2024年5月30日木曜日

"Sharing Secrets" Roberto Giobbi

Sharing Secrets (Roberto Giobbi, 2021)


本には機能がある。

作品集や自伝の類いであれば漫然と書き連ねてもその機能を果たせるだろう。しかし特定の機能を狙ったものであれば、たとえば教本であるとか、手引き書といった書籍となると、内容の前にまず構成が問われることになる。そして、そういった特別の機能を狙ったとおぼしい『意欲的』な手品本の多くは、しかし構成の時点ですでに失敗している。素人が書いているのだから致し方ないことではあるが、たとえば「多くのマジシャンにもっとスクリプトのことを考えてほしい」という素晴らしい志で書かれた本でも、ページ数が450超となると、その時点で多くの読者を失っているだろう。

では本書はどうか。碩学Roberto Giobbiによるこの書は、副題がThe 52 Most Important and Practical Strategies in Magic(マジックにおける最も重要かつ実用的な52の戦略)となっており、その名の通り52の戦略/理論が紹介されている。

52という数字は、それだけ見ればかなり多く感じるが、本書では1トピックに対して見開き1ページで、左ページに説明、右ページに実例という構成で本編わずか104ページにまとめられているのだ。これは手品理論の入門書・実用書として、満点といっていい構成だろう。もちろんこの紙幅だと解説は不十分にならざるを得ないが、クレジットにもうるさいジョビーのこと、参考文献への導線はしっかり設けられているので何ら心配することはない。52は手品理論を網羅できる数ではないがしかし、大枠を把握するには十二分だろう。AscanioやTamarizはもちろん、Gabi Parerasあたりまでカバーしてくれている。

ということで、手品書籍には珍しく目的と合致した構成を備えている本書ではあるが、手放しで褒められる内容か、というとそうではなく、いくつかの問題を孕んでいる。

まず、扱われる「戦略/理論」の範囲が広い。ツール的な理論から手品哲学的なものまで含まれており、例を挙げると前者はIn-Transit Actionで、後者はカードカレッジ2巻でも出てきたピラミッド/氷山理論だ。観客に見える手品は、多くの水面下の構造からなっている、という話で、考え方としてはその通りだが、これを具体的に手順に適用するとかいう話にはならないように思う。そういった観念的なものや心構え的なものも含まれているので、重要な実用的/ツール的理論で取りこぼされているものも少なくない。

一方で、理論の出所は狭い。ざっくり数えたところ52項目のうちAscanioが15項目、Tamrizが10項目。まあAscanioとTamarizで重複はあるし、そもそもこれはジョビーというより、理論的なものの多くをスペイン派に頼らざるを得ない手品界の問題かもしれないが……。ところで、ジョビーの名前でリストアップされている理論は16項目である。

なんとAscanioより多いのだ。これにはからくりがあって、ジョビーは既存の、はっきりとは名前の定まっていなかったものに名前をつけ、自分のみを参照先として記載している。しかしアクシデント的な中断が観客の記憶に残らないことや、事前に行う動作の条件付け(馴致)などは先人がいくらもいるだろう。Shadow Theoryは出典こそちゃんとTamarizになっているが、参照先は自著Stand-up Card Magicとなっていて、でもこれ、さすがにFive Points in MagicのNewspaper-ruleにも繋げるべきではないか。

さらには、理論の採択や解説にジョビーのバイアスがはっきりとある。本書のたぶん一番大きい問題はそこで、本書は理論の入門/総覧という体裁でありながら、ジョビーの色が強すぎる。Artな手品を目指するのはいいだろう。けれども観客の感想として「Amazing!(やべえ!)」より「Beautiful(美しい)」の方が望ましいとか、「Good is better than original(独創的だが未完成であるよりは、既存だが上質な方がよい)」と繰り返すのは、自身に独創力がないコンプレックスの裏返しではないかとさえ思う。成立するか否かの危うい境界を突いていくことこそが、手品の地平を広げてきたのは間違いないだろうに。

これがジョビーの私論の本であれば私もここまで言わないが、ジョビーは本書をあくまで汎用性の高い没個性的で客観的な本として書こうとしており、あえて主語をIではなくWeにしている。であればWeと言いながらIの文章になってしまっていることを指摘しても不当ではないだろう。私があんまりジョビーを好きでないというのも大きいのだろうが、やはり本書の目的に対しては、複数人の手を介した、無個性で偏りのない文章と内容であった方がよかったろう。


なんかだいぶ悪口を言ってしまったが、本書がその構成のみによって既に他の「理論書」よりも大きく秀でているのは間違いないところだ。52の理論の紹介の後に、それらを大いに活用したCoins Through the Tableが解説されているのもよい。手品理論的なものの入門としては(文章がやや読み難いことを除けば)非常によいだろう。科学用語の誤用を修正しようという試みもあり、そこは大いに評価している。Ascanioの誤用を正すなんてのは、なかなか余人をもって替え難い仕事だろう。