2017年12月31日日曜日

"A New Angle" Ryan Plunkett & Michael Feldman

A New Angle(Ryan Plunkett & Michael Feldman, 2017)

 とある『角度』に新しい角度から切り込んだ、という洒落たタイトルのストリッパー・デック研究本です。

 古い原理やギミックを、改めて最新の技法や原理、現象と組み合わせるのは近年のブームと言えるでしょう。この本ではストリッパー・デックにスポットを当て、その新たな使用方法を検討しています。研究と言うにはちょっと散漫ではありますが、いろいろの可能性を示したいい内容だと思います。

 約160ページの小ぶりなハードカバーで、まずストリッパーの種類や作り方についての丁寧な解説から始まります。この本で推奨されるストリッパーは市場には(おそらく)無いもので、これは小さな工夫なのですが言われてみればその通りで、蒙を啓かれた思いでした。とはいえ基本的には通常のストリッパー・デックで可能です。手順は13作品、そしてアイディアが9つ(たぶん)。そのうち別色が必要になるのが1作品あり、またエンドのストリッパーが必要なものが1作品あります。

 手順は多彩で、まず最初がコレクターです。他にもIncomplete Falo Controlへの適用、カラー・チェンジング・デック、HofzinserのSuit Selectionなど、ストリッパーらしからぬ手順がいろいろと。アンシャッフルやトライアンフなど、ストリッパーと親和性の高い手順についても、安直でない、現代的な手順ばかりで読み応えがあります。

 個人的に面白かったのは、他のワンウェイにも使える巧妙な「ひっくり返し」のシーケンス A Satisfying Sequence、鮮やかさと検めのフェアさを両立させるカラー・チェンジング・デック Color Shift、観客と演者でデックを混ぜるほどに並びが揃っていく Shuffleupagus、普通に混ぜているだけで表裏が混ざっていく逆転したトライアンフ The Hullucinogenic Shuffleなど。それからMirror Stackのとある特性も、ここで初めて読んだ気がします。

 ひとつふたつ、ちゃんと機能するのかしらという手順もありましたが、ストリッパー・デックの魅力を十分に伝え、またそれを通じて、著者が言うように、その他のないがしろにされがちなギミックにも光を投げる面白い本でした。

 本書の手順は上述の二人以外に、
Syd Segal
Nathan Colwell
Frank Fogg
Edward Boswell
Brian O'Neill
Lance Pierce
Harapan Ong
の作品・アイディアが寄せられています。Tony Chanの手順の(氏の許可の元での)改案もあります。

 そういやちょっと前(だいぶ前)にBill GoldmanもMy Week With A Stripperという研究本を出していましたね。そちらは読んでおらんのですが、ページ数が10倍くらい違うし作家的にも毛色はだいぶ違いそう。

2017年11月29日水曜日

"Artful Deceptions" Allan Zola Kronzek





Artful Deceptions (Allan Zola Kronzek, 2017)



Allan Zola Kronzekの、演出に重きを置いた即席カード手品8作と、おまけでビル・チェンジの演出を納めた計9作の小ぶりな作品集。

納められている作品は主に有名作の流用で、その選球眼は確かであり、とても強力なよい手順ばかりであるのだが、一方で作者が本書の主眼に据えているであろうところの、いわゆる『演出』については不十分な内容になっていると言わざるを得ない。

手順については、殆どが有名作の変奏で、たとえばGemini Twins、Do as I Do、Visitorといったところ。新しめで言うと、カード・カレッジに入っているThe Lucky Coin。そのままでも非常に強力なこれらの手順に、Kronzek流の演出が加わる。

Kronzekの演出は観客にフォーカスし、また不思議さを重視したもので、これもかなり効果的であることはわかる。恋人同士にカードを当てさせたり、観客から観客へとメッセージを移動させたり、方位磁針の示すとおりに移動してカードを当てたり。これらの手順で、筆者が大きな成功を得ていることは間違いない。

しかし実際の所、こういった演出重視の手順が軽視されているのは、それが機能しないからである。多くの解説書(特に初心者向けのもの)が演出を重視せよと言っているが、その通りにやって気持ちよくウケることは稀だろう。

鏡写しの操作が同じ結果を生むとか、ジョーカーが仕事をしてくれるとか、方位磁針と宝の地図でカードを当てるとか、そういった一笑に付されかねない馬鹿馬鹿しい話を、ファンタジーとして観客と共有し、また共感するのは簡単な事ではない。

2017年のいま、演出の重要性を説くのであれば、その点の橋渡しを含まなければならないだろう。Kronzekも前書きの中で、観客との間でplay(劇)を共有するのだ、といった事は言っているが、踏み込みは足らないように思う。

たとえば、台詞をどれだけの真実らしさで語るのか、リアリティのラインは、間の取り方は、といった細かい話が読者に了解されないでは、本書の手順はうまく機能しないだろうし、改宗者はあまり望めないだろう。たとえばおとぎ話めいた演出でも、ユージン・バーガーが語るのと、そこいらの若人がやるのとでは全然ちがうだろう※。そこで何が違うのか、若人はどうすればいいのかについて、本書は語れていない。

Kronzekは前書きで、Ambitious CardとかTwisting Acesは強力だけれども、本当に心からの反応・感動といったものは、そういったただ見せるだけの手順よりも、本書で紹介するような手順からこそ得られる、と言っていて、その主張には私も賛同する側なのだが、本書がその手引きを十分にできているとは思えない。強力な手順・演出は納められているが、すでに演出型の手順について勘所のある人にしか有効活用できないのではないか。


アラカザールの方だそうで、未読なのですがそっちでは詳しく話していたりするのかしら?


※写真を見る限りでは、Kronzekもまた髭を蓄えた魅力的な老人で、その容貌が彼の『演出型』の手順に大きく利していることは想像に難くない。

2017年10月29日日曜日

52 Lovers 日本語版:発売




José Carroll(ホセ・キャロル)の著作52 Amantes(52 Lovers)の和訳本となります。

2巻ある原著を1冊にまとめ、収録順を変更しました。翻訳はできる限り誠実に行い、省略や改変は最小限に留めたつもりです。翻訳は英語版からの重訳で、不明箇所については西語版にあたりました。他、一部の誤っている図を修正し、またクレジットなどの情報を脚註のかたちで加えました。

リンク先のBASEサイトにてご購入下さい。
当サイト以外で発売する予定はありません。

B5ハードカバー:232頁 6,000円
版権交渉済み



スペインの偉大なマジシャン、Pepe Carrollのカードマジック作品集です。

Dai VernonはコラムVernon Touchの中で、スペインの偉大なカードマジシャンとしてAscanio、Tamarizと並べてCarrollの名前を挙げています。しかし若くで亡くなってしまったこと、書籍52 Loversの英語版があまり出回らなかったらしいこと(そして手順がやたら難しかったこと)から、本邦におけるCarrollの知名度は他二人にくらべて不当と言っていいほど低いものでした。

個人的な見解になりますが、Vernonが挙げた3人のうち、Ascanioが理論、Tamarizが演技とすると、Carrollはその現象が秀でています。本書に収められた手順は技術的にも道具の準備的にもハードルが高く、属人性の強いものですが、そのプロットは鮮やかで魔法的なセンスに優れ、現在のスペイン・マジシャンに受け継がれているものも少なくありません。

また本書の冒頭で解説されるサスペンスの理論は、いかに観客を巻き込み、スリリングな体験を提供するかといった観点で非常に優れた内容です(Tamarizも、ここを読まなければ本書の価値は半分になってしまう、と序文の中で激賞しています)。

この理論は実際に、本書で解説されている手順のなかに見ることができます。またサスペンス理論のみならず、TamarizやAscanioの理論(途中の動作、視線の交差、減コントラスト区、プレゼンテーションとカバー)などの、いわゆる『スペインのツール』が随所で用いられており、精読に値するものと思います。

お楽しみ下さい。

*宣伝のためにしばらく未来の日付にします。
元の公開日時は2017/10/29 。

2017年9月29日金曜日

"Hold my brain while I'm shuffling" Dimitri Arleri


Hold my brain while I'm shuffling (Dimitri Arleri, 2016)

なぜ買ったのか自分でもよく分からないのですが、カード・フラリッシュの創作に関する理論書(エッセイ)です。私はフラリッシュは殆どできないので、本当に何で買ったのでしょうか。
(答:好きなマジシャンがおすすめしてたから)

私自身はフラリッシュ(カーディストリー)の世界はよく知らず、というか、どちらかといえばフラリッシュに対しては懐疑的・敵対的な感情も心の裡にはあるのですが、そのために本書は非常に新鮮な気持ちで読むことができました。改めて考えてみれば、それこそ当たり前ではあるのですが、フラリッシャーもまた『創作/オリジナリティ』の壁と闘っているという点で、いわゆる旧来の手品屋とさして変わりはないのですね。

理論書なので、内容に触れるとそれだけでネタバレになってしまうため、詳細は避けますが、章題は次の通りです。

・始めに
・良い"ムーブ"とは何か?
・異なった考え方のアプローチ
・幸運/機会を作る
・技術
・タイミング
・好奇心をもつこと
・スタイル
・結びに

造本は滅茶苦茶にオシャレで、ちょっとこう『意識高い』感じですが、内容は非常に地に足が付いています。逆に言うとそこまで特殊な(フラリッシュ創作に特異的な、ないし著者に固有な)事は言っていないのですが、しかし2016年現在の言葉でもって、創作に関する基本的な事項を文章化したことには大きな価値があります。

映像媒体を主軸として発展してきたフラリッシュが、ここで創作理論を文章化したというのは非常におもしろい兆候ですし、また高い美意識をもった彼らの作った本書は、フォトブックと言って良いほどの美しさです。ある意味では、内容的にも、造本的にも、この一冊で旧来の手品屋はことごとく凌駕されてしまっているとも言えるでしょう。

先述の通り内容があまり特異的でないため、少しの読み替えでフラリッシャーだけでなく手品屋にも有用な内容になっていると思います。『書籍』という文化・歴史が無かったから、というのもあるのでしょうが、これだけしっかりと言語化されたものが発表されたのは恐るべきことです。

A5でおよそ50頁、とはいえ写真がめちゃくちゃでかく、殆どの場合で文章はページの半分もないので、実際の文量はそんなでもありません。エッセイなので文章や語彙がやや観念的になってはしまいますが、遊びのないしっかりした内容で、英語あまり得意では無い方にもおすすめです。著者がフランス人だからか、英語もかなり読みやすい方だと思います。

2017年8月31日木曜日

"南部信昭作品集 Vol. 1"

南部信昭作品集 Vol. 1(野島伸幸, 2015)

コピー紙をホチキス留めした極めて薄い(16 ppの)冊子。ですが非常に面白かったです。

寡聞にして知らなかったのですが、トリックスのディーラーだった方なのだそうです。この冊子ではレギュラーデックで出来るカードマジックを3つ解説。そのどれもが奇妙にねじくれたロジックを元に展開するとんちんかんな現象で、たちまちファンになってしまいました。

解説にも工夫があり、あくまで即物的でつまらない見方をした現象説明と、演者の言い分を可能な限り斟酌した壮大な現象説明とを併記しており、受容のされ方の最大と最低が同時に示されていて面白いです。

現象説明については両方ともショップに記載されているので、是非見に行ってください(そして買うといいと思います。たったの500円です)。
1・リプレイ
 どう使えばいいかよく分からない地味なカウント技法を時空のねじれにまで仕立て上げたレギュラー・パケット・トリック。

2・素数は素敵
 テンポのよいフルデック・プロダクション(4 of a kindプロダクションを連続して行い、最終的に全カードを使用するものの事をとりあえずいまこのように呼ぶ)。

3・消える予言
 わかったようなわからないような話。いろいろな理屈をねじ曲げようとする。(『論理のアクロバット』はこういう事を指すのではないと思う)


現象がとかくオリジナルで怪奇です。『脈絡のない現象』や『突拍子もない現象』はふつうは避けるべきなのですが、この場合はうまく機能しているように思います。現象それ自体は案外普通で、『脈絡のない・突拍子もない』のは演者だからかもしれません。カードマジックではあるが、不思議なのはむしろ演者というかたちになります。

解説で、演者の台詞がかなり生に近い文体で書かれていたり、それぞれ創作のきっかけやねらいなどがつづられているのも良。

ショップでは「一般にはとても見せられない!」と大書されていますが、いや、こういったものを見せられてこそだと私は思います。謎の空間をつくって観客を煙に巻きたい方は是非。続刊も楽しみです。待っています。

2017年7月27日木曜日

"The Bammo Tarodiction Toolbox" Bob Farmer


The Bammo Tarodiction Toolbox(Bob Farmer, 2017)

プリンタかコピー機で刷ったA4コピー紙をリングバウンドで綴じた今やちょっと珍しいホームメイド感あふれるつごう100頁の冊子。2部構成になっていて、前半は表題作である原理というか仕掛け「Tシステム※」とそれを使った手品、およびシステムの解析。後半は1988年にリリースされたTsunamiの再録と追加のアイディア。
また現在も補遺が更新中で、追加のトリックやさらなる拡張が解説されています。

※タイトルがネタバレになりうるのでここではイニシャルだけ書きました。

で、このTシステムが何かということなんですが、これは『カードを特定の順番に並べる手法+仕掛け』です。Farmerは本の中でHammanのChinese Shuffleの他、Green、Lorayne、Heinsteinの名を挙げ、それらのメソッドと比して『この類のもので最速』と言ってますが、その言葉に偽りはないと思います。
早くて、簡単で、半ば自動的に行うことができ、さらに、観客の目の前でやっても、カードを探したり並び替えたりしているようにはまず見えない(もちろんある程度の理由付けや練習は要りますが)。さすがにフルデックでは長くなるので、手順として使う場合は1スートの13枚程度にしています。

もちろん良いところばかりではなく、たとえば半自動化の代償として、自由度はほとんどなくなりました。ただ巧妙な工夫によって任意の並びAだけでなく、任意ではないが特定の並びBに並べる事が可能。これを利用して、1回目はカードがオーダーに戻り、2回目はばらばらだが予言と一致、という多段現象が達成出来ます。

とまあこれだけなら夢のようなのですが、即席ではできないこと、この種のものでは最速といってもやはり少々時間がかかること、手続き的な雰囲気がどうしても出てしまうこと、は否めません。しかし他の方法ではちょっと不可能な効果なので、上記の問題を上手く処理できれば、無二の武器になるでしょう。

さて、後半のTsunamiですが、非常に評判が高いようなのですが私は面白さがあまりわかりませんでした。ほぼ自由に選ばれたカードが、ほぼ質問無しで当てられる、というものなんですが前者の「ほぼ」はともかく後者の「ほぼ」が説得力皆無に見えます。賭の演出で進んでいくんですが、最後に「いまミスして金をすったが、最後にカードを当てたら全部チャラにできる」と言って5枚取り出し、思っているカードを観客に聞いて、5枚のうち1枚が当たっている……いや、これはどう見ても保険(アウト)でしょう。他4枚がブランクとかならともかくも。褒めるところが有れば宣伝文でこれは非常に馬鹿でよいです。

ただ、その発展型を扱ったオマケは面白くて、特に『カードは嘘をつかない、観客の選んだカードだけが嘘をつく』という演出を利用したカード当てが気に入りました。Tsunamiを即席でできるようにした改案があり、そのために使われている約90%で成立する奇妙なフォースや、さらにそれを100%にするための改案フォースも、「あるカード」のフォースには必ずしも成功しないが目的は達成出来るという面白いもの。こういった搦め手を組み合わされるとまず追えませんね。

あと某雑誌に載せていたコラムからの再録で「俺の原理を無断で使われクレジットも雑。おまけに手順がクソ。許せない。意趣返しにもっと良い手順を無料で公開してやる」という凄まじい経緯の手順がのっています。



そんなわけで非常にマニアックですが、上手く使えば凄いことになるのではないか。手段を選ばないマニア、原理や数理好きのマニア向けです。

2017年6月30日金曜日

"Less is More" Benjamin Earl



Less is More(Benjamin Earl, 2017)


久々にBenjamin Earlが正式なリリースをしたので買いました。全142頁、小振りなハードカバーの本です。同タイトルでレクチャーノート・シリーズが出ていますが、どうやらその単純な総集編ということではなく、取捨選択や追加を行っているようです。

本書の最終的な目的地は、いわゆるScarne Acesと呼ばれる4A出しです。マジックの、ないしギャンブリング・デモのひとつの理想で、つまり観客がシャッフルしたデックからAを4枚取り出してみせる、というもの。EarlはどうしてかScaren Acesには触れず、Henry ChristのFabulous 4 Aces Routineを出発点とし、それを純粋化していくというかたちで話は進みます。

1章ではChrist AcesのEarl流の改案をいくつか示し、2章では関連する技法、3章ではEarlによって組まれた4A出し、4章ではこの理論にそって再編したクラシック手順、そして5章にてEarlの用いている最終手順"Real Ace Cutting"。

さてしかし――最近のEarlの例に漏れず――これは完全なこけおどしです。技法にも手法にも、基本的には特別なタネ・仕掛けはありません※。途中でこそ少しばかり模索がありますが、最終的には極めて単純でひねりのないものです。Scarne Acesをプロブレムとして見た場合、重要な条件がひとつならず満たされていません。

その張り子の虎を、いかに『本物』らしく見せるか。それが本書の、本当の目的です。

This is not a boxSwitchなどで顕著ですが、最近のEarlは非常に基本的な手法に立ち戻り、演じる姿勢によってそのインパクトを高める、といったような方向性をとっています。また演技の目的も、魔法や不思議さではなく、演者自身の技術力を暗に(実際以上に)アピールするといった趣向で、本書もまたその例に漏れません。

しかしこれまでの本が、ノートという制約も合ってか、極度に単純化された手順とエッセイから成っていたのに対し、本書はひとつのトリックの成立を段階的に示したものになります。

その過程で、我々は元々のChrist Aces(的なもの)からさまざまな要素がそぎ落とされていくのを目の当たりにします。最終的にはなんと手法すら残りません。目的地のはずのReal Cutting Acesの章で、Earlは手法や操作にはついて枝葉として触れる程度で、主眼は演技のスタイル・心構えとなります。

ただし、あまり詳しく言えませんが、このオチにはいちおう理由があります。同時に、ほとんど詐欺じゃねえかとも思いますが。ただまあ、ここでEarlが示している「本物らしさ」を生むための工夫は悪いものではありません。特にギャンブリング・ルーティンを演じる人で、それをライトなエンタメとしてではなく、本物のギャンブル手法の開示のように演じる人(かつ、その手法が実は嘘っぱちでも構わないという人)には非常に価値があるでしょう。そうでなくとも、うまく「本物らしさ」を導入すると、レパートリーのよいアクセントになると思います。

ただし、本書の結論となる「本物らしさ」のテクニックそれ自体には、新規性はあまりないと思います。Earl自身いわゆる××に近いけれども、というような事は言っています。ただ一冊まるまる使い、こういった角度から詳細に説いたことで、はじめて見えてくるものはありました(ただDavid Britlandが指摘している通り、観念的です)。

面白かったし勉強になりましたが、壁に叩きつけたくなる人もいるでしょう。結局の所、手法や技法の話ではなく、それらを具とした理論書(ないし、あるスタイルの布教の書)です。彼なりの『マジックの再定義』は面白いとはいえ、安くて短いThis is not a boxSwitchを読んでから判断しても遅くはないでしょう。Real Ace CuttingのタイトルでDVDも近々出るはずですし、また、Geniiに私のなんぞより具体的で詳細で的確なDavid Britlandの書評も出ています(書評担当なのに、本書と一緒に出たEarlのDVDのレビューについても筆をとられています)。

(※ただし特殊な原理やトリッキーな技法がないだけで、基本的な操作ながら非常に効果的なものも一部あります。Henry in Isolationで用いられるIsolation Procedureや、No-Motion Four AcesでのUnconsidered Switchなど。特に後者は、Braue Additionに近い効果のものですが遙かに簡易で自然です。また偽のMuckingデモは、単純な技法の組み合わせで少しでも心得のある人には通じませんが、手品をやらない方に対するデモ目的としては非常によいものと思いました)

2017年5月31日水曜日

"en route" John Guastaferro




en route(John Guastaferro, 2017)


ガスタフェロの新しいノート。よい出来です。

私の思っているガスタフェロの特徴はこんな感じ。

・比較的簡単
・既存のメソッドの流用やコンビネーション
・日常的なテーマを盛り込んだ演出
・軽いエンタメとしての手品
・実用的
・セルフ改案多
・たまにいっぷう変わったギミックを持ち込み、容赦ない現象を作る

上の方の項目に関しては、正直なところあまり私の好みではないのだけれど、とても繊細な工夫やレタッチがなされていて勉強になるし、堅苦しくないので何だかんだ演じやすい。そしてそういった手順群のなかに、最後の項目に該当する変なトリックが紛れ込んでおり、ぶったまげる(One DegreeでいうSoloとかだ)。

そしてこのノートは、そういったガスタフェローの特徴を余すところ無くパッケージしてある。たとえば一作目の"Virus"は非常によいセルフ改案であり、日常的な演出によってギミック・カードを堂々と処理できるようになった。「デックがウイルスに感染して~」という演出も、よい意味で馬鹿々々しくて説得力がない。このあたりはガスタフェローの語り口のよさでもあろう。彼の演出は多くの場合くだらないが、「手順と乖離した意味のない軽口」でもなければ「とんちんかんな内容の強弁」でもない。

演出と言えば"The Box Whisperer"だ。私はWhispering Queenという演出が大嫌いだったのだが、ここでガスタフェローは「観客がカード・ボックスの中に秘密を囁く。演者はフタを開けてそれを聞き取る」というものに変えている。論理的には明白な嘘でありつつ、感覚的には納得・共感してしまうところがあり、なんというかセンスオブワンダー(※)である。しかも、あえてその筋立てを台無しにするような現象をクライマックスに加えることで、メンタリズムやエセ科学、ナンセンスの類ではなく、『ただのマジック』に落ち着けている。

※筆者はこのフレーズを雰囲気で使っておりあまり意味は分かっていない。

目玉となるトリックとしては、Soloに似て、ささやかな工作と欺瞞が光っているBoxing Dayをあげるべきだろうが、ここではMini-Mentalの話をしたい。
Mini-MentalはDiscoveries & Deceptionsに入っているMulti-Mentalという手順の短縮版で、私はこの手順のことを褒めまくった文章を書いたつもりでいたのだがDiscoveries & Deceptionsのレビューはそういえば書いていなかったのです。いわゆるマルチプル・セレクション手順で、両者の差異は選ばれるカードが7枚か4枚かというだけなので、ここでは一緒のものとして扱います。
これはちょっとガスタフェローくらいにしか発表できなさそうな手順だ。メンタル風にカード当てをして、その後それをリベレーション、つまりフラリッシュなどで出現させてみせる、という構成で、普通に考えたらどう考えても悪い組み合わせである。メンタル寄りであれカーディシャン寄りであれ、多少の心得がある人ならば、こういった構成は避けるだろう。
でもそれを構成し、発表するのがガスタフェロー(だし、なんなら7枚を4枚に変えたものを改案として発表してしまうのもガスタフェロー※)だ。そしてこれは実際、うまく機能している。読心術とフラリッシュ(ないし器用さ)を掛け合わせて、結果「マジック」らしく仕上がっている。是非読んでみて欲しい。

※セルフ改案じゃなきゃ許されないところではある。なおD&Dでの手順は後半に行くに従ってぐだぐだになっており、本書の手順の方がいい。

そんなわけでとても面白かった。
私自身の好みとはいささか外れはするが、「何か手品見せて」と言われたときに演じるのに適した、ライト(かつ十分に巧妙で不思議)な、マジックらしいマジックが詰まっている。それは必ずしもマニアやピュアリストの求める所では無いが、オーディエンスがアマチュア・マジシャンに対して求める所ではあろう。

ただしベスト・セレクションでは無いので、あんまり面白くない手順も、それはまあ1つ2つはある。それからエッセイは、いつもそうだけど、何が言いたいのか今ひとつよくわかりませんでした。

……日本語版が出るって風の噂で聞いた気がしてたのですが、本稿を放置している間に出てしまっていた。ちょっとお高いように思う。

2017年4月21日金曜日

"Close Culls" Harapan Ong



Close Culls(Harapan Ong, 2014)


Spread Cullとその派生技法を扱った小冊子。

まずまず面白い内容ではあったのだが、解説は簡素であるし意図や演出に力が入れられているわけではなく、文書という形式のメリットはあまりなかったかもしれない。ダウンロード・ビデオCullologyやMAGIC Magazineからの再録も多い。

解説されている技法だが、メインのスプレッド・カルは標準的な内容。派生技法はどれもちょっとぎこちない気がする。特にThe Buckle Replacementは、上手くやっても、構造的につっかえが生じそうな感じ。動画見る限りHarapan氏本人はかなりスムーズにできてるみたいなんだけど、何かコツがあるんだろうか。

トリックは12作品が解説されており、定番のサンドイッチ現象以外にもプリンセス・カード・トリックやメンタル・リバースみたいなものまでカルでなんとかしようと試みている。成功しているかというと微妙で、やっぱりスプレッドの中でカードが離合集散するやつのほうが光ってはいるが、面白くはある。

白眉はThe Buckle-llectors。4枚のKが一瞬でスプレッドのバラバラの位置に散り、もう次の瞬間には真ん中に集まって選ばれた三枚を挟んでいるというコレクター。同じくScattered Sandwichも良くて、New Jack Cityの親戚みたいな現象。4枚のAが表向きでデックの真ん中にあり、カードを広げていってAより上から1枚、Aより下から1枚選んで覚えて貰う。もう一度デックを広げるとAが移動していて、選ばれたカードをそれぞれサンドイッチしている。

先述の「ちょっとつっかえそう」な技法を使っているのでなかなか難しいが、スムーズに出来さえしたらどちらもかなり理想的な出来だとは思う。


これでカルを学ぶというには向かない。既にある程度以上カルが出来る人向け。確かにまだまだ研究しがいが有りそうなテーマと思う。でもこの内容なら、文章でやる意味はそんなになかったんじゃないかな。どうだろう。

また、本人も実際に演じたことはないという技法が最後に2つ紹介されててそれは僕けっこう内容自体も試みとしても好きでした。

2017年3月30日木曜日

"Thirteen Things To Think About" Hector Chadwick

Thirteen Things To Think About Pertaining To The Creation Of Original Content Within The World Of Magic(Hector Chadwick, 2017)


Hector Chadwickが出版したパンフレット。
タイトルがめちゃくちゃ長いですがページ数は少ないです。意味は『マジックの世界でオリジナル作品を作ることに関して考える13のこと』という所でしょうか。内容はそのまんまで、オリジナルな作品を作るにはどうすればいいのか、13の基本的な考え方を紹介しています。

ところで創作論を語るなら、やはり実績あるクリエイターではなくては説得力がなあ……と思ってしまうのが人情です。でもHector Chadwickって何者なんだ。商品なんてひとつもヒットしないじゃないか(*)、という所なんですが、前書きを読みますと、『最近ではますます人前で演じる事は無くなってきたけれど、私は人生のそれなりに長い期間を、他のマジシャンの創作を助けることで生計を立ててきた』と。

この方、なにを隠そうDerren Brownのショーの共著者の一人なんですね。Brownのショーはローレンス・オリヴィエ賞(**)の受賞歴もあるすごいクオリティで、youtubeで公開されたりもしてるのでよければ見てください。ともかく業界トップクラスのクリエイターであることは間違いないでしょう。

(*Vanishing IncからEquivoqueのダウンロードがひとつ出ている)
(**イギリスにて、その年に上演された優れた演劇・オペラ等に与えられる賞。イギリスで最も権威があるらしい。すごい。Wikipediaより)

紹介されている創作の13箇条については、そこまで意外性のある話はありません。正道と言うのが良いでしょう。けれど非常に良く言語化されています。長く手品をやっていると、このあたりはなんとなく感覚的に分かってきますが、それを言葉にするのは意外に高いハードルです。また比較的早い段階でこういうのに出会うと、大いに助かると思います。

あと、本書はなぜか手書きです。カラーのサイン・ペンかなにかを模しており、インクを散らしたりなんかして非常にカラフルで目に痛いです。ただ字は綺麗+ブロック体なので意外と読みやすい。

なお再販予定はなし。というのも本書の内容については、いま書いている新しい本で詳述するからとのことです。だから無理して買う必要はないわけですが、非常に美しいパンフレットですし、新刊もいつに(そして幾らに)なるか分からないですし、けっこうお奨めです。

2017年2月28日火曜日

"10 MAX" Boris Wild



10 MAX(Boris Wild, 2015)


10 Card PokerをあつかったBoris Wildの小冊子。


Boris Wild氏はFISM演技が色々な意味で有名ですが、一方でACAANやOpen Predictionなどのプロブレムに対して、非常に評価の高い解答を案出しています。そんな彼が10 Card Pokerを扱った冊子を出していると知って、10 Card Poker好きの私は(一度も演じたことはないのだけれど)飛びついたわけです。

結論から言うと本書はそんなにお奨めしません。

サブタイトルには、あるひとつの原理を元に10枚のカードで行う現象を10個、とあります。こう書くと、原理をいろいろ料理してるのかと思いますが、ハンドリングと現象はぜんぶ同じで、演出というかフレーバーが異なっているという感じです。

10 Card Pokerには2つの系統があり、ひとつはヨナ・カードを使う系統で、選択が非常に自由ではあるもののオチが地味。もうひとつがAlex ElmsleyのPower Pokerの系統で、選択がかなり制限されるもののロイヤル・フラッシュなど派手なオチが決められます。Boris Wildが元にしたのはPaul GordonのHead to Head Pokerという手順で、これは後者の系統になります。

Paul Gordonの手順は、Elmsleyのものと違って技法を使わず、Bannon-Solomon-Blombergのような処理でもなく、2.4.2 Dealのように途中でシャッフルしたりもしません。最後の一枚はどうにもうまくありませんが、全体としてはなかなか良いバリエーションと思います。

ただBoris Wildの手順はそこからまったく離れません。ESPカードを使ったり、イラストのカードを使ったりと、道具とテーマを色々変えるのは良いのですが、その程度の内容は『道具立てはこうで、演出はこう』とそれぞれ数行で終わらせるべきです。同じセットアップや同じ注意、同じ手続きの解説を(ある程度短縮されているとは言え)何度も読まされるのははっきり言って苦痛です。

うーん、あまりよくなかったなあ。

たとえば、ケーキの材料とゲテモノが描いてあるカードから、観客が見事にケーキの材料を選り分ける、というのがあります。これだって観客が正しい材料4つと間違った材料(たとえばサンマとか)を選び、演者がダブパンを開けるとサンマの刺さったケーキが出現する、とかだったらばもうちょっとなんというか広がりを感じるのですが。

ポーカー以外にも色々使える、というのは分かりましたが本書自体はいまいちです。

2017年2月1日水曜日

"The Garden of the Strange" Caleb Strange







The Garden of the Strange (Caleb Strange, 2007)


私が持っている中で、最も××な手品本だ。
この××の部分に最も多くの文章が当てはまるのが本書だ。

私が持っている中で、
 最もタイトルが格好いい本だ。
 最もジャケット・デザインがいい本だ。
 最もジャケットを脱がせた所が格好いい本だ。
 最も壮大な現象を収めた本だ。
 最も現象文がドラマチックな本だ。
 最も演じられる人のいなさそうな本だ。
 最も現象文と実際の手法の落差が激しい本だ。
 最もでかい風呂敷を広げた本だ。

つまりはそんな本だ。


基本的には無名の人だろう。私もまったく知らなかった。ではなんで買ったのかというと完全にタイトルとジャケットである。だって格好いいでしょうが。The Garden of sinners(※)っぽいし。

どんな本かというと現象はビザーマジック、メソッドはメンタルになる。
メンタルにもいろいろ有るので、僕の個人的な分類をざっとだけ書いておこう。基本的に3つのグループに分けられると思っている。


ひとつはマジックの手法を使うもの。
現象があり、タネがある。
AnnemannやCorinda(どちらも未読)からきて、WatersやMavenに続く。マジックの手法から演出を変えて行っているパターン。

ひとつは確率の手法を使うもの。
現象があり、時としてタネがない。
Banacheckなどサイコロジカル・フォースに大きく負うパターン。

ひとつは催眠術ないし偽の催眠術や心理学を用いるパターン。
時として現象がなく、タネもない。
Knepper(未読)、Jermay(初期)、最近だとFraser Pakerとか。


ああそれからマジックかどうか微妙だけど占い(Reading)ってのもありますね。じゃあ4つだ。


もちろん明確に区分できるものではないが、おおよそこういったイメージでいる。そこでこのCaleb Strangeだけれど、三つ目のパターンに近い手法を多く用いる。Jermayは初期のDVD Skullduggeryで、手相を観ている内に掌紋がうごめきだすという現象をやっていて、これはまあなんというか『物理的にタネは無い』んだが、この本も同じメソッドを使った手順から始まる。

この時点で既に、本書は多くの人の射程外になってしまうだろう。
だが問題はその演出なのですよ。

手順はこんな風に始まる。


あなたは観客達と屋外にいる。太古の儀式に使われていたという列石の間をともに歩き、ともに一日を過ごしてきた。あなたが口にする数々の物語に観客達は心打たれ、また彼らも自らの意見や、感ずるところを話して、グループの結びつきは密になっていた。そして今、あなたの導く旅路は終わりに近づいている。日はゆっくりと夜に浸蝕され、空を崩していく鋭い漆黒のショベルは、幾万の星に濡れ始めている……。

あなたは石に刻まれた紋様の話をする。定説は無いが5000年も昔の人類が刻んだと言われている紋様だ。

あなたが「火を!」と合図をすると、スタッフが松明を灯す。「我々の脳の中には」とあなたは話し始める。「太古の記憶が残っていると言われている。我々の祖先が、初めて光の中に出て、空を仰いだ時の記憶が。そしてきらめく歯と牙――何者ともしれない、夜に潜む恐ろしいものの記憶が」

あなたは石を触媒に、観客の太古の記憶を探っていく。観客の手の中で、石の紋様がうごめき、踊り出す。そしてあなたは、何か巨大なものの姿を彼女の中に見る。追いかけるそれ。逃げ惑う私。降りしきる雨。そして――



手順のタイトルはHunting Mammoths in the Rain。

『雨の中、マンモスを狩りに』だ。(※※)


もちろんDrawing Duplicationだとか、コインベンドだとか、普通のメソッド、普通の現象の手順もあります。でも演出は一事が万事この調子で、無駄な壮大さ、ドラマチックさなのです。

変な本でしょ?

他の手順はというと、降霊会を終えて館を出ると庭の薔薇がみんな散ってるとか、月が消えるとか、プラムパイを割ったら蛆虫が湧き出すとか、占いをしていたら護符のようなものが虚空から現れ出でるとか。
メソッドはどれもたいしたことはなくて、目新しいわけでも巧妙なわけでもない。ただそれだけに、僕らの知っている程度の道具を使って、ここまで大きな絵が描けるのかと呆気にとられる。しかも2007年にあってだよ。

この本の手品を演じる事は無いだろうし、演じられそうな人もとんと思いつかないが、それでも凄い本なのでした。


※『空の境界』の副題
※※通りがいい様に意訳したのは許して下さい。

2017年1月24日火曜日

Thinking the Impossible 日本語版:発売

 

Thinking the Impossible:日本語版

Ramón Riobóo

 



もし騙されるのがお嫌なら、何があってもRamón Riobóoに会ってはいけません。


Riobóoが1組のトランプを手に取したら――、疑い深い観客から世界的な碩学のマジシャンまで、最早だれ一人として安全ではありません。彼がポケットからくたびれたトランプを取り出し、ぎこちない手つきで混ぜ始めたら、――その間ずっと彼が少し上の空に見えたとしても、心しておくように、あなたが知っているこの世界の物理法則はねじ曲がり、あり得ない結末へと雪崩込むでしょう。

Ramón Riobóoは引退したTVディレクターで、スペインが誇る最上級のマジシャンJuan Tamarizの近しい友人です。彼はその本業から、ドラマ、簡潔さ、娯楽性、そして観客の注意を操る技を学びました。そしてTamarizとの親交を通じて、彼は愛想良く、しかし容赦なく相手を騙す術を学んだのです。彼の手の内を見抜いたと思ったそのとき、あなたは正に彼のマジックの陥穽にはまり込んでいるのです。人を袋小路に導くことにかけてRamón Riobóo程の手練れは居ないでしょう。

 Riobóoの専門は数理的な原理と心理的なサトルティの芸術的なまでに巧みな使用です。それらは巧妙に隠されており、理解を超えた現象を生み出すように計算されています。そして彼は、あなたが予想すらしていないタイミングで、技法やギミック・カードをそっと忍ばせて来ます。これらの組み合わせは、あっけにとられるような不思議さと心地のよい楽しさを生むでしょう。

Steve BeamのSemi-automatic Card Tricks シリーズに露出し始めた事で、 英語圏のマジシャン達の間でRiobóo作品に対する関心が高まってきました。このThinking the Impossibleで、彼はその名声に期待されるものすべてを解放しています。39のトリックと手順には彼の賢さと狡猾さがたっぷりと染み込み、そこに心理的な側面についての3つの信条がステアされて、―― くらくらするほどに不思議なカード・マジックがここにあります。

 Hermetic Press版より





 長らくお待たせしました。Thinking the Impossible 日本語版、発売と相成りました。リンク先のBASEサイトをご使用頂くか、私個人にメールで連絡のうえ銀行口座振り込みなどでお買い求めください。本業がありますので、場合によっては発送が週末までずれ込む場合もあるかと思いますが、ご理解頂きますようお願い致します。


 さて本の内容を紹介したいのですが、ここでいくら褒めちぎっても宣伝にしか聞こえないでしょう。しかし幸いにして、本書を訳す事になるなど夢にも思っていなかった頃のレビューがあるので、そちらを参照ください。


 緑の蔵書票:"Thinking the Impossible"Ramón Riobóo



 翻訳に際しては、基本的には元々の文章に手を加える事はしていません。中にはやや理屈に合わない操作であるとか、わかりにくいような説明もあるのですが、大きな改変や、注や図を補うような事はしませんでした。ただし現象説明と手法解説とで若干内容に食い違いがある場合があり、それは統一のうえ、その旨を注にしてあります。


 またページ数や構成の関係で、数点の図が削られたり、加工されたりしています。削られたのはとある文房具の写真や、ごくごく基礎的な技法の図であり、他の問題と天秤に掛けたうえで、無くても問題ないと判断しました。


 技法名、手順名、人名、書籍名については、ダブル・リフトやシャッフルなどの基本的な用語を除いて、英語表記のままにしてあります。これは私が音を上手くカナに起こせなかったからですが、いちおう検索が容易にできるようにという意図もあります。基本的には固有名詞なので、通読には問題ないかと思います。

 なおRamón Riobóo氏について言うと、ラモン・リオボーという音が近いようです。


 カバー、表紙、および章題のイラストは日本語版オリジナルのもので、原著とも英訳書とも違った雰囲気になっています。




 本書がそれなりに売れて、というか割とかなり売れて、運良く黒字になりましたら、次に用意している本が出しやすくなります。皆様何とぞよろしくお願いいたします。


*宣伝のためにしばらく未来の日付にします。
元の公開日時は2015/01/24 19:31。

2017年1月2日月曜日

"Switch" Benjamin Earl



Switch(Benjamin Earl, 2015)



Benjamin Earlの冊子。Switchのタイトルに相応しく、トランスポジション現象2作品。トランプの入れ替わりPaper Switchとコインの入れ替わりMetal Switchを解説。

これがうーん。

1.ギミック無し
2.デュプリケート無し
3.現象は1回のみ
4.クリアーな現象
5.テーブルなどは要らない
6.実用的
7.演者と観客がそれぞれ『物』を保持する

というルールを遵守しており、手法はそこから想像されるモノそのままだと思います。面白さは無い。そのうえで、技法の細部をどうするかとか、連続した手続きだと認識されたらまずい所をどう心理的に切り分けるか、というEarlの研究は面白いです。また「あのBenjamin Earlがこれで成立させているんだから」という練習モチベーションにはなります。

特にThe Delayed Palm Removalという(名付ける程のものでもないと思うが)演出上の工夫はなるほど。またPaper Switchの方は、使う技法の難易度に合わせて5段階の手順が解説されているのも面白かったです。まあひとつ目からして「ここでリラックスしてトップ・カードをパーム」とか言われるので簡単ではありませんが。

クラシカルで単純な現象を可能な限り強力に演じる、というEarlの方針は分かるのですが、しかし彼はそこに面白さも不思議さも設定していないので、見る人は「わからない」とか「上手い」「怖い」という感想になるんじゃないかなとも思います。Earlはそういうキャラなので、それでいいのでしょうが、この通りにやって効果を上げられる人は少ないかもしれない。

またこの本に限らず、最近のEarlは「カジュアルにポケットに手を入れる」を多用するんですが、これは人によっては合わないのじゃないかと思います。






"Fred Kaps' Lecture Notes" Pete Biro




Fred Kaps' Lecture Notes(1972, 2012, Pete Biro)



かのFred Kapsのレクチャーノート。2012年にPete Biroが自身の小冊子シリーズの11巻目として、判型を改めて出版したものです。しかし古い時代のレクチャーノートという事もあって、イラストは一切なく解説も簡素。ほとんどのトリックは半ページの文量しかありません。ここからKapsのタッチなり工夫なりを読み取るのは難しいと思います。


またPete Biroの編集が良くなくてですね、写真は圧縮ボケしてるし、註釈をつけたかと思えばその内容が『なにせ20年も前のことなのでこのグラスのサイズなどは思い出せない』とかいう読み手側の情報量が全く増えない内容。そんなこと書いてる暇があるなら、解説が間違っているTwisting the Aces, using the Ascanio Spreadを修正しろよ。

また表紙にBonus:Smoking Thumbとあるが、これも酷いんです。簡単な歴史に触れ、あとはTom Mullicaの手に渡ったというギミックの写真があるだけ。手順の具体的な内容やコツは何も明らかになりません。しかもこの写真、Mullicaがオークションで使ったものと書いてあって、……え、それ、Biroはただネットから拾ってきただけじゃねえの?
2つあったギミックのうち一方は自分が譲り受けたとか書くなら手元にあるそいつの写真を撮れば良いのでは?ホントにもらったのですか?それとも現存していないという事ですか?

また演技はここで見れるよ、と言ってyoutubeのリンクを幾つか加えてもいるんですが、一つはリンク切れ、もう一方もどうやらBiroではないアカウントの上げた動画で、しかも壊れているのか何なのか私の再生環境では見られませんでした。

ノートの出来が悪いのは時代的に仕方ないとはいえ、それを2012年に編集のうえ再発売するにあたってこの内容はあまりに手を抜きすぎでは。というか表紙の、自身のカラー写真さえ圧縮ボケしてるんですが、この人は本当に本業写真家なのか。


そんなこんなで酷い出来の冊子です。

内容に戻りますと、Kapsの手品は統一性のあまり感じられない雑多な内容です。一番気になったのはInternational Coins Through Tableで、最終段にちょっと見たことのない組み合わせでの解決方法を取っています。いや単純に不自然だし成立もしていなさそうなんですが、気に掛かるアイディアでした。
しかしKapsはこれ以外も、あまりまともに記録が残っていないようで残念だ。

"F for Fiction" Benjamin Earl




F for Fiction (Benjamin Earl, 2015)


カードとポケットにまつわる3作品を収録したBenjamin Earlの小冊子。せっかくなら4作にして韻を踏めばよかったろうに。

・Four-Card Impossible
 Prefiguration。Earlは最高のバリエーションだと宣いますが、そして確かにカードの数値に合わせて配るとかそういうセルフワーク臭い要素は無くなっていますが、代わりに導入されたフォースは怪しい動作がない代わりに説得力微妙。

・Finish 52
 観客が自由にカードを言う。複数枚のカードをポケットから取り出すと、その数値の合計が観客の言った値と合致する。
 ――という、昔からあるけれども不思議さや面白さの弱い現象に、うまくフォローアップする第二段を加えてた作品。これは確かに面白く、またこんなつまらない現象をよく拾い上げ、よく現代的な形にできたなと関心しました。もっとこういう方向性で創作してくれればいいのに。

・Followers
 VernonのThe Travelersから冗長さをぎりぎりまで削ったような作品。原案の狙いやテンポは無視しているので賛否両論有ろうが、非常にスピーディーで現代的な手順になった。ただかなりダイレクトである。
 最後にデックが溶けるように消えるというThe Fade Away Deck Vanishが載っているが、これはあんまり真に受けない方が良いのかなと思う(観客は××のように感じる、というのは検証が非常に難しい)。


という3作品。このところ販売されたBen Earlの冊子の中ではもっとも手品らしい企みがある。技法を前面に出してはいないのに、不思議でも面白いでもなく「上手い」という印象になってしまいそうな手順構成・演出ではあるが、その辺は料理次第でどうにでもなるかな。

クラシックをよく研究していて、そのリライトの腕もなかなか。最近のEarl冊子の中では1番地に足が付いておりよかった。例によって演技権が厳しく設定されているので買われた方は注意。