2016年7月29日金曜日
"This is Not a Box" Benjamin Earl
This is Not a Box (Benjamin Earl, 2016)
Past Midnight DVDで一大旋風を巻き起こしたBenjamin Earl。それ以降は大規模なリリースは行っておらず、自費出版の雑誌やレクチャーノートなどを比較的閉じた範囲で発表している模様。
これはメーリング・リストでのみアナウンスされてた冊子のようで、まったく存在を知らなかったのですが、Vanishing Inc.が取り扱うようになっていて急いで買いました。
もともと少し高尚というか気取った感じのあったBen Earlですが、この冊子はそれを推し進めた感じ。目的はふたつ。
・軽視されがちな『単純なトリック』がもっている手品の本質とも言える部分に目を向ける
・誠実な演出でもって、手品の本質を強烈に観客に伝える
手順はカードが4つ、コインが1つ、小物が1つで、このページ数にしては多く解説されていますが、手法的な面から見るとほとんど無価値です。カードで言うと、基本的にはクラシック・パスでコントロールし、トップ・チェンジですり替えるだけ。現象は強力だとは思いますが、特殊な構成やオリジナル技法といったものは無いので、そういうのを求める人には本当に、まったく、一切意味がありません。
で、演出が本書の肝なのですがこれはDerren BrownとDavid Blaineのあいのこといったところ。シリアスで、リアリスティックで、かつ誠実な演出。超能力だとかハンドパワーみたいなウソの権威を用いずに、しかしそれなりに崇高なものとして手品を見せる方法です。
たとえば収録されているコインの手順は、1枚のコインが左手から右手へ一度だけ移動するという極めて単純な物です。しかしもし実際に、現実の世界でそんなことが起こったら、これは相当ショッキングでしょう。Earlが本書で求めているのは、そこです。
ただこれは難しいです。もちろん私は手品が好きで、手品をくだらないものとは思っていませんし、馬鹿にされたり軽んじられたりすると腹も立つわけですが、一方でそこまで崇高なものとも思いません。Ben Earlくらい上手くて、TVとかにも出てるとなれば、こういうスタイルも活きるのかもしれませんが、私のような者には使いづらいというのが正直なところです。
極めて単純な手順と、極めて大仰な理論のノートでした。誇大広告だ詐欺だと誹られてもまあ仕方のない内容ではありますが、それなりに面白かったです。変なタイミングで読んだらこじらせそうですが、いざというときの『とっておき』として1つぐらいこういったアプローチを用意しておくと、非常に役に立つ場面もあるかと思います。
上手くはまれば、非常に深い感銘を与える事ができ、そしておそらく、それは他のアプローチでは達成困難なものです。
あー、それから。この本ふくめた一連の出版物では、収録作品の演技権利が非常に限定されています。録画してyoutubeに乗せたりしたら駄目なので、前書きちゃんと読んで気をつけましょう。
2016年6月7日火曜日
"MISCELLANEA" Hector Chadwick
MISCELLANEA (Hector Chadwick, 2016)
謎の人物Hector Chadwick(*)が、 Mind Summitとかいうメンタル・マジック~メンタリズム系の大会で販売したレクチャーノート(御本人の言葉によれば"パンフレット")。
今はもう売り切れになっていますが、Mental Mysteries of Hector Chadwickも割とマメに再販してくれていたので、これもいつか再販するかもしれません。まあ無理してプレミア中古を買う内容ではないかな、と思います。
そのことは前書きやオーダーページにご本人も書かれていて、「こいつは万人向きじゃあない。2つのトリックと4つのエッセイを収録しているが、君が使う可能性があるトリックは1つきりで、まともに取り合うだろうエッセイは2つだけだ。」との事。
とはいえ面白かったですよ。まあ、私は氏のファンだからですが。
Envelopener
Bank Nightオープナー。ショーのオープニング・アナウンスなども絡んでくるので演じる人はそういなさそうですが、氏のショーの感じが伝わってきて面白いです。封筒3つのBank Nightと、観客が自由に言った数字の予言の複合で、こういう合わせ技は往々にして失敗するんですが、これはうまいやり方です。
Achoo
考えなしに使ってしまっている台詞はないかい?という話。
Words, Words, Words
言葉に依存しすぎないメンタリズムを目指したいという話。
Audience Two
演技の時にはまだ存在しない”観客”と、それへの対処方法の話。
Dat Claim Or Dis Claim
メンタリストは自らの演じているものをまずきちんと否定するべき、という話。
Shriek
観客が混ぜ、配り、抜き出し、……などして最終的に選ばれたカードが予言されている。手法自体は珍しいものではないが、確率1/52をより不思議に、不可能に見せるような小さな策略が随所に仕込まれている。最後のCross Cut Forceさえ許容できれば良い手順と思う。
ただ、演出上の確率の計算に若干の嘘があって、いや嘘ではないんだけど不誠実な所があって、観客によってはよくない印象を与えるかもなあという気もします。
という内容のパンフレットでした。エッセイのテーマは、どれも最近の書籍ではしばしば見かけるもので、切り口としても論旨としても、このパンフレットならではという程のものではないです。ただHector Chadwick氏は文章が上手いので、読んでとても楽しいというのはあります。
手順については、昔の書籍でも細部のうまさが際だっていましたが、今回は特に、手法的に新しいところはなくて、細かい演出や手順の運びで魅せる感じでした。
そんなわけでファンとしては読んで楽しかったですが、無理して買うほどではないかなという感じ。
まとまった本の2冊目も書いてらっしゃるとかでいつになるか分からないけれど楽しみです。
*なお正体は、Derren Brownのショーで脚本共著も務めたStephen Long氏だとか
2016年4月28日木曜日
"In Order To Amaze" Pit Hartling
In Order To Amaze (Pit Hartling, 2016)
Card Fictionsという歴史的な名著から十余年、待望の新刊。メモライズド・デックをつかった21手順。
Pit Hartlingは頭がおかしいのだと思う。
前著、Card Fictionsは、納められている7作品どれもが本物の一級品だった。In Order to Amazeではメモライズド・デックにツールを限定しているため、手法的な新しさは流石に少し落ちるが、それでも21作品すべてが、やはり本物のプロの手順だ。
プロの手順という表現にも色々あって、なんだ、その、プロが現場で使っているという『だけ』の、『いわゆる実用的』な手順を指している事もままあるのだが、このHartlingの場合は違う。
現実の観客を大いに沸かせ、かつ、マジシャンすらも騙し仰せるプロ中のプロが、そのオリジナルなパフォーマンス・ピースを公開しているのだ。しかも梗概などではなく、微に入り細に穿って。繰り返しになるが頭がおかしいのじゃないかと思う。
Hartlingの手順は、なにより非常によく磨き上げられている。手法の選択や構成ばかりではなく、台詞や演出、タイミング、ユーモア、演者の態度といったことまでが、手順の効果を高めるために入念に作り込まれている。
それでいて、どれかひとつの要素に依存しすぎてはいない。これが他の有名マジシャンの『魔法の手順』だと、ほとんど個人的な名人芸、たとえば特殊な技法であったり、タイミングやハッタリ、話芸だったり、に全面的に依存していたりもするのだが、Hartlingのはそうではない。たとえば演出やタイミングが多少まずくても、技法で追うだけで十分に不思議だ。あるいは技法が多少まずかろうとも、タイミングや演出によってカバーされている。
その上で、各々の要素を鍛えあげていくと、本当に魔法としか言えない現象が達成できる。
本書では全ての手順でメモライズド・デックを用いている。そして全ての手順で、――フル・デックを使うアクロバティックなポーカー・デモですら――スタックを破壊せず、もとのスタックに回帰することが出来る(ちょっと大変なのもあるけれども)。
また21手順のうち固有スタックを使う物は、実は4つしかない。ネモニカが2つ、ネモニカでもアロンソンでもできるものが1つ、ネモニカから修正を加えたものがひとつ。他スタックでの手法もちゃんと研究されているのがすごい。『おおよそどんなスタックでも』できる手順があるのだが、これには実際、すべてのスタックについて手順が用意されている(専用のプログラムがBehrによって用意されており、自分のスタックを入力すれば手順書が自動生成されるらしい)。
カード当てがやや多いが、しかし現象は非常に多彩だ。特にDenis Behrのカルテット・コンセプトを導入した章では、完全にばらばらにしか見えないデックから、観客の言った4 of a kindが現れたり、消えてポケットから出てきたり、何度も変化したり(しかも怪しい動作いっさいなしで!)と、カードマジックの理想のような現象が目白押しである。また同じコンセプトを、もっともっと地味で、しかしにやりとするような方法に用いている手順もある。手法の活用方法も多彩だ。
手法と言えば、Card FictionsではHigh Noonなどにその片鱗があったが、複数の原理や要素、現象の組み合わせが互いを補い、高めあっているような手順が多く、読み込むほどにその巧みさに感嘆せざるを得ない。たとえばメモライズド・デックの主たる用途としてカード・インデックスがあるが、Mnemonicaではこれを、単に言われたカードがポケットから出てくる(飛行する)という形で使っていた。HartlingのThe Illusionistもまたポケットへの移動だが、ついさっきまで確かにデックのばらばらの位置にあったはずの4 of a kindが、いつの間にか消えて、ポケットから出てくる(かのように感じられる)。
演出もすばらしい。表を見てカードを選り分けていなくてはならないようなカード当てもあるが、観客の興味を引くような演出と言い回しで、かなり緩和されている(Sherlock)。Card FictionsのUnforgettableで見せたような、一般的にあまりマジックらしくない手順(記憶術やポーカー・デモ系の現象)を、楽しいマジックに仕立て上げる工夫は今回も健在だ(Fairly Tale Poker)。どのような現象であっても、常に、不思議で楽しい『マジック』を指向している。
推薦文には、かりにあなたがメモライズドを使わないとしても必読だ、とある。確かにその通りで、非常に価値のある多くの策略に充ち満ちている。
ただ、かなり高度な本である事は確かだ。メモライズド自体がまあ高尚だけれど、それ以外の部分もそうで、張り巡らされた数多の策略を吸収し、自らのものとするには相当な能力が要ると思う(私にはまずメモライズド部分からしてハードルが高い)。また難しい技法も平然と、解説もほとんどなしで多用する。誰彼となくお勧めできるわけではない。
しかし、間違いなく一級品の本で、一生ものの価値がある。
こんなものを出版してしまうなんて、そしてこの程度の値段で売ってしまうなんて、やっぱりHartlingは頭がおかしいんじゃないか。
2016年3月18日金曜日
"Hands Off My Notes" John Guastaferro
Hands Off My Notes (John Guastaferro, 2015)
演者が手を触れない事をテーマとしたJohn Guastaferroのレクチャーノート。10作品を解説。
こういう『縛り』タイプの創作群は往々にして無理な作品の詰め合わせになるんだがGuastaferroは結果至上主義というか良い意味でいい加減だ。
このノートも、実際に『ハンズ・オフ』かどうかではなく、そう感じられるかどうかという、悪く言えば主観的な基準でまとめられている。
世の中には『手を触れない』かわりに指示に非常に神経を使う手品とか、ややこしいセットアップが必要な手品とかあるけれど、本書はそういった裏側まで含めての『ハンズオフ』感を重視しており、結果的に、非常に手の掛からない、演じる側からも楽な作品群になっている。
逆に言うと電話越しラジオ越しに演じられるような本当の『ハンズオフ』を期待した人や、縛り条件での手品創作が好きな人にとっては酷いタイトル詐欺だろう。
手法的に半分くらいが、まったく同じ『トップ・スタックの保持とそのフォース』のような気もするんだけど、演出の仕方が多彩かつ軽妙なので読んでいてそんなに気にならない。主題はギャンブルが少し目立つが、主題と言ってもフレーバー程度の軽いもの。手続きは実際のゲームとはかけ離れていて、ギャンブルマニアの人は怒りそうだけど、もともと演出としても手品としても軽いので、これもそう気にはならない。
ちょっと面白かったのが、2作品ある4枚のカードの手品。4枚のカードをシークレットナンバーにあわせて操作して貰い、そこからカードを当てるという流れで、概要だけをこうして読むと怪しさ満点だしそもそも4枚からのカード当てってという感じだけれど、Guastaferroの軽妙なタッチの力なのかどちらも演じやすい小品に仕上がっていた。
収録は10作品。他にもひとつふたつ紹介すると、
ALL THREE KINGS
スペリングによる4 of a Kind出し。グーグル検索すると出てくるという現代的な演出がGuastaferroによく合っている。
Time Will Tell
観客がデックを混ぜ、3枚のカードを配り、そこから1枚を見て覚える。演者はそれを当てる。
そして奇妙な事に、配られた3枚のカードをよく見るとちょうど現在の時刻を示している。
Gemini Squared
再録。Gemini Twinsの拡大。観客がランダムに名刺を差し込んでいくが、なんと4枚のAを見つけ出してしまう。……と思いきや4枚のカードはバラバラ。なのだがその4枚が実は予言されており、さらに他のカードが全てブランクである事がわかる。
例の古典手順から最大限まで現象を引き出した豪華な手順。演出のさじ加減がうまい。
そんなわけで、演者にとってとても楽な作品が多い。またその割に現象がはっきりしているし、演者が何をしたいのかが観客にもわかりやすい。けっこういいじゃないですかと思いました。
ひとつ引っかかったのはTriumphで、これはOne DegreeのBehind the Back Triumphをさらに『ハンズオフ』にしたものなのだけれど、単純に見たら前作の改悪にしかなってないような。
今作はどういった現象かの解説が不足しているから、そのせいかなあ。
日本語版が出るとか噂で聞きました。
2016年2月29日月曜日
"Gene Maze and The Art of Bottom Dealing" Stephen Hobbs
Gene Maze and The Art of Bottom Dealing (Stephen Hobbs, 1994)
ボトム・ディール!!
Gene Mazeによるボトム・ディール本。200ページ近くあるしっかりした本ですがなんと全部ボトム・ディールの話です。しかも色々なボトム・ディールを集めた事典とかそういう訳でもない。
基本のボトム・ディールはErdnaseタイプを発展させた形。グリップが少し特殊になるので常用するにはややハードルがあるが、よく考えられ磨かれたことがわかるハンドリング。『カバーが利いている』『つまらず連続で行える』など多くの利点をもっている。解説も非常に詳細かつ丁寧。さらに片手ボトム・ディール、センター・ディールも解説。
それからフォールスシャッフルのフィネスやコントロールもちょっと解説している。
ここまでが技法編で60pp。残りはボトム・ディールを使った手順集。
ボトム・ディール、たまにセカンド・ディール、時にはセンター・ディールを使った手順。しかもそれらを『見えない技法』として常用する。Daley's Last Trickにまでボトム・ディール使うんだから重症だ。ボトム・ディールの使い方は決して賢いわけではないが、そもそも賢く効率よく使おうという気が全く無い。
たとえば世の中にはトップカードをフォースするのにセカンド・ディールを用いる手順が存在するけれど、Mazeの場合はボトム・ディールでこれを行う。ボトム・ディールし続ける。観客と演者がふたりでカードを配っていく手順でもそうだし、なんなら演者が両手に半分ずつ持っている状態でもこれを行う。ほんとうですか。
ただ、賢くないとは言ったものの、手順の構築自体はよく考えられていて、ボトム・ディールが必要になるタイミングでは、必ずデック半分を持った状態になっている。本人はフルデックからでも全く問題ないとの事ではあるが、いちおう凡人のためにも配慮はされた創作。
巻末にはボトム・ディールの参考文献が5ppほど載っている。筆者は、「全く網羅的な物ではない」と書いてはいるけれど、それぞれにコメントが付された詳細なもので、たいへん参考になる。
そんなわけで一冊まるまるボトム・ディール。すばらしき力業の世界。いやあ、ちょっと無理でしょうとは思うのだけれど、これができたらかっこいいよなあ。ロマンだ。それから本書で解説されているセンターディールは、かなり大胆だけど他に比べると簡易で有用な方法と思う。フォールス・ディール好きなら是非手にとって欲しい一冊。
2016年1月21日木曜日
あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます2016
昨年は翻訳・自費出版などしまして、そのThinking the Impossibleですがまずまずご好評のようで嬉しい限りです。
一部で誤解があったようですが、当方はきちんと作者および権利者と連絡を取り、印税を払ったうえで出版しておりますので決して海賊版ではございません。
なんでショップで売らないの?という声もありましたが、私自身思うところがありまして、今後もしばらくそういった事はしない予定です。
本当の所を申しますとハードカバーなどと豪華な装幀にしたせいで利率がかなり低いので御座います。
いちおう初期費用くらいはペイできましたが、まだかなり在庫ありますのでよろしくお願いします。というかもうちょっと減ってくれないと次を出しても部屋に置く場所が無いのです。
次、そう、次があるんですよこちら。
Pepe Carroll's WONDER LAND
30年くらい前に活躍したスペインのマジシャンPepe Carrollの、52 amantes(52 Lovers)という本の全訳になる予定です。予定です。
いつになるかちょっと分からないんですがまあ今年中には出せるんではないでしょうか。著作権料をかなり取られそうなので、ちょっとお高めになると思います。まあ原著が€75くらいしますのでね。
そんなわけで本年もよろしく。
2015年12月31日木曜日
”Diverting Coin Magic” Andrew Galloway
Diverting Coin Magic (Andrew Galloway, 2006)
John Ramsayの直弟子として知られるAndrew Gallowayのコイン・マジック作品を集めた小冊子。本書と対になるDiverting Card Magicっていう本もあるのだけれどそちらは手に入ってない。読んでみたい。
GallowayはRamsayの弟子という事で、Ramsay作品を演じたDVDで有名。またミスディレクションについても名高い。この本についても、ミスディレクションの勉強になると聞いたので読んでみた次第。あとまあ単純に、コイン本は少ないので、いい物が無いかといろいろ探しているのですよ。
内容は2つに分かれていて、前半は基本的な技法を丁寧に解説。そして後半はそれを用いた現象。飛行、銀銅入れ替わり、パース、グラスなどなど、異なった7作品でおおよその範囲をカバーしている。曲芸的な難しさは無く、シンプルでよい手順が多い。またミスディレクションについてもそれぞれ言及されている。
さて、ミスディレクションと言えばマイルストーンであるBooks of WonderがVol. 2でも1996年だから、数字だけ見ればGalloway本の方が後ではあるんだが、でもこれは『古い』ミスディレクションの本だ。それは注意を発散させるミスディレクションであり、重要な箇所を『見せない』ミスディレクションでもある。
なのでこの本の手順は、面白んだけれども、どうにも決定力に欠けてしまう感じはある。現象を形作るために必須の瞬間がぼやけてしまうから。いやどうだろう。Gallowayが演じたら気にならないのかもしれないんだけれども……。
クラシック・パスやトップ・チェンジの瞬間に一瞬気をそらす、というのは有効で、それは直前と直後で状態と近いからだ。しかしフェイク・パスはそうはいかない。どうしても曖昧さが出る。
……かといって、その瞬間をはっきりと示すには非常に高い技量が必要になるわけで、コイン・マジックって難しいなあ。
本書のアプローチは、ひとつのツールとしては十分に強力なのだが、これをコイン・マジックの主柱に据えるのはちょっと違う気がする。面白い副読本といったところか。
2015年11月30日月曜日
"The Essential Sol Stone" Stephen Hobbs
The Essential Sol Stone (Stephen Hobbs, 2012)
1995年あたりに企画され、1997年にはおよそ書き上がっていたものの、例によってKaufmanがGeniiを買い取って忙しくなった関係で塩漬けになっていたもの。権利があっちこっちに行った末ようやく出版されたかと思ったら、部数が少なかったのか割と早々に売り切れになってしまいました。私も買い逃していたのですが、先ごろ運良く入手できました。コピーライトの記載は2010になってますが、序文の日付からすると2012発行ですかね。
買って良かった。名著です。
副題はIntimate Magic with the Sol Stone Touch。Intimateは辞書によると親密な、個人的な、くつろげる、とかみたいです。Intimate Magicを適切に訳すのは私の手に余りますが、マジックを見せる側が商売人でない、極小規模のクロースアップで、バーで隣に座った人がふいに見せてくれるような、そんな『日常』と地続きの、しかしながら素人芸ではない非常にハイレベルの手品、といった印象を受けました。
カード、ペンと指輪、ロープなどがちょっとありますが、メインはコイン・マジックです。
しかしながら全体的に、2つの意味で現代的ではなく、『仕掛け』にのみ興味がある方は失望するかもしれません。
ひとつは自然な検め以上の検めが無い事。せいぜいが付随的なラムゼイ・サトルティ程度で、シャトルパスやユーテリティ・ムーブ、ディスプレイなど我々が心血を注いでいるような検めはほとんど存在しません。
もうひとつは基本的に現象を繰り返さない事。MyMagicから出ているDVDがQuick and Casualでしたが、そのタイトル通りに本書も非常にあっさりしています。いわゆる『マジック』を期待して見ると、拍子抜けかも。
ただしこれらは『古いから』とか『難易度を下げるため』では決してなく、非常に計算され洗練された結果としてこの形になっている事が、読むにつれて分かってきます。
解説するのはStephen Hobbsですが、この人の解説がとても上手い。
あまりくどくどと理屈を述べたりはしない淡々とした文章なのですが、これらの手順がどうしてこの形になったのか、Sol Stoneが演じるとどう見えるのか、といった手品の背景が自然と感じられます。描写や観察の細かさではなく、文体そのものによって、Sol Stoneのタッチを伝えていると言いましょうか。
また忘れてはならないのが、巻頭に10ppほどある略伝です。これが非常におもしろい。
1922年のお生まれで、大恐慌、WW2での従軍から戦後まで、正に激動の時代を生きてきた方。記述は極めて簡素ながら、エピソードの選び方と、各時代の物価への言及などによって、それぞれの時代の生活を彷彿とさせるものになっています。
そしてまた、単純に面白いだけでなく、氏がどのようなお人柄なのか、その理解も深まります。人物を描くことは、手品の解説本において必ずしも有用という訳ではないですが、本書の場合は非常によい効果を生んでいると思います。
難があるとすれば、せっかく文字媒体であるのに、演出や台詞の解説が少なかった事でしょうか。DVDで台詞が聞き取れなかったから本を買おう、という人はちょっとあてを外すかも。
また写真も不足しています。解説はイラストで、それは分かりやすくてよかったのですが、ポートレイトなんかも欲しかったなあ。ファン心理も多分にありますが、Sol Stoneの演技を想像するためにも、もうちょっと写真は欲しかったです。
ともかく。内容も、解説の文も素晴らしい、よい本でした。
世界のコインマジックの印象で敬遠される方もおられるかとは思いますが、いや実際に本書でもバック・クリップの章は異様な難度(しかも効果には疑問が残る)でしたが、全体としては落ち着いた、美しい手順ばかりであり、あの本からのイメージで避けるのはもったいないです。こういう手品を演じられる老人になりたいものです。
ほとんどのショップで売り切れの本書ですが、版元では通常版も特装版も若干数ながら在庫があるようなので、気になる方はお早めに。
2015年10月29日木曜日
"Open Prediction Project" Thomas Baxter 編
Open Prediction Project (Thomas Baxter 編, 2008, 2010)
Magic Cafe発、Open Predictionのオムニバス。
私が読んだのは最初に出たe-book版だが、右写真のような単行本にもまとまっている。異同はしらない。
最近日本の某ショップがこれに和訳を付けて販売するとか聞いたので、途中で放り出していた記事をあわててまとめている。
悪い事は言わない。ここには(ほとんど)何もない。やめておきなさい。
なお公正のために先に言っておくと、この本には私がむかし考えた手順も入っており、だから私の発言にはいろいろのバイアスが掛かっているかもしれない。
Open Predictionは、ACAAN程ではないにしろ有名なプロブレムで、発案はPaul Curry。Berglasのそれと違ってプロブレムが先行している。つまり、
「予言を先に開示した状態で、相手が選んだカードが予言と一致する」
オープンな予言というのはそういう意味だ。なお本来のCurryのプロブレムでは、観客が裏向きデックからカードを1枚ずつ表向きに配っていき、好きなところで1枚だけ裏向きのまま別に配り、残りを最後まで表向きで配っていく。表向きの中に予言されたカードはなく、裏向きのカードを見てみると、……というものなのだが、本書ではそこまでプロブレムを限定してはいない。
またこのプロットの発展型として、Stewart Jamesによる51 Faces Northというのがある。
これはOpen Predictionの制限をより厳格化した18の条項から成るものだが、全部書き出すのは面倒だ。言ってしまえば、借りたデックで、相手が混ぜて、演者は触らないで……といったOPの究極版である。
これら『オープンな予言』というプロットは、直接的には「予言側のスイッチ」という解決策を制限しているのだが、先ほどのCurryの現象描写を見れば分かるとおり、それだけに留まらない。――はずなのだが……。
Thomas Baxterというカナダのメンタリストが発起人で、彼はこのプロブレム(しかも51 FNの方)に対する完璧と言っていい解を作り上げたらしい。しかしそのDianoetic Rageという手順は本書には納められていない(他でも発表もされていない)。その彼がMagic CafeにてOpen Predictionを、51 Faces Northに因んで51作品募って電子出版した。その後、同スレッドで投票が行われ、1位の作者には$1000払われた。
勝者のお遊びというか掌の上というかそういう気がしないでもない。
さて肝心の内容だがこれがまー酷い。本当に酷い。
それはそうだ、ネットを徘徊する名も無きアマチュア・マジシャンから幾ら募ったところでこの程度だろう。『オープンな予言』というプロブレムは、技術的には「予言をスイッチしない」という事でしかない。そしてそのような変更を許容する手順は、既存の予言トリックや一致トリックにもたくさんある。ただそれらの手順で予言を表向きにする事が効果的かどうかは別の話であり、考え無しに『オープン化』すればいいものではない。当たり前の話だ。
当たり前の話なのだが、しかし、本書の多くの作品は手法的・制約的な面にのみフォーカスしており、現象面を全く無視している。結果として、非常に浅く、不格好で、意味のない作品ばかりになってしまっている。
それでもまともなフィルタリングが出来ていれば話は別なのだろうが、今回は「51FNにかけて51作品」という趣向を打ち出し、それを優先したがために、作品の質は二次的なものになっている。もちろん50以上もあれば、面白い作品のひとつやふたつ、ないわけでもない。無名マニアばかりではなく、私の好きなQuinnやChadwickの提供した作品もある。だが全体的な質の低さはいかんともしがたい。
繰り返すがここには見るべきものはほとんどない。フィルタリングがほとんど機能していないのだから当然だ。マジックのイベントで、いきあたった全てのひとから『オリジナルの』Aアセンブリを見せられるようなものだ。もちろんひとりふたり上手い人や、非凡なアイディアをもった人はいるだろう。だが大半はうんざりするほど似通っているか、思慮の浅いものだ。
ただ、私自身について言うなら、この本を読んで非常に良かったと思っている。こうして書き連ねているように、絶望的にフラストレーションがたまった結果、違う、こんなものはOPじゃないという気持ちが高まり、自分の考えている『OPという現象』の輪郭が明確化された。その効果は非常に大きい。
よほどの物好きにしかお勧めしない。
ただ、私自身について言うなら、この本を読んで非常に良かったと思っている。こうして書き連ねているように、絶望的にフラストレーションがたまった結果、違う、こんなものはOPじゃないという気持ちが高まり、自分の考えている『OPという現象』の輪郭が明確化された。その効果は非常に大きい。
よほどの物好きにしかお勧めしない。
2015年10月17日土曜日
”Crimp issue 2" ”Crimp issue 3” 編・Jerry Sadowitz
Sadowitzに殺されるんじゃないかと思いながら、あと手に入らない(極めて手に入りにくい)本を紹介するのもどうかと思いながらも備忘として書いておきます。今回はふたつまとめて。
Crimpそのものについてはissue 1についての記事などを見て頂ければ。
Cripm issue 2
・My professional routine for "SPOTTY"
裏返したり戻したりすると色が変わる巾着的な売りネタを用いる手順。カード・マジックばかりかと思いきや、意外とそうでもないんですよねこの雑誌。
・Random Fashion
ふたりの観客がピークしたカードを、ブレイク、グリンプス、クリンプなど一切なし、表も見ず、一度の質問だけで当てるカード当て。と書くと不思議そうだがあまりそうでもない。Cards on the Tableに載っている某手順と考え方が似ています。
・One Hand (Complete) Coin Vanish
タイトルのまま。やや大ぶりな動きなのでパーラー以上向きか。
・Bottom Deal Colour Change
なかなか難しいです。
・その他のジョーク
【読者からのお便り】
前号のお勧め本でHofzinser's Card Conjuringを上げていましたよね。入手先として「良いマジックショップならどこでも扱っている」と書いてありましたが売っている所が見つかりませんでした。
【編集者の返事】
それこそマジック業界のかかえている問題です。
あとHam Shankerという人のCart At Any Numberが解説されていますが、すごいです。
Cripm issue 3
・A John Ramsay Pastiche
なんとGallowayの寄稿。タバコの先からコインを出現させる×4→全部消える。
タイミングの人なのでこの紙面だと読みづらいですがなかなか大人でかっこよい手順。
・Off-Beat Crimp
手法自体はオーソドックスだが、意表を突いたタイミングで行うクリンプ。
・Everywhere & Underwear
前田さんのに似ているパンツの予言。最高に酷い検めができる。
・Jerry Sadowitz is Shit
Sadowitzを貶しながらカードを当てる。その他、Waltonを崇めたり、日本を嫌ったり、マーローの死を喜んだりしながらでも可能。
・The Weight Lifter
こちらはJack Avisの寄稿。カード当てと枚数当ての複合なんですが、覚えさせたあとにいろいろ別の事をする手順はどうもあまり好きではない。
あとHam Shankerという人のSecond Dealが解説されていますが、すごいです。
2,3はあまりぱっとしない感じでした。
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