデックに触らない、などなど。これだけでMoeの嗜好が判ろうというもの。またスタック関連の文献で名前を見ることが多かったが、ここでの作品は全て、デックを借りて即席にできるものであり、そういう意味でもマニア殺しを指向しているように思う。

十数枚、場合によっては26枚とかからPumpingで絞っていくとかいう物も多く正直まともに出来る気はしないです。

特に酷かったのは ↓
Moe's Fifteen Cards Trick
・15枚のカードを抜き出して表向きに広げ、5人の客に1枚ずつ心の中で決めて貰う。直感的に、選ばれてなさそうだと思った物を裏返していく。システム、バックアップ、無し。以上。

うーん……。



まとめ。
CanastaやBerglasを彷彿とさせつつ、それらよりさらにぶっ飛んでいる。
どれか一つでも、70%ぐらいの精度ででも出来たら凄いとは思うのだが、難しいうえに、どれだけ練習しても100%にはならない類のトリックばかりなのだよなあ。

ただ、例えばDaOrtizが怖ろしく不格好な原理をとびきりの不思議に仕立て上げ、マニアを煙に巻いているように、この本は完全に『時代遅れ』で『死んでしまった枝』だからこそ、再読の意味はあるやもしれぬ。特に、Outを自前で調達できるJazz 系、Trick that cannot be explainedが演じられる人は。
最初に解説されている”Look at a Card trick”は比較的安全そう(VernonのLook upと同系統だがより楽かと思う)なので、少しずつ練習してみようかな。


なお、Moe自身は、ほぼ全てのトリックを、エスティメーションと超人的な記憶力を複合して、様々な方法で演じていたらしい。


Moeは1920年後半~1930年に、IBM、SAMの大会に現れ、不可能きわまりないロケーションで数々のマニアを煙に巻き、姿を消した。
97年に消息が確かめられ、2001年のLinking Ling誌の表紙を飾る。そのころに開設されたとおぼしきWebサイトには、『いわゆるMoeの不可能が、実際はいかにして成されたか、少しずつ本当の秘密を明かしていきたいと思う』とあるが、残念ながらMoeは秘密のほとんどを抱いたままに、2003年、94歳で没した。

2012年9月14日金曜日

"Spineless" Chad Long




Spineless (Chad Long, 2008)




Chad LongのBooktest単品ノート。


Longにブックテストとかどういう事だろう。つまらない、とは言わないけれどシックで地味な現象とおもうのだが、そのLong版? 想像つかんわ。

と思っていたのですが流石にLong、破天荒でした。

Spineというのは背表紙のことで、上掲のノート表紙にもあるように、ばらばらのページを使ったブックテスト。新聞のテストだと破るのは割に一般的だが、本で”破る”のはほとんど見たこと無い。まして全ページ破りとった状態とか。


そーすると、もはや本というよりも、我々になじみ深い某紙製の束に近いわけで、いろいろと技法が流用できるわけです。



で、手法的にはここでおしまい。それだけなら個人的には、うーん、という印象どまりなのですが、手法以外の部分が非常に良かったのです、この作品。

ひとつは、レベレーション。いわゆる読心パートなのですが、私淑するDerren Brownが言っているような、視覚的でかつクライマックスのあるメンタルマジックに仕上がっておりまして、実にいい。


もうひとつ、台詞がまた良かった。
個人的に、この作品のアウトラインを知った時点ではあまり良い印象を持ちませんでした。単純に、本を破るという行為がとても嫌だったから。

が、この”破れた本”という状況を、本好きにさえ好かれるような形にできる演出が用意されていたのです。まあLong自身の演出はギャグと躁状態で押すような感じなんですが、ちょっと手を加えればシリアス寄りなメンタリストでも十分に使用できるでしょう。ユーモアの効いた非常によい演出で、素直に感心。

というか、本を破る時点で無しだな、と思考停止していた自分が恥ずかしい。



と言うわけで非常に良い冊子でした。
単品ですが、DVDや全冊子含めて、個人的には一番よかった作品かも知れません。

単純な技術・手法の解説でなく、唯一(?)プレゼンテーション含めて解説されていたからかも。
手法的な破天荒さと、それを不自然にしない演出技術がとても冴えていました。

シリアスのみから脱却できないメンタル屋や、パーラー手順にブックテストを入れているがぱっとしない、という人は是非とも本書を。

2012年9月3日月曜日

"More Stuff..." Chad Long





More Stuff... (Chad Long,1998)



Chad Longのレクチャーノート3冊目。

表紙紙なし、文字暈け、文字が切れている、などなど本としての作りは今までで一番ひどい(画像でも、裏が透けてるのが見える)。まあ読めなくはないが、とても残念。

内容含め、ちゃんとしたノートと言うよりは、おまけの一冊といった感じ。収録作は総じてスタントっぽい物が多い。

Ninja Coinは投げたコインを指先でつまむ様にキャッチするスタント(のフェイク)。類似の原理で、投げた鍵束から目的の鍵をつかむNinja Keyも収録されている。

あとはホームセンターでスプレーから中の金属球を抜き出して、また貫通させて戻すSplay Paint。いかにもセロとかがやりそうだ。

あと、ディナーテーブルでの予言、指輪(指にはめたまま)のビジュアルな消失、名刺のトリックの6作品。
どれもきちんとしたパフォーマンス・ピースではない感じで、手法もごくシンプルではあるのだが、効果はとても面白く、$5としては十分な冊子だったかな。

2012年8月31日金曜日

"The Lost Cheesy Notebooks 2" Chad Long





The Lost Cheesy Notebooks Volume Two (Chad Long,1995)

Chad Longのレクチャーノートその2。


内容はスピーディで、今回はカード多め。一方でノートの製本もまた相変わらず酷い。


吸盤付きの弾がでるおもちゃのピストルで、選ばれたカードを撃ち留めるDarted Card。

カードを当てた後、破って、それが別の選ばれたカードに変化、さらに復活しつつ3人目のカードに変化するTorn & Kinda Restored。

クロースアップマットがカードを当てるSlap Mat。

などなど、派手で素早い現象、道具はつかうが”ギミック”は使わない、という実に実用向きの手順。特にDarted Cardが良いですね。Slap Matはコミカルで面白いし、マットとカードしか使わないので覚えてて損はないでしょう。

Torn & Kinda Restoredは、David Williamsonの例の手順を、完全即席にしたもの。DaOrtizも同じような手順を発表しますね。ただこの構成は、いささか限定的すぎて、かえってタネがばれやすくなるような気もします。二つの現象が同時に起こって(復活とチェンジ)、どちらも満足する回答が比較的簡単に想像できる(あるいは補強される)と思うのですがどうだろう。


他にまだカードが一つ二つと、Pen through Anythingを使った物がふたつ。
それからPlay Doh(缶入りのカラフルな小麦ねんど)を使ったカップアンドボールの手順。

個人的には、これが非常に面白かった。小さなカップ(缶)を使ったOne Cup手順なのですが、大ボール3に特大ボール1個があれよあれよと出てくるクライマックスは、読んだだけでもそのめまぐるしさと視覚的なおもしろさが感じられました。
やや小さいカップを使うことによって、ロードにひと工夫が加えられ、実にスピーディです。これはやってみたいなあと思いました。Play Dohは色も鮮やかですし、非常によいと思います。


総評:Volume 1と比べると、素材の幅はごく狭まっていますが、実に面白かったです。1がコインや指輪など比較的狭いクロースアップだったのにくらべ、こちらの2ではカードを投げたりカップアンドボールだったり、やや広めの印象です。
まあ、荒っぽかったり、やや無理に現象をくっつけているような物もないではない。ペンに刺しておいた予言の穴がふさがり、かつ予言も当たっているとかね。ただ、限られた時間に可能な限りの楽しみを詰め込むような彼の演技スタイルというかプロ根性を考えると納得ゆきます。

あと、個人的には究極のコインバニッシュと思う、Flash Vanishも収録されていました。

2012年8月24日金曜日

"The Golden Rules of Acting" Andy Nyman




The Golden Rules of Acting (Andy Nyman, 2012)


まあ本筋からは違うのでさらっとだけ紹介。

Andy Nyman、本職は俳優らしいのだが、そちらの演技を見たことはない。ちょっとWikipediaで見てみたが、日本に輸入されたのはハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式 (原題:Death at a Funeral)という作品だけらしい。

マジック業界的には、Derren Brownの協力者(ショーの共同ライター兼クリエイター)としての方が著名だろう。個人でもトリックがいくつか、レクチャーノートがいくつかと、ハードカバーの作品集が一つあるがあまり出回っていない印象。作品はかなりオーソドックスながら非常に単純化されている物が多い。
が、まあ本書には関係ない。


それで。これは「演じるためのルール」というような意味のタイトルなのだが、実際にはActing(演じること)についての言及は一切ない。買う前からその点は知っていたが、それでもやっぱりタイトル詐欺だよなあという気はする。
「俳優のためのルール」であり、「俳優として食っていくためのルール」といった方が正解。だからGolden Rules for Actors となるだろうか。

まあつまりは、
「裏方の名前を覚えろ」
「オーディション結果をこちらから聞くな」
「結婚したり、子供がほしかったりしたら今すぐにしておけ。”成功してから”はいつまでも来ない」
とか、あと有名俳優・演出家の格言(ヒッチコックとか)の引用を集めた、軽いノウハウ本ってやつ。

ちなみにフルカラーで、表記も非常に凝っており、そういう意味ではけっこうおもろい。



が、まあ、そういった「人柄」なり「ビジネス」なりについての本ですので、手品屋があえて読む必要はあんまり無いと思うよ。短くて読みやすいから、まあさらっと楽しめますけれども。

2012年8月20日月曜日

"Dear Mr Fantasy" のおまけ/あるいは”Beyond Fabulous”における位置関係


Dear Mr Fantasyに収録されているChrist Acesのヴァリエーション、Beyond Fabulousを練習している時に思いついたことがあるので記録がてら。

第2段はダイヤのエースが表になる現象だが、事前に一回、7をカウントした際のカードを集めるときにカットしておくと、より”ひっくり返った”感が強くなるように感じた。

これはカードの出現位置が異なるからと思う。
原案通りに行っていると、7のカードとダイヤのAが現れる箇所は同じである。




一方、一度カットしておくと、ダイヤのAが現れるのはスプレットの別の箇所になる。



現時点では、別にどちらがよいという話ではないが、後者の利点として、
A「操作していない箇所に現れる」
B「最初のカードとは別の箇所に現れる」
ことから、
① カードが表になった
② Aはバラバラの位置にちらばっている
という印象は強まると思う。


一方で、現象の起こる箇所が散らばるので、やや散漫になる。個人的には気に入っているアレンジだが、ハイペースで演じる場合には向かないかな。

"Dear Mr Fantasy" John Bannon





Dear Mr Fantasy(John Bannon, 2004)




John Bannonのカードマジックオンリーの作品集。

実は日本某所で邦訳が進んでいると聞いてはいて、そちらを待機するつもりだったのだが、安かったのでついつい買ってしまった。


さて本書、一部では評判が極めてよく一部では評判が芳しくない。
まあなんにしたって賛否両論はあるだろうが、ベスト本の一つに上げる人がいる一方で、後者では読んだ後つまらないので捨てた(後に買い直した)などと自慢話のように書いておられる方もいるくらいには振れ幅がある。


内容は例によってオフビート、サトルティに重きを置いた整った構成の作品が多いが、今回は貴基本的にクラシカル。和訳される事もあり、せっかくだから各章解説してみよう。

・Bullet Train
タイミングをずらした4Aアセンブリ×3。
レイアウトが終わった瞬間に手札を返すと集まっている。
Greenの4Aプロダクションを模倣したとのことだが、その点ではあまり成功しているようには思わない。
どちらかというと、アンビシャスカードからマジカルジェスチャーを抜いただけという印象。
まあレイアウトした時点でアセンブリが終了している、というマジシャン側の思い込みに起因しているのかも知れないが、今ひとつ気に入らなかった。
手順構成自体はさすがにうまい。

・The Secret and Mysteries of the Four Aces
シャッフルされた状態から始められる一連の手順。
カード当て、観客がカットする4A、Twisting AcesとLast Trick(Tipsのみ、解説は無し)、Crist Acesにロイヤルストレートフラッシュが出てくるエンディング。
クラシカルなトリックを淀みなくつなげた、カード屋のお手本のようなルーティン。実際の運用ってあまり書かれないのでこれは良い資料と思う。

・Dead Reckoning
巧妙に構成されたトリック3つ。
特に1つめのDead Reckoningは、これは当たるわけがないだろうって状況でのカード当て。スペリングでさえ無ければ……。だが構成を知るだけでも十二分に価値のある傑作。
またDawn PatrolはBullet After Dark DVDのデモで見られるが、何となくの構成は判っても詰め切れなかった作品。この2作で使われているコントロールは実に巧妙で、かつ外見上の不自然も殆ど無く優秀。
解説が小説っぽいのもこの章の特徴。全編このスタイルだとさすがにうんざりだろうが、1章分としてはよいアクセントであり、現象だけを記述するとつまらなく見えるメンタル寄り手順の解説スタイルとして、面白いアプローチ。

・Degrees of Freedom
ある原理に基づいたセルフワークトリックの章。複数解説されているが大同小異。
表裏ぐちゃぐちゃに混ぜたカードを並べ、それを観客の支持に従って畳んでいく。広げるとロイヤルストレートフラッシュだけが表向きになっている。
要するにはHammerのCATTOの最後を行列に展開するって事なのだけれど、これに関する評価いかんで、本書の価値が決まるのではないかな。これが初見であったり、この類の手順が演じられる人であれば、確かにこの本は傑作と思う。
が、Card Magic Libraryで既読だった事に加え、個人的にはこれ、あまり好きではないのだよな。線形代数とか行列式とかを思い出させるのは別としても、煩雑さと効果でいうと、Foldingプロセスってどうなのかなぁ。
いつか見た、観客と縁者がそれぞれのパケットを混ぜた上で4Aが出てくるバージョンぐらいが一番バランスが良いと思う。あくまで個人的にだが。
解説はしっかりしており、事前セットアップをなくす方法や、原理自体の解説なども行き届いて勉強にはなる。

・Impossibilia Bag
その他のカードマジック。古典トリックに対して、すっきりとしたハンドリングや、角の立たないプレゼンテーション、無理のない現象の拡張などを図る。
Goodwin/Jennings Displayを使ったトライアンフ Last man Standingや、Gemini Twinsのラストに4Aが出てくるTrait Secretsが良かった。

・Lagniappe
おまけ。David Solomonの10カード ポーカー。タイトルの「Power of Poker」から、てっきりElmsleyのPower Pokerが下敷きかと思っていたが、難しい技法は排されており、Equivoqueなどもなく、なるほどなあと感心。
ただいつぞや松田道弘が書いていた「繰り返せる事が10 カードポーカーの肝」という観点からすると……。どうだろう繰り返せるだろうかこれは。


さて個人的には、あまり、面白くはなかったかな、という感じ。悪い本という意味ではないのだが、好みに合わなかった。Impossibiliaでの、サトルティとオフビートな手法の限界を探るかのようなトリックを期待していたのだが、今作ではどちらかというと、既存手順をいかに簡易化・見た目に単純化できるかという方向性だったように思う。
また、自費出版だからか、レイアウト・フォントなど本の作りが今ひとつ垢抜けず、内容とは関係ないが、その点での心証マイナスが大きいのやも知れない。

というわけでマニアに対しては、自己責任で、といった本。
ただし初級から中級手前の人には強くおすすめできる。

現象は、4Aアセンブリやトライアンフ、ギャンブルデモと王道を揃え、それを実現する原理もテクニック、サトルティ、数理と広くカバーしている。しかもどれも使い方が嫌みなく上手い。創作として見ると、既存トリックの実際のつなげ方、手順の改良、現象の拡張とこれまた広い範囲をカバーする。
ともかく珍奇な技法が練習したい、というのっけからマニアな頭の人は別として、読んで損する本ではあるまいよ。

2012年7月30日月曜日

"Thinking the Impossible" Ramón Riobóo





Thinking the Impossible (Ramón Riobóo, 2012)



先頃発売されたスペインのマニア Ramón Riobóoの初英語作品集。


いや、これは酷い本だ。
よくもまあHermeticはこれを出したものと思う。


皆さん、本書は読まなくていい。









だって本当に酷いんだ。
酷いんだよ。
こんな手品されたら、追えるわけがなかろうよ。


『ひっかけられるのが怖いなら、Ramónには会わない方がいい』とHermeticの惹句にもあるが、ここまでとは思わなかった。生で見たら、不思議も度を過ぎて怖いレベル。


残念なことに本書への興味を失わなかった人のために、改めて。


Ramón Riobóoはスペインのマニア。
単発ではSteve BeamのSemi Automatic Card Tricksにちらほら出ていたらしいが、あの分厚くていつまでも新刊が出続けるシリーズを追ってる人は、あまりいないだろうから、無名の新人といってもいいだろう。
(一応、TamarizのMnemonicaにも作品があるが、あの分量の中からピンポイントでこの人の名前が引っかかっている人もそうそういるまい。)

さて新人というのは、決して比喩表現ではない。写真で見るとなかなかご高齢だが、前書きなどから察するに、この本の刊行時(西語版2002年)のマジック歴は10年かそこらのはず。本を出すレベルのマジシャンとしては本当に若手の部類である。
元のお仕事を50歳で退職した後にマジックを始めたらしく、その経歴が、本書を形成する一種独特なトリックの構成にも深く関わってくる。


本書の収録作品は、いわゆるセミ・オートマティックなカードマジック。
セルフワーキングとは違って、いくつかの技法や操作を必要とするものの、トリックの骨子は”原理”によって成り立っている作品群である。

Riobóoの作品は、セルフワークと聞いて思い浮かべるような煩雑さは皆無で、トリックの外観は非常に簡潔にまとめられている。まあスペリングこそ多用されるものの、そこには意味がちゃんと感じられる。ひたすらダウンアンダーをしたり、配りなおしたりという、現象の要請のために延々と操作させられるあの嫌な感じは全くない。

あまり意味のないような動作や、最初に言った約束・制限を破るような干渉もあるが、それは全体像をシンプルにする方向に働いており、客側から見ても違和感はないだろう。


基調として、観客がシャッフルした状態から行うものが多く、場合によっては殆どを観客が操作する。現象はカードあてが殆どになってしまうが、いわゆるロケーションからマインドリードまで、いろいろ。スペリング、および複数の観客(2~5)が必要なトリックが多く、その点では自分の環境には合わなかった。
プレゼンや動作の意味について詳述しているのも特徴で、デュプリケートを使ったCard to the Boxという、マニア的には”逃げ”にしか思えない解法も、ここまで構成や狙いが書いてあると、やってみたい気になる。

作品は、要求事項によって大きく5つに別れており、以下の通り。
『完全な即席:21』
『ちょっとしたセットアップ:2』
『メモライズドおよびフルスタック:5』
『デュプリケートやギミック:7』
『Treated Card:4』
Treatedっていうのは、粘着性のしかけを施したカードを指している。


ともかく、演者が”必要なこと”以外何もしていないように見えるのが、実に好み。

Finnelly Found
 カードを広げていって、観客Aに1枚を覚えてもらう。
 覚えたカードが含まれているだろうブロックをAに渡し、
 覚えたカードを抜き出して他の人にも見せてもらう。
 演者は手元に残ったカードを、別の観客Bに渡し、混ぜてもらう。
 Bが適当な枚数をカットして出した上に、Aは覚えたカードを戻す。
 Aは手元の残りのカードを混ぜ、適当な枚数をカットして覚えたカードの上に載せる。
 A,Bの手元に残っているカードを集め、それも重ねてしまう。

これで、Aの覚えたカードが任意の枚数目にコントロールできると言ったら、君は信じるかね?
DaOrtizの数字のフォースを使ったCAANに繋げてもいいな。


Cardini Plus
 5枚ずつの手を3つ配り、1つ選んで、好きなカードを覚えてもらう。
 そのカードを、観客自身がデックに戻して混ぜる。
 その後、演者も簡単に混ぜ、観客に渡す。
 観客が自分の"心の中だけで決めたカード"のスペル分、配ると、
 その枚数目から覚えたカードが出てくる。

 これ、観客は、ほんとうに心の中で決めただけなんだ……。
 スペリングが難しい言語なのが悔しい。




ともかくすごい本だった。
わざわざ洋書など読むくらいになると、好みも狭くなり、一冊に1~2個も当たりがあればいい方だが、本書ではすぐにレパートリーに入れたいものだけで3~4個、機会があったら演じてみたいと思う物を含めれば8~10個もあった。
できれば、みんな買わないで欲しいんだけどなあ。

なお、どれも演技はとても難しいと思う。こんな不可能状況でもってカードを当てたら、絶対どや顔してしまいそう。演じ方によってはめちゃくちゃ鼻持ちならないマジシャンになって、またぞろ『マジックを見ると腹が立つ』人口を増加させてしまいかねないので取り扱いには細心の注意を要するだろう。


しかし。Ascanio、Carroll、Tamariz、DaOrtiz、Piedrahita、そしてRamón Riobóo。スペインってのは、いったいどんな人外魔境なのか。あな怖ろしや。

2012年7月19日木曜日

"The Lost Cheesy Notebooks 1" Chad Long





The Lost Cheesy Notebooks Volume One (Chad Long, 1994)



Chad Longのレクチャーノートその1。
4 Coins 1 Hand というトンデモなMatrixをやりたいがためにDVD3を購入し、ついでにノートもまとめ買いした。



内容は、トランプ、ペン、コイン、コインボックス、マッチ、指輪と実にヴァラエティに富んでいる。

Back & Forthは、売りネタのNow Look Hereとたぶん同一。カードを選んで戻した後、トップをめくると「ポケットの中を見ろ」と書かれたカード。ポケットの中を見るとカードが一枚あり、そこには「テーブルの上のカードを見ろ」。そしてテーブルの上のカードをめくると……。


Card Under Drink。一人目のカードがコップの下に現れ、二人目のカードはさらに一人目のカードの下から現れるという物。ただし正確を期すと、一人目二人目と連続して出来るわけじゃなく、1回目の後、別のトリックをいくつかはさみ、それから2回目を行う構成。


トランプ二種はどちらも前準備が必要だが、視覚的にわかりやすく面白い。


X-tracting 4はコインボックス手順。この人は本当にコインボックスが好きらしく、DVDでもコインボックスを絡めたMatrixなど色々奇体な事をやっている。
X-tracting 4では、コイン4枚をボックスに入れた後で1枚ずつ抜き出していくのだが、たとえばRothがやりそうな、1枚抜いた後ボックスを開けて中が3枚になっているのを見せる、というような事はしない。ボックスは一度フタが閉じられたら、あとは最後に空になっているのを見せるまでそのままである。



マッチが箱側面に触れた瞬間に発火するInsta-Matchは、ある有名な技法の応用で実に感心したのだが、元の技法がどうしてかできなかった。おかしい、昔は出来たはずなのに。マッチなど使う機会はないと判っていても、面白いので練習中。


雑多な現象が詰め込まれている。どれも視覚効果が高く、現象が早くて、実用向きと思う。ゲットレディが組み込まれておらず、ある意味で構成は雑。それを十二分に隠せる技量やスピードを持ったエキスパート向きという印象。具体的に言うと、トリプルリフトのゲットレディや、4枚のコインのうち2枚をクラシックパームし、残りを反対の手に渡す、といった事がさらっと出来る人向き。

Cheesyっていうのは、趣味が悪い、よれよれの、つまらない、という意味だが内容は全然そんなことはない。うん、内容『は』ね。
外見、つまりノートとしては粗悪の部類。レイアウトは良いのだけれど、印刷が悪く、紙が柔らかいせいでとても読みづらい。せめて表紙だけでも厚紙にしてくれたらと思うのだが……。