Letters From Juan Volume 1-6 (Juan Tamariz, 2023)
タマリッツが秘蔵トリックを公開するノートが全6巻で完結しました。1巻のレビューで「トリックはイマイチだが、細部からタマリッツらしさが読み取れるいいノートだ」的なことを書いており、それは偽らざる本心だったが、白状すると良いところ探しの面もあった。やっぱり私も『秘蔵トリック』のうたい文句に期待して買った身ではあったのでね。そしてシリーズが完結したわけですが、終わってみると本当にいいシリーズだった。思うところが色々あって、うまく纏められるか分からないが書いていこう。
まず肝心のトリックの質だが、正直なところを言うと、出来はマチマチだ。おまけにどれも極めてタマリッツ的で、そのまま借用するのは難しかろう。誰にでも使えて、誰でも騙せる『聖杯』は無い。しかし自分の代表作を即興化する野心的なものや、クラシック・プロットを別角度から解決してみせるもの、いびつでぎこちない複数の現象のキメラのようなもの、奇想天外なネモニカスタックの用法まで、良くも悪くもタマリッツにしか作れない手順ばかりだ。私自身、実際に手を動かしてみて、その鮮やかさに息をのんだ手順もあれば、巧妙さに啞然とするしかなかった手順もある。どれがその手順かは秘密だが、読んで得るものは絶対にある。
収録作にはいくつかの系統があって、それがタマリッツに対する理解を深めてもくれる。具体的に言うとタマリッツは、メキシカン・ターンノーバー、フラットパーム、ギャンブリング・デモ、ネモニカといった手法やテーマに愛着があるようで、それぞれが冊子を貫いて流れる支流となっている。
また解説には濃淡があり、台詞から身振りや意図まで綴られる濃い解説があるかと思えば、ほとんど概要のような薄い解説もある。これも結果的には良い読書体験に繋がった。シリーズを通して読んでいるうちに段々と、簡素な解説であっても、そこにタマリッツの意図や構築上の工夫が見えてくるようになるし、実演にあたってタマリッツがどのように肉付けしているかも想像が働くようになってくるのだ。そのためこのシリーズは、タマリッツ流手品の練習帳としても機能している。
確かに傑作ばかりではない。でもよく考えたら、秘蔵であることは傑作であることを意味していない。馬鹿な子ほどかわいい、みたいなことは手品にもあろう。少なくとも、タマリッツがこれらの手順すべてを深く愛していることは読んでいて痛いほどに伝わってくる。
それから、ノート形式で分冊、という特殊な形態による効果についても書いておきたい。ひとつは刊行ごとに絶妙な間が開き、咀嚼の時間ができたことだ。1巻のトリックを、大きな本の一部として読んでいたら、これはまあハズレのトリックかなと流して読んでしまったろうし、「秘蔵のトリック」と言って出してくるのがこれなのか?という疑問も抱かなかったと思う。
また冊子単位でトリックが編まれていることも独特だ。一冊の本であれば、スタックならネスタック、ギャンブルならギャンブルで一つの章にまとめられるところだが、このシリーズは巻ごとのアラカルト形式だ。そのため通して読むと、ざっくり4トリックごとの周期で、ちょっとずつ違うギャンブル手順を読むようなことが起こる。
これらの時間的な特徴――インターバルとリフレインと――が、タマリッツがそれらのテーマに人生を通じて取り組み、折々に創作し、改案してきたことに重なっていく――ように感じられる。
素敵な手紙たちだった。直接的な『聖杯』は無かったけれど、今まで読んだタマリッツの著作の中で一番楽しかったし、自分なりに演じてみたくなる手順や、いつか再読したい手順も多くあった。タマリッツその人への理解も深まったと思う。これがFlamencoだったことにしてくれない?って言われても許せちゃうかもしれないよ。
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