2017年3月30日木曜日

"Thirteen Things To Think About" Hector Chadwick

Thirteen Things To Think About Pertaining To The Creation Of Original Content Within The World Of Magic(Hector Chadwick, 2017)


Hector Chadwickが出版したパンフレット。
タイトルがめちゃくちゃ長いですがページ数は少ないです。意味は『マジックの世界でオリジナル作品を作ることに関して考える13のこと』という所でしょうか。内容はそのまんまで、オリジナルな作品を作るにはどうすればいいのか、13の基本的な考え方を紹介しています。

ところで創作論を語るなら、やはり実績あるクリエイターではなくては説得力がなあ……と思ってしまうのが人情です。でもHector Chadwickって何者なんだ。商品なんてひとつもヒットしないじゃないか(*)、という所なんですが、前書きを読みますと、『最近ではますます人前で演じる事は無くなってきたけれど、私は人生のそれなりに長い期間を、他のマジシャンの創作を助けることで生計を立ててきた』と。

この方、なにを隠そうDerren Brownのショーの共著者の一人なんですね。Brownのショーはローレンス・オリヴィエ賞(**)の受賞歴もあるすごいクオリティで、youtubeで公開されたりもしてるのでよければ見てください。ともかく業界トップクラスのクリエイターであることは間違いないでしょう。

(*Vanishing IncからEquivoqueのダウンロードがひとつ出ている)
(**イギリスにて、その年に上演された優れた演劇・オペラ等に与えられる賞。イギリスで最も権威があるらしい。すごい。Wikipediaより)

紹介されている創作の13箇条については、そこまで意外性のある話はありません。正道と言うのが良いでしょう。けれど非常に良く言語化されています。長く手品をやっていると、このあたりはなんとなく感覚的に分かってきますが、それを言葉にするのは意外に高いハードルです。また比較的早い段階でこういうのに出会うと、大いに助かると思います。

あと、本書はなぜか手書きです。カラーのサイン・ペンかなにかを模しており、インクを散らしたりなんかして非常にカラフルで目に痛いです。ただ字は綺麗+ブロック体なので意外と読みやすい。

なお再販予定はなし。というのも本書の内容については、いま書いている新しい本で詳述するからとのことです。だから無理して買う必要はないわけですが、非常に美しいパンフレットですし、新刊もいつに(そして幾らに)なるか分からないですし、けっこうお奨めです。

2017年2月28日火曜日

"10 MAX" Boris Wild



10 MAX(Boris Wild, 2015)


10 Card PokerをあつかったBoris Wildの小冊子。


Boris Wild氏はFISM演技が色々な意味で有名ですが、一方でACAANやOpen Predictionなどのプロブレムに対して、非常に評価の高い解答を案出しています。そんな彼が10 Card Pokerを扱った冊子を出していると知って、10 Card Poker好きの私は(一度も演じたことはないのだけれど)飛びついたわけです。

結論から言うと本書はそんなにお奨めしません。

サブタイトルには、あるひとつの原理を元に10枚のカードで行う現象を10個、とあります。こう書くと、原理をいろいろ料理してるのかと思いますが、ハンドリングと現象はぜんぶ同じで、演出というかフレーバーが異なっているという感じです。

10 Card Pokerには2つの系統があり、ひとつはヨナ・カードを使う系統で、選択が非常に自由ではあるもののオチが地味。もうひとつがAlex ElmsleyのPower Pokerの系統で、選択がかなり制限されるもののロイヤル・フラッシュなど派手なオチが決められます。Boris Wildが元にしたのはPaul GordonのHead to Head Pokerという手順で、これは後者の系統になります。

Paul Gordonの手順は、Elmsleyのものと違って技法を使わず、Bannon-Solomon-Blombergのような処理でもなく、2.4.2 Dealのように途中でシャッフルしたりもしません。最後の一枚はどうにもうまくありませんが、全体としてはなかなか良いバリエーションと思います。

ただBoris Wildの手順はそこからまったく離れません。ESPカードを使ったり、イラストのカードを使ったりと、道具とテーマを色々変えるのは良いのですが、その程度の内容は『道具立てはこうで、演出はこう』とそれぞれ数行で終わらせるべきです。同じセットアップや同じ注意、同じ手続きの解説を(ある程度短縮されているとは言え)何度も読まされるのははっきり言って苦痛です。

うーん、あまりよくなかったなあ。

たとえば、ケーキの材料とゲテモノが描いてあるカードから、観客が見事にケーキの材料を選り分ける、というのがあります。これだって観客が正しい材料4つと間違った材料(たとえばサンマとか)を選び、演者がダブパンを開けるとサンマの刺さったケーキが出現する、とかだったらばもうちょっとなんというか広がりを感じるのですが。

ポーカー以外にも色々使える、というのは分かりましたが本書自体はいまいちです。

2017年2月1日水曜日

"The Garden of the Strange" Caleb Strange







The Garden of the Strange (Caleb Strange, 2007)


私が持っている中で、最も××な手品本だ。
この××の部分に最も多くの文章が当てはまるのが本書だ。

私が持っている中で、
 最もタイトルが格好いい本だ。
 最もジャケット・デザインがいい本だ。
 最もジャケットを脱がせた所が格好いい本だ。
 最も壮大な現象を収めた本だ。
 最も現象文がドラマチックな本だ。
 最も演じられる人のいなさそうな本だ。
 最も現象文と実際の手法の落差が激しい本だ。
 最もでかい風呂敷を広げた本だ。

つまりはそんな本だ。


基本的には無名の人だろう。私もまったく知らなかった。ではなんで買ったのかというと完全にタイトルとジャケットである。だって格好いいでしょうが。The Garden of sinners(※)っぽいし。

どんな本かというと現象はビザーマジック、メソッドはメンタルになる。
メンタルにもいろいろ有るので、僕の個人的な分類をざっとだけ書いておこう。基本的に3つのグループに分けられると思っている。


ひとつはマジックの手法を使うもの。
現象があり、タネがある。
AnnemannやCorinda(どちらも未読)からきて、WatersやMavenに続く。マジックの手法から演出を変えて行っているパターン。

ひとつは確率の手法を使うもの。
現象があり、時としてタネがない。
Banacheckなどサイコロジカル・フォースに大きく負うパターン。

ひとつは催眠術ないし偽の催眠術や心理学を用いるパターン。
時として現象がなく、タネもない。
Knepper(未読)、Jermay(初期)、最近だとFraser Pakerとか。


ああそれからマジックかどうか微妙だけど占い(Reading)ってのもありますね。じゃあ4つだ。


もちろん明確に区分できるものではないが、おおよそこういったイメージでいる。そこでこのCaleb Strangeだけれど、三つ目のパターンに近い手法を多く用いる。Jermayは初期のDVD Skullduggeryで、手相を観ている内に掌紋がうごめきだすという現象をやっていて、これはまあなんというか『物理的にタネは無い』んだが、この本も同じメソッドを使った手順から始まる。

この時点で既に、本書は多くの人の射程外になってしまうだろう。
だが問題はその演出なのですよ。

手順はこんな風に始まる。


あなたは観客達と屋外にいる。太古の儀式に使われていたという列石の間をともに歩き、ともに一日を過ごしてきた。あなたが口にする数々の物語に観客達は心打たれ、また彼らも自らの意見や、感ずるところを話して、グループの結びつきは密になっていた。そして今、あなたの導く旅路は終わりに近づいている。日はゆっくりと夜に浸蝕され、空を崩していく鋭い漆黒のショベルは、幾万の星に濡れ始めている……。

あなたは石に刻まれた紋様の話をする。定説は無いが5000年も昔の人類が刻んだと言われている紋様だ。

あなたが「火を!」と合図をすると、スタッフが松明を灯す。「我々の脳の中には」とあなたは話し始める。「太古の記憶が残っていると言われている。我々の祖先が、初めて光の中に出て、空を仰いだ時の記憶が。そしてきらめく歯と牙――何者ともしれない、夜に潜む恐ろしいものの記憶が」

あなたは石を触媒に、観客の太古の記憶を探っていく。観客の手の中で、石の紋様がうごめき、踊り出す。そしてあなたは、何か巨大なものの姿を彼女の中に見る。追いかけるそれ。逃げ惑う私。降りしきる雨。そして――



手順のタイトルはHunting Mammoths in the Rain。

『雨の中、マンモスを狩りに』だ。(※※)


もちろんDrawing Duplicationだとか、コインベンドだとか、普通のメソッド、普通の現象の手順もあります。でも演出は一事が万事この調子で、無駄な壮大さ、ドラマチックさなのです。

変な本でしょ?

他の手順はというと、降霊会を終えて館を出ると庭の薔薇がみんな散ってるとか、月が消えるとか、プラムパイを割ったら蛆虫が湧き出すとか、占いをしていたら護符のようなものが虚空から現れ出でるとか。
メソッドはどれもたいしたことはなくて、目新しいわけでも巧妙なわけでもない。ただそれだけに、僕らの知っている程度の道具を使って、ここまで大きな絵が描けるのかと呆気にとられる。しかも2007年にあってだよ。

この本の手品を演じる事は無いだろうし、演じられそうな人もとんと思いつかないが、それでも凄い本なのでした。


※『空の境界』の副題
※※通りがいい様に意訳したのは許して下さい。

2017年1月24日火曜日

Thinking the Impossible 日本語版:発売

 

Thinking the Impossible:日本語版

Ramón Riobóo

 



もし騙されるのがお嫌なら、何があってもRamón Riobóoに会ってはいけません。


Riobóoが1組のトランプを手に取したら――、疑い深い観客から世界的な碩学のマジシャンまで、最早だれ一人として安全ではありません。彼がポケットからくたびれたトランプを取り出し、ぎこちない手つきで混ぜ始めたら、――その間ずっと彼が少し上の空に見えたとしても、心しておくように、あなたが知っているこの世界の物理法則はねじ曲がり、あり得ない結末へと雪崩込むでしょう。

Ramón Riobóoは引退したTVディレクターで、スペインが誇る最上級のマジシャンJuan Tamarizの近しい友人です。彼はその本業から、ドラマ、簡潔さ、娯楽性、そして観客の注意を操る技を学びました。そしてTamarizとの親交を通じて、彼は愛想良く、しかし容赦なく相手を騙す術を学んだのです。彼の手の内を見抜いたと思ったそのとき、あなたは正に彼のマジックの陥穽にはまり込んでいるのです。人を袋小路に導くことにかけてRamón Riobóo程の手練れは居ないでしょう。

 Riobóoの専門は数理的な原理と心理的なサトルティの芸術的なまでに巧みな使用です。それらは巧妙に隠されており、理解を超えた現象を生み出すように計算されています。そして彼は、あなたが予想すらしていないタイミングで、技法やギミック・カードをそっと忍ばせて来ます。これらの組み合わせは、あっけにとられるような不思議さと心地のよい楽しさを生むでしょう。

Steve BeamのSemi-automatic Card Tricks シリーズに露出し始めた事で、 英語圏のマジシャン達の間でRiobóo作品に対する関心が高まってきました。このThinking the Impossibleで、彼はその名声に期待されるものすべてを解放しています。39のトリックと手順には彼の賢さと狡猾さがたっぷりと染み込み、そこに心理的な側面についての3つの信条がステアされて、―― くらくらするほどに不思議なカード・マジックがここにあります。

 Hermetic Press版より





 長らくお待たせしました。Thinking the Impossible 日本語版、発売と相成りました。リンク先のBASEサイトをご使用頂くか、私個人にメールで連絡のうえ銀行口座振り込みなどでお買い求めください。本業がありますので、場合によっては発送が週末までずれ込む場合もあるかと思いますが、ご理解頂きますようお願い致します。


 さて本の内容を紹介したいのですが、ここでいくら褒めちぎっても宣伝にしか聞こえないでしょう。しかし幸いにして、本書を訳す事になるなど夢にも思っていなかった頃のレビューがあるので、そちらを参照ください。


 緑の蔵書票:"Thinking the Impossible"Ramón Riobóo



 翻訳に際しては、基本的には元々の文章に手を加える事はしていません。中にはやや理屈に合わない操作であるとか、わかりにくいような説明もあるのですが、大きな改変や、注や図を補うような事はしませんでした。ただし現象説明と手法解説とで若干内容に食い違いがある場合があり、それは統一のうえ、その旨を注にしてあります。


 またページ数や構成の関係で、数点の図が削られたり、加工されたりしています。削られたのはとある文房具の写真や、ごくごく基礎的な技法の図であり、他の問題と天秤に掛けたうえで、無くても問題ないと判断しました。


 技法名、手順名、人名、書籍名については、ダブル・リフトやシャッフルなどの基本的な用語を除いて、英語表記のままにしてあります。これは私が音を上手くカナに起こせなかったからですが、いちおう検索が容易にできるようにという意図もあります。基本的には固有名詞なので、通読には問題ないかと思います。

 なおRamón Riobóo氏について言うと、ラモン・リオボーという音が近いようです。


 カバー、表紙、および章題のイラストは日本語版オリジナルのもので、原著とも英訳書とも違った雰囲気になっています。




 本書がそれなりに売れて、というか割とかなり売れて、運良く黒字になりましたら、次に用意している本が出しやすくなります。皆様何とぞよろしくお願いいたします。


*宣伝のためにしばらく未来の日付にします。
元の公開日時は2015/01/24 19:31。

2017年1月2日月曜日

"Switch" Benjamin Earl



Switch(Benjamin Earl, 2015)



Benjamin Earlの冊子。Switchのタイトルに相応しく、トランスポジション現象2作品。トランプの入れ替わりPaper Switchとコインの入れ替わりMetal Switchを解説。

これがうーん。

1.ギミック無し
2.デュプリケート無し
3.現象は1回のみ
4.クリアーな現象
5.テーブルなどは要らない
6.実用的
7.演者と観客がそれぞれ『物』を保持する

というルールを遵守しており、手法はそこから想像されるモノそのままだと思います。面白さは無い。そのうえで、技法の細部をどうするかとか、連続した手続きだと認識されたらまずい所をどう心理的に切り分けるか、というEarlの研究は面白いです。また「あのBenjamin Earlがこれで成立させているんだから」という練習モチベーションにはなります。

特にThe Delayed Palm Removalという(名付ける程のものでもないと思うが)演出上の工夫はなるほど。またPaper Switchの方は、使う技法の難易度に合わせて5段階の手順が解説されているのも面白かったです。まあひとつ目からして「ここでリラックスしてトップ・カードをパーム」とか言われるので簡単ではありませんが。

クラシカルで単純な現象を可能な限り強力に演じる、というEarlの方針は分かるのですが、しかし彼はそこに面白さも不思議さも設定していないので、見る人は「わからない」とか「上手い」「怖い」という感想になるんじゃないかなとも思います。Earlはそういうキャラなので、それでいいのでしょうが、この通りにやって効果を上げられる人は少ないかもしれない。

またこの本に限らず、最近のEarlは「カジュアルにポケットに手を入れる」を多用するんですが、これは人によっては合わないのじゃないかと思います。






"Fred Kaps' Lecture Notes" Pete Biro




Fred Kaps' Lecture Notes(1972, 2012, Pete Biro)



かのFred Kapsのレクチャーノート。2012年にPete Biroが自身の小冊子シリーズの11巻目として、判型を改めて出版したものです。しかし古い時代のレクチャーノートという事もあって、イラストは一切なく解説も簡素。ほとんどのトリックは半ページの文量しかありません。ここからKapsのタッチなり工夫なりを読み取るのは難しいと思います。


またPete Biroの編集が良くなくてですね、写真は圧縮ボケしてるし、註釈をつけたかと思えばその内容が『なにせ20年も前のことなのでこのグラスのサイズなどは思い出せない』とかいう読み手側の情報量が全く増えない内容。そんなこと書いてる暇があるなら、解説が間違っているTwisting the Aces, using the Ascanio Spreadを修正しろよ。

また表紙にBonus:Smoking Thumbとあるが、これも酷いんです。簡単な歴史に触れ、あとはTom Mullicaの手に渡ったというギミックの写真があるだけ。手順の具体的な内容やコツは何も明らかになりません。しかもこの写真、Mullicaがオークションで使ったものと書いてあって、……え、それ、Biroはただネットから拾ってきただけじゃねえの?
2つあったギミックのうち一方は自分が譲り受けたとか書くなら手元にあるそいつの写真を撮れば良いのでは?ホントにもらったのですか?それとも現存していないという事ですか?

また演技はここで見れるよ、と言ってyoutubeのリンクを幾つか加えてもいるんですが、一つはリンク切れ、もう一方もどうやらBiroではないアカウントの上げた動画で、しかも壊れているのか何なのか私の再生環境では見られませんでした。

ノートの出来が悪いのは時代的に仕方ないとはいえ、それを2012年に編集のうえ再発売するにあたってこの内容はあまりに手を抜きすぎでは。というか表紙の、自身のカラー写真さえ圧縮ボケしてるんですが、この人は本当に本業写真家なのか。


そんなこんなで酷い出来の冊子です。

内容に戻りますと、Kapsの手品は統一性のあまり感じられない雑多な内容です。一番気になったのはInternational Coins Through Tableで、最終段にちょっと見たことのない組み合わせでの解決方法を取っています。いや単純に不自然だし成立もしていなさそうなんですが、気に掛かるアイディアでした。
しかしKapsはこれ以外も、あまりまともに記録が残っていないようで残念だ。

"F for Fiction" Benjamin Earl




F for Fiction (Benjamin Earl, 2015)


カードとポケットにまつわる3作品を収録したBenjamin Earlの小冊子。せっかくなら4作にして韻を踏めばよかったろうに。

・Four-Card Impossible
 Prefiguration。Earlは最高のバリエーションだと宣いますが、そして確かにカードの数値に合わせて配るとかそういうセルフワーク臭い要素は無くなっていますが、代わりに導入されたフォースは怪しい動作がない代わりに説得力微妙。

・Finish 52
 観客が自由にカードを言う。複数枚のカードをポケットから取り出すと、その数値の合計が観客の言った値と合致する。
 ――という、昔からあるけれども不思議さや面白さの弱い現象に、うまくフォローアップする第二段を加えてた作品。これは確かに面白く、またこんなつまらない現象をよく拾い上げ、よく現代的な形にできたなと関心しました。もっとこういう方向性で創作してくれればいいのに。

・Followers
 VernonのThe Travelersから冗長さをぎりぎりまで削ったような作品。原案の狙いやテンポは無視しているので賛否両論有ろうが、非常にスピーディーで現代的な手順になった。ただかなりダイレクトである。
 最後にデックが溶けるように消えるというThe Fade Away Deck Vanishが載っているが、これはあんまり真に受けない方が良いのかなと思う(観客は××のように感じる、というのは検証が非常に難しい)。


という3作品。このところ販売されたBen Earlの冊子の中ではもっとも手品らしい企みがある。技法を前面に出してはいないのに、不思議でも面白いでもなく「上手い」という印象になってしまいそうな手順構成・演出ではあるが、その辺は料理次第でどうにでもなるかな。

クラシックをよく研究していて、そのリライトの腕もなかなか。最近のEarl冊子の中では1番地に足が付いておりよかった。例によって演技権が厳しく設定されているので買われた方は注意。

2016年12月31日土曜日

"The Aretalogy of Vanni Bossi" Stephen Minch




The Aretalogy of Vanni Bossi (Stephen Minch, 2016)


Hermetic Pressの新刊、イタリアのアマチュアVanni Bossiの作品集。
装幀は昨今まれに見るほど気合いが入っていながら、詰めが甘く、ちょっと残念なのですが、内容は独特で非常に充実しています。


まず装幀の話。Hermeticはこれまでも、背が布、表紙が紙という装幀をたびたび使っていましたが、今回は背が革、表紙が布という古書めいた半革装です。すげえ! かっこいい! おまけに背バンドまで! 腹は敢えて紙を整えず、閉じたままの段差が付いています。こんなん初めて見ましたよ。
本文のレイアウトも古書を意識したのか独特(ついでに文体も凝っていて少々読みにくいです)。

本文中にちりばめられたアイコンは、Giochi di carte bellissimi di regola, e di memoriaという本から来ているそう。これは1593年のHoratio Galassoによる極めて古いメモライズド・デックの本で、Vanni Bossiはこの本を見出し、研究成果をGibecièreに寄稿したりもしたそうです。


……と、すごい装幀なんですが、気合い入ってる分、ちょっとした残念箇所が手痛い。
表紙タイトルと本文中の図がなぜかカラー刷りになっていて、よく見ると印刷のドットが見えてしまい、安っぽい。単色刷りにすればよかったのに……。もったいない。ほんとにもったいない。

それから背バンドも、詳しくはないのですが、本来の用途は補強なので、均等か上下対称に配置されるべきなのでは……?

というわけで、近年まれに見る豪華装幀なのですが詰めが甘くもったいないです。しかし今後も凝った本を作ってくれるでしょうし非常に楽しみ。


内容の話。
作品は主にクロースアップ・マジック。カードとコインが主ですが、他の素材と組み合わせた作品が多いです。カードでは、カードインフレーム、カード・イン・リングボックスや、ビニール袋に包んだ状態でのチェンジ、折りたたんだカードの変化など。観客が後ろ手に保持している指輪の中に選んだカードが移動するといったぶっ飛んだものもあります。
このパートで一番面白かったのはStraight Up with a Twistというライジングで、カードが半分程せり上がった後、その状態でくるりと半回転します。現象はもちろんのこと、仕掛けやその処理まで含めて非常に面白い。

他、技法ではカードを折る手法がふたつ載っており、どちらも面白いです。スチールやダブルカードハンドリングも独特で気になるのですが、これらは実用例がなく少し物足りない。

コインも、コインボックスやコインフォールドなど、他素材との組み合わせたものがやはり光ります。最後にボックスから水が出てくるのはフーマンチュー・ボックスだったかと思いますが、Vanniの手順ではボックスに入れた水が掌を貫通して出てきます。コインフォールドも、紙を観客が折るというもので、にもかかわらずコインが消せます。どちらも天才的な発想。一番感服したのはHigh Strung and Laplessで、技法もギミックも駆使して完璧なカンガルーコインをつくろうとした逸品。


ただ、読んでいると微妙なものたりなさもあります。こんなものを考える人なら、もっと他にも弾があるだろうという感じ。
Vanniの本職はクラフトマンだそうで、本来は凝った仕掛けを使った手順が多いのだそうです。ただ今回の編集方針として、自作困難なギミックや時代遅れになった素材を使う作品は省いたそうで。例えば火を付けたロウソクで行うChink-a-Flameや、電球の中に移動する指輪などは、タイトルが言及されているだけです。もっとそういうのを読みたかった。

しかしそれは、逆に言うとまだまだ弾が残っているという事でしょう。最後に2作品だけ、おまけとしてだと思うのですが、実に手段を選ばないトンデモ手順が載っていて最高です。


他の素材と組み合わせた手順ばかりなので、カード単体、コイン単体でのスライトや原理が好きな人にはあまり響かないかもしれませんが、イラストだけで笑ってしまうようなぶっとんだアイディアが多く、非常に刺激的です。もっとぶっとんだ続刊も期待。

2016年12月29日木曜日

”Food for Thought” Ted Karmilovich





Food for Thought (Ted Karmilovich, 2011)




名前は耳にしていて、特に巧妙な仕掛けで評判が高いのだけれど、触れる機会がほとんどなかったメンタリストTed Karmilovichのレクチャーノート。仕掛けが完全に言語依存してそうなので買ってはないのですが、あのMother of All Book Testの考案者です。

このレクチャーノートでは氏のペット・トリック4作品を解説。


My Red / Black Test:Out of This Worldだが、観客が配るのではなく演者が判別していく形なので、厳密にはタイトルの通り『色当て』現象です。借りたデックで、観客が混ぜて、さらにガイドカードのスイッチなど不要で行えます。前段として同じ事を一度やらなきゃいけないのだけ冗長ですが、少人数相手なら問題なく場を持たせることができるでしょう。

The Dime and Penny:演者が持っているコインの種類を観客達が当てようとする。演者はその結果を予言している。仕掛けは単純ですが現象の焦点を変える事で、うまく隠匿しています。

Sensations:観客が直観によって事故現場の写真を当てる。すこし変わったアウトで、説得力がやや弱いように思うが、直接的でないので露見もしにくいか。

Murder, He Wrote:昔、パーティの余興で探偵ゲームというのが流行ったんですって。それを材に取った手順。観客の中から被害者と犯人が決められ、演者がそれを当てる。
演出が面白くて、演者が部屋の外に出ている間に、実際に犯行現場を演じて貰う。


手法は極めてシンプルで最小限、現象はすっきり、そして演出がしっかり、といった端正な作品群で、見る人にストレスがかからなさそうです。解決方法それ自体の派手さ/面白さは物足りないですが、焦点のずらし方が非常にうまい。現象の見た目にほとんど瑕疵がなく見事でした。

できればこの人の、手の込んだ作品も読んでみたい。


※最近Penguin Liveに出ておられました。演技は未試聴。

”You and Me and the Devli Makes Three, Volume 1” John Wilson




You and Me and the Devli Makes Three, Volume 1 (John Wilson, 2016)


手順3つとエッセイ3つ。

30ppで6作品なのでけっこう詳細な解説なのかと思いますが、ここの出版社(Dark Art Press)が出す本は紙面に対する文字の割合が少なめで、また改ページや空白ページも結構あったりで、情報量はそこまで多くありません。さくっと読めます。



※Dark Art Pressの典型的な紙面。1行10語くらい。


自身の手品歴を語ったエッセイThe Path of Broken Heartの中で、Derren BrownのAbsolute Magicから大きな影響を受けたと書いており、手順の演出もそんな感じです。このスタイルを指し示すいい語がないのですが、言うなら『真に迫った』手品です。

収録されている3つの手順に、新奇性や技術的な工夫は特にありません。ただ演出というか、演じる際の『シリアスさ』だけが、この人の加えたものです。最近のBenjamin Earlの冊子に似ていると言えば伝わるでしょうか。またひとつはマジックではないので、手順は実質2つです。


・The Parabola
観客が自由にカードを口にする。観客自身が、見事その場所でデックをカットしてしまう。
重大な省略がありますが、おおむねこの通りの現象が起こります。この本の中では唯一手品らしい手品で、特に代数にまつわる導入は(別の所で読んだ気もしますが)とても面白かったです。

しかし「最後に代数をやったのはいつ?放物線の式を出したら解ける?」という演者の問いに、観客が「無理だわ」と答える流れ……。いやそんなものかもしれませんが、手品の前振りで「誤り訂正符号ってのがあって、これこれの理屈で~」と言ったら「シャノンね。君の説明はちょっと間違ってるけど。ああいや、続けて?」とか言われて死にたくなった事のある私としては、この演出を使うにしても、もう少し気をつけて言葉を選びたいと思います。


・Euler and Water
めちゃくちゃOil and Waterっぽい響きですが、関係なくて、五乗根を一瞬で導き出す暗算デモンストレーションです。面白いのですが、手法的にも演出的にも、手品というよりスタントです。


・The Hypnotic Coin Bend
コイン・ベンディング。未見ですが、Benjamin EarlのSkin DVDからの引用が多く、手法やサトルティはほぼそこから来ているようです。手法的にはまったく一切面白くありません。それで演出ですが、Wilsonはこれをある種のセラピーのように演じます。現象描写のパートでは、観客の目に涙がにじむ様子を描いています。

しかし私は、マジックにこういった類の説得力はいらないし、むしろ避けるべきだと(少なくとも今は)思っています。Wilsonは、マジックの持つポテンシャルを全て引き出すのなら、リアルで意味のある事をすべきだし、それを人のために使うべきだ、と言いますが、これは非常に危うい考えで、心霊手術まであと一歩の所にあります。
(それに多くの場合、このアプローチは単純に滑稽な結果に終わると思います。それこそDerren Brownでもない限り)

読み物としては面白かったのですが、いまの私には特に役には立ちませんでした。多くのアマチュアにとってもそうだと思います。しかし色々考えをまとめる切っ掛けにはなりました。バンドルで買ったので2も手元にあり、近く読みます。