2025年1月1日水曜日

”Redemption” Red Nist

Redemption (Red Nist, 2024)

フランスのマジシャン、Red Nistのカードマジック作品集。基本即席の6手順。これも3 Monkeysの冊子でオシャレです。

前書きがMarkobiで、作品も全体的にDaOrtizの影響が大きい。エルムズレイ・カウントやブロウイ・アディションのような目に見える技法は使わず、カルのような見えない技法と、全体的な振り付けによる技法の分解、それから数理原理を組み合わせて現象を成立させている。かなり現代的なハンドリングです。ただ、完成度はちょっと落ちるでしょうか。余計な操作が無いのは良いことだが、そのために不自然な状態のままデックを保持し続けたりする。

思えばこれまで、手品の本を読んで「この技法の置き換えは雑では?」と感じる半端な作品はたくさんありました。同様に、この冊子では「この『雑さ』は雑では?」と感じる場面があります。

我々はこれまで、雑さや技法の分解についてはDaOrtizやHelderなど達人ばかりを見てきたわけだが、そのツールが一般にまで行きわたって、半端な使われ方もするようになってきたということでしょう。そういうわけで本書はちょうど「まずまず」の作品集です。

比べる対象が高すぎるだけで、質そのものは悪くありません。人に見せるならこれでいい、むしろこれくらいがいいとも思う。現代的なハンドリングの合格点の作品集といえるでしょう。今後の手品はこういうのがスタンダードになっていくのかもしれないな。

なお1作品目のTrue Ambitionは1段のみのアンビシャスで、かのYann Frischを3回連続でひっかけたそうです(なお横で見ていたBebelは騙せなかったとか)。こういうエピソードは書籍の良いところなのでどんどん書いてほしいですね。

2024年12月30日月曜日

"Remote Perception System" Ian 'Rasp' Cheetham & Michael Murray

Remote Perception System (Ian 'Rasp' Cheetham & Michael Murray, 2019)


Michael Murrayの新刊。もともとは2019のBlackpool Convention会場でソフトカバーで販売され、それがハードカバーになって一般販売されたのが本書(2024年末)です。40ページの薄い本で、Murrayにしては珍しく手順の数も少なくまとまっています。

タイトルがちょっとミスリーディングで、これはRock Paper Scissors(じゃんけん)との語呂合わせにすぎません。残念ながら汎用的な遠隔知覚システムとか原理が解説されているわけではない。タイトルのことはいったん忘れましょう。

それで、これはじゃんけんにまつわるメンタリズム手順です。宣伝文句にあるとおり、道具無しだったり、電話越しだったりでも出来るのですが、基本的には3枚の名刺にじゃんけんの手をそれぞれ書いて配るかたちになります。

ピンと来た方もいるのではないかと思います。じゃんけんというのは『3つの要素』で、それの配分で、それでMurrayというと、そうあの原理です。HammarとかGreen NeckとかTrojanとか、あれ。ただしTrojanのとき3つのオブジェクトは任意の物品でした。一方で今回、じゃんけんの3要素にはそれぞれの属性があり、また文化的な背景があります。それらをうまく使うことでTrojan Horse Projectよりも手順の完成度は高い。誰がなにを持っているか、誰が勝つのか、を予測するのはまず不可能に見えるかなりフェアな手続きであり、それでいて操作感もほとんど感じられないように仕上がっている。

3枚のカードを配ってじゃんけんさせる、という点にだけ目をつむれるのならかなり強力な手順と思いました。短い本ながら、手順の発展過程がうかがえる内容でそれも面白かったです。

2024年11月26日火曜日

”Outnumbered” John Bannon

 Outnumbered (John Bannon, 2024)


Barrageに続いて、フランスの3 Monkeys Pub.から出たJohn Bannonの新作ノート。100ページちょっとで今度は数理系のカードマジックが6手順です。

まず『数理マジックの復興』を歌い上げる序文が素晴らしい。現代だからこそ輝く数理マジックがあるという話には、なるほど、すっかり説得されたし、続いて提示される手順Game, Set, Match!もこの上なく嫌らしい。――のではあるが、全体で見ると序文の趣旨に合致する手順は半分くらいなのが冊子として勿体ないところ。手順はすべて原理系だし、総じて完成度は高いのですが、テーマとしてややブレてしまったところがある。序文で言ってた『現代の数理マジック』で固めて欲しかった。そうしたら傑作ノートだったでしょう。

手順の完成度はどれも高いし、数理縛りではあるがMentalissimoDestination Zeroのときほど堅苦しくもなく、実演して楽しそうな感じ。少枚数の調整やカードの選ばせ方なんかは、DaOrtiz(やJosheph Barry)以降の目で見ると、ややハンドリングに固い所はあるかもしれない。でも細やかな技巧や工夫はやっぱり流石Bannonである。

最近のBannon作品集として、Barrageとセットでおすすめ。薄いしね。また数理手品(特に観客にも負担を強いるタイプの)が好きなら、序文だけでも励まされるものはあるかも。

2024年11月25日月曜日

"The Art of Shaping Perceptions" Gabriel Werlen

 The Art of Shaping Perceptions -Impromptu Mentalism (Gabriel Werlen, 2023)


Á Double Tour (2022) 面白かったのでGabriel Werlenをもう一冊買ってみました。Á Double Tourと重複が1つありますが収録作は6つと倍に増えています。また個人的に気に入っていた彼のスタイル『即席メンタリズム』がタイトルにしっかと掲げられています。

では期待した内容だったか、というと……正直なところ微妙だった。6作品あるものの、素材の幅が狭く、中心になっている原理も同じなので、同工異曲の感じがある。同一手法が繰り返されることによって、この手法の「結局は二択」であることの窮屈さも強調されてしまった。言葉の扱いが難しい手順も多いし、パーラー/ステージ寄りの手順も多く、サブタイトルにまでなった割に即席感も前著よりは弱い。この原理(手法)のいろいろな応用の仕方という意味では勉強にもなるが、全体的な完成度ははっきりÁ Double Tourのほうが高いだろう。

そんな中、6枚の適当なカードから観客の選んだカードを当てるKnow-wayは良かった。こちらはGreen Neck Systemの応用とのこと。Mathematical Three Card Monteの親戚で、パズル感がありつつも、しっかり不思議さも高くなってると思う。

読むならÁ Double Tourの方が良い。それで、Heads I win, Tails you loseが面白かったら本書も読めばいいだろう。とはいえGreen Neck Systemを使った手順が面白かったのでGreen Neck Systemは読みたくなったし、今後の作品にも期待が持てます。

2024年10月30日水曜日

”Something Borrowed, Something New” Paul Curry

Something Borrowed, Something New (Paul Curry, 1941)


Out of This Worldの作者としてマジック史に名を刻んでいるPaul Curryの最初期のノートである。Curryは1917年生まれなので、24歳の時だ。そう考えるとめちゃくちゃ若く、実際、この冊子の内容も(他作品と比べれば)若さを感じるものである。まあ天下のOOTWも翌年発表ではあるのだが。

16作品収録。この頃からよく考えられた手順が多いものの、Paul Curry Presentsよりは工夫に欠ける。CurryはBottom PalmとTurn Over Changeでカード技法史にも名前を刻んでいるが、それらが収録されているのも本冊子である。Sadowitzが褒めていたというHalf Passが収録されているのも本冊子。Lybraryで電子新版(2022)を買うとAppendixとしてもう1手順ついてくるのだが、それもちょっと面白い技法を使っている。一方で原理物はあまりない。

Turn Over Changeを使った2枚のカードのルーティンなどは、なんと9段からなっており、本人としても若気の至りではないだろうか。ただこれも、ゼムクリップで四方を留められた2枚のカードが、実は観客のサインしたカードだったというようなクライマックスであったり、ロードの不自然を軽減するための2段階の処理など見どころは多い。カード以外にも、ポケットにコインが移動したのが音でわかるClink!なんかは、この類の工夫としてはかなり早い時期の例ではないか。

この頃からよく考えられた手順が多く、見どころは多いながらも、Paul Curry Presentsよりは工夫に欠けるし、優秀な作品のほとんどはWorlds Beyondに収録されている。読んで楽しくはあったが、改めて買って読む意味はあまりないかというのが正直なところ。まずはWorlds Beyondを買おう。

2024年9月30日月曜日

"Á Double Tour" Gabriel Werlen

Á Double Tour (Gabriel Werlen, 2022)

 Gabriel Werlenの即席クロースアップ・メンタリズムの小冊子。収録手順は2つ+おまけの3つの本当に薄い本です。近年的なメンタリズム手順はピュアさのためにデュアル・リアリティやアウトを好み、そのためどうにも即席クロースアップに不向きになりがち。多人数向きになり、繰り返し性が低くなる。本書はクロースアップで即席(風)をうたい、実際にどの手順も一対一でも演じられるのが気に入りました。


Absolute Free Will

 Free Willの改案。3つの物品の帰属(観客が持つ、演者が持つ、テーブルに残す)を観客が自由に選ぶが、それが予言されている。同プロットの作品集Mark ChandaueのTotally Free Willの感想で、原案Free Willは3つの弱い原理の組み合わせが魅力になっているのであって、どれかの弱点を克服しようとすると台無しになることが多い、というようなことを書いたのですが、Werlenの本手順はかなり良い線をいっています。3つの単純で弱い原理を、2つの複雑な手法に置き換えていて、かなり隙が無い。やや言語依存がありますがたぶん翻訳可能な範囲。


Will-O'-the-wisps

 演者の手の中にマッチが何本かあると想像してもらうが、それが具現化する。クロースアップ・即席メンタルらしい良い手順です。演出の一部で言語依存が強いものの手法に直結した部分ではないので問題ないです。


Head I win, Tail you Lose!

 本書の手順にはWerlenがSchrödinger Principleと呼ぶ原理が随所で使われているらしい。『らしい』というのは、原理の明確な定義が語られないのでなんとなく空気で察するしかないからです。このおまけ手順はSchrödinger Principleを例示するために収録されていて、同原理のみで成立しているとのこと。正直なところ新たに名前を付けるほど特別な原理には思えないんですが、ともかく想像上のコイントスに勝ちます。この種の手品にありがちな『一回しか演じられない』問題、『そうは言っても50%の確率じゃん』問題はそのままなんですが、演出がある程度それらをカバーしていて、ちゃんと演じてることが分かります。


 全体的にやや既視感があり、また手順のどこが新しいのか、原理が具体的にはどう定義されるか、といったところが明示されずなんかふわふわしているところはあるのですが、質はよく、また一対一でしっかりメンタル手順を見せようという姿勢は好きです。

 最後のページに広告があって知ったのですが、Green Neck Systemの人だったんですね。作中で言及はなかったもののAbsolute Free Willで使われているのもそれっぽい。いい原理だったので、Green Neck Systemも読んでみたくなりました。

2024年8月31日土曜日

"Barrage" John Bannon

Barrage (John Bannon, 2023)


John Bannonの新作ノート。130ページで最近のカード手順8つを解説(再録含む)。

近年のBannon先生は技法無しやメンタルに注力していて、個人的にはあんまり好みではなかったのですが、本書はそれらの延長にありつつも、もう少しカード手品っぽさ、具体的に言うとダイナミックな現象が戻ってきています。たとえばマルチパケットのフォローザーリーダー、古典的なグラスの上下でのトランスポジションなどなど。それでいて細工は最小限なので、ちょっと判断に困るバランスになっている。うまくいきそうな気もするし、通用しない気もする。実際に誰かに見てもらって、感想を聞きたいところ。

単純な原理に軸足を置いており、Bannonの十八番(と個人的に思っている)イロジカルな策略はあんまりない。しかしさすがのBannonで、古典的な9枚目のフォースやクロック・トリックの原理も、そうとは見えない工夫がなされています。またBannon流のOut of This Worldも収録。新しい内容ではないが、細かな工夫や、面倒な部分の切り捨て方は実にBannon。

そんなわけで近年のBannonの感じを確かめるのに丁度いい冊子ではないか。あとこれ3 Monkeys Publishingっていうフランスの出版社が出してるんですが、デザインが素晴らしい。中身のレイアウトも超オシャレで、今時っぽいレクチャーノート作りたい人には大いに参考になると思います。前著Queen Spiritとは雲泥の差である。

2024年7月27日土曜日

"Reality Is Magic" Anson Chen

Reality Is Magic (Anson Chen, 2023)


Neat Reviewから出版されたAnson Chenのマジック~メンタルの作品集。香港の方で、日本のマジックバーに居たこともあるらしい。本はご覧の通りでデザインが完全に極まっており(https://www.ultraneat.org/reality-is-magic)、タイトルと相まって高踏で難解に見えるのだが、はたして内容はというと意外に平易でシンプルであった。

最初の手順Wishstoneこそ、『願をかけた紙片に火をつけ、残った灰を宝石にする』というビザー的手順であるのだが、次は(知覚をだます系ではあるものの)コイン手品、Out of Sight, Out of Mindの改案、カードアクロスなどなど、一般的なプロットが並ぶ。演出もあっさりで、装丁から感じるような黒魔術っぽさは無い。いちおう後半では奇妙な道具や日常生活をゆがませる系の手順もありはするが……。

そして肝心のreal magicというアプローチについても、著者は「This approach may be largely unexplored(いままでほとんど開拓されてこなかった)」と言うが、Benjamin EarlやAndyが大きな影響を及ぼしていて、FeldmanのPages Are Blankみたいな本も出てきている。そしてまた、本書がそのアプローチを探求できているか、新たな視点を持ち込めているか、というとこれもあやしい。

では本書は駄作か、というとそんなことはない。リアリティに到達するために、手順からは手品的な動きがよく削ぎ落とされている。エッセイもシンプルだが当を得ているし、文章もとても読みやすい。見た目に反して、リアルマジックへの入り口としては、上記の悩める面々よりもはるかに取っつきやすい本だ。

良い本ではあるが装丁から期待する内容とはかなり乖離があった。頭のおかしいビザーマジックを求めているとだいぶ肩透かしだと思う。そういう人はGarden Of The Strangeを読もう。

2024年6月30日日曜日

”Session Notes 2024” Tom Stone

Session Notes 2024 (Tom Stone, 2024)


Tom Stoneが2024年のSessionコンベンションで行ったレクチャーのノート。Tom Stoneといえばクロース~パーラーでの強力な現象の探求と、そのために手段を選ばないというのが私の印象。そしてかなり凝ったことをやるかと思えば、急に力業でぶち抜いたりという独特のバランス感覚がある。このノートでもそれは相変わらずです。またColwellのTheseusの改案もあるなど、最近の現象も旺盛に取り入れている。一方でこのノート、6手順でわずか12ページしかなくて、そのため解説はかなり簡素です。往年のファンには物足りないかもしれないけど、Tom Stoneの手品をライトに摂取できるのはちょうどよかった。ねちっこい解説が読みたいならまだまだたくさん本はノートはありますしね。

以下収録作

Mittens:両手に分厚いミトンをはめた状態でのCard to Impossible Location。2枚の選ばれたカードが、それぞれのミトンの内側から出てくる。力業だけどスマートで、いかにもTom Stoneっぽい。

The Suss:Theseusの改案で、絵はがきを使ったもの。パフォーマンスとしては格段にしっかりしたが、手法はごく単純になってしまった。言われてみれば確かにこれでいいんだけれども……。

A Handy Gift:小さなプレゼントの箱にリボンがかかっている。ハサミでそれを切って中身を取り出すと、いま使っていたハサミが出てくる。最高にTom Stoneなトリック。理論的には面白いが、実際に演じたときどこまで思惑通りに成立するかちょっと危うそうなあたりもTom Stone。

Flatworm Fry:記憶の移動現象。観客Aにカードを見せたあと、観客Aがカードを忘れ、観客Bがカードを思い出す。この類の現象の常として、成立はしてるけれどあんまりおもしろく見えない気がする。

Color Deaf: 小ネタで解説も半ページもない。Out to Lunchギミックのアイディアが主体で、現象はおまけかな。確かにちょっと面白いギミックで、なにかしら使い出はありそう。

White Death:流氷に見立てたブランク・カードを並べ、観客に自由に渡ってもらうが、観客の選んだルートはことごとく氷が薄くて、どうあがいても死であることがわかる。急にクロースアップの売りネタっぽい手品だが、解決策にはおよそ面白味がない。演出や道具立てはすてき。

Tom Stoneは謎技法も技法ゴリゴリ手順もけっこうあるのだけれど、このノートではそういうのは無い。基本ギミックでパーラーよりなので、それだけは注意してください。でもまあ短くてすぐ読めるし、現象もやり口も面白いので、誰が読んでも楽しめるでしょ。いいノートです。

2024年5月30日木曜日

"Sharing Secrets" Roberto Giobbi

Sharing Secrets (Roberto Giobbi, 2021)


本には機能がある。

作品集や自伝の類いであれば漫然と書き連ねてもその機能を果たせるだろう。しかし特定の機能を狙ったものであれば、たとえば教本であるとか、手引き書といった書籍となると、内容の前にまず構成が問われることになる。そして、そういった特別の機能を狙ったとおぼしい『意欲的』な手品本の多くは、しかし構成の時点ですでに失敗している。素人が書いているのだから致し方ないことではあるが、たとえば「多くのマジシャンにもっとスクリプトのことを考えてほしい」という素晴らしい志で書かれた本でも、ページ数が450超となると、その時点で多くの読者を失っているだろう。

では本書はどうか。碩学Roberto Giobbiによるこの書は、副題がThe 52 Most Important and Practical Strategies in Magic(マジックにおける最も重要かつ実用的な52の戦略)となっており、その名の通り52の戦略/理論が紹介されている。

52という数字は、それだけ見ればかなり多く感じるが、本書では1トピックに対して見開き1ページで、左ページに説明、右ページに実例という構成で本編わずか104ページにまとめられているのだ。これは手品理論の入門書・実用書として、満点といっていい構成だろう。もちろんこの紙幅だと解説は不十分にならざるを得ないが、クレジットにもうるさいジョビーのこと、参考文献への導線はしっかり設けられているので何ら心配することはない。52は手品理論を網羅できる数ではないがしかし、大枠を把握するには十二分だろう。AscanioやTamarizはもちろん、Gabi Parerasあたりまでカバーしてくれている。

ということで、手品書籍には珍しく目的と合致した構成を備えている本書ではあるが、手放しで褒められる内容か、というとそうではなく、いくつかの問題を孕んでいる。

まず、扱われる「戦略/理論」の範囲が広い。ツール的な理論から手品哲学的なものまで含まれており、例を挙げると前者はIn-Transit Actionで、後者はカードカレッジ2巻でも出てきたピラミッド/氷山理論だ。観客に見える手品は、多くの水面下の構造からなっている、という話で、考え方としてはその通りだが、これを具体的に手順に適用するとかいう話にはならないように思う。そういった観念的なものや心構え的なものも含まれているので、重要な実用的/ツール的理論で取りこぼされているものも少なくない。

一方で、理論の出所は狭い。ざっくり数えたところ52項目のうちAscanioが15項目、Tamrizが10項目。まあAscanioとTamarizで重複はあるし、そもそもこれはジョビーというより、理論的なものの多くをスペイン派に頼らざるを得ない手品界の問題かもしれないが……。ところで、ジョビーの名前でリストアップされている理論は16項目である。

なんとAscanioより多いのだ。これにはからくりがあって、ジョビーは既存の、はっきりとは名前の定まっていなかったものに名前をつけ、自分のみを参照先として記載している。しかしアクシデント的な中断が観客の記憶に残らないことや、事前に行う動作の条件付け(馴致)などは先人がいくらもいるだろう。Shadow Theoryは出典こそちゃんとTamarizになっているが、参照先は自著Stand-up Card Magicとなっていて、でもこれ、さすがにFive Points in MagicのNewspaper-ruleにも繋げるべきではないか。

さらには、理論の採択や解説にジョビーのバイアスがはっきりとある。本書のたぶん一番大きい問題はそこで、本書は理論の入門/総覧という体裁でありながら、ジョビーの色が強すぎる。Artな手品を目指するのはいいだろう。けれども観客の感想として「Amazing!(やべえ!)」より「Beautiful(美しい)」の方が望ましいとか、「Good is better than original(独創的だが未完成であるよりは、既存だが上質な方がよい)」と繰り返すのは、自身に独創力がないコンプレックスの裏返しではないかとさえ思う。成立するか否かの危うい境界を突いていくことこそが、手品の地平を広げてきたのは間違いないだろうに。

これがジョビーの私論の本であれば私もここまで言わないが、ジョビーは本書をあくまで汎用性の高い没個性的で客観的な本として書こうとしており、あえて主語をIではなくWeにしている。であればWeと言いながらIの文章になってしまっていることを指摘しても不当ではないだろう。私があんまりジョビーを好きでないというのも大きいのだろうが、やはり本書の目的に対しては、複数人の手を介した、無個性で偏りのない文章と内容であった方がよかったろう。


なんかだいぶ悪口を言ってしまったが、本書がその構成のみによって既に他の「理論書」よりも大きく秀でているのは間違いないところだ。52の理論の紹介の後に、それらを大いに活用したCoins Through the Tableが解説されているのもよい。手品理論的なものの入門としては(文章がやや読み難いことを除けば)非常によいだろう。科学用語の誤用を修正しようという試みもあり、そこは大いに評価している。Ascanioの誤用を正すなんてのは、なかなか余人をもって替え難い仕事だろう。