2022年2月28日月曜日

“Pure Imagination” Andi Gladwin & John Campbell

Scott Robinson’s Pure Imagination (Andi Gladwin & John Campbell, 2018)


待ちに待ったScott Robinsonの大部の書籍。その割には結構な期間積んでしまったが、それはそれとしていい本でした。

クロースアップでカードとコインの47エントリ。ただしカードについては、紙幣とカードの貫通や、カード同士の貫通といった現象も含まれます。Paul Harrisほどの型破りではないものの、カードを物体として扱うことがうまい印象で、プロットも少し捻ったものが多い。一方では非常に洗練された怪しさのないハンドリングも特徴で、それが現象の鮮やかさ・ビジュアルさにつながっているという、こちらはEarl Nelsonも彷彿とさせます。……などと贅言を費やすまでもなく、動画作品が出てるのでとりあえずそのデモを見てよかったら買うのがいいです。

いや、というのも、解説の文章がRobinson自身のものではないためか、動機や背景といった部分の記述が薄めで、動画デモでは伝わらないようなおススメポイントというのがあまりないのです。解説が薄いといっても、手順は非常に良く練られ、作者の思想をよく体現しているので、操作の意図が測れないというような事は全くないのですが、少しもったいなくは感じるところ。そういう意味では、ノートVaried Methodsには今なお読む価値があると思うんだが、どうやらもう手に入らない? 内容は本書がカバーしてるとはいえ残念である。

これでは締まらないので、最後に備忘も兼ねて、面白かった作品でも書いておくか。

Bizarre Twistのようにカードを差し込むと、そのままカードが消えていくという氏の代名詞Willy Wonka Card Trick。Slap Exchangeをパームなし、難しい技法なしにデチューンしたのに、もたつかず現象も鮮やかなTrading Spaces。ワイルドコインで、最後に全て戻るところが、その戻る理由も、瞬間も観客に体感させられる、センスオブワンダーに満ちたDa Vince Coins。センスオブワンダーと言えば、3枚のコインが音もなくグラスに移動していくThe Sound of Silence。スプレッドを利用したカード・コントロールはどれも面白く、特にTotally Under ControlはVeeser-DingleのMultiple Bluff Shiftを明確に一歩押し進めています。他にも他にもあげればキリがないくらい佳作揃い。

2022年1月31日月曜日

“Mayhew -What Women Want” John Lovick

Mayhew -What Women Want (John Lovick, 2014)


Hermetic Pressから出た、Steve Mayhewのカードマジック作品集。読みやすくはなく、演じやすくもなく、相当に癖があるが、原石がたっぷり眠っている。はず。

ちょっと偏った作品が多くて、こうしてまとまった本になったのも珍事ではあろう。Jack CarpenterやStephen Hobbsのグループと親しく、本書も90年代以降にLabyrinthに載った手順なり当時のノートなりからの収録が多いらしい。約50エントリの全7章で、①Cutting the Aces系 ②ギャンブルデモ ③センターディールデモ ④技法 ⑤マニア騙し ⑥その他手順 ⑦ビルチェンジのアクト(1作品)となっている。かなりラフだったり、癖があったりして、例えばランニング・カットでタイミング・フォースするだけのSpectator Cuts the Acesなんかもあったりする。DaOrtizに親しむ前の僕だったら、これ作品って言っていいのかよと本を投げていたかもしれない。その他にも、技法面でも演出面でも、Mayhew自身にはフィットしているのだろうが、他の人にはおいそれと手が出せない作品がしばしばある。

本書で一番面白く感じたのは②③のギャンブルデモ系列。③は氏の代表作であるセンターディール・デモ “Freedom”(Mayhew Poker Deal)とそのバリエーションなのだが、原案の素晴らしい着想と、微妙にズレたオチ、それを周囲の人がブラッシュアップしたり改案したりしていく様子が伺える。このパターンは⑥に収録されている“Progressive Triumph”でも見られる。そう、Mayhewは間違いなく天才なのだけれど、天才ゆえかどこかズレているのだ。

だから本書には、上記の2手順以外にもまだまだ原石が眠っているはずだ。特にギャンブル関連の②には、一風変わったプロットや原理のものが多いので、そう言った方面が好きな人にはおすすめである。他にもDan & Daveがやるようなビジュアル手順があったり、Card under the glassを移動やミスディレクションではないかたちに演出して見せたりと、面白い手順がちらほらある。変な本だが、ハマる人にとっては鉱脈だろう。

……それで、最後に触れておかなければならないんだけど文章があまり良くない。John Lovickによる『ユーモアたっぷり』な解説がとにかく読みづらいのだ。Mayhewはどうやらかなりギャグを言うタイプの人のようで、Lovickはそれを反映しようとしているのだろうが、散りばめられたLovickのユーモアはひたすらに滑っているし、解説をわかりにくくさえしている。ギャグが滑っていても、本人の筆であればまあそれは人柄として納得するしかないところではあるが、解説者が滑り倒したうえに解説まで疎かになっている箇所があるのは全くいただけない。

2021年12月30日木曜日

“The Illusioneer” Carlos Vaquera

The Illusioneer (Carlos Vaquera, 2019)


スペインの生まれでAscanioの薫陶を受け、その後ベルギーのマジック番組でスターになった人、らしい……。本書もC.C. Editions(*)から2014年にフランス語で出た本を英語に翻訳したもの。そう聞いてから読むと、バイアスかもしれませんが、なるほどそんな感じがします。Ascanioからの引用が多く、一方でトリックはフランスっぽい(?)。

*フランスの出版社。手品専門ではないみたいなのだが、手品部門も結構強そうで、GiobbiやHartlingといった有名どころ以外にもDerren BrownやHector Chadwick、Florian Severin、高木重朗の仏語訳を出している。すごい選球。

クロースアップのカード、コイン、エッセイが詰め込まれているのですが、コインは10%もないくらいだし内容的にも特に見るところがないので、カードとエッセイの本と思って感想を書きます。約300ページで50エントリ。手順もエッセイも、1つあたり5ページ程度にぎゅっと濃縮されています。どちらもかなり特徴的で面白いのですがまずはカード手順の話から。

かなり広範なプロットを扱っており、そのうえどれも一工夫があって非常に刺激的。著者オリジナルのものとは限らないですが、どこかで読んだが失念してしまったような工夫や、マイナーながら面白い技法が挟まれます。個人的なお気に入りはMarc SerinのものだというOptical Revolveと、誰のものだかわからないですがエルムズレイ・カウントの動作で並びが一切変わらない謎カウント。

一方で、かなりクセのある構築で、とにかくひと手順の中での現象の数が多い。例えばカニバル・カードでは、カニバルのカードが一枚ずつ、消えてデックの中程に移動するという現象が挟まれます。怪しくなる操作・作業を現象にしてしまうことで回避しているとも、また観客が手順をどのタイミングで見始めても楽しめるようにしているとも取れますが、いずれにせよ癖が強い。さらに、そういった複雑な現象にもかかわらず、演出への言及がほとんどありません。なので読んだまま演じると、全く意味不明になりかねない。

エッセイはというと、非常に濃密です。On Musicというエッセイでは、手品のおける音楽の役割を話すのかと思いきや、前半ずっと魔女狩り批判が繰り出されます(後半はちゃんと手品と音楽の話)。語彙もかなり難しく、引かれる文献も本格的で、かなり苦労しました。その他、練習について、緊張について、自然さについてなど、詳細に語られています。幸い5〜6ページ程度なので頑張れば読めないことはない。頑張りましょう。


そういったわけで、かなり難度の高い本です。初心者だと全く意味不明かも。しかし中級〜上級者であれば必ずや得るものがあるでしょう。とても楽しめました。

2021年11月30日火曜日

“Wabi-Sabi” Harapan Ong

 Wabi-Sabi (Harapan Ong, 日本語版2021)


Harapan Ongの小冊子。元々は2017年に、香港レクチャー用に作ったものらしいです。『侘寂』というそれっぽいタイトルなので何か含みがあるのかと思ったけれども別段そんなことはなかった。Principiaとも共通する、あの手この手を駆使した端正なカードマジックが7手順に、おまけが1つ収録されています。

カードマジック研究家としてのHarapanの特徴がよく現れた冊子で、どの手順も狙いがはっきりしています。射程も広く、DaleyやWaltonのプロットへの再訪といったものから、Alex Hansfordの技法の活用といったごく最近のものまで。数理トリックもやるし、ギミックの使用も躊躇いがありません。全体的にスマートでビジュアル。なかでもLast Trick、Follow the Leader、Oil and Waterは面白かったし、これらのプロットが好きなら、読んで何かしらの刺激になることは間違いないでしょう。

一方で、それぞれのトリックに対する執着をあまり感じないというか、演者がこれらをペットトリックにしているという感じはしません(文章化の際のアク抜きが上手いだけかもしれないけれど)。それでも嫌な感じがしないのは、よくある改案のための改案ではなく、個々に確かな狙いがあって、それがしっかり達成されているからでしょう。これは Principiaでもそうで、だからPrincipiaは気になるけど高いし分厚いし、と迷ってる人がいたら、このWabi-Sabiを手に取ってみればだいぶ雰囲気がわかると思います。

2021年10月31日日曜日

“More Plots and Methods” Michał Kociołek

 More Plots and Methods (Michał Kociołek, 2021)


Michał Kociołekの新刊。前著と同じく4作品+おまけ1の小冊子。相変わらずたいへん賢い、のではあるが……。

前著Plots and Methodsは素晴らしく面白く、なので本書もすぐに買いましたが、本書には前著と一つ違うところがあり、それはガフを用いないということ。どれもひと揃いのレギュラーデックがあれば演じられるし、中には(頑張れば)借りたデックや即席で出来るものもあります。ただそれが良い方に働いたか、というと個人的には疑問。

Synch
 えぐいDo as I Do。デックの半分ずつを使い、お互いがお互いのカードを当てるタイプのもの。前著でも使っていた某原理を活用して、とてもじゃないが追えないものになっている。

Mr. Liar
 カード当て。観客がカードを選び、自分で中に戻したあと、4人にポーカーの手札のように配る。それを読み上げる声を聞き、演者は選ばれたカードを当てる。

3H
 カード当て。3人の観客が密議して一つ時刻を決める。その枚数目のカードを覚える、というのを3度行い、そのあと演者は2枚を見つけ、1枚を言い当てる。グレイコード使用。

The Dreamer
 カード当て。自由な箇所からポーカーの手札のように5枚のカードを取ってもらい、そのうちハイカードを言い当て、さらに残りのカードも当ててしまう。

Esoteric
 おまけ。タロットカードを使ったカード当て。観客が自由に選んだパイルのカード(3枚)と、もっと自由に選んだカード1枚の計4枚を当てる。ちょっと変な選ばせ方ながら自由度は高く、タロットカードの特徴を原理面でも演出面でもフルに活用していて面白い。

全体的に、原理とフィッシングを組み合わせ、不確実な筋をうまく収拾していくタイプが多く、かなり演者に負担がかかるように感じました。筆者は繰り返し「一見複雑に思えるが分かれば簡単」と述べているものの、いや、僕の頭では厳しそうというのが正直なところ。また現象もカード当てに偏っていて、前著に比べて精彩に欠けました。

前著は『複数の原理、技法、ガフ、演出が高度に噛み合った』結果、素晴らしい一冊になっていました。本書ではそのうちのガフを捨てた皺寄せが、演者の負担と現象に利いてしまっており、かなり難しく、現象も狭まったのではないかと思います。著者自身、ガフ無しな点については「自分の作品としては珍しい」と言っており、本分ではないのかも。とはいえ、原理の組み合わせのうまさ、原理っぽさを感じさせない演出や工夫はやはり図抜けていますし、不確実性の扱いや、あえて遠回りするような構成、フィッシングの使い方などは、原理系手品の新たな地平といった感じ。その筋の方は買いましょう。

とはいえ僕には高度すぎた。もうちょっとズルをした手品が好きですね。またぜひ、全ての手段を投じた作品群で3巻目を出してほしいところ。

2021年9月27日月曜日

“Theseus” Nathan Colwell

 Theseus, A Magical Journey (Nathan Colwell, 2021)

有名な思考実験『テセウスの船』の話をしながら演じる謎プロブレムを研究した薄めの本。

『テセウスの船のパラドックス』とは、プルタルコスが記した、英雄テセウスの船にまつわる哲学的な議論のことです。テセウスの船の老朽化した部分を置き換えていくのだが、それはまだテセウスの船と言えるのか、さらに論を進めて、全ての部品が置き換わり、元の部品がひとつも無くなってもそう言えるのか、という『同一性』についての議論ですね。

それを話しながら演じるこの手品では、観客に赤裏のカードの表にサインをしてもらい、その後そのカードを破って、一片ずつ青裏の別のカードに置き換えていくのだが、最後に完全に置き換わったはずのカードを表にすると、なぜか元と同じカードで観客のサインもちゃんとある、というもの。

本書では著者による解No. 3, 5, 6, 10が提示され、また没になった解No. 7, 8, 1の反省点、寄稿としてHarapan OngとSimon  Aronsonの解が載っています。現象を読んだら想像できると思いますが、すっきり解決できるようなプロブレムではありません。この現象を妥協無く成立させようとするため、解はどれもなかなかに複雑で、ギミックを使ったり、加工をしたり、その全部だったりします。演出面で既に敷居が高いですが、演技面でも手軽にできる手順ではない。一方で、それぞれの解がどれも異なったアプローチをとっており、大同小異のバリエーション群で無いのは非常によいポイント。さらに、それぞれの手順はアスカニオやワンダーの理論に基づき、細かな身振りまで検討され、演技環境にも気を使って手法が選択されています。現象もちょっとずつ違っていて、カードを破らないものなどもある。また独特な現象を妥協なしで解決しようという試みのため、産み出された手法やサトルティも独特で面白いです。

また、こういう見立て手品は、往々にして元ネタの不思議を手品によって(不誠実に)再現したものになりがちで、自分はそういう手品はよくないと思っているのだが、テセウスの船は答えの定まらない問いであり、手品“Theseus”も何らかの答えを強制したりせず、また最終的に提示されるのが不可能物体であるためあまり気にならない。

このプロットが一般的なものになるとは思わないし、カードを破る系手順をやる人以外は直接参考になる場面も少なかろうが、一方で自分の好きなモティーフからシグネチャーエフェクトを作りたいという人にとっては非常によい記録(ログブック)だろう。なお語彙がなかなかに高尚で、注釈もかなりしつこいので読むのはちょっと大変でした。次に何か発表されたらそれも絶対買うけれど、もうちょっと削ってスマートにしてもいいと思う。

2021年8月30日月曜日

“Inside Out” Benjamin Earl

 Inside Out (Benjamin Earl, 2021)


Benjamin Earlの新刊。正直、読まんでいいと思うけど、氏の近著でどれかというならこれが一番いいと思う。

昨今のEarlは古典復興というか、原始的なトリックによる『現象』の再評価に力を入れている。ここで括弧付きで『現象』としたのは、トリックの構成要素である現象ではなくて、その受容のされた方、つまり観客の受けるセンセーションという意味での『現象』だ。なるほど我々マニアは往々にしてトリックを雑に演じるし、プロのパフォーマーだって立て板に水の口上とともに現象をつるべ打ちにしているのをまま見る。それは確かに、あまりよくないことであろう。また確かに、複雑なトリックはその構造からして現象も『現象』も蔑ろにしがちでもあろう。だからEarlの問題意識や解決手段は、全面的に同意はできないまでも、十分に理解しまた共感できる。

このスタイルが如実に現れたのがThis is not a boxで、そこではシンプルな現象でストレートに殴るぜ、といった感じだった。本書の取り組みはそこからさらに発展して、より多彩なトリックと、『演出』を備えている。ここでまた括弧付きで『演出』としたのも、やはりトリックの構成要素である演出というよりは、その外部にある『演出』を意味したいからだ。まあ適当な用語であるが、なんとなく伝わるのではないかと期待している。

この本の主題は『演出』である。収録されてるトリック・プロットはこれまでの著作に比べてかなりバリエーションに富んでおり、手法はシンプルながら構築も上手い。観客を巻き込んだり、観客にすべて自分が操作したかのように思わせる細かな工夫も巧みで勉強になる。それでも、本書の主題は『演出』なのだ。それは”The Universal Presentation”という収録作を見れば確かだ。内容は手順の枕だけであり、手順解説はなく、しかも続く手順を選ばない。具体的な現象は、言ってしまえばどうでもいいのである。それがオマケとしてではなく、本書のテーマに沿った一作品として収録されているのだから、本書の眼目がそれぞれの具体的な現象やハンドリングにないことは明白であろう。

『演出』を描写し切るためにEarlは筆を尽くしている。実際にその手順を演じた場面や、相手とのやりとり、場の空気といったものを小説風に書いていて、それは仲間内のパーティーで、ポリシーに反してふとマジックを見せてもいいなと思った時の、気の緩みのようなものであったり、ランニング中に手順を思いつき、帰宅してすぐ奥さんに試演したときの浮足だった気持ちなどを捉えていて、Earlが実際にそうしているところをありありと思い浮かべることができる。

それでまあ、本書はかなりいい本だ。マジシャン騙しではないけれど、色々なプロットのEarl流に洗練されたハンドリングが収録されているし、細かな工夫も良い。それらは『演出』のために選び抜かれた部品であり、筆致と組み合わさってEarlの主張をはっきりと伝えている。完成度の高い本である。

しかしそれ以上に良いのは、これだけ筆を尽くしてもなお、氏の『演出』の危うさが露呈していることだ。すべての手順でそうという訳じゃないが、たとえEarlが演じたとしてもなお「しゃらくせえな」と感じてしまうものが、誰が読んだって一つ二つはあるだろう。氏が誠実に書こうとすればするだけそれは露わになり、その不完全さのために本書の出来はかえって良く、氏の他の著作よりおすすめである。

2021年7月31日土曜日

“Natural Card Magic” Ryan Murray

Natural Card Magic (Ryan Murray, 2021)

これはすごい。この人はどこまでも本気だ。

謎ファロー本Curious Weavingに続くRyan Murrayの作品集というか研究本。今回取り上げられている原理は、公式サイトで“an old and rarely used principle”としか言及されていないので、ここでも詳述はしませんが、やっぱりまたマニアックで高度。ただこの人がすごいのは、これを高難度のネタとしてでなく、しっかりと具体的に、現実的に使っていこうとしていることです。それはCurious Weavingでもそうだったけど、さらに進化している。

例えば原理のためのセットアップ手法がいくつか紹介されるんですが、それが実際に後の手順で使われる。しかもその手順、説明用にでっち上げたものじゃなく、観客相手にちゃんと使っていることがよくわかるもの。机上の空論では決してない。

手順は9個あって、カード当てが多めですが、どれも十分に一般受けし、それでいてマニアも殺せるだろうもの。特にAce Cuttingは理想的。観客の混ぜたデックからAをカットできるという時点で最高なのに、最後の一枚の演出がとてもよい。またトリを飾るTopsy Turvy Acesは、ちょっと難しくて手元での再現すらおぼつかないのですが、うまくできたら魔法。カード当てみたいなタイプの不可能性ばかりでなく、こういう物理的な不可能現象(ここではトライアンフ系現象)もしっかりやっていくのがいい。またCurious Weavingの手法を使う手順もあり、やっぱりこの人、あれもこれも実用技法として使っているんだなという凄みがある。

ともすれば難しいばかりのマニアックな内容になりがちなところ、氏の「現実の観客に演じる」というスタンスによって、原理・準備・運用・手順がしっかりと結びつき、とてもいい本に仕上がっている。また原理自体はレアだが、ある一般的な原理のサブジャンルでもあるので、過去の蓄積がさまざまにあって、Ryan氏はそれらをしっかり取り込んでいる。だから前著よりも広がりがあり、より多くの読者にリーチするだろう。ただ、一般の観客を楽しませ、マニアも騙せる内容なのは確かだが、一方で相当に難しいのも事実で、やっぱり誰彼となくお勧めはできないかな。ギャンブル系統で腕に自信のある人とかなら、前著とセットで買うのが超おすすめ。

2021年7月6日火曜日

Thinking the Impossible再版に寄せて

Thinking the Impossibleの日本語版が再販されるとのことだ。かつて翻訳を手がけた者として何か一筆書いて然るべきだろうと思い、そのようにしているのだが、正直に言うとあまり実感がない。もう6年も経っているというのもあるが、そもそも当時から、いまひとつ自分事として感じられないところがあった。

それはひとつには、私が『たかが訳者』であり、本の根幹とは関わっていないからであろうが、もうひとつには本というものが、そもそも制作者から切り離されたものだからだろう。各種データの準備・入稿から紙の選定に至るまで、すべて私が手を尽くしたはずなのだが、いざ刷り上がって手元に届いた本は、まるでずっと前からその形でこの世に存在していたかのように、なんなら一度や二度、古本屋でお会いしたことがありますよねといったすまし顔をしているのだ。そういった、ある種の汎時的な性格が本にはある。

――観念的と言うのも憚られる妄言はここらで止めにして、実際的な話をするなら、まずは本書が売切れていた間に、再販の問い合わせをしてくれた各位にお詫びとお礼を言いたい。『絶版』の二文字を心の底から憎む私ではあるが、いざ自分が当事者になると、なるほど、事はそう簡単ではないのだ。それでもこうして再販に漕ぎ着けたのは、折々で再販の要望を投げてくれたあなた方のおかげだ。だいぶ遅れてしまったが、いまでもまだ興味が残っているなら、手に取って頂ければ幸いである。

再版にあたって内容はほとんどいじっていない。気づいた範囲の誤字脱字を直した他、どうしても看過できなかった訳語を1~2か所ばかり修正した程度だ。それとは別に、当時のつたない組版を無理のない範囲で直してもらったので、ほんの少しだけ見栄え良く、また読みやすくなっているのではないかと思う。表紙デザインその他については、造本が変わるのだから相応しく変えなくてはと強く主張したのだが、様々な現実的問題に直面し、おおよそ元のままとなった。第三版に期待している。

さて本文に大きな差違はないのだが、巻末に『解説』として麻鞍半一氏による文章がたっぷり16ページ加わっている。氏の文章はこういった場としては異例なほど鋭いものであり、私としては大いに蒙を啓かれる一方、異議を申し立てたい箇所もあるのだが、それは氏の文章が当たり障りのない阿諛追従などでは決してない真摯なものであることのあらわれだろう。確かな目と筆力を持った人が、本書について(ひいては手品について)文章を書き、それがしっかりと残るというのはとても良いことだと思っている。再版でしか読めないのはなんだかズルいので、どうにか別の入手経路も用意できないかと思っているが、まあ思っているだけで今のところ具体的な事は何も考えていない。

ともかく、再版となったのはめでたいことだ。世の中には本が山とあり、良い本もそれなりにあるが、残る本というのは本当に少ない。そういった、時間を越えて残るもののことを『時の試練を経た(Time Tested)』と言ったりする。本書がTime Testedとなるかは分からないが、少なくとも、重要な第二歩目を踏み出したことは間違いないだろう。

最後にひとつ残念なことがある。刷り上がったこの版を、原著者のRamón Riobóo氏にお見せできないことだ。氏は2021年の(おそらく)3月に亡くなった。甥御さんによる追悼記事があり、スペイン語ではあるが英語への自動翻訳でおおよそ支障なく読めるので、興味のある方は一読されたい。https://danirioboo.com/2021/03/15/ramon-rioboo-el-mago-de-la-curiosidad/

2021年6月29日火曜日

“Curious Weaving ” Ryan Murray

Curious Weaving (Ryan Murray,  2021)


謎ファローシャッフルに執着した約70ページの小冊子。元は2018年の発行で、私が買ったのは最近出た第二版です。内容がちょっとアップデートされている模様。

とにかく謎の情熱に突き動かされている本で、20ページほどかけて通常のファローをじっくり解説した後からが本領発揮。1:2の比率のファロー、2枚ずつのファロー、複数のパケットでのファローなどといった謎のファローシャッフルが連発されます。しかもテーブル版やワンハンド版まである。

さらに、とても偉いことに、これらのファローを使った手順も少しだけ解説されています。しかもライジングカード亜種や、記憶術など、ちょっとファローらしからぬ手順。特に記憶術のやつは、カードの選ばせ方の工夫や、最後にカードがデックから消えてケースから出てくるなど、妙に一般向けに練られていて、あ、この人ほんとにこれらの技法を人前でやってるんだな……と言う説得力になっています。

とはいえ、確かにこれらのファローでないと不可能なアプローチながら、これらのファローを身につけてまでやりたい魅力的な現象かと言うと、それはまあ、ちょっとね。


というわけで、謎ファロー開拓本でした。何か特別なコツや仕掛けがあると言うわけではないんで、読んだからってそうそう出来るようにはならず、どれも大変難しい。また用途もいまいちわかりません。でも夢がある。

また本書は、ファローそのものには詳しいが、それを使った原理や現象についてはほとんど扱っていない。なので、何かそういった領域をカバーした本と併せれば、ぐっと夢が広がるのではないか。私は持ってないが、なんかマジケで出てませんでしたっけそういうの。