2026年2月22日日曜日

"Evidence of a Well Spent Life" Helge Thun

 Evidence of a Well Spent Life (Helge Thun, 2026)


Helge Thunはかつてのドイツ若手マジシャン・グループFlicking Fingersの一人。同グループが出したDVDThe Movieは遊び心にあふれた面白映像で超おすすめです。ただ同作中でのHelgeの影は薄く、私はあまり記憶にありませんでした。

本書はそのHelge Thunのカード・マジック作品集。とても面白い本でしたが、先に減点要素を書いておきましょう。氏の手順は古く、手順構成も洗練されていません。本書はシンプルな手順から始まるのですが、それは氏が30年以上前(1990頃)から用いてるもの。他の手順もおおむね似たような感じです。もちろん20年30年現場で使い続け、更新され続けてきた強みもあるものの、芯の古さがある。全体的に手順構築もよくなくて、なんの必然性もなくデックを持ち直してトップ・パームしたり、ダブル・アンダー・カットしたりします。そういう意味では完成度が低い。

問題点については言い終えたので、あとは褒めるだけです。本書は本当に面白く、おすすめの本です。Helge独自の趣向がふたつあり、どちらも本書を特別なものにしています。

まずは本書の目玉、サインの複製原理。これがもう目からうろこでした。使い方に制限は多いのですが、極めて自然な流れでサインカードのデュプリケートができてしまいます。90年代後半に思いついたとのことですが、そのときですら「何で誰も思いついてなかったんだろ?」と思ったそうです。そこから30年近く経った今でもThun本人しかやってなさそうな所を見ても、本当に盲点の発見でしょう。さらにおまけとして、もうひとつ別のサイン複製原理も解説されています。こちらはサインの複製方法として誰もが一度は考え、けれど無理すぎて放棄していたような手段を、現象構成によって実用に耐えうる物に仕上げています。こちらの手腕も素敵。

もうひとつの特徴が演技スタイルです。Helgeの演技環境は「観客席が演者を囲んでいる。客席は段になっていて徐々に高くなっていき、収容数は60~100人。雰囲気はステージ、距離はパーラー、現象はクロースも成立する」という小劇場。そういった環境で演じるプロとしての嗜好が、手順に強烈に反映されています。手順は主にマルチプル・セレクション、観客にサインしてもらい、何度もインポシブルロケーション現象が起こります。3枚カードを見つけたあと、戻して第2ラウンドが始まったりする。ご本人がいみじくも「カードでカップ&ボールのような手順をやりたい」と言語化していますが、こういった長手順はなかなか他で見ません。観客とのやりとりについてのアドバイスも非常によい。

面白い本でした。世にあふれる手品本とは一線を画す内容で、おすすめ。