2018年12月25日火曜日

"UnVeil Part I" Manos Kartsakis




UnVeil Part I (Manos Kartsakis, 2018)

 メンタリズム手順5作品を収めた小ぶりのハードカバー90頁。

 このまえV2という本を買いまして、それが面白かったので著者Manosの他の作品も買いました。ただ収録作が5つで、うち3つはどうもV2で解説している手順のバリエーションっぽい、ということもあってそんなに期待はしていませんでした。

が、これが非常に面白かった。


Brick Opener
 V2収録のVice Versaのアレンジ版で、Which Handのかわりにコイントスを使用。コイントス・コントロールの手法は誰でも思いつきそうなものだが、用いる文脈のお陰で成立している。それ以外は基本的にVece Versaと同じ。
 

Drawing a Blank
 4枚の名刺サイズのカードのうち1枚に、観客が親しい人の名前を書いて、他3枚と混ぜる。この状態から観客自身が名前の書かれた名刺を当ててしまう。さらに演者は、観客がその名刺を押さえている状態のまま、書かれた名前を読み取ってしまう。
 とても巧みに構成されており、演者は名前の書かれたカードに一切触っていないように見える。道具立てと現象からおよそ想像できる通りの手法なので、マニアをだませるかまでは微妙だけれど、こういった手法につきものの瑕疵を、ささやかな演出上の工夫でカバーしていてそこも見事。


Real Which Hand
 Which Handは言ってしまえば1/2の確率なので、本当にこれに勝てる能力があるのだと示すには、複数回繰り返すしかありません。しかし十分に演出がなされれれば、あるいは別の要素が組み合わされれば、勝つのは1回だけでも十分になります。
 なじみ深いところで、じゃんけんを思い浮かべればいいでしょうか。演者が観客をステージに呼び、単に一度じゃんけんに勝っても、なんだかなぁという感じです。だから5回勝負と宣言してから全勝するとか、あるいは「いまから僕はグーを出すけれど君はどうします?」などと揺さぶりを掛け、考える時間を適度に与えてから勝つとか、さらに『お互いどの手になるか』が予言されているとか、そういうかたちにする必要がある。
 
 この方法は後者の、1回だけのパターンのものです。
 観客がコインを好きな方の手に(演者から見えないように後ろ手で)握り、コインを入れ替えるチャンスが与えられ、さらに自由意志を念押しされたうえで一方の手を前に出す。その手が開かれるよりも前に予言が読まれ――――結果が当たっている。

 余計な指示はない。恣意的な制限もない。変な質問もしない。それでも現実世界で成立する。信じられないがほんとうなのだ。この類の手順で究極と言ってもいいと思う。これ1作でこの本以上の価値があります。
 ACAANやOpen Predictionでは理想の(そしてあり得ない)手順を探し求めることを、Holy Grailと言って聖杯探求に例えたりしますけれども、まさか、まさか本当に聖杯が見つかる場合があるとは思っていなかった。個人的にそれほどの衝撃です。できればV2も読んでから読んで欲しい。

 著者はDerren Brownからの影響を、Brownへの憧れを、随所で書いていますが、この手順もまさにBrownがやりそうで、逆に言うとDerren的なパーソナリティじゃないと演じられないかも。


ProMetheus
 こちらは対2人のWhich Hand。V2のVerbalist 2.0の改案というか、ステージ向きにアレンジしたもの。コインが隠されている手だけでなく、2人がそれぞれ思い浮かべている物を当て、さらに視覚的なクライマックス付き。
 どうにも盛り込みすぎている感じで。個人的には元の手順の方が好きですけれども、確かにステージ上で4つの手から1つを当てても地味で、こういう拡張方法があるのかと感心しました。またこのクライマックスの作り方は、平易な流れから非常に特異な視覚的要素を作り出せる面白いものです。


Essay: Prop-less or More?
 メンタリズム手順をよりオーガニックに見せるにはどうすればいいのか。単に「道具無し」にしたらオーガニックなのか。という問題について、理想の現象に対して現実の手順が持つ『妥協』の度合いから読み解く。やや難しいですが、自作を例に出し、実際の手順構築にどう役立てるかを含めて示してくれます。
 私がこの人の手順に感じていた良さ、演出の自然な面白さが、こういったところに根ざしていたのかと。


Invisible Die
 見えないサイコロを使ったステージ手順。様々な要素や工夫があって面白いのですけれど、現象としては1/6のフリーコールが予言されている、というだけのことなので、それに対してはやや盛り込みすぎに感じました。



 というわけで素晴らしく面白い本でした。エッセイでも触れられている通り、可能な限り『理想の現象』に近づける努力をしており、しかもかなり高いレベルでそれを達成しています。すっかりファンになりました。ステージ物はちょっと盛り過ぎの感もあるけども。

 終わってみれば、V2の4つのプロットのうち、3つは本書UnVeilでカバーされており、かつ本書の方が内容が多いので、だからまあ、V2は読まなくてもいいと言えばいい。しかしクロースからステージへの変化に対して、手順をどうアレンジするかという点だけでも十分に面白いですし、なによりWhich Handというプロットの難しさを感じ、『理想の現象』を目指すManosの苦闘を僅かなりとも追体験するためにも、是非V2から読んで欲しいです。ともかく私はこの順番で読んでたいへん幸福です。

0 件のコメント:

コメントを投稿