2024年10月30日水曜日

”Something Borrowed, Something New” Paul Curry

Something Borrowed, Something New (Paul Curry, 1941)


Out of This Worldの作者としてマジック史に名を刻んでいるPaul Curryの最初期のノートである。Curryは1917年生まれなので、24歳の時だ。そう考えるとめちゃくちゃ若く、実際、この冊子の内容も(他作品と比べれば)若さを感じるものである。まあ天下のOOTWも翌年発表ではあるのだが。

16作品収録。この頃からよく考えられた手順が多いものの、Paul Curry Presentsよりは工夫に欠ける。CurryはBottom PalmとTurn Over Changeでカード技法史にも名前を刻んでいるが、それらが収録されているのも本冊子である。Sadowitzが褒めていたというHalf Passが収録されているのも本冊子。Lybraryで電子新版(2022)を買うとAppendixとしてもう1手順ついてくるのだが、それもちょっと面白い技法を使っている。一方で原理物はあまりない。

Turn Over Changeを使った2枚のカードのルーティンなどは、なんと9段からなっており、本人としても若気の至りではないだろうか。ただこれも、ゼムクリップで四方を留められた2枚のカードが、実は観客のサインしたカードだったというようなクライマックスであったり、ロードの不自然を軽減するための2段階の処理など見どころは多い。カード以外にも、ポケットにコインが移動したのが音でわかるClink!なんかは、この類の工夫としてはかなり早い時期の例ではないか。

この頃からよく考えられた手順が多く、見どころは多いながらも、Paul Curry Presentsよりは工夫に欠けるし、優秀な作品のほとんどはWorlds Beyondに収録されている。読んで楽しくはあったが、改めて買って読む意味はあまりないかというのが正直なところ。まずはWorlds Beyondを買おう。

2024年9月30日月曜日

"Á Double Tour" Gabriel Werlen

Á Double Tour (Gabriel Werlen, 2022)

 Gabriel Werlenの即席クロースアップ・メンタリズムの小冊子。収録手順は2つ+おまけの3つの本当に薄い本です。近年的なメンタリズム手順はピュアさのためにデュアル・リアリティやアウトを好み、そのためどうにも即席クロースアップに不向きになりがち。多人数向きになり、繰り返し性が低くなる。本書はクロースアップで即席(風)をうたい、実際にどの手順も一対一でも演じられるのが気に入りました。


Absolute Free Will

 Free Willの改案。3つの物品の帰属(観客が持つ、演者が持つ、テーブルに残す)を観客が自由に選ぶが、それが予言されている。同プロットの作品集Mark ChandaueのTotally Free Willの感想で、原案Free Willは3つの弱い原理の組み合わせが魅力になっているのであって、どれかの弱点を克服しようとすると台無しになることが多い、というようなことを書いたのですが、Werlenの本手順はかなり良い線をいっています。3つの単純で弱い原理を、2つの複雑な手法に置き換えていて、かなり隙が無い。やや言語依存がありますがたぶん翻訳可能な範囲。


Will-O'-the-wisps

 演者の手の中にマッチが何本かあると想像してもらうが、それが具現化する。クロースアップ・即席メンタルらしい良い手順です。演出の一部で言語依存が強いものの手法に直結した部分ではないので問題ないです。


Head I win, Tail you Lose!

 本書の手順にはWerlenがSchrödinger Principleと呼ぶ原理が随所で使われているらしい。『らしい』というのは、原理の明確な定義が語られないのでなんとなく空気で察するしかないからです。このおまけ手順はSchrödinger Principleを例示するために収録されていて、同原理のみで成立しているとのこと。正直なところ新たに名前を付けるほど特別な原理には思えないんですが、ともかく想像上のコイントスに勝ちます。この種の手品にありがちな『一回しか演じられない』問題、『そうは言っても50%の確率じゃん』問題はそのままなんですが、演出がある程度それらをカバーしていて、ちゃんと演じてることが分かります。


 全体的にやや既視感があり、また手順のどこが新しいのか、原理が具体的にはどう定義されるか、といったところが明示されずなんかふわふわしているところはあるのですが、質はよく、また一対一でしっかりメンタル手順を見せようという姿勢は好きです。

 最後のページに広告があって知ったのですが、Green Neck Systemの人だったんですね。作中で言及はなかったもののAbsolute Free Willで使われているのもそれっぽい。いい原理だったので、Green Neck Systemも読んでみたくなりました。

2024年8月31日土曜日

"Barrage" John Bannon

Barrage (John Bannon, 2023)


John Bannonの新作ノート。130ページで最近のカード手順8つを解説(再録含む)。

近年のBannon先生は技法無しやメンタルに注力していて、個人的にはあんまり好みではなかったのですが、本書はそれらの延長にありつつも、もう少しカード手品っぽさ、具体的に言うとダイナミックな現象が戻ってきています。たとえばマルチパケットのフォローザーリーダー、古典的なグラスの上下でのトランスポジションなどなど。それでいて細工は最小限なので、ちょっと判断に困るバランスになっている。うまくいきそうな気もするし、通用しない気もする。実際に誰かに見てもらって、感想を聞きたいところ。

単純な原理に軸足を置いており、Bannonの十八番(と個人的に思っている)イロジカルな策略はあんまりない。しかしさすがのBannonで、古典的な9枚目のフォースやクロック・トリックの原理も、そうとは見えない工夫がなされています。またBannon流のOut of This Worldも収録。新しい内容ではないが、細かな工夫や、面倒な部分の切り捨て方は実にBannon。

そんなわけで近年のBannonの感じを確かめるのに丁度いい冊子ではないか。あとこれ3 Monkeys Publishingっていうフランスの出版社が出してるんですが、デザインが素晴らしい。中身のレイアウトも超オシャレで、今時っぽいレクチャーノート作りたい人には大いに参考になると思います。前著Queen Spiritとは雲泥の差である。

2024年7月27日土曜日

"Reality Is Magic" Anson Chen

Reality Is Magic (Anson Chen, 2023)


Neat Reviewから出版されたAnson Chenのマジック~メンタルの作品集。香港の方で、日本のマジックバーに居たこともあるらしい。本はご覧の通りでデザインが完全に極まっており(https://www.ultraneat.org/reality-is-magic)、タイトルと相まって高踏で難解に見えるのだが、はたして内容はというと意外に平易でシンプルであった。

最初の手順Wishstoneこそ、『願をかけた紙片に火をつけ、残った灰を宝石にする』というビザー的手順であるのだが、次は(知覚をだます系ではあるものの)コイン手品、Out of Sight, Out of Mindの改案、カードアクロスなどなど、一般的なプロットが並ぶ。演出もあっさりで、装丁から感じるような黒魔術っぽさは無い。いちおう後半では奇妙な道具や日常生活をゆがませる系の手順もありはするが……。

そして肝心のreal magicというアプローチについても、著者は「This approach may be largely unexplored(いままでほとんど開拓されてこなかった)」と言うが、Benjamin EarlやAndyが大きな影響を及ぼしていて、FeldmanのPages Are Blankみたいな本も出てきている。そしてまた、本書がそのアプローチを探求できているか、新たな視点を持ち込めているか、というとこれもあやしい。

では本書は駄作か、というとそんなことはない。リアリティに到達するために、手順からは手品的な動きがよく削ぎ落とされている。エッセイもシンプルだが当を得ているし、文章もとても読みやすい。見た目に反して、リアルマジックへの入り口としては、上記の悩める面々よりもはるかに取っつきやすい本だ。

良い本ではあるが装丁から期待する内容とはかなり乖離があった。頭のおかしいビザーマジックを求めているとだいぶ肩透かしだと思う。そういう人はGarden Of The Strangeを読もう。

2024年6月30日日曜日

”Session Notes 2024” Tom Stone

Session Notes 2024 (Tom Stone, 2024)


Tom Stoneが2024年のSessionコンベンションで行ったレクチャーのノート。Tom Stoneといえばクロース~パーラーでの強力な現象の探求と、そのために手段を選ばないというのが私の印象。そしてかなり凝ったことをやるかと思えば、急に力業でぶち抜いたりという独特のバランス感覚がある。このノートでもそれは相変わらずです。またColwellのTheseusの改案もあるなど、最近の現象も旺盛に取り入れている。一方でこのノート、6手順でわずか12ページしかなくて、そのため解説はかなり簡素です。往年のファンには物足りないかもしれないけど、Tom Stoneの手品をライトに摂取できるのはちょうどよかった。ねちっこい解説が読みたいならまだまだたくさん本はノートはありますしね。

以下収録作

Mittens:両手に分厚いミトンをはめた状態でのCard to Impossible Location。2枚の選ばれたカードが、それぞれのミトンの内側から出てくる。力業だけどスマートで、いかにもTom Stoneっぽい。

The Suss:Theseusの改案で、絵はがきを使ったもの。パフォーマンスとしては格段にしっかりしたが、手法はごく単純になってしまった。言われてみれば確かにこれでいいんだけれども……。

A Handy Gift:小さなプレゼントの箱にリボンがかかっている。ハサミでそれを切って中身を取り出すと、いま使っていたハサミが出てくる。最高にTom Stoneなトリック。理論的には面白いが、実際に演じたときどこまで思惑通りに成立するかちょっと危うそうなあたりもTom Stone。

Flatworm Fry:記憶の移動現象。観客Aにカードを見せたあと、観客Aがカードを忘れ、観客Bがカードを思い出す。この類の現象の常として、成立はしてるけれどあんまりおもしろく見えない気がする。

Color Deaf: 小ネタで解説も半ページもない。Out to Lunchギミックのアイディアが主体で、現象はおまけかな。確かにちょっと面白いギミックで、なにかしら使い出はありそう。

White Death:流氷に見立てたブランク・カードを並べ、観客に自由に渡ってもらうが、観客の選んだルートはことごとく氷が薄くて、どうあがいても死であることがわかる。急にクロースアップの売りネタっぽい手品だが、解決策にはおよそ面白味がない。演出や道具立てはすてき。

Tom Stoneは謎技法も技法ゴリゴリ手順もけっこうあるのだけれど、このノートではそういうのは無い。基本ギミックでパーラーよりなので、それだけは注意してください。でもまあ短くてすぐ読めるし、現象もやり口も面白いので、誰が読んでも楽しめるでしょ。いいノートです。

2024年5月30日木曜日

"Sharing Secrets" Roberto Giobbi

Sharing Secrets (Roberto Giobbi, 2021)


本には機能がある。

作品集や自伝の類いであれば漫然と書き連ねてもその機能を果たせるだろう。しかし特定の機能を狙ったものであれば、たとえば教本であるとか、手引き書といった書籍となると、内容の前にまず構成が問われることになる。そして、そういった特別の機能を狙ったとおぼしい『意欲的』な手品本の多くは、しかし構成の時点ですでに失敗している。素人が書いているのだから致し方ないことではあるが、たとえば「多くのマジシャンにもっとスクリプトのことを考えてほしい」という素晴らしい志で書かれた本でも、ページ数が450超となると、その時点で多くの読者を失っているだろう。

では本書はどうか。碩学Roberto Giobbiによるこの書は、副題がThe 52 Most Important and Practical Strategies in Magic(マジックにおける最も重要かつ実用的な52の戦略)となっており、その名の通り52の戦略/理論が紹介されている。

52という数字は、それだけ見ればかなり多く感じるが、本書では1トピックに対して見開き1ページで、左ページに説明、右ページに実例という構成で本編わずか104ページにまとめられているのだ。これは手品理論の入門書・実用書として、満点といっていい構成だろう。もちろんこの紙幅だと解説は不十分にならざるを得ないが、クレジットにもうるさいジョビーのこと、参考文献への導線はしっかり設けられているので何ら心配することはない。52は手品理論を網羅できる数ではないがしかし、大枠を把握するには十二分だろう。AscanioやTamarizはもちろん、Gabi Parerasあたりまでカバーしてくれている。

ということで、手品書籍には珍しく目的と合致した構成を備えている本書ではあるが、手放しで褒められる内容か、というとそうではなく、いくつかの問題を孕んでいる。

まず、扱われる「戦略/理論」の範囲が広い。ツール的な理論から手品哲学的なものまで含まれており、例を挙げると前者はIn-Transit Actionで、後者はカードカレッジ2巻でも出てきたピラミッド/氷山理論だ。観客に見える手品は、多くの水面下の構造からなっている、という話で、考え方としてはその通りだが、これを具体的に手順に適用するとかいう話にはならないように思う。そういった観念的なものや心構え的なものも含まれているので、重要な実用的/ツール的理論で取りこぼされているものも少なくない。

一方で、理論の出所は狭い。ざっくり数えたところ52項目のうちAscanioが15項目、Tamrizが10項目。まあAscanioとTamarizで重複はあるし、そもそもこれはジョビーというより、理論的なものの多くをスペイン派に頼らざるを得ない手品界の問題かもしれないが……。ところで、ジョビーの名前でリストアップされている理論は16項目である。

なんとAscanioより多いのだ。これにはからくりがあって、ジョビーは既存の、はっきりとは名前の定まっていなかったものに名前をつけ、自分のみを参照先として記載している。しかしアクシデント的な中断が観客の記憶に残らないことや、事前に行う動作の条件付け(馴致)などは先人がいくらもいるだろう。Shadow Theoryは出典こそちゃんとTamarizになっているが、参照先は自著Stand-up Card Magicとなっていて、でもこれ、さすがにFive Points in MagicのNewspaper-ruleにも繋げるべきではないか。

さらには、理論の採択や解説にジョビーのバイアスがはっきりとある。本書のたぶん一番大きい問題はそこで、本書は理論の入門/総覧という体裁でありながら、ジョビーの色が強すぎる。Artな手品を目指するのはいいだろう。けれども観客の感想として「Amazing!(やべえ!)」より「Beautiful(美しい)」の方が望ましいとか、「Good is better than original(独創的だが未完成であるよりは、既存だが上質な方がよい)」と繰り返すのは、自身に独創力がないコンプレックスの裏返しではないかとさえ思う。成立するか否かの危うい境界を突いていくことこそが、手品の地平を広げてきたのは間違いないだろうに。

これがジョビーの私論の本であれば私もここまで言わないが、ジョビーは本書をあくまで汎用性の高い没個性的で客観的な本として書こうとしており、あえて主語をIではなくWeにしている。であればWeと言いながらIの文章になってしまっていることを指摘しても不当ではないだろう。私があんまりジョビーを好きでないというのも大きいのだろうが、やはり本書の目的に対しては、複数人の手を介した、無個性で偏りのない文章と内容であった方がよかったろう。


なんかだいぶ悪口を言ってしまったが、本書がその構成のみによって既に他の「理論書」よりも大きく秀でているのは間違いないところだ。52の理論の紹介の後に、それらを大いに活用したCoins Through the Tableが解説されているのもよい。手品理論的なものの入門としては(文章がやや読み難いことを除けば)非常によいだろう。科学用語の誤用を修正しようという試みもあり、そこは大いに評価している。Ascanioの誤用を正すなんてのは、なかなか余人をもって替え難い仕事だろう。

2024年4月28日日曜日

"ANY" Carl Irwin

ANY -Thoughts on A.C.A.A.N. from a Common Magician (Carl Irwin, 2021)


カードマジシャンの夢『ACCAN』を主題にした120ページくらいの電子本。ちょっと長めのサブタイが付いていますが、この"Common Magician"というのは著者の自称で「どこにでも居る、特別なところのない普通のアマチュア・マジシャン」の意とのこと。で、自ら「『普通』の人」だと宣言し、それを自著のサブタイトルに入れ、その意味するところを本の書き出しから説明し始めるヤツは間違いなく面倒くさいヤツなんですよね。

この人、とにかく話が長い。「多くのACAAN本では歴史の話から入るけど、みんな手法の話が聞きたいだろうし、手法の話からしましょう」と言ってくれるのですが、そこからACAANを成立させる要素と手法の分析みたいなものが始まって、実際の手順解説は20~30ページほども経ってから。しかも自らCommonと名乗るだけあって、分析はしっかりしているものの、どこまでも凡庸です。ACAANのことをある程度まで考えたことがある人なら読み飛ばしても支障はないでしょう。

手順は13収録されており、『スタック』『即席』『録画向き』の3区に分かれます。最初に解説され、表題作にもなっているフル・スタック手順ANYは、なるほど、非常にできがよく、実践でACAANを再現するなら、もうこれでいいのではないかと思います。手法に面白みは無いのですが、実際に演じるにあたってのバランス感覚に優れています。また『録画向き』ではPre-Show Workが出てくるのですが、とある台詞は非常によいと思いました。

それ以外の手順は、スタックの量を減らしたり、即席でやったり、という狙いは分かるものの別に面白くはありません。著者は「正直ほとんどの現象はSpread Cullで再現できるよね」と言い、ACAANにもSpread CullやCross Cut Forceを直接的に使って平気な人間です。なので本書に仕掛け的な面白さを求めるのは間違ってます。


――じゃあなんで、お前みたいなオタクがそんな本を買ったんだ、という話なのですが、実は知人が「今年最良の手順、現代マジックの最先端」と褒めていた手順があって、その元ネタのひとつがこの冊子に収録されているのです。その手順Going Homeは確かに超面白かった。一見何の不思議もない操作なのだけれど、最後に前提がひっくり返ってしまうというもので、是非演じてみたい手順です。

そんなわけで、自らを『凡庸』と卑下して見せる人間らしい、こじらせつつも凡庸な作品集なのですが、Berglas Effectの『現象』を一般の人を相手に再現したいというなら、いい本だと思います。さらにGoing Homeは「今年最良の手順」のパーツたりうる手順です。我こそはと思う方は是非挑戦してください。

2024年3月30日土曜日

“Magical Adventures and Fairy Tales” Punx

Magical Adventures and Fairy Tales (Punx, 1977, 1988, 2000, 2013)


みなさまご存知、かのPunxの本です!
え、知らない? まさかそんな。
ほんとに?

いや、そうかもしれない。なんかすみません。出直します。


Punx三部作の一冊目、表紙が超かっこいいです。一昔前のドイツ手品界では有名人だったらしく、たとえばTed LesleyのParamiraclesでも大きく写真が掲載されていて、私も名前だけは知ってました(いま読み直したら、Lesleyは「Punxは我々の時代のHofzinserだ」とまで言っています)。一方でトリックのクレジットで名前を見た記憶は無く、どんな人なんだろうと思ってe-bookを買いました。正確に言うと、10年くらい前にウィッシュリストに入れて、6年前くらいに購入して、先日やっと読みました。
どういう人かというと、パフォーマーとして有名で、特にTVで活躍していたようです。特徴的なのはそのスタイル。手順や技法の新奇性は無いが、とにかく物語仕立てで演じるのがすごい、とのことで、トリックのクレジットで出てこないのも宜なるかな。
そのスタイルについては翻訳時点の前書き(1988)で既に「マジック的に新しいところはごくわずかしか無い」と言われてるのですが、e-book版の前書き(2013)ともなると「演出はそのまま通用すると著者は言っていて、当時はそれに同意したものの、ここ十数年で状況は変わってしまった。現代の子供の注意持続力に、古いお伽話はもう通用しない。50年前とは時代が違うのだ」とまで言われる始末。
こう書かれると、まあ大抵の人は読む気にならんでしょう。けれども、この人はドイツのTVスターなんですよ。それもTVが今よりはるかに力を持ち、その国の文化に影響を与えていた頃の。タマリッツが、ダグ・ヘニングやカッパーフィールドが、それぞれの国の手品文化に及ぼした有形無形の影響は計り知れないでしょう。であるならばPunxの手品も、きっと現代ドイツ手品の底に流れているのです。ハートリングやフロリアンの手品を理解するのに、Punxを読むのは必須と言っても過言ではないでしょう。

というのはまあ、後から組み立てた理屈ではあるんですが、読んでみると結構面白かったですし、実際の事実関係はともかく、ドイツ手品にPunxの影があるような気はしてきます。なにより「物語仕立て」の程度が、私の想定をはるかに上回っていました。
たとえば――昔々、貧乏だが満ち足りて幸福な羊飼いの少年がいた。しかしあるとき、貴族が近くを通りかかって、それを見た彼は贅を知ってしまい、己を不幸と思うようになる。「なぜ僕は貧乏で、きれいなお嫁さんも居ないんだ」。ある夜、夢の中に妖精が現れ、望みを1つだけ叶えてあげようと申し出る――これが4 Ace Assemblyの演出なんですよ。手品に物語仕立ての演出を加えている、という範疇をすっかり超えて、物語の中で手品をしている。時代が古いのもあって、訓話的な童話が多く、他にも妖精が王様に不可視の衣を与えたが、後妻の女王がならずものを雇ってそれを奪おうとする、といういかにもな童話を、ほんとに小さな人形を使って演じるものまであります。
古い本ですが、著者の狙いがしっかり書かれているのもよい。Punxは演出にも道具にもこだわりますが、それは物語の力によって観客から手品の裏側に対する疑いを取り除き、もって手品をアートとして成立させるためなのだそうです。手順や道具の解説はかなりおざなりで、これだけ読んでわかるものではないですが、物語手品の意図から、その構築の仕方、練習の仕方まで解説されているので、一冊読んでみるのはいいのではないでしょうか。個人的にはとても楽しかったです。


ちなみに書誌の補足ですが、ドイツ語版Setzt Euch zu meinen Füßen...が1977年、英訳版Magical Adventures and Fairy Talesが1988年、その第二版がOnce Upon a Time…とタイトルを変えて2000年、そしてLybraryからでた電子版が2013年です。奥付けと実際の刊行とで一年ぐらいズレはあるかもですがそこは許して。

2024年2月26日月曜日

"A Florin Spun" Hector Chadwick

A Florin Spun (Hector Chadwick, 2023)


Hector Chadwickの新刊が出ました!

ここまでの情報で既に『買い』確定なので、あとは何を書こうが贅言でしょうが、いちおう付記しておくと装丁も梱包も最高にかっこいいです。買いです。

おわり。



まあその、Chadwickは作家で、本書もそういった性格が非常に強く、あんまり書くと読む楽しみを奪ってしまう。内容の大枠だけ書いておくと、コイントスのコントロールのみを扱った150ページの小ぶりなハードカバーです。大きく3部構成になっており、技法40%、用途30%、歴史20%くらいの配分。

読みものとして非常に面白いし、手法の解説も詳細で実用的です。『用途』のセクションがあるもののトリックの解説はないので、そこだけは注意。でもいい本なので買いましょう。










以下は備忘録。








前書きで非常に興味深い問が提示されており、曰く「コイントス・コントロールはほぼ完璧な技法であるのに、なぜ広く使われていないのか?」。それを受けて、「本書では技法だけではなく、そもそも何故コイントスの結果をコントロールしたいのかも探っていく」と続きます。しびれますね。

前半は技法の解説。人によっては知ってる内容かも知れませんが、周辺技法まで含めて、Chadwick一流の文章と視点で詳しく解説されます。そして後半は、これこそ作家である著者の本領発揮。詳細は控えますが、マジックの場でコイントスが使われる3つの『場面』が描かれます。繰り返しになりますが、手順の解説はないのでそこは注意。

原理や手法から、この行為のそもそもの意味、そしてクレジットまで、ひとつのテーマの探求を一冊に収めた素晴らしい本です。Héctor ManchaのThe Wonderous World of Pickpocketingとも近いですね。これを読んだら、あなたのテジナ人生にもコイントスという選択肢が入ってくること間違いありません。

2024年1月31日水曜日

"Letters From Juan Volume 1-6" Juan Tamariz

Letters From Juan Volume 1-6 (Juan Tamariz, 2023)


タマリッツが秘蔵トリックを公開するノートが全6巻で完結しました。1巻のレビューで「トリックはイマイチだが、細部からタマリッツらしさが読み取れるいいノートだ」的なことを書いており、それは偽らざる本心だったが、白状すると良いところ探しの面もあった。やっぱり私も『秘蔵トリック』のうたい文句に期待して買った身ではあったのでね。そしてシリーズが完結したわけですが、終わってみると本当にいいシリーズだった。思うところが色々あって、うまく纏められるか分からないが書いていこう。


まず肝心のトリックの質だが、正直なところを言うと、出来はマチマチだ。おまけにどれも極めてタマリッツ的で、そのまま借用するのは難しかろう。誰にでも使えて、誰でも騙せる『聖杯』は無い。しかし自分の代表作を即興化する野心的なものや、クラシック・プロットを別角度から解決してみせるもの、いびつでぎこちない複数の現象のキメラのようなもの、奇想天外なネモニカスタックの用法まで、良くも悪くもタマリッツにしか作れない手順ばかりだ。私自身、実際に手を動かしてみて、その鮮やかさに息をのんだ手順もあれば、巧妙さに啞然とするしかなかった手順もある。どれがその手順かは秘密だが、読んで得るものは絶対にある。

収録作にはいくつかの系統があって、それがタマリッツに対する理解を深めてもくれる。具体的に言うとタマリッツは、メキシカン・ターンノーバー、フラットパーム、ギャンブリング・デモ、ネモニカといった手法やテーマに愛着があるようで、それぞれが冊子を貫いて流れる支流となっている。

また解説には濃淡があり、台詞から身振りや意図まで綴られる濃い解説があるかと思えば、ほとんど概要のような薄い解説もある。これも結果的には良い読書体験に繋がった。シリーズを通して読んでいるうちに段々と、簡素な解説であっても、そこにタマリッツの意図や構築上の工夫が見えてくるようになるし、実演にあたってタマリッツがどのように肉付けしているかも想像が働くようになってくるのだ。そのためこのシリーズは、タマリッツ流手品の練習帳としても機能している。

確かに傑作ばかりではない。でもよく考えたら、秘蔵であることは傑作であることを意味していない。馬鹿な子ほどかわいい、みたいなことは手品にもあろう。少なくとも、タマリッツがこれらの手順すべてを深く愛していることは読んでいて痛いほどに伝わってくる。


それから、ノート形式で分冊、という特殊な形態による効果についても書いておきたい。ひとつは刊行ごとに絶妙な間が開き、咀嚼の時間ができたことだ。1巻のトリックを、大きな本の一部として読んでいたら、これはまあハズレのトリックかなと流して読んでしまったろうし、「秘蔵のトリック」と言って出してくるのがこれなのか?という疑問も抱かなかったと思う。

また冊子単位でトリックが編まれていることも独特だ。一冊の本であれば、スタックならネスタック、ギャンブルならギャンブルで一つの章にまとめられるところだが、このシリーズは巻ごとのアラカルト形式だ。そのため通して読むと、ざっくり4トリックごとの周期で、ちょっとずつ違うギャンブル手順を読むようなことが起こる。

これらの時間的な特徴――インターバルとリフレインと――が、タマリッツがそれらのテーマに人生を通じて取り組み、折々に創作し、改案してきたことに重なっていく――ように感じられる。


素敵な手紙たちだった。直接的な『聖杯』は無かったけれど、今まで読んだタマリッツの著作の中で一番楽しかったし、自分なりに演じてみたくなる手順や、いつか再読したい手順も多くあった。タマリッツその人への理解も深まったと思う。これがFlamencoだったことにしてくれない?って言われても許せちゃうかもしれないよ。