2019年12月27日金曜日

"8 Effects and a Sleight" Michał Kociołek




8 Effects and a Sleight (Michał Kociołek, 2012)


Plots and Methodsが非常に面白かったので、前作であるこちらも早速購入しました。結論から言うと、片鱗こそ伺えるものの、Plots and Methodsほどでなかった。

トリック8つに技法1つの9作品が解説されています。原理に技法や他の原理を組み合わせるというのは変わっていないけれども、完成度はあまり高くない。

手順は以下の通り。
・Gemini Twinsの親戚。3組のメイトが揃う。
・センターディールデモ
・Two Cards At Any Number的な
・大胆で特殊なコレクター
・サカートリック系のカードの移動
・思っただけのカードのサンドイッチ
・水と油
・ミラスキル

内容は悪くない。特に原理の選球眼と現象への応用はやはり素晴らしいし、ハンドリングにも光るものがある。しかし前述の通り完成度がそこまで高くなくて、たとえばXXをフォースする、みたいなことが書いてあるけれども、その手法が解説されていない。フォースの説得力が重要な手順であるというのにだ。演出も弱く、全体的にパフォーマンス・ピースとまではいかない。

Plots and Methodsのレベルを期待したので、ちょっとがっかりしてしまった。しかしこっちを先に買ってたらPlots and Methodsは買ってなかったかもしれないんで、そういう意味ではよかった。またPlots and Methodsを離れて単体としてみると、やはり原理の選球眼やハンドリングの巧妙さは素晴らしく、これを踏み石にいろいろな手順が作れそう。ネタ元としては大変にレベルの高い冊子である。個人的にはどこにあるか分からないはずのカードが挟まるサンドイッチIn Between、特殊なコレクターのBold Collectionが面白かったが、上で列記したプロットに興味があるならどれも読んで損は無いと思うし、原理系が好きならよいインスピレーション源になるだろう。

なおタイトルの"a slight"部分はSimple Shiftのバリエーションでしたが、これはわざわざ収録した意味はあんまりわからなかった。

2019年12月26日木曜日

"Plots & Methods" Michał Kociołek



Plots & Methods (Michał Kociołek, 2019)


Michal Kociolekの作品集。収録作品は4+オマケ1で全5作の薄い本です。これがまあ大変に面白かった。

前書きで「自分は原理が好きで、何時間もデックを山に配り分けたり、ダウン・アンダーの代替になる複雑な配り方を考えたりしてた。さすがに大人になったので、もうしてないけど……以前の半分程度にしか」と言い出して不安をあおるのですが、これがどうして、複数の原理、技法、ガフ、演出が高度にかみ合った極めて高レベルの作品群でした。

All In
 観客の『思ったカード』がサンドイッチされる。実際には「思ったカード」ではなく「見たカード」ではあるのだが、それがどこにあるのか演者にも観客にも正確にはわからない状態なのに、見事に挟まる。大変かしこい原理の組み合わせ。
 実は100%ではないんだが、全体的にラフでとてもいい。氏にはIn Betweenという同じプロブレムの作品があり、それとの比較も楽しい。

Lucky You
 表裏に別々の数が書かれた紙きれ6つ。それを観客に混ぜてもらい、さらに何枚かをひっくり返してもらう。もちろんそれによって合計数は変わるのだが、その枚数目から観客の選んだカードが出てくる。原理だけなら予言モノにしそうなところ、観客が混ぜたデックからのカードあてにすることで不可能さがいや増している。シゲオ・フタガワの作品が元になっているとか。

R. M.
 密室殺人をテーマにしたトリック。不可能殺人がみごとに再現され、大変おもしろい。やや恣意的なフォースだが、演出とマッチして全く違和感がない。なんて独創的なんだと思いましたが、ブラザー・ジョン・ハーマンのトリック(既読)を改案したもの。原案も読み直しましたが、Kociołekの改案はやや演者の負担を増すかわりに、選択プロセスを非常にすっきりとさせている。見事。

Three + One
 ご本人はクレジットに上げていないが、現象としてはJenningsのPrefigurationのようなもの。Lie Detectorのように、観客ふたりが質問に合わせてそれぞれスペリング、というのを何度も行うが、にもかかわらず、最後に4オブ・ア・カインドがそろう。こう書くと面白くなさそうだが、いや、非常に賢いし不思議。

Polish Poker Stacking
 オマケ。同氏の売りネタPolish Pokerの別ハンドリング。これは該当のトリックを持っていないのであまり書くことはない。なんでもハンドを配った「後で」、好きな役をたずね、それを示すことができるトリックなのだとか。ここではそれをスタッキング・デモのハンドリングと組み合わせている。Polish Pokerに大変興味がでてきました。

というわけで大変面白かった。観客の数がそれぞれ5、5、1、2、1ということでやや多人数向きというのはあるが、原理を組み合わせ、手段を選ばず、不思議で、そして楽しい。原理の選択眼がよいうえに、その欠点を別の原理やガフ、演出で補う手腕がすばらしい。誰にでも見せられるし、マジシャンも殺せる、磨き上げられた原理系作品群。いやー傑作ですよ。

2019年11月25日月曜日

"The Holistic Approach to Magic" James Hope

The Holistic Approach to Magic: 7 Possible Ways to Perform the Impossible!(James Hope, 1982)

古いが面白い、本格的な入門書。
500部限定。

Holisticは全体的、全体論的、包括的という意味。この本では完全な初心者を対象に、7つの手順を通じて、クロースアップ・マジックを多面的に解説していきます。つまり単なるやり方(メソッド)だけでなく、手順の狙いやセリフ、ミスディレクションなども含めた内容です。特に、誘導的なセリフ、現象が起こる場所と技法を行う場所を離すディスタンスの考え、タイム・ミスディレクション、技法と同じ操作を先に行うことで観客を慣れさせること、基本技法からどう自分らしいエフェクトを作るかなど、とても高度な内容も含みます。

重要な理論や考えが詰め込まれた前半が特に秀逸です。前半手順はグラススルー・ザ・テーブル、紐への指輪の貫通、コイン技法を援用したクラッカーの消失。後ろ半分はカードですが、ミニ・カードが出てきたり、カードが半分に切れたりなど。全体を通してほぼ技法を使わない代わりに、全体的に現象のバリエーションが豊富で、また少人数からかなりの大人数まで通じるプロっぽい高い実用性の手順です。一方で、ちょっとサカー風味が多かったり、ネタか本気かわからなかったり、という欠点はあります。セリフも大事なものしか抑えていないので、本当に初心者向きだとしたら、ちょっと不親切ではある。

1982年としては出色のできでしょう。流石にいま、わざわざ洋書で取り寄せてまで読む意味があるかとまでは思いませんが、入門書などを書こうと思っている方がいるなら大いに参考になると思います。

2019年10月31日木曜日

"Principia" Harapan Ong




Principia (Harapan Ong, 2018)



Harapan Ongのカードマジック作品集。個人作品集と言うにはちょっと趣が違い、研究成果報告のような内容。形式と内容が合致した、非常に面白い本である。

今回はまず造本の話からしなくてはならない。私の趣味の話ではなく、それが本書の特徴であり、利点でもあるからだ。本書のタイトルはもちろんニュートンだが、内容も論文集の形をとっている。各作品のことをPaper(論文)と呼び、それぞれAbstract(概要)から始まり、Introduction(はじめに)、Methodology(手法)、Results(結果)、Analysis & Discussion(分析と考察)、Conclusion(まとめ)、References(参考文献)と項目立てられている(私自身は英語論文にそこまで親しみはないので、文体まで真似しているかは判断できない)。

著者はイギリスに留学し、物理学を勉強していたという。なので論文風の紙面も、タイトル同様に著者のそういった背景をにおわせる遊びの一種か、と思いきや、これがマジックの解説書として非常によい働きをしている。改案の目的がはっきりと示されるし、また自作の欠点、さらなる改善を要する点にも率直に触れている。全ての手品解説に適用すべきフォーマットでは当然ないが、今回のような内容には非常に適している。

なおこちらは完全に趣味の話だが、表紙が中にクッション材でも入っているのかふかふかしているという、他でちょっと見たことのない造本だった。

そして作品だが、いわゆる研究家タイプの作品群である。過去の手順や現象、プロットに対して、あるいはよくある状況に対しての、新しい解決手段の研究や提案がされている。特に、著者の特色はあえて抑えられているようで、誰にとっても得るものがある。科学の分野では、自分の発見が先人の多大なる業績のうえにあることを、『巨人の肩の上』と言い回したりするが(これもニュートンが使ったことで有名だ)、本書はまさにそういった内容だ。個人作品集というと、良かれ悪しかれその著者のキャラクターに焦点が当たるが、本書はある意味ではより無個性に、カードマジックというジャンルそのものの、過去から地続きの新たな一歩というものが感じられた。たいへんお薦めである。

ただ、いくつか引っ掛かった点もあるにはある。たとえば本書は、『新規性』を掲げることで手順自体の完成度を不問にしている。それはいいのだが、中には私でもちょっと知っている感じの(つまり新規性のない)アイディアがあったように思う。まあ、ほんとうにひとつかふたつではあるけれども。

また最後にThe Trick That Cannot To Be Explainedに関するエッセイとアイディアの章があるのだが、ここで使われている手品と科学のアナロジーにはあまり感心しない。深入りはしないが、私の基準では、よくない科学アナロジーの典型に思える。

ただこれらの欠点はトリビアルなもので、この本の価値を著しく貶めている真の欠点は別にある。大変遺憾なことに、本書はこれだけ紙面を論文っぽくしているにも関わらず、数式がビットマップ画像なのだ。しかもjpegボケしているのだ。これはあきらかに画竜点睛を欠いている。

たぶん著者も刷り上がりを見て、ちょっと悲しい目をしたのではないかと思っています。再版するときはなんとしても直して欲しい。

2019年9月30日月曜日

"Card College Lightest" Roberto Giobbi




Card College Lightest (Roberto Giobbi, 2010)

ロベルト・ジョビーのセルフ・ワーキング・カードマジック解説本第3弾。

ライト・シリーズ最終巻。セルフ・ワークとルーティン構成が素晴らしかった1巻、ヴァラエティに富んだ傑作補完としての2巻ときて、さあ最後はどうなるか。

まず構成の話から。正直なところ、明確な構成のあった1巻と比べると
かなり弱く、単にいろいろ紹介しているだけになってしまっている。2巻もそういった傾向にはあったが、それ以上に。2巻ではいちおうトリックを3つの章に分け、それぞれオープナー向き、中継ぎ向き、クローザー向きとして、最後にアクトの組み立て方を解説してまとめていた。

でもライテストではそういうことは無く、トリックが章分けなしにただ連続で解説されている。全体を貫くテーマのようなものはない。いちおう最後に、セルフ・ワークと組み合わせれば効果絶大な『技術のいらない技法』が解説されている。フォールス・カットやフォールス・シャッフル、デックスイッチなど。それらは単にセルフワークと組み合わせて強力なだけでなく、セミ・オートマティックや普通のカード手品などへの橋渡しとしても大変に素晴らしいものになりうる。のだけど――――Giobbiの書きぶりはいささか散漫というか、あくまでオマケとして書いているような感じ。

トリックはというと、これもちょっと変わっている。これまでと違って手順構成に配慮する必要が無くなったこともあり、セットが重めだったりパケットだったりの名作、たとえばNumerologyやSwindle of Thoughtのような大傑作Ramasee Principleを使ったパケットもの、またサイステビンスを使った巧妙なカード当てCheers, Mr. Galasso!などが収められていて、これらは本当に素晴らしい。一方で、実質『気合で当てる』としか言いようのない手品や、これをセルフワークと言い張るのかというデックバニッシュなどの怪作も入っており、だいぶGiobbiの趣味の感じが強い。手品とは言えないような単なるギャグ(しかも面白くない)まで1作品として入っており、それでこれまでより少ない18作品。うーむ。

悪い本というわけではないが、どうしてもトリロジーのための数合わせに感じる。特に1巻の素晴らしさからするとだいぶ尻すぼみ。あと手順の癖もちょっと強い。重ねて言うが、悪い本ではない。ただもっと素晴らしい一冊になれた可能性がちらつくだけに、とてももったいなく思うのだ。

これも翻訳出るんですか……? 乗りかかった船ということではあろうが、えらいな。


(急いで書いたので、あとで直すかも 9/30→表現を直しました 10/1)

2019年8月27日火曜日

"Facing the Truth" Rick Maue


Facing the Truth (Rick Maue, 2019)

Ricu Maueの久しぶりのレクチャーノート。
再録とエッセイ多し。

Rick Maueは特にマルティプル・アウトで有名で、代表作Terasabosでは『伏せられた4つのカップのどれにアイテムが隠されたかをマルチプルアウトのみによって当てる』ということを(実効性はともかく理論的には)確立しました。本書でも、いわゆる「タネ仕掛け」よりも、演出やアウトによって成立する手順が多いです。

イベントにはそれなりに登場していたみたいなんですが、だれでも買えるノートのリリースは本当に久しぶりです。再録とエッセイが多いですけれど、前者については、ほとんどがそういったイベントなどでの限定ノートからの再録なのであまり問題はありません。ただトリックの数が4~5個と少ないのと、それ以外を埋めるエッセイの内容は、うーん。

Compass
 4人の観客が、それぞれ紙片にイラストを描き、演者が封筒にそれを入れる。封筒も紙片も観客が全く自由に選べるし、さらに集めた封筒も全く完全に混ぜられる。演者は①封筒を開けてイラストを見て、描いた人を当てる。②封筒を開けず、意識を集中させるだけで当てる。③④封筒に一切触らず、視界にも入れずに当てる。
 たいへんフェアで面白い原理ですが、ある肝心の部分でフェアさが薄れている気はします。また③④でのサトルティはこの手法に限らず用いることのできるもので、非常に巧妙。

Silent Q&A(未発表)
 Compassの原理を応用した、質問に答えないQ&A。
 かなり演者を選びます。メンタルマジシャンの中には、純エンタメとしてではなく、自己啓発セミナーみたいな形でショーを行う人がいるんですが、そういう方面の演出。

A Matter of Trust
 こちらも同様、非常に演者を選ぶスパイク・テストの演出。Maue自身、スパイク・テストは嫌いだったそうで、それを自分でも演じられる形に改修したというもの。確かに面白い演出の転換なのですが、やはりちょっと、かなり、自己啓発セミナー感。

Group Dynamic 
 たいへん巧妙なチェア・テスト。The Roadというノートからの再録で、これは普通に買えるやつであり、なんなら既読でしたが、まあすっかり忘れていたので構いません。
 Terasabosに近いマルティプル・アウトもので、4人の内の誰がある色のボールを隠し持っているか当てる、というもの。せりふ回しにどうしても多少の不自然さが出ますが、それ以外では非常にフェアで不思議です。

NPCTP
 No Palm Card To Pocket。
 メンタリスト的な『策略』を使うことで、非常に負担の少なくフェアなCard to Pocket。リセットも不要で、ストローリングにも向いてる。俺は12歳の頃にはもうこういった問題意識を持ちこういった創作をしていた、などとやや説教くさい。

で、残りはエッセイ。これは全体的に面倒くさいです。訃報に接してが2本、あと格好良さとは、とか、手品創作とは、気分の切り替えをどうするか、などですけれども、手品そのものからはやや距離が遠く、本当にエッセイという感じ。またなんか全体的にとげとげしいのですよね……。

手順は相変わらず賢いのですけれど、さすがに数が少ないし、エッセイはほんとにエッセイだし、このノート買うよりも、他のノート買ったほうがいいんじゃないかな。それこそThe Roadとか、もっと手順も多くて面白かったように思います。よく覚えてないけども。

ただ新刊の告知が入っていてそれはうれしかった。楽しみです。

2019年7月28日日曜日

"Architect of the Mind" Drew Backenstoss




Architect of the Mind (Drew Backenstoss, 2019)


メンタリストScott Andrewsの作品集。300ページちょっとあり、内容含めて、著者がもてるすべてをつぎ込んだという感じ。

Derren Brownの薫陶を受けた世代らしい、ドラマチックな手順が集まっています。ステージを想定した大人数用のものが多いですが、カクテル・パーティ的なグループにアプローチして演じる手品や、3人くらい居ればできる手品もあり、何かしら引っかかるでしょう。メソッドは割とクラシカルで、アネマンの某日付フォースやSwindle Switchなど、マニア的にはちょっと見え透いているものもありますが、いちおう他のメソッドとの組み合わせなので、そこまで問題ではない。

また本当にすべてつぎ込んだ一冊という感じで、ショーの時に取り交わす契約書のひな形とか、打ち合わせで演じるのによい手品なども解説されています。

クロースアップ系としては、Triptychという章の手順がとても面白かった。マセマティカル・スリーカード・モンテの原理を用いた3手順なのですが、どれも非常に面白い演出になっています。その中のいち手順、"The Usual Suspects"が試し読みとして丸々フリーで提供されているので、気になる方は読んでみるとよいと思います。これは観客に持ち物を交換してもらったうえで、誰が「本当の凶器」を隠している殺人犯かを当てる、というミステリ仕立てのもの。他二つの演出もよく、たいした道具も要らないので、覚えていて損は無いかも。

ステージ物は、それこそDerren Brown風の、催眠のような心理学のような演出のものです。多くの手順で、最初に紙球を投げて観客を選び、手順のクライマックスのあと、紙玉を開くと結果が予言されている、といったパターンを採用しており、確かに決まれば最高に気持ちいいだろうな……。私はなかなか、そういう演技環境には巡り会いそうにないですが。

全体的に演出が上手く、長手順ですがちゃんと段階を踏んだドラマになっていて、あまり気になりません。ただ複数の現象を組み合わせる事が多く、面白いことは面白いですが、結局何を見たのか印象がぼやけるところはあるかも。メソッド的には比較的手堅く、遊びや野心は薄め。また英語が割とかなり読みにくく感じました。

そういうわけで新世代のメンタリストらしい、なかなかよい一冊でした。ステージをされる方なら大いに参考になるのでは。クロースアップとしても、前述のTriptychがかなり面白かったので、無料サンプルの"The Usual Suspects"をまず読んでみるといいのではないかなと思います。

2019年6月30日日曜日

"Only Ideas" Rory Adams


Only Ideas (Rory Adams, 2018)

Rory Adamsのマジック創作法本。

手の平サイズの本。主張自体はまあ、ふつうの範疇ですけれども、実際に100のアイディア例をあげるという実に力強い方法で説得力を後押ししているのが本書の特徴。巻末のURLにアクセスするとさらに20のアイディアをシェアしてくれるので、実例数は実に120。

著者Rory Adamsは22才と大変若いんですが、Dynamoのトリック作ったりされてる方だそうです。映像作品集も出してる。それを見ると分かりますが、日用品の単発系マジックが多いタイプのクリエイターです。創作法自体は汎用性がありますが、実例がやはり日用品よりなので、そちら方面の手品が好きな人にはより有益でしょう。

本の内容はハウツー本的というか、連続した文章ではなくて、各ページ主題と短文がばんばんと配置してある感じ。意図的な白紙ページとか、主題だけを書いたページなんかもある。そのため読むのは楽で、また楽しいですが、再読するときにはちょっと困ります。

日用品系のクリエイターであったり、こういった本を一度も読んだことがない人、洋書に不慣れな人には向いていますが、まとまりに欠けるところがあり、個人的にはHector Chadwickの冊子などのほうがお薦め。


2019年5月30日木曜日

"Giacomo Bertini's System for Amazement" Stephen Minch





Giacomo Bertini's System for Amazement (Stephen Minch, 2019)


Giacomoの単行本が出ました! やった!

独自の技法で界隈をどよめかせたGiacomo Bertini。私はちょうど直撃ぐらいの世代で、氏の手順を初めて見たときはそれはもう驚きました。それから10年近く経って、とうとうHermeticから書籍が発売されました。収録作品自体はすでに冊子やDVDで発表されているものがほとんどらしいのですが、実は私はそれらを所有していないので比較はできません。

本書は技法の章と手順の章の2部構成。技法に関しては実演DVDも付いています。

技法は大きく2系統。例の小指を使ったコインのトランスファー各種と、エッジグリップからのプロダクションです。非常に曲芸的なことをしている印象があったのですが、丁寧な解説を追うと意外にもメカニカルで、一部手の相性がありそうなものを除けば、やればやったとおりにコインが動いて気持ちがよい。Geoff Lattaの言う”engineered move”であるように感じました。なるほど、これなら割とできるんでは、と思って次の章に入ると軽く絶望します。しました。

手順の章では、先の技法がとんでもない頻度とスピードで、手の左右を問わずに使われまくります。また手順は、コインズアクロスやマトリックスといったスタンダードなものから、ポータブルホールや磁化するコインといった面白い演出のものまで色々ありますが、どれも先の章の技法が相当できなけりゃ話にならないし、代用の方法もまずない。ハンドリングの癖が非常に強いので、一部だけ借用するのも難しいでしょう。

そう、Giacomoの技法は非常に癖が強い。それはまあ、あれだけセンセーションを巻き起こしながらも、ほとんどフォロワーらしい人がいないことからも知れましょう。効果は意表を突いたものですが、付随する動作による制限が非常に大きく、ネタ技法になっててもおかしくなかった。

しかし、Giacomoはそれを武器にした。そのために手順を演じるシチュエーションを限定し、全体のハンドリングをこの技法たちのために組み替え、いろいろな既存の技法や理論を捨て去った。そういうことが本書からは読み取れます。いやまあ、長いことひとりでコインマジックしてたそうなので、あくまで結果的にそうなったのかもしれないですが。

本書の技法や手順がそのまま役に立つ人はあまり多くないでしょうが、そういった、オリジナルの手順や体系を構築するという面からすると類い希な一冊です。

また補足しておくとエッジグリップ関係の技法と手順はあまり癖がなく、特に2作品収録されているシリンダー・アンド・コインなんかはかなり面白いかと思います。それからクラシックパームの解説は非常によかったです。自然でフラッシュしないクラシックパームが解説されています。

2019年4月26日金曜日

"Coinucopia" Al Schneider



Coinucopia (Al Schneider, 2013)


Al SchneiderはAmazonで冊子を色々出しているのですが、その内の1冊。これは標題のトリックのみを解説しているワントリック冊子です。

もともと同じCoinucopiaというタイトルで、Paul Sponaugleという人が手順を発表しているそうで、その改案と言うことのようです。

現象としては、パースフレームからワンダラーが出てきて、それを握ると2枚に。反対の手に渡して握ると3枚に。また反対の手に渡して握ると4枚に……。といった感じで最終的に8枚ものワンダラーになるというもの。あやしい動きがないことと、毎回手を開いて見せられるのが特徴。

とはいえ、手法も解説も直接的でシンプルなため、読んだだけではあまり面白みを感じられなかったです。ワントリックのリリースだと、やはり手順そのものの善し悪しとは別に、新奇性や理論など何かウリがあって欲しいもの。作品集の中の1作品としてならまったく悪くないトリックですが、これ単体でとなるとちょっと。

また先例との差もあんまり明確でない。Paul Sponaugleはクラシックパームを使っていて、Schneiderはそれが不得手だったと言っていますが、仮にパームポジションを変えただけだったとしたら、それは改案と言うよりパーソナライズですし、単品で出すのはどうなのか。さすがにそれだけってことはないと思うのですが、であれば改案ポイントが分かるように書いて欲しかったなあ。

あれよあれよと8枚のワンダラーが出てくるのは壮観でなかなか景気がよいですが、何かのついでに買うならともかく、これ単体ではあんまりおすすめしない。あとこれで40ページはどうなんだ。10ページくらいで解説できたのでは。まあ$7とお安いので、それはいいですが。

"Al Schneider on Coins" Al Schneider




Al Schneider on Coins (Al Schneider, 1975-2012)

Al Schneider初期の代表作。

Al Schneiderは謎の人物だ。Matrixの作者として名前は広く知られているものの、他の手順や技法、あるいは弟子筋の人やフォロワーというかたちでその名を見ることがほとんど無い。間違いなく巨匠ではあるものの、奇術界の中でその存在は奇妙に浮いている。

私自身、Al Schneiderに対して漠然とした好感は抱いていたものの、氏の作品について詳しくは知りませんでした。そこで今更ですが本書を買い、読みました。非常によい本であると思ったと同時に、氏がかくも孤高の人であることも腑に落ちました。

本書は2012年版、120ページの小冊子。初版は1975年だが、2004年に電書版が出て、そのときの追加コメントが載っています。薄い冊子であるものの、理論から技法、多くの手順(オーディナリからコイン・ボックス、ガフまで)と、内容は充実しています。章題は以下の通り。

1: SIX PROPERTIES OF DECEPTION(欺しのための6つの要素)
2: VANISHES(消失技法)
3: MISCELLANEOUS MOVES(その他の技法)
4: COINS ACROSS(コインズアクロス)
5: COINS THROUGH THE TABLE(コインズスルーザテーブル)
6: BOX ROUTINES(コインボックスの手順)
7: HANK BITS(ハンカチの手順)
8: HEAVY MANIPULATION(込み入った手順)

本書を読むと、Schneiderが異常なほど『自然さ』にこだわった人であるということが分かってきます。たとえば、フレンチドロップは動きとしては不自然ながら、視覚的な説得力があります。あのような持ち方、取り方はしないけれど、それを補うだけの視覚的な説得力があるため有用な技法です。リテンション・バニッシュなんかもその系統でしょう。しかしSchneiderはそういった説得力とトレードオフの不自然さすら許さない。氏が使うバニッシュは『コインを持っている手を返して、反対の手にコインを渡す(ふりをする)』というもので、実質的にはこれしか使わない。

Schneiderにフォロワーが居ないのもむべなるかな。

Schneider流の『自然な技法』は非常に難しい。先ほど言及したフレンチドロップやリテンション・バニッシュには視覚的な補助・強調がありますが、それ無しで説得力のあるフェイクパスを行うには相当な技量が必要です。幸い私たちはSchneiderの動画を見ることができ、氏のフェイクパスの尋常では無い説得力を見ることができますが、1975年に本書を読んでも、このレベルを想定することはむずかしいでしょう。

また氏はコインマジックの楽しみを殆ど否定します。コインという物体をいじっていると、面白いポジションだとか、移動だとか、保持の仕方だとか、いろいろな楽しさがあります。そういったもの全てを、自然ではないからという理由でSchneiderは許容しない。フィンガーチップ・レストからクラシック・パームへの移行すら本書では出てきません。手品の『自然』には2つのレベルがあります。日常的で自然であるということ、そしてマジシャンとして自然であるということ。Schneiderは前者しか許容していないように思われ、あまりに狭量です。

しかしそれらを踏まえた上で、本書はすごい。1975年の時点でこのやりすぎな『自然さ』を体現し、貫き、いくつもの手順を提供している。また氏のGaff Coinの取り扱いも注目に値すると思います。ともすれば変な音が鳴ってしまうGaff Coinを、この『自然さ』に取り憑かれた男がどう料理しているかは、本書を買って確かめてください。コインボックスとの組み合わせも非常に面白いです。

非常におもしろかった。氏があまり話題に上がらない理由がよく分かった一方で、1975年の段階からこれほどの構築をしていることは、ただただ驚嘆です。氏のフェイクパスの説得力を動画などで知っており、またケレン味や手品的面白みのない手順でも構わないという前提の上でなら、非常におすすめです。ルービンシュタインやロスに対する苦言が入っていたりして、それも面白い。

ただし氏の代表作であるMatrixは入っていません。あと表紙の写真でやっている技法は出てきません。謎。ちょっと解説が間違っていたり、あと写真の解像度が酷かったりなどする。

2019年3月31日日曜日

"The A,B,Z's of Magic" Rob Zabrecky



The A,B,Z's of Magic (Rob Zabrecky, 2018)


Astonishing EssaysはVanishing Incの新企画で、全十巻を予定しているショートエッセイ冊子シリーズ。その第一回配本のうちの一冊がこれ、Rob ZabreckyのA,B,Z's of Magicです。65頁。

世には色々なマジックの演技論、創作論の本がありますが、本書はどちらかといえばプロ向けの内容。ショーやアクトを作る人向けの内容です。2016年にAcademy of Magical ArtsのBest Lecture賞を取ったThe Alphabet Talkというレクチャーを改めて冊子化したもの、らしいです。

解説のスタイルがちょっと面白く、アルファベットの26文字に沿って、それぞれトピックを立てて順に語っていきます。たとえばA=Acting、B=Balance、C=Collaborationといった具合に。このため本全体としてはやや流れが分断されていますが、短いエッセイの集合であるので読みやすいです。

手順そのものの解説はないですが、2つほど実際の手順のスクリプトも載っており、簡潔ながら幅広い話題をカバーしていてよい本でした。ただ目次を見る限り、このまえ日本語で出たノート、インターセクションと割に被っていそうで、あえて買う必要はないかもだ……。

2019年2月27日水曜日

"Out of Sight" Mr. E. OZO


Out of Sight (Mr. E. OZO, 1993)

比較的レアなノートですが、東京堂のとある本が無断で解説しているので日本では割に知られているかもしれません。私が購入したのは2004の第2版。初版との差違はわかりませんが、「第二版の前書き」が加えられているのと、あと末尾の2トリックは(second take)とついているので、ひょっとしたら追加の内容なのかも。

著者のMr. E. OZOというのは、まあその、Jerry Sadowitzのことのようです。よって紙面も例によって例のごとくのラフな手書き。また当然ながら限定リリースで、e-bayなどで買うしかないと思います。

このノートでは、ある原理を使った12のトリックが解説されています。この原理を使うと、演者が途中から遠くへ離れたり、両手を観客に触れたりしていても(つまりカードに触れない)、観客が押さえているカードが消えたり、別のカードに変わったり、消えて観客のポケットから出てきたり、といった現象が達成できます。

原理自体はSadowitzのオリジナルではありませんが、これをクロースアップのカードに応用し、しっかりした手順を複数作ってまとめたのは本書が初ではないかと思います。一方で、原理の孕む根本的な問題は手つかずであり、観客の扱いが難しいですし、間延びしがちですし、対一人でしか成立しません。さらに素材をカードにしたことで、現象がかなり弱くなっています。しかし他の手法では達成困難な現象であり、またなによりも、やっていてとても『楽しい』原理です。

12のトリックは、消失&移動、交換、アセンブリ(?)、説明が難しいですが「打ち消し」とでも言うべきものなど。いくつかは単なる演出バリエーションだったりします。ベストはやはり、某本で無断解説されている消失トリック"Out of sight(Second take)"で、そういう意味では本書を買っても大きな利益はないかもしれません。しかし現象や出来・不出来のまちまちな手順を読んでいるうちに、この原理に対するSadowitzの熱狂・苦闘・興奮が、紙面を通して伝わってくるかのように感じられます。

ノートというのはやはりこうあって欲しいですね。

また、Sadowitzは対マジシャンの目線があまりないのか、これだけ面白い原理や現象を展開していながら、肝心のカードのハンドリングはターンノーバー・パスやダブルリフトなどかなり直接的で、そのまま演じるにはちょっと抵抗があります。サトルティ系や錯覚系のアプローチをうまく適用できれば、まだまだ面白くなるのでは……? また氏が言っているように、他素材への発展も探る価値がありそうです。そういう意味でもよいノートです。

ひとつ残念なのは、知ってしまうとどうしても大いに効果が減じる原理なので、読む前に体験したかったということでしょうか。

2019年1月26日土曜日

"Coercion" Seamus Maguire





Coercion (Seamus Maguire, 2016)


 Spectator as Mind Reader(観客が読心術をする)というプロットのためのある技術と、それを使った手順例。

 ステージのメンタルマジックなんかでは、「あたかも観客が演者の心を読んだように見える」という趣向はそこそこ有りますけれども、それはよくて即席の共謀(Instant Stooge)とか現象の二面性(Dual Reality)によるものです。本書の狙いはもっと進んでいて、観客自身もほんとうに演者の心を読んだかのように『感じる』というものです。だから一対一でも成立する。

Essay:Spectator as Mind Reader
The Coercion Technique
The Pushy Book Test
Hands Free in France
Three Avenues

 色々有りますけれども、どれも同じ原理(Coercion)を使っており、「選択の自由さ」と「誘導」の兼ね合いが違うだけです。フリーチョイスであるほど誘導が不要で、フォースに近いほど誘導が露骨。

 なるほどなと思わなくはないですし、エッセイでの「観客が心を読んだとして、ではメンタリストの立場とは?」みたいな考察は面白かったのですが、肝心の手法はいまいち。というかいくらなんでも誘導が露骨すぎるように感じます。そういう意味では誘導の少ない基礎手順がいちばんよい。

 またもう一つ欠点があって、そのまま日本語でやるのはちょっと難しいです。もっと別のもの(色とか触感とか)を「要素」として扱えばいける……と思う。全体として、あんまり面白くなかったかな。手法もそうですが、内容の掘り下げ具合や、本としての書きぶりが。

 リアルなメンタリズムをしたい、観客に思考を読ませたい、というのであればひとつの手ですし、とっかかりとしてはお薦めです。上述の様にすれば言語依存もなくなると思う。確かにうまくいったとき観客に与えるセンセーションは、他の手法・現象では達成不可能な無二のものでしょう。