2025年4月1日火曜日

"Forged by Fire" Christoph Borer

Forged by Fire (Christoph Borer, 2024)


Christoph Borerはスイスのマジシャン。10年ちょっと前のGet Sharkyという単売トリックで覚えている人もいるかもしれません。ドイツ語ではたくさん本も出していたそうで、今回の本はこれまでの40年のベスト・セレクションとのこと。なおGet Sharkyは収録されていません。

カード4作、クロースアップ8作、パーラー&ステージ14作、メンタリズム13作、ストーリー3作で合わせて42作。かなりのボリュームですが、解説が割とシンプルなこともあってサクサク読めます。いちおうクロースアップの枠もあるけど、実質的には概ねパーラー以上かなという感じで、どちらかというとプロの手品です。

仕事に合わせた現象の改変や、道具の準備がしっかりしていて、そういう点でもプロ感が強い。ブックフェアのために本を素材にした手順が多く入っていたり、手順の為にハサミの取っ手だけを50挺分買ったりしている。逆に手法自体にはあまりこだわりがないようで、同じ手法がちょこちょこ出てくる。特に後半のメンタリズム付近ではマジシャンズ・チョイスが頻出したりして、ちょっと本書の印象を退屈にしています。

印象に残ったのは、某有名手順を本でやってしまうColorful Backstories、観客の選んだ単語からその場にふさわしいメッセージを作り上げてみせるAnagram、合計が観客の誕生日になる魔方陣を作るA Mathematical Birthdayあたりでしょうか。ルーンを使った手品がちょくちょくあったのもお国柄で良かった。カードの手品も、デックスイッチやデュプリケートといったラフな解決方法さえ許せるなら、角を破ったカードのカード当てや、変化の中間状態を見せられるカラーチェンジングデックなど、見栄えがよくクライマックス向きのものが多い。

あとドイツ語圏のマジシャンということで個人的に期待していたストーリー関連の手品、これは少ないながらも良かった。ロミオとジュリエットのお芝居を観客としながら行うカードの交換現象とか、おもむろに観客に毒を盛ろうとする手品が印象的。この辺のやつをもっと多めに取ってほしかったですね。

クレジットで引用することはあまりないかもしれないけれど、パーラー以上の規模でショーをやるなら是非とも読んでおきたい本。非英語圏のマジシャンの情報を出していきたい、というのはVanishing Incの企業姿勢のひとつらしく、非常によいと思います。今後もよろしくお願いします。

2025年3月31日月曜日

"Book of M" Radek Hoffman

Book of M (Radek Hoffman, 2018)


ポーランドのメンタリスト、Radek Hoffmanの小ぶりなハードカバー、150頁。手順が9つ、エッセイが8つ収録されています。

作品数は少なめですが、それはどれもご本人がちゃんと演じているからでしょう。全体的にトーンも質も近く、パーラー・ステージ寄りで、手法も固め。演者の負担も少なめ。ただ現象はESPカード、マーダーミステリー、ACAAN、Q&Aなどなど被りなく、チョップカップをメンタル現象に使ったりと見た目のバラエティにも気を遣っています。このへんも、ご本人がショーでちゃんと演じているからでしょう。この本から数トリックを選ぶだけで、そこそこのメンタル・ショーになりそう。

エッセイも、オリジナリティや演出といったものから、メンタルの演出論まで、基本的なことがすっきりまとめられています。

ただ中庸というか、常識的で、しっかりしているけれど、飛び抜けたものは感じられなかった。良識的で安定した内容が薄い本にまとまっているので、部室とかにあると嬉しく、ショーを組みたい時にもいいでしょう。一方で尖ったものを求める層には刺さらなさそう。

ポーランドの人ということで、エキゾチックなものも期待していたんですが、そこも特には。メンタリズムはDerren Brownが強すぎてだいたい彼の話になってしまう。あと翻訳における単語の選択がちょっとだけ変なので、読むときは気をつけましょう。

2025年2月26日水曜日

"The Hummingbirds" Luke Jermay

The Hummingbirds (Luke Jermay, 2024)


Luke Jermayのおそらく久しぶりなハードカバー作品。わずか56ページ、収録作品はライジングカード1つきりで、ギミック等も付属せず、それでお値段99ドルである。なお判型は小さくページ当たり文字数も少ない。それで、先に結論を言うが、個人的には大いにありだと思った。Jermayは本職メンタリストながら、手品らしい手品もけっこうやっていて、その中でも今回は特に出来がよい。

収録されているライジングカードは、最近では逆に珍しいくらいクラシカルな仕立てだ。デックをグラスに入れ、薄布をかける。演者が手を触れることは不可能だが、選ばれたカードがせり上がってくる。覆い無しでも上がってくるし、ガラスの大瓶で蓋をしても上がってくる。現象がクラシカルなら、ライジング手法も別に目新しくはない。そして手法以外の部分、カードの選択とかハンドリングに革新的な原理が使われているわけでもない。

では何か、というと、総合的な完成度だ。雑味のない美しいライジング現象、きわめて自然で自由なハンドリング、興味を引くが出しゃばり過ぎない演出、そして時にはあえて不思議さを抑えるような構成。Jermayがショーの最後にこれを演じているところが目に浮かぶようだ。それに加えてセリフや各動作の際の意図までが、詳細に――とまでは言えないが、少なくとも過不足なく――解説されている。

目を見張るような詭計はないが、数多くの細やかな心配りによって、ひとつのパフォーマンス・ピースとして洗練されている。生で見るのが一番だけれど、次善として本で読むのがいいタイプの作品だろう。こういったライジングカードが演じられる人なら是非買うべきだし、そうでなくとも、ショーのトリとしてクラシカルな手品をしっとり不思議に演じたいなら大変参考になろう。なにより造本もかっこいいので持ってて損はないですよ。

2025年1月20日月曜日

"Pocket booK" Peter Turner

Pocket booK (Peter Turner, 2024)

Peter Turnerと愉快な仲間たちによるPKメンタリズムの本。PKといっても念動力(サイコキネシス)ではなくBanachekのPsychokinetic Touchesのことだ。タイトル通りにポケットサイズの本になっていて、250ページあるけれども小ぶりで読みやすい。

BanachekのPsychokinetic Touchesはまごうことなき傑作だが、いくつか居心地の悪いところもある。ひとつは『時間』の要素で、もうひとつはDual Realityだ。本書の巻頭を飾るTurnerのMidas Touchは、見た目こそ大幅にリッチになっているが、手順の持つ居心地の悪さはそのまま――というより悪化しているように感じた。

しかし幸い、本書には愉快な仲間たちによる多くの寄稿がある。面白い演出や応用、本流のPK Touchの手法からは外れる変なものもあって、総体としては面白い本になっている。ただしどちらかといえば演出案や実演例の範疇に収まるものが多く、Luke JermayのTouching on Hoyのようなパラダイムがひっくり返るような作品はなかったように思う。そんな中で、Colin McleodのForce Be With Youは前記の居心地の悪さに対して、真正面から回答しようとしているのが良かった。

Banacheckの元手順の解説はないし、新機軸のアイディアもない。おまけにこの本はけっこうお高いので、誰彼となくお勧めはできない。ただし様々な見せ方は学べるので、実際にPsychokinetic Touchesを演じており、見せ方や使い方を勉強したい人だったら、十二分に元は取れるだろう。

ただ、本書によればBanachek本人がPK Touchの本を作ってるとのことなので、そちらを待っても良いかなあ……とは思う。

2025年1月1日水曜日

”Redemption” Red Nist

Redemption (Red Nist, 2024)

フランスのマジシャン、Red Nistのカードマジック作品集。基本即席の6手順。これも3 Monkeysの冊子でオシャレです。

前書きがMarkobiで、作品も全体的にDaOrtizの影響が大きい。エルムズレイ・カウントやブロウイ・アディションのような目に見える技法は使わず、カルのような見えない技法と、全体的な振り付けによる技法の分解、それから数理原理を組み合わせて現象を成立させている。かなり現代的なハンドリングです。ただ、完成度はちょっと落ちるでしょうか。余計な操作が無いのは良いことだが、そのために不自然な状態のままデックを保持し続けたりする。

思えばこれまで、手品の本を読んで「この技法の置き換えは雑では?」と感じる半端な作品はたくさんありました。同様に、この冊子では「この『雑さ』は雑では?」と感じる場面があります。

我々はこれまで、雑さや技法の分解についてはDaOrtizやHelderなど達人ばかりを見てきたわけだが、そのツールが一般にまで行きわたって、半端な使われ方もするようになってきたということでしょう。そういうわけで本書はちょうど「まずまず」の作品集です。

比べる対象が高すぎるだけで、質そのものは悪くありません。人に見せるならこれでいい、むしろこれくらいがいいとも思う。現代的なハンドリングの合格点の作品集といえるでしょう。今後の手品はこういうのがスタンダードになっていくのかもしれないな。

なお1作品目のTrue Ambitionは1段のみのアンビシャスで、かのYann Frischを3回連続でひっかけたそうです(なお横で見ていたBebelは騙せなかったとか)。こういうエピソードは書籍の良いところなのでどんどん書いてほしいですね。